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ミステリの祭典

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平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1557 6点 明日まで待てない
笹沢左保
(2022/07/22 05:27登録)
(ネタバレなし)
 昭和中期の風俗「日曜族(目黒族)」。それは日曜日に高級飲食店「レストラン・メグロ」に集い、成り行き任せのガールハントや男漁りを楽しむ、生活に余裕のある男女たちの通称だ。そんな日曜族の一人で、新妻との夫婦生活が不順な32歳の二本柳優介は、昨日出会ったばかりの美女・城戸由香子を仕事場のマンションに連れ込むが、そこに精神科医と称する松平浩という男が来訪。松平は彼の所属する精神病院「戸畑精神科」のかつての患者、しかし正体不明の人物が、二本柳の生命を狙っているらしいと警告した。突然の事態に驚く二本柳だが、しかし彼には思い当たる節があった。

 1965年に刊行された、比較的初期の笹沢長編の一本。徳間文庫版で読了。
 評者は寡聞にして「日曜族」のことは今回初めて知ったが、実際に現実の昭和四十年前後の東京などで流行した、男女の性風俗らしい(ちなみに年下の家人に聞いてみたら、意外にもその呼称ぐらいは見知っていた)。いや、勉強になった。

 異常者(?)「姿なき狂人(作中の通称)」に身をおびやかされる主人公という、いささか煽情的かつショッキングな序盤で開幕。さらに冒頭から登場するメインヒロイン格の由香子もまた訳ありの態を見せ、小気味よいテンポでドラマの裾野が広がっていく。
(それでも途中、主人公の調査活動の迂路で、いささか話がダレないでもないが・汗。)

 で、中盤でダイイングメッセージ? なども登場するが、これは(中略)も含めて大方の予想がつくもの。さらに最後の最後で明かされる人間関係のサプライズも、やはりまんま思ったとおりであった。

 ただし「姿なき狂人」の正体に関しては、その実相まで踏まえてかなりのインパクトがあった。歴代笹沢作品のなかでも、ある意味においてトップクラスの感慨を呼ぶ犯人像ではあろう。

 読みやすい、早めに通読できる作品をと思って、二時間半ほどでいっき読みした一冊。秀作まではいかないが、佳作ぐらいにはなっているであろう。評点は0.25点ほどオマケして。


No.1556 6点 私が見たと蠅は言う
エリザベス・フェラーズ
(2022/07/21 09:15登録)
(ネタバレなし)
 1942年の春。大戦下のロンドン。女流画家ケイ・ブライアントは、知己である刑事コリー警部補に再会。彼とともに、3年前の殺人事件のことを思い出す。その物語は、今は空襲のために消失してしまった十番街のアパートの一室の床下から、拳銃が見つかったことから始まった。

 1945年の英国作品。
 評者はフツーに新訳のHM文庫版で読了。本来は部分的にユーモアミステリの趣がある? 本作だが、旧訳のポケミスで読むとなんとなく怪奇ミステリっぽい雰囲気があるとのネットの評判。そんなウワサが気になって、まずは読みやすいのであろう新訳で手にとってみた。

 作者が持ちキャラのトビー&ジョージものを封印してノンシリーズ路線に移行した、その第一弾だそうだが、メリハリのある展開、決して多くない頭数の登場人物を使い分けた作劇と、読み物としてはとても面白い。

 ちなみに文庫版の紹介文(「住人たちはそれぞれ勝手に推理」「二転三転する真相」など)から、多重解決っぽい内容を期待したが、実際の中身は当該の登場人物数人が常識的な判断を当たり前に(ややドヤ顔で)言い合っているだけで、実に歯ごたえがない。まあ素人探偵気取りの連中が嬉しはずかしで浅い物言いをし合うというのはリアルと言えばリアルではある。

 いろんなヨミ(読み)で、犯人はたぶん……と思ったら、ズバリ正解だったが、なぜ拳銃がそこに隠されたかについての真相は、個人的にはなかなかイケるとは思う。そっちはさすがに予想もつかなかった。いやまあくだんの該当の人物に、だったらあーしろよ、こーしろよと言いたくなる部分もないではないが、グレイゾーンで看過できる範囲ではあろう。
(ちなみに読み返してみると、関連する部分の叙述はやや際どいが、ぎりぎりセーフだと判定。)

 全体的にテクニカルなミステリを書こうとする作者の意欲を実感し、そこにある種のロマンを感じる好編。たぶんこれまで読んだフェラーズの作品の中では、一番スキだ。

 それでも評点は7点……に……ギリギリ……いかないなあ(先行レビュアーの中では、評点をつけ直したらしい臣さんのご心情が痛いほどわかる)。 
 まあ6点の最大上限という感じで。


No.1555 8点 神薙虚無最後の事件
紺野天龍
(2022/07/20 07:02登録)
(ネタバレなし)
 東雲大学の広報サークル、別名「名探偵倶楽部」に参加する「僕」こと薬学部二年生の瀬々良木白兎(せせらぎはくと)は、同じ大学の一年生、御剣唯に出会う。その彼女が持ち込んできたおよそ20年前に刊行された書物「神薙虚無(かんなぎうろむ)最後の事件」。そこにはいまだ解明されぬ謎が秘められていた。そして。

 敷居が高そうかな? と思いながら手元に置いておいたが、メルカトルさんのレビュー(意外に軽いタッチ、後半でヒートアップなどのご主旨)に背中を押されて、イソイソと読み始める。
(あと、くだんの小説版『スパイラル』を未読でも大丈夫、というのにも安心させられた。ありがとうですw)

 ……いや、とても良かった&面白かった。現在まで読んだなかでの、今年の国内新刊ベストワン。

 過去の事件の方は存外にシンプルだが、推理合戦の多重解決ものとして必要十分なレベルではある(そのほかにも、なぜ? どうやって? などの謎は山のように多いし)。
 一つ目の意外に堅実な推理と二つ目の(中略な)推理、その二つの並び順でのコントラストもイイです。仮説を語るキャラクターとのマッチングもうまく演出してあると思う。

 最後の大ネタはその手で来るか、という正直な感慨であったけれど、それがすんなりと心地よく受け入れられる辺りも本作の持ち味であろう。この辺は(中略)の趣向を巧妙に作劇に溶け込ませた文芸の勝利だね。

 評点はとりあえずこの点数だけど、一瞬二瞬、何回かもう一点つけようかとも本気で思った。本作の総体の印象を語るとある種のネタバレになりそうなので控えるが、とにかく(中略)謎解きミステリの優秀作。

 もちろんシリーズ化は「名探偵倶楽部シリーズ」の公称のもとに期待しております(これなら、特にネタバレになってないであろう)。


No.1554 7点 真鍮の栄光
ジョン・エヴァンズ
(2022/07/19 16:48登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことシカゴの33歳の私立探偵ポール・パインは、ネブラスカの老夫婦フレモント夫妻から、シカゴに行って連絡が途絶えた娘ローラの行方を捜してほしいと依頼を受ける。まずローラの友人だった娘グレイス(グレイシー)・レハークの実家を訪ねたパインは、同家の父スタンリーから得たわずかな情報をもとに酒場「マーティ」に赴くが、そこは裏では娼館を営むいかがわしい店だった。やがてパインの周辺、そして向かう先で謎の殺人事件が続発する。

