人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2108件 |
No.1408 | 6点 | <羽根ペン>倶楽部の奇妙な事件 アメリア・レイノルズ・ロング |
(2022/01/30 06:01登録) (ネタバレなし) フィラデルフィア州。「わたし」こと20代半ばの若手女流ミステリ作家キャサリン・パイパー(愛称「ピーター」「ピート」「ピエトロ」)は、頭を悩ませていた。毒舌と陰口が不愉快な嫌われ者の人妻マーガリート・イングリッシュが、ピートの参加する土地の文筆家サークル「羽根ペン倶楽部」に再入会する気配があるからだ。かたや倶楽部周辺では、会の創設者の一角で新聞コラムニストの女性マーガレット(ペギー)・ヘールに、匿名の中傷の文書が送られてきて、しかもその複写がほかの会員たちにも送付されているようだ。ピートはイングリッシュ夫人と怪文書が関係あるのではと疑うが、そんななか2年前に自殺した倶楽部尾会員だった青年ティム・ケントについて、秘められていた事実が表面化してくる? 不穏な空気のなか、倶楽部の周囲では殺人事件が発生した。 1940年のアメリカ作品。 犯罪心理学者エドワード・トリローニとワトスン役の女性作家キャサリン・パイパーシリーズの第一弾。 とりあえず翻訳紹介された作者ロングの著作3冊は、これでどれも読んだ評者だが、なかなか好調だった前2冊に続けて、今回もしっかり楽しめた。 論創海外ミステリではじめて出会い、複数の著作につきあった作家はカーマイケルなど他にもいるが、ロングの場合はなかなか打率が高いというか、こちらとの相性がよろしい。 解説で浜田知明氏が述べているように、小規模の謎を次々と投げかけては小刻みに真相やネタ割を語っていく作劇が、ストーリーに好調なテンポを獲得している。その辺はよろしい。 とはいえ全体の紙幅がハードカバーで200ページちょっとと短めな割に、話の中心となる「羽根ペン倶楽部」の会員が12人というのはちょっと頭数が多すぎ、作者も持て余した感じもする。 さらに犯人については、いかにも(中略)なことをするので、見当をつけたら当たり。フーダニットパズラーとしてはやや物足りない。 とはいえ論創側のスタッフが謳う「B級アメリカン・ミステリ」としてのライトな楽しさは確かに全開で、トータルとしては前述のようにひと晩しっかり楽しめた。 130ページ目でピートが探偵&刑事コンビをエラリイ&ヴェリー部長刑事に例えたり、映画版『影なき男』の謎解きシーンの演出を意識したりするのもゆかしい。 なおこういう軽快な作風の作家なので、日本でこそまだマイナーだが、本国アメリカでは今でもペーパーバックとか、昔のベストセラーの古書とかが入手しやすいのだろうと思っていたら、巻末の訳者あとがきによると意外に稀覯本で、本作の原書も訳者がアメリカ旅行の際に僥倖でレアな古書を発見し、日本に持ち帰って版元に出版を打診したそうな。 翻訳家がマイナーな作家に傾注し、未発掘の原書を見つけてこれは面白い、として、21世紀の本邦に、クラシックミステリを発掘翻訳紹介してくれるという経緯はまさに理想の展開だね。 関係者のみなさん、頑張ってください。 |
No.1407 | 8点 | ミステリアム ディーン・クーンツ |
(2022/01/29 08:54登録) (ネタバレなし) 余命いくばくもない老婦人ドロシー・ハメルの愛犬で、ゴールデンレトリバーの「キップ」。先天的に通常の犬とは違う資質を備えたキップはドロシーとの死別後、何かを知覚してある人物のもとに旅立つ。一方その頃、カリフォルニア州の一角にあるブックマン家では、高機能自閉症(特化した能力を持つ、自閉症)で大学生以上の天才的な頭脳を持つ11歳の少年ウッドロウ(ウッディ)が、ハッキングを通じてさる秘められた悪事に接近していた。だがそんなブックマン家に近づく、恐怖の影が……。 2020年のアメリカ作品。 邦訳も昨年に出たばかりで、評者にとっては久々のクーンツ、なんか面白そうなので、手にとってみる。 ほぼ30年前の人気作『ウォッチャーズ』の系譜を継ぐ、スーパードッグからみのストーリーだが、世界観そのものは……これは読んでのお楽しみ? 実のところ、評者は『ウォッチャーズ』に多くのファンがいることは認めるものの、個人的にはいまひとつ思い入れがないのだけど、はたして今回はずっと楽しめた。 終盤、残りページが少なくなるなか、まだ複数のかなりの事態が未解決のまま。これはどうすんだろ? 少なくとも<あの手>は使うだろうな、とも予想し、とりあえずソレは当たった。 が、残りのあれやこれやの局面をまとめたり結着づけたりの手際がとにかく無手勝流かつパワフルで、その辺はじつにオモシロイ。 個人的には、断続的に三件ばかり「アア、ソウクルカ」という感慨を覚えた。 特にアウトロー連中への対処ぶりは、ブラックユーモア的な興趣でニンマリさせられる。 あえて不満を言うなら、未来を展望するSFビジョン的なメインテーマが、本来はもっと物語の軸に据えられるべきところ、ちょっと中心からずれちゃったみたいな印象を受けるところで。まあ(中略)化したあのキャラクターの存在も、主題の対比になっているともいえるかな。 あと、メインヒロインが風来坊的に現れた男性キャラを、非常事態のなかで緊張している割に、あまりに軽く受け入れすぎるよね。そこは気になった。 というわけで個人的には、作品トータルの完成度はソコソコなれど、なんやかんやの得点の累乗で面白く読めた一冊。 おおざっぱに言えば、いかにも実質B級の、大冊エンターテイメント(クーンツにはまだまだもっと長い作品があると思うが)。 でもこれはこれで、色んな興味が満たされて、なかなか楽しかった。 評点はちょっとオマケ。 |
No.1406 | 7点 | 悪の起源 エラリイ・クイーン |
(2022/01/28 05:15登録) 思うところあって、ウン十年ぶりに再読。 もしかしたら『十日間』も『九尾』も読み返さなきゃいけないのだが、少なくとも本作などは特に、ストーリーも犯人も完全に忘却の彼方だったので(そういう意味では『十日間』と『九尾』の方は、さすがにいろいろと忘れがたい。特に前者)。 とはいえ物語のモチーフと、作中のいくつかの名場面(室内を埋め尽くすたくさんの×××のシーンとか)などは、しっかり覚えていた。 今回は少年時代に購入したポケミスを書庫から引っ張り出して、当時と同じ本をまた読む。 (以下、ネタバレあり) 事件のモチーフが進化論(「種の起源」)だということは後半のサプライズの一環なのだから、この題名はそもそも不適だろ、とも思う。 まあソコは作者コンビ、少なからぬ数の読者にも早めに見破られるだろうと踏んで、先にアイデンティティ保護を図ったか。本当の勝負所は、モチーフが判明したあとにあるのだ、ということだね? ハリウッド映画産業の衰退を背景に、第三次世界大戦に怯える当時の世相と、実際の朝鮮戦争勃発をほぼリアルタイムで取り込んだ作劇は、独特な作品の個性を感じさせる。 (マックとローレルの恋人コンビ、いいキャラだなあ。特に、なんのかんのいっても最後に出征してゆく前者。) エラリイの事件簿としては、直前に刊行された『ダブル・ダブル』を作中時間の順列から外して、『十日間』『九尾』の流れを受けたその二作の直後の事件っぽい。