猫サーカスさんの登録情報 | |
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平均点:6.19点 | 書評数:419件 |
No.419 | 7点 | #真相をお話しします 結城真一郎 |
(2025/03/29 18:29登録) 家庭教師派遣サービスの営業担当の大学生が、ある家の母子と噛み合わない会話を交わす「惨者面談」。娘がパパ活をしているのではないかと心配しているのに、父自身はマッチングアプリでことに及んでいる「ヤリモク」。不妊に悩んでいた夫婦が子供を授かった後、夫は精子提供を始める。それにより生まれたと称する娘が現れる「パンドラ」。学生時代からの友人三人がリモート飲み会を催している最中、一人がもう一人を殺しに行くと言い出す「三角奸計」。ある時から移住組の子供たちが島の人々からよそよそしくされる「#拡散希望」。いずれの作品も語り手が、自らの置かれた状況に違和感を覚え、真実を知ろうとする展開が共通する。また、どの話も限定的な人間関係がモチーフとなっている。日常に生じたちょっとした違和感をきっかけに、隠された真相を開示していく過程が面白い。 |
No.418 | 5点 | 新宿花園裏交番 ナイトシフト 香納諒一 |
(2025/03/29 18:29登録) 交番に勤務する坂下浩介と内藤章助が、緊急事態宣言の中、カラスが我が物顔に振舞うという苦情を受けたことで始まる。巣のあるビルの屋上には何者かの白骨死体が。一方、ホステス通り魔事件が起こり現場の老朽ビル群は、再開発を巡って反社不動産同士が角逐を繰り広げ、加えて所轄署では官公庁初のクラスターが発生。周囲の署が連携する不規則な体制で捜査が進められることとなった。また、白骨死体と関わる組事務所にコロナウイルスが持ち込まれ、組員全員が発症していた。ミニバンの爆発、置き配の盗難、何人もの間を転々とする黄色ブドウ球菌とコロナウイルスの入った試験管、二年前の大量のパソコン盗難等が緻密に絡み合い、整合性を持ってラストへ収斂していく様は見事。 |
No.417 | 7点 | リバー 奥田英朗 |
(2025/03/08 17:47登録) 二〇一九年五月、群馬県桐生市の渡良瀬川の河川敷で若い女性の全裸他殺死体が発見される。その捜査も進まない五日後、栃木県足利市の同河川敷でやはり若い女性の全裸他殺死体が発見される。両市では、十年前にも千野今日子事件が相次いで起きており、未解決になっていた。犯人は十年前と同一なのか、それとも模倣犯か。この渡良瀬川連続殺人事件を巡り、刑事、記者、犯罪被害者、それぞれの視点から物語が織り成される。物語の主流は両県の刑事の捜査劇。刑事個々の造形もさることながら、一敗地にまみれた地方警察のリベンジ、捜査を取り巻く周辺人物のドラマが読みどころとなっている。サイコな池田清をはじめとする新旧の容疑者たちや犠牲者家族の松岡、引退刑事の滝本、さらには中央紙の若手女性記者・千野今日子、変わり者の心理学者・篠田といった人々。とりわけ印章に残るのは、まず犯人逮捕が執念を燃やし続ける松岡だ。警察に目を付けられようが、自分の目がいかれかかっていようが、ものともしない暴走ぶり。人々の出入りの激しい北関東を舞台に、圧巻の群像劇に仕立てられている。ところが疑惑の人物からの内面は、作者の構築した精密な世界の中に、あえて残した空洞のようにつかめず、彼らの行動や仕草から想像することしかできない。人間には共有したくない感情、見せたくない顔がある。作者はそれを巧みに描かないうえで、ディテールを積み上げる。本書がベースにしているのは、一九七九年以降、断続的に発生、未解決になっている北関東連続幼女誘拐殺人事件だろう。現実の事件とは違えど、このドラマが現代社会の一端を切り取っているのは間違いない。 |
No.416 | 6点 | 霧をはらう 雫井脩介 |
