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ミステリの祭典

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平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1357 5点 秘密機関
アガサ・クリスティー
(2021/11/29 15:47登録)
(ネタバレなし)
 HM文庫版で読了。
 トミー&タペンスの長編は、若い頃に『親指のうずき』『運命の裏木戸』『NかMか』の順で読んでおり、これが初読作品の最後になった(連作短編集は途中まで読んで中断し、そのままである)。

 保守派志向の内容に関しては、50年代のマイク・ハマーに今の視点で文句を言うようなものだろうし、あえてノーコメント。
 セミプロかアマチュアかの主人公コンビのスパイスリラーとしては、まさに本質は当時のクリスティーが書いたラノベである。というか全体的に赤川次郎みたいだ。良くも悪くも。
 政府の要人側がトミー&タペンスを使う理由も、要は固定観念のないフレッシュな発想と行動力に期待したいということで、そんな国家機密に関わる案件を出会いがしらのアマチュアに任せるゆるい流れも、赤川次郎でラノベ。
 いやたぶん、21世紀の今のラノベの大半の方が、この辺の細部のイクスキューズに気を使うような……。

 ただまあ、そういう大昔の冒険スリラーと思って割り切って読むならば、そこそこ面白かった。
 中盤の、某案件に際して金力にものを言わせてぶっとんだ作戦を提案するアメリカの富豪青年ジュリアスのくだりは、ほとんど『怪船マジック・クリスチャン号』のノリだ(笑)。

 途中で不可能犯罪の密室っぽい? のが出てきて、おお!? と一瞬思ったが、結局は、あまり掘り下げられなかった。残念。
 あと、黒幕の正体についてはこの頃からクリスティーの手癖が感じられて、早々に見え見え。それでもちょっとミスディレクションめいたものを用意してあるのは、評価の対象か。

「ジャップ警部」の名前が登場で、ポアロ世界とリンク……には拍手喝采だったが、さすがに本サイトではすでに弾十六さんが指摘していた(苦笑)。
 しばらく読み返していないけれど、たぶんパシフィカの「名探偵読本・ポアロ&マープル」のクリスティー世界の人物相関図にも、この情報は触れられているんだろうね?
(ちなみにWikipediaの本作の独立記事項目にも、このジャップ警部の話題は書かれている。みんなこういう趣向がスキなようで。)

 それとHM文庫版250ページでの「すごいなあ! まるでポケット・ミステリを読んでいるみたいだ」には爆笑しました。
 弾十六さんのメモチェックにはないけれど、コレは日本語版のお遊びですよね? (田村隆一の訳文の初出は、もちろんそのポケミスだったワケだし。)
 なんか『オバケのQ太郎』の原作コミックで、伸一兄さんが漫画雑誌を買ってきて「少年サンデーが出たぞ」というメタギャグを思い出した(この部分は、初めて新書版コミックスになったオバQの虫コミックス版では「COMが出たぞ」に改訂されている。言うまでもなく「COM」は『火の鳥』などが掲載された漫画雑誌で、虫コミックスと同様、旧・虫プロ(虫プロ商事)の出版部の刊行物)。小学館のコロコロでの再録やてんとう虫コミック版、FFランドや藤子全集版ではどうなってたか。全部チェックしてるハズだが、失念している。
 ……いや、長々とスンマセン(汗・笑)。


No.1356 5点 いつになく過去に涙を
笹沢左保
(2021/11/28 15:59登録)
(ネタバレなし)
 熊本のダム工事現場で働いていた大卒の労務者で20代後半の千波哲也は、不測の事故で死にかける。だが千波を救って代わりに命を失ったのは「東大出の新さん」と呼ばれる、同じ学士の早乙女だった。30代初めの早乙女は以前から父親を殺害した仇の情報を探しており、最近その当てが見つかって今の職場を去るつもりだった。末期の早乙女は、自分が叶えられなかった父殺しの犯人の捜索を、千波に願って息絶える。千波は容疑者の手掛かりがあるらしい札幌に向かうが、その道中で訳ありらしい謎の美女、上月寿美子と道連れになる。

 徳間文庫版で読了。
 就寝前に、短めな長編ならもう一冊読めそうだったので、文庫で本文210ページほどのコレを読み出した。
 
 笹沢の諸作に違わず、主人公が動けば犬棒で事件の関係者、物語の主要人物が反応してくれる。おかげで話はスイスイ進むが、一方でどうもウソ臭いリアリティの欠如感もつきまとう。
 一般市民の千波が出先の北海道でいつまでも活動費ももたないだろうから、ひと月くらい身を潜めて逃げ回っていようとキーパーソンの何人かが消極的な動きに出たら、この作品はすぐに破綻してしまうような。

 最後に明かされる真相はそれなりに意外だが、一方で前半からつきまとっていた<ある登場人物には、とある疑問は生じなかったのか?>という部分は、ほぼスルーされた。ちょっと雑な印象も残す。

 あと、最後のドラマを締める演出は、悪い意味で、昭和の時代ならこういう気取った無神経な叙述も許されたのだな、という思いがしきり。とにかくこーゆーのはあんまり読みたくない、作中の情景として見たくない。これで1点減点。
 まあ笹沢作品らしいいつもの作者風のロマンチシズムは、それなりよく出てるとは思う。


No.1355 6点 黄金海峡
南里征典
(2021/11/28 05:06登録)
(ネタバレなし)
 昭和50年代半ば。山陰の海岸で、半年前の事故で生じた潜水病のリハビリをしていた30代後半のプロダイバー、笛吹(うすい)草介は、近隣の「白骨村」の村民100人がいきなり消え失せるという怪事件に遭遇した。それと前後して笛吹には、謎のアメリカ人、ハミルトン・ブレジンスキイ、そして笛吹の馴染みの依頼主であるサルベージ会社の社主、鷹森浩三から、別々に同じ案件についての仕事の相談があった。それは70年前に日露戦争の際に対馬沖に沈んだバルチック艦隊の特務艦で、多額の英国金貨を積んでいるはずのオルティッシュ号のサルベージの仕事だった。

 作者の長編第三作。徳間文庫版で読了。

 後年にはエロ&バイオレンス作家としての浮き名が定着してしまう作者だが、新人小説家としてデビューした初期には、80年代前半の冒険小説新世代の波に乗った方向で、ミステリファンの間でもソコソコは注目を集めていた。

 で、本書の雰囲気としては、まだあまりぶっとんだ方向には行っていない初期から過渡期の西村寿行(『娘よ涯なき地に我を誘え』とか『化石の荒野』の頃の)みたいな作風で、若干~それなりのエロとバイオレンスの要素で味付けしながら、話の軸そのものはマトモな冒険小説の形質を守っている。
 
 そういう前提で読んでいくと、序盤の一夜にして消えた村の謎(これもやはり西村寿行の『峠に棲む鬼』みたいだ)でミステリっぽい興味を誘いながら、日露戦争からの現代史、そしてバルチック艦隊が大海を縦断・横断するための兵站確保用に積載していた軍資金という大ネタで読み手の関心を煽ってゆく。
 
 悪党同士の腹の探り合い、謎の美女の暗躍、など悪く言えば通俗っぽい筋立てだが、まあこれはこれでこういうものと思えば悪くはない。一方で中盤から後半にかけて緻密に描きこまれる沈没船サルベージの克明な描写などは、そっちの方面にまったく知見も関心もない評者などでもグイグイ引き込まれるなかなかの迫力。この辺が本作の一番の価値かもしれない。
 
