home

ミステリの祭典

login
人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2110件

プロフィール| 書評

No.950 6点 気まぐれスターダスト
星新一
(2020/09/03 21:21登録)
(ネタバレなし)
 2000年3月25日初版。出版芸術社が21世紀初頭前後に刊行していた、前世代~現代(当時)のミステリ、ファンタジー、SF作家たちの比較的入手しにくい中短編を発掘する叢書「ふしぎ文学館」の一冊。
 本書は1997年に逝去した星新一、その幻の処女作や雑誌に掲載されたまま書籍化の機会のなかった作品、さらに稀覯本として高い古書価がついているジュブナイル中短編集『黒い光』の表題作ほか、なかなか読めない作品ばかりを集成した内容で、星ファンには確実に貴重な一冊。
 一般読者向けの幻の作品を集めた「PART1」と、『黒い光』ほかのジュブナイル編の「PART2」、その二部構成になっている。

 個人的には、少年時代に購入しそこねた秋田書店のジュブナイルSF集『黒い光』(の表題作)が読みたくて購入。
 もともと大昔に『009』とか『8マン』とか『鉄人28号』とかのサンデーコミックス(小学館の「少年サンデーコミックス」ではなく、秋田書店の1960年代からのややこしい名前の新書版コミック叢書のこと)の中に、秋田書店の児童向け書籍販促の折り込みパンフが挟まれており、そこでこの『黒い光』も紹介。
 そのパンフのイラストには、洋館らしき屋内で緊張する少年のアップと、彼を階段の上から見下ろす甲冑の怪人(実写版『ジャイアントロボ』の悪役幹部、ミスター・ゴールドみたいな)風の人物が描かれており、おお、この怪人が「黒い光」か!? とワクワクしたのを何となく覚えている。
 しかし今回、実作を読んでみたら、そんな甲冑の怪人なんかどこにも出てこなかった……(タダの鎧すら登場しない)。一体、何だったのだろう、アレは?

 でもって、その本題の『黒い光』の内容だが、都内周辺で一定範囲の空間から突如光が消えて、突然、完全な闇が発生する怪事件が続発。その闇の中で今まであったはずの物品が消える怪事も起きる。当初は単にイタズラ的な騒ぎだったのだが、次第に高価な宝石までが盗まれる事態に……と話がオオゴトになっていく。
 事件の背景にある科学設定なんかはいかにも昭和のSFジュブナイルという感じで、特に星新一らしさとかは感じない、香山滋だろうと高木彬光だろうと誰が書いてもいいような一作だったが、まあ個人的にはもともとこういうものが嫌いではない、というよりお好みなので、特に作者の名前は勘案せずに楽しんだ。
(ただまぁ、本音を言えば、やっぱこういうジュブナイルって、雑誌連載時か元版書籍にあった挿し絵付きで読みたいのよね。まさに無いものねだりだけど~汗~。)

 それで今回の『気まぐれスターダスト』所収の作品群総体は、執筆された時期の幅も広く、掲載雑誌とかもバラバラなので、出来ははっきり言って玉石混淆。長めの作品の中には、夜中に読んでいて眠くなってくるものまであった(すみません)。

 そんな中で、全編を読んでの個人的なベストは、パート1の最後に並べられた『火星航路』。手塚マンガの『(旧)ライオンブックス』の一編にありそうな、男女の愛を軸にした人間ドラマ宇宙SF。あまりにも重い状況を軽やかに語る、作者の冷えた筆づかいもいい。作中の主人公夫婦の明日に幸あらんことを。


No.949 6点 砂糖とダイヤモンド
コーネル・ウールリッチ
(2020/09/03 19:47登録)
(ネタバレなし)
 10年くらい前にどっかのブックオフで、状態の良い帯つきの本書を100円均一コーナーで購入。残りの5冊もないかと思ったが、そんなにうまい話がそうそうあるわけもない(笑)。

 これも蔵書の中から本が出てきたので、少し前からチビチビ読んでいた。
 旧訳ですでに一読しているのも読み返し、かなりバラエティに富んだ内容をしっかり楽しむ。

 以下、読書メモも兼ねての各編の寸評。

「診察室の罠」
……初のミステリ短編だそうである。21世紀現代の目で見ればいろいろツッコミどころも多いが、ストーリーテリングの妙は、すでにこの初弾の一編から冴え渡っている。

「死体をはこぶ若者」
……本書の中でもかなりドラマチックな状況で、袋小路に追い込まれていく主人公の焦燥が圧巻。それだけにラストに驚愕。

「踊りつづける死」
……ウールリッチらしい、謎解きの興味をくわえた都会派サスペンス。ちょっと破天荒な印象もあるが、そこもまた味。

「モントリオールの一夜」
……異郷もの。最後の反転は印象的だが、全体的にやや肉厚な感触の一編。本作を収録した原書「six Nights of Mystery」は同一テーマの連作編(主人公はバラバラらしいが)というので、一冊の書籍の形でどっかで邦訳してくれないものか。

「七人目のアリバイ」
……ノワール要素の強めな話。ラストの皮肉はオチは、まさにウールリッチの持ち味のひちつ。

「夜はあばく」
……インパクトの凄さでは、地味にこれが本書の中で随一かもしれない。この作品のある部分の逆位相的な短編を、ウールリッチ自身がのちに書いているよね?