 1949年のアメリカ作品。シカゴ在住の私立探偵ポール・パインものの長編第三弾。

 もともと評者は少年時代に小鷹信光の、あまりにも思い入れのこもったポール・パインと作者エヴァンズを語る熱い文章に深い薫陶を受け、その熱気に当てられるように、あまたの40~50年代私立探偵ヒーローの中でも、ポール・パインを独特の位置、ある種の神棚? に置いている。
(そんな小鷹の文章の中でも、日本版「マンハント」に掲載された当時まだ未訳の『悪魔の栄光』(当時の仮題は「魔王への栄光」だったと記憶?)のダイジェスト紹介記事は本当に素晴らしかった。あれで評者は完全にヤラれてしまった。ほかにも「パパイラスの船」での当該のエッセイとか、とにかく小鷹による評者への影響は計り知れない。)

 とはいっても、実は評者がこれまで読んだパインものの実作は、第四長編『灰色の栄光』と唯一の中編「四月にしては暗すぎる」のみ(汗)。
 どちらもとても内容が良かった記憶というか印象だけはあるが、読んだのはともにだいぶ昔で、設定も細部もそれぞれ完全に忘れてる。
(ちなみに『灰色』は、人生で一度のみの海外旅行の際に、目的地のシカゴとの往復の飛行機の中や現地で読んだ。ポール・パインの長編を最初に読むならシカゴしかない、それくらいの儀式に近い思い入れが先行した若さである。)
 
 ポール・パインに過剰な思い入れが育まれた原因のひとつは長編4本、中編が1本とシリーズ探偵ながらあまりにもその事件簿の総数が微妙に、絶妙に少なすぎるからで。
 たとえばリュウ・アーチャーやマイク・ハマーほどとはいなかくても、マーロウやエド・ハンターくらいにエピソード数があればもうちょっと気楽に読めるのに、とにもかくにも思い入れが熟成されてしまったヒーロー探偵の登場編がたった5本(そのうち2本はすでに既読。さらに『悪魔』は大筋は今でもかつてのダイジェスト記事で部分的に覚えている)では、そんな貴重なわずかな作品を本当に大事にチビチビ読むしかない。
 まあそんなこんな状況のなか、さらには例によって自宅の書庫のなかで、すでにもちろん買ってあるはずのパインものの初期三部作の邦訳がどれも見つからない。21世紀になって残りの3冊をそろそろ読みはじめたいと思いつつ、早くもたぶん十年前後が経過していた。

 というわけで一念発起。ポケミスのダブりを承知で本作『真鍮の栄光』を改めて古書で購入。本が届いてからほとんどすぐ読んだ。

 ちなみに評者のパインのイメージは、33歳(本作の時点)、独身で秘書もなく、ハンサムな都会派探偵という設定の上で当然のごとく? あえていえばマーロウに近い。まあ紋切り型の分類でホントーはそんなカタログ的なもんじゃないのだけれど。
 『真鍮』での一人称は「おれ」。パインといえばなんとなく「私」という印象だったが、まあこれは一冊まるまる読んでいるうちに慣れていく。

 で、作品『真鍮』の感想としては……なんというかすごく込み入った話。

 物語の序盤が失踪した若い娘捜しから始まるのは、私立探偵ものとしてこの上なく王道だが、いなくなった娘ローラに関しては当人が意図的に写真などを自宅や周辺から残しておらず、それゆえにパインも読者も現在の彼女がすでに完全に別人になっている可能性に振り回される。さらにローラの友人グレイスもまた新たな素性を得ていることが早めに暗示され、二重三重のややこしさで、潤滑に読み進めるためには絶対に人名メモの作成を推奨。
 とはいえ終盤には相応のサプライズが用意されてるし、そこに至るための伏線や手掛かりも設けられている。
(真相解明のロジックがちょっと強引な部分もあったが、まあ、これはそんなもんかな、という感もあり。)
 あと大ネタとそれに関する作中人物の感慨には、一種の時代性を感じたりもした。21世紀ならもうちょっと微妙な扱いになるところもあるだろうね?

 肝心の主人公パインの描写に関しては、本作の中では事件の筋道を追い、トラブルに巻き込まれ、そして真相を暴く行動派の名探偵ポジションの役割に重きを置いた感じ。
 もうちょっと主人公探偵の足場からはみ出した描写にも触れたかったが、存外にそういうのは少なかったかも。
(中盤で、窮地の若い娘をとっさに気づかい、対処するあたりなど、固有のキャラクター描写が皆無ではないけれど。)
 
 あと改めて久々にエヴァンズ作品を読んで印象的だったのは、ワイズクラックというかパインの内面での比喩的表現の豊富さ。この辺もたぶん小鷹視点で評価された所以のひとつだろう。
 クロージングの数行、客観描写に託す形で主人公の内面を語っておわるあたりとかは『さらば愛しき女よ』のラストをちょっと想起させたりした。

 まとめるなら、まだこの一冊では「自分の心の中にいるポール・パイン」には会い切れていない、という感じ。
 一方でミステリ要素の濃い一流半のハードボイルド私立探偵小説としては、そのごった煮感(ちょっと違うか)で相応の腹ごたえもあった。
 期待していたものとはちょっと違ったが、これはこれで見知った知り合いの別の顔をそっと覗けた感じで悪くはない。

 残りの二冊(『血』『悪魔』)にいろんな意味で期待しよう。

【追記】
 ポケミス107ページ目で、パインがロイ・ハギンズの作品を読んでる描写が出てきて「おおっ!」となった(笑)。どういう作品を読んでたんだろう。
 で、いっしょに読んでるケンネス・パッチェンというのは……詩人か。そーゆー方向への知見が薄いので(汗)。


No.1553 6点 塩の湿地に消えゆく前に
ケイトリン・マレン
(2022/07/18 15:28登録)
(ネタバレなし)
 アメリカ東海岸のアトランティックシティ。かつてカジノと観光で栄えた同地は、21世紀になって国のカジノ産業への支援策が大きく減退し、今は雇用も不順な貧しい街になっていた。そこで微弱な? 千里眼と透視能力を持つ十代半ばの高校中退少女エヴァは「クララ・ヴォワイヤン(クレアボヤンス=透視能力からのネーミング)」の名前で、育ての親である叔母デズミナ(デズ)のもとで、流行らない占い師稼業を営んでいた。そこにある日、失踪した姪を探してほしいと、ひとりの男がやってくる。

 2020年のアメリカ作品。
 どことなくトマス・H・クックを思わせる? 邦題と、ポケミス裏表紙のMWA最優秀新人賞受賞作というキャッチが気になって手に取った。
(そうしたらまだ積読のうちに、HORNETさんの酷評が先に目につき、これは……と違う意味で興味をそそられたりする・笑&汗。)

