流れは、いつか海へと |
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作家 | ウォルター・モズリイ |
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出版日 | 2019年12月 |
平均点 | 6.75点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 7点 | ROM大臣 | |
(2022/08/26 12:36登録) 元刑事の私立探偵オリヴァーが、十数年前に刑事を辞めざるを得なくなった彼自身の冤罪の解明と、死刑宣告された黒人ジャーナリストの無実の証明に奔走する。 過去と現在を巧みに往復しながら、二つの事件を掘り下げて緊迫感を高め、予測できない着地点へと向かう。特にオリヴァーの相棒の時計職人で元犯罪者メルの肖像が出色。メルと共に行う戦慄と恐怖と昂奮の探索と闘争がたまらなく面白い。 決して一様ではない罪悪の認識と正義の捉え方もいいし、節々で示される人生・社会観念も新たな思索を促す。 |
No.3 | 6点 | HORNET | |
(2020/08/03 19:22登録) 身に覚えのない罪を着せられてニューヨーク市警を追われたジョー・オリヴァー。十数年後、私立探偵となった彼は、警察官を射殺した罪で死刑を宣告された黒人ジャーナリストの無実を証明してほしいと依頼される。時を同じくして、彼自身の冤罪について、真相を告白する手紙が届いた。ふたつの事件を調べはじめたオリヴァーは、奇矯な元凶悪犯メルカルトを相棒としてニューヨークの暗部へとわけいっていくが。心身ともに傷を負った彼は、正義をもって闘いつづける―。(「BOOK」データベースより) ふたつの事件を追う上に、その背後関係がやや複雑で、読み進めるのに多少苦労した。最後は、過去の犯罪を返上することはあきらめた主人公が「復讐」に近い手段を選ぶのだが、物語を通してジョーの側につく「悪人」たちがカッコいい。悪人たちを主人公にしたハリウッド映画さながらの様相だった。ただ、ラストはちょっと尻切れトンボ気味な感じ。 |
No.2 | 7点 | 猫サーカス | |
(2020/03/03 19:33登録) 私立探偵が活躍するミステリが珍しくなって久しい。だが、この作品は、ニューヨーク市警を追われて私立探偵になった黒人男性が主人公という、今どき貴重な物語。ジョー・キング・オリヴァーは身に覚えのないレイプ容疑で逮捕され、警察を辞めて妻とも別れ、今は私立探偵業を営む。ある日、容疑のきっかけとなった女性から届いた一通の手紙で、彼は自分の逮捕が仕組まれたものだったことを知る。一方、弁護士の女性から、警官殺しで捕まった黒人ジャーナリストの無罪を証明するよう依頼を受ける。過去と現在、二つの冤罪事件を追うジョーが見いだすものは・・・。かつて全てを失い、漫然と日々を過ごしていたジョーが、自らの名誉を取り戻そうと奮闘するストーリーも読ませるが、主人公の娘や、相棒となる元凶悪犯など、彼を取り巻くキャラクターの存在もまた大きな魅力。権力も絡んだ卑劣なたくらみに、屈することなく立ち向かう市井の探偵。真相そのものはシンプルだが、小さなサブプロットがいくつも絡み合って層の厚さを感じさせる。 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2020/01/19 15:00登録) (ネタバレなし) 「わたし」こと黒人の中年私立探偵ジョー・キング・オリヴァーは、元NY市警の刑事。10年前に事件関係者の女性をレイプしたという冤罪を契機に、警察を追われた過去があった。ジョーの別れた妻モニカが引き取った現在17歳の実娘「A・D」ことエイジア=デニスは不遇の父をずっと支援し、今ではジョーの探偵事務所の助手を買って出ている。そんなある日、ジョーが受けた依頼。それは警官を射殺した罪状で死刑を宣告された黒人ジャーナリスト、A・フリー・マンの潔白を証明してほしいというものだった。依頼人の新人弁護士の娘ウィラ・ポートマンは、大物弁護士スチュアート・ブラウンの事務所に勤務。そのブラウンがもともとマンの弁護を引き受けていたが、なぜか彼は急に態度を一転。その役割を放棄したという。調査に乗りだすジョーだが、そんな彼の周囲では、10年前の彼自身の事件に関する新たな事実が続々と頭をもたげてくる。 原書は2018年のホヤホヤの新作で、MWAの最優秀長編賞受賞作。 評者は、大分前に出たモズリイの既訳作イージー(エゼキエル・ローリンズ)ものは未読だが、長らく日本で忘れられていた(放って置かれた)作家がふたたび本邦に凱旋上陸した格好である。それで興味が湧いて読んでみた。 でまあ、実質一日ほどでいっきに読み終えての感想だが、本文がポケミスの標準二段組みで310頁ちょっと。そんなに厚くない紙幅ながら、その割に登場人物が多い、場面転換が激しい(例によって登場人物名のメモを取りながら読み進めたら、名前の出てくるキャラだけで100人前後になった! アンソニー・アボットもびっくり!!)。 事件の構造も(ネタバレにならないように書きたいが)現在形の死刑囚を救う案件と主人公ジョーの過去の件が絶妙な距離感で絡み合い、かなり錯綜している。 それでもその割に物語の流れの理解においてあまりストレスを感じないのは、小説作りがうまいからであろう。登場人物が多い分、本当に小説の厚みを見せるためにだけ瞬間的に登場し、そのまま退場するキャラも少なくないが、その使い方も総じて効果を上げている(ジョーが電車やバス内の車中で会う複数の人物たちとか)。 物語の主題は、腐敗した警察官僚と政財界の悪徳、それに立ち向かう市井の中年探偵とその仲間という図式。もうありふれた王道の構図だが、決して清廉なキャラクターでない主人公(妻帯時の時から女遊びもひどかった)の造形がまず前提にあり、そんな彼がギリギリのところで譲れない倫理の箍(たが)を遵守しながら行動する。が、きれい事ばかりでは勝負のしようがないため、必要に応じて裏の手も使う、心根も通じた凶悪犯罪者の協力も仰ぐ……そして……と、全編にわたって「この世の条理は善でも悪でもない」観点が作品世界の隅々まで浸透している。 読み終わった後にwebのどこかで「旧弊ながら現代的な作品」という主旨の評を見たような気もするが、正にそのとおりで、種族を越えた人権、法の正義、家族の絆、弱者に寛容な社会……などの理想と倫理を心のどこかに仰ぎながら、それだけじゃ現実のなかでやっていけず、やむなくダーティプレイに手を染める主人公、の図がかなり際だった作品。 いやまあ、実のところそんな文芸そのものは半世紀も一世紀も前からあるんだけれど、そういう清濁の融合への踏み込み方がすごく自然な分、ああ、21世紀の作品だなあという思いをひとしお感じさせてくれる一冊だった。 絶対に勝てない社会の歪みに対してあがく主人公の姿は、どっかシドニー・ルメットの映画『セルピコ』あたりを想起させたりもする。 ただし(すごい力作だし丁寧な作りの作品だとは思うんだけれど)、「傑作」と言う言葉でまとめて片づけたくはない長編。「優秀作」なら許せるような感触もある。そういった気分がどこら辺に由来するか、自分でもまだ消化しきれてないところもあるんだけれど。 評点は8点でもいいかなあ……。そのうち気が向いたら、修正するかもしれない。 |