「高架鉄道の殺人」
……創元の短編集に収録された時から大・大好きな作品。主人公の刑事もいいが、それ以上に大都会のど真ん中を貫いて疾走する高架鉄道のロケーションが最高にいい。当時の情景をCGで完全再現した、本編90分くらいの新作映画とか作られたら、サイコーだろうなあ……。

「砂糖とダイヤモンド」
……大事件に関わりあってしまった小悪党(小市民)の窮地譚。ラストのオチを勝負どころにしながら、物語全体を楽しんで書いている作者の顔が覗くようで、快い一編。

「深夜の約束」(初期ロマンス短篇)
……ボーナストラックの、初期作の非・ミステリ。短めなんであっという間に終わってしまうが、良くも悪くも人間のある種の面倒くささを感じさせる物語のまとめ方は、いかにもウールリッチ。

 読み終わって解説を読んでから、改めてこの短編集シリーズが編年順に編纂されており、それゆえ第一巻の本書がウールリッチのミステリ作品としてはかなり初期のものばかりになるのだと意識した。初期の頃からこれだけバラエティ感豊かに作品を連発できたんだんだから、作家としても大成する訳である。

 巻末の解説は丁寧で、資料も仔細。個人作家の短編傑作選の叢書としては、これ以上のものはないでしょう。


No.948 7点 兄の殺人者
D・M・ディヴァイン
(2020/09/02 05:14登録)
(ネタバレなし)
 ディバインは最後に刊行された邦訳2冊(『医師』『紙片』)しか読んでなかったのだが、だいぶ前に古本で買った本作の教養文庫版が蔵書の中から見つかったので、このたび一読してみる。

 うん、評価の高い作品だけあって、ストーリーはハイテンポ、主要登場人物も描き分けられている。先に読んだ2冊よりずっと面白い。
 3~4時間でイッキ読みしてしまったが、クライマックスはまんまと直前のミスリードに引っ掛かった。まあそんな甘ちゃんのおのれ自身に苦笑しながら、一方でそういうタイプの読者だから(中略)……と自分を慰めてみたりする(笑)。

 ただしメイントリックは、刊行された時代を考えれば、思い切り旧弊なものだよね。警察の捜査会議の場で、列席した刑事の誰ひとりとして<その可能性>を取り沙汰さなかったのか、かなり不自然な感じがしないでもない。
 あと、真相がわかったあとで考えれば、(中略)でこれまで乗り切れてきたというのも、今後もそのままのつもりだったというのも、かなり無理筋では? 
 いや、とにかく読んでいる間は十分に楽しめたんだけれど。


No.947 7点 日曜日ラビは家にいた
ハリイ・ケメルマン
(2020/09/01 13:05登録)
(ネタバレなし)
 マサチューセッツ州の一角、バーナード・クロシングの町。そこに駐在するユダヤ教の青年ラビ(律法学士で地域の教徒の指導者)、デビッド・スモールは、アマチュア名探偵としてこれまでにもいくつかの事件を解決してきた。この地での任期も6年に及び、土地の若者たちからも敬愛されるラビだが、最近になって地元のユダヤ教徒の集団「信徒会」のなかに、主流派と反主流派の抗争が勃発。信徒会の会長で電子工学会社の部長ベン・ゴーフィンクルは、自分たち主流派に与しなければ今後のこの地でのラビ任命を打ち切ると「ラビ」スモールに威嚇してきたが、ラビにはそれは了解しがたい意向だった。そんな中、信徒会の面々の息子や娘たちが容疑者になる殺人事件が発生して。

 1969年のアメリカ作品。
「ラビ」シリーズの3作目で、評者は久々に本シリーズを読んだ。
 それで先にnukkamさんもおっしゃっているが、ポケミス本文230ページのうち、マトモにミステリになるのは全体の5分の3くらいになったところで、それまでは信徒会周辺の軋轢模様、そしてその騒ぎに巻き込まれたラビの苦境が延々と語られる(のちのちのミステリとしての展開のための伏線なども、それなりに忍ばされているが)。

 ただこれがユダヤ教門外漢のこちらにはツマラナイかと言えばそんなことなく、ローカルタウンの群像ドラマとして非常に面白い。

 反主流派の狙いはユダヤ教教会のまっとうな運営とかではなく、伝統のある地域集団としての同教会内で役職を得て社会的な権威・肩書を得ること。一方で主流派の方も、反主流派が実際にとにもかくにも教会のために行ってきた寄付などの貢献を適切に評価せず、相手の言い分をほぼ全面的に否定にかかる。ラビはこの双方の身勝手な陣営にはさまれて苦労するわけだが、ここにさらに中立派やラビの愛妻ミリアムの物言いなんかがからんできて、小説として実によくできている。
 実際、なんかね、ユダヤ教うんぬんを抜きにしても、現実の近所の町内会での人事争いみたいな敷居の低いミニタウンドラマなのよ。

 そんなわけで、後半になってのミステリへの転調がやや唐突に思えるくらいだが、もともとこちらはミステリを読もうと待ち構えていたわけだし、それに前述のようにかねてから先に前ふりを設けてある面もあるので、ちょっと読み進むうちに前半からのローカルドラマと本願のミステリ部分も融和してくる。
 最後の方になると双方の興味の相乗でもうページをめくる手がとまらない。
 実のところミステリとしての興趣というか趣向は短編ネタクラスなんだけれど、伏線・手がかり・ロジックを書き連ねることで結構な読み応えは感じさせている。ギリギリまで明かされない真犯人も、かなり意外な方であろう。
 最後の古き良き時代のアメリカ、的な、さらに……のクロージングまで心地よく、久々に手にした「ラビ」シリーズ。十分に楽しめました。 
 まだ何作か未読の翻訳分が残っているけれど、さらに今からでも未訳のシリーズ4冊が出ないだろうか。まあムリっぽいけれど(涙)。 


No.946 6点 帰らざる夜
三好徹
(2020/08/31 05:13登録)
(ネタバレなし)
 その年の秋。都内のある会社の営業職の青年・辺見武司は、仕事で関西にいるはずの新妻・早苗の姿を東京駅のホームで見かけた。不審を覚えた辺見は早苗の足跡を確かめるが、その行方は杳としてしれない。やがて彼女の消息を追って名古屋に来た辺見は、関係者の華道家・池上春海を追跡し、その先で予想しなかった殺人事件に遭遇。そしてその事件は、辺見を驚愕の事実へと導いていった。

 1967年9月から翌年1月まで新聞連載されたフーダニットのパズラー。
(なお恐縮ながら、先のkanamoriさんのレビューを読むと、トリックに関するコメントの部分で真犯人が限定されてしまうおそれがあるので、これから本書を楽しむ気のある方は、その旨だけはご注意。)

 講談社文庫版で夜中に読み始め、3時間で読了したリーダビリティの高い一冊だったが、少なくとも読んでいる間は退屈はしない。
 それで同文庫巻末の解説(権田萬治が担当)によると、本作は新聞連載時には「犯人当て懸賞小説」の体裁をとっていたようだが、さすがに毎日山場を設けなければならない? 新聞小説らしく、物語の起伏は豊富。
 また容疑者の頭数もかなりのものだが、一方で怪しい奴を出すために、かなり強引に事件のなかにひっぱりこまれた登場人物もいるように思える(笑)。
(しかし連載当時、物語のどのタイミングで<読者の犯人当ての応募>を区切ったのかが気になる。ここらかな? と思える箇所はあるが、「そこ」まで読むと犯人当てとしてはやさしすぎるし、それ以前だと手がかりがまだまだ少なくて、難しいような……?)

