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ミステリの祭典

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悪人専用

作家 生島治郎
出版日1968年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/03/05 05:29登録)
(ネタバレなし)
 東京オリンピックの熱気が冷えつつある1960年代半ば。警視庁づとめの第一線社会部記者・橋田雄三は、遊び気分で抱いた女・奥村真紀子を捨てるが、本気のつもりだった相手は失意のあまり自殺した。奇しくも真紀子の父親は橋田の新聞社の重役で、橋田は懲罰人事で横浜支局の閑職に飛ばされる。天職とする事件屋として羽根をもがれた橋田だが、地元で起きた労務者の殺人事件に関心を抱き、そこに巨額の麻薬取引の事実を気取る。橋田はこの件に関わりあった者や使えそうな知人を集めて、薬物の横取りを企むが。

「スポーツニッポン」に連載されたのち元版の書籍が1966年に講談社から刊行。
 自分は今回、集英社文庫版で読了。昔から気になっていた生島の初期作品のひとつだが、ようやく読んだ。
 
 内容は完全な、和製昭和クライムノワール。
 集英社文庫版の巻末解説を担当している北上次郎が元版の作者のことばから引用するに、生島は<外国にはクライムストーリーの秀作が輩出されているが、国内にはないのでこういうものに挑戦してみた>という主旨のスポークスをしていたらしいが、いや、ちょっと違うでしょ? スポーツニッポンの編集部はたぶんズバリ「生島先生、大藪先生みたいなものを」というオーダーだったんでしょ? というような内容である(笑)。
 犯罪小説としてのひねりぐあい・まとめ具合は、大外しもしてないが、ことさら特筆するような褒めたたえるところもあまりない、という感じだ。 

 しかし基本的に悪人しか登場しないノワールで、主要人物の配置そのものも悪くはないものの、正直、なんでここでこの人物がこうなるの? というところどころの箇所が気に障る、そんな作品でもある。
 特に中盤から登場するメインキャラのひとりで元ボクサーの花井卓二が、メインヒロインのはすっぱ娘・中川伊都子にいきなり惚れるくだりとか、さらにその伊都子の終盤の挙動とか、これってどう読んでも作中人物に共感できないだろ、という思いが強い。

 一方で前半、その伊都子が半ば暴力的に橋田に体を求められ、それに自分から応じることで暗いヒロイン像を示すあたりとか、後半に登場する「海蛇」こと競馬狂のアクアダイバー・黒木利介のキャラの立った描写とか、いつもの生島作品とひと味違う感触はなかなか魅力的であったが。

 なお先の北上の解説によると、この集英社文庫版(1979年)刊行当時の作者は本作を振り返って<出来はよくないが愛着がある作品>とかなんとか述懐してるそうで、あーあー、そうだろうね、と、すごく納得がいく(笑)。
 
 作者が作品に込めようとした狙いどころをのぞき込んでいくと、ひとつひとつはさらにひろがっていく可能性もあったんだけれど、全体としては消化不良に終わった感がある。

 ただしいつもの醤油味チャンドラーとは一風異なる食感はなかなか新鮮で、そういう意味では読んでよかったと思える。
 なんか、あとから、じわじわ感じるものが浮かんできそうな気配がないでもない……かな?

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