 かたや終盤の事件のまとめ方(逆転劇も含めて)は、かなり描写を端折った感じがあり(都合よすぎるというか、×××などの問題はなかったの? などの疑問もいくつか)、なんか作者はサルベージのシーンで執筆の熱量を使い切ってしまった印象がある。
 村人たちの行方というか消失の解決も、あんまり見ない展開だった分、妙なリアリティを感じさせた面もあるが、(中略)というのは、やはりちょっとオカシイだろう。

 まあ終盤のいくつかの雑な部分にあえて目をつぶるなら、ラストはビジュアル的にはちょっと面白かったかもしれない。

 読後にネットで他の人の感想を探ると、ほとんど確認できないが、それでも1989年に全10回でラジオドラマ化されていたことは知った。笛吹役は高橋長英。円谷プロ版『スターウルフ』のリュウだね。


No.1354 6点 黄金の灰
F・W・クロフツ
(2021/11/26 16:24登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦前夜の英国。30代になったばかりの愛らしい未亡人ベニー・スタントンは夫ジョンが無一文で死亡して就労しなければならず、さらに双子の弟ロランド・ブランドの浮き草めいた生き方にも、頭を悩ましていた。そんなベニーは、荘園「フォート・マナー」を相続した男性ジェフリー・ブラーと出会い、屋敷と周辺の家政管理人を任される。ブラーはこれまでアメリカのシカゴの不動産会社で働いていたが、従兄弟の淳男爵サー・ハワード・ブラーの死去によって荘園を受け継いだ。荘園には有象無象の絵画がたくさんあり、ベニーはブラーに友人アガサの夫で、画家兼美術研究家であるチャールズ・バークを紹介した。だがブラーは英国になじめないとアメリカに帰ることになり、荘園は誰かへの譲渡が済むまで引き続きベニーが管理することになった。そんなある夜、荘園が火事になり大半の絵画とともに屋敷は丸焼け。そしてそれと前後して、パリでバークが行方不明になる。名刑事フレンチは、バークの失踪事件に介入するが。

 1940年の英国作品。フレンチ警部シリーズの長編第20弾。
 なお本書の邦訳では「警視」と訳されているが、これは誤訳で実際はまだ首席警部の階級らしい。

 身持ちの悪い弟(銀行員だったが失職して、貧乏な劇団活動をしている)に苦労しながら、自分は生活の安定を求め、一方で小説家志望として処女作の執筆に励む未亡人ベニーが、なかなか魅力的なヒロイン。前半は彼女を実質的な主人公に話が進み、フレンチの登場以降は叙述の主軸がそっちに移行する。
 
 バークの失踪に関してはどのような事態か終盤までわからず、たとえば殺人事件があるのかないのかも判然としない。というか悪事の実態も少しずつ情報が提示されるが、なかなか全貌が見えてこない。ちょっとのちのヒラリイ・ウォーやデクスターの諸作みたいな雰囲気もある。
 
 ただし、前半でたぶん多くの読み手(評者もふくめて)がメインとなる犯罪の主体に関して、たぶんこういうことがあったのだろう、と仮説を立てることは容易なはず。となると、そんなに早々と予想がつく事件の中身がそのまま終わる訳もないだろうと期待も高まるが……。
 うん、まあ、最後まで読むと、ああ、そこに着地、という手ごたえであった。もちろん具体的にはナイショだが、個人的にはなーんだ、と、ああ、なるほどの相半ばであった。ミステリとしてはトータルでは水準作~佳作だろう。
 読む人によって評価が割れそうな雰囲気もある。

 予期していたとおりのクロフツらしさ満点で、そういう意味では期待していた面白さで退屈はしなかったが、さすがに真相が割れてからは、ムダな登場人物もちょっと多かったな、という印象も感じた。それでも全体としては悪くはない。
(中略)の、子供向け科学読み物風な機械トリックも楽しい。
 あと悪事はよろしくないが、犯人の状況に、ちょっと~相応に同情。
 
 中盤、出所した前科者を後見し、最終的に当人が更生するか悪の道に戻るかは本人次第だが、それでもその前提として真面目に生きようとする彼を応援するのは我々市民・国民全員の義務だ、と語るフレンチはいい人。
 そんな彼が捜査につまって奥さんのエミリー(本書では「エム」の愛称で登場)についつい当たってしまい、エミリーがそれを笑って受け流す描写にもニッコリ。ホント、いい奥さんだ。


No.1353 8点 私のハードボイルド 固茹で玉子の戦後史
評論・エッセイ
(2021/11/25 21:23登録)
(ネタバレなし)
 巻末の詳細な書誌などの資料を含めて、ハードカバーで500ページを超える大冊。
 2015年12月8日に他界した著者が生涯をかけて関わってきた「ハードボイルド」「ハードボイルドミステリ」「私立探偵小説」(言うまでもないが、この3つの字義は重なり合うところも多かれど、正確には相応に違う)について語った、晩年の総決算的な著書のひとつと言っていいだろう。

 数年前に購入しながらまだ手付かずだったことに気づいて、就寝前に少しずつ読み進め、二週間ほどかけて読破した。
 本の内容は多様なエッセイの累積ではあるが、その上で、大まかにいうと
1:ハードボイルドというジャンルと概念についての文学的な歴史
2:日本の中での「ハードボイルド(ハードボイルドミステリ)」
  についての受容史と、その浸透に関りあった人たちについて
3:著者・小鷹信光自身の軌跡(いろんな意味で)
 の三つの編年的な流れが軸になっており、それらが別個に、そして有機的に絡み合いながら語られる。

 少年時代から「ミステリマガジン」そして「EQ」そのほかで著者に多大な薫陶を得てきた(大して身についていないが)ミステリファンの末席にいる評者としては、小鷹信光の少年時代から早稲田大学時代を経てのミステリファン、研究家、そして物書きとしての覚醒、その後の膨大な仕事の裏側を明かしてもらうことに強烈な感銘を覚えた。
(しかしこの本を入手してから数年間、放っておいたのは、それなりに読む側の覚悟を予見していたからか? と言い訳してみる。いや、本当に何となく、ではあったのだが。)

 読みだす前の想定の枠を超えて新鮮だったのは、少年~青年時代の小鷹が戦後すぐのミステリ叢書(雄鶏やぶらっくそのほか)に触れ、さらにはポケミスや別冊宝石、創元文庫などの登場に接した時の原初的なときめきで、一方で早稲田時代に大藪春彦の出現に動揺、刺激された際の心情吐露なども興味深い。
 とんでもないボリュームでその後、本書が刊行された21世紀初頭までの半世紀が語られ、その中には評者がリアルタイムで付き合ったミステリマガジン「パパイラスの船」や、世界ミステリ全集のメイキング事情なども相応に触れられる(古本屋で買い集めた日本語版「マンハント」時代の仕事にも)。もちろん、この本を通じて初めて認識した情報も非常に多い。

 しかしそれだけの紙幅と文字数を費やしても、実のところ、この著者の実働の何分の一しかまだ聞かされてないのではないか、と不安と戸惑いを今でも感じるのがおそろしい。

 一方で東西の文壇における「ハードボイルド」の文学的な歴史とその影響を探り、その定義を捉え直そうと試みながら、結論にはとても至らず、その迷宮の中での右往左往そのものを、数十年の歴史の果ての現実として読者に晒している感覚もあった。結局、この人は、たとえば「ネオハードボイルド」は「ハードボイルド」ではないと切って捨てることもできず、一方で「ネオハードボイルド」が「ハードボイルド」らしくなくなっていく現実も認めていたのだとは思う。そういう幅広い裾野を肯定しながら、同時にどこか迷う感覚には強烈な共感を覚えた。すごく良くわかる。