 メイントリックそのものは、いかにも昭和のB級パズラーという感じの創意で、個人的には悪くなかった。犯行時のイメージも、ビジュアル的にちょっと面白いかもと思う。
 ただまあ(kanamoriさんもおっしゃっているが)真犯人の殺人の動機には説得力が弱いと思うし、少なくともこの殺害状況の必然性はかなり薄いのではないか、と疑問。
 お話そのものは随所にムリが目立つ一方で、いろいろと言い訳は用意してあり、その辺の作者の苦労ぶりがなんか楽しくはあるんだけれどね。

 ちなみにくだんの権田萬治の解説では、それこそ強引に本作を、ロスマクめいた男のロマンミステリに持ち上げたいような感じだけれど、(そういう作風の気配がまったくないとは言わないが)実際にはかなり違うのではないか、とも思う。だってねえ、肝心の(中略)。
 まあトータルでは、佳作といえるとは思いますが。


No.945 7点 素晴らしき犯罪
クレイグ・ライス
(2020/08/30 21:10登録)
(ネタバレなし)
 古巣のシカゴを離れてニューヨークを来訪中の弁護士マローンと、その友人であるヘレン&ジェークのジャスタス夫妻。3人はNYで知り合ったハンサムな青年デニス・モリスンと夜っぴいて酒宴を開く。だが実は、デニスは初夜を迎えるはずの新郎だが訳ありで、年上の新妻バーサと別行動を取っているようだった。そんな彼らのところに、デニスの妻が殺されたと警察から連絡がある。急いでホテルに戻ると、そこにあるのは首を斬られた死体。だがその被害者の顔は、新妻バーサのものではなかった。

 1943年のアメリカ作品。
 評者の場合、少年時代にあの「世界の名探偵50人」(藤原宰太郎)を読んで以来、その紹介記事で心を惹かれ、自分なりに追いかけてきたジョン・J・マローンもの。しかしどうも長編との相性はよくなかった。
 最初に読んだのが『幸運な死体』だったが、これがなんというか「本当はもっと楽しめるハズなのに、自分がそこまでいかない」ようなもどかしさばかり痛感。同作のユーモア、ストーリー性、ミステリ味、すべてにおいて、である。だいぶ時間が経ってから読んだシリーズ第一作『マローン売り出す』もそんな感じ。

 そんな一方であちこちの翻訳ミステリ雑誌とかで出会うマローンものの中短編には面白いものが実に多く、特にヒルデガード・ウィザースとの共演編は大好物であった(まあこれは、別カウントにすべきかもしれないが~笑~)。
 さらにハンサム&ビンゴの『セントラル・パーク事件』なんか、これはもう自分のオールタイム海外ミステリベスト20候補に入るくらいにスキだし。それだけにマローンものの長編と相性が悪い感触が、どうにも辛かった。

 そんな思いを抱えたまま、今回は心にハズミをつけて本作(これも少年時代に購入していたポケミスの旧訳版)を読了。
 それで、ああ、やっと<本気でスキになれるマローンものの長編>に出会えた! という思いに至った(笑・涙)。
 
 ショッキングな導入部から開幕し、そのあとは主人公3人それぞれの行動で物語をトレース。
 特に、旦那ジェークの描写がよろしい。最高クラスにいい女(ヘレン)を手に入れ、さらにナイトクラブ経営者の地位に収まりながら、それでもまだ「作家になりたい」と人生の欲をかいて、取材のために事件の調査に躍起になる驀進ぶりが笑わせる。
 関わりのできたNY市警のまともそうな警部アーサ・ピーターソンも実はひそかに作家志望であり、両者が事件のなかでこっそり意気投合してしまうあたりのギャグも快い。何やかんやと、この時代らしい都会派ユーモアが全体的に染みた作品である。

 ミステリとしては、事件の真実が少しずつじわじわとあらわになっていくものの、一方でなかなか核心には迫らない。どこに着地するのだろう、とテンション高く物語を追っていたら、けっこう衝撃的な真相を迎えた。
 首が斬られたホワイダニットも、ややイカれた感じはするが、ちょっとした奇想かもしれない。
(ちなみにこの作品に関しては、なるべく細かく、とにかく登場してくる劇中人物の名前をかたっぱしからメモしながら読むことをお勧めする。あまり詳しいことは言わないけれど。)

 シリーズの順番を考えないでつまみ食いで読んでしまったけれど、とにもかくにもマローンものの長編への苦手感はこの一冊でようやく治まりそう。ほかのシリーズ長編も、少しずつ読んでいこう。


No.944 6点 鯉沼家の悲劇
宮野村子
(2020/08/29 05:05登録)
(ネタバレなし)
 平家の落人の末裔として土地の人々から畏怖されるものの、現在は没落の一途を辿る山村の旧家・鯉沼家。同家の家長格だった長男は五年前に謎の失踪を遂げ、今は彼の姉妹である四人の女性と、庶子である五女の血筋だけが健在だった。四人の嫡子の娘の中で唯一、外に嫁いだ次女の息子である「ぼく」こと27歳の春樹。春樹はその鯉沼家から招待を受けて、数年ぶりに母方の実家に向かう。だがそこで遭遇したのは、恐るべき連続殺人事件であった。

 光文社文庫の「本格推理マガジン」版で読了。文庫版(普通に本文は一段組)で実質160ページ弱という紙幅。短めの長編というよりは長めの中編と呼びたくなる程度のボリュームだが、連続殺人事件の舞台装置とキャラクターシフトに関しては、この上なく魅力的。
 文芸設定も、5年前に行方をくらましたままの伯父、数十年前の春樹の祖父の変死、妾腹の五女の息子で超絶的な美少年、さらには繰り返し怪死の予言を告げるその五女……と外連味に満ちており、国産クラシック・パズラー好きなら途中まで読んでゾクゾクワクワクしない人はいないであろう? と思うほど。
 
