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ミステリの祭典

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殺人計画
英国外務省諜報員トーマス(トミー)・エルフィンストン・ハンブルトン

作家 マニング・コールス
出版日1959年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/02/26 07:37登録)
(ネタバレなし・ただし同じ作者の作品『昨日への乾杯』を先に読むことは推奨)

 1918年1月。第一次世界大戦の後期、ドイツの海岸で一人の若い戦傷軍人が保護される。記憶を失っていた青年軍人「クラウス・レーマン」は、なりゆきから軍人の名門ラーデマイヤー家のオールドミス、フロイライン・ルートマイヤの後見を受けて、彼女の実の息子のように戦後を生きることとなった。やがて当人の才覚もあって戦後のドイツで出世を続けるレーマンは警視庁副総監の地位にまでたどり着くが、そんな彼は1933年2月のドイツ国会議事堂放火事件の焔を前に、失われていた15年前の記憶が甦る。実は自分が、大戦時に英国情報部から送り込まれた辣腕の諜報員トミー・ハンブルトンだと知ったレーマンは、そのままドイツ警察の総監にまで登り詰め、ナチスドイツの内側で暗躍するが。

 1940年の英国作品。
 大昔にジャケットカバーもない新潮文庫の裸本の古書を100円で入手。何十年も積読にして、さらに巻末の解説などにも目を通していなかったので、なんとなくこのタイトルから、英国のどっかのカントリーハウスでの殺人プランが進行する渋い謎解き捜査ものかとか思っていた。

 そうしたら実際は堂々たるスパイ小説で、しかも二つの大戦の両端を繋ぐナチスドイツ内の大物工作員もの。さらに主人公トミー・ハンブルトンが登場する連作の第一弾だという。いろんな意味でビックリ。
(※追記の注……新潮文庫の巻末の書誌には一作目のように情報が記載されているが、本サイトの参加者、おっさん様からのご指摘で、実は本作『殺人計画』はシリーズ2作目だそうである。)

 しかしいちばん驚いたのは、予想以上の面白さで、深夜に読み始めて徹夜でイッキ読みしてしまった。
 向こうの国で実際にナチスドイツが台頭し、ユダヤ人が迫害の災禍にあっているリアルタイムの現実をにらみつつ、実名のナチス要人(特にゲッペルス)を相手に主人公に丁々発止の活躍をさせ、そのなかにはかなりきわどいダーティプレイまがいの行為も含まれる(まあ、潜入スパイが大方は当人なりの義憤と復讐心でやることだから、読んでいてそんなにストレスも感じないが)。

 ちなみに迫害を受けるユダヤ人を別にしても、ほかのドイツ国民全員が悪だとはあえて描かれず、フロイライン・ルートマイヤやその友人たち、さらに反体制組織の「ドイツ自由連盟」の面々はマトモな扱い。悪役はナチス、なかでも軍規をごまかしてユダヤ人から非道に搾取している連中などに、ほぼ限定されている。ハモンド・イネスの『海底のUボート基地』なんかもそうだったけれど、英国のスパイ小説、冒険小説は、第二次大戦リアルタイムのなかにあって、意外に冷静だ(ホロコーストの災禍がまだ欧米側に密に知られてなかったからかもしれないが)。

 ナチス上層部を欺きながら英国側に情報を流すかたわら、ドイツ内のナチスそのものすら裏切る外道(こっそりユダヤ人から財産を没収しながら、国外に逃がすような連中)を処罰し、さらに不審を抱いて探りを入れてくるゲッペルス陣営と渡り合うレーマン(ハンブルトン)の挙動は一種のピカレスク的な緊張感と快感に満ち満ちている。
 そうか、この作品はこういう内容だったのか、と驚きと感銘であった。
(ヴォネガットの『母なる夜』のダイナミズムを、純粋にエンターテインメントへと裏漉ししたような、そんな印象すらある。)

 ちなみにコールスはあと2冊翻訳が出ており、そのうちの片方『ある大使の死』は、ミステリファンの感想サイトなどで大雑把な内容がわかるが、もう一冊の『昨日への乾杯』の中身が気になっている。
 というのは今回読んだ本作『殺人計画』の原題は奥付を見るとズバリ「Drink to Yesterday」だから、直訳すると『昨日への乾杯』まんまだよね? つまり『殺人計画』と『昨日への乾杯』って別の邦題の同一作品なの? 同じ版元で訳者は違うんだから、ふつうなら別の作品だろうとは思うのだけれど。もし両方すでに読んでいる人がいるのなら、教えてください。TwitterをふくめてWebを見回しても、実際のところはいまひとつよくわからないので。

【2021年2月26日14時の追記】
※……本日の本サイトでの掲示板でのおっさん様のご指摘で、実は本書『殺人計画』の奥付の原題表記は誤記であり、『昨日への乾杯』の方が原題をそのまま邦題にしたハンブルドン登場の別作品だとご教示いただいた。しかも『昨日への乾杯』の方が第一作で、本作『殺人計画』はその続編という。もろもろの情報をくわしく、すばやく教えてくださったおっさん様に深く感謝申し上げます。

【2021年3月3日・若干、改訂しました】

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