そこで今回は、エラリイの人間味を美貌の人妻との関係性で語るのにちょっと驚いた。 ポケミス版142ページの描写や、同156ページ目のウォレスとの対峙を経たあとのシーンとかなかなか鮮烈だな。1940~50年代のハードボイルド私立探偵小説(あれやこれや)との類似性を認める。 謎解きに関しては、エラリイがさっさと、冒頭で毒殺された犬の犬種を調べようとしないのに苛立った(さすがに前半の内から、なんか意味があるだろと察しがついたので)。 この辺は冴えてる時のエラリイの捜査法を、今回は筋運びのためにあえて作者たちがルーズにしている感じ。 二転三転するラストはまったく失念していたので、個人的には大ウケであった。しかしこれって、うまいことロージャーが勝手に死んでくれたから良かったものの、そのロージャー当人が生前に、実はウォレスにあれこれ入れ知恵もしてもらったのだ、とわめいていたら、ウォレスも色々マズかったんじゃないかい? 都合よく事態が流れてくれたからいいものの、余裕もってエラリイの作戦に付合って、その後も悠長にほっかむりしてる心境って……ちょっと作劇的に、人物描写的に無理があるよね? でもまあ(最後に殺人犯を看過? するという決断をさせちゃうことで)『十日間』以降のエラリイをさらに、シリーズものの名探偵としてアンダーなポジションにおいてやれ、という、作者コンビの残酷な邪念が覗けたような気もする。 自分が生み出した可愛い名探偵ヒーローだからこそ、さらにイジメてやりたいらしい、この時期の作者コンビの屈折がじわじわ感じられるようでとてもステキ。 (そんな評者の読みが当たっているかどうかは、しらんが・笑) |
No.1405 | 9点 | ユドルフォ城の怪奇 アン・ラドクリフ |
(2022/01/27 06:21登録) (ネタバレなし) 1584年。フランスはガスコーニュ地方。知的で善良だが世渡りの下手な貧乏貴族ムッシュ・サントペールは困窮の中で、妻の実弟だが悪辣な性格の資産家ムッシュ・クネルに先祖伝来の家督の一部を売却する。その後、愛妻を熱病で失ったサントペールは、知性と感受性に富んだ美貌の一人娘エミリーとともに、傷心を癒す旅に出た。途上でエミリーは風来坊の若者ヴァランクールと知り合い、互いに恋に落ちるが、旅のさなかで貧困に苦しむ土地の人を救ったサントペールは路銀の予算が少なくなり、父娘はヴァランクールと別れて帰途についた。だがその帰路、山腹のルブラン城の麓でサントペールは病に倒れ、エミリーに謎の遺言を伝えてこと切れた。両親と死別したエミリーは、父の実妹でパリの社交界での名声を尊ぶ俗人の叔母マダム・シェロンに後見される。そして数奇な運命は、やがてエミリーをイタリア山中の妖しい古城ユドルフォ城へと誘ってゆく。 1794年の英国作品。 ゴシック怪奇小説の始祖とされるウォールポールの『オトラント城綺譚』(1764年)の30年後に、4冊の分冊形式で順々に刊行された同ジャンルの作品で、当時の大ベストセラー。ゴシックロマン黎明期に、このジャンルの魅力を一般読者に広く厚く浸透させ、多数の模倣作品を生み出した文学史上に残る名作とされる。 翻訳は400字詰めの原稿用紙に直すと2500枚前後に及ぶらしい大長編で、書籍もハードカバーの上下巻の二分冊、合計の総ページは本文だけで優に1000頁を超えるもの。 で、昨年、ついにコレが本邦で初めて完訳された(以前に抄訳めいたものはあったらしい)と、読書人たち&広義のミステリファンたちの間で話題になっていたので、ミーハーな評者もチャレンジしてみる(せっかく以前に、同じゴシックロマンの先駆『オトラント』も読んでいるということもあり)。 しかしまあ、手に取って驚き! 初版から二か月でもう再版でしたよ、奥さん。この出版不況の時代に、合計8000円前後の二冊本が! なんのかんの言って、日本の文化度はまだまだ高いよね(笑)。 で、評者自身もページを開いたら憑りつかれたように読み進め、実質二日半でイッキ読みです。 いやもう、メ・チャ・ク・チャ・面白い! ゴシックロマンの始祖がどーのこーの言うよりは、もはやキングでクライトンでシェルドン、<あのクラスの作家たち>の脂の乗り切った時期の諸作、そういった最強クラスの作品のリーダビリティに匹敵する。 日本語としてこなれきって平明な、しかして雰囲気のある訳文も素晴らしいが、やはり次から次へと事件を起こし、読み手を飽きさせないページタナーの大冊クラシックという作品の中身そのものが最強である。 オカルトホラー&幻想ショッカー的な描写を随所に挟み込みながら、主人公の少女エミリーの変遷をメインドラマに据えて、鮮やかなストーリーテリングぶりを発揮する。 もちろん、ソレらの怪奇要素、ミステリ的な謎の数々が最終的にそれぞれどーゆう真相や作中の秘密に至るかは、ここでは書かない言わないが、叙述の視点を器用に自在に細かく切り替えながら「(とにかく)何かが起きたのだ」とか「何らかの怪異があるらしい?」とか、読み手の興味を飽かさず繋いでいく作法は、あざといまでの勢いがある。 (あとあんまり詳しく書けないが、下巻の中盤、サブストーリー的な方向に物語の流れの舵が切り替わったと思ったら、さらにまたドラマの主流の方に転調するあたりとか、ウマイ、と唸らされた。) なお本作は大部の作品だけあって登場人物はさすがに多く、名前が出たキャラだけで総勢80人前後になるけれど、それらのキャラクターについて、髪の色がどーのとか、眼の色がどーのとか、その手のビジュアル的なことはほとんど叙述していない。なんかこの辺は、のちのフレデリック・フォーサイスの『悪魔の選択』みたいに、膨大な頭数のキャラクターを割り切って合理的に捌いて使う、思いきりの良さみたいなものを感じさせる。 とはいえ、だからといって登場人物たちに血が通ってないわけでは決してない。良い意味での大衆小説として、善人は善人らしく、悪人っぽいけど結局は悪人になり切れない人もまたそんな微妙なキャラらしく、的な厚みは、小説のうま味として必要十分以上に、ちゃんと書き込んである。当初は凡庸な役割キャラかと思ったら、妙に印象的な芝居をしてきたり、とかの興趣も多い。 何しろ、味のあるサブキャラクターがいっぱいだ。ちょっとしか出てこないけれど、偏屈そうに見えて実は本当にいい人の、アマチュア植物研究家ムッシュ・バローなんかすんごく萌えキャラ。 (あと何人か、もうけ役やおいしい役回りのキャラクターの名前をあげたいが、ネタバレになりそうなので、残念ながら割愛)。 ……あ、エミリーが亡き父から受け継いだ愛犬マンションの描写だけは、いろんな意味で雑だったな。作者が途中で、その存在を忘れちゃった感じ(涙)。 全体としてはとても満足。まあもちろん、二世紀以上前の古典として割り引く部分もそれなりにあるけれど、その辺の時代性を相殺しても十二分以上に楽しめた。あんまり後味についてどーこー言っちゃいけないんだけど(ホラーやサスペンスの場合、ネタバレになりかねないから)、すごく心満ちた思いで本文最後のページを閉じている。 (もしも2020年代の現在でも、日本アニメーションが全4クールシフトで「世界名作劇場」を製作放映していたら、これを原作にしてほぼ忠実に映像化すれば、絶対に面白いものができるであろう(よほどスタッフがハズさない限りは)。そんな感じである。) なおゴシックロマン分野に本格的に取り組んでない評者としては、これといい『オトラント』といい、なんで英国作品で物語の舞台が他国なんだろ? という素朴な? 疑問があったりする。この辺は本ジャンルの作品の数を読んでいけば何となく見えてきたり、実感したりするのかね。ある種の異国性は、この分野の本来の必須要素なのかとも思うが。 ……で、本作への返歌がジェーン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』ですって? 下巻の解説を読んで改めて意識した(そっちは本サイトでもすでに、弾さんとおっさん様のレビューがあるね。さすが!)。原典のこっちを先にきっちり読んだことだし、そちらも近くチャレンジしてみることにしよう。 |