 ただまあ、後半になって解決に至る道筋が駆け足になり、真相にはそれなりの意外性やどんでん返しも用意されているのに、それが演出としてまったくもって不完全燃焼なのは本当にもったいない。
 高木彬光の『刺青殺人事件』のように作者が物語全体を増量して改稿していたら、もしかしたらかなりの優秀作になったのでは、と思わせる。実に残念で惜しい作品。

 まあそれでも、この作品のなかに込められた「謎解きミステリとしてのある種の物語性(というかそのスタイリズム)」は21世紀の現代の作家たちのなかにも、形を変えて脈々と受け継がれているはず。その辺は、本当に有難く喜ばしいことだとは思う。


No.943 7点 嘘、そして沈黙
デイヴィッド・マーティン
(2020/08/28 14:50登録)
(ネタバレなし)
 その年の7月のワシントン州。50代前半の富豪の実業家ジョナサン・ガェイタンの無惨な死体が自宅の浴室で発見される。「わたし」こと53歳のテディ(セオドワ)・キャメルは、証人や容疑者の偽証を直感的に見抜く技量に長けた「人間嘘発見器」の異名をとる刑事。テディは横柄な年下の署長ハーヴィー・ランドの指示で、被害者ジョナサンの若い美人妻メアリーの証言の真偽を見やることになった。やがてジョナサンの死は自殺と公認されるが、テディはさらに広がる事件の深い奥行きを感じていた。

 1990年のアメリカ作品。刊行直後に何らかのきっかけで冒頭だけ読んだ記憶があり、そこで序盤のとある描写が『ジョジョの奇妙な冒険』「キラ=クイーン編」の冒頭の元ネタだと気づいた覚えがある(いや、もしかしたら正確には、当時、どっかでこの情報は、先に誰かから教えられていたものだったかもしれない?)。
 ちなみにこの話題は、本作も『ジョジョ』の該当編も本当に最初の部分の叙述なのでネタバレには当たらないものとして、どうぞご了承のほどを。

 それで評判がいいので大昔に状態のいい古書(最後のページに鉛筆書きで200円とある)を買ったはいいものの、やっぱりグルーミーで気持ち悪そうなので家の中に長らく放っておいたのだけれど、昨日、蔵書をひっかき回したら出てきた。そこで、タマにはこういうのも……と思って読んでみる。

 結果、やや長めの話(文庫で約460ページ)ながら一日で読了。警察小説とサイコサスペンスの要素を加えたスリラーとしてベストセラー&話題になっただけあってリーダビリティは最強。物語のテンポ自体もいいが、ムダに劇中人物に名前をつけない作法も小説のコントロールがきいている(殺される被害者たちとか。それでも犠牲者の事件現場での内面描写などはしっかりやるのだが)。

 あと実に残虐で苛烈、さらに真相まで踏み込んでかなり(中略)な話なのに、読んでいる間は不思議にサラッと物語に付き合えるのが長所。メインヒロインのメアリーと、ジョナサンの秘書ジョジョ・クリーク(あ、「ジョナサン」と「ジョジョ」だ(笑))との関係の、最後の最後にわかるオチなんか、なんというか、いい加減で読み手からガス抜きさせるコツを、作者が心得ている感じ。

 それとミステリとしての最後のどんでん返しには驚かされたが「ちゃんと伏線を張ってあったぞ」と読者に向けていわんばかりのテディの物言いには笑った。ただまあできれば、地の文で……(中略)。本来ならなるべく早めに、できれば刊行当時に読め、ということだったのか? うん、これ以上は書かない(書けない)。

 ラストの「なんかそこまで気をつかわんでも、読者にエンターテインメントせんでも……」という感じのクロージングもなかなか心地よい。書き手が工夫を凝らしたエンターテインメントなのは認める。
 そんなに思い入れるようなタイプの作品ではないが、総体的によく出来た作品なのは間違いない。
 評点は迷った末にこれで。8点でもいいんだけれどね。


No.942 6点 死の競歩
ピーター・ラヴゼイ
(2020/08/27 04:41登録)
(ネタバレなし)
 1970年の英国作品。
 これも購入してウン十年目に、ようやく読んだ蔵書の一冊(笑・汗)。
 評者はクリップ&サッカレイものは、大昔に先に別の作品を2冊ほど読んでいるハズである。内容はもうまったく、どちらも忘却の彼方だが。

 本作に関しては、都筑道夫がこの作品について語ったエッセイなどが有名。
 ただし個人的には、刊行当時の「ミステリマガジン」の読者欄「響きと怒り」に掲載された本書を読んだいずこかのミステリファンの感想「犯人探しと、誰が優勝するかの興味で二重に楽しめる(大意)」などの方がずっと印象に残っていた。
 まあそのこと自体は、本作の大設定を考えればそういう作りになるだろうな、くらいに思えるものであり、特に読み手の意表をつく趣向でもない。それでも実際に現物を読み始めると、やはりその二つの興味の相乗感がとても楽しい一冊であった。

 個人的には、競歩「ウォップル」の勝者はこのキャラになるだろうと途中で読みをかけた登場人物がひとりいたのだが、ものの見事にハズれた(笑)。
 今でもその某キャラが優勝した方が、ストーリー的には面白かったと思うのだが、作者ラヴゼイはちゃんとウォップルを含む時代考証を密に行って作品を書いたそうなので、あまり現実の史実にありえなさそうなフィクションは書けなかったのかもしれない? それはまあ勝手な憶測。

 読了あとに本サイトの皆さんのレビューを拝見すると「地味」というお声が多いようだが、個人的にはミステリ的にも(中略)殺人、細かい犯罪、終盤の(中略)など、事件の続出で飽きなかった。伏線と手がかりが弱い気はするが、小中の事件とメインの殺人事件の関連性など、ちょっと工夫がある感じで悪くはない。
 どっか昭和の国産ミステリ(B級パズラー)っぽい味わいもあるが、その辺もまた本作のカラーという感じ。全部ひっくるめて、結構楽しめた。


