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ミステリの祭典

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反逆者の財布
キャンピオン氏

作家 マージェリー・アリンガム
出版日1962年01月
平均点5.00点
書評数2人

No.2 5点 人並由真
(2021/12/12 07:09登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦の蠢動が世界中に不安を与え始めた時局、英国のある病院のベッドで一人の青年が目覚める。30代半ばの長身でブロンドの青年は記憶を失っており、近くの警官と看護婦の会話から、自分に警官殺しの嫌疑が掛けられていることを知る。周辺の状況、出会った人物から、記憶喪失の青年は自分の名が「アルバート・キャムピオン」かと思いながら、病院を脱走した。

 1941年の英国作品。
 冒頭、記憶を失った青年は、本当に作者アリンガムのレギュラー探偵であるキャムピオン(キャンピオン)なのか? あるいは記憶喪失の他の人物がそう思い込み、何らかの理由で周囲の人間がそれに話を合わせているのか? 

 前者ならめったに例のない、作者自身によるレギュラー探偵への前代未聞のイジメだし(試練とも呼ぶ)、後者なら、のちのちの(中略)トリック的な新本格ミステリみたいだ。
 そういう意味でとにかく読者の鼻面を掴んで引き回し、話がどっちに転ぶのかワクワクさせるミステリかと思いきや、意外に早めに、物語は話の底を割ってしまう(……)。
 要は、もっともっとテクニカルに面白く練れたハズだよね? この作品の冒頭からの趣向、という感触。
 
 まあそれでもネタバレにならないよう、なるべくアイマイに書きますが、大体の道筋が中盤になって見えてくると、正直、かなり退屈であった。
 翻訳も随所の注釈の挿入など丁寧さは感じるが、21世紀の今なら思いきり校閲で赤字が入りそうなヘンな日本語が、あちこちに散在していて読みにくい。

 大体、キャンピオンシリーズの中でも本作は最右翼の異色作だろうに、こんなクセ球を早めに紹介するなよというのが正直な思い。
 ……と言いつつ、改めて再確認すると、本作の邦訳刊行以前に『幽霊の死』『判事への花束』『手をやく捜査網』さらに「別冊宝石」の『水車場の秘密』と、すでにもう4作もキャンピオンものの長編が紹介されてはいたのだな。
 だったら、まあそろそろこういう変化球作品を出してもいいかという、当時の日本の出版界の空気だったのかも知れない。
(それでも創元推理文庫の邦訳一冊目がコレというのは、かなり冒険だったと思うけど……。当時、創元のアリンガム初弾としてこれをセレクトしたのは、誰だったんだよ?)

 とはいえ、最後の悪党たちの秘密の陰謀の実態は、なかなかオモシロかった。キャンピオンが悪の一味の計画を食い止めるくだりのビジュアルも、かなり派手め。
 まあ実は、1970年台の某・国産特撮ヒーロー番組での悪の組織の作戦とまったく同じなんだけど(とりあえず、こう書いても、一般にはネタバレになってないと思う)。
 

<以下、少しネタバレ?>

 まとめるなら本作は、キャンピオンがレギュラー名探偵キャラではあっても、同時に暗黒街で幅を利かすロビン・フッドみたいな一面があったからこそ、成立したオフビートな話。
 大体、作者が自作の看板キャラのレギュラー探偵を記憶喪失にするか? フツー。
 ……まあ、スピレインがマイク・ハマーを一時期ボロボロにしたように、作者クイーンがライツヴィルでエラリイを激情に走らせたように、時に作家っていうものは、自分の大事なキャラをイジめてみたくなる屈折した欲求が湧くのだろう。そういう気分はなんとなく、よくわかるのだけれど。

No.1 5点 nukkam
(2016/12/25 00:33登録)
(ネタバレなしです) 1941年発表のアルバート・キャンピオンシリーズ第10作は記憶を失った上に警官殺しの容疑をかけられたキャンピオンが描かれた冒険スリラーです。キャンピオンが少しずつ記憶を取り戻しながら捜査と逃亡を繰り返すプロットで、ラッグやアマンダといったシリーズ常連キャラが謎の人物として記憶喪失中のキャンピオンの前に登場するのがなかなか新鮮です。第15章でキャンピオンが「どんな絵ができるのかを知らずにはめ絵合わせをやろうとしているのだ」と語っているように冒険スリラーにしてはもやもや感を長く引きずるストーリー展開ですが、最後にキャンピオンが明らかにした悪人たちのねらいはなかなか印象的です。

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