No.1404 | 7点 | アンデッドガール・マーダーファルス3 青崎有吾 |
(2022/01/25 05:13登録) (ネタバレなし) 美麗な生首だけの不老不死の女性探偵・輪堂鴉夜(りんどう あや)は、敵対する闇の犯罪組織「夜宴(バンケット)」の次の動きを察し、仲間とともにドイツに向かった。一方、保険機構の武闘派集団で、人外の怪物退治を旨とする「ロイズ諮問警備部」の面々も、シャーロック・ホームズとの対面ののち、鴉夜たちと同じ目的地に赴く。現地=ドイツの山村ホイレンドルフでは、謎の人狼による連続少女殺人事件が進行しており、今また新たな犠牲者が!? シリーズ3冊目。 特殊設定パズラーの興趣がすっかり失せてしまった前作(シリーズ第2作)は、いっきに内容がトーンダウンした感じでかなり失望させられたが、しかしこの今回の最新作は完全に復調! オールスターものとしては新参戦してくる有名キャラがそんなに多くないのがちょっと寂しいが(とはいえ中盤と終盤に、結構な大物と知る人ぞ知るマイナーメジャーキャラが用意されている)、それでも交錯した人物配置の上でのおなじみの悪役怪人連中を迎え撃っての伝奇活劇アクションは、なかなかの読み応え。 そしてそれ以上に、人外の存在が跳梁跋扈するこのモンスターワールドならではのロジカル・パズラーが十分に楽しめる。犯人の意外性も、さらにそれが判明したのちに明らかになる事件(事態)の真実もサプライズ十分。特に連続殺人のなかに隠されていた(中略)には「おお!」と唸らされた。 特殊設定パズラーとしては、これまでの3冊の中で文句なしにこれがベストであろう。 一方でおもちゃ箱をひっくり返したような世界観はさらに広がっていく感じで、ラストに出てきた新規キャラクターの素性は評者には不明。人によってはキーワード(というかちょっとだけ出てきた人物名)で察しがつくのだろうか? 次回もこのテンション&方向性で進行してもらえれば、ウレシイ。 あー、できれば、もうちょっと、この時代&世界観設定ならではの「ホームズのライヴァルたち」の客演を期待したいところではありますが(笑)。 |
No.1403 | 8点 | ある詩人への挽歌 マイケル・イネス |
(2022/01/24 04:25登録) (ネタバレなし) 1918年の歳末。スコットランドの古城エルカニー城では、学識があり詩集の著作もあるが、ケチで横暴な60歳代の城主ラナルド・ガスリーが、いささか常軌を逸した言動を見せていた。その奇矯が城下の村人たちの噂になるなかクリスマスの夜に、二人の若い男女が、成り行きから城の客として迎えられた。だがその夜、城では悲鳴とともに思わぬ惨劇が生じる。 1938年の英国作品。 旧訳ももちろん持っていて側にあるが、このタイミングなので折角だから刊行されたばかりの創元推理文庫の新訳で読んだ。 これで『学長の死』『ハムレット』と、アプルビイものの初期長編3本を順番に読破だが、結局、これが一番面白かった。 魅力というか楽しみどころに関しては、すでに本サイトでみなさんにあらかたそのポイントを言われてしまっているが、思っていた以上にドイルでチェスタートン。自分の場合は、まずその感慨が先に来た。 (中略)の切断のくだりなど、情報が後出しじゃない? と細かい文句もないではないが、作者的にはちゃんとあの文芸設定で布石を打っていたのだろうから、不満を言ってはいけないか。いや、得点的に見ればまったくアリではありますが。 本サイトでは読みにくいと悪評の序盤も、新訳のせいかほとんどストレスを感じない。ちなみに今回の新訳は話者が交代するたびにちゃんと一人称を差別化する工夫を施しており(「わし」→「僕」→「私」→「僕(最初とは別人)」……など)、その辺の気配りも実に良い。教養文庫版はこの辺はどうだったのかな? おかげでスラスラ読めたし、終盤の情報密度のコンデンスぶりも快感。 個人的に、読み進める際に(中略)を作っていたおかげで、大ネタのひとつはハハーンと予想がついてその辺は当たったが、さらに波状攻撃してくる細かい文芸の仕込みにはシビれた。英国の先駆の二大作家ばかりか、本邦の戦後ミステリのあれやこれやまで想起する。 イネス面白い、改めて本気でそう思う。次作4作目もこのノリみたい? なので、このまま続けてシリーズを読めるのが楽しみ。 |
No.1402 | 6点 | ロンリーハート・4122 コリン・ワトスン |
(2022/01/23 05:09登録) (ネタバレなし) 1960年代の後半。イングランド中部のフラックス・バラの町で、オールド・ミスのマーサ・レキットが失踪した。さらにその二か月後、未亡人リリアン(リル)・バニスターも、行方不明になっているようである。地元警察の警部ウォルター・バーブライトは、居なくなった女性たちと土地の結婚相談所「ハンドクラスプ・ハウス」との接点を認めるが、一方でロンドンから来た中年~初老の女性ルシーラ(ルーシー)・ティータイムもまた、くだんの結婚相談所に接触を図っていた。 1967年の英国作品。 評者は、数年前に翻訳された創元のワトソン(創元はワトスン表記)作品は『愚者たちの棺』の方のみリアルタイムで読了。そちらは正直、面白いようなイマイチのような感触だったが、今回はソコソコ~なかなか楽しめた。 全体の3分の2~4分の3くらいまで読み進んでも、犯人当ての謎解きミステリぽくないので、これはパズラーじゃないだろ、いささか変化球の警察小説? かと思っていた。そしたら終盤でいきなり、結構な(中略)とともに、パズラーらしくなる。なるほどね。 ネタバレになるのであまり詳しくは書けないが、ある種の仕掛け+全体の作劇の構成そのものを機能させた合わせ技の作品で、こういうのは好み。 でまあ、nukkamさんのおっしゃるとおり、ラストの部分はすんごく舌っ足らずである。ただまあ、こっちで想像すれば、たぶんそうだったんだろうな、という犯罪の組み立てはなんとなく見えてくるとは思えるし、ソレが正解なんでしょう。だから、たぶん。 原書の刊行時期が、映画の人気を下地にした007ブームの最盛期、スパイものの隆盛の頃合いのため、英国で秘密諜報部員タイプの男がモテる、という趣旨の時事ネタがあるのには笑った。本文中に「ボンド・シンドローム」なる言葉が出てくる。英国の推理文壇全般が、大きく関連のムーブメントに巻き込まれていた気配が読み取れる。 ちなみにそもそもこの本は、もともと読まずにパスしようかと思っていたのだった。(創元の先行分がイマイチぽかったので。) が、先日、70年代前半の「ミステリマガジン」誌上の、未訳の原書紹介コーナーにて、松坂健氏が本作を(もちろん英文で)読み、ホメていたのを再発見。じゃあ、読んでみようかと手にとったのだった。 うん、面白かったです。松坂さん、ありがとう。 評点は7点に近いこの点数ということで。 【2022年5月11日】 一部、本文を改訂しました。 |
