猫サーカスさんの登録情報 | |
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平均点:6.18点 | 書評数:433件 |
No.433 | 6点 | ミスターX ピーター・ストラウブ |
(2025/08/02 17:55登録) 見ず知らずの人々を惨殺する黒衣の男。ネッド・ダンスタンは、幼い頃から誕生日のたびに、そんな幻想に悩まされてきた。やがて大人になったネッドは、母親の危篤を直感し故郷に急ぐ旅の途中で、自分の先を越しては奇妙な痕跡を残すもう一人の自分の存在を知る。帰郷とともに明かされる一度も会ったことのない父の名前、複雑な血縁関係、そしてダンスタン一族に伝わる不思議な能力の数々。黒衣の男とは実在するのか、もう一人の自分とは何者なのか。少年時代からラヴクラフトの恐怖小説を聖書と崇める謎の人物がミスターXの独白の章を挟みながら、数々の謎が少しずつ明らかになっていく。アメリカ十九世紀ロマン派作家への目配せを利かせた馥郁たる読み心地が魅力的。またとんでもない人間大集合の如きダンスタン一族の肖像は、米南部文学の特徴であるホラ話に見られるグロテスクなユーモアをまとって、実に愉快。おどろおどろしい化物が地上から這い出してくる昏い幻想の魅力ばかりが取り沙汰されるラヴクラフトの世界に、リアルな人間ドラマを加味することで、物語としての厚みを増している。しかも最後の一節を読むに至り、ドッペルゲンガーのネタが信用ならざる語り手の効果を生み出し、気味の悪さが効いてくるといった趣向までが凝らされている。 |
No.432 | 5点 | 沈黙の終わり 堂場瞬一 |
(2025/08/02 17:55登録) 江戸川沿いで七歳の女児遺体が発見された。東日本新聞柏支局のの記者・松島は取材に乗り出した。そのニュースを聞いた埼玉支局の古山は、埼玉でも四年前に八歳の女児行方不明事件があったことを思い出す。闇に葬られた迷宮入り事件を、記者魂溢れる二人が掘り返していくサスペンス。なぜ捜査の矛先が鈍ったのか。なぜ取材に圧力がかかるのか。背後にあるものに忖度することなく突き進む二人がリアルに描かれていく。事件の行方もスリリングだが、話はそこにとどまらない。物語は今の新聞社に内在する問題に深く切り込んでいくが、それこそが本書のテーマとなっている。自らも新聞記者だった作者による、今の新聞メディアへの警鐘であり、批判であり祈りである。 |
No.431 | 5点 | 無邪気な神々の無慈悲なたわむれ 七尾与史 |
(2025/07/18 19:40登録) 瑠偉を養子に迎えて一年、児宝島への旅行を計画した辻村正樹・京子夫妻。この旅行は、この一年育んできた親子としての関係を実感できる喜びに満ちたものだった。前夜に墜落した隕石の影響で立ち往生していた鶴見夫妻とともに児宝島に渡るまでは。京子と正樹が目撃していくのはいたずらしたような惨劇。島の子供たちは言葉を話さないが、その中で唯一言葉を発する異様な空気感を持った双子が瑠偉に告げる。今年の生き神様に選ばれた聖彌様が呼んでいると。辻村夫妻は、連れ去られた瑠偉を取り戻すため、過酷なサバイバルゲームが始まる。脱出手段も通信手段も断たれた、周囲わずか四キロメートル孤島で次々と舞台を移しながら物語は加速していく。大人たちは子供と戦うことが出来るのか。そして子供たちはなぜ大人を襲うようになったのか。ラスト一行目まで目が離せない。人間の根源的な恐怖を描き出したサスペンスホラー。 |
No.430 | 6点 | やまのめの六人 原浩 |
(2025/07/18 19:40登録) 嵐の夜、ある仕事を終えた男たちの乗る自動車が土砂崩れに巻き込まれて横転。一人が死亡し、残り五人は山奥に建つ洋館に足を踏み入れる。年齢も性格もバラバラな五人組の正体はダイヤ強盗犯グループだった。しかし安堵したのもつかの間、男たちは不気味な老婆に率いられた館の住人に拘束されてしまう。閉ざされた洋館で繰り広げられる、強盗グループVS奇怪な一家の攻防戦。そこに峠に現れると噂される妖怪「やまのめ」の存在が加わる。物語は登場人物の名を冠した七つのパートからなる。章ごとに交代する語り手の心の声を聞きながら、異常な事件の推移を見届けることになる。物語が進むにつれ、男たちのキャラクターの違いが浮き彫りにされていく。緊迫した状況の中、ある者は仲間を出し抜き、ある者は邪悪さをあらわにする。人間の善と悪を活写したドラマとしても読み応えがあった。クライムと妖怪ホラーという着想が新しい。 |