 で、読んでみたが、個人的にはそれなりに波長が合ったのか、一晩でほぼ一気に読了。

 冒頭から、すでに殺されてシティの湿地に沈められたらしい女性の被害者たちの霊魂の視点っぽい、グルーミーな雰囲気のプロローグで開幕。さらにふたりの主人公の内のひとりクララの超能力設定からして、これはスタンダードな謎解きミステリではないと読み手に主張してくるような作品である。

 とはいえ物語の舞台となるシティ全体を覆う不況のグレイムード、そのなかであがくクララともう一人の主人公リリー(もともと芸術関係の仕事で身を立てようとニューヨークで奮闘していたものの、訳ありで挫折。今は生活のためにシティのカジノのスパで受け付けほかの事務職についている)の粘着的な描写にグイグイと引き込まれていく。
 さらにこの二人の主人公の描写の合間に、どんどん作中で数を増していく被害者たち死者のパートや、さらに第三のキーパーソンといえるとある登場人物の叙述も意味ありげに挿入され、作品全体の奇妙な立体感と構築感は並々ならない。
 
 何より本作の主題となるのは、国策、地方行政、それら双方の錯誤の累乗で財政的に破綻した地方都市の息苦しさ、重苦しさだ。
 それは図書館で、専門分野の研究者の常勤などが不可能になり、市民サービスが低下していく辺りにも見出せる。
(正直、近年の日本そのものだね。)

 小説全体のヘビィな手ごたえが独特の魅力を放つ作品であったが、一方でミステリ(謎解き作品)としては相応にブロークンな作り。この終盤は、本作ではマトモな決着をつけたら負けだと作者が考えたのかもしれない? 
 怒る人は怒るだろうし、いやむしろ、そういう反応が当たり前でもあるのだが、一方で本作のようなタイプの作品には、こういう仕上がりが確かに合っているように思えたりもする。

 万人にお勧めできる作品では決してないし、先のHORNETさんのお怒りもとてもよくわかるような気がするが、もしかしたら現在形のアメリカミステリ文化の広がりをちょっとばかり実感できる一冊じゃないかな、という感じもしないでもない。
 個人的には、読んでおいて良かったとは思う。


No.1552 6点 風琴密室
村崎友
(2022/07/17 05:27登録)
(ネタバレなし)
 廃校になった母校の小学校の校舎。地元の役場の方針でその校舎を再活用するため、掃除のバイトをすることになったのは「ぼく」こと現在、高校二年生の夏目凌汰(りょうた)であった。そんな凌汰は幼馴染の友人たちとともにバイトの作業中、久々に村に戻ってきた旧知の者と再会。一同はそのまま無人の校舎で一夜を過ごす。だがそこで謎の怪事件が勃発。それは数年前の凌汰の記憶のなかの、とある悲劇を思わせるものだった。

 もともと寡作の作者(これがデビュー16年目にして6冊目の著作)だが、評者は2015年の長編ミステリ『夕暮れ密室』のみ既読。
 同作の「なぜ(中略)の密室~殺人現場が生成されたか?」の謎解きの真相は、なかなか印象深いものだった(もちろん詳しくはナイショ)。

 そんなわけで同作に続く、その路線の青春ミステリ風新本格作品をこの作者には期待していたが、ようやっと7年目にして当該作の本作が登場。
 内容は活字が大きめな上に紙幅もそんなにないし、文章も平易。事件もどんどん起きるのでスラスラ読める。

 ただしミステリとしての最大の仕掛けは今回は完全にファール。というより、読了後にネットでのほかの人の感想を伺うと、意外に引っかかったという人が多いのに驚いた。
 一方で一部の人は当たり前に「(中略)はわかるよね」と述懐しており、この作品に関しては評者も完全にごく当然の(中略)だったという感慨。そもそも……(以下略)。
 
 密室トリックは豪快といえば豪快だが、まあ昭和の時代に某多作作家のひとりが思いついたアイデアのバリエーションだし、あまりときめきもない。
 
 で、ラストの(中略)もほとんど当初から見え見えで、その辺もう~ん……(汗)。

 実のところ、こうやって私的な感想を並べていくとあまりホメるところは残ってないのだが、トータルとしてはなぜか嫌いになれないという妙な魅力のある作品。設定としてはお約束のクローズドサークルものだが、友人たちと廃校になった母校に泊まり込むという王道の文芸に、自分も人並の郷愁を感じたりするからかもしれない。
(ただし、電話が不通になる反面、スマホで外部の世界とネットで通じ、情報の検索はできるという描写がある。それならメールやSNS、掲示板などの経由で外部に事件の発生は知らせられるはずなのに、登場人物たちがそれをしないのはかなりヘンだ。)

 良かったところ、狙ってハズしたところ、う~ん、ちょっとね、というところ、全部の総和で評点はこのくらいで。

 また次のこの路線の作品を、気長にお待ちしています。


No.1551 7点 情熱の砂を踏む女
下村敦史
(2022/07/16 06:34登録)
(ネタバレなし)
 女子大生・新藤怜奈は、スペインで見習い闘牛士となって活動していた兄・大輔が実演の最中に死亡したことを知る。スペインに渡った怜奈は、兄の友人かつ闘牛士仲間カルロスの家族、また兄の恋人マリアの家族の世話を受けながら、兄が命を燃やした闘牛の世界に次第にのめりこんでいく。だがそんな兄の、そして闘牛界の周辺では、怪しい犯罪の影が。

 数年ぶりに、この作者の作品(新作)を読んだ。

 先に言っておくと、Amazonの現状の二つのレビューはかなり低評で、ほかにもネット上では芳しくないレビューも散見する。
(おかげでTwitterを覗くと、作者自身がかなりヘコんでるようなのが何とも……。)

 ただ個人的には、トータルとしては結構楽しめる作品であった。まあそのほとんどがミステリというよりは、闘牛というあまり国産のフィクションの中で題材になったことのない世界をしっかり描いた、その新鮮さとある種のダイナミズムによる部分が大きいのだが。
(ちなみに評者は海外ものでも、闘牛界を舞台にした作品って、ほかにはカーター・ブラウンのメイヴィス・セドリッツもの『女闘牛士』ぐらいしか知らない~しかも内容はほとんど忘れてるし。)

 とはいえ終盤、波状攻撃がごとくミステリ要素がコンデンスに飛び出してくるのはなかなか豪快であった。特にある殺人の動機というかホワイダニットに関しては、かなりスサマジイもので、このひとつはちょっと馬鹿馬鹿しいと思いつつも、評価したい。

 で、本作を嫌う人の多くは、主人公の怜奈の行動が納得できないとか、考えていることとやることが違うとかいうこと、さらには生活費の問題とかのリアリティの欠如についてのようである?

 うーん、個人的には、くだんの前者、怜奈の内面の右往左往ぶりに関する文句はわからないでもないが、まあグレイゾーンでそんなには気にならない。兄の命を奪った闘牛に当初は反発しながら、同時にソコに関心を深めていく心の矛盾めいたものは、結構普遍的にありそうな感じもするので。
 ただし一方、スペインでの生活に関しては後半に少しバイトの話題なども出るものの、お世話になっている一家での食費の問題とか、さらには日本とスペインを行き来する旅費の問題とか、さらには少し前まで本格的に習っていたというバレエの月謝や大学の学費の件とか、その辺の案件の説明について雑すぎるのは確か。ここら辺は、ほかの人のレビューを目にするまでもなく気になった。
 これが昭和30年代の「宝石」系若手作家の作品なら苦笑で済ませるところだけどね、21世紀の作品としてはちょっと脇が甘すぎるでしょう。
(こーゆーのって作家が見落としても、編集者の方が忠告すべき部分だよね。今回は担当さんに恵まれなかったのか?)

