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ミステリの祭典

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平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.719 5点 「阿い宇え於」殺人事件
草野唯雄
(2020/01/02 21:05登録)
(ネタバレなし)
 東京・青山にある大企業・東洋商事の本社。そこではポルターガイストを思わせる怪奇現象が続発していた。そんななか、経理課のOL阿妻輝子と入間多喜子が、屋上から墜落死した。生前の輝子の横領事実が明らかになるなか、多喜子の方が彼女を脅迫していたとの見方も深まる。これに納得できない多喜子の妹・美佐は独自の調査を開始するが、やがて経理課の同僚・宇田昌代が殺されるに及び、事態は「アイウエオ連続殺人」の様相を示して……。

 あの『死霊鉱山』と並ぶ草野唯雄の問題作とかバカミスとか言われているらしい(?)ので、以前から購入しておいた本を、本日気が向いて読む。
 構想の初動から十数年かけて書き上げた作品と言うが、真犯人というか黒幕の正体は当初から見え見えだし、何よりこんなに計画がうまくいくわけねーだろという筋立て。さらにポイントとなる(中略)の犯罪の実体を仔細に検証もしない警察は完全に無能。
 とまあ悪口ばかり書いたが、ミステリとしての狙いというかこういう作劇もありだよね的な茶目っ気は嫌いになれない。オカルトホラーとミステリの分水嶺ぶりも、これはこれでアリだとは思う。最後のオチもスキを突かれた。

 二時間ちょっとで読めましたし、良く出来た謎解きミステリなどとは絶対に言えないけれど、奇妙な魅力もある作品。草野唯雄作品はこういうものこそをタマに読みたい……と言い切っていいのか?


No.718 6点 三人のイカれる男
トニー・ケンリック
(2020/01/02 18:26登録)
(ネタバレなし)
 健忘症に悩まされる35歳のジェームズ・ディブリー。存在しないはずの母親が見える40歳前後のチャーリー・スワボタ。本来の温和な青年とタフガイ、妖艶な美女と、三つの人格を備えた30代初頭の多重人格者ウォルター・バード。彼ら3人はNYの精神医療施設で知り合い、友人づきあいしていた。だがある日、3人が共用するオンボロの中古車が、整備不順な市道の穴に落ちて大破。怒った3人は、NY市を相手にした損害額150ドル(たった)相当の現金奪取作戦を考案した。この計画に反対しながらも、次第に巻き込まれていくディブリーの恋人キャロル・マース。だが3人の考えた作戦をふと耳にした別の悪人一派が、そのアイデアをさらに拡大。大規模な犯罪計画を準備し始める。

 1974年のアメリカ作品。ケンリックの長編としては『殺人はリビエラで』『スカイジャック』に続く第三作目だが、先にminiさんがレビューに書かれた事情で翻訳刊行は後回しになった(ケンリックの邦訳としてはこれが10冊目にあたる。つまり7作分、後発の原書が先に訳された訳で)。

 金が無い主人公トリオが犯罪計画の準備のため、強引にことを進める中盤からがおなじみケンリック流ギャグコメディの本領発揮。
 新車を調達する際の、どっか赤塚マンガを思わせるドタバタ劇や、犯罪計画に必要なあるものを奪取するため、囮役のキャロルにストリップを無理矢理させて衆人の注意を引くムフフな描写など、マルクス映画の出来のよい作品? という感じで笑わせる。

 ただし本作の眼目のハズの主人公3人のイカれた精神設定は今ひとつストーリーにイカされず(ウォルターの多重人格ネタはそこそこ重宝されたが)、実際のところ主人公トリオの向こうで、より真剣に悪事を企てる別の悪党一味の方が本当のウラ主役という感じで、後半の物語の機軸になっていく。
 たぶん作者ケンリック、書いていくうちにそっちの連中の方に感情移入しちゃったんだろうね(ラストのひねりや山場も、ウラ主役の悪党一味の方の比重が大きい)。
 別々の主役チームの物語を並列して語り、最後に双方を交錯させる手際はまあ悪くないが、作者の当初の構想を外れた? 計算違いの感覚も覗える完成度。
 それでも事件総体の決着を紙幅の限りギリギリまで引っ張る小説的作法など、この辺の初期編からすでに作家としての手慣れた印象も抱かせる。
(反面、最後になって、まったく忘れられちゃった脇役などもいるような……。)

 全体的にはフツー以上に充分オモシロかったし、これまでのケンリックの作品なら印象的な名場面がふたつみっつ心に残ればオッケーという感覚なので、本作も十分にそういったスタンダードはクリアしている。
 ただし本作のこの趣向、この文芸設定なら、もっと伸びしろはあったよなあ……的な不満も覚えないでもないので、評点はちょっときびしめにこのくらいで。


No.717 7点 見知らぬ町の男
ブレット・ハリデイ
(2020/01/02 04:18登録)
(ネタバレなし)
 遠方の町モビルの友人のもとで、一週間の休暇を楽しんだ私立探偵マイケル・シェーン。彼はその夜、自宅兼事務所のあるマイアミまであと三時間というところまで車を走らせていた。シェーンは初めて足を踏み入れる、人口約4万人の町ブロックトンのバーで一服しかける。だが店内に現れた美しい娘が訳ありげにシェーンに話しかけ、さらに彼女と入れ替わるように荒事師風の男が二人登場。男たちは店の表に連れ出したシェーンを失神させ、轢死に見せかけて謀殺を図った。必死に窮地を脱したシェーンだが、初めて訪れた町、たまたま入ったバー、見も知らぬ女、何もかもが殺される理由には結びつかなかった。シェーンはわずかな手がかりを頼りに、独自の調査を始めるが。

 1955年のアメリカ作品。マイケル・シェーンシリーズの長編第25弾で、日本に紹介された正編の中では比較的後期の一冊。当然ヒロインは二代目の、秘書ルーシイ・ハミルトンに交代している(すでに完全に恋人関係みたい)。
 なぜ何のゆかりもないたまたま訪れた町でシリーズ探偵の主人公が狙われたのか? キーパーソンらしきゲストヒロインの行動の意味は? という冒頭の謎(一種のホワイダニット)が結構なフックとなる。さらにシェーンがブロックトンの町で調査を進めるうちに、ある女性の事故死事件、さらに青年地方検事補の焼死事件などが浮かび上がってきて、それらの出来事がどう結びつくのかの興味で、全編のテンションはなかなか高い。約180頁と短い紙幅だが、それだけにストーリーの凝縮感はかなりのもの(さらにルーシイが留守番をしている事務所の方にもちょっとした事件が生じ、そういう趣向を介しての物語的な立体感も備わっている)。
 ミステリ全体としてはある種のホワットダニットの系譜で、真相となる地方都市の悪事そのものは底が割れればやや凡庸だが、そこまでのジグソーパーツを順々に並べていく手際、少しずつ事件の実体を明らかにしてゆく筋運びは見事な職人芸。謎解き要素をはらんだ軽ハードボイルドのエンターテインメントとしては水準以上の秀作であった。
(序盤のメインゲストヒロインとシェーンの接触の真相も、個人的にはなかなか面白い着想に思えた。)
 
 以下、もろもろ思うこと。
・ポケミス裏表紙のあらすじが例によって適当。シェーンは休暇を楽しんだのちマイアミに帰ってきて途中でブロックトンに寄るのだが、裏表紙では「仕事を終えてマイアミに帰る途中」とある。本文しっかり読んでないだろ、当時の編集。