No.429 | 5点 | 虎と兎 吉川永青 |
(2025/07/01 17:50登録) 会津藩の白虎隊に加わりながら生き残った、15歳の三村虎太郎。生きる意味を求めて海を渡り、米国・カリフォルニアの農園「ワカマツ・コロニー」で働き始める。ある日、シャイアン族の少女・ルルを助けた虎太郎。一族を虐殺され、ひとり生き残った彼女は、とある秘密を握ったため、カスター中佐の依頼を受けた、ピンカートン探偵社に追われていた。史実や実在人物を使いながら、ストーリーは自由奔放。ルルを守る虎太郎は、ピンカートン探偵社と死闘を繰り広げたり、先住民と共にアメリカ軍と戦ったりする。剣と会津藩独自の武術を駆使する、主人公の躍動が魅力的。さらに虎太郎やルルを通じて、国家権力に蹂躙された人々の怒りや悲しみが、重層的に伝わってくる。様々な困難を乗り越えていく二人の姿が痛快。 |
No.428 | 6点 | レモンと殺人鬼 くわがきあゆ |
(2025/07/01 17:50登録) 小林姉妹は、十年前に洋食屋さんを営んでいた父親が何者かに殺され、母親も失踪し、それ以降は貧しくて不遇な人生を送ってきた。そして今、妹の妃奈が遺体で発見され、生前に保険金殺人を行っていたととの疑惑が持ち上がる。マスコミもそう報じて妃奈を叩いていた。姉の美桜は妹の無実を信じ、彼女の疑いを晴らそうと動き始める。やがて協力してくれる人物も得た美桜は、一歩一歩亡くなる前の妹の生活がどのようなものであったかに近づいていく。その過程で、諸々の意外な事情がわかってくる。解決の糸口も見えてきたので、このまま収束するのかと思いきや、そうはならない。違和感、不穏な感覚がなお消えずにつきまとい、それが牙を剝く終盤こそ本書の白眉である。伏線を随所に貼りつつ、違和感を覚えさせ、何かあることを仄めかし続けながらも、なお驚きの真相が用意されている。 |
No.427 | 6点 | 審議官 隠蔽捜査9.5 今野敏 |
(2025/06/14 19:48登録) 大森署から神奈川県警へと居場所を変えながら混沌とした警察社会を正論によって照らし出す主人公・竜崎と彼にまつわる人物たちを各々主人公に据えた九編の作品が収録されている。竜崎が去った大森署において、新任の署長が着任するまでの狭間で起こった難事に副署長と警務課長が「竜崎イズム」をもって対峙する冒頭の「空席」からして痛快。彼らは竜崎だったらどうするかと考えながら状況に対処していくのである。妻の冴子がふと起こった既視感に頭を悩ませる「内助」、息子の邦彦が怪しげな白い粉末を預かることになる「荷物」、娘の美紀が会社での悩みを抱えながら駅での痴漢トラブルに巻き込まれる「選択」。いずれも短い話の中で興味の「核」を浮かび上がらせていく手腕に唸らされる。例えば「専門官」において提示される、腕はいいが階級が上の人間から常に問題視される刑事をどのように新任の刑事部長に会わせるのかという、いかにも警察組織ならではの命題が絶妙で、良質なサスペンス小説の味わいに満ちている。 |
No.426 | 5点 | 禁断領域 イックンジュッキの棲む森 美原さつき |
(2025/06/14 19:48登録) 主人公の父堂季華は、霊長類学を専攻する修士課程の大学院生。彼女はある日、指導教員の黒澤教授から、世界的に貴重な類人猿ボノボの生態調査のため一緒にコンゴに行ってほしいと告げられる。だが、スポンサーであるアメリカ企業のエリート社員、未確認生物の研究に熱中したため学界を追放されたマッドサイエンティストなど、調査隊のメンバーは呉越同舟状態。しかも、彼らの周囲にはボノボ以外の生物の気配があった。季華はとにかく勝ち気で傍若無人。猿が大好きだが人間には全く興味がない性格で、調査隊に参加してからも周囲と揉めてばかり。だが、そのトラブルメーカーぶりはどこかコミカルで憎めない。そんな独自の価値観を持つ彼女は、人間を惨殺してまわる謎の類人猿相手の壮絶なサバイバルを通して、人間とそれ以外の霊長類の違いとは何かを問い掛ける。迫力満点のアクション描写のみならず、ミステリ的な捻りもある秘境冒険小説。 |