 多角的に素養を広げられ、自分の知見をブラッシュアップしてくれる一冊ではあったが、惜しいのは70年代のミステリマガジンの自分の仕事と同時期の連載について、ヘンな記述があること。
 第6章「新生の船出―1970年代」の冒頭(本書の203ページ)に、HMM70年10月号から「小説『オヨヨ大統領の冒険』」が始まった旨の物言いがあるが、もちろん小林信彦のオヨヨシリーズにそんな作品はありません。長編第三作にして、大人もの第一弾の『大統領の密使』のことだろうが、どうしてこんな誤認したのか。あと、この本を出している早川の編集部は、自分とこの雑誌の過去の連載作品のタイトルぐらい把握して、校閲していないのか?(まあ、していないのだろうけど。)
 実は本書のこの前の第5章(60年代編)で小鷹信光は、別件で誤認を小林信彦から注意された事実を開陳しているが、小林も再度の勘違いには苦笑したろうとは思う。
 
 とはいえそーゆー、細部の重箱の隅を突くようなケチな読者の読み方はそのくらいまでで、じきにその程度の些末なミスは、さほどどーでもよくなった。
 何しろ毎晩、今夜は数ページだけ読んで一区切りで眠ろうと思いながら、気が付くとその予定の数倍のページを読み進め、快い披露の中で眠くなるということの繰り返しであった。
 たぶんまたいつか読み返すだろう、拾い読みするだろう。

 改めて、著者の偉大な業績に敬意をはらい、ご冥福をお祈りいたします。


No.1352 5点 ハムレット復讐せよ
マイケル・イネス
(2021/11/25 06:12登録)
(ネタバレなし)
 1~2年前に蔵書の中から旧訳のポケミスが見つかったが、翻訳がナンだという噂に怖じて、結局、国書の新訳版で読んだ。そうしたら国書版の巻末にあるSR会員・谷口氏の解説で、旧訳(ポケミス)も実際にはそんなにシンドくはないとのこと。ああ、そうでっか。

 いずれにしろ、国書版の巻頭の「主な登場人物」一覧に並ぶ約50人ほどの人名に、いきなりボーゼン。舞台となる「スカムナム・コート」には事件当時300人もの人間が集っており、結局アプルビイが到着して捜査が開始されても30人近くが後半まで容疑者となる。いや、それがパズラーとして意味があったり効果を上げているというのなら、良いのだが、その辺は正直、微妙。
 とにもかくにも書き手側は、読者を振り回すコマだけは十全に用意しておいたんだな、という感じであった。

 さらに殺人が起きるまでの100ページは、あまり関心の湧かない衒学の講義に退屈しながら付き合わされている手ごたえ(シェークスピアに妙に詳しい園丁頭のキャラクター造形とかに、英国風のドライユーモア味は感じたが)。

 アプルビイが到着してからは物語にも動きがあってちょっと面白くなるし、やたら記憶力のいい郵便局(電報発信所)の婆ちゃんとアプルビイのやり取りとか、ユーモラスな小技も利いてくる。

 ただまあ最後まで読むと、ミステリとしては想像以上に敷居の低い中身であった。最後にアプルビイの説明を聞くと、いい感じでミスディレクションが設けられていたのはちょっと良かったが、トータルとしては苦労して読んでコレか……という感慨である。
 あと、途中の描写で、アプルビイが、とある関係者の物言いをあまりにも素直に受け入れすぎたのも、リアルタイムで読んでいて気になった。アレって……(中略)。

 カロリー使った割に、ミステリとしては益の少ない読書だったという印象。個人的には前作『学長の死』の方が面白かった。評価はちょっとキビしめに。

 とはいえアプルビイシリーズ初期三作は、とりあえず順番通り読んでおきたいと思っているので(そのあとは未訳も多いので、正直、シリーズを適当につまみ食いでも仕方がないネ)、これでようやくお楽しみの『ある詩人への挽歌』に取り掛かれる。楽しめればいいのお。


No.1351 7点 メグストン計画
アンドリュウ・ガーヴ
(2021/11/24 15:22登録)
(ネタバレなし)
 1954年11月のロンドン。「わたし」こと38歳の海軍省の役人クライヴ・イーストンは、戦時中の知己だった今は40代半ばのウォルター・カウリイと再会する。クライヴは戦時中は海軍中佐で潜水艦の艦長であり、ウォルターはその艦に暖房装置を設置した技術者で、戦後は暖房器具業界で成功していた。クライヴにはかなり美貌のまだ20代の妻イザベルがおり、互いに情欲を覚えた彼女とクライヴはウォルターの目を盗む不倫関係になった。クライヴはイザベルを寝取って伴侶としたい欲求に駆られるが、それには多額の金が必要だ。クライヴはイザベルの提言から、自分が海軍省の機密書類を抱えて、わざと人里離れた場所に遭難し、マスコミのスパイ疑惑を誘導、のちに無事に帰還してマスコミ各社に名誉棄損の名目で多額の賠償金を請求する計画を思いつく。

 1956年の英国作品。
 早川書房の名ミステリエッセイ集『深夜の散歩』でも、ガーヴの当時の代表作(翻訳刊行リアルタイムでの話題作にして秀作)として取り上げられた長編。
 少年時代に初めてその「深夜の散歩」の当該の文章に触れた際には「要は主人公が(マスコミの誤解の舌禍に遭った)被害者を装う訳だな? ずいぶんややこしい事をする」と思った記憶がある。さすがに現在ではそんなに複雑な詐偽計画だとは思わないが、このアイデアの妙なインパクトは今でも変わらない。

 そういう意味で読む前から印象の強い「名作」なので、今日までなんとなく大事に? とっていたが、気が向いたので手に取り、一晩で読了。まあ紙幅はポケミスで200ページ足らずだし、福島正実訳のガーヴだからリーダビリティは最強ではある。
 
 本サイトの先行レビューをうかがうに、評価のポイントは中盤の作為的な遭難状況での冒険の日々、その描写が買われているようだ。で、評者も、もちろんその部分の読みごたえに関して、異論はない。
 ただし個人的には、ガーヴの作品をそれなりにすでに数読んで、作者のいかにも英国作家らしい冒険小説志向の部分は知悉しているつもりなので、さほどのインプレッシヴは感じなかった。
 むしろ本作の妙味は、やはりこのハナシの大設定となる、スキャンダルの被害者を装った詐欺犯罪の遂行とその顛末、という倒叙・クライムストーリー的な流れの方にある。実際、周到に念入りに、(ある意味ぶっとんだ)犯罪計画の細部を詰めて組み立てていくあたりは、ほとんど出来がいい時のクロフツの倒叙もの。(自分は、本サイトでのジャンル投票で迷わず「クライム/倒叙」に一票を投じたが、これまで誰もソコに投票してないのにビックリした!!)
 そーいえば、物語の後半に特に大きな筋立て上の必然も感じられず「クロイドン」の地名が登場した。作者ガーヴから先輩作家への表敬のアイコンと見るのは勘ぐりすぎか?