No.1401 | 5点 | きみがいた世界は完璧でした、が 渡辺優 |
(2022/01/22 07:11登録) (ネタバレなし) 「俺」ことゲームヲタクの青年・日野春人は、工学部情報工学科の大学二年生。太目で冴えない外観だが、笑顔には自信がある。そんな日野は、所属するサバイバルゲームの新部員となった後輩・宮城絵茉(「エマ」)に心を奪われてしまう。エマはセミプロでサバゲー雑誌のモデルなどもする美人で、そして日野の好きな異世界ファンタジーゲームのヒロインにそっくりだったからだ。エマに二回も告白しては玉砕する日野だが、そんな彼はエマのSNS周辺に出没する謎のストーカーの気配を認めた。日野は友人たちの力も借りて、そのストーカーの正体を暴こうとするが。 6年前の処女作『ラメルノエリキサ』以来、久々にこの著者の作品を読んだ。今回は処女作以上に普通の青春ミステリっぽいが、とりあえずは謎のストーカー探しのフーダニット? の謎? と、何か事態の奥にあるのであろう主題またはメッセージを探りながら読み進める。 ……しかしながら、最後まで読むと存外に他愛ない話で、最後のサプライズ? も、はあ、そんなもんですか、という感触。ただもしかしたら、そこがこの作品の肝だと、作者の方は思ってるのかもしれない。 でもこれって、例えるなら、タイトルマッチを喧伝したボクシング試合に観客を集めておいて、いざゴングが鳴りかけた瞬間に一方の選手がリングから駆け下りてそのまま逃亡し、どうです、滅多に見られないモノを見られたでしょうと、事態をお膳立てしていたプロモーターが得意がっているような、そんな感じの作品でもあった。まあいいけど(←よくねーよ)。 ただまあ、一流半~二流の青春小説と思って読むならば、ソコソコ嫌いではない。まあマトモなミステリと思って読まないことだけは、オススメする。 |
No.1400 | 5点 | むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。 青柳碧人 |
(2022/01/22 06:45登録) (ネタバレなし) 今回は5本のエピソードを収録。 全5編は一貫してゆるやかに世界観の連鎖があり、特に最後の二つは前後編的な構成になっている。 で、内容的には、日本昔話ミステリの前作(本シリーズの第一弾)『むかしむかしあるところに、死体がありました。』よりも一本一本の作りこみ度、練りこみ度は増しているのだけれど、それらの大半が、深化のための深化、続刊ということでレベルを上げなければいけないというプレッシャーにとらわれた感じであまり面白さにつながらない。要するに全体的にゴチャゴチャしすぎ。 (ちなみに、評者は昔話ミステリシリーズの第二弾『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』はまだ未読です。) 中では「竹取物語」ネタの第一話が、比較的マシか。あと、第2話は謎解きミステリの部分よりも、導入されたある種のSFギミックの効果の方が面白かった。 最後の前後編なども、狸が変身したらその姿になれども、その変身した対象の固有の能力までは使えない、というロジックなんか割と楽しいと思うのに、解決は悪い意味でその先へその先へ行き過ぎた感じであった。 作者的には前作の完成度ではユルかったという反省があるのかも知れないけど、前のは「浦島太郎」ネタを筆頭にシンプルかつ意外な真相(発想)で、そこが楽しかったんだけれどな。 ただまあAmazonなんかのレビューを読むと「昔話ミステリ」シリーズ3冊の中では、今回がいちばんシンプルで面白かったとか、評者と真逆の感想を述べている方もいるし、もしかしたら読み手との相性もあるかもしれない。 |
No.1399 | 5点 | ベッドフォード・ロウの怪事件 J・S・フレッチャー |
(2022/01/20 06:33登録) (ネタバレなし) 1923年10月のロンドン。20台半ばの青年でクリケットとラグビーの選手であるリチャード(ディック)・マーチモントは、親代わりの叔父で独身の弁護士ヘンリー・マーチモントと、ロンドン法曹界のメッカといえる地区「ベッドフォード・ロウ」にある法律事務所で対面する。そこでヘンリーは甥に向かい、かつて25年前にロンドンの経済界を騒乱させ、多くの者を経済的に破綻させた男ジェイムズ・ランドことジョン・ランズディルが久々に姿を現した、今夜、正式に彼と対面するつもりだと告げた。しかしランズディルの名を聞いてリチャードは、心の中で驚く。それは、リチャードが最近恋仲になった南米出身の若い娘アンジェリータの苗字と同じだったからだ。リチャードはその事実が何かの暗合かどうか判然としないまま、一旦、叔父のもとを退去する。だが間もなく、ベッドフォード・ロウでは予期せぬ殺人事件が起きた。 1925年の英国作品。 ……うーん、話のテンポがいいのは好ましいのだが、一方で内容に何ら外連味もなければ、読みごたえを感じさせる要素もなく(あるいはかなり希薄で)、作中の事象がどんどんリズミカルに羅列されていくだけ、という感じの作品。 犯人捜しの要素も、終盤ギリギリまでフーダニットの興味を引っ張る作劇もちゃんとあつらえているのだが、何だろうね、このストーリーの薄っぺらさは。 巻末の解説では、横井司氏がかなり丁寧に、本作の構成要素を腑分けして、そのファクターの意味するところをそれぞれ語っている。その記述を読むと、うんうんそうだねと思うものの、気が付くとそれらはみんなミステリ史上の里程的な後先(あとさき)の話題とかが大半で、つまりは文学史的な分析になっていても、だからこの作品は面白いのだ、という主張や読者への求心には、あまりなっていないような……。 あ、20世紀初めの英国の風俗描写としての楽しみどころは、確かにちょっぴりはあるかも。 時間つぶしにはなるかとは思うが、謎解き、あるいはサスペンス、捜査ものミステリ、それぞれとしての楽しみを与えてくれる一冊かというと、正直どうなんだろうね、という感じ。 もしかしたらこーゆーのを、本当の意味での「凡作」というのかもしれない(汗)。 |
No.1398 | 6点 | なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? アガサ・クリスティー |