・(やや分からず屋の)地方警察に拘留され、とりあえず釈放されるために妙に下手に出るシェーンがちょっと悲しい。シリーズが進んで角が丸くなった感じ。

・ポケミス126ページ目に、ゲストヒロインとシェーンの会話で
「女をひっぱたいたり、服をおっぱがしてまわる私立探偵? 映画にでてくるマイク・ハマーみたいに……」
「ぼくは、マイク・ハマーとはちょっと違う」
 というのが出てきて爆笑した。ここで話題にされたハマーの映画って当然、本作と同年(1955年)に公開の『キッスで殺せ!』(ロバート・アルドリッチ監督作品)のことだろーな。

・ネタバレになるからくわしくは言わないけど、シェーンシリーズのファンにとって一番嬉しかったのは、ポケミス150ページの下段で、シェーンがメインゲストヒロインに向かって告げたさる一言。めちゃくちゃ泣けた一言ではあったが、それだったら序盤の当該シーンでも、もうちょっとソレっぽくシェーンの内面をチラリと描写しておいて欲しかった。シェーンシリーズは一人称でなく三人称なんだから、主人公の内面の覗き込みの深浅もけっこう自在にできると思うんだけれど。でもなんかこの辺の不器用なところが、妙にハリディっぽい、シェーンシリーズっぽい気もしないでもない。

・終盤、ある職業を突き止めるのがミステリ的な興味の上での重要なポイントとなるが、そこに至るまでのシェーンの推理の論理。これは言語感覚的に、まず日本人にはわからないね。向こうの人(現地のアメリカ人)でも、この説明で納得がいったのかどうか、ちょっと疑問も覚える。


No.716 7点 さらばその歩むところに心せよ
エド・レイシイ
(2020/01/01 18:06登録)
(ネタバレなし)
「おれ」こと、父親ネイトを敬愛し、相手からも深い愛情を受けて育った少年バッキー(バックリン)。だが彼は意外な出生の秘密を知ってネイトとの袂を分かち、朝鮮戦争での兵役を経て、もと幼馴染の女房エルマを養うために警官となる。生活水準を向上させるため、自分のなかの良心とぎりぎりの折り合いをつけながら日々の収賄なども厭わないバッキーだが、そんな彼はある事件を利用して功績をあげ、私服刑事になるチャンスを掴んだ。バッキーは老獪な先輩刑事のドック(ハリー)・アレキサンダーと組んでの職務のなかで、百万ドルの身代金が要求された幼女誘拐事件の捜査に参加するが……。

 1958年のアメリカ作品。評者が先に読んだ、翻訳ミステリファンにもややマイナーな(?)二冊『褐色の肌』『死への旅券』がともに秀作~傑作だったエド・レイシイ。本作はそのレイシイの著作のなかでも評判の良い代表作のようなので、これも相応に面白いだろうと予期しながら読み始めたが、十分以上に期待に応えた出来であった。
 ストーリーは、すでに決定的な事態が起きてしまった状況から開幕。そこから主人公バッキーの回想形式で、少年時代、従軍時代、そして警官になってからのエピソードが順々に積みあげられていく。作者も読者もふくめておそらく大半の人間がそうであろう、人の心の中にある善と悪との振幅ぶりを個々の挿話を介してドラマチックに語りながら、次第に抜き差しならぬ局面にはまっていくバッキーの内面と行動の軌跡をつまびらかにしてゆく。
 評者が先に読んだレイシイ作品の二冊同様、何よりも小説として実に読ませるが、最後のミステリとしての大技も切れ味鋭い。
 いや、本来なら冷静に読んで、本作のこの(中略)を意識すれば先読みすることは十分に出来たはずなのだが、語り口のうまさに引き回されて視界を狭くされ、うまい具合にぶん投げられてしまった。作者がその辺まで計算しながら書いてるのだとしたら、実によくできた作品だと思う。
 それでも最後のツイストは、(中略)ながらも見事に(中略)を決めた爽快感でニヤリ。大事なことだが、これもこの作品ならではの文芸があったからこそ際立った(中略)である。

 つーわけで、評者にとってレイシイ三冊目の本作もまた、十分に秀作であった。ただし一方でこれが、レイシイの中で特にすごい、突出した作品だとはまったく思わないけれど(それくらいどれもレベルが高い)。
 
 しかしポケミス巻末の都筑の解説にある、この作品の前にレイシイが書いた(エイヴォン・ブックスからぺーパーバックオリジナルで出した)あまり評判のよくない、出来の悪い二冊、というのが妙に気になる。いや、現状の感触からいうと、レイシイがそんな出来の悪い作品なんか書く事あるんだろーかという感じで。実際には、かなり打率のいい作家なんじゃないだろうかねえ。
 シリーズものもいくつかあり、未訳のものも少なくないんだから、21世紀のこれからもいくらでも発掘してほしい作家の筆頭だけどね。


No.715 7点 ラス・カナイの要塞
ジェームズ・グレアム
(2019/12/31 16:23登録)
(ネタバレなし)
 スペインの海辺の寒村。「わたし」こと元イギリス軍少佐オリバー・バークレイ・グラントは、現地で知り合った女流アーティストの恋人シモーヌ・デルマスと有閑の日々を送っていた。だがグラントを何者か奇襲し、さらに以前の顔見知りの俳優ジャスティン・ラングレイが彼を拉致する。グラントが連行されたのは元アメリカ・マフィアの大物ディミトリ―・スタブロウの屋敷だった。グラントがかつてベトナム戦争に従軍し、人質救出作戦で高い成果をあげた事実を知るスタブロウは、政治犯としてして収監されている義理の息子スチーブン・ワイアット青年の脱獄と救出を願い出た。だがスチーブンが捕らわれている監獄とは地上150フィートの断崖上にあり、600人の兵士に守られている「ラス・カナイの要塞」だった。グラントは、愛する年の離れた目の不自由な妹ハナを人質に取られ、やむなくこの要請に従うが……。

 1974年の英国作品。ジャック・ヒギンズが他に複数持つペンネームのひとつ「ジェームズ・グレアム」名義で書いた長編の第四作目(※)。同名義の著作は先に『サンタマリア特命隊』『勇者たちの島』の二冊が翻訳刊行され、後者は評者の評価基準で最高級のド傑作。前者は未読だが、先に読んだ友人の感想ではなかなか良かったようである。というわけで、正直、当たりはずれの大きいヒギンズの諸作だが、このグレアム名義の作品ならばイケるのでは……と思って今回は手に取った訳だった。
 
 で、読んでの感想だが、いや、これは期待通りに出来が良い。設定が固まるまでの物語の流れ、仲間を集めての作戦決行、中盤以降の複数の山場の配分と、脇役キャラクターたちの印象的な素描……と、各パートごとにかなり得点要素(見せ場とツイスト)の多い活劇エンターテインメントになっている。
 小説の作法もフットワークが軽く、本文は基本的には(あらすじに書いた通り)主人公グラントの「わたし」視点という一人称で語られるのだが、作戦遂行中にどうしてもやむなく描写上でのカメラを切り替えなければならない場合、臨機応変に別キャラクターの三人称叙述を導入。まずストーリーを潤滑に転がしてゆくことが第一で、大事だと、作者の方でも十全に心得ている。
 物語後半、大小の局面で二転三転する逆転劇も鮮やかで、伏線の拾い具合の巧妙さも、キャラ同士の距離感の自然な叙述も、それぞれ堂に入った感じ。
 先日読んだヒギンズの初期作『復讐者の帰還』(1962年)は、まだまだ青いなあ、(悪い意味で)若いなあ……という印象だったが、あれから十数年を経て書かれた本作では、冒険小説作家としての作者の確実な成長を感じる。