 後半に登場する<悪事を暴く探偵役>のキャラクター造形もなかなか面白く、主人公クライヴとの妙に生々しいというか、変にドラマチックな関係性も印象的だった。そしてそんな相手の疑念を深めるきっかけになる、とある作中のリアルな事項も、実にクロフツの倒叙ものらしさ満点(もちろん、具体的にどういうものかは、ここでは書かないが)。
 終盤のシメとなるドラマ部分も他の作家が書きそうでなかなか書かない、という感じの妙なリアリティがあり、スナオに納得。
 多用なジャンルのミステリの興味を組み合わせたようなバランスの良さも含めて、たしかに名作といっていいだろう。まあガーヴの諸作の中では、これをあんまり早めに読むのではなく、ほかのフツーの巻き込まれ型サスペンススリラーとかを何冊か楽しんでから、これを手に取ってほしいというところもあるけれど。

 評点は8点でもいいけれど、まとまりの良すぎる面が妙に優等生感を抱かせる部分もあり、それでこの評点で。シンプルに面白いかつまらないかと言ったら、十分にオモシロイ。


No.1350 7点 邪教の子
澤村伊智
(2021/11/23 05:05登録)
(ネタバレなし)
 ニュターウウン「光明が丘」。そこに住む飯田家の老夫婦は、同居のため越してきた息子夫婦、そして孫娘の茜を迎えた。だが「わたし」こと11歳の慧人(けいと)は、茜が新興宗教「コスモフィールド」の教義に憑りつかれた母・真希子によって半ば虐待されていると認める。慧人は同じクラスの仲間とともに、救いを求める茜の救出を図るが……。

 三時間強でイッキ読み。
 例によって、あんまり詳しいことを書かない方がいい内容で、十分、フツー以上に面白く読めた。
 ただし手数が多い分、さすがにその内のいくつかは先読みができる。

 あと、最後まで完読して、ものの見事に、旧世代の某大物作家の名前が頭に浮かんだ。なんだこれは2020年代の(中略)ではないか。もちろんソノ具体的な作家名は、ココではナイショだが(笑)。
 
 それと、後半の主舞台のロケーションでの、息苦しくなるようなビジュアル面での威圧感は、なかなかのもの。

 とりあえず、2年前の『予言の島』ともども、ネタバレされないうちにさっさと読むのをオススメします。
(なおジャンル分類は、未読の方のネタバレにならないように本作の方向性を秘匿するため、まずは「その他」にしておく。)


No.1349 8点 死との契約
スティーヴン・ベッカー
(2021/11/22 16:57登録)
(ネタバレなし)
 1964年、アメリカ南部のある州。小さな町ソールダッド・シティの70歳代の判事で「わたし」ことベンジャミン(ベン)・モラス・ルイスは、1923年当時、自分が新任判事に就任した29歳の時に起きた殺人事件と、その後の裁判の経過について回想する。それは当時、町で最高級の美女と称されていた奔放な27歳の人妻ルイーズ・トールボットが殺された事件だった。

 1964年のアメリカ作品。
 ハヤカワノヴェルズ初期の一冊だが、初めての邦訳は「日本語版EQMM」が「ミステリマガジン(HMM)」に改名・改組(1966年1月号から)した直後の、66年6~9月号に4回に分けて連載。それから書籍化された。
 21世紀の現在ではほとんど語られず、評者自身も記憶から失せていた作品だが、最近、何かの流れでこの時期のHMMの書誌をリファレンスしていて、そういえばこんな長編が当時、連載されていて、まだ未読だったなあ、と思い出した。
 それで、見方によっては本作は、新体制になったHMMの初期看板作品のひとつを務めた作品ともいえるわけで、これはそれなりに面白いかも? と期待を込めてAmazonで古書を注文してみる。帯はないけど、それなりに状態がいい本が安く買えた。

 内容はあらすじの通りで、1920年代のアメリカ南部の州(具体名は最後まで明らかにならない)の小さな町ソールダッド・シティが舞台。そこである日、美貌の人妻ルイーズが殺され、嫌疑は夫でやり手のブローカーである30歳代前半のブライアンにかかる。ブライアンは数年前に浮気して性病にかかり、その病根を妻ルイーズにも感染させ、彼女を妊娠できない体にした過去があった。ルイーズはその後、夫に愛憎の念を抱きながら自分も不倫を続け、こじれた夫婦間のもつれからブライアンが計画的な殺人を行ったのでは? と目され、告訴される。担当判事は主人公の若者ルイスではなくずっと高齢の先輩だが、ルイス自身も密接に裁判に関り、だが事態は後半に至って、予期しない方向に二転三転の展開を見せていく。小説そのものは全四部の構成だが、中身の紙幅の緩急のつけ方で、強烈な加速感を読み手に抱かせる手際もよい。

 登場人物は名前のあるキャラクターだけで70名前後に及び、そのうち主要な人物は20~30人前後か。1920年代のアメリカ現代史にからむ世相をつまびらかに語りながら、スモールタウンの群像劇をみっちり描きこんでいく作者の筆遣いはこの上なく達者で、さらにもうひとつのサブ的な主軸ストーリーとして主人公ルイスとその婚約者である女性教師ローズマリー・ベルグキストとの関係の一進一退などもからむ(ルイスの実家や親族などのそれぞれのキャラクターを立てた描写も秀逸で、各自の存在感は並々ならぬものがある)。

 緊迫した法廷ミステリではあるが、同時に広義の小説、人間ドラマとしての価値が高い作品で、終盤では本作の主題となる「人類社会の法と正義」というテーマが圧巻のボリュームで浮き彫りにされる。
 読みごたえは満点、ストーリーテリングの妙も際立っているが、さらにリーダビリティも最高で、一晩、ほぼ徹夜で読了してしまった。
 改めて21世紀での現在では忘れられてしまった、リーガルミステリ&人間ドラマの優秀作と、太鼓判を押したい。
 
 心に残るシーンは、感銘する場面も人間の愚かさや切なさを実感させる叙述もふくめて山ほどあるが、個人的には本作の主要キャラクターのひとりにして妻殺しの容疑者とされたブライアン(もちろん彼の真実に罪科についてはここでは触れない)の終盤の一言がすごく印象に残った。強烈なリアリティがあり、その視線の行く先が心に沁みる。いろんな意味で。

 とても面白かった。そして良かった。9点手前のこの評点で。


No.1348 7点 密室は御手の中
犬飼ねこそぎ
(2021/11/21 05:27登録)
(ネタバレなし)
 さる人物から依頼を受けた27歳の女性探偵、安威和音(あい わおん)は、新興宗教「こころの宇宙」の総本山「心在院」がある深山の奥に向かう。そこでは、まだ14歳の少年にして二代目教祖である神室密(かみむろ ひそむ)を中核に十人に満たない「意徒(いと・信者と同意)」が共同生活を送っていた。だがこの地には百年前、密室状況の空間から修行中の修験者が突如として姿を消し、やがて離れた場所に出現したという怪事があった。そして現在、今度は怪異な状況の密室殺人事件が生じて。

 コテコテ、王道の新本格パズラーで、謎の密室殺人がメインストリームという嬉しくなる直球の一冊。
 個人的には終盤の二転三転にも楽しませてもらったし、真犯人のぶっとんだ動機も、まあ大振りをしてみたかった作者の気持ちもわかるような感じはある(結果は大ファールの手ごたえだが)。

 しかし第一の殺人の密室トリックは、数年前に似たような発想の新本格パズラーを読んだような……(あまり評判にならなかった作品だった? から、見過ごされたかな)。
 かたや第二の密室トリックは、やはり某旧作のバリエーションという印象だが、なかなか細かく組み立ててはある。作中のリアルとしてはかなり犯人にとってリスキーではあるが、それは当人が自覚してるので、文句には当たらない。真相を説明する叙述としては、これでいいよね。
 
 あー、口がムズムズするところはいっぱいあるな。
 ネタバレを警戒する向きは、早く読んじゃうことをオススメ。
 力を込めすぎたいびつな箇所は多かれど、力作だとは言っていいんじゃないだろうか。ああ、また口がムズムズ……。


No.1347 6点 殺人部隊
ドナルド・ハミルトン
(2021/11/20 15:09登録)
(ネタバレなし)
「私」こと、アメリカの諜報工作組織「M機関」のエージェントであるマット・ヘルムは、上司マックから新たな任務を言いつかる。それはポラリス型戦略核潜水艦についての機密を握る科学者ノーマン・マイケリーズが東側陣営に軟禁されているらしいので、女性工作員「ジーン」を指揮して、現地に潜入させる段取りをとれというものだった。ヘルムはすでに現地周辺にいるというジーンに接触を図ろうとするが、予想外のトラブルが発生。さらには、ヘルムの隠密行動用の顔(暗黒街の荒事師ジミー(ラッシ)・パトローニ)を信じ込んだこの件の関係者、現地の人間たちが彼を殺し屋として雇おうと、殺人仕事の依頼を持ち掛けてくる。ヘルムは現在の状況に揺さぶりを掛けるため、半ばこの流れに乗るふりをするが。