(2022/01/19 07:10登録) (ネタバレなし) 第一次大戦後の英国。ウェールズ地方の小さな海辺の町マーチボルト。身体上の理由から海軍を退役させられた20代後半の青年ロバート(ボビイ)・ジョーンズは今後の進路も決めかねて、無為な日々を送っていた。そんなある日、友人の中年の医師トーマスと崖の上でゴルフを楽しんでいたボビイは、崖下に重傷の男性を見つける。トーマス医師が人を呼びに行く一方、その場で危篤の男性を見守るボビイは、その相手から謎の末期の言葉「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」を聞いた。この件に関心を抱いたのは、近所の伯爵令嬢でボビイの幼馴染フランシス(フランキー)・ダーヴェントである。若い二人は死者の検死審問で覚えたさる疑念から、さらに事件に深く介入していくが。 1934年の英国作品。 作品の素性(クリスティーの著作における順列など)はすでに本サイトでもみなさんが語ってくれているとおり。 評者は小学校の高学年、図書館で本作のジュブナイルリライト版(たぶん偕成社の「すりかえられた顔」)を読んだきり。冒頭のダイイングメッセージの謎とラストシーンの雰囲気以外、まったく中身を忘れていたので、懐旧の念も込めて読んだ。 (で、やっぱり中身は、ほぼ完全に忘れていたね。) 事件からみの重要人物が(中略)など、あまりに無警戒ではないか? その辺はイクスキューズが欲しいよな、という不満が早くも前半で芽生える。さらに犬棒式に主人公コンビが動けばヒットする作劇もイージー。 途中までは、なんだこれは、赤川次郎の手抜き作品の先駆か? という気分であった(……)。 とはいえ見せ場の多い筋立てはさすがに退屈さとはまったく無縁だし、黒幕(の中略)の正体も早々とわかるが、それでも後半、それなりに事件を作りこんであるのは認める。 まあ主人公たちのピンチの際、デウスエクスマキナとしてあまりにも唐突に再登場する某サブキャラの運用は、あっけにとられつつ、その力技めいたダイナミズムの程に、ケタケタ笑ったが。 あと『秘密機関』といい、これといい、この時期のクリスティーって実はかなり潜在的に<密室殺人>に執着している気配があるよね。結局は「そんなハイレベルなものは作れない」と、いつも早めに悟っちゃうのか、すぐにネタを明かしちゃうけれども。 終盤、第34章でのあのキャラクターの物言いは印象的であった。こういうタイプの登場人物の造形にこだわるクリスティーの偏向が伺える。もしかしたら、今後のスパイスリラー路線でのレギュラーか、毎回の悪役たちの向こうにいる影の人物として運用したかったのか、などとも考えてしまった。モリアーティかのちのニコライ・イリイチの小粒版みたいなキャラが欲しかったりして。 みなさんがおっしゃるようにダイイングメッセージの扱いはアレだし、悪役側の動きも振り返るともうちょっとシンプルにできなかったのかな? とも思うが、まあまあ佳作ではあるでしょう。主人公コンビがもうちょっと、魅力的ならなお良かったけれど。 しかし本作のみならず他の活劇ものまで含めて、頭を殴られて気絶~場面転換、の多用ぶりはクリスティー、いささか安易だ(笑)。 |
No.1397 | 7点 | 僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない 紙城境介 |
(2022/01/18 08:05登録) (ネタバレなし) 四月の末以来、高校に毎日登校しながらも、生徒相談室に引きこもる一年生の美少女・明神凛音(あけがみ りんね)。由緒ある神社の末裔として特異な巫女の血をひく彼女は、あくまで論理的な思考・推理で、いかなる事件の真相も真犯人も言い当ててしまう。だが当人にもその道筋を後から追えないほど神速で行われる緻密な思考ゆえに、真犯人を言い当てたのちにその論拠を説明するのは、当の凛音自身にも不可能だった。凛音の実姉でスクールカウンセラーでもある芙蓉から、内申をよくすることを条件に妹のサポート役を頼まれた「僕」こと凛音の級友の男子・伊呂波透矢(いろは とうや)。さる事情から弁護士への道を強く志望する透矢は、「推定無罪」の法の原則のもとに、真犯人の告発にはその有罪の論拠が開示されなければならないと決意。凛音の思考の筋道を追いながら、真犯人を指摘した彼女の推理の論拠を語るが。 この作者には、異世界パズラー「ルドヴィカ」シリーズの続きの方を期待していたが、別の路線が開始されてしまった。 先に前もって真犯人の名が(作中ギミックとして)強引に指摘され、後からワトスン役(実質的な探偵役)がその真相までの筋道をトレースしてゆく……と書くと、まんま麻耶雄嵩の「神様シリーズ」だな。 とはいえ、できたものは青春ラブコメ、キャラクタードラマ、日常の謎の枠の中でのかなりロジックの構築に力が入ったパズラー、それらを合わせ技した連作ミステリとして結構、面白い。 (まあ、第1話の、あの空間まわりのロジックは、やや強引な気もしたが。) 一冊目の3エピソードだけだと、パズラー要素はともかく、青春学園シリーズものとしてのテンションがまだ高まっていない感じだが、たぶんその辺は2冊目以降に期待できそう。 現状、各ポイントごとにはそんなに目新しいところはあんまり感じないんだけど、トータルとしてはそれなり以上に評価し、今後に期待しておきたい。 評価は0.25点くらいオマケ。 |
No.1396 | 6点 | 騎士団長殺し 村上春樹 |
(2022/01/18 05:26登録) (ネタバレなし) 名士や実業家の肖像画を製作してそれなりの評価を受け、相応の収入を得ている36歳の画家「私」は、妻の柚(ユズ)から、別れてほしいときなり言い出された。ユズには、すでに肉体関係のある恋人がいるらしい。ユズに怒りも憎しみも覚えないまま、肖像画の仕事も辞めて自動車の旅に出た「私」だが、やがて東京に舞い戻ったのち、美大時代の友人・雨田政彦の計らいで、彼が所有する小田原の家の管理を引き受ける。そこはかつて、政彦の実父で今は老人ホームに暮らす日本画家の大家・雨田具彦の自宅でアトリエだった家屋だった。だがそこで「私」はある夜、不思議な出来事を体験する。 創作の村上作品をしっかり読むのは、今回が初めて(『ロング・グッドバイ』と『高い窓』の新訳は読んでいるが)。 しかしこれだけの現代文壇での有名作家の小説をいきなり最新作から読むのはさすがにどうかとも思った。そこで小心者の評者がwebでなんとなく他の人の動向を探ると「これ(『騎士団長~』)で初めて村上作品を読んだ」とか「本作はハルキワールドの入門編によろしい」などの声も結構? 目につく。 それじゃあ……ということで、半年ほど前にブックオフでそれぞれ200円で購入した、状態のいい帯付きのハードカバーを読み始めた。 1・2巻あわせて、ハードカバー一段組で本文1000ページ以上の大冊だけに、日の明るい内からページを開いてもさすがに一日では読めなかったが、それでも何とか二日で読了。 適度に頭をマッサージしてくれるような一方、最後までリーダビリティを堅持したままサクサクとページをめくらせる文体のリズムは、揶揄や嫌味などでなく、さすがに巨匠作家、著作のほぼすべてが? ベストセラー作品になっている大作家という感じ。 ストーリーに関しては、まったく予備知識なしに読み始め。