 それでも本作の大枠では、この種の任務遂行もの作品のフォーマットに、良くも悪くもきちんと収まっている(収まりすぎている)面もあり、その分、突き抜けた傑作というか、前述の『勇者たちの島』のような高質な文芸の獲得感までには至らない。とはいえ、一応は十分以上によくできた冒険活劇小説。
 全文をあと二割くらい長めに描いて、サブキャラの厚みをもうちょっと増やしてほしい面もないではないが、現状でも十分に水準以上の出来にはなっている。最後の(中略)ながらちょっとだけ(中略)結末も切ない余韻があっていい。
 ヒギンズの諸作の中では、ガーヴみたいな職人派のサスペンス冒険小説に近い感触の一冊といえるかもしれない。

※本書『ラス・カナイの要塞』の訳者あとがきには、この作品が本名義での第三作とあるが、実際には(のちに邦訳が出た)『暴虐の大湿原』の方が本書の先で、そっちが第三作になるらしい。従って本作『ラス・カナイの要塞』は四作目。


No.714 7点 虹男
角田喜久雄
(2019/12/30 20:45登録)
(ネタバレなし)
 夕刊紙「新東洋」の青年記者・明石良輔は、都内のペット売り場で続発する金魚毒殺事件をマーク。不審な少年の犯行現場を目撃した。良輔はその少年の遺留品である紙片を回収。そこに書かれていたのは「摩耶家」に近く起こるとされる「虹の悲劇」という謎の文句だった。摩耶家とは、実験物理学の権威で、変人として知られる摩耶竜造の家庭と目星をつけた良輔。彼は、懇意の警視庁の刑事・岡田警部とともに同家に接触を図るが、間もなく同家のゆかりの者たちが「虹が見える」と言い残しながら、続々と不審な死を遂げていく。そんな事件の陰には、陰陽道の時代から摩耶家に伝わる伝説の怪人「虹男」の存在が……!?

 1947年に「第一新聞」に連載された、謎解きスリラーの新聞小説。
 評者は20~30年年前に、テレビの深夜放送でノーカット放映された大映の映画版(特殊効果の映像が一部現存していないが、それ以外はほぼ完全版)を視聴し、作中の重要なキーワード「虹」の正体はその時に知った。
 たしか、あちこちの書籍などに掲載されている映画版の解説を読むと、この虹の正体について触れていると思うので、原作や映画のネタバレを回避したい人は映画版の解説記事などは、なるべく遠ざけた方がいいかもしれない(全部が全部、ネタバレしている記事ばかりではないだろうが)。

 とはいえ現時点の評者は、大昔に観た映画の内容もほぼ忘却。その「虹」の正体以外はまったく記憶がないまま、今回、原作の本書を読んだ。だからストーリーがどれくらい小説と映画で違うかもわからない。もちろん(初読なので)原作小説の事件の流れも犯人も、まったくわからない。今回はそういうポジションで通読した。

 それで読み終わっての感想だが、原作小説に関しては、思っていた以上にしっかりした(通俗スリラー的な興味は濃いものの)「館もの」風の謎解きパズラーで、フーダニット。
 連続殺人の進行のなかで登場人物の頭数が減ってきて容疑者が絞られてしまうという、おなじみの構造的な辛さはあるが、作者の方も(当時のこの種の作品としては)相応の工夫と趣向を凝らし、相応の意外な着地点にまで読み手を引き込もうと努力している。まあ70年も前の旧作だから(中略)な部分も少なくはないが。
 事件の真相はやや破格な面もあるが、登場人物それぞれの心理の交錯を踏まえるなら一応は納得の行くものだし(前述の容疑者が絞られてゆくことなどへの勘案や対策は乏しいが)、怪奇趣味の漂う館もののサスペンススリラーに謎解き要素を組み込んだ作りとしては、まずますの佳作~秀作であろう(手掛かり&伏線の中には、結構ニヤリとさせられるものもいくつかある)。

 代表作『高木家』ほどの風格やある種の文芸味は無いが、これはこれでなかなか腹ごたえのある一編。


No.713 7点 からみ合い
南條範夫
(2019/12/27 12:16登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代の前半。大企業・東都精密機械KKの社長・河原専造は、胃癌で自分の余命があと半年と知る。当初は若い美人の後妻・里枝に莫大な財産を全て遺すつもりだった専造だが、里枝が自分の生前から弁護士を訪ね、遺産の行方を気にかけている事実を知って憤慨。専造は、先妻の美代子や別れた3人の愛人、それぞれとの間に生まれながら、今までは気にもかけなかった自分の息子や娘たち4人を探し出し、相続の候補者にしようと考える。かくして会社の秘書課の面々、そして若手弁護士の古川菊夫が、4人の相続人候補者の現在の行方を追い求めるが、そんな事態のなかにはあまりにも多くの人間達の欲望が渦巻いていた。

「宝石」の1959年7月号~12月号にかけて連載。その後、同年の12月に光文社のカッパノベルスで刊行された長編。日本の昭和ミステリ界に絶大な貢献を果たしたカッパノベルス、その記念すべき第一弾という栄誉を担う作品でもある。
 内容はあらすじの通り、資産家の莫大な遺産相続を巡って多数の登場人物の欲望と悪徳が絡み合う物語。(ちなみに専造の総資産6700万円というと、現在の数字ではそんなに巨額でもないが、今日の金銭感覚ではその10倍くらいのイメージか?)
 登場人物のほぼ大半が悪人か自己中心的な人物であり、ある意味では特定の作中人物の誰にも感情移入する必要もなく、全体の物語の流れの上での駒のようにキャラクターに付き合える。そんなドライな感触がえらく心地よい小説でもある。
(なお、最新の徳間文庫版には作者の旧版(81年の旧・徳間文庫版)のあとがきが再録されているが、そのなかで、本作を読んだ知人から「悪人ばかりの作品だ」と言われて、そこで作者がほとんどモブキャラの脇役の名をあげて「いや善人も少しはいるよ」と強引に言い訳しているのが妙に微笑ましい・笑。)

 元版のカッパノベルス版では解説担当の中島河太郎は「横行するサスペンス」と評した一文を寄せていたようだが、実際に今回読んでみると、サスペンス要素は皆無ではないものの、悪党や半悪人たちの織りなす人間喜劇を楽しむ感覚の方が強い。
 執筆時期の作者はウールリッチやシムノン、ボワロー&ナルスジャックなどの翻訳ミステリに傾倒し、その影響を受けたそうである。なるほど全体的に垢抜けた、どこか薄闇色のクライムコメディを読むような食感は、50年代の新時代海外ミステリの息吹に似たものを感じさせる。乱歩もかなり激賞したようで、当時の日本推理小説文壇に新風が吹いた感じを大きく歓迎したのであろうことが窺われる。

 今回、評者は、2019年に刊行されたばかりの徳間文庫の新装版で読んだが、元版のカッパノベルス版以降、講談社の名叢書「現代推理小説大系」の一巻に所収されたこともある名作(映画やテレビドラマにも何回もなっているらしい)で、以前から読みたいと思っていたが、ようやく思いを果たせた。

 要素要素で見れば、思っていたよりは……の部分がない訳でもないが、総体的には期待通りに面白かった。時代色の違和感もあることはあるが、その辺は昭和ミステリの旧作を楽しむ味わいでもある。


No.712 6点 死に金稼業
生島治郎
(2019/12/26 20:54登録)
(ネタバレなし)
 おなじみ私立探偵・志田司郎ものの連作短編集(何冊目だ?)で、読みやすい長さの7本の事件簿を収録。評者は文庫版で読了。

 全編がヤクザ・暴力団がらみの事件ばかりで、それぞれ相談の案件を持ち込んできた依頼人や事件関係者のために、志田司郎がどう事態の落しどころを探すかが興味の主体。
 肝心のミステリ味は、事件の裏の策略や、意外な動機を暴くかたちで数編の話で発露する。
 
