ノースライト |
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作家 | 横山秀夫 |
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出版日 | 2019年02月 |
平均点 | 6.44点 |
書評数 | 9人 |
No.9 | 7点 | びーじぇー | |
(2023/09/21 20:30登録) 一級建築士、青瀬稔が信濃追分に作った家は日本全国の個性的な住宅を厳選した「平成すまい二〇〇選」に掲載され、評判になる。問題は、その豪華本を見て信濃追分まで行った人が「どなたも住んでいらっしゃらないような感じがしましたが」とメールをくれたことだ。気になったので信濃追分まで行ってみると、本当に誰も住んでいない。引っ越した形跡がない。ただ、タウトの椅子がひとつ、ポツンと置かれているだけ。すべてお任せします。先生の住みたい家を建ててくださいと言い、仕上がりにも満足して代金もきちんと支払った人が、なぜ引っ越していないのか。なぜ行方が分からないのか。 人が殺されたわけでもなく、事件性もないから特に調べもしない。その間、進行していくのは過去と現在の青瀬の人生だ。父親がダム工事の現場を渡り歩いた職人なので、全国のダムの村で過ごしたこと、家族が寄り添うように生きたそれらの日々が、少しずつ描かれていく。青瀬が所属する設計事務所は所員五人の小さな事務所だが、所長の岡嶋は公共建築のコンペを狙っている。協力しなければと青瀬は考える。 もう一つは、別れた妻との間に中学生の娘がいて、月に一度会っていること。無言電話がかかっていると娘に聞いて、青瀬はそれが気になっている。そういう過去と現在が、とてもリアルに色彩豊かに描かれていくので、それを読むだけでも十分に堪能できる。その底に、信濃追分の家に住むはずだった一家はどこに行ったのか、という謎が静かに強く流れていてスリリング。そして全体の3/4が過ぎたあたりから、怒涛の展開が待っている。 |
No.8 | 8点 | E-BANKER | |
(2023/07/08 15:58登録) 前作「64(ロクヨン)」以来の横山秀夫である。再び大作である。心して読みたい。 「作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー」という紹介文がある。楽しみである。じっくり味わうべし。 単行本は2019年の発表。 ~一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新築の家にあんなに喜んでいたのに・・・。「Y邸」は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただひとつ、浅間山を望むように置かれた「タウトの椅子」を除けば・・・。この「Y邸」でいったい何が起きたのだろうか?~ 『ブルーノ・タウト』・・・ドイツ・ケーニヒスベルクの生まれの建築家。「鉄の記念塔」「ガラスの家」が評価され、表現主義の建築家として知られる。1933年、ナチスの迫害から逃れるため上野伊三郎率いる日本インターナショナル建築協会の招聘で来日し3年半滞在した・・・Wikipediaより 寡聞にして全く知らなかった。しかし、本作は彼の存在なしでは語ることはできない。 主人公となる青瀬稔。妻子と別離し、恵まれた仕事もできない彼が賭けた一軒の家・・・「Y邸」。しかし、完成もつかの間、施主が住むこともなく打ち捨てられてしまう。そんな中、ポツンと、そして“ノースライト”に照らされて存在していたのが「タウトの椅子」。 この椅子の存在がなければ、その後の物語は存在しなかった。青瀬は行方不明となった施主・吉野の捜索を行うなか、タウトの数奇な運命、そして彼の建築そして「美」に対する深い想いを知ることとなる・・・ そして、友にして上司の岡嶋の存在。岡嶋の賭けたある建築コンペをめぐる物語が、青瀬や周囲の人たちに大きな波をもたらす・・・。うーん。なかなか語り尽くせんなぁー。 確かに本作はミステリー的な興趣は薄い。作者もミステリーの土台は用意したのだが、書きたかったのはそこではなかったのだろう。 今さら「バブルの敗残兵」なんて言葉が出てくるのだ。青瀬も岡嶋もバブルの後遺症に苦しんだ人たちとして描かれる。もう何十年前?って思うだろう。でも、書きたかったのだろう。これは「再生の物語」なのだ。そう書くと「よくある話」に堕ちてしまいそうだが、決してそうではない。 私自身、恐らく主人公と同世代なのだと思うが、人生長くやってると、日々いろいろなことがある。当然、楽しいことより嫌なことの方が多いが、それよりも「何でもない日」がいかに多いことか。当然「何でもない日」が幸せなんだという考えもあるだろう。ただ、この「何でもない」というのは「さまざまな痛みや苦しみ」を経ての「何でもない」なのか、「ただ、何でもないのか」で大きく違う。 「敗残兵」として生きてきた青瀬だが、自分の周りには様々な「人」がいるのに気付く。「人」が動けば、その大小はともかく「波」は起きるのだ。その「波」に気付くか気付かないか、無視するか・・・そんなことで人生は大きく変わる。 青瀬の再生の物語を追っているうちに、どうしても自身の生活、人生を考えてしまう。まあそれも当然かもしれないが、最終的には「さすが横山秀夫である」。いろいろと評価はあるだろうが、「稀代のストーリーテラー」のひとりではないかと思ってしまう。 |