 1962年のアメリカ作品。
 マット・ヘルムシリーズの第4弾(第5弾というWEB上での資料もある)。評者は前回、第一弾『誘拐部隊』を読んだので、本来ならそのまま第二弾『破壊部隊』に進むつもりだったが、先日、出かけた都内の某所の古書店で本作のHM文庫版を安く入手。それでつまみ食いで、こちらから先に読んでしまった。
 本書の冒頭で何やら以前の任務・事件がらみのものらしい話題が出るが、それは本作以前のシリーズのものだろう。こういういい加減な読み方のために『誘拐部隊』のその後の展開がちょっと分かってしまった。

 50~60年代私立探偵小説の作法やスピリットをスパイ小説の方に導入した、とよく言われる本シリーズだが、本作も正にそういった趣が濃厚な一冊。
 あらすじに書いた通り、時には殺し屋も務める素性の暗黒街の人間に誤認された(まあ当人自身がそう装っているのだが)ヘルムに、作中の複数のメインゲストキャラが殺人を依頼。ヘルム自身がそんな流れを利用して事態をかき回そうとする辺りは、エスピオナージというよりはクライムノワールもののような展開で、なかなか面白い。
 それと、冒頭からのキーパーソンとして名前が出てくる科学者マイケリーズ博士がなかなか物語の表面に出てこないのもこの話のミソだ(しかしこの博士、40歳前~30代後半と叙述されながら、すでに22歳の娘テディ―がいる。いや、ありえないことじゃないが、ちょっと無理があるような……)。

 陰謀の中核にいた黒幕の正体というか、その動機もなかなか意外で、スパイスリラーとしては面白いところをついてきた感じ。ある種のリアリティを感じさせる原動で、終盤のクライマックスの緊張感も相応のもの。妙に男気めいたものを感じさせた、某サブキャラクターの扱いも良い。
 全体的にとても良くできたシリーズもののスパイ活劇編の一本だと思うが、まとまりの良さ、全体の小品感が7点をつけるのをはばかって、この評点で。まあ6点の最高クラスということで。このシリーズのファンが多かったというのは、今さらながらによくわかる。

 なおHM文庫版の巻末には、竜弓人(なんか久々にこの名前に触れた)による、ディーン・マーチン版の映画4部作の話題を主にした、詳細な解説がついている。原作と大きく離れた映画の各作についてひとつずつ、良いところもダメなところも語った興味深い文章で、映画版の第四作のシナリオがあのマッギヴァーンだということもこれで教えられてぶっとんだ。評者は映画は何作か過去に観ている記憶があるが、たぶんこの第四作はまだ未見。紹介によると凡作っぽいが、ちょっと興味が湧いたので、機会があれば観てみたい。


No.1346 6点 ガラス箱の蟻
ピーター・ディキンスン
(2021/11/19 04:59登録)
(ネタバレなし)
 少年時代にどっかの新刊書店で購入し、しかし一筋縄でいかない作品であろうという予見と不安が高まってウン十年。思いきって、ようやっと今夜、読んだが……うーん、こういう話か。

 まあ評者はまだ『盃の~』と『毒の~』しか読んでないんだけれど、それでもきっと<この作者らしい>内容ではあろう。
 異文化同士の摩擦から、謎解きは泡坂のあの短編みたいな超論理めいたものになるのでは? と期待したが、いや、ラストはまったく別の方向にストトンとオチた。
 ピブルの観測と推理で説明される真犯人と事件の真相はいささか舌っ足らずな感触もあったが、一方で、これ以上丁寧に語ると、現状のなんともいえない味が薄れてしまいそうな気配はある。確かにパズラーとしてのミステリと考えるならば、この結末はなかなか面白かった。

 で、個人的にちょっと残念に思ったのは、某メインキャラ(ちゃんと巻頭の人物表に名前が出ている)の翻訳上のキャラ演出が、あまりよくなかったのでは? ということ。確かに(中略は)ピブルと(中略)なんだろうけれど、(中略)はもっと(中略)というキャラ設定なんだよね? その辺のキャラクター同士の距離感などが、あんまり感じられない翻訳であった。ここがもうちょっと座りが良ければ、終盤はもっと効果があったよな。

 とはいえ、ページ数は短めだけれど、内容の密度はそれなりに濃かった。未読のピブルシリーズはまだ何冊も残っているが、おそらくコレが一番マトモなミステリっぽいらしい? というウワサにも納得。

 まあソレはソレとして、未訳のピブル最後の長編「One Foot in the Grave」(墓場に片足、の題名通り、養老院でピブルはボケて死にかかっていると聞く)の翻訳そろそろ出ないかの? 大昔にミステリマガジンだったか「EQ」だったかの海外ニュース記事でこの作品の内容を知って以来、読みたくてたまらないんだけど(だって、ソコまでレギュラー名探偵を蔑ろにした作品はそうそうないよね!? 興味が湧いて仕方がないじゃん)。


No.1345 7点 火星兵団
海野十三
(2021/11/18 05:48登録)
(ネタバレなし)
 高名な世界有数の天文学者ながら、先日なぜか、ひそかに、所属する大学の名誉教授職を追われた蟻田老博士。彼は本来は自分の半生を語るはずの夜間のラジオ番組で、突然「火星兵団」なる謎の話題を掲げ、聴取者への警告を促した。かたや同じ夜、千葉在住の科学好き少年・友永千二は怪しい物体に遭遇。やがて「丸木」と名乗る謎の怪人に出会う。知性はあるようだが一般常識が欠損した丸木は、銀座で殺人と強盗を働いて逃亡。現場にひとり残った千二は、共犯の容疑者として逮捕されてしまう。これら相次ぐ事件のなかで、地球に外宇宙から衝突不可避の軌道に乗って、モロー彗星が飛来しているのが確認された。そんな非常事態のなか、地球上の全生物を一定数ずつ捕獲し、火星に家畜として鹵獲しようとする火星兵団の脅威が露わになってゆく。

 1980年の桃源社ソフトカバー版で読了。
 これもウン十年前に購入していた一冊だが、昨日、部屋から見つかったので思い立って、一気読みした。

 「少国民新聞」(のちの「毎日小学生新聞」)の昭和14年9月から翌年12月まで全460回にわたって連載された、作者の最大長編。
 下手すりゃ二日かかるかな? と思ったが、当時としては最高級にハイクォリティのライトノベル(ジュブナイル)、強烈な加速感のもとに3~4時間で読み終えた。
 
 なお本レビューのはじめに結構、長め? のあらすじを書いてしまったが、実はここまでの展開は、書籍化の際に付加した前書きで本編より先にしっかり作者自身が語っている。
 しかもソコまでの筋立てから、まだまだまだまだ先があるので、今回はそういうことで、乞・御了承。

 それで<地球に迫る二重の危機(彗星の激突と火星人の侵略)>という大設定は、東西SF全部の系譜のなかで完全に画期的なものかどうかは知らないが、少なくとも本邦のSF作品のなかではそれなりに初期のひとつであったろうとは思う。
 100%この設定を活かしきれているとはいえないが、十全に物語に緊張感を与えているのも間違いない。
 地球の最期を自覚してなお捜査活動に励む警察組織の描写など、正に『地上最後の刑事』の先駆だ。点描的に語られる、地上各地の騒乱図も昭和・戦前SFとして味わい深い(地球の最後が近づき、株価が下がるという描写がでてきてかなり驚いたが、先駆は海外SFか何かにあるのだろうか?)。
 あと、火星兵団の侵略に勇敢に立ち向かった列国が、日独伊というのはああ、いかにも時代だな、という感慨だったが、さらにもう一国、意外な? 国が勇壮な活躍を見せている。この辺も現代史にからめて深読み? すれば、興味深いかもしれない。