 巻末の「難民哀歌」は、日本に来た中国人留学生が苦学生として学業の傍らで就労するなか、仲介業者のヤクザとその顔色を窺う雇い主に賃金を搾取される話。外国人労働者の奴隷化が社会問題になっている2010年代の終りだが、30年前からこんな話題はあったのである(物語の背景には、当時世界に反響を呼んだ天安門事件がからむ)。

 安定した面白さだが今回もそれなりにバラエティ感には富んでおり、中年の貧乏私立探偵の矜持のあり方に、いかにも生島らしいハードボイルド観が覗く話も散在する。
 最近、私的にあれこれあって本がまとめてゆっくり読みにくいこのしばらくだが、ちびちび一編ずつ楽しんで、心の渇きを癒やしてくれる一冊であった。


No.711 7点 黄金の褒賞
アンドリュウ・ガーヴ
(2019/12/18 18:09登録)
(ネタバレなし)
 財産家の伯父エドワードから多額の遺産を受け継いだ、市井の古物研究家ジョン・メランビィ。40歳前後の彼は32歳の美人の妻サリイ、そして8歳の息子トニイと6歳の娘アリスンとともに悠々自適の生活を送っていた。そんなサリイが子供たち、さらに知人の娘である18歳の美少女カイラを連れて海水浴を楽しむある日、ゴムボートの事故でトニイとサリイ自身が危うく命を落としかけた。だがそんな二人を救ったのはハンサムな四十男で、元軍人と自称するフランク・ロスコオ。命の恩人にも関わらず謙虚なロスコオに好感を抱いたサリイは、彼を自宅に招待。事情を聞いたジョンも彼を長年の友人のようにもてなし、この近所で養鶏場を開きたいというロスコオに協力することにした。だが、メランビイ家の中で、ロスコオは次第に秘めていた闇の部分を露わにし始める……。

 1960年の英国作品。ガーヴの最高傑作に推すファンも多い? 一編のようだが、実際にリーダビリティもサスペンス度も最強で本を読むのが止められず、二時間でいっきに通読してしまった。
 中盤からの(中略)的なジェットコースター風の展開、さらに最後に(中略)が見せる(中略)など、いや完成度と結晶度の高い小説である。改めてガーヴすごい。
 
 とはいえ一方で、60年前のあまりにも良く出来た作品ゆえの宿命で、パーツパーツの趣向や仕掛けを因数分解していくと、それから現在までの長い歳月の間にいろんな作家、作品が、この後追いバリエーションを生み出してしまったなあ……という感じも少なくない。つまり、今となってはもう……の部分もそこはかとなく感じたり、そこはちょっとキツイかも。
 まあ余計なことをあれこれ無駄に考えなければ、主人公の途中の推理の流れ、あちこちに設けられた仕掛けなど、ガーヴ諸作のなかでも確かに上位に行く作品であろう。
(これから読む人は、ガーヴの作品にあまり数多くなじまず、作者の手札の切り方も学習しないうちに出会った方がよい、とは思うけど。)
 繰り返すけれど、出来そのものは、本当にいい長編なんですよ。


No.710 5点 スフィンクス
堀田善衛
(2019/12/15 15:22登録)
(ネタバレなし)
 1960年代初頭のカイロ。パリの大学で地理学の学士となった若き日本人・菊池節子はユネスコのカイロ駐在員として活動。現地カイロで大規模なダムの建設計画が進む傍ら、水没を強いられるヌービア遺跡の保存のため、会計役・秘書役として奮闘していた。そんななか、節子は知人のアルジェリア人の青年亡命者ベン・アシュラフから、節子が赴く先にいるはずの人物ムスタファ・アーセン宛の私信を託される。錯綜する外地の政情のなか、頼まれごとを果たす節子だが、事態はさらに混迷さを増していく。

 1963年4月から毎日新聞社系の雑誌「エコノミスト」に一年にわたって連載された長編作品。
 著者である文学者・堀田善衛(よしえ)に関しては、無教養な評者は「モスラ」の生みの親3分の1くらいの認識しかない(汗)。
 それでも本作『スフィンクス』が黎明期の中薗英助の諸作などとほぼ同時代の広義の国際スパイ冒険小説であり、日本ミステリ史の上で、その流れで語られている一作であることくらいは以前から知っていた。

 それで思いついて1965年のハードカバー元版を手に取ってみたが、いや、正直、しんどかった(汗)。
 本作の連載執筆時点で作者は欧州や中東などへの渡航を三回も重ねており、そこまでで得てきた見聞を本作のなかにボリューム感豊かに書きこむ。文章そのものは比較的平易なので個々の叙述が理解しにくいということはないが、何はともあれその情報の圧倒的な量感にくたくたになってしまった。
 作中には節子と並び、もうひとりの主人公というべき四十男の奥田八作も登場。かつて戦時中に日本陸軍の工作員として海外に送られ、戦後は現地で築き上げた地盤をもとに「カイロの主」と呼ばれるようになった裏社会の大物だが、そんな奥田と節子の二人の動向を主軸に、50人以上の登場人物が織りなすドラマが錯綜。物語の本流が読み取りにくい一方、作者は節子と奥田、双方の視点を介した海外諸国の政治観、文明観、歴史観をマイペースに開陳していくので、読む側はひたすら疲れる。
(第二次大戦中、フランスへの静岡茶の輸出が止まり、それがアルジェリア独立運動の遠因となったなどの「え?」となる逸話も登場。その辺は素で興味深いが。)
 だから(そういう小説の読み方は野暮だと言われるのを承知で言うが)本書に盛り込んだネタを分配して、あとニ三冊、作者はこの路線の作品を著することができたのでは? と思うくらいである。

 とはいえ、終盤に明かされるミステリ的な趣向(節子が託された文書の実態)は、21世紀現在のわれわれ日本人にも、たぶんこの1960年代初頭のそろそろ(中略)が始まっていた当時の日本の読者にも、相応に心響くものがあるはずで。あんまり詳しくは言えないが、日本ミステリ界三大奇書のあの作品の、かの仕掛けすら、ちょっと連想させられた(笑)。

 1950~1960年代の欧州・中東の国際情勢に興味のある人なら、情報小説としてはかなりの価値がある一冊だろうとは思う。しかし、評者も旧作エスピオナージュファンとしてその辺への関心はそれなりにあるつもりだが、今回は受け手のキャパの枠内からオーバーフロー(汗)。

 作者が当時の中東、欧州(特にスイスとイタリアなど)の情勢を展望し、それを巻き込まれ型スパイスリラーの形で語ろうとした狙いはわかる。その意味で力作とは思うものの、エンターテインメントの作法としてはこれ、ちょっといろいろ違うでしょう、ということでこの評点。
 世界現代史マニアの方でそっちの素養について詳しいと自負のある方は、挑戦してみてもいいかもしれません?