No.941 6点 川の深さは
福井晴敏
(2020/08/26 05:26登録)
(ネタバレなし)
 元マル暴の刑事だったが故あって退職、今は生活のために雑居ビルの暇な警備業に従事する43歳の桃山剛。彼はある夜、ヤクザたちに追われる娘とその連れの怪我をした若者に出会い、成り行きから匿うことになった。娘・葵が感謝する一方、なかなか胸襟を開かない若者・保だったが、距離を置きながらも彼らを気遣って面倒を見る桃山の優しさは、次第に世代を超えた絆を育んでいく。だがそんな二人がいきなり隠れ場所から姿を消した。気になった桃山は彼らを探そうとするが、若者たちは驚くべき重大な秘密を抱えていた。

 2003年に初版が出た講談社文庫版(現状では本サイトに登録のない)で読了。
 結論から言うと、十分に面白かった。保たちが握る物語の鍵となる秘密は、どっかで読んだような気もしないでもないが、それでもかなり壮大な謀略だし。
(ちなみに、もしかしたら、この謀略のアイデアのネタ元は『亡国のイージス』のある部分と同様、とある「ガンダム」シリーズの一編からインスパイアされたんじゃないの? と思うけれど?)

 でまあ講談社文庫の巻末解説で、豊崎由美が「マンガのようだ」と称している中年主人公・桃山の熱血漢ぶりだが、個人的にはそっちにはまったく不満はない。というかそういうものを読みたくて手に取った作品だったので、そんな思いにしっかりと応えてくれた。

 ただしその一方で、オジサンが読んでぶっとんだのは、メインヒロインの扱いの方。この場ではあんまり詳しくは書かない(書けない)けれど、これは童貞の高校生が書いた「ぼくの理想の(中略)な、女性像」か? と恥ずかしくなった(汗)。
 正直、作者がもしも真顔でこれを書きたかったのだとしたら、なんつーか……「福井せんせい、ろまんちすとなんですね」と生温かい目でモノを言いたくなる。
 いや、キャラ描写というものは<最終的にソコに行くにせよ>作劇上の段取りやカードの切り方というものがあるのだと、改めてつくづく実感した(大汗)。

 豊富なネタでクライマックスを派手に盛り上げながら、情感豊かにまとめたクロージングは好印象、ではある。


No.940 7点 ハイスクール・パニック
スティーヴン・キング
(2020/08/25 14:49登録)
(ネタバレなし)
 その年の五月のある日。「ぼく」ことプレイサーヴィル高校の男子生徒チャールズ(チャーリー)・デッカーは、父カールの拳銃を校内に持ち込み、教室でいきなり数学の女性教師ジーン・アンターウッドを射殺した。次いで歴史教師ピーター・ヴァンスを射殺したチャールズは、そのまま24人の級友を人質にして教室に立てこもる。

 1977年のアメリカ作品。もともとはキングが高校在学中の1966年に書きはじめた長編だそうで、中断を経て5年後にまた執筆を再開して完成。ただし出版には至らず、『キャリー』以降の初期作の大反響を経て、さらに推敲されてパックマン名義の方で77年に刊行された。

 すでに本サイトではTetchyさんによる熱筆レビューがあるので作品の背景や解題について評者などが付け加えることはそうないが、強権的な力の行使によって、その場にいる複数の登場人物の内面や関係性の実状が暴き出されていく物語の構造には、内陸版・高校内版の『蠅の王』みたいな気配を感じた。もちろん本作の主人公チャールズの立ち位置は、そちらの作品の主題とはまた別のところにあるとは分かってはいるのだが。

 この劇的な舞台装置と24人のクラスメイト、さらに周囲の大人たち、というキャスティングを使ってキングが書いてつまらなくなる訳はないのだから、それはいい。
 あとは本作固有のオリジナルな魅力をここに認められるかどうか、だが、まあ、刊行時期までも踏まえて決して悪くはない。ポイントとなるクラスメイトのキャラ配置と叙述、主人公チャールズ自身の者をふくむそれぞれの内面の述懐、必ずしも新鮮ではないが、普遍的に読ませる訴求力がある。
 あえていえば某キーパーソンキャラの扱いがいささか定番というか良くない方で王道すぎるという感慨も湧いたが、最後まで読みおえてその思いもなんとも(中略)。
 いずれにしろ、紙幅の割に読み応えのある作品なのは間違いはない。

 ところで177ページ目でゴジラ、ギドラ、モスラ、ラドンと並んで名前があげられている日本産の怪獣「トゥカン」って何でしょう? 文脈からすれば東宝特撮映画の怪獣のはずだが、特撮ファン歴ウン十年のこちらも聞いたことない。気になって、夜っぴいて家人とふたりで本作の原書内の英語表記まで追っかけて調べたが分からなかった(Twitterでも2人だけ話題にしているが、やはり未詳なようである)。どなたか詳細をご存じの方がいたら、ご教示ください。


No.939 6点 反乱
エリオット・リード
(2020/08/24 03:43登録)
(ネタバレなし)
 1950年代初頭。オーストリアの東方にある某小国。アメリカの新聞社「スター・ディスパッチ」紙の駐在員チャールズ・バートンは、強権体制の政府とそれに対抗する革命派、それぞれの動向を気にするが、普段は穏健策を採っていた。だが前任の駐在員ドン・グローバーが懇意にしていた現地のライター、ベロ・トロビクが不審な行動をとり、警察庁長官パウル・セスニクがバートンのもとにも接触してくる。バートンは現地で雇用した美しい女性秘書アンナ・マラスにひそかな思慕を抱いていたが、その彼女の父であるアントン元大学教授は、現大統領リーケの旧友であった。さらにアンナ本人もリーケともセスニクとも旧交があり、迫る流血革命の気配は、マラス父娘にも及んでいく。バートンはアンナを連れての国外への亡命を図るが。