No.7 | 4点 | いいちこ | |
(2023/05/15 13:59登録) 重厚長大な作品のようでいて、ミステリとしての本作の眼目は、結局のところ施主が3,000万円もの大金を払いながら、建築士に設計内容を一任した点と、当該施主がその家屋に居住せず、連絡もとれなくなっている点のみにある。 しかし、そもそも3,000万円もの高額な契約を締結しておきながら、受託側が施主の住所・家族構成等を把握していないということがあり得るのか。 仮に連絡がとれなくなっているとしても、警察に連絡することなく、東京から長野に何度も足を運んで、その行方を捜すものなのか。 最終盤に明かされる真相は、きわめてチープであり、まるでリアリティが感じられない。 このプロットの骨格に魅力が感じられないから、著者の高い筆力が却って冗長・水増しと映るし、さまざまな脇道を経由し、拡散していく話が夾雑物・水増しにしか見えてこない。 まあ、「ノースライト」というタイトルで明らかなとおり、本作の眼目は以上の点にはないのであろう。 すなわち、本作はミステリではなく、主人公に投影・仮託されたバブルからの再生物語ということなのであろうが、そうだとしても、その目論見が成功しているようには感じられない |
No.6 | 7点 | パメル | |
(2022/11/19 07:42登録) 一級建築士の青瀬稔は、所沢の建築事務所に籍を置き、日々の仕事をこなしていた。そんな彼が情熱を傾けた家がY邸。クライアントのY(吉野)からの依頼は、「あなた自身が住みたい家を建ててください」。青瀬の回答は、北からの光が入る「北向きの家」を建てることだった。なぜその家が彼にとって「住みたい家」なのか。それもまた物語を通じて解き明かされる謎の一つだが、最大の謎は四ケ月前に吉野夫婦に引き渡したY邸に、誰も住んでいないという現実だ。 かくして物語は、Y邸一家の捜索譚が軸になるかと思いきや、作者はその合間に、父がダム建設に携わり全国各地を転々とした青瀬の生い立ちや、彼の建築家としての仕事ぶり、少数精鋭の岡嶋設計事務所の内情なども描きこんでいき、仕事小説や家族小説としての厚みも増していく。姿を消した吉野の家族、青瀬と別れた妻とその妻のもとにいる娘、青瀬の雇い主とその妻と息子、さらに青瀬と彼の両親、そうした人々の関係が、無人のY邸を糸口に見直されていく。 失踪した依頼人の行方を探る旅は、ナチスの迫害から逃れるために日本に滞在し、日本の建築士に影響を与えたブルーノ・タウトの足跡をたどる旅と重なっていく。その過程で、青瀬は建築への情熱を新たにする。 ありがちな捜索譚に止まらず、青瀬たちの苦闘とタウトの足跡とをシンクロさせた芸術と人生の因縁劇にもなっていて、静かながらも力強い物語に仕上がっている。 |
No.5 | 5点 | 文生 | |
(2022/10/12 05:46登録) タウトの椅子だけを残して失踪した一家という魅力的な謎を掘り下げていくのかと思えば、主人公が所属する建築事務所の事業トラブルへと話がシフトしていったのが個人的に不満です。失踪の件は主人公が何もしないうちに解決してしまうのも物足りません。決して悪い作品ではないものの、『半落ち』と同じく自分の求めていた作品ではありませんでした。 |
No.4 | 5点 | haruka | |
(2022/10/11 00:28登録) お話としてでき過ぎている感じがしていまいちでした。 |
No.3 | 8点 | 麝香福郎 | |
(2019/12/27 19:55登録) 横山秀夫は、誇り高き「仕事人間」の奮闘を描き続けてきた作家といってよいのではないか。 「陰の季節」、「動機」、「クライマーズ・ハイ」「64」など職種や状況こそ違え、そこに一貫していたのは、職務に忠実であるがゆえに孤立せざるをえない男たちの怒りと悲しみである。彼らの圧倒的な存在感をつくり出したものが、作者自身の誇り高き職業意識だったことはいうまでもない。 「64」から六年ぶりに刊行された本書も無論例外ではない。青瀬稔は大学の建築科を中退して大手建築事務所で働いていたが、バブルの崩壊と同時に失職した。所沢で小さな設計事務所を経営する学友に拾われ、注文に合わせて図面を引く日々。久しぶりに血をたぎらせたのは信濃追分のY邸の設計だった。「平成すまい200選」にも選ばれた自信作だったが、施主一家はなぜか新居に住んでいなかった。 無人の家に一つだけ置かれていた「タウトの椅子」を手掛かりに「Y家の謎」と建築家ブルーノ・タウトの足跡を追う青瀬の前に、やがて意外な真相が明らかになる。 この物語の結末は比類なく美しい。小説の名手、横山秀夫は健在である。 |