No.425 | 7点 | ループ・オブ・ザ・コード 荻堂顕 |
(2025/05/28 19:17登録) 舞台は近未来。特定の少数民族の身を殺害する生物兵器を使用したため、抹消されたとある国。歴史も名前も文化も剝奪され、イグノラビムスという国名を与えられ、全権を国連が握ったその国の児童たちの間で謎の病が発生。突如、長時間にわたり身体を丸めてコミュニケーションを断絶し、食事を拒否して衰弱していくという。世界生存機関(WEO)の現地調査要員のアルフォンソは現地に赴き、情報分析専門官や医師らと調査を進めていく。と同時に、アルフォンソはWEO事務局長から極秘任務も言い渡される。生物兵器の生みの親の博士と兵器の行方も追うことになる。国家的、民族的アイデンティティが奪われた国や、近未来の設定がよく練られていて引き込まれる。近未来的ツールやシステム、謎の病の調査方法なども非常にリアル。ただ、ここで描かれる内容は、現代の自分たちの日常に深く関わってくるものである。アイデンティティとは何か、優生思想や家族問題や男女格差、様々な差別と偏見、科学と民間信仰、さらには国際機関のあり方まで。それらの問題を、アルフォンソが自分事として向き合っている点も魅力だ。ある事情から故郷と家族を捨て生きた彼は、同姓の恋人から生殖補助医療を利用して子供が欲しいと持ち掛けられて同意できずにいる。難しい案件に取り組む中で、彼の中にどんな変化が生まれるかも読みどころとなっている。 |
No.424 | 5点 | ロング・アフタヌーン 葉真中顕 |
(2025/05/28 19:17登録) 2020年の年末、新中央出版の編集者・葛城梨帆のもとに、志村多恵から原稿が届く。梨帆はその名前を見て、七年前に主催していた短編新人賞で最終選考に残ったことの記憶が甦る。梨帆はその作品「犬を飼う」に惚れ込むがあえなく落選。今回の原稿は「長い午後」というタイトルで、七年前を舞台にした「私小説」だった。序盤からは想像もつかない展開を見せる。二つの作中作に驚かされたし、「犬を飼う」が落選作らしく「稚拙」なところも芸が細かく、徐々に炙りだされる梨帆の人生にも共感と反感という相反する感情を抱く。梨帆と同じく「長い午後」の魔力に搦めとられた読者も、作中の出来事が現実なのか虚構なのか、判然としないことに慄然とし、手の込んだミステリでことに気づかされる。女性心理と物語が持つ力を描き切った作者の力に感嘆。 |
No.423 | 7点 | 鈍色幻視行 恩田陸 |
(2025/05/10 18:30登録) 飯合梓の「夜果つるところ」は、謎に包まれた作家の代表作であり、三たび映像化が試みられるも必ず死者が出て頓挫してしまう、いわくつきの小説としても知られていた。小説家の蕗谷梢は、この呪われた作品を取材すべく、再婚相手である雅春に誘われるかたちで、豪華客船ツアーに参加する。そこには当時の映画関係者や担当編集者、飯合梓マニアの漫画家ユニットなどが乗船しており、取材をするには絶好の機会だったが、梢にはひとつ気掛かりなことがあった。雅春の前妻である脚本家の笹倉いずみは、映画「夜果つるところ」の本を完成後、自ら命を絶っていた。なぜ夫は、そのことについて語ろうとしないのか。梢と雅春、二人の視点で進行する物語は、取材相手の語りによってますます謎を深めていく。映像化のたびに起こる不慮の事故は、呪いか、何者かによる作為的なものだったのか。飯合梓とは、どんな人物だったのか。次から次に飛び出す知られざる逸話と疑惑、そして新たな解釈に加え、映画、小説、創作者の内面、読者や観客の存在といったものから、死生観や形に囚われない愛など、縦横に話題が拡がるめくるめく内容は、底の知れない大きな物語に深く呑み込まれる畏れと悦びを存分にもたらしてくれる。多彩な人物たちと様々な要素が次第に混ざり合い、タイトルの濃い灰色である「鈍色」に象徴される境地へ至る展開には、ただただ圧倒されるしかない。終盤、梢が皆を前にして語る仮説に息を吞み腑に落ちる。 |
No.422 | 7点 | 卒業生には向かない真実 ホリー・ジャクソン |