(2025/03/08 17:47登録) 物語は高校生・由惟の視点から始まる。妹の紗奈が入院する小児病棟を訪れた彼女は、どこか抜けているところがある母の野々花にうんざりする気持ちを隠せない。同室の子に対するおせっかい、その母親との諍い、さらにはナースステーションに勝手に入ったり、紗奈の点滴の速度を勝手に変えたりと、看護助手経験のある母の周りでは小さなトラブルが絶えない。そんななか、由惟の目の前で異変が起きる。女児二人が死亡、別の子供一人は重い後遺症を抱えることになった小児病棟点滴死傷事件が発生したのだ。犯人として逮捕されたのは、由惟と紗奈の母親だった。母子家庭の小南家は、野々花の逮捕と同時に娘たちの生活が一変、友人も離れ、近隣住民からは嫌がらせが続くようになる。大学進学をあきらめ就職した由惟は職場で壮絶なハラスメントを受け、紗奈は学校でいじめに遭い不登校になってしまった。丹念に描かれるのは弁護士の伊豆原の地道な足跡。そこに籠る彼の熱は読み手にも伝導してくる。検察側が何をどう裁判で証明するか、弁護側も何をどう主張するかという予定を互いに明かし、裁判をスムーズに進められるようにする、言わば裁判員裁判の舞台裏。そこでの攻防は裁判とはまた違った凄まじさがある。法廷ストーリーに奥行きをつくっているのが、心理描写。伊豆原と同様、由惟の信条の変化も細やかに紡ぎ出されていく。そこに社会問題ともなっている冤罪という要素も絡んでくる。クライマックスの裁判シーンでは、ある人物の言葉によってまさに「霧をはらう」ような驚きの展開が待っている。 |
No.415 | 5点 | 狐小僧、江戸を守る 柿本みづほ |
(2025/02/13 19:07登録) 時は江戸。上野の禅寺・太福寺で住職と暮らす十四歳の弥六は、妖怪と人間の間に生まれた、いわゆる半妖の子だ。弥六の父・白仙は、七年前に突然妖怪たちを引き連れて江戸を襲撃し多くの人命を奪った、江戸で語り継がれる「白仙の乱」を引き起こした妖狐である。それまでは、幕府と盟約を交わし、陰ながら江戸を守る存在だったはずなのに。この事件以降、江戸の人々は妖怪を恐れ憎むようになった。人間と妖怪双方の血を引く者として、成すべきことは何か。力持ちだが、あとは何の変哲もない若者とみられていた弥六は、白仙の残した禍根と、人間と妖怪の間に横たわる溝を埋めるべく、狐面を被り、カラスの姿で暮らす烏天狗の黒鉄をバディとして夜空から江戸を見廻っているのだった。狐面は、いつしか狐小僧と名付けられ義賊として町人たちの人気を集めることになる。本書は、短編四編で構成されていて、いずれも人間と妖怪が感情の表裏であることが物語の肝となっている。妖怪はみな、元は神であり、それは人間が創り出したものである。人間が畏れと敬いを忘れ、神を矮小なものへと貶めたことが妖怪を生み出したのだ。物語が進むにつれ、人間と妖怪の溝が少しずつ縮んでいくが、再び人間と妖怪がともに平穏に募らせる世を創ることが出来るのか。魅力的なキャラクターが多数登場するが、最後の一編で「妖怪はもちろん人間すらも信ずるに値しない」と言い切る孔雀組の隠密同心・南條明親が登場する。宿敵の登場をラストに持ってきたということは、シリーズ化をきたしても良いという事だろうか。 |
No.414 | 6点 | 私たちはどこで間違ってしまったんだろう 美輪和音 |
(2025/02/13 19:07登録) 東京から三時間以上かかる夜鬼町は、辺鄙な田舎町である。人工は少ないが、町民たちは家族のように仲がいい。だが秋まつりの広場で起きた事件によって、全てが変わる。配られたお汁粉に農薬が混入されていたのだ。これにより、主人公の真壁仁美の母親が死んだ。仁美には、岸田修一郎と景浦涼香という幼馴染がいる。その修一郎の妹と涼香の弟妹も死んでしまった。無差別殺人課、被害者の誰かを狙ったのか。とんでもない事件に町は揺れ、人々は疑心暗鬼に陥る。修一郎引っ張られて仁美は犯人を見つけようと、町民たちに話を聞いて回る。四年前に起き、死人まで出た少女誘拐事件は、今回の件に関係あるのか。犯人像は二転三転し、町ではさらに騒動が続くのだった。本書のプロローグで、監獄実験に触れられている。看守役と囚人役を学生に演じさせることで、人がどうなるかを検証した心理実験だ。これがあるからだろうが、本書のテーマは「囚われる」ことだと感じられる。なぜなら町民たちは、物理的にも精神的にも囚われているからだ。誰が犯人か分からず、町民たちの不安は募る。そして少しでも怪しい人がいれば犯人と決めつけるのだ。疑いが晴れれば、また別の人を犯人と思い込む。夜鬼町で生きるしかない人々にとって、町そのものが監獄になってしまっているのである。一方で人々は、精神的にも囚われている。仕方がないとはいえ、視野狭窄となった人々の言動は、どんどんエスカレートしていく。中盤で意外な事実が明らかになるが、それさえも吞み込んで騒動は収まらない。人々の心が、暗い部分に囚われているからなのだ。その渦中で仁美は、何を思うのか。異様な迫力に満ちた終盤の謎解き場面を経て、明らかになった真相に驚かされた。それと一緒に示された希望に救われた。 |