 1952年の英国作品。ポケミス版(『叛乱』)で読了。
 舞台となる小国の政局や国内の争議の実情が物語の背景くらいにしか語られない。それゆえ、なんだ、この作品でアンブラー(と相棒作家のチャールズ・ロッダ)が書きたいのはあくまでアンブラー版『鎧なき騎士』(J・ヒルトン)であり、革命劇に至る設定はあくまで一種の舞台装置かとも思わされた。
 最後まで読んでもそんな当初の印象は、当たらずとも遠からずといったところだが、中盤であるイベントが起きて後半の展開に至るなか、政局の変遷はクライマックスの流れにもちょっと関わってくる。だから大設定が途中でまったく忘れ去られた訳でも、100%ムダになった訳でもない。その程度には、手堅い? 作り。
 
 ただまあ、良くも悪くもメロドラマ要素の強い冒険スリラーなんだから、もうちょっと肝心のメインヒロインのアンナを魅力的に描いてほしいきらいはある。いやレジスタンスだった兄をナチスに殺されて気丈になった知的な美女で、老いた父親を残して自分だけ主人公と逃げることに二の足を踏むとかのキャラ設定にはとりあえずスキはないんだけれど、読者目線でもうひとつ、惚れ込める部分がないのだな。そこはちょっと残念。

 最後の山場の脱出劇のテンションと、ちょっと人を食ったオチはそれなりに評価。
 評点は0.5点ほどオマケして、この点数。


No.938 5点 チョコレートゲーム
岡嶋二人
(2020/08/23 14:27登録)
(ネタバレなし)
 本サイトでも人気の岡嶋二人作品を久々に読もう、と思って手に取った。気づいたらこの人(たち)の作品は、これまで『そして扉が』と『パステル』しか読んでない(汗)。

 本作は日本推理作家協会賞受賞作ということもあって、ホホウ! と思いながら読み出したが……。
 うーん、一気に読めたし、それなりには面白かったけれど、ほぼ全ての面において賞味期限切れの昭和ミステリという感じ。
 この内容で今日びもし、講談社タイガ文庫あたりの新人作家が出したとしたら(作中の技術部分とかをアップトゥーデートしたとしても)、たぶんまず100%、世の中からはスルーされるよね?
 素直にミステリとして読んでも、黒幕の正体は意外といえば意外であった。が、一方で主人公の行動が中途半端なので、そこら辺に疑問が残る。なんで最初の被害者の家に赴き、(もちろん遺族への気配りをした上で)情報を求めるとかしなかったのだろう? あと、アリバイ工作の手段だけど、当時のテクノロジーの範疇でまだほかにもやりようもあるよね?

 そういえば初期の頃の岡嶋二人って、赤川次郎の上位互換みたいにSRの会の一部あたりで評されていたのを今、なんとなく思い出した。個人的には『そして扉が』が大好きで高く評価しているので、(私的にはまだまだ未読作がある)スゴい作家のように思っていたが、そんなに構えないで今後つきあわなくてもいいかも。まあこんな勝手な物言いが即断に終わることも願っております。


No.937 8点 失踪当時の服装は
ヒラリー・ウォー
(2020/08/23 02:45登録)
(ネタバレなし)
 1950年3月3日のマサチュセッツ(マサチューセッツ)州。女子大「パーカー・カレッジ」の学生寮「ラムバート寄宿寮」から、18歳の美人学生マリリン・ロウエル・ミッチェルが姿を消す。外出届もなく深夜になっても帰宅しないため、学内で捜索が行われたのち、自宅と警察に通報される。地元ブリストル警察の警察署長フランク・W・フォードと、同署の巡査部長バートン(バート)・キャメロン以下、多数の捜査員がマリリンの行方を追うが、その去就は杳として知れなかった。マリリンの失踪が世間の耳目を集めるなか、彼女の父で高名な建築家であるカール・ベーミス・ミッチェルはフィラデルフィア在住の有名な私立探偵ジョン・モンローの応援を求めるが。

 1952年のアメリカ作品。
 言わずとしれた警察小説ミステリの歴史的な名作だが、評者はウォー作品といえば『ながい眠り』ほかのフレッド・C・フェローズ警察署長シリーズや、他の単発作品をこれまで先に読了。大物(本書)を読むのが、ずいぶんと後先になってしまった。

 それでそれなりに腰を据えて読み始めたが、期待通りに面白い。地味な捜査の手順を克明に綴りながら、その積み重ねでこれだけグイグイ読ませるのはかなりの筆力だと改めてウォーの力量に感服した。
 マリリンの死体があるのではと仮説立てて湖水を干す辺りのサスペンスも、夜中の女子寄宿寮に不審な侵入者が出現するところも、それぞれ物語の本筋に繋がっていくかどうかはリアルタイムの描写ではわからないが、その局面ひとつひとつを実にワクワクハラハラさせながら読ませる。
 もちろん作中の全部のシークエンスが事件の捜査上の必要要素となることは結果的にも絶対にありえないのだが、下手な作家ならそういう、単にムダな描写になりかねないところを、それぞれ捜査陣と読者の関心を重ねた見せ場として楽しませる。
(前のレビューでクリスティ再読さんが言っているのは、そういうことだね。)

 物語の終盤に向けて、容疑者が残り2人までに絞られていく辺りはやや強引な感じもあるし、のちのフェローズもののなかで随時披露されるような、パズラー分野に接近していくミステリ的な趣向などはあまりないが、正統派ストロングスタイルの警察捜査小説としての読み応えは非常に大きい。
 もしかしたら邦訳されたウォーの諸作の中でも、その意味ではやはりこれがベストということになるのではないか?
(まあその辺は、邦訳のあるもう一つの初期作『愚か者の祈り』を読んでから言った方がイイね。)

 キャラ描写もところどころ良いが、中でもやっぱり、たたき上げの警官である58歳のフランク署長と、大卒の中年刑事キャメロンの主人公コンビが最高。
 特に前者フランクが「娘を案じる父親の気持ちもわからない冷徹な捜査官」と周囲から揶揄されながら、その実、自宅のなかで自分の16歳の娘マリーが健勝であることにほっとする描写なんかすごく良い。フランクの不器用な人間味がよく出ている。

 しかし作者ウォーはなんでこのマサチューセッツ州の主人公コンビを一回きりで? 使い捨てにして、別の物語の場のフェローズ警察署長をレギュラーに据えてしまったんだろう? 正直、フランク署長とフェローズのキャラってそんなに大きな差異を感じないので、そのまま続投させても良かったと思うのだが。
 もしかしたら1959年前後から版元とかが変わって、当時の新作『ながい眠り』から物語のロケーションを変えなければいけないとか、新たなレギュラー主人公を創造しなければならないとか、その手の執筆・契約上の事情だったかもしれん? いやまぁ、現状ではまったくの仮説ですが。 