 ただまあ、減点法でいくと結構キビシイところもあるものの、先に書いたように、一種の業界もの、女子主人公の奮闘ものとしてはかなりオモシろく読めた。
(やはりネットのレビューで言ってる人もいるように、最後のややトンデモなオチは要らなかった気もするが。)

 菊池寛の名文句「要は小説は面白くって、タメになる読み物のことだ」に従えば、これ一冊でかなりスペインの闘牛界のことは勉強できます。巻末に山のように参考資料の書名が並べられているので、そういう方面では信用していいでしょう? きっと。


No.1550 7点 沈黙の家
新章文子
(2022/07/14 16:32登録)
(ネタバレなし)
 保科家の姉弟。29歳の少女小説家あゆみと、その弟で23歳の会社員・新太郎。ふたりは京都の成功した乾物屋の主人だった父と母を逆恨みした若者に殺され、東京に出てきた。姉弟は高級アパートに入居するが、あゆみは隣人で中年作家の船原宇吉に、相手に妻や複数の情人がいるにも関わらず、思慕を傾ける。一方、京都で四十過ぎの教育者・坂崎丈之と同性愛の関係にあった新太郎は、東京で生活の刷新を図り、女性と交際を始めるが。

 作者の5作目の長編。1961年12月に書き下ろし刊行で、評者はもちろん2年前に復刊された、光文社文庫版で読了。

 あらすじからして「濃い」内容で、物語の序盤に限れば犯罪の要素や事件性はとりあえず無いのだが、それが少しずつ世界の位相をずらしはじめ、中盤でいきなりショッキングな展開に急転する。
 
 実に湿気の多い物語だが、筆の達者な作者の叙述は平明でストーリーはサクサク進行。トータルで読むと、ポケミス300~500番のナンバーの時期によくありそうな、垢ぬけたノンシリーズものの海外ミステリのような触感であった。

 21世紀の令和の時点から、昭和の中盤を回帰するとなんとなくどこか微温的な雰囲気が頭に浮かんでくるものだが、改めてこの時代には時代なりに際どさや人の心の闇などもひしめいていたということを実感する作品。
 しかし少し冷めた視線で外側からこの物語を覗く読者にとっては、この上なく面白い群像劇的なミステリ(またはサスペンス)である。

 光文社文庫版の巻末に併録された短編3本も、70年代のミステリマガジンにちょくちょく翻訳掲載された、マスタピースのクライムストーリーを読むようでそれぞれ非常に楽しかった。
 白状すると評者は、このように長編のオマケで短編が数本あわせて一冊の本に収録されている場合は、眼目の長編を呼んだところで気力が下がってしまい、添え物の短編は後回しにする(そして時にそのまま放っておくことになる)ケースも少なくないのだが、今回は、これはきっと読まずに放置するのがもったいないな、と予期し、実際に裏切られない出来であった。

 短編3本は、ジャンルが言いにくい作品ばかり(あえて言えばサスペンスまたはクライムストーリーか)なので、詳述は控えさせてもらうが、ハマる人には結構ハマる内容だと思う。 
 まだまだこの作者の未読の作品があるのが、本当に嬉しい。


No.1549 6点 観覧車は謎を乗せて
朝永理人
(2022/07/12 13:15登録)
(ネタバレなし)
 観覧車のそれぞれのゴンドラの中で進行する6つの物語。急に回転を停止した観覧車の各ゴンドラ内では、幽霊に出逢った青年、観覧車の中から標的を狙撃しようとするスナイパー……それぞれのドラマが進行しようとしていた。

 2年前の処女長編『幽霊たちの不在証明』(評者は本は購入してあるがまだ未読・汗)に続く、作者の第二長編。

 文庫書き下ろしで300ページに満たない短めの作品。文章も平明でスラスラ読めるが、仕掛けの数はかなり多いハズで、実のところ評者も一読しただけでは、全容をすべて理解しきってはいない(汗・涙)。

 アレガアレだったのはすぐにわかるのは当然で、コレとコレもわかるし、ソレとソレもそうなんだろうだが、あと……(中略)とか、終盤のクライマックスを迎えてなおそんな感じ。

 すくなくとも読者にわかりやすく、実はここはこうだった、ここは……と送り手や登場人物が言を費やしてくれるような甘い作品ではない。

 しかもどうやら(お話やミステリとしての仕掛けにはまったく関係ないものの)、実は6つのエピソードの中に(中略)までが、どうやらいるみたいだし、とことん食わせ物の作者で作品である。
 来年のSRのベスト投票までに、時間を置いてもう一度読み返してみたい。評価はまたそこで改めて。


No.1548 6点 かくてアドニスは殺された
サラ・コードウェル
(2022/07/11 07:43登録)
(ネタバレなし)
 ロンドンにある若手弁護士の集う実務組織「リンカーンズ・イン法曹学院」。そこの弁護士のひとりでドジ娘のジュリア・ラーウッドは、イタリア美術の探求ツァーに参加。ヴェネツィアに赴いた。ジュリアの同僚たちやオクスフォードでの彼女の恩師だったヒラリー・テイマー教授は、天然娘の旅路に大事がなければと願うが、やがてテレックスでそのジュリアが殺人の容疑で逮捕されたという知らせが入る。ヒラリーと若手弁護士たちは、ジュリアが旅先からこまめに送ってきた長文の手紙を読み込み、隠された事件の真実を探るが。

 1981年の英国作品。
 コードウェル作品は初めて手にする評者だが、本サイトでもなかなか評判がいいようなので、このヒラリー教授シリーズの一冊目を読んでみた。

 なるほどウワサに聞いていたとおり、これはちょっとひねった(手紙での情報開示を前提にした)『毒入りチョコレート事件』というか『火曜クラブ』または『ブラックウィドワーズ・クラブ』というか。つまりは安楽椅子探偵+多重推理ものであり、後半には青年弁護士たちによる探偵団もの的な趣もある。
 
 まあリアルに考えるなら、(国際電話はお金がかかるからという理由で)ジュリアが連日、書き終えるまでに数時間はかかりそうな長い長い文面の手紙を連日送ってくるというのも、いささか無理がある(笑)。旅行先での結構な時間をその作業に奪われてしまうよね? 
 その手紙の文中に、伏線や手掛かり、人間関係の情報などがみっちり書き込まれており、ミステリの作法としてソレが有効なのは、もちろんわかるのだが。
(なんつーか、招待状を出したら、受け取った人間=十人全員がちゃんと一人も欠けることなくインディアン島に来るぐらいに? ウソ臭い・笑。)
 