No.413 | 8点 | 恐ろしく奇妙な夜 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ |
(2025/01/25 17:45登録) 収録作はジャンル多種多様、不可能犯罪を扱った本格ミステリから、SF、ホラーに含まれる作品まで扱い、広い範囲のエンターテインメント作家であったことが窺えるが、単に器用という域にとどまっていないと感じさせるのは、極めて癖が強い文体が原因だろう。熱に浮かされたような異様な雰囲気を漂わせているが、それが作品の狙いを覆う目くらましになっていたりもする。また本書を通して、しばしば小説家や脚本家など創作に関わる職業の人物が主人公で、しかも創作過程そのものがプロットと絡み合っている場合も見られる。最も出来が良いのは「わたしはふたつの死に憑かれ」だろう。作中作に描かれた過去の変死事件に「ぼく」が再び向かい合うという展開だが、他の書き方なら印象が薄い作品になっていた可能性もあるところ、この構成と文体を選んだことによって鮮烈なサプライズエンディングの演出に成功している。 |
No.412 | 6点 | 数学の女王 伏尾美紀 |
(2025/01/25 17:45登録) 北海道・札幌創成署の沢村依里子が道警本部付に異動早々、新札幌に新設され手間もない北日本科学大学大学院で爆破事件発生。沢村は何故か捜査一課の配属となる。事件は学長・桐生真宛に仕掛けられた爆発物によるものでテロ事件として公安も絡んでくるらしい。沢村たち特捜五係も待機するが捜査はなかなか進まず、遂に警察庁刑事局長直々のテコ入れがあり、五係にも特命捜査の命がくだる。沢村は班長として女性学長に会いに行くが、桐生は人の恨みを買うような人物ではなかった。大学院出身で博士号を持つ異色の刑事沢村の活躍を描いた警察捜査小説であるが、前半は捜査の進展より沢村の人事を含めた警察組織の動向が読みどころ。個性豊かな五係の面々のやり取りといい、様々な権力争いを背景にした人事劇の様相といい、差別感情露な男組織特有の嫌らしさといい読み応えがある。ミステリとしては、「ジェンダーバイアス」をキーワードにした巧みな誘導にしてやられた。爆弾テロものとしても迫力十分。 |
No.411 | 5点 | クラックアウト 長沢樹 |
(2025/01/04 18:31登録) 池袋の北口一帯がチャイナタウン化しているとよく言われるが、本書では一歩進んで、中国系反社組織・玄武と暴力団・久和組が抗争したあげく支配者なき「空白領域」になっている設定。だが今、シェンウーの会長が死に瀕し、跡目争いが表面化しつつある中、アイドル出身の女優がシェンウー子飼いの殺し屋・送死人によって殺されたことから新たな抗争の火ぶたが切って落とされる。物語の視点人物は主に二人。その構想を取材するライターの三砂瑛太、女優殺しとそれに続く一連の事件を追う警視庁組織犯罪対策部特別捜査隊の鴻上綾。三砂はだが五年前、組織の麻薬流通ルートを壊滅させたことでシェンウーに捕まり送死人にさせられていたのだった。一方、鴻上はその五年前の事件で父親が殉職しており、彼が追っていた送死人を目の敵にしている。追う者と追われる者が織り成すシンプルな対決劇のようだが、そこに第二の暗殺者が現れて場をかき回し始めるので、事態は混迷を深めていく。アクション演出の切れ味、送死人が犯行に謎を凝らしたハウダニットとフーダニットの妙が楽しめる。 |
No.410 | 5点 | 明智卿死体検分 小森収 |