No.936 5点 寝室に鍵を
ロイ・ウィンザー
(2020/08/21 22:00登録)
(ネタバレなし)
「僕」こと新婚の大学助教授スティーヴ・バーンズは、年上の友人である元大学教授の名探偵アイラ・コブに招待されて食事を楽しんでいた。そんなコブたちのもとに、知人である富豪の老婦人アディ・ヒルから呼び出しがある。彼女の用件は、年下の夫エリス・ヒルとそのエリスの友人ロビー・ピアソンの行動に不審があり、エリスの利益にならないように遺言書を書き換えたいというものだった。コブたちはアディの希望通りに遺言書の公証人となる。が、その遺言を預かった直後、何者かがスティーヴを襲って気絶させ、懐中の封筒を盗んだ。そしてヒル家では、殺人事件が発生して。

 1976年のアメリカ作品。学者(&作家)探偵アイラ・コブシリーズの第三作目。
 本シリーズを読むのは、大昔に手に取った第一作『死体が歩いた』以来二つ目(ということでシリーズ二作目の『息子殺し』は、まだ未読)。
 ……つい最近、まったく似たような言い回しをしたような気がするが、まあいいや。特に狙ったつもりはない(笑)。

 動きのある話と、殺人の凶器を重視した捜査の手順は決して悪くないのだが、それでもどうも話が全般的に地味……というのとも、ちょっと違うな。

 序盤から展開される(中略)殺人の趣向とかなかなか結構だし、主要人物のひとりエリス(エリー)・ヒルなんかキャラクター造形がそれなり以上にしっかり書き込まれていると思う。ワトスン役のスティーヴの体を張った見せ場(一種のヌカミソサービス)もあるし……これでなんで、いまひとつ退屈というか、盛り上がらないんだろ? 
(ひとつ考えられることはあるが、それは後半の展開のネタバレ? になる可能性もあるので、とりあえずナイショにしておく。)
 
 第一作目の内容も完全に忘れているし、そっちも特に面白かったという記憶もない。
 この作家ウィンザーが21世紀に完全に? 世のミステリファンから忘れられているのは、仕方がないかもしれん。
 
 とはいえwebを調べていたら、このシリーズ(邦訳の3本)「土曜ワイド劇場」で翻案されて愛川欣也主演で「考古学者シリーズ」と銘打って2時間ドラマ化され、そのシリーズの第四作目以降はオリジナル脚本で展開。最終的に、なんと第19作目(!)まで作られたらしい。大ヒットですな。
 世の中、何があるかわからないもんだと、つくづく思うのであった。


No.935 6点 消えたタンカー
西村京太郎
(2020/08/21 13:26登録)
(ネタバレなし)
 少し前からそろそろ読みたいと思い、大昔に購入したはずのカッパ・ノベルス版を家の中から探していたが、見つからない。
 それで一昨日、たまたま足を向けた大型の中古雑貨屋で、まあまあ状態のよい講談社文庫版を見つけ、他の本とのまとめ買いで安く(一冊税抜き60円)入手した。

 それで早速読んでみたが、期待がそれなりに大きかったためか、フツー以上に楽しめた反面、いまひとつの部分もないではない。
 なぜ夫婦ものの奥さんの方まで丹念に殺していくのかという大きな謎の解法などはよかったが、ここまで目立つやり方というのは……まあ、それも一応のイクスキューズはあるとはいえるのか。
 得点要素が豊富な反面、他にもツッコミどころは多々ある感じがするし。ウン十年前に、期待値がそんなに高まらないころに読んでいたら、もっと評価は上がったかもしれない。
 あと題名について。5分くらい、すでに読み終えた方を相手に、モノを言いたい。

 最後に講談社文庫版の解説の香山二三郎さん、『ある朝、海に』は十津川ものじゃないですよ。


No.934 5点 殺人ウェディング・ベル
ウィリアム・L・デアンドリア
(2020/08/20 06:04登録)
(ネタバレなし)
「私」ことニューヨーク在住のマット・コブは、30歳前後のネットワークテレビの特別企画部担当副社長。業界でも異例の若手重役であり、番組企画に際してのトラブル対応が主な業務だ。マットはケーブル・テレビ契約に関するトラブルに対処するためシアンカの町に向かうが、同地では折しも、彼の大学時代の学友デビイ(デブラ)・ホイットンが挙式を迎える予定だった。マットは奔放でわがままなデビイが昔から苦手だったが、それ以上に悩みのタネはマットの親友ダン・モリスが長年デビイを追いかけ、そして彼女に振り回されながら、いまだに相手への執着を捨てていないことだった。そして挙式が三日後に迫るその夜、殺人事件が起きて。

 1983年のアメリカ作品。ヤンエグ(死語)探偵マット・コブものの第三作。
 本シリーズを読むのは、大昔に手に取った第一作『視聴率の殺人』以来二つ目(ということでシリーズ二作目の『殺人オン・エア』は、まだ未読)。
 ハイテンポで話が進むライトパズラーなのはいいが、犯人もハウダニットも当初から見え見えで……。
 あー、これは、0.5ランク高いアメリカの赤川次郎。良くも悪くも、そんなレベルのものでしかない。

 ただしHM文庫版(といってもそれしかないけれど)299ページ、物語の最後の最後でマット・コブの胸中をよぎるひとつの内省の念だけは、ちょっと読み手のこちらの心にも染みた。一級半以上のハードボイルド私立探偵小説の情感みたいな感触で、わずかだけ主人公の株が上がる。マット・コブ、いい奴。

 しかし調べたら、このシリーズの未訳作品ってまだ結構あるのね。とはいえ謎解きミステリとしては、このレベルでは、翻訳&発掘してほしい、と今さらあえて強く言い出しにくいところではあります(汗)。
 まあそれでも、今からでも出してくれたら、ちょっとは嬉しいかも。