No.2 | 8点 | HORNET | |
(2019/09/01 20:32登録) 一級建築士の青瀬は、バブル全盛期こそ羽振りのいい事務所で稼いでいたが、バブル崩壊後は経営の傾いてきた事務所を辞め、個人的に拾ってくれた事務所で心を殺して仕事をしていた。そんなある日吉野という男から信濃追分に建てる家の設計を頼まれる。オーダーは「青瀬さんに任せる。青瀬さんの住みたい家を作ってください」という、全てを委ねる依頼だった。青瀬は建築家としての魂を揺さぶられ、渾身の思いで独創的な家を建てる。その家は「住みたい家200選」に選ばれ、青瀬の名を業界に知らしめるものとなった。 ところが、そんな評判から吉野の家を見に行った別のクライアントから「誰も住んでいないみたいだった」との知らせが入る。実際、家はもぬけの殻で、建築後誰も住んでいる様子はなかった。なぜ?吉野はどこへ行ったのか?真相を知るべく、青瀬は個人的に調べを始める― 警察小説の名手である著者の、「建築業界」というまた違った角度からの新作。もちろん私は全くの素人で、知識も何もないが、著者の持ち前の筆力・人物描写力で非常に興味深く、面白く読める。そうした建築業界のドラマに、離婚した妻と、離れて暮らす娘との家族ドラマも上手く絡め、さらに後半には、所属する事務所の所長・岡島の贈収賄疑惑というストーリーも加わって、非常に厚みのある話になっている。 「人が住んでいなさそう」という展開から、そこに死体があって一気にミステリとなっていくのかと思っていたが、そうではなかった。そうではなかったが、期待外れにはならなかった。 期待に違わない安定感。 個人的には「短編を書かせたら日本一」と思っている作家さんなので、また警察もののシリーズ短編も書いて欲しいなぁ。 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | |
(2019/05/05 20:10登録) (ネタバレなし) 妻と離婚し、現在は中学生の娘と月に一度ずつ会う許可を得ている45歳の一級建築士・青瀬稔。そんな青瀬は大学時代の学友・岡嶋が創設した建築事務所に所属するが、そこに「以前に青瀬が設計して建築関係のムックにも名デザインとして紹介されている家、あれと同じようなのものをお願いしたい」という依頼がある。青瀬はその新規の依頼を機にかつての仕事に思いを馳せ、自分が設計した吉野家を見に行くが、そこに現在も暮らしているはすの一家の影はなく、ほとんどの家具類も撤去されていた。ただひとつ、20世紀半ばに絶大な業績を遺したドイツの名インテリアデザイナー、ブルーノ・タウトの椅子のみを置き去りにして……。 横山作品は初読み。噂に聞く名作群はいずれ読んでいきたいと思うが、久々の6年ぶりの新刊という本書を、まずは試みに手に取ってみた。430頁弱の本文で読むのに2日間くらいかかるかと思っていたが、とんでもないリーダビリティの高さで半日で読了。 結論から言うと普通に面白かったが、一方で筆力のある人気ベストセラー作家の方ならこのくらいの秀作は想定範囲という思いもある。横山作品のビギナーが生意気を言ってすみません(汗)。 ミステリとしては消えた一家の行方、残された椅子の謎などが表向きの眼目だが、読み物としての眼目は、青瀬や岡嶋たちの事務所の事業ドラマ、さらには周辺の群像劇の方で、そっちの方が非ミステリの小説として面白い。 特に348~349頁の、あるキャラの描写なんか、あーうまいな、テレビドラマ化したら、ここでこの該当キャラを演じる俳優は本当に芝居のやりがいがあるだろうな! という感じ。こういうシーンを良い意味で抜け目なくちゃんと挿入しておけるのが、きっと横山センセが人気作家である証だろうね(まあその一方、こういう性格&文芸設定のキャラだったら、こんな事態の発生は想定内ではないのか? という思いもなくはないのだが……。) それでも最後は上手い具合にミステリらしく着地するし、その秘められた真相の開陳と小説としての燃焼感との相乗は、しっかりとこの作品の魅力になっている。筆の立つ作家が書いた21世紀のヒューマンドラマミステリなのは、間違いないでしょう。 評価はかなり迷うところがあるけれど、本サイトでも評価の高い横山先生の久々の大作・新作ということを勘案して、やや厳しめにこの点数。フツーの作家さんだったら、四の五の言わずに絶対にもう1点あげてます。 |