No.709 6点 俺の拳銃は素早い
ミッキー・スピレイン
(2019/12/11 12:45登録)
(ネタバレなし)
「僕」こと私立探偵マイク・ハマーは三日間ぶっ通しの激務を終え、終夜営業の軽食堂に入った。ハマーはそこで、本来は美人だが、くたびれた感じの娼婦らしき赤毛の女「アカ」と出会い、彼女と意気投合する。歓談の途中で「アカ」の知り合いらしい男が迫ってきたが、ハマーは彼女が迷惑そうなのを認めて男を撃退した。大仕事の直後で余裕のあったハマーは「アカ」に150ドルを渡し、生活を立て直すように勧めた。だがそれから間もなく、ハマーは「アカ」が車に轢かれて死亡、犯人はまだあがってないことを知った。友人のパット・チェンバース巡査部長と情報を交換したハマーは「アカ」の死が殺人と推定。彼女の素性と昨夜の男の情報を求めて動き出す。

 1950年のアメリカ作品。マイク・ハマーシリーズの第二弾で、デビュー編『裁くのは俺だ』(1947年)から3年(2年余?)の時を経たハマー復活編。しかし改めて見ると、大反響を巻き起こした第一作から相応に時間が経って刊行されていることに、ちょっと驚いた。のちの執筆ペースを考えれば、スピレインの初期作の中では、前作からこの作品までだけが時間が空きすぎる。仔細に作者の経歴を覗けば、何か興味深い話題があるかもしれない。

 今回は田園書房の「スピレーン選集」版(邦題『俺の拳銃はすばやい』)にて、実にウン十年ぶりに再読。ポケミス以前に複数の出版社から翻訳刊行された「スピレーン選集」のハマーシリーズの中では、なぜか本作だけが早川から復刊・新訳されていない。それで気になって、どんな作品だったかという興味も頭をもたげ、今回もう一度読んでみた。
 しかし青少年時代に初読の際、ハマーの一人称が「僕」なのにぶっとんだ記憶があったが、再読してやはりそうであったと再確認。エド・ハンターやドナルド・ラムじゃあるまいし、このハマーほど「僕(ぼく)」の一人称が似合わない往年の私立探偵ヒーローもいないだろう(笑)。
 翻訳はガーヴの『モスコー殺人事件』なども訳出した、向井啓雄。女性相手のダイアローグ時のハマーの口調がケアレスミスで女言葉っぽくなってしまう(語尾に「かしら」をつける)などの天然な部分もあり、さらに全般に古い時代の言葉遣いという印象で読みにくいが、まあ我慢できないことはない。

 序盤のキーヒロインとなる「アカ」こと本名ナンシー・サンフォード(ハマー版&女性版テリー・レノックスか)の退場を機に、売春シンジケートの闇の部分に迫っていくハマー。中盤のメインヒロインは、ナンシーの友人だった元コールガールの美人モデル嬢ローラ・バーガンに交代。一方でシリーズのメインヒロインの秘書ヴェルダは、美人としての描写もろくにされない上に、外で跳ね回るハマーに完全に置き去りにされた扱い。コンビニっ娘の先駆か。

 あと今回はハマーとパット・チェンバースのからみの比重がすごく多い。警察の上層部から政財界の腐敗した大物連中に手を出すなと釘を刺されたパットがくさり、組織の外で自由に動けるハマーを羨ましがる図なんか、そういう段取りで主役ヒーローを格上げヨイショする狙いが、わかりやすいくらいわかりやすい。
 だけどこういう、主人公の相棒格&親友の警官がマトモな人間という描写は、正にシリーズ初期編でやっておくべきこと。だから納得の叙述である。

 ミステリとしては、キャラクターポジションなども踏まえて大方の筋は読めてしまう作り。初読の時から真犯人(黒幕)の類推はついたし、本当に素直に読めば意外性がある? 人物なので、今回も記憶に残っていた。ただし中盤から登場する、被害者がらみのあるアイテムの扱いと、そこに繋がる真犯人の内面的な動機はちょっと印象的。一方で現実の犯罪実働としてはやや無理筋に思える部分もないではないが、まあギリギリか。
 ラスト、義憤を燃やすハマーのサディスティックな描写はなかなか。クロージングの情景イメージとしては、シリーズのなかでも上位の方かもしれない。

 21世紀の今、改めて再版希望とは声高に言えない出来だが、シリーズのファンなら古書店で安く出会えたならまあ買って読んでもいいかも。
 万が一にも、本作の新訳復刊(もちろん一人称を「俺」にして)の話でもあるというのなら歓迎だが、実のところ、それよりはミステリマガジンに抄訳? されたきりのハマーシリーズ最終作『暗い路地(Black Alley)』の方を、ポケミスかミステリ文庫に入れてほしい。


No.708 5点 国語教師
ユーディト・W・タシュラー
(2019/12/01 13:00登録)
(ネタバレなし)
 2011年暮れのドイツ。54歳の作家クサヴァー・ザントは、ティロル州の教育文化サーヴィス局を通じて、同地区の学生相手のワークショップ(創作講座)の短期講師となってほしいとの依頼を受ける。受講生の学校側の代表は「M・K」のイニシャルの国語教師で、先方とメールで連絡を取ったクサヴァーはその相手が16年前に別れた元恋人で同じ年齢のマティルダ・カミンスキだと気付いた。メールを介しての再会を野放図に喜ぶクサヴァーに対し、言葉を選びながら対話を始めるマティルダ。やがて二人の話題は、過去のあの事件へと及び……。

 2013年のドイツ作品。ドイツ推理作家協会賞受賞作だそうである。
 web上の某・ミステリ書評サイトで評価がいいので読んでみたが、設定はまんま数年前の国産作品『ルビンの壺が割れた』の海外バージョンである(基本設定だけの話題だから、双方のネタバレにはなっていません)。
 本書の場合は、本文の大半がやはりメールの文面で構成されるが、部分的に別の書式・叙述も導入される。

 それで先に本書の表紙折り返しのあらすじを読むと、作家クサヴァー、そしてやはり創作の心得があったらしいマティルダの双方の書く小説が、劇中作として組み込まれるとある。
 が、現物を読むと、そういう劇中小説というパーツは確かに構成の一部を為すものの、思ったよりは強く前面には出てこない印象もある。二重構造の小説を読んで時々感じる煩わしさは、本書の場合そんなに強くなかった。

 そして本作の男性主人公クサヴァーは、しょーもない成人としてひたすら叙述。汗水垂らして働きたくもない、女とは遊びたいが責任は負いたくない、内縁の妻となったマティルダがいかに愛の結晶を望もうが、三界の首枷になる子供なんかもちろん欲しくない、と徹底的に自己中心的な言動を貫徹する。フィクション上の他人事と思って読むにはそれなりに面白いキャラだが、一方で小説を読むこちらはヒロインのマティルダにおのずと同情(彼女自身もまったく清廉潔白なキャラではないのだが)。
 これは、彼女から元カレに対し、秘められた旧悪を暴くなどの報復があるな、とフツーに予見すると、後半の物語は前述の<劇中作>の要素を利用しながら微妙に力点をずらし始める。これ以上は書かない方がいいだろう。
 
 それで物語のまとめ方は確かにドラマチックで、読了後に改めてwebでの各氏の感想などを探ると<(中略)の物語>として、ほとんど絶賛の嵐。今年の海外ミステリの上位作とも声も少なくない?
 ただまあ、個人的な感想としては、グラディーション的に物語の様相が変わっていく小説的なうまさは認めるものの、いまひとつそこまで褒める気にもならなかった。理由は、どうもこのクロージングに、作者が自分の筋立ての舵取りの鮮やかさに酔ったような一種のあざとさを見やるため。こんなに真っ正面から(中略)。

 なんとなく出会い、誰も先に褒めていなかったら、もうちょっと評価は上がり、印象も良くなっていたかもしれない一冊。割とよくあるパターンですが。


No.707 7点 魔偶の如き齎すもの
三津田信三
(2019/11/27 18:00登録)
(ネタバレなし)
 刀城言耶シリーズはまだ二冊目。代表作らしい既存の長編は手つかず(いずれ読みたく思います)で、短編集もこれが初めて。
 以下、簡単に感想&コメント

①『妖服の如き切るもの』……ホックの、サム・ホーソンものかレオポオルド警部ものみたいな仕上がりのよくできた短編パズラー。初っ端から好印象の一本。
②『巫死の如き甦るもの』……まだシリーズ初心者なので既存作品との相違がどうのこうのと言うのはよくわからないのだけど、奇矯なシチュエーションから生じる謎にそれにふさわしい解決を与えた佳作。
③『獣家の如き吸うもの』……ビジュアル的には、すごく好きな雰囲気の話。系列の違う二種類のトリックを掛け合わせた感じの真相が頗る印象的。
④『魔偶の如き齎すもの』……わー、これは<中略>版の『××××』。(中略)読者向けに書かれた作品だと思うが、自分のような立場の人間がこんなT・P・Oで初読することにも、それなりの意味はあったかも?

