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ミステリの祭典

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ザ・カルテル
アダン・バレーラ&アート・ケラーシリーズ

作家 ドン・ウィンズロウ
出版日2016年04月
平均点8.50点
書評数4人

No.4 8点 麝香福郎
(2022/01/06 18:40登録)
麻薬戦争は2006年以降、メキシコ政権が軍を投入し、麻薬密売組織(カルテル)の徹底的発を図って激化。組織同士の抗争も加わり、死者は推定10万人とされる。本書はこの血みどろの現実を反映させ、緊張感に満ちている。
麻薬組織が警官を追い出した無法地帯で町長となり、秩序回復を図る女性医師、麻薬組織同士が争う国境の町で、組織の脅迫を受けながら報道の砦を守ろうとする地元紙記者たち。医師や記者は郷土への尽きせぬ愛着を持ち行動するが、麻薬組織から命を狙われる中での不安、諦めまで書き込まれ彼らの苦悩が強く伝わってくる。
物語の底流には、戦争の原因をつくった麻薬消費国・米国への著者の怒りが満ちている。主人公の米捜査官ケラーは単純な正義のヒーローではなく、自国の矛盾に引き裂かれた悲劇的人物の色彩が濃い。 
善と悪の区別がはっきりとせず、解決策が見いだせない現実は今も続くが、本書が描いたような一般市民の勇気をもって光明はあると信じたい。

No.3 8点 八二一
(2020/06/15 19:45登録)
ケラーとバレーらの対決、壮絶な麻薬戦争、そこから浮かび上がる人間模様、どの視点からとらえても圧巻の一作。

No.2 8点 猫サーカス
(2017/08/03 22:40登録)
メキシコの麻薬戦争を扱った大作「犬の力」の続編。30年にわたる闘争を描いた前作に対し、本書の扱う年月は10年。期間が短くなった分、物語の密度は増している。策略と激情と暴力が渦巻く、熱気に満ちた小説に仕上がっており、圧縮した表現でたたみかける、独特の文体も前作と変わらない。言葉と物語の力に蹂躙される快楽を堪能できる。

No.1 10点 Tetchy
(2016/07/22 23:50登録)
メキシコの麻薬社会の凄まじい現実を見せつけた『犬の力』。あの大長編を要して語ったアート・ケラーとアダン・バレーラの戦いはまだ終わっていなかった。
まず冒頭の著者による前書きに戦慄する。延々3.5ページに亘って改行もなく連なる名前の数々。本書を著すに当たってウィンズロウに協力した人々の名と思いきや、最後の行で彼ら彼女らが物語の舞台となった時代で殺され、もしくは行方知れずとなったジャーナリスト達の名だということが判明する。この段階で私はこれから始まる物語が途轍もない黙示録であることを想像した。

アダンが捕まった後のメキシコの麻薬勢力地図は数々のカルテルが生まれ、それぞれが勢力を拡大している群雄割拠の様相を呈していた。本書は複数のカルテルをアダン・バレーラとセータ隊の二大勢力が統合していく凄まじい闘争の物語だ。云わば日本のかつての戦国時代の構図であるのだが、それが生易しいものであると思わされるほど、内容は凄惨極まる。
報復が報復を生み、またお互いの利害が一致すれば敵同士も協定を結んで味方になる。そして利害にずれが生じればその逆もまた然り。昨日の敵は今日の友であり、今日の友は明日の敵でもあり、さらに部下がボスを殺して自らがのし上がる下剋上が当たり前の世界でもあるのだ。

そんな犯罪こそがビッグビジネスであるメキシコで何が正義なのかが呼んでいるうちに解らなくなってくる。社会を回しているのは司法の側なのか、麻薬カルテルの側なのか。これこそ単純に正義対悪の構図では割り切れない複雑な社会の構図なのだ。

延々と続く麻薬闘争。1つの大きな組織(カルテル)が壊滅してもまた新たなカルテルが生まれ、しのぎを削り、利益と勢力を伸ばし続ける。これはメキシコの果てることのない暗黒神話だ。

作中でもはや麻薬産業は撲滅すべき悪行ではないと述べられている。世界に金融危機が起きる時、もっとも盤石なのが麻薬マネーだからだ。軍需産業と麻薬産業。この世界で最も大きな負の遺産が実は経済の底支えをしているという皮肉。従ってアメリカはもはや麻薬カルテルを殲滅しようと考えていない。彼らにとって最も不利益なカルテルを殲滅しようとしているだけなのだ。これほどまでに世界は複雑化し、また脆弱化してしまったのだ。

前作『犬の力』にも決して劣らない、いやそれ以上の熱気とそして喪失感を持った続編。ウィンズロウは前作同様、いやそれ以上の怒りを込めて筆をこの作品に叩きつけた。
しかしアダン、セータ隊死後もなお新たな麻薬カルテルが横行している。メキシコの暗黒史は今なお続いている。世界は実に哀しすぎる。

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