 とはいえその辺のお約束または様式を踏み越えるなら、軽薄かつにぎやかにワイワイ騒ぎ合う推理合戦(というか仮説や思い付きの放り投げ合い)は何とも言えずに面白い&楽しいし、中盤、ジュリアからの手紙オンリーが情報源というのにムリを感じて? 流れが変わってからもまたストーリーに起伏が生じてヨロシイ。小説の潤い的にたっぷりと仕込まれた、細部の英国風ドライユーモアの面白さもお腹いっぱい。

 真相はややチョンボ……という感じがしないでもないが、たしかに整合はされるように書かれているハズだし、そしてそれを了解するならば、殺人実行時の何とも言えないイメージもけっこう鮮烈。
 大ネタそのものは、英国の某巨匠がよく使いそうな手ではあるけれどね。

 本サイトで聞いていたウワサからイメージしていたものとは、若干違ったけれど、これはこれで確かに面白かった。

 なおminiさんが指摘されている、主人公探偵は実は女性ではないか? 説。当初からこちらもその辺は重々意識しながら読んだつもりだけど、う~ん、確かに徹底的にアイマイに書かれていますね。
(翻訳もその辺を自覚的に、ちゃんと演出して訳してあるようにも思える。)
 意図的にジェンダー不明? の主役探偵という趣向は、これまでに何かあったかな。あったような気もするが、長編、それもシリーズものではかなり珍しいのは間違いない。


No.1547 6点 伊豆七島殺人事件
西村京太郎
(2022/07/10 07:02登録)
(ネタバレなし)
 人類の未来の海中文明を展望し、そのための海洋開発実験を続ける大企業、新日本重工。同社は伊豆七島の一角・神津島の海中40メートルに居住空間「海の家」を沈め、海中生活の研究に勤しんでいた。だがその深さ40メートルの海中の施設内で、殺人が発生。しかも現場は広義の密室といえる状況だった? 業界誌「海洋ジャーナル」の青年記者・瀬沼は、成り行きそしてとある人物の請願を受けて、この事件の調査を独自に進めるが。

 先日、刊行されたムック「西村京太郎の推理世界」をつまみ食い読みしていたら、本書の高評に遭遇。何より、海中の密室という特殊な趣向が良いとのこと。うん、ソレにはまったく同感。大いに気を惹かれる。

 で、本作は、しばし気になる初期の西村作品の一本(それも完全なノンシリーズもの)で、まだ本サイトでも誰もレビューがない。じゃあ、と思い、読んでみる。評者は先日、ブックオフの100円棚で入手した光文社文庫版で読了。

 本作の大設定といえる、海洋開発プロジェクト。これには相応の人間が関わっているみたいなので、それじゃ、かなりの頭数の登場人物が出て来るなと覚悟したが、実際にはそんなでもない。
 同時に容疑者の方も物語の中盤には、片手の指で数えられるくらいに頭数が絞られる。そういう意味ではかなり読みやすい。

 探偵役の瀬沼がトリックを暴いては、また次の障害や不可能性が沸き起こってくるその繰り返しで、このしつこさはなかなか良い。
 一方で本作の弱点として、トリックに凝るのは良いのだけれど、作中のリアリティで言うなら、犯人はここまで(あれこれトリックの労を費やした)殺人をしないだろ、とツッコミたくなるところ。あまりに犯罪のコストパフォーマンスが悪すぎる。もっとシンプルに目的を果たすこともできたよね?

 その辺はホントに、リアリズムだのアクチュアリティだのに目をつぶった、お話フィクションの世界という感じであった。

 そういったある種のウソ臭さをミステリの様式美として割り切れる人なら、それなり以上に面白い力作で佳作~秀作だとは思う。
 ただ一方で、西村作品を百冊単位ですでに読んでいる人が、本書を初期作品ワースト10の一角に入れてたりする。もちろんその実際のところの判断基準は余人にはわからないんだけれど、本作の評価がヨロシクない人もいるという現実は、まあ理解できるような気もしないでもない。

 評価は7点あげようか迷ったけれど、ギリギリのところでこの数字で。
 前述のように、ミステリなんて(いい意味で)ウソ臭くていいじゃん、という向きの方なら、もうちょっとストレスを感じずに楽しめるかも。


No.1546 5点 遺書の誓ひ
カルロ・アンダーセン
(2022/07/09 15:45登録)
(ネタバレなし)
 英国の田舎町シェルムスフォードの周辺。そこにあるスタンフォード公爵家の別荘で、現当主のフィンスベリイ卿が何者かに殺害された。知己であるスコットランドヤードのケネディ警部から情報を得た「スター」紙の事件記者ベシィル・スチュアートは、友人でケネディも一目置く私立探偵ウィリアム・ハモンドとともに現地に向かうが、事件には思わぬ秘められた真実があった。

 デンマーク出身の作者が1938年に著した長編ミステリ。
 実作者かつ本作の翻訳者である吉良運平の旧訳2本(本作とデリコの『悪魔を見た処女』)が、今年になって論創海外ミステリ叢書で「吉良運平翻訳セレクション」の肩書で、一冊に合本した形(表題作はデリコの方)で復刻されたので、それで読んだ。

 くだんの論創ハードカバー巻末の丁寧な解説によると、英米のミステリ界の繁栄を横目に見たデンマークの出版界が独自のミステリ賞を設け、その栄冠に輝いたのが本作らしいが、作中の探偵役ハモンドがシリーズキャラクターかどうかなどはわからない。
 なお作者は1930年代から英国の企業の代理店の代表として働いていたようなので、本作の舞台が本国デンマークでなく英国なのもその、その辺と関係があるかもしれない?

 タイトルの通り、被害者の富豪が遺した遺書、さらにはその周辺に集う雑多な人間関係に踏み込んでいく物語だが、事件関係者への尋問が続く展開は良くも悪くも地味。
 途中でストーリーが殺人現場である? 別荘を離れて、とある場所に移動してからは、事件の奥行きも覗けてきて少し面白くなる。

 ただし謎解きとしては、(一応の手掛かりは設けてあったものの)かなり煩雑であまりカタルシスがない。その決め手になった手がかりも作中の人物ならともかく、読者の方では共通して情報を得にくい、ちょっと……という感じのものだ(これでもオッケーというパズラーマニアの人もいるかもしれないが)。

 悪くはないが、全体的に華もなく、楽しみどころもゼロではないにせよそんなに多くはない一編。
 英国ミステリのカントリーハウスものっぽい雰囲気は、よく出ているとは思うが。


No.1545 7点 俺ではない炎上
浅倉秋成
(2022/07/08 06:58登録)
(ネタバレなし)
 その作品の作者ファンの視点で新作を褒める場合の常套句として「予想を裏切って期待に応えてくれた秀作」と、いうような言い回しがある。

 つまり、今回もよくも悪くもいつもの作者らしい内容なんだろうなと予期していたら、意外に送り手の引き出しの広さで受け手の度肝を抜き、一方でトータルの充実度としては、従来と同等かそれ以上に確かな満足感を与える良作という意味だ。

 そういう修辞を踏まえるなら、この作品はトータルとしては十分に<ただいま好調の浅倉秋成の新作>という期待には応えてくれたものの、一方で予想の方は、あんまり裏切ってくれていない、という感じか。