 以上4編、どれも面白かった。各編を読み始める前はなんとなく軽く気構えちゃうんだけど、一度ページを開くとスイスイ作中世界に溶け込めるリーダビリティの高さも嬉しい。


No.706 6点 スワン
呉勝浩
(2019/11/26 01:59登録)
(ネタバレなし)
 その日、埼玉県東部の巨大ショッピングモール「スワン」で起きた、銃と日本刀による無差別大量殺戮事件。幼児を含む21人が殺され、多数の負傷者が出る。女子高校生・片岡いずみは、さる事情ゆえに彼女を敵視する同窓生・古舘小梢(こずえ)によって、たまたまその日、スワンに呼び出されていた。いずみは無差別殺人者トリオのひとり「ヴァン」によって事件に巻き込まれ、全くの不本意ながら、複数の人間の殺傷に関与する形となった。正義と良識を気どる市民からいずみへの非難が集まる中、弁護士の徳下宗平は、いずみを含む事件の当日、現場の周辺にいた5人の男女を呼集。ある目的のために、当日の彼らの行動の軌跡を検証しようとしていた。

 この数年、高い打率で力作を上梓している作者の最新作。ショッキングな序盤を経て、当人の責任とは別個に「正義と良識」という人間の悪意に晒される人公いずみの焦燥を叙述。さらにストーリーはベクトルの見えないトンネルの中を突き進んでいく。

 実際、物語の力点がどこに置かれるのかわからない作劇は独特な緊張感を読み手に感じさせるが、一方でこの小説の作りだと読者が予期・期待する興味が必ずしも提供されるとは限らないわけで。
 だから読んでいると「あれ、その件の描写はもう終り?」とか「意外にツッコまないで流して済ませたな」と言いたくなるような気分に導かれる部分もそれなりにあった。
 特に後半、それまでストーリーのメイン部分にいたある人物の運用に関しては、ずいぶんとイージーというか、こういう小説の作りをしてしまっていいのなら、悪い意味でかなりいろんなこと出来てしまうようなあ……と、軽い戸惑いの念を覚えた。
(言い方を変えるなら、送り手の思惑のなかで、登場人物が物語の駒にされすぎてしまっている感じというか。)
 
 それでも最後の最後、主人公いずみの視界を通じて読者の前に明かされる真実と、そこから繋がって見えてくる人間同士の距離感の妙は、結構鮮烈な印象ではあった。
 一発の銃弾が放たれた瞬間、そこで浮き彫りにされる人生の陰影と人間の切なさ。こう書くとシムノンの初期メグレシリーズのあの作品みたいだな(本作と内容は全然違うけれど)。
 あとwebやSNSなどの文化を通じて人の口がどんどん無責任に軽くなっていく現代、人間の心の成熟が文明技術に追いついてないことへの批判も物語のあちらこちらににじんでいる。その辺の「なにを21世紀のいまさら、でもやっぱり無視はできんな」という感じの生硬なメッセージ性もじわじわ来る。

 面白いときの呉作品は、濃厚なようなそのくせどっかいびつなようなそんな中身のバランス取りが独特。そこが大きな魅力なんだけど、今回は特化して印象的なポイントと、全体のやや座りの悪さが溶け合わず、ある種のひずみを感じさせてしまった印象もある。それでも水準作以上の読み応えはあったので、またこの人の次作にも期待ということで。


No.705 5点 犬神館の殺人
月原渉
(2019/11/25 22:51登録)
(ネタバレなし)
 没落と復興を繰り返した東北地方の豪族・雪島家は明治維新の時代に、風変わりな西洋館「犬神館」を建てた。そして18XX年の冬。雪島家の親戚筋の令嬢・芹沢妃夜子は、侍女の栗花落静(ツユリシズカ)を伴って、同家に赴く。そこでは雪島家の面々が傾倒する新興宗教「人の会」の儀式「犬の儀式」が行われていた。儀式は密室状況の中で進行し、その出入り口すべてには「人間鍵」というべき、強引に出入りしようものなら、その場に組み込まれた人間たちの首を断頭する奇怪なギロチン装置が設けられていた。強行的に殺人を犯してまで儀式の場に侵入する者などいないはず? であったが、しかし結局はそこで生じる不可思議な惨劇。そしてそこまでの状況は、シズカが3年前に遭遇したもうひとつの殺人事件との関連を示していた?

 表紙周りのあらすじのどこにも「シズカシリーズ」の表意がないので、あれ? ノンシリーズ!? あるいはシズカシリーズはシリーズでも、もしかしたら<あの新本格の大メジャーシリーズのアレ>みたいな変化球パターン? かと思った。
 そうしたらフツーにシズカシリーズの正編・第三弾でした。いらん前情報語るなって? いや、作者ご本人もTwitterで、シズカ、シズカと連呼してますので(笑)。
 ちなみに今回はシズカについて、妙に笑えるパーソナルデータも手に入る。

 それで今回は、現在形の事件と3年前の過去の事件(どちらもシズカがからむ)、二つのストーリーが並走。ほぼ完全に一章単位のカットバックで二つの時系列が語られ、B・S・バリンジャーみたいな構成で話が紡がれる。
 しかし紙幅がない分、登場キャラの書き込みは全般的に薄いわ、双方の語り手は別人なれど、どっちも似たような文調でいまどちらを読んでるんだっけと、ところどころ区別しにくくなるわ、で、非常に読みづらい(汗)。
 これなら3年前の事件の方の本文の書体を変えるとか、そっちの方の行頭を全部一字分ずつ下げるとか、書式デザイン的にもわかりやすく差別化してほしかった。

 でもって本作のキモのひとつは、あらすじに書いたイカれた舞台装置(人間鍵)だけど、この辺の強引なまでにおバカな趣向はまあ笑える。ただしその装置に組み込まれるキャラたちの造形が先述のとおりに揃って記号的なので、あんまりゾクゾク感はないんだけれど。

 でまあ、ミステリ的な真相だけど、……うーん、これなら3年前の事件だけで良かったのではないの? 苦労して読んだ二重構造の物語に見合う効果が育まれていない。そもそもこの現代編、いろんな意味でチョンボだよね。
 とはいえ一方で過去編だけにしちゃうと、際だった独創性のない謎解き作品になってしまうだろうしなー。過去編にあと2割、現代編にもう1割、合計で3割くらい全体のボリュ―ムを増やしてデティルを足していけば、もうちょっと完成度は高くなったような。

 まあ奇妙な館ものシリーズを毎年一本、相応のチャレンジ精神で送り出してくれる作者の心意気は大いに買いますが。


No.704 5点 復讐者の帰還
ジャック・ヒギンズ
(2019/11/23 05:44登録)
(ネタバレなし)
 1952年6月。朝鮮戦争の戦場で、中国軍の捕虜になった6人の英国軍人。英国側の作戦の情報はその捕虜の中の何者かの口から漏れ、結果、英国軍は200人前後の戦死者を出す大打撃を被った。それから7年。戦場で重傷を負い、6年間も記憶を失っていた復員兵の青年マーティン・シェインは、ようやく過去の戦歴を思い出す。彼は敵軍に銃殺された戦友の家族に会い、そして仲間を売った裏切者を暴くため、かつて自分といっしょに捕虜になっていた元兵士の4人が集うバーナムの街に赴くが。