 しかしキーパーソンである謎の怪人・丸木のなんともいえないキャラクターの魅力と存在感は、かねてより石上三登志などが随時エッセイそのほかで語っていたとおり。最終的にその丸木がどういう物語上のポジションに落ち着くかはここでは書かないが、このキャラなくしては本作の面白さはありえなかったのは絶対に間違いない。

 いくつかの伏線らしきものが忘れられたり、作中のリアルとして「ああいう事態は起こらないのか」「こういう発想をする者は誰もいないのか」といったツメの甘さもそれなりにあるが、乱歩的な探偵物語とのちの香山滋に継承されるロマン派SF、その双方の要素を融合させた作品としても楽しめた(蟻田博士の屋敷の秘密のカラクリ描写なんか、エスエフというより、あくまで少年探偵ものの面白さだな)。

 のちの手塚治虫の諸作(アレやアレやアレ)や、果ては1970年代の某ロボットアニメまで、この一作からおそらく影響を受けたのであろう後世のタイトルは限りなくあると思う。そういう意味でも興味深く読めた。
(かのアーサー・C・クラークの名言「先鋭的な科学は、ほとんど魔法と区別がつかない」と同意の叙述が出てきたのにもビックリ!)

 そーいえばこの作品、1980~90年代に、前述の石上三登志の参与の上で東宝で特撮映画化の企画もあったと読んだことがある。もちろん企画が実現しても、『海底軍艦』みたいに大幅に潤色されて映像化されたんだろうけど、それはそれでこの原作の面白いところを掬い上げた形で観てみたかった。
 とりあえずは今年になってスタートしたみたいな板橋しゅうほうのコミカライズ(そんなのが始まっていたのは、本当についさっき知った)に期待しようか?


No.1344 7点 捜査線上のアリア
森村誠一
(2021/11/17 05:44登録)
(ネタバレなし)
 あー……。
 最後まで読んで作者の狙いは理解したつもりだが、それでも狐につままれたような気分で終わった一冊。
 素直に面白かった、かと問われると躊躇する部分もあるが、遊戯文学としての(中略)ミステリとしては、かなりのレベルだろう。正直、この一冊でかなり作者の株が上がった。
 
 あんまり詳しいことは書かない方がいい作品なので、この辺で。

 興味が湧いたら、読んでみてくだされ。


No.1343 8点 懐かしき友へ―オールド・フレンズ
井上淳
(2021/11/16 18:02登録)
(ネタバレなし)
 1980年代後半のアメリカ。次期大統領の座を巡って、再選を狙う現職のリチャード・ゴードンと、若手の対立候補キース・ハミルトンが選挙戦で火花を散らしていた。そんななか、ニューヨークでは謎の殺人鬼「金曜日の処刑人」が無差別な凶行を繰り返す。一方で、高名な外科医サイラス・ブラヴォが行方をくらまし、彼は何故かハミルトンに接触を求めた。だがそんなブラヴォに謎の刺客の手が迫る。さらに元大統領で、現在はハミルトンとその妻ルイザを後見する75歳のウィンストン・シンクレアは、旧知の間柄の50歳がらみの男ケン・スパイナーに再会。このスパイナーこそは、かつて「ランナー」と呼ばれた、アメリカ政府御用達のCIAの暗殺者だった。複数の局面がそれぞれの状況と時局の中で動き出し、その多くはやがて密接に関わり合う真の姿を見せていく。

 第二回「サントリーミステリー大賞」愛読者賞受賞作。
 同時に作者・井上淳の処女長編。
 
 1980年代にデビューし、その後それなりの実績を積みながら、21世紀現在のミステリファン(広義の)の間ではあまり語られなくなってしまった不遇な作家というのは、何人かいる。この井上淳(いのうえきよし)なんか確実にその一人だろう。

 評者も読むのは本作でまだ4冊目(それも本当に久々)だが、初期の連作長編である「キース大佐三部作」(『トラブルメイカー』『クレムリンの虎』『シベリア・ゲーム』)は本気で大好きで、今でもオールタイムの国産冒険小説マイ・ベスト10を選べと言ったら、この三部作のどれかあるいは全部が候補になる。それくらいにスキ・スキ・大スキだ。
 で、<SRの会>などでも黎明期の井上淳作品はそれなり以上に評価・今後を期待されていたのだが、1985年の『鷹はしなやかに闇を舞う』が当時のSRの会の会誌「SRマンスリー」誌上で大酷評を受けた。その事情は大雑把に言えば、初期作(今回レビューの本作や『トラブルメイカー』)が骨太の傑作・秀作だったのに、この作品でいっきにB級の書き飛ばし作品になった、という主旨の文句を食らったのである。評者は、その怒った古参会員氏の剣幕がいささかコワイほどだったので、くだんの『鷹は~』はいまだ未読(しかし、こう書いていたら、今ではなんとなく読みたくなってきた・笑)だが、なんかそういうものなのかな、という感じで、その後の諸作からも遠ざかってしまったきらいはある。あー、主体性がないね(苦笑)。
(今にして思えば、80年代の冒険小説ジャンルにおける、初期に傑作を書いたあと、いきなりダメダメ作品に転じた高木彬光みたいな感じなのか? とにかく実際のところは『鷹は~』の現物を読まなければわからないが。)

 で、話を戻して本作だが、これは記憶に間違いがなければ、刊行当時から北上次郎とかが時評で絶賛。船戸や志水、北上などの諸作と並べて、国産ニューウェーブ冒険小説(あるいはその傾向にあるニュー・エンターテインメント←もう死語か?)の一角として激賞していた覚えがある。
 というわけで、なんだかんだの井上淳作品だが、いつかコレだけはまず読まなければ、と思っていて昨夜、一晩でいっきに読了(元版のハードカバーの初版)したが、……いや、確かに力作で優秀作。
 物語全般の舞台をアメリカとし、日本人はサブ(モブ?)キャラのビジネスマン数人以外、ほとんど登場しない。それ自体は作品の評価を上げ下げする要因ではないが、少なくとも一冊の国産エンターテインメントミステリの個性を際立たせることには、もちろん十分、機能している。
 そしてその上で群像劇風に、時局の推移を導入し、カットバック手法を多用して語る翻訳ミステリ風の作劇が高い効果を上げている。こういう作りなので、物語の核が何かはなかなか見えないが、作者もまちがいなくそういう読み手のストレスを勘案した上で、各シーンに印象的・ビジュアル的&観念的な描写を用意し、読者を飽きさせない。その一方で、いくつかの物語の流れが収束していくベクトル感も申し分ない。
 現状のAmazonのレビューなどでは主人公がわかりにくい、という意見もあり、それもまあわからなくもないが、メインキャラクターとなるのは4~5人(特に「ランナー」ことスパイバーと、NY市警の警官ノーマン・ユーイングが軸)で、その動向を追っているうちに周辺のキャラクターの関係性も緊張感満点で絡み合ってくる。これはこういう作りの作品として、十分に狙いを射止め、そして効果をあげていると見るべきだろう。
 