 優秀作だった前作『六人の嘘つきな大学生』でまたひとつ評価を上げた作者の新刊として見るならば、とにもかくにもミスディレクションや小説上のテクニックが、前作と横並びすぎる(こう書いても、ミステリとしてのネタバレにはなってないと思うが)。

 とはいえ<その辺>は恣意的にハズす訳にもいかないだろうし、ソコらは作者も編集者も苦労した上であれこれ採択したんだろうなあ、という感じ。

 次の作品は高木彬光でいうなら『魔弾の射手』か『白妖鬼』レベルの、あるいは横溝なら『吸血蛾』レベルの、肩の力を抜いたズッコケ作品を書いてくれてもいいんだけれどね。その方が作家としては長持ちしてくれそうだし。
 でもなかなかそうも、行かないんだろうなあ。

 一編の作品としては十分に、面白かった&心に響いたけれど、いろいろとメンドクサイことをつい考えてしまった新作でありました。


No.1544 7点 アリスが語らないことは
ピーター・スワンソン
(2022/07/07 15:19登録)
(ネタバレなし)
 アメリカはメイン州ケネウィックの町。中堅規模の古書店を営む50台の男性ビル・アッカーソンの転落死が伝えられた。ニューヨークの大学で卒業間近だったビルの息子ハリーは慌てて帰郷し、ビルの後妻である30代の美しい継母アリスから事情を聞く。だがハリーはしばらく実家に留まりながらも、父の葬儀の前後から不穏な気配を感じた。一方で物語は、アリスの少女時代からの半生を並行して語り出してゆく。

 2018年のアメリカ作品。
 日本でも近年人気なような作者スワンソンだが、評者は初めて著作を読む。
 ノンシリーズのサスペンスものだが、巻末の解説によると先行作『そしてミランダを殺す』と同じ架空の町ケネウィックを舞台にしているらしい。

 各章の冒頭に「現在」「過去」の標記を設けて、ハリーの動きを主軸にした前者と、アリスの過去をメインとする後者が、ほぼ交互に並行した小説として語られる。
 ちょっとあのビル・S・バリンジャーを思わせる趣向だが、向こう(バリンジャー)は表向きはメインキャラを共通させないような書き方という印象もあるので、似てるようで違う? かもしれない。

 文庫版で400ページ以上とやや長めの作品だが、創元文庫としては文字の級数も大き目な方であり、訳文も平明で読みやすい。最後はちょっと疲れたが、それでも深夜から読み始めて朝には読み終えてしまった。
 
 この作者を初読みなこともあって、どの程度にトリッキィなミステリ面での趣向を繰り出してくるか不明だったため、終盤でそれなりの大技にはまんまと引っかかった。

 もちろんあまりここでは詳しくは言ってはいけない内容の作品だが、過去と現在の二つの時勢のストーリーの中核に最もいる登場人物がやはりアリスであることぐらいは、言ってもいいだろう。Amazonのレビューの中のひとつで、そのレビューのタイトル(感想記事の見出し)が言いえて妙である。

 ラストも伏線というか、前もっての仕込みをムダなく回収している。
 全体にソツなく、優等生的にまとめた感じの作品。
 まあ、また、Amazonの一部のレビューにあるように、過去時制と現在時制の同一キャラクターの描写に断続感というか、同じ人物に思えない? ような箇所がまったくないというわけではないのだが、そこはグレイゾーンでギリギリ……という余地もある。

 ちなみに本作は古書店の主人だった父ビルと息子で男子主人公のハリーがとも大のミステリファンで、我々にもおなじみの作者名や作品名がたっぷり出てくるのがとても楽しい。この描写がホントウなら、現在のアメリカでもちゃんと87分署シリーズは現役で読まれているようである(笑・楽)。
 なおビルはリスト魔でもあり、趣味で「大学が舞台の犯罪小説ベスト5」なるものも作成(笑)。
 作中でその作品名が羅列されているが、具体的には『学寮祭の夜』(セイヤーズ)『金蠅』(クリスピン)『失踪当時の服装は』(ウォー)『ニコラス・クィンの静かな世界』(デクスター)。邦訳があるこの4冊(評者はセイヤーズのみ未読だ)に、未訳のはず? のドナ・タートなる作家の「シークレット・ヒストリー」が挙げられて全5冊。
 気になるので、この最後の一冊も、ぜひとも創元文庫で出してください。東京創元社さま(笑)。

【2022年8月30日追記】
 上記のドナ・タートの『シークレット・ヒストリー』は1994年に扶桑社文庫から上下巻で邦訳刊行されていた。わ、恥。
 さらに2017年には『黙約』と改題されて、新潮文庫にも入っていたらしい。機会があったら、どんな作品か、ちょっと覗いてみよう。


No.1543 6点 悪魔を見た処女(おとめ)
エツィオ・デリコ
(2022/07/06 05:51登録)
(ネタバレなし)
 1930年代のフランス。ピレネー山脈にある宿泊施設「泉ホテル」は、その日、ひとりの女性を新たな従業員に迎えようとしていた。ホテルに就職したのは、つい先までツールーズ地方の料理店「友の家」の女給だったマリイ・プーパン(愛称「ヌンヌー」)だが、人手が足りてきたので彼女は後見人の紹介で職場を変えたのだ。しかし実はマリイ当人は、6年間も暮らしたツールーズの町を離れることに乗り気でなかった。だがその山中の泉ホテルでその夜、とある常連の宿泊客が何者かに殺される事件が起きる。そんななか、ひとりの目撃者が「犯罪現場の周辺で悪魔を見た」と周囲の人たちに訴えた。

 1940年のイタリア作品。
 作者デリコ(デリッコ)のレギュラー探偵である、パリ警視庁機動捜査隊所属の首席警部(のちに警視?)エミイル・リヒャルド(エミール・リシャール)が登場する第8作目の長編ミステリ(らしい)。

 1936年に開始されたリヒャルドシリーズが作者の本国イタリアではなく、フランス(主にパリ)を舞台としたのは、当時のイタリアがファシスト政権下にあり、国内を舞台にした新作犯罪捜査ミステリの執筆や刊行に制約がかかった現実ゆえの、回避策だったようだ。

 評者は今回、今年の論創社の復刊を読むまで、本作の邦訳が「別冊宝石」にも収録(再録)されているのをまったく失念していた(現物は持っていたのだが)。まあ読みやすいという意味では、今年の新刊ハードカバーの方が俄然ありがたい。

 山中ホテルの殺人事件に始まり、さらに縦横に物語がそして事件が、拡大・展開してゆく筋立ては、なかなか好テンポで楽しめる。
 途中で物語が伏在していたサイドストーリーの方へ流れ込みかけ、その辺がメグレシリーズの某作品を連想させるのも興味深い。
(乱歩が本作を表してシムノンっぽい、と語ってる事由の一端はその辺にもあるだろう。)