(2025/05/10 18:30登録) 大学入試を控えるピップことピッパ・フィッツ=アモービの周囲で、不審な出来事が相次ぐ。路面に白墨で描かれた頭のない五つの棒人間、頭を切り落とされて私道に置かれた鳩、メールとツイートで繰り返し届く「きみが行方不明になったら、誰がきみを探してくれるのかな」という意味深長な質問。自分はストーカーにつきまとわれている。そう確信したピップは調べにより、この一連の出来事が六年前に連続殺人事件の被害者の身に起きていたことと類似していると気が付く。だが「DTキラー」と呼ばれた犯人はすでに逮捕されていた。終始緊迫した空気に覆われていて目が離せない。ある箇所で、そこに書かれているのが何かの間違いではないかと目を疑い、絶句するしかない場面が訪れる。そしてそこから始まる展開に、作者の真の凄みを見せつけられることになる。本作は、推理力に長けた若者の謎解きで切り拓くことの出来ない極限状態にどう向かうのかのミステリであり、法の外側でしか見つけられない正義についての物語といえる。 |
No.421 | 6点 | 完全なる白銀 岩井圭也 |
(2025/04/16 19:22登録) 二〇二三年一月、フリーカメラマンの藤谷緑里は、米アラスカで友人のシーラと合流し、標高6190メートルの北米最高峰テデナリに登頂する準備を進める。実は、シーラの幼馴染で緑里の親友であるリタ・ウルラクは、七年前に冬季デナリを単独登頂を果たした初の女性だったが、無線で登頂の報告をした直後に行方不明となった。すると、山頂に登頂したと言い張っているだけではないかと、リタへの疑惑がメディアで巻き起こる。緑里が冬季デナリに挑戦する動機は、リタが山頂で見たと無線で言い残した「完全なる白銀」を撮影し、彼女の単独登頂を証明することにあった。強風と荒天、氷点下50度からなる険しい山を女性二人が登っていく現在のパートの合間に。緑里が初めてアラスカに渡った二十歳の夏から数年おきに時を刻む、過去パートが挿入されていく。そこで語られるのは、男社会である写真の世界で戦う緑里の人生の軌跡であり、登山家として頭角を現していくリタの動機の変遷。登山家として有名になり情報を発信することで、故郷の危機に注目が集まると考えたが、途中から有名になることそのものが目的になってはいなかったか、という疑心を緑里に抱かせることで、サスペンスをラストまで持続させることに成功している。山頂に挑む最後のアタックの描写、ラストシーンの幽玄なビジョンは圧巻。 |
No.420 | 6点 | サイケデリック・マウンテン 榎本憲男 |
(2025/04/16 19:22登録) 国際的な投資家の鷹栖祐二が、東京・青山のバーで中年男に刺殺された。犯人の三宅はすぐに逮捕され、犯行も素直に認めたが、動機はあやふやなうえ、新興宗教・一真行の元信者であることが判明し、マインドコントロールされている疑いがあった。国家総合安全保障委員会の兵器研究開発セレクションの井潤紗理奈と、テロ対策セレクションの弓削啓史は警察に協力して調査に取り組み、和歌山に本部を置く「一真行」の近くで、脱会した信者たちのケアに当たっている心理学者の山咲岳志のもとに赴く。日本の現実と先取りした世界観のもとで展開されていくその世界観とは、武器輸出が解禁され、自衛隊が自衛軍と改められ、死者のない戦争状態こそが、疲弊した日本経済を活性化させる唯一の方法であることが日増しにリアルになりつつある、社会のことである。第一章の最後で井潤紗理奈が見た和歌山の山奥の光景が、殺された鷹栖祐二の半生を描いた第二章と呼応し、本書のタイトルに結びつく。現実に起きたある事件を取り込み、愛国を声高にいう者こそが売国の徒ではないかと問い掛ける。蘊蓄部分が冗長に感じるが、政治、経済、金融、情報工学から宗教、哲学まで織り込んだ博覧強記な筆致に圧倒された。 |
No.419 | 7点 | #真相をお話しします 結城真一郎 |