(2025/01/04 18:31登録) 作中の「日の本」は、本能寺の変あたりから現代の日本と異なる方向に歴史が分岐したらしいパラレルワールド。明治維新も存在せず、幕府は織田・羽柴・徳川の三家が持ち回りで将軍に就く習わしになっている。織田家家臣の権刑部卿の・明智小壱郎光秀と、上級陰陽師の安倍天晴は、皇帝の別邸である蒲生御用邸で起きた怪事件を捜査することになった。四阿の内部を満たした雪に埋もれた男の死体が発見されたのだ。かかる異常な犯罪を成し遂げるには、中級陰陽師でも可能な術と、上級陰陽師でなければ不可能な高度な術とがあるらしい。作者自ら冒頭で明かしている通り、本書は「魔術師が多すぎる」など、科学の代わりに魔術で文明が成り立っているランドル・ギャレットの一連の作品にインスパイアされたものである。作中では日本古来の陰陽道も魔術のプログラミング言語の完成によって世界中の魔術と互換性があり、天晴も陰陽師でありながら海外でマスター魔術師の資格も取っている設定だ。関係者たちの政治的思惑の隙間をすり抜けるような謎解きのスリリングさもさることながら、全編に散りばめられたミステリやSFの先行作へのオマージュも遊び心たっぷりの楽しい一冊。 |
No.409 | 5点 | 繭の季節が始まる 福田和代 |
(2024/12/13 18:19登録) 新型コロナに端を発するウイルスの相次ぐ世界的流行に対抗すべく、日本では政府が定めた期間は外出が禁じられ、巣ごもりが強制される「繭」というシステムが生まれた。とはいえ、その期間でも「繭」の外で働かなければならない人々もいる。警察官の水瀬アキオもそんな一人であり、互いに感染の可能性がある人間の同僚とは仕事ができないため、期間中は咲良と名付けられたAI搭載の猫型ロボットを相棒としている。限られた職種の人間以外は外出しないのだから、「繭」の期間は犯罪が少なくて警察官も暇だろうと思いきや、不審な状況での遺体の発見、食品工場への侵入事件など、アキオと咲良は様々な出来事に遭遇する。「繭」への反対運動を繰り広げる者もいるし、「繭」から疎外されたり「繭」の期間延長を告げられたりして精神のバランスを崩してしまう人々もいる。ウイルスの脅威に脅かされた時、人間の社会はどう変わり、人間の本質のどこが変わらないままなのかを見据えた小説であり、諦観の中からわずかな希望の光が射すような不思議な読み心地が印象に残る。 |
No.408 | 9点 | 禁じられた館 ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル |
(2024/12/13 18:19登録) 食品会社社長のヴェルディナージュが、マルシュノワール館という豪奢な城館に引っ越してきた。この館は、過去の住人たちに相次いで不幸が降りかかったせいでなかなか買い手がつかなかったが、ジンクスなど気にしない豪胆なヴェルディナージュが購入したのだった。だが、彼のもとには「命が惜しかったら、マルシュノワール館から直ちに立ち去り、二度と戻ってくるな」という脅迫状が届いていた。そして三通目の脅迫状が届いた夜、ついに惨劇が発生し、犯人は館から煙のように消え失せた。事件発生後、予審判事、検事代理、警視らの捜査人がマルシュノワール館にやってくる。ところが奇妙なことに、彼らが犯人だと指名した人物はみな違っていたのだ。そこに私立探偵まで介入してきて、推理合戦はますます混沌としてゆく。果たして誰が真犯人で誰が本当の名探偵なのか。複数の探偵役がそれぞれ異なった仮説を提示するというのは、多重解決ものとして今ではお馴染みの趣向である。英米型ロジカルな本格ミステリはさほど多くないというイメージがあるフランスで、これほど推理の要素を重視した本格が戦前に書かれていたことは驚きとしか言いようがない。 |
No.407 | 5点 | 鑑識課警察犬係 闇夜に吠ゆ 大門剛明 |