 最後まで読むとかなりトリッキィなアイデアを実は用いており、この辺を本当にきちんと、叙述やロジック、伏線などを整合させて仕上げれば結構な秀作になった、という思いもある。
 が、残念ながら、できた実物は、そういったミステリとして練り込む方向に作者はあまり労力をかける気もなかったようで、単に、最後の最後に読者を驚かせて終わってしまっただけであった。
 こういう内容なら本当は、読み手にサプライズを与えつつ、もっと感心させることも可能な作品を作れたと思うんだけれど。

 それでも良い意味で作者のマイペースさを感じさせる、随所に味のある登場人物の描写(中盤で珍妙な隠し芸? を披露するワトスン役の医師ゲオルグ・ミルトンとか、リヒャルドの姉で妙に存在感のあるジュノヴィアとか)などは、キャラクターもののミステリとしての幅で楽しませてくれるようで悪くはない。ラストの数行の、事件終焉後のリヒャルドなりの優しさを感じさせる幕引きも、ちょっと温かい。

 定型のリクエストではあるが、このシリーズの未訳のなかで他にも面白そうな作品がもしあったら、紹介してほしいとも思う。


No.1542 6点 名探偵と海の悪魔
スチュアート・タートン
(2022/07/05 04:21登録)
(ネタバレなし)
 1634年。インドネシアのオランダ領バタヴィアから、アムステルダムに向けてガリオン船(当時の大型帆船)「ザーンダム号」が出航する。だが出航直前、ひとりの人物がこの船に呪いがかけられている旨の示唆を表した? その船内には、バタヴィアにて超人的な推理能力を発揮した錬金術師にして名探偵サミュエル(サミー)・ヒップスの姿があったが、しかし彼の待遇は客人でも乗員でもなく、何らかの罪状故にオランダへと護送される囚人としてだった。サミーの助手かつ友人だった軍人アレント・ヘイズ中尉は、可能な限りの便宜をサミーのために図る。そして出航した船の周辺では、死者の徘徊や幽霊船の出没、そして怪異な殺人事件までが続発する。
 
 2020年の英国作品。
 いわゆるジャンル越境ものの内容、そして二段組の活字ぎっしり400ページ以上の大冊で、国産のそこらの新本格ミステリ3~4冊読むくらいのエネルギーを消費した。それくらい全編フルスロットルな感触の小説。
 
 それでもとにもかくにも何とか2日ぐらいで読めたので、ツマラナくはなかったが、海洋小説、オカルト風ホラー部分、そして謎解きミステリの興味が互いに主張しあって、読み手の側から見れば楽しみどころが相殺されてしまっている印象もある。

 読み始める前は、この手のジャンルミックスものの長編として大好きなニーブン&パーネルの『ドリーム・パーク』とか沢村浩輔の『北半球の南十字星 (海賊島の殺人)』みたいなものを期待していたのが、そーゆー心地よさの方にはいかなかった。
(ただしあれもこれもと欲張った作者のパワフルさは認める。)

 あと、大ネタのひとつふたつ、たとえば<あー、このパターンなら、(中略)は(中略)なんだろう>とか、早々に読めてしまうのは難点。
 まあフーダニット的な意外性はなかなかだと思うけれど、そのサプライズの度合いが作品の面白さにいまいち繋がらないのは残念。

 ラストのクロージングは、この作品の大設定=17世紀の過去の世界が舞台、に似合った感じで良かった。
 その辺の呼吸は、ちゃんと作者もわかってらっしゃるんだよね、という感じ。国産の冒険小説ミステリ作家でこーゆーものを書く人がもしいたとしたら、同様のまとめ方をしそうな印象もある、ある意味では王道の変化球だとも思うけれど。


No.1541 6点 ランドルフ師と堕ちる天使
チャールズ・メリル・スミス
(2022/07/03 06:35登録)
(ネタバレなし)
 シカゴ市内のグッド・シェパード教会。そこで臨時主任牧師を務める、40歳の神学士兼哲学博士のチェサーレ・パウロ(「C・P」)・ランドルフ牧師。彼はかつて「コン(騙しの)・ランドルフ」と異名を取るトリッキィなプレイのプロフットボール選手であり、そしてこれまで成り行きから2つの殺人事件でアマチュア名探偵として手柄を立てた実績があった。そんなランドルフに、教会を運営する上層部から、とある依頼がくる。その内容は、テレビで人気を博す福音伝道師のプリンス・ハートマン博士が教会の宗派への入会を願っているので、その当人の適性を審議してほしいというものだ。くわえて教会周辺での人事問題にも煩わされながら、ランドルフはとりあえずハートマン当人に会いに行くが、そんな彼らの周辺で、思わぬ殺人事件が発生する。

 1978年のアメリカ作品。
 1974年から開始された、ハンサムな独身中年牧師ランドルフ師を探偵役に据えた都会派謎解きミステリシリーズの第三作目。
 シリーズ第一弾『ランドルフ師と罪の報酬』は、本国ではあのJ・D・カーが毎号の書評役を務めていたEQMMの月評コーナー「陪審席」で賞賛。日本にもそんなカーの評価が、この作品の本編が翻訳紹介される前から伝わっており(70年代半ばのミステリマガジンに「陪審席」は毎月翻訳連載されていた)、同作が邦訳された際に相応の期待を込めて読まれたが、結局、わが国でのミステリファンの評価は、あんまり芳しいものではなかった。
 
 評者も当時そのシリーズ1冊目だけ読んで、そこでシリーズとは縁がなくなってしまったが、このたび数十年ぶりにふと思いついて、未読のこの第三作を手にとってみる(シリーズ第二作『『ランドルフ師と復讐の天使』』はいまだに未読)。

 で、読んでみると、お話のテンポはいい、登場人物も悪くない、というかイイ。
 物語の前半、とりあえずキーパーソンの伝道師ハートマンが悪人か善人かはまだよく見えないうちに、それでも結構、現実的で調子がいい人物らしいとは判明。そのあたりの人物像が、当人の教会宛に送られてくる寄付への対応システムの人をくった叙述を通じて、なかなかユーモラスに語られたりする。
 さらに中盤、ランドルフの恋人でテレビのニュースキャスターであるサマンサ・スタックが周辺の関係者から情報を得るため、ハニトラを仕掛けて結局はちゃっかりと逃げおおせる場面などもオモシロイ。
(あと印象的な場面というと、シカゴ市警の警部でランドルフと仲のいいマイケル・ケーシー警部補が、本筋とは関係ない雑多な殺人事件の現場にランドルフを付き合わせ、意外な鋭さを見せるところとか。) 

 でまあ、これで肝心のフーダニットの部分がソコソコ決まれば、ミステリとしても佳作~秀作ぐらいにはなるんだけれど、う~ん……。その辺は、あらためてこの作品も、強引かつ雑な仕上げだね(汗)。
 犯人の正体・設定についてのネタそのものは(よくあるものながら)もうちょっと面白く見せようもあったのに、コンナモンデヨカンベエイズムで済ませてしまった感じだ。

 ほかの作家の作品、シリーズの一番近いところでは、デアンドリアのマット・コブものあたりかなあ。
 結構その辺に似通うけれど、向こうよりはさらにお話のテンポはよく、一方でミステリとしてはやや弱い感触か。