 終盤に明かされる真相、そしてそこからの話の広がりは、いささか当時の翻訳ミステリ、それこそ<ニュー・エンターテインメント>を意識してその気風を盛り込み過ぎた感もあるが、最後まで加速感いっぱいに熱く読ませるダイナミズムは申し分ない。
 まあそういう盛り上げ方をした分、80年代の時代の中で生まれた一冊という感触も強いのだが、それでも2020年代の現在でも十分に楽しめるエンターテインメントだと思う。
 この処女長編が先にあったからこそ、前述のキース大佐三部作も生まれたという現実にも納得。

 たぶん、まだまだ未読の井上淳の諸作のなかに相応に面白いものは眠っていると期待する(実際のところ、当たりはずれ? はあるのかもしれないが)。そのうちまた読んでみよう(と、言いつつ、すでに古書でもう次の井上作品を入手していたりするのだが・笑&汗)。


No.1342 7点 赤毛のストレーガ
アンドリュー・ヴァクス
(2021/11/15 05:06登録)
(ネタバレなし)
 ニューヨークの一角。「おれ」こと、前科27犯のアウトローにして無免許私立探偵の「バーク」は、刑務所の仲間だったマファイアの大物ジュリオ・クルニーニを介して相談を受け、赤毛の人妻ジーナを付け狙う変質者の男を成敗した。後日、その女性ジーナ(自称の愛称「(魔女の)ストレーガ」)からまた別の相談がある。その内容は、ジーナの友人アンーマリーの息子スコット(スコッティ)に性的な悪戯を働いた変質者がおり、犯人はその行為の現場を好事家向けの写真として撮影したらしいので、犯人を突き止めて写真を回収してほしいとのものだった。バークと裏の世界の仲間たちは、下劣な小児愛業界の世界に切り込んでいくが。

 1987年のアメリカ作品。アウトロー探偵、バークシリーズの第二弾。
 初弾『フラッド』から4年ぶりに、2冊目を読了。今回もHM文庫版で読んだが、巻末の故・小鷹信光の解説&エッセイがなかなか興味深い。

 下劣な悪人を粛清するメインプロットそのものはシンプルで、とことんコンデンスされたクライマックスに向けて、そこまでの経路の方を、これでもかこれでもかと緻密にみっちりと描きこんでいく作劇。
 たぶん大筋だけ拾えば、パーカーのスペンサーものの中期以降とそんなに変わらないのじゃないかとも思うが、読み手に小説としてのボリューム感を味合わせながら、その一方でストレスは少なく、しかし主題や枝葉の描写を心に沁みさせる手際、それら全部をひっくるめてのバランス感は、申し分ない。
(しかし、ジーナ(ストレーガ)からの本筋の依頼が来るまでに延々と語られる、バークの過去のヤバイ犯罪行為の部分だけでも、もうちょっと膨らませれば十分に長編一本分のクライムストーリーになりそうで、読みながら、ナンダコレハ!? と唖然とした。)

 前作も読みごたえあったが、本作はそれ以上の重量感。
 ただしこのシリーズ、もっともっと面白いものに出会えそうな気配があるので、評点はちょっと低めにつけておく。フツーに単品の作品なら十分に8点でいいけれどね。

 アウトローな主人公だけど、弱い、力のない子供を苦しめる外道には絶対に容赦はしない(変質者側の自己肯定も語らせるが、そんなものに結局は耳を貸す気もない)という<あまりにも真っ当な、倫理と正義>。
 そんな主題をこれだけ照れもせず、また(偽善者に見られるのではと)怖じもせず語れる送り手の胆力、これが強烈な魅力となっている。
 少なくとも私にとって、ヴァクスの著作はいつも(まだ3冊目だが)そういう作品ばっかりだ。


No.1341 6点 サモアン・サマーの悪夢
小林信彦
(2021/11/13 05:20登録)
(ネタバレなし)
 テレビ番組企画会社の代表である30代後半の柳井英之は、かつての恋人・山尾伶子がハワイで自殺したという知らせを現地から受け取る。伶子はオアフ島の日本系ブティックで支店長として活躍していたが、死体はキラウェア火山の火口で発見された。現地に飛んだ柳井は、彼女の自殺とされる状況に不審を抱く。そんな柳井に謎の日系人の老富豪・志水守が接近。やがて事態は、柳井の想像もしない方向へと展開してゆく。

 あらら……。小林信彦の書いた作品の中では、一番まっとうなミステリではなかろうか(評者がこれまで読んできた小林作品の小説群は、かなり偏っているが)。
 新潮文庫版で読んだが、その裏表紙に、いかにもソレっぽい文言が並べてあり、コレは正に<そーゆー作品>かな? と思いながらページをめくったが、完全に、和製(中略)ミステリであった。
 もしかしたら、黎明期の、あの技巧派の後輩作家なんかも意識(対抗)しながら、これを書いたのかとも思わせる。
 
 それでも観光ガイド小説的なサービスで読者と編集者に気を使ったり、さらにその一方で物語の核となる部分にいつもの小林信彦らしいルサンチマン<(中略)への怨念、(中略)への嫌悪……etc>をしっかり埋め込んであるあたりは、ああ、まぎれもなく小林作品だなあ……という感じだ。

 トータルとしては普通以上に面白かったけれど、終盤で明かされる某キャラの正体など、ちょっと作りこみ過ぎちゃった気もしないでもない。まあ、まとまりは良くなったけれど、一方で最後の最後まで、作者の情念の捌け口に付合わされるのかというゲップ感も、正直、湧いてくるんだよね(汗)。
 こんな感想、万が一にも作者の目に留まったら、それこそまたギャーギャー言われそうだが(大汗)。
 
 実際、作者はミステリファンとして、長年の間に浴びるほど東西のミステリを読み込んでいるんだから、こういうマトモな作品が自然と醸造されてきてもちっともおかしくはない。
 小林信彦ミステリと言っても「オヨヨ」と「神野推理」「紳士同盟」だけじゃないんだ、としごく当たり前のことを十二分に実感させてくれる佳作~秀作。


No.1340 6点 探偵家族
マイクル・Z・リューイン
(2021/11/11 15:15登録)
(ネタバレなし)
 アメリカの一角、風光明媚なバースの町。そこでは祖父「親爺さん」が創設した「ルンギ探偵事務所」を引き継ぐ次男アンジェロとその妻ジーナを核とした、三世代8人の家族「ルンギ一家」が探偵家族として活動していた。祖母「ママ」の懸念は、売れない画家でもある長男サルヴァトーレと、事務所の経理役である長女ロゼッタ(ローズ)がなかなか身を固めないことだ。だがそんな矢先、サルヴァトーレがガールフレンドの医学研究生マフィン・メッケルを家に連れてきた。一方で探偵事務所には、夫ジャックの些細な素行に不審を覚えた女性アイリーン・シェイラーから相談があった。さらに事務所には、美人の若いモデル、キット・ブリッジスが、なぜ自分の周囲を嗅ぎまわるのかと怒鳴り込んできたが、それはルンギ一家には身に覚えのないことだった。そして一家の活動は、やがてさる過去の事件へと連鎖していく。

 1995年のアメリカ作品。
 なんか、アルバート・サムスンものとそのスピンオフシリーズ、リーロイ・パウダーものを書き飽きた作者に向かい、編集者の方から作風を広げませんかと提案されて始めたようなシリーズ。いや、実際のところは全然知らんが、そういう雰囲気がある。なんか90年代以降の国内・若手新本格作家が中年になって、敷居の低い新たなシリーズに手を出すような感触に近いものがある。
 
 以前から興味はある作品だったが、こないだ近所でボランティア系の古書市があり、そこでHM文庫版のキレイなのが50円で売られていたから引き取ってきた。
 もともとリューインの作品は基本的にスキだし、その朴訥なユーモア味も快いと思ってはいる。翻訳もリューイン作品おなじみの田口俊樹だし、これは普通に楽しめるだろうと思って読みだしたが、うーん……。つまらなくはないが、思ったほどにもいかなかった……という印象。
 