 1962年の英国作品。原書では、ヒギンズ初期からの別名義ハリー・パタースンで書かれた一冊。そしてこれが現在まで日本に翻訳されたヒギンズの著作(別名義のものを含めて)では、最も初期に書かれた作品のはずである。
 ちなみに2019年11月の現在まで、翻訳されたヒギンズ作品は概算して全部で50冊強。そのうち評者が読んでるのはまだ10~15冊程度(汗)だから大きな事は言えないが、冒険小説作家の著作なら初期の方が熱気があるだろうという全くのムセキニンな思い込みで、ヒギンズのこの作品を手に取ってみた。
(ちなみに自分の今回以前のヒギンズ作品との付き合いは、一年くらい前に『神の最後の土地』を再読。やっぱりこれは結構スキな作品だ、と再確認したのが最後だった。)

 でまあ、本作『復讐者の帰還』の印象だが「……ああ、まだホントーに若い頃の作品だなあ……」という感じ(笑)。
 頭部を負傷した主人公シェインはまだ治療が万全ではなく、本格的な手術をさらにもう一度しっかり行わないと命が危険という状況。彼はそんな逆境を押してバーナムに赴き、裏切者の捜査に当たる。
 記憶が戻った以上、矢も楯もたまらない思いなのだろうから、その強引な行動自体には文句はないのだが、しかしこちら(主人公)の都合でいきなり6~7年目に乗り込んで行った目的地に、容疑者の4人がそのまま全員、ちゃんと雁首揃えて待っている、という状況がまず嘘くさい。この辺はもうちょっと、ドラマとしても納得できる、自然な段取りを踏むべきじゃないかと。
 行き当たりばったりに容疑者に疑いをぶつけていく主人公のやり方も、他にまあどうしようもないのだから仕方がないが、ノープランすぎるため、地元の気の良いヒロインを懐かせて協力させるという安易な作劇になってしまう。その辺の展開もなんとも安っぽい。
(ところで主人公が町中を逃亡して聖職者のもとに駆け込み、それまでのいきさつを語り出すプロローグから本編開始、というのは、ボガートの主演映画『大いなる別れ』のパクリだよね?)

 一方でヒギンズ作品にしては、前半はあまり活劇要素がなく、旧悪の調査とその先の復讐という目的に向かって主人公がとりあえず動き回るだけ。この辺は、なんかヒギンズ作品というよりもウールリッチの二級作品みたいなムードで意外に悪くない。
 そういえば1962年ならまだウールリッチは完全に健在で現役で、アメリカと英国で同じ時代の空気を吸ってたんだよなと奇妙な感慨に襲われた。
(だって日本の読者視点でいえば、70年前後を堺にこの二人の作家は世代交代している印象があるよね? 実際にはそんなこともなかったのだったが。)
 
 物語の後半もイベントが矢継ぎ早に起きて読み手を飽きさせないのはまあ良いが、一方で話を転がすため主人公の方から見え見えのピンチのフラグを立てていくなど、ストーリーテリングが素人っぽい。そのため、やっぱり習作時代の一本だなあという印象が改めて強まってしまった。
(それでも、良くも悪くも王道ハードボイルド小説っぽいメインプロットが次第に浮上してくるのは、ちょっと興味深いんだけどね。)
 あと、ラストはいい話っぽくまとめようとしたけれど、大事な文芸を忘れてるんじゃないの? という不満を感じた。ハッピーエンドで胸をなで下ろすには陰で泣いた某キャラが報われなさ過ぎて、読者としては不憫の極みである。

 んー、まだまだヒギンズ、この時点では原石だな~という感触(いや、それ未満かも)。
 単発ものなら『勇者たちの島』『地獄島の要塞』、シリーズものなら『謀殺海域』。そのほかもろもろの秀作・傑作への道は、ここからかなり遠いんだよねという印象であった。

【追記】
 書き忘れていた、もうひとつ印象的な文芸ポイントがあった。シェインは前述のとおり記憶を失っていたので、もしかしたら裏切者は自分自身だったのではないか、とも考える。実際に容疑者のひとりから、お前こそ情報を与えたのではないか? ともやり返されるのだが、シェインは万が一そういう最悪の事態が判明した場合は、自分で自分を裁く覚悟も決めている。この辺の「たとえ厳しい現実だとしても明らかになる真実こそがすべて」的な考えは、結構まっとうなハードボイルド精神で悪くなかったのだった。


No.703 5点 手をやく捜査網
マージェリー・アリンガム
(2019/11/22 18:31登録)
(ネタバレなし)
 自称「職業的冒険家」アルバート・キャンピオンは、友人の弁護士マーカス・フェザーストーンの紹介で、その婚約者である娘ジョイス・ブラントから相談を受ける。両親と死別したジョイスは、血縁のない親族で金持ちの老婦人キャロライン・フライデーの後見を受け、彼女の世話をしながら邸宅「ソクラテス屋敷」に同居していた。キャロラインの亡き夫ジョン博士は大学の学長で、妻に多大な財産を遺して他界。そして現在の屋敷には、キャロラインの3人の子供や甥など4人の中年と老人が同居していたが、その誰もが財産も生活能力もなく、キャロラインの資産にたかって十年単位で生活している状況だった。そんな家族の中の一人、甥のアンドルー・シーリーが二週間前から行方をくらましており、何か厄介事があると外聞が悪いので警察沙汰にしたくないというキャロラインの意向を受け、ジョイスはキャンピオンに相談に来たのだった。だがその直後、行方知れずだったアンドルーが、銃弾を受けた死体となって川の中から発見された。続いてソクラテス屋敷では、新たな犠牲者が……。
 
 評者がアリンガムの長編を読むのはこれで三冊目。作風に幅がある(らしい)作者としては、これはかなり正統的な館もののパズラー。
 が、主要登場人物の総数がそんなに多くないこと、館の外というか周辺でいかにも怪しげな人物が序盤から動き回ること、それぞれの要素に作者の狙い所をこっちに感じさせ、その辺のわざとらしさがかえって微妙。
 屋敷内の人物描写も、相応に焦点的にしっかり描きこまれる人物と、ごくざっと簡単に語られる人物の扱いにも明らかな差異が発生。よくいえばその辺にメリハリがあり、悪く言えばバランスがあまりよろしくない。
 最後に明かされる真相も、1932年当時の長編作品としてはまあ意外なような……この時点ですでにどっかで前例があるような……。
(ただ、このあとに同じ英国で登場する某大家の名作の構想に、この作品が影響を与えていた可能性はある……かも。)

 メイントリックを補強するロジックと状況証拠の処理など光るものもあるんだけれど、いまひとつこなれがよくない謎解き作品。
 終盤ギリギリまで事件の真実と真犯人を引っ張る外連味は、好きだけどね。 


No.702 5点 伊勢佐木町探偵ブルース
東川篤哉
(2019/11/22 11:53登録)
(ネタバレなし)
 昭和の事件屋ものの連作ミステリっぽい作りで、味付けは水で薄めた『傷だらけの天使』という感じの一冊だが、全体的には悪くはない。
 もちろん国産ミステリの新刊を年に十冊単位で読んだとして、決して上位に来るような出来ではないが、こーゆー作品もあることに、どこか安心できる。
 どういう文芸ポイントが連作上の「お約束」になるかも当初から見え見えだが、そんなユルい作りもこれはこれで良し。
 