 ちなみにネットで情報を拾うと、本シリーズは全部で長編が6冊刊行。最後の一冊は作者の死去によって、やはり作家の息子さんが完成させたらしい。日本ではそのうちの3冊まで(本書まで)翻訳されて打ち止めになったが、まあ仕方ないか。これじゃミステリとしては、日本じゃウケなかったろうしな(汗)。

 なんか、B~C級の都会派謎解き作品として、妙なほどに愛せる部分もあるんだけどね。評点はその辺を考えて。


No.1540 6点 天空の密室
未須本有生
(2022/07/02 16:04登録)
(ネタバレなし)
 令和X年。有人ドローン「エアモービル」の開発と本格的な商品化を目指す「モービルリライアント社(MR社)」の開発チームの面々は、試作三号機の完成までにこぎつけていた。そんななか、湾岸の35階建ての高層ビルの屋上で、トランクに入った女性のバラバラ死体が見つかる。だがそこは監視カメラと警報装置に守られた一種の密室だった。

 初読みの作家だが、なんとなく名前がソレっぽいので新本格系の新人のお一人かと読む前は思っていた。やがてそれは勘違いで、だいぶ前に松本清張賞を受賞し、航空業界を舞台にした広義の連作ミステリシリーズでの著作も多い方だとわかる。
 さらに評者が本作の読了後にTwitterを覗くと、作者ご本人がよく呟いており、新本格系の作りすぎたありそうもない世界はあまり好きでない旨の発言もされていた。う~ん。

 実際、本作もその題名から、一人乗りの内部操縦型のエアカーが離陸したら、着陸するまでに中の操縦者が殺されているとかいった、ホックのサム・ホーソンものみたいなのを予期したが、死体が見つかる現場(広義の密室)が高所であることに、そういったケレン味的な方向での意味はない。
 さらに本作の読みどころもフーダニットパズラーというよりは、エアカーの製作・開発を目指す主人公たちの「プロジェクトX」的なノリの企業群像ドラマ。ミステリはその付け足し……などでは決してないが、少なくとも作者の本当に書きたいものはそっちというより、航空業界への進出をはかる新勢力メーカーの奮闘譚という印象。

 まあこれはこれで、まさに21世紀の清張か、はたまた梶山季之みたいな感じで新鮮に思えた(現行作品でそういう傾向のミステリ作品もなくはないのだろうが、評者はあまり縁がない)。

 途中でこれはさすがにミスディレクションなんだろうな? と思いながら読んだ箇所もあったが、作者のミステリの作り方が我流っぽいので(勝手な印象ですみません・汗)、もしかしたら天然でやってるのかもしれないと、妙な緊張感のなかで読み進めた。なかなか滅多にない体験ではある。

 トータルとしては、プロジェクトX風群像ドラマ>ミステリという前述の印象はそんなに変わらなかったけれど、まあこれはこれでいい。
 たまにはこういうものも面白かった。

 ちなみに被害者は最悪にイヤな人間で、久々に、殺されてザマアミロ、というフキンシンな感慨を覚えた(笑・汗)。まあ良くも悪くも、それだけわかりやすい明快なキャラクター造形ということだが。

 評点はこんなものだが、悪い数字としてではない。


No.1539 6点 デイヴィッドスン事件
ジョン・ロード
(2022/07/01 05:57登録)
(ネタバレなし)
 英国の化学装置メーカー「デイヴィッドスン社」の現社長ヘクター・デヴィッドスンは、色と欲への執着が強い42歳の独身男。そんなヘクターは、自社の主力設計技師フィリップ・ローリーに、彼が考案した機器に対して常に30%のパテントを払う現在の契約に不満を抱いていた。ヘクターはローリーを強引に馘首し、さらにヘクターは、自分の秘書でローリーの恋人である女性オルガ・ワトキンスに手を出そうとする。ヘクターの従兄弟で会社の取り締まり役員の一人であるガイ・デヴィッドスンはヘクターに考えを改めるよう意見を述べるが、相手は聞き入れない。そんななか、そのヘクターが殺害されるが、関係者たちにはみなアリバイがあった。

 1929年の英国作品。おなじみプリーストリー博士シリーズの長編第7冊目。
 
 訳者の喧伝では、傑作、傑作との鳴り物入りだが、大ネタ(犯人の正体とその狙い)は評者にも察しがついた。
(たぶん翻訳ミステリになじんでいるファンなら、大方の読者が見当をつけられると思う。)
 で、まあアレよりはずっと後で、アッチよりは……(以下略。)

 それでも事件の組み立てそのものはなかなか面白い。
 一方で20世紀後半以降の法医学なら、すぐに露見してしまうような、あるいは検視官や鑑識がソコを看過するのは強引なようなトリックという部分もあるのだが。

 シリーズ第四長編『プレード街』の少し後の事件簿だが、この頃のプリーストリー博士はまだどこか若々しい感じがあって妙に新鮮に見える。
 巻末の訳者の解説によると、今回の事件は物語世界の中でさる筋に遺恨を残し、次の第8長編まで影を落とすらしい。なんか面白そう。できれば続けて、そっちも読んでみたい。

 傑作とも優秀作とも思わないけれど、佳作~秀作だとは思う。評点は7点に近いこの点数というところで。


No.1538 7点 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
鴨崎暖炉
(2022/06/30 05:28登録)
(ネタバレなし)
 殺人現場が「密室」であり、そしてその前提の上で殺人方法の説明や立証が困難な場合、容疑者は推定無罪とされるという法規が確立された、もう一つの日本。「僕」こと高校二年生の葛白香澄(くずしろかすみ)は、年上の幼馴染みの朝比奈夜月とともに、山中のホテル「雪白館」を訪れる。そこは7年前に他界したミステリ作家、雪城白夜が遺した施設であり、今なお解明されない密室の謎が残る場であった。そこで香澄は思いがけない人物と再会し、そして新たな連続密室殺人事件に遭遇する。

 ……いや、得点評価だけで言えば、かなりの快作ではないでしょうか。
 密室殺人なんて現実味がないという、それこそ何十年も前からの耳タコな物言いを一蹴する(ぶっとんだ/あるいはアホな)世界観の設定に始まり、怒涛のごとく放り込まれるネタとアイデアの数々。
 その密室それぞれの解法はなんというか「トリック小説で何が悪い」と居直った、ある種の潔さのようなものまで感じます。
(最後というか、山場のトリックがそれまでのものに比して人を食ったように一転シンプルになる、お茶目な演出もヨロシイ。)

 殺人の動機のこなれの悪さとか情報の後出しとか、最後まで放っておかれた細部の叙述とか、あちこち突いて引きずり下ろせそうな箇所は結構あるものの、いびつなほどに偏った方向に手間暇かけた、そんな執念を感じさせるパズラー。こういうものも、十分にアリだとは思う。
(トランプカードの含意の部分にエネルギーを使うあたりもかなり好み。)

 合わない人がかなり合わないであろうことは理解しますが、自分は支持します。
(ただし良く出来た作品、だとは言いにくいけどね。)
 クセの強い玩具ばかりが詰め込まれた大きめのオモチャ箱みたいな作品、というのが、今のところいちばん合っている修辞のような気がする。

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