No.933 6点 死への落下
ヘンリー・ウエイド
(2020/08/19 04:20登録)
(ネタバレなし)
 1952年2月の英国。入念に準備を進めて自分の持ち馬に賭けながら、レースで大敗を喫した40歳の馬主チャールズ・ラスサン大尉。破産寸前の苦境に陥った彼に支援の手を差し伸べたのは、8歳年上の未亡人で富豪のケイト・ウェイドールドだった。ケイトの持ち馬の競馬監督の職を得たチャールズは、やがて彼女と愛し合うようになって結婚。チャールズはケイトの大邸宅の主人となる。だがある夜、その邸宅で惨劇が……。

 1955年の英国作品。
 その惨事は事故だったのか? 殺人だったのか? の見解を巡って、警察内部でも意見が対立。適宜な客観的叙述を活用して、読者の興味を煽る作劇の狙いどころは、なかなか面白い。
 とはいえそれはつまり、殺人? という前提が、とにもかくにも作中でなかなか確立・公認されないわけで、その分、物語はやや地味。
 だから、(キャラクターの書き分けが達者なので救われてはいるが)中盤はちょっとだけ退屈さを感じないでもない。

 むしろ、本作の場合は「事故か? 殺人か?(あるいは自殺か?)」わからないという謎の提示を前提に、どうやって最後のサプライズにもっていくのかという作者の思惑の方がスリリングで、それゆえに読み手のこちらとしては、後半~ラストの展開をあれこれ想像するのが楽しかった。もちろん最後の着地点については、ここでは書かないけれど。

 最後まで読み終えて、そこでまたいろいろ言いたいことはあるが、それなりに楽しめた。前述の読み手側の想いにもまたからむが、この作劇フォーマットをベースに、さらにもうひとつふたつひねったものも構想してみたい思いもふくらんでいく(それもまた、すでにもうどっかにあるかもしれないけれど)。
 
 創元の旧クライム・クラブあたりに収録されていたら、結構似合うような感じの作風である。
(そーいえば、実際に旧クライム・クラブの一冊だった同じ作者の『リトモア少年誘拐』はどんな出来なんだろう? そのうち読んでみることにしよう。)


No.932 7点 頼子のために
法月綸太郎
(2020/08/18 04:52登録)
(ネタバレなし)
 元版の講談社ノベルス版で読了。30年近く前にどっかの古書店で状態のいい初版を250円で買い、その後ずっと、自室の蔵書の山の中で寝かし続けていた本であった(笑・汗)。

 重厚でシンドそうな物語を予期していたが、あに図らんやリーダビリティは最高級。あれこれ考えつつメモを取りながらも、3時間ちょっとで読了できた。
 遅れてきた読者(他ならぬこの筆者のこと)が一冊ずつ事件簿を消化していくごとに、そのキャラクター像の陰影が深まっていく名探偵・綸太郎。そんな姿は、たしかに新本格版エラリイ。

 とはいえこの作品に関しては最後まで読んで、クイーンだのブレイクだのロスマクだのというよりも、素で一番、シムノンの影を感じたよ。本サイトのレビューを遡って拝見しても、そんなことどなたもおっしゃってはいません? が。

 個人的にはこういう作品、いくらでもウェルカムです。謎解きミステリとしても小説としても、フツー(以上)に面白かった。

 ただまぁ、ボンボンさんがおっしゃっている2つめの疑問は、大いに同感。つーか、それ以前に(略)。


No.931 7点 巡礼のキャラバン隊
アリステア・マクリーン
(2020/08/17 03:54登録)
(ネタバレなし)
 東西の陣営を超えて中央ヨーロッパを横断する、ジプシーのキャラバン隊。その集団の一員である青年アレクサンドルが、隊の指導者チェルダとその息子フェレンクたちによって何らかの理由で殺害され、死体は秘密裏に葬られる。キャラバン隊には数名の民間人が同道。取材のために同行する英国の女流作家で友人同士のセシル・デュボアとリラ・デラフォントは、それぞれ風来坊風の青年ネイル・ボーマンと、大食漢の中年実業家チャールズ・クロワトール公爵を、旅の間のお伴としている。が、くだんの男性二人の折り合いはよくないようだった。やがて、ひそかにキャラバン隊を調査しようとするボーマンは、アレクサンドル殺害の事実を察知。キャラバン隊に潜む秘密に、肉迫していく。

 1970年の英国作品。マクリーン第15番目の長編で、すでに幾つも代表作と呼べる作品を上梓している、著者の円熟期(といっていいだろう)の一冊。

 読者視点で主人公ボーマンの素性(あるいは立場)が終盤まで不明、キャラバン隊内部で進行している悪事または謀略の子細も未詳なままに物語が進んでいく。それでもストーリーの各局面では、見せ場や中小の山場が綿々と設けられて……というのは、同じマクリーンの優秀作『恐怖の関門』などでもおなじみの(または、そちらでも類似の)作法。
 同作などに馴染んでいるファンからすれば「ああ、マクリーン、またおなじみのパターンをやっているな」なのだが、こういう作劇に慣れてない読者にはキツいかもしれない? ある意味、クライマックスで物語の全貌が見えてくるその瞬間のために、長いトンネルをぬけるまでを耐える作品、という一面もある。

(なお恐縮ながら、先行するTetchyさんのレビューは、本作の最後に明らかになる大きなどんでん返しをはっきりと書いてしまっているので、本書を未読の方は、まずその点で、注意。)

 物語全体のロードムービー的な面白さに加え、各地のロケーションに沿った危機的状況のシチュエーションなどに工夫があり、英国風冒険小説(スリラー)として、フツーに楽しめる。
 中でも圧巻は、第8章における、ボーマンが見舞われる、あるクライシスの状況というか趣向。
(ただし一方で晩年のマクリーンは<こういう方向>でのみの、エンターテイナーになっていったから、全体的に作風が軽くなっていったような印象もある。)

 個人的にちょっと感心したのは、中盤~後半で、某・登場人物があまりに不如意に物を言うシーンがあるので軽く呆れたら、最後になってその件には、ちゃんと? イクスキューズが用意されたこと。
 もちろんここでは詳しくは書けないけれど、マクリーンは<その辺り>は、自覚的に描写していたのかしらねえ?

2110中の書評を表示しています 1161 - 1180