実のところ、御当人はとにもかくにもチャンドラーの翻訳者であるし、さらに過去にもミステリのサタイアっぽい作品もあるらしい? とか読んだこともあるので(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のことか?)、今回もまさかこの題名から、中世風の異世界で生じた殺人ミステリが、次第に村上ブンガクの方向に流れていく内容かとも勝手に予見していた。まあこれは半分~3分の2くらい冗談、残りがホンキ。実際は、もちろん、全然、違ったのであるが(笑)。 すでに読んだ人も多いかもしれないがあえて最低限、なるべくネタバレにならないように書くと、題名の「騎士団長殺し」とは作中に登場するキーアイテムとなる(中略)のことで、物語の足場は基本は一人称の主人公「私」が踏みしだく現実の世界。そこから(中略)へと、次第にストーリーのステージが広がっていく。 こういう文学作品だから、読者の自在な勝手な解釈を受け入れてくれる余地も十分にあるようだが、ごく素直に読めば現実世界の壁が次第に割れて、向こう側の空間(あるいは主人公を含む劇中人物たちのインナースペース)を覗き込む幻想小説・観念小説という形質を認める。 その上でそれぞれの役割を担っているはずの登場人物や、個々の意味性をはらんだ事象の配置が鮮烈で、なるほど村上作品の完全ビギナーとしてはそれなりの満腹感を抱いた。 とはいえ(一部のネットで同じ感想を述べている人もいるが)キーパーソンのひとりの某キャラと先述のキーアイテム「騎士団長殺し」の関係性&距離感など「これは、ここで終わらせて、あとは解釈を読者にゆだねるのか? それとも……?」と言いたくなるような、評者のようなシロートには見切れない部分もなくもない。まあその辺も屁理屈をつければ、モノのひとつふたつくらいは言えそうだけど、なかなか怖くて書けないよね(笑・汗)。 で、クロージングはあまりに綺麗にしみじみと終わりすぎていて、なんかそこに、送り手がいろいろと読み手(ここでは評者のコト)を振り回しておいて、最後はお上品にリリカルにこれかい、なんかズッコい感じがするよ、というのも正直なところであった。 ただまあ、(これもすでにネットのあちこちで言われているようだが)本作の世界観はさらなる続編に繋がっていく伸びしろを残した構成のようになっている気配がある。まあ、この世界観や小説的なメソッドをまた使い、何年かあるいはもっと先に新作が書かれたとしても、主人公はたぶん変わるだろうけどね。 とりあえず、一回読み終えた自分をホメよう。 ちなみに本サイトで感想・印象のレビューばっか書いてる評者に耳の痛かった一言を、本作の本文から引用。 「しかし絵画的印象と客観的事実とは別のものです。印象は何も証明しません。風に運ばれる薄い蝶々のようなもので、そこには実用性はほとんどありません。」 (第二部・ハードカバー版44ページ) うーん。 |
No.1395 | 6点 | シシリーは消えた アントニイ・バークリー |
(2022/01/16 08:40登録) (ネタバレなし) 20世紀前半の英国。27歳まで一度もマトモに働いたことのない御曹司として生きてきた青年スティーヴン(スティーヴ)・マンローは、当てにしていた伯父の遺産を得られないと知った。食い詰めたスティーヴは、サセックスの金持ちレディー・スーザン・ケアリーの屋敷「ウィントリガム・ホール」の従僕となる。レディーはスティーヴの学友フレデリック(フレディー)・ヴェナプルズの伯母でもあり、さらにその屋敷でスティーヴは思わぬ人物に再会した。スティーヴが初めて仕事に就いたその夜、屋敷ではフレディーの発案で、その場の賓客たちを集めて降霊会(魔女集会)が開かれる。そして暗闇の室内から、忽然と一人の女性が消失した。 1927年の英国作品。 少し前にミステリ関連のサイトを散策していたら、クリスティーが本作を評価していた旨の情報を見聞きした。それで興味が湧いて読んでみる。 中身は不可解な人間消失の興味をまず提示し、さらにそこから話が二転三転してゆく、それでもどこかのどかな、ラブコメ要素も若干まじった謎解きサスペンス(ユーモアミステリの趣もある)。こういうのもコージー・ミステリというのかもしれないが、いずれにしろ好テンポの筋運びはリーダビリティ最強で、一晩でいっきに読んでしまった。 バークリーの作品の中でも、たぶんかなり敷居の低い方であろう。まだそんなに数は読んでないので明言はできないが(汗)。 真相は、なるほど……クリスティーが好きそうな感じ。あえてケチをつければ、こういう犯人の設定なら途中で(中略)の描写も欲しかった、という気もするが、ソコはカメラを「ソッチ」に向けなかっただけだから、叙述にウソはないし、まあぎりぎりオッケーか。 著作はそれぞれクセ者の印象があるバークリーだが、これはフツーに楽しめた。シェリンガムもので面白そうなのも、そのうち見つくろって読んでみよう。 |
No.1394 | 7点 | 料理人 ハリー・クレッシング |
(2022/01/15 06:28登録) (ネタバレなし) 平和で平凡な田舎町コブ。そこは丘陵地の領主ヒル家と平地の領主ヴェイル家によって、代々、二分されて統治されてきた町だった。だが現在、両家の和睦が進み、今では若い世代の婚姻の話さえ持ち上がっていた。そこに自転車に乗って、一人の男が現れる。彼の名はコンラッド(コニー)・ヴェン。2メートル近い長身で痩躯の彼は人並外れた料理の腕前を誇り、ヒル家の住み込み料理人となった。やがてその日から、コブの町ではすべてが変わってゆく。 謎の作者ハリー・クレッシング(一説によると当時の既存作家の別名らしい?)によって著された、1965年のアメリカ作品。 1972年のHN文庫版が最初の邦訳だと思っていたが、再確認したら1967年にその元版のハヤカワノヴェルス版が発売され、その時のミステリマガジンの誌面などを探る機会があれば、リアルタイムで当時、かなりの反響を呼んでいたことが今でも窺えると思う。 それゆえ評者も十数年前からそろそろ読もう読もうと思っていた(HN文庫版)が、例によって購入していたはずの本が家の中から見つからない(汗)。 観念して、昨年の暮れ、出先のブックオフで見かけた古書(文庫版の旧表紙)をあらためて買い込んで、今回初めて読んだ。 町にふらりと現れた謎の青年コンラッド(おそらく正体は……)が、悪魔的な料理の才能でヒル家やヴェイル家、それに町の人々の味覚と食欲、果ては健康や美容まで管理し、支配していくストーリーは正に現代(1960~70年代当時)の悪魔小説なのだが、オカルト的な要素やスーパーナチュラルめいた叙述は一切登場しない。 だが劇中の事象の累積や進展に接していくかぎり、そこには確実に尋常ならざるものが潜むと実感させる。本作はその意味で、まぎれもない不条理ホラーであり、欲望に流される人間の儚さを嘲る黒い寓話なのも間違いない。 惜しむらくは21世紀の現在、本作をはじめて素で読むと、料理の腕で、屋敷を町を人心を掌握し、簒奪してゆくコンラッドのキャラクターがすでにそれほど目新しくは見えないこと。本作が書かれてから半世紀、東西のフィクション分野の成熟・爛熟はこの手の「乗っ取り」型ダークヒーローをいろいろな形であちこちで輩出しているように思えるからだ。 (まあそもそもこの手の乗っ取りものの系譜には、ウォールポールの『銀の仮面』という先駆の名作があるのだが。) しかしながら逆に言えば、それは本作で語られる「欲望による支配」という悪魔の主題が半世紀経っても古びていない証左ともいえる。 だから時代を超えた唯一無二の傑作などとまでの高い期待はせずに、普遍的な悪魔小説の新古典と思って読むならば、十分に面白い。 Amazonのレビューなどでは後半でやや失速という声もあり、それもわからなくはないが、実のところ自分などはむしろ終盤のストーリーの起伏具合と、悪夢的なイメージでの決着ぶりに酔った。この辺はたぶん読み手それぞれ。 まあ「広義のミステリ」を自在に楽しんでいるという自覚のある人なら、人生のうちに一度くらいは読んでおいて損はない? 一冊だとは思う。 【2022年1月16日追記】 Wikipediaを見たら、クレッシングの正体は既成作家ではなく、英国にも長期滞在した米国の弁護士で経済学者のハリー・アダム・ルーバー(1928~1990年)だという情報が出ていた。Wikipediaなので怪情報が混じっている可能性はあるが、現状では対抗要件もないので、一応、この記事を参考にしておく。 ちなみに同Wikipediaの記事によると本作『料理人』は映画化もされており、脚本があのクエンティンの一角ホイーラーだとのこと。ちょっと観てみたいもんですな。 【2022年4月16日】 日本での邦訳書誌情報に誤認があったので、お詫びして訂正(本日のクリスティ再読さんの投稿を読んで気づいた。ありがとうございます)。最初の邦訳の元版は1967年のハヤカワノヴェルスの全書判で、その後しばらくしてから、ほぼ同じ表紙デザインで、文庫化されたことになる。 上掲の文章はすでに改訂済みということで、よろしくお願いします。 |
No.1393 | 6点 | 裁きの鱗 ナイオ・マーシュ |
(2022/01/14 07:48登録) (ネタバレなし) 1950年代の半ば。英国の田舎町スウェヴニングスで、屋敷「ナンズバードン館」の老主人サー・ハロルド・ラックランダーが75歳で逝去する。かつて外交官で英国の代理大使まで務めたハロルド老は、死ぬ前に回顧録の原稿を遺していたが、そこにはある秘密が書かれていた。そしてスウェヴニングスで、この回顧録に関係する一人の人物が殺害される。その死体のそばには、近隣の川の主のごとく、土地の人々にその存在を知られていた大型の鱒「オールド・アン」が横たわっていた。 1955年の英国作品。 主題のひとつがあまりにも直球すぎるので、あーこれは(中略)だろうな、と思っていたら、まんまその通りであった。 主要な登場人物たちがひとりひとり丁寧に描き分けられている反面、あまりにも容疑者の頭数が少なく、これではどうやっても真相発覚時にサプライスは獲得できないだろ、と思った。この枷を破るには、ほとんど反則の大技を使うしかないと考え、ある手を思いついたが、ただしソレは、叙述の客観性を信じるかぎり、ありえないものであったり。 でまあ、結局フーダニットパズラーとしては、わかりやすく納得できる解決だけど、きわめて地味な決着となった。 ただし本書の解説で横井司氏が語る「マーシュは自分が創造した登場人物たちひとりひとりに思い入れしすぎて、それがフーダニットミズテリに必要なある種の冷徹さを築きにくいのだ(大意)」という意見は、わかるような気がする。 色んな意味で、評者が大好きな『病院殺人事件』の新訳が出ないかな、と思うが(ネタバレにはなってないハズ)。 マーシュ(&ロデリック・アレン)が猫好きなのはよくわかって、ソレは嬉しい。これが本作の一番の収穫ポイントか(一匹だけ、悲惨な目にあうのがいたのが、可哀そうであったが)。 かたや技巧的な謎解きパズラーとしては、ホメるべき突出した長所はほとんどないんだけれど、それでも英国の地方の町を舞台にしたシリーズ名探偵もののパズラー、そのお手本みたいな一冊であり、とても楽しかった。 論創の『オールド・アン』版で読んだけど、しかし『裁きの鱗』と翻訳がダブったのは本当に片方の翻訳家の労力のムダであった。同じ原書を二冊訳すんなら、その手間暇を同じ作者の未訳のものに振り分けてほしい。まあこーゆーのは早い者勝ちだったり、いちいち競合する版元同士で談合や相談したりはしなかったり、でなかなか難しいんだろうけどね。それでも今回の件やヘキストの『コマドリ』の時の新訳のダブりみたいに、とにかくムダ? になるクラシック翻訳紹介の労力がとてもモッタイナイ。 |
No.1392 | 6点 | シルバービュー荘にて ジョン・ル・カレ |
(2022/01/13 05:43登録) (ネタバレなし) ロンドンの金融街で第一線の証券マンだった33歳のジュリアン・ローンズリー。だが過酷な業務の日々に疲れた彼は転職して、海沿いの町イースト・アングリアに書店を開く。だが商売はうまくいかず、弱っていたところに、60がらみの地元の男、エドワード(テディ)・エイヴォンが来訪。エドワードは、ジュリアンの父ヘンリー・ケネスの旧友と称し、そのヘンリーがかつて起こした醜聞も知っていた。そしてそれらの出来事と前後して、英国情報部「部 (サービス)」の国内保安責任者スチュアート・プロクターのもとには、とある人物が発信した情報が寄せられる。 2021年の英国作品。 2020年の暮れに物故した巨匠ル・カレの遺品として見つかった遺作。日本でもすでにミステリ作家としての活躍が知られるル・カレの息子ニック・コーンウェル(ペンネーム、ニック・ハーカウェイ)は、自分が適宜に手を加えて刊行しようかと一度は思ったものの、実物を読むとその必要はないと判断。最低限の編集・校訂のみ行って、刊行したそうである。 物語は、ジュリアンを軸とする地方の町イースト・アングリアでの群像劇と、もう一人の主人公プロクターを核とする「部」サイド、二つの方向から語られるが、やがて読者視点で双方の物語に共通する、本作の本当のキーパーソンといえる人物の半生が、そしてその人物に関わる数名のまた別の重要人物の挙動が浮かび上がってくる。 情報は少しずつ断片的に語られるものもあり、また伝聞を介して明かされる過去の事実なども多い。それゆえこの物語世界の過去に生じた、そして現在進行中の事象の全貌がわかりやすく説明されることは決してないが、その辺は読者がなんとなく全体像を組み上げられるようになっている。 そしてそのようにドラマのベクトルが提示される一方で、靄(もや)の中を歩き続ける迷宮感のようなものを味わうのも、おそらく本作の醍醐味だ。 語られる主題は、確固とした行動原理が見えにくくなってしまった英国諜報部の現状を背景に、組織とスパイ個人の対峙、さらには任務を積み重ねていく諜報・工作員の疲弊などといった、きわめて普遍的なものが読み取れる。 スマイリー・サーガは先の最終作『スパイたちの遺産』で文芸設定を一部破綻させながら(ある意味でパラレルワールドに行ってしまったともいえる?)一応の完結を語ったが、そのあとに遺された遺作の最後の本作はノンシリーズ。 そこで改めて、エスピオナージの巨匠は、敵味方がわかりにくくなってしまった21世紀の世界で、もしかしたら何を使命とすべきかすらも見えにくくなっている、諜報組織内外の人間ドラマを語っていった。 キーワードは「抵抗」。的を得ているかどうかはわからないが、読み終えた評者の頭には、今はその一言が浮かぶ。 |