 物語は、ルンギ事務所に持ち込まれた少なくとも最初はまったく無関係の案件が、いわゆるモジュラー警察小説風に同時並行で進行。それらの事件が絡み合うかあるいはまったく別個に終わるかはもちろんここでは書かない。
 が、主役であるルンギ一家8人(祖父母から孫2人の世代)までを、そういった複数の案件のなかでそれぞれ丁寧に語り、見せ場を設けたため、かえってお話が散漫になってしまった感想である。この辺のさじ加減は、なかなか難しい。いや、ルンギ一家の面々は、みんなそれなりには愛せるんだけどね。

 あとは作品の形質上、ある程度仕方がないのだが、悪い意味で事件の規模が広がらず、かといって地味なストーリーゆえの妙味も獲得できなかった感じ。個人的にはサルヴァトーレのガールフレンドで、ルンギ一家と仲を深めていくマフィンの意外な(?)キャラクターの叙述が一番面白かった。
  
 20世紀末の作品で、日常にパソコン文化が浸透し始める時代の物語。メールソフトを開けられないとかどうとか家族内でからかい合うような描写も、時代の推移の刹那を切り取ったような感じで、その意味では興味深かった。
 本シリーズは、長編としては早くも次で一区切りみたいなので(安永航一郎の『腕立て一代男』か)、そのうちまた読むとは思う。


No.1339 6点 加里岬の踊子
岡村雄輔
(2021/11/10 05:28登録)
(ネタバレなし)
 東京近郊にある人口三万ほどの海辺の町「加里岬」の町。そこは第一次大戦の少し前から、日本有数の加里(カリウム)の生産地として発展した地方都市で、戦後の現在は大企業「東方化学工業(E・C・I)」の工場が栄えていた。その年の4月のある夜、26歳の踊り子、青木奈美はさる経緯から、岬の広間を見下ろす低い山の望楼に身を潜めていた。広間の小屋には逢引らしい男女が入るが、先に女が小屋を出たのち、小屋の中から合図があり、奈美にこちらに来るように誘う。だがそこで奈美が見たのは、惨殺された死体だった。先の合図のタイミング以降、小屋に近づいた者は誰もいない、これは密室状況の殺人だった。

 1961年刊行の「別冊宝石」106号「異色推理小説18人衆」版で読了。本作の作者改定稿版の初出誌であり、神津久三の挿し絵がなかなか味わい深い。
 長編に一応分類していい紙幅だとは思うものの、長めの中編みたいなボリュームでもあり、さらに登場人物が多彩な感じでサクサク読める。
 メインヒロインのひとりで事件の観測役を務めた奈美の証言は疑わないものとして(その前提が揺らいだら、さすがに本作はパズラーにならないだろう)、なかなか魅力的な謎の提示だが、解決はああ、そう来たか、という感じ。やや強引な感触はあるが、フィクションの枠内のトリック作品としてはこれはこれでアリ、ではあろう(ただし犯罪の形成がナンなので、読み手の推理で全貌を先読みすることはまず無理だとは思う)。
 サブスト―リー的に配された、某・謎の人物の正体など見え見えだが、これはまあ、原型の初出年の世相を踏まえて、素直に受け取るべきか。
 昭和のB級……というか1.5流パズラーとしてはそこそこ楽しめる、かな。残りの二長編もそのうち、いつか読んでみよう。
「インディアンみたいな」と修辞された(長身で浅黒く、頭に羽根飾りが似合いそう、ということらしい)、主人公の青年探偵・秋水魚太郎の描写はちょっと愉快。性格的には、特に目立つ個性はあまり感じなかったけれど。
(最後にちょっとだけ顔を出す、秘書役の女の子がちょっぴり気になった。)


No.1338 6点 ど田舎警察のミズ署長はNY帰りのべっぴんサ。
ジョーン・ヘス
(2021/11/09 06:30登録)
(ネタバレなし)
 アメリカ南部アーカンソー州にある、人口がわずか800人にも満たない田舎町マゴディ。「わたし」こと34歳の離婚女性でNYからこの故郷に里帰りしたアーリー・ハンクスは、以前に警備会社勤務の経験があったことから地元の警察署長に就任していた。だが着任して8ケ月、部下は青年巡査ポーリー・ブキャナンひとりというこの警察署は、いまだ大した事件も起きていない。そんな中、アーリーの母ルビー・ビーが経営する酒場「ルビー・ビーズ」の美人ウェイトレス、ジェイリー・ウィザースの夫であるDV男カールが収監中の刑務所から脱獄したという知らせが入る。さらにそれと前後して、合衆国環境保護局の役人でこの町の視察に来たロバート・ドレイクが行方不明になった。二つの事案で町が揺れる中、今度は予期せぬ殺人事件までが発生した。

 1987年のアメリカ作品。アーリー・ハンクス署長シリーズの第一弾。
 前々から、ス、スゲー邦題だ! まるで21世紀のラノベのようだ! と思っていたが、たまたま近所のブックオフの100円コーナーにあったので買ってきた。この作者は別のシリーズの邦訳もあるようだが、評者はコレが初読み。

 で、邦題には「マゴディ町ローカル事件簿」の副題がついているが、原題は"Malice in Maggody"(マゴディ町の殺意)ときわめてシンプルなもの。少なくとも人目を引くには絶対にこの邦題の方がヨカッタ訳で、その意味では思い切った日本語タイトルをつけた当時の集英社文庫の編集者、エライ!?

 ちなみに原作シリーズは邦訳1冊目が出た時点ですでにアメリカでは10冊目まで刊行。現在では20冊の大台に乗ったかどうとかの、人気長寿シリーズに発展したようだ(ただし邦訳は3冊目までで打ち止め)。
 
 中身の方は、本文の約半分ほどが主人公アーリーの一人称「わたし」で、残り半分ほどが多様な登場人物たちの三人称で綴られる、かなりフレキシブルな形式。
 こういうフリーな小説作法はあまり出逢ったことがないが、ヒロインのキャラクターをタテながら、群像劇的な多数のキャラクターの動きや内面を紡いでいく上では効果を上げている。

 ミステリのジャンルとしては主人公が警察署長とはいえ、ほとんど自警団みたいなものだし(アーリーの署長任命も、町会会議によって行われたらしい)、ほとんどコージー派でいい? と思えた? 実際、本国でもアガサ賞のコージー部門で賞を取ったらしい。

 本文は300ページでそんなに長くもないが、情報や叙述はしっかり書き込まれ、途中で起きる殺人のフーダニット性もギリギリまで隠している、割と歯ごたえのあるもの。いわゆるコージー派ミステリにはそんなに強くない評者だが、たぶんこれはその中でも出来がいい方だとは思える。
 前述のように殺人事件の謎解きを最後まで引っ張りながら、別の前半からの事件の方で、読み手の興味を維持し続けていくあたりとか、町の連中の猥雑ともいえるスラプスティックギャグで飽きさせないあたりとか、職人的な面白さは十分に感じた。
 ただしフーダニットに関しては、<ある種のミステリの作り方のセオリー>ゆえ、ああ、この手でサプライズを設けようとしているのだな、と勘が働き、見事正解であった。あんまり書かない方がいいけれど、本サイトに来るようなミステリファンで、現代のフーダニット作品を読みなれた人なら大方、察しがつくかもしれない。
 
 それでも期待以上には十分に面白かった。3~4時間かけて一晩で読了。
 多少、下らなくてイヤらしいけれど、下品にはなりきらない田舎町の住人たちのシモの描写も個人的には愉快であった。
 またそのうち、気が向いたらシリーズの続きも読んでみよう。

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