(2025/03/29 18:29登録) 家庭教師派遣サービスの営業担当の大学生が、ある家の母子と噛み合わない会話を交わす「惨者面談」。娘がパパ活をしているのではないかと心配しているのに、父自身はマッチングアプリでことに及んでいる「ヤリモク」。不妊に悩んでいた夫婦が子供を授かった後、夫は精子提供を始める。それにより生まれたと称する娘が現れる「パンドラ」。学生時代からの友人三人がリモート飲み会を催している最中、一人がもう一人を殺しに行くと言い出す「三角奸計」。ある時から移住組の子供たちが島の人々からよそよそしくされる「#拡散希望」。いずれの作品も語り手が、自らの置かれた状況に違和感を覚え、真実を知ろうとする展開が共通する。また、どの話も限定的な人間関係がモチーフとなっている。日常に生じたちょっとした違和感をきっかけに、隠された真相を開示していく過程が面白い。 |
No.418 | 5点 | 新宿花園裏交番 ナイトシフト 香納諒一 |
(2025/03/29 18:29登録) 交番に勤務する坂下浩介と内藤章助が、緊急事態宣言の中、カラスが我が物顔に振舞うという苦情を受けたことで始まる。巣のあるビルの屋上には何者かの白骨死体が。一方、ホステス通り魔事件が起こり現場の老朽ビル群は、再開発を巡って反社不動産同士が角逐を繰り広げ、加えて所轄署では官公庁初のクラスターが発生。周囲の署が連携する不規則な体制で捜査が進められることとなった。また、白骨死体と関わる組事務所にコロナウイルスが持ち込まれ、組員全員が発症していた。ミニバンの爆発、置き配の盗難、何人もの間を転々とする黄色ブドウ球菌とコロナウイルスの入った試験管、二年前の大量のパソコン盗難等が緻密に絡み合い、整合性を持ってラストへ収斂していく様は見事。 |
No.417 | 7点 | リバー 奥田英朗 |
(2025/03/08 17:47登録) 二〇一九年五月、群馬県桐生市の渡良瀬川の河川敷で若い女性の全裸他殺死体が発見される。その捜査も進まない五日後、栃木県足利市の同河川敷でやはり若い女性の全裸他殺死体が発見される。両市では、十年前にも千野今日子事件が相次いで起きており、未解決になっていた。犯人は十年前と同一なのか、それとも模倣犯か。この渡良瀬川連続殺人事件を巡り、刑事、記者、犯罪被害者、それぞれの視点から物語が織り成される。物語の主流は両県の刑事の捜査劇。刑事個々の造形もさることながら、一敗地にまみれた地方警察のリベンジ、捜査を取り巻く周辺人物のドラマが読みどころとなっている。サイコな池田清をはじめとする新旧の容疑者たちや犠牲者家族の松岡、引退刑事の滝本、さらには中央紙の若手女性記者・千野今日子、変わり者の心理学者・篠田といった人々。とりわけ印章に残るのは、まず犯人逮捕が執念を燃やし続ける松岡だ。警察に目を付けられようが、自分の目がいかれかかっていようが、ものともしない暴走ぶり。人々の出入りの激しい北関東を舞台に、圧巻の群像劇に仕立てられている。ところが疑惑の人物からの内面は、作者の構築した精密な世界の中に、あえて残した空洞のようにつかめず、彼らの行動や仕草から想像することしかできない。人間には共有したくない感情、見せたくない顔がある。作者はそれを巧みに描かないうえで、ディテールを積み上げる。本書がベースにしているのは、一九七九年以降、断続的に発生、未解決になっている北関東連続幼女誘拐殺人事件だろう。現実の事件とは違えど、このドラマが現代社会の一端を切り取っているのは間違いない。 |
No.416 | 6点 | 霧をはらう 雫井脩介 |
(2025/03/08 17:47登録) 物語は高校生・由惟の視点から始まる。妹の紗奈が入院する小児病棟を訪れた彼女は、どこか抜けているところがある母の野々花にうんざりする気持ちを隠せない。同室の子に対するおせっかい、その母親との諍い、さらにはナースステーションに勝手に入ったり、紗奈の点滴の速度を勝手に変えたりと、看護助手経験のある母の周りでは小さなトラブルが絶えない。そんななか、由惟の目の前で異変が起きる。女児二人が死亡、別の子供一人は重い後遺症を抱えることになった小児病棟点滴死傷事件が発生したのだ。犯人として逮捕されたのは、由惟と紗奈の母親だった。母子家庭の小南家は、野々花の逮捕と同時に娘たちの生活が一変、友人も離れ、近隣住民からは嫌がらせが続くようになる。大学進学をあきらめ就職した由惟は職場で壮絶なハラスメントを受け、紗奈は学校でいじめに遭い不登校になってしまった。