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ミステリの祭典

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バルタザールの風変わりな毎日
別題『バルタザールのとっぴな生活』

作家 モーリス・ルブラン
出版日1987年03月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/03/04 05:38登録)
(ネタバレなし)
 孤児として辛酸を嘗めつつ独学しながら成長し、いまは自称「哲学教授」としてパリの一角に二流の私塾を開く青年バルタザール。彼は貧民街のあばら屋に、彼のことを敬愛する助手で、やはり孤児である少女コロカントとともに暮らしていた。だがバルタザールの教え子のひとりで、金持ち商人の令嬢ヨランドがそんな彼に求婚した。しかしヨランドの父シャルル・ロンドオは、出自も未詳の男に娘はやれない、係累を証明し、さらに財産を用意してから出直すようにと突き放す。そのとき、本名を告げず「父」を名乗る者からバルタザールに、自分の死後に財産を譲渡するとの文書が届いた。自分の父は誰で、どこにいるのか? 思い悩むバルタザールのために助手のコロカントは、夢遊病かつ千里眼の預言者の女を紹介。そしてその預言者がバルタザールに告げた内容とは?

 1925年のフランス作品。
 ルブランのノンシリーズ長編で、日本では例の保篠訳によって『刺青人生』の題名で以前に紹介され、そこではルパンものに改変されてしまっているらしい(その『刺青人生』は持っているが未読。最近、論創で復刻されたみたいだ)。
 なにが「刺青」かというと、バルタザールの胸に肉親・係累との手がかりになるらしい? 三文字の刺青があるからで。さらに前述の女預言者が、とある、いわくありげな託宣を授けると、やがてその情報に符号する、父親の可能性のある人物が何人も出てくる。
 こんな状況のなかで右往左往するバルタザールの姿が半ばスラプスティックコメディ風に描かれる。
 しかしこの「複数の親」という文芸設定は、同じルブランの別の某連作短編集の一編を想起させるところもあるよね(事態の決着のつけかたは、まったく別ものですが)。

 そもそも幼いころから地道に苦労ばかり重ねてきたバルタザールの人間観は「人生には冒険など存在しない」という冷めたものだが、そんなニヒルな理念が、彼が出くわす大なり小なりの騒ぎや事件のなかで揺さぶられていくのが、この作品の主題。
 創元文庫巻末の訳者解説で三輪秀彦はルパンシリーズと比較しながら彼流の私見を語っているが、ほかにも受け取り方の幅はあるような物語である。
 
 一種のフーダニットといえる「本当の父親探し」の着地点はなかなか唸らされたが、しかし正直なところ、こちら読み手の最大の関心は<バルタザールと(中略)の(中略)>の方にばかり向いていたので……(笑)。
 終盤に登場する本名もわからない某サブキャラが、実においしいもうけ役をつとめていた。

 ちなみに書誌を確認すると、本作はノンシリーズものではあの『ドロテ』の次に書かれた長編だったみたいで、ああやっぱりこの時期のルブランはお話作りに独特の勢いがあったよね、と再確認させられた(まあ『ドロテ』は厳密にはノンシリーズものともいえないかもしれないけれど~あれはむしろルパンシリーズ番外編という扱いにしたいし)。

 いずれにせよ、一読して、気持ちがちょっとほっこりする一冊だった。

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