 希望を言えば女刑事の松本、もうちょっとメインキャラの3人にからませてもいいとは思うんだけど。
 今後は別シリーズとのクロスオーバーにも期待。


No.701 7点 霊界予告殺人
山村正夫
(2019/11/22 02:31登録)
(ネタバレなし)
 1989年の東京。青山を歩いていた50歳代の「探偵作家」雨宮鏡介は、一年前に事故死した二回り年下の婚約者・香西育江によく似た女性を見かけた。だがその直後、雨宮は暴走族のバイクに撥ねられて重傷を負い、仮死状態の魂だけが、死者たちが享年時の姿で集う霊界「精霊界」に紛れ込む。そこで育江と、さらには乱歩や横溝、木々高太郎や大下宇陀児たち多数の物故した先輩・同輩作家たちと再会する雨宮。霊界では言語の壁がなく、この世界の探偵作家クラブは欧米ミステリ作家の三巨頭、ドイルとヴァン=ダイン、クリスティーを日本に招待していたが、そのドイルのもとに謎の殺人予告メッセージを記した『緋色の研究』の原書が送られてきた。やがて『緋色の研究』そのままの状況に、さらに密室の要素までを加えた殺人現場で、ドイルが「殺されて」しまう。

 Twitterでたまたまヘンな作品の存在を見かけたので、読んでみる。
 元版ハードカバー版のあとがきで作者自ら「拙著『推理文壇戦後史』の小説版といえるかもしれない」「いわゆるミステリーの範疇を超えた、SF的、幻想的、かつパロディー的な、何とも作風の分類のしようがない、奇想小説になってしまった」と言っているが、正にそのとおり。評者も読んでいる間は至上の居心地の良さを感じる一方、時々狐につままれたような感覚に襲われた。少なくとも丹波哲郎の「大霊界」や中岡俊哉の著作がマジメに巻末の参考文献一覧リストに挙げられている謎解きミステリを、私はほかに知らない。

 ヒロインの育江は生前に女流編集者だったので、欧米の三巨頭を呼ぶ探偵作家クラブの企画にも協力。しかしそれが祟って、彼女はなりゆきから、ドイル殺しの共犯者の嫌疑を霊界警察から受けてしまう。そこで(作者・山村正夫の分身といえる)雨宮は、恋人の無実を晴らすために奔走。そんな雨宮を、乱歩や横溝、高太郎たちが支援するというのが本作の趣向。
 そんな中で高太郎が霊界で『美の悲劇』(生前に未完に終った長編)の続きを書いているという描写など大笑いしつつ嬉しくなる。霊界の探偵作家クラブの新参作家として、本書の刊行のタイミングゆえに、仁木悦子や天藤真の名前が出てくるのはブラックユーモアだが(小泉喜美子の話題が出ないのはナー。たぶん霊界でも日本のミステリ作家とは距離を置いてるんだろうなー)。

 しかしトンデモな趣向だけに寄り掛かった楽屋オチ作品かと思いきや、謎解きミステリとしても真相の意外性、霊界の世界観を活用した事件のロジック、さらには「なぜ『緋色の研究』の見立て殺人を行ったのに、そこに原典にない密室の要素が紛れたのか」の説明など、予想以上に練り込まれた作りでびっくりした。
 本作は1989年の作品だから国産ミステリの趨勢はもう新本格時代に突入していたわけで、それゆえにベテラン作家も若い世代の影響を受け、柔軟にこういう奇想めいた謎解きミステリを書いたのだと思いたい。本書はそんな出来である。

 ただ惜しむらくは、もうちょっと真相の意外性(それ自体は相応に評価できる)をもっとドラマチックに、またこういう設定なんだから良い意味でマンガチックに盛り上げて語ってくれれば良かったものの、その辺の演出が弱いのが残念。そういった辺りをもうちょっとうまく押さえてくれていたら、確実にもっと口頭に昇る名作になっていたろうにね。
(少なくとも本サイトで今まで誰もレビューしてないのは、ちょっと違和感がある一本である。)

 まあ真相に驚き、唸ったあとで、本作を読んだミステリファン同士で、さらにそこからいろいろくっちゃべりたい作品でもあるけどね。しかしそれもまた本作品の独特な持ち味といえるだろう。


No.700 6点 非常線
ホイット・マスタスン
(2019/11/20 12:10登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のカルフォルニア(訳文の表記ママ)。その日の深夜零時前後、25歳の保険外交員オーエン・クラークは、恋人のエリザベスとドライブデートを楽しんでいた。だが車を停めていた二人のもとに、警官を装う拳銃を持つ男が猥褻な興味で接近。オーエンから偽警官だと見破られた男は彼を殴って意識を失わせ、そのままオーエンの車を奪い、気絶させたエリザベスとともにどこかに逃げ去った。パトカーで巡回中の警官、ゲリティーとシャベスの二人はやがて千鳥足で歩くオーエンを発見。頭部への衝撃で意識が朦朧としていたオーエンは当初酔っ払いかと思われるが、警察医ケネス・フレイジーの診断で他者から暴行を受けたと判明する。事件性が認められる中でオーエン本人の記憶も戻り、地元警察の「石頭」ことマーロ・ブラサム警部の指揮のもと、拉致された若い娘を救うべく深夜の非常線が張られるが……。

 1955年のアメリカ作品。作者マスタスン(別名義ウェイド・ミラー)が書いたガチガチの警察小説で、評者の大好きな50年代アメリカミステリの気分を満喫できる一冊。
 プロローグから小説本文に深夜零時を表意する小見出しがあり、その後は映画のようなカットバック切り替え手法で視点を分散、経過するリアルタイムの時刻を表示しながら物語が進行。そのうえで本書の原題から、この作品がどんな趣向かは分ってしまう。
(いや「そういう小説の作り」だろうということは、最初から察しがつく種類の作品なので別にいいのですが。)
 
 もうひとつの大きな趣向は、先にレビューをされているkanamoriさんが書いている人間関係のちょっとした意外さで、これも小説の前半~半ばには明らかになるが、まああえて最初から読者が知る必要もない(今回のレビューのあらすじでもその辺はぼかした)。
 今回、評者の家には旧クライムクラブ版と創元文庫版の双方があり、翻訳がたぶん同じなら珍しい版の方がいいやと思って前者の方で読んだので、kanamoriさんが被った創元編集部のあらすじでネタバレされる災禍は逃れた(旧クライムクラブの書籍本体には、あらすじの類がない)。

 先にちょっと触れた「そういった構造」の作品なので、ストーリーは呆れるほどテンポ良く進み、途中で話の流れを潤滑にするためやや捜査陣側に都合良すぎる部分もあるが(わざわざ深夜に警察に自発的な情報をくれる善きサマリア人的なキャラクターの登場など)、まあ職人作家の読み物小説として見ればぎりぎり許容範囲か。
 警察と事件関係者、犯人自身、それらをひっくるめた群像劇的な側面もあるこの作品は当然ながら各キャラ同士のサイドストーリーも面白く、特にブラサム警部の部下でハンサムな巡査部長フロイド・ジャンセンと、警察本部の美人の通信スタッフ、ツルディ・エルンストのちょっとだけラブコメっぽいやりとりなど良い味を出している。本書を最終的に気持ちよく読了できるのは、その辺の味付けも大きい。
 
 なおこの作品、(創元文庫版で読むならば)あらすじは事前に見ない方がいい一冊ということになるが、登場人物一覧の方は良くも悪くもやや微妙。
 というのは(評者の場合クライムクラブ版での話だが)登場人物一覧の方は、やはり軽い? ネタバレになる危険性もある一方、なかなか名前の出ない「逃走する変質者」が登場人物表にある名前の誰なのか、という興味で読むことも可能だから。同時にそうすると、この人物は小説内でどういう役割を負うのだろう? という種類の関心が膨らんでくるキャラクターの名前もあり、そういう意味では人物一覧表が機能した作品ではあった。
 3時間で読み終えられる佳作~秀作。好きか嫌いかといえば当然かなり好き。 

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