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ミステリの祭典

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オー!

作家 ジョゼ・ジョバンニ
出版日不明
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/02/19 05:58登録)
(ネタバレなし)
 1960年前後のパリ。長らく裏の世界に首を突っ込んでいる30代半ばの元レーサー、フランソワ・オラン。今の彼は、同じファーストネームのギャングの顔役、フランソワ・カンテの運転手を務めていた。そのカンテからは名前を区別するため、苗字を縮めた仇名「オー!」(日本語で、まともに本名を呼ばず「おい」という感覚)で呼ばれ、カンテの腹心の殺し屋コンビ、シュバルツ兄弟からも軽く扱われるオラン。だがある日、親玉カンテが事故死する。そしてケチな盗みで逮捕されたオランの境遇は、それを契機に、思いも寄らない方向へと大きく変わり始める……。

 1964年のフランス作品。現状でAmazonに登録はないが、ポケミスの1070番で、初版は1969年3月31日の刊行。

 自分が先に読んだ『暗黒街のふたり』は純粋なジョバンニの著作とは言い難いので、これが評者がマトモに読む初めてのジョゼ・ジョバンニ作品ということになる。

 本編の読了後にポケミス巻末の訳者・岡村孝一の解説に触れると、コルシカ野郎が登場しない、義理と人情といった主題などが表面に出てこない、などという点で通常のジョバンニ作品の主流からはやや外れたものという意の言及があるが、少なくとも自分が読む限り、コルシカ男はともかく、義理と人情云々の方は不足ということはない。
 むしろ随所ににじみ出るその種のメンタリティが、この青春小説っぽい(主人公は青年と中年の中間ぐらいの年齢だが)クライムノワールを魅力的に感じさせた、大きな要因のひとつになっている。

 ストーリーは、米国の古典クライムノワール、W・R・バーネットの『リトル・シーザー』ほか多くの秀作・名作が存在する<暗黒街での成り上がり譚>だが、本作の場合は、もともとは野心も実力も中途半端だった主人公オランが、当人の主体的な能動というよりは、むしろ妙な好機の巡り合わせと状況の勢いのなかで、おのれのスタンスを高めていく。
(ここらは、作者当人が実際に暗黒街に身を置いていた経歴だからこそ、書けたリアリティや臨場感といった部分も多いだろう。)
 
 それでも中盤の山場となる(中略)のくだりで、オランは暗黒街での高評価を獲得。ソコはたしかに当人の才覚の賜物ではあるのだが、しかしそれも「ホントにこんなことありうるのかよ?」というコミカルな味わいが叙述のなかに読み取れて、どっか「なんちゃって」な感じが強い。
 つまり結局は、長い長いビギナーズラックのまま勝ち進んでいく、そんな緊張感と不安定さがたえずオランにつきまとう感じで、彼自身の行方も、さらには彼の周囲で芽生えたり変遷したりする人間関係の綾も、みんなそうしたはかなさときわどさの上に築かれていく。そんな物語の流れだからこそ、この作品はときに切なく、ときに妙にコミカルで、そしてときに読者を泣かせる。
 
 なお評者はベルモント主演の映画は数年前にDVDで観て、けっこう楽しんだが、この原作小説は後半の展開が大きく異なる。映画も決して悪くはなかったが、深いところまで踏み込んだいくつかの文芸ポイントゆえに、こちらの情感を揺さぶったのは、ずっとこの原作の方が強かった。
(後半、ややこしい状況のなかのオランが、サーキットレース場という場で、あくまでほんの刹那、生き生きと描かれるあたり、作者の筆が熱い。)

 さて、実質的に初めてのジョバンニ作品がコレだったというのは、長い目で見るとよかったのかな、それとも? その辺を確認するためにもまた近々、買ってある作者の作品をもうちょっと、手にしてみよう。 

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