(2024/11/23 17:33登録) タイトルにある鑑識課警察犬係とは、文字通り警察の鑑識課内にあって訓練された犬の能力を活かして捜査を支援する部署だ。この部署を目指しついに配属が叶った主人公・岡本都花沙はまずはベテラン「捜査官」のアクセル号とコンビを組んで事件解明につながる物証を追う。アクセルは十年で引退することが多い警察犬の世界にあって、すでに九歳になるベテラン犬だ。新人の都花沙がアクセルの信頼を得るために必死で交流を重ねる姿も読みどころ。「牛綱を引く」は、都花沙の師匠役となる警察訓練所の野見山の警察官時代を描いた作品。彼が警察を辞めるに至るエピソードで、ホワイダニットを核に捉えたどんでん返しが鮮やかに決まる。それ以外も人間と犬が職業を介して気持ちを通わせていく警察犬の世界を活写した新鮮さもさることながら、警察犬の特性をはじめとする特殊な職業にまつわる蘊蓄が絶妙に謎解きに絡んでくる点でも秀逸な構造を持っている。 |
No.406 | 5点 | 寒波 P分署捜査班 マウリツィオ・デ・ジョバンニ |
(2024/11/23 17:33登録) ナポリのピッツォファルコーネ署は曰く付きの分署である。刑事たちが押収した違法薬物を密売していたのだ。新署長のパルマが就任し刑事課も一新され、ひとまず分署の廃止という事態は免れた。だが新たに加わった刑事たちは、他の署で問題を起こした鼻つまみ者ばかりだった。マフィアとの癒着が疑われ、シチリアから配転されたロヤコーノ。容疑者に過度な暴力を振ったロマーノ、署内で発砲事件を起こした女性刑事アレックス、常軌を逸したスピード狂のアラゴーナ。この面々を見れば世界が彼らをP分署のろくでなしたちと呼ぶのも無理はない。今回彼らが扱うのは、アパートの一室で兄妹が殺された二重殺人事件と、中学生の娘に対する父親の性的虐待事件である。彼らの失敗を願い、署の廃止を画策する勢力に抗いながら、限られた日数のもとで、ろくでなしたちが事件解決に挑んでいく。捜査のパートだけではなく、別居中の妻に対する妄念と暴力衝動や、威圧的な父と自身のセクシャリティなど、彼らが抱える問題や悩みにも充分に筆が割かれている。 |
No.405 | 6点 | そして、よみがえる世界。 西式豊 |
(2024/11/02 17:25登録) 牧野大は、事故で首から下が不随になった脳神経外科医。医療テック企業・SME社が開発した脳内インプラントによって、介助用ロボットや仮想空間でのアバターのの直接操作が実現したため、牧野も高い手術が可能となっていた。彼はSME社からエリカという少女に視覚再建装置を埋め込む手術を依頼され、無事に成功させる。だが、同社の役員の一人が謎の死を遂げ、エリカは誰もいるはずのない場所に黒い影を目撃する。二〇三〇年代を舞台に、医療や仮想空間の技術が発達した世界を描いた小説である。序盤は専門的な説明が多いが決して難解すぎるということはないし、ひたすら謎が積み重なってゆく前半から、驚くべき事実が怒涛の勢いで明かされ、伏線が回収される後半へのギアの切り替えは鮮烈そのもの。医療の進化は人間にとって福音だが、今まで諦めていたことが可能になったからこそ、そこに望みを託した人々の思いもより痛切になるのだということを感じさせる事件の背景が印象的。 |
No.404 | 5点 | 誕生日パーティー ユーディト・W・タシュラー |
(2024/11/02 17:25登録) 50歳の誕生日を迎える父・キムのを驚かせようと、次男のヨナスは秘密の贈り物を準備した。キムと母・イネスの幼馴染である女性のテヴィを祝いの場に招待したのだった。だがそれは、キムにとっては忘れてしまいたい過去を呼び戻す忌まわしい行為であった。キムとテヴィにはカンボジア難民としてオーストリアにやってきた経緯があった。さらに第三の語りが交じる。「カンボジア七〇年代メイ家」と題された章で、語り手の「ぼく」はクメール・ルージュの少年兵だ。彼が「自ら望んで殺した最初の、そしてただひとりの人間」を手に掛ける場面がまず描かれる。クメール・ルージュは一九七〇年代にカンボジアを支配した勢力で、恐怖政治によって共産主義化を推進したが、結果として国民の1/4が命を奪われた。人命は軽く、個人の尊厳は無に等しかった。「ぼく」が名無しなのは、人間がモノとして消費される世界だからでもある。加害者と被害者、過去に価値を見出す者と悪夢だとしか感じられない者というように、人間関係が対で描かれる点に本書の特徴がある。それらはいつでも入れ替わり可能なのだ。作者の祖国オーストリアにはナチス政権の時代が存在する。ミステリ構造を用いて作者は鏡像の物語を書いたのだ。 |