No.1391 | 7点 | 風よ僕らの前髪を 弥生小夜子 |
(2022/01/12 08:40登録) (ネタバレなし) その年の11月10日。愛犬と散歩中の74歳の弁護士・立原恭吾が何者かに絞殺された。恭吾の甥にあたる青年で、少し前まで探偵事務所に勤めていた若林悠紀は、彼の伯母で恭吾の妻である67歳の高子に呼び出され、犯人の可能性のある人物を秘密裏に調査するように願われる。その相手とは、立原夫妻の実の孫だが、今は訳あって老夫婦のもとに養子縁組している大学生・立原志史(しふみ)だった。その志史は、悠紀がかつて家庭教師を務めた少年でもあった。だがほどなく志史のアリバイは立証され、高子の疑念は払底される。しかしさらに何かを気取った悠紀は、関係者と思われる人物の対象を広げながら、独自の判断で調査を続行するが。 第30回鮎川哲也賞・優秀賞受賞作。 端正な文章、会話がかなり多い(特に後半)くせに安っぽさを感じない小説の風格を認めつつ、一晩で徹夜で、一気読みしてしまった。 評者はこれまでの鮎川賞の方向性についてどーのこーの言えるほど、作品の数を読んでいないが(試みに数えてみたら本賞分だけで、まだ10冊前後しか読んでなかった……・汗)、その上であえて本作の方向性を語ることを許してもらえるなら、その鮎川賞よりも<乱歩賞受賞作の良く出来たもの>的な、印象がある。 犯人や関係者の物語上での伏せられた配置や根幹のネタなどはおおむね予想がつくし、中盤~後半で表面に登場してくる謎の? 某キャラクターの素性なども見え見え。 が、たぶん作者自身もこれを山場での勝負球にしたらしい「なぜ(中略)だったのか」のホワイダニットのアイデア、これはなかなか感じ入るものがあった。 もしかしたら類例のものもすでにどこかにあるのかもしれないが、犯人側のこの<動機>の部分は、おそらく評価すべき創意であろう? 主人公・悠紀の内面に秘められた、探偵としての原動をふくめてどこか、評者のオールタイム国産ベスト作品のひとつ、あの、仁木悦子の『冷えきった街』を想起させるものがあり、そんな感触もまた、こちらの読み進める勢いをさらに増加させた。 とはいえ本作の場合は、込み入った事件の構造を読者にわかりやすく捌く作業がタスクとなって、後半やや失速した気配もある。 ただし一方で、終盤には先述の相応のサプライズとアイデアも用意されているので、全体としては、やはり秀作とホメるにやぶさかではないだろう。 さすがに、自分の心の中の殿堂入りしている傑作『冷えきった街』を押しのけるまでには行かなかったけどね。 でもまあこの作品が、若い世代の多くの読者にとって、今後かなり長く心に残る一作になりそうな予感めいたものもある。 作中の犯罪にからむ実質的なメインキャラたちの描写もさながら、事件の渦中に当人なりのモチベーションで食いさがっていく主人公のひとり、悠紀の内面に、前述の『冷えきった街』の主人公・三影潤にも通じる<国産ハードボイルドの魂>を認めて、自分の本作へのジャンル投票は「ハードボイルド」ということで。 |
No.1390 | 6点 | ボニーとアボリジニの伝説 アーサー・アップフィールド |
(2022/01/11 06:33登録) (ネタバレなし) 20世紀の初めに、西オーストラリアの北東部に落ちた隕石。それは「ルシファァーのカウチ」と呼ばれる巨大なリング状の突起した落下痕を地表に形成した。やがてそれから数十年が経ち、その落下痕の中の空間に、白人の男の他殺? 死体が発見される。オーストラリアのネイティヴ=アボリジニと英国系白人のハーフであるナポレオン・ボナパルト警部(ボニー)は、上層部から被害者の素性についての情報を伏せられたまま、現地の捜査に赴くのだが。 1962年のオーストラリア(英国?)作品。 アップフィールドのボニーものは、少年時代に、旧クライムクラブの『名探偵ナポレオン』とHM文庫版のどれか一冊(たしか『ボニーと警官殺し』だと思う)のみ読んだ覚えがある。前者は面白いようなそうでないような、後者はそれなりに面白かったような、そんな印象のみあるが、流石にそれぞれの内容は大筋も細部もまったく忘却の彼方だ。あ、後者のなにかの場面で、ボニーが「私は読書といえば、小説と漫画ばかりだった」とか語り、その一言に当時、相応のシンパシーを抱いたことだけは、覚えている(笑)。 それでHM文庫での3冊の刊行から、ほぼ40年目(正確には38年ぶり)の久々の本邦上陸、新訳のボニーシリーズということで懐旧の念も込めて読み出す。 いささか特殊なロケーションを前提にした物語は独特の味わいがあるが、ストーリーそのものはこなれた翻訳の良さもあって、ほとんどストレスを感じない。 主人公ボニーは事件現場である「ルシファァーのカウチ」の近隣にある「ディープクリーク牧場」に着目。そこの白人の牧場主カート・ブレナーに協力を求めて、彼の屋敷に逗留する。そしてブレナーの家族や同牧場で働くアボリジニの使用人たちと順当に交流を深めながら、事件の真実を探っていく。 混血の主人公のボニーからして白人とアボリジニの文明の仲介者的な側面があるが、さらに本作では、もともとはアボリジニの少女だったがブレナー家に養女に迎えられて西洋式の高い教育を受け、教職への道を志望する18歳の少女テッサがメインヒロインとして登場。彼女もまた二つの文明の橋渡し役だが、知的で陽性でほんのちょっとだけ小悪魔的なキャラクターが、本作に登場する十数人の登場人物たちの軸といえる存在になる。ブレナーの牧場で働く白人、アボリジニの若者たち数人が彼女に恋心を抱き、それゆえに絡み合う人間関係も、先の文化事情の摩擦などにも絡んで話の厚みを感じさせてゆく。 牧場の関係者や地元のアボリジニたちから証言をとりまくるボニー。そんな捜査の進展を追いかける筋運びは全体的に滑らかだが、山場のクライマックスでは、他の欧米の作家の作品ではあまりお目にかかれないような、本作ならではの風土と文明観・人間観を踏まえた見せ場が登場。若干、あっけにとられるが、まあその辺は、このシリーズらしい独特の趣向として楽しんだ。 (ちなみに、あっけらかんとした陽性のエロい場面が登場するのもよろしい~笑~。) そしてソンなインパクトのある見せ場のあと、さらに本題のミステリ部分の謎解きとして、事件の真相に迫ってゆく構成も本作のミソだ。 まあ本気で面白がるには、もっともっとこのシリーズにどっぷりと浸る構えをとってからの方がいい作品という気もするが、評者みたいに久々にむかし見知った名探偵キャラクターに再会する程度の軽い気分でも、それなり以上に楽しめた一冊である。 Twitterでの論創スタッフさんのコメントによると、もうしばらくこのシリーズをまた出してくれるそうなので、そちらも刊行されたらチェックはしてみよう。 いつもながら論創さん、こういう奇特なものの発掘・刊行を、本当にありがとうございます(笑)。 |
No.1389 | 8点 | 死まで139歩 ポール・アルテ |
(2022/01/10 04:22登録) (ネタバレなし) 1940年代末の4月の英国。30歳代初めの法学士ネヴィル・リチャードソンはある夜、美しい謎の