丹念に描かれるのは弁護士の伊豆原の地道な足跡。そこに籠る彼の熱は読み手にも伝導してくる。検察側が何をどう裁判で証明するか、弁護側も何をどう主張するかという予定を互いに明かし、裁判をスムーズに進められるようにする、言わば裁判員裁判の舞台裏。そこでの攻防は裁判とはまた違った凄まじさがある。法廷ストーリーに奥行きをつくっているのが、心理描写。伊豆原と同様、由惟の信条の変化も細やかに紡ぎ出されていく。そこに社会問題ともなっている冤罪という要素も絡んでくる。クライマックスの裁判シーンでは、ある人物の言葉によってまさに「霧をはらう」ような驚きの展開が待っている。 |
No.415 | 5点 | 狐小僧、江戸を守る 柿本みづほ |
(2025/02/13 19:07登録) 時は江戸。上野の禅寺・太福寺で住職と暮らす十四歳の弥六は、妖怪と人間の間に生まれた、いわゆる半妖の子だ。弥六の父・白仙は、七年前に突然妖怪たちを引き連れて江戸を襲撃し多くの人命を奪った、江戸で語り継がれる「白仙の乱」を引き起こした妖狐である。それまでは、幕府と盟約を交わし、陰ながら江戸を守る存在だったはずなのに。この事件以降、江戸の人々は妖怪を恐れ憎むようになった。人間と妖怪双方の血を引く者として、成すべきことは何か。力持ちだが、あとは何の変哲もない若者とみられていた弥六は、白仙の残した禍根と、人間と妖怪の間に横たわる溝を埋めるべく、狐面を被り、カラスの姿で暮らす烏天狗の黒鉄をバディとして夜空から江戸を見廻っているのだった。狐面は、いつしか狐小僧と名付けられ義賊として町人たちの人気を集めることになる。本書は、短編四編で構成されていて、いずれも人間と妖怪が感情の表裏であることが物語の肝となっている。妖怪はみな、元は神であり、それは人間が創り出したものである。人間が畏れと敬いを忘れ、神を矮小なものへと貶めたことが妖怪を生み出したのだ。物語が進むにつれ、人間と妖怪の溝が少しずつ縮んでいくが、再び人間と妖怪がともに平穏に募らせる世を創ることが出来るのか。魅力的なキャラクターが多数登場するが、最後の一編で「妖怪はもちろん人間すらも信ずるに値しない」と言い切る孔雀組の隠密同心・南條明親が登場する。宿敵の登場をラストに持ってきたということは、シリーズ化をきたしても良いという事だろうか。 |
No.414 | 6点 | 私たちはどこで間違ってしまったんだろう 美輪和音 |
(2025/02/13 19:07登録) 東京から三時間以上かかる夜鬼町は、辺鄙な田舎町である。人工は少ないが、町民たちは家族のように仲がいい。だが秋まつりの広場で起きた事件によって、全てが変わる。配られたお汁粉に農薬が混入されていたのだ。これにより、主人公の真壁仁美の母親が死んだ。仁美には、岸田修一郎と景浦涼香という幼馴染がいる。その修一郎の妹と涼香の弟妹も死んでしまった。無差別殺人課、被害者の誰かを狙ったのか。とんでもない事件に町は揺れ、人々は疑心暗鬼に陥る。修一郎引っ張られて仁美は犯人を見つけようと、町民たちに話を聞いて回る。四年前に起き、死人まで出た少女誘拐事件は、今回の件に関係あるのか。犯人像は二転三転し、町ではさらに騒動が続くのだった。本書のプロローグで、監獄実験に触れられている。看守役と囚人役を学生に演じさせることで、人がどうなるかを検証した心理実験だ。これがあるからだろうが、本書のテーマは「囚われる」ことだと感じられる。なぜなら町民たちは、物理的にも精神的にも囚われているからだ。誰が犯人か分からず、町民たちの不安は募る。そして少しでも怪しい人がいれば犯人と決めつけるのだ。疑いが晴れれば、また別の人を犯人と思い込む。夜鬼町で生きるしかない人々にとって、町そのものが監獄になってしまっているのである。一方で人々は、精神的にも囚われている。仕方がないとはいえ、視野狭窄となった人々の言動は、どんどんエスカレートしていく。中盤で意外な事実が明らかになるが、それさえも吞み込んで騒動は収まらない。人々の心が、暗い部分に囚われているからなのだ。その渦中で仁美は、何を思うのか。異様な迫力に満ちた終盤の謎解き場面を経て、明らかになった真相に驚かされた。それと一緒に示された希望に救われた。 |