No.403 | 6点 | 連鎖 黒川博行 |
(2024/10/15 18:20登録) 食品卸会社を経営する篠原紀昭が失踪したと妻の真須美から届け出があった。経営は順調ではなく、一度目の不渡りを出した直後であり、闇金業者からも脅されていたという。自殺の恐れがあるということで特異行方不明者として書類を受理。京橋署暴犯係の刑事・上坂勤と磯野次郎は、応対したいきさつもあって捜査を担当するが、翌日になって高速道路に駐められた車の中から、篠原の服毒死体が発見される。二人は事件の背後に手形のパクリ屋など反社会的勢力が関係していることを知る。そして足で稼ぐ地道な聞き込みと、Nシステムなどハイテク捜査の両面を駆使して、失踪から死体発見までの篠原の足取りを追い、空白の時間を埋めて、ついに自殺説が濃厚だった見立てをひっくり返す。このリアルな捜査過程の描写が圧巻。さらに当然のことながら、二人の会話が楽しい。悪徳警官ではないバディものは、初期の大阪府警シリーズと通底する味わいがある。 |
No.402 | 6点 | あなたへの挑戦状 阿津川辰海 × 斜線堂有紀 |
(2024/10/15 18:20登録) 阿津川辰海の中編では、建物二階分の深さの水槽と防火シャッターで構成された密室状況で、泳ぐことの出来ない男が殺されたという謎に警官コンビが挑む。前口上を述べたり、図面が多用されたり、極めて意外な形で名探偵が活躍したりと楽しい。斜線堂有紀の中編は、人気者の妹を持った兄の心を殺人事件と絡めて描く。絵を描くことをやめてホテルで働く兄と、絵で人気者となり美大を受験する妹。兄に宿る嫉妬心と親愛の情を巧みにサプライズと結びつける腕前に感嘆した。そしてこの二編を読んだ後、袋綴じの「挑戦状」を開封することになる。そこに待ち受けるのは、また別の驚き。巻末の競作執筆日記やミニ対談を含め、ミステリの愉しみを多面的に味わえる。 |
No.401 | 6点 | あらゆる薔薇のために 潮谷験 |
(2024/09/23 18:21登録) 物語の鍵となるのは、オスロ昏睡病という架空の病気。これは幼少期に限って発症する難病で、罹ると完全な昏睡状態に陥った後、目覚めた時に以前の記憶を一切持ち合わせていない状態になる。だが、開本周大問いう医学博士が特効薬を開発し、患者の意識を取り戻せるようになったのだ。しかしこの治療法には、快復した患者の表皮に薔薇に似た腫瘍が現れる不思議な副作用があった。京都府警の八嶋要警部補は部下の阿城はづみとともに、オスロ昏睡病患者とその家族らの交流の場である「はなの会」を訪れる。昏睡病治療の功労者である開本博士と元患者の高校生が立て続けに殺害される事件が発生し、その手掛かりを掴むために「はなの会」に探りを入れることになったのだ。現実にはない奇病が絡む事件に刑事が挑む、という部分を読む限りでは特殊な設定を使いつつ、直線的な警察捜査もののプロットで読ませる作品の印象を抱くが、第二章に入ると、殺人事件とは別の謎が浮かび上がり、物語は思わぬ方向に転調する。ロジックの積み重ねによる真相の絞り込みが美しい。加えてその過程に意外性をもたらすための面白い工夫も盛り込まれている。 |
No.400 | 5点 | 夜がうたた寝してる間に 君嶋彼方 |
(2024/09/23 18:21登録) 時間を止める冴木、人の心が読める篠宮、そして瞬間移動をする我妻。ただし彼らは何らかの利を得たり、巨悪に立ち向かったりはしない。およそ一万人に一人の確率で能力者が誕生する世界で、彼らは圧倒的なマイノリティなのだ。秩序を守り犯罪を抑止するため、一目でそれと分かる「能力者バッジ」の着用が義務付けられる彼らは、己の能力が故に友人たちとの付き合いに悩み、奇異の目を向けられることを恐れ、ひたすら平凡な日々をの切望しながら、孤独を内に秘めて暮らしている。この構図は、果たしてフィクションにおける「対能力者」だけの問題だろうかと考えた時、作者がファンタジックな設定を通じて伝えたかったことが見えてくるような気がする。現実世界もまた、様々な「決めつけ」と「差別」の中にあるからだ。かつての超能力への憧れは、この物語に触れ、そして今の現実と照らし合わせた時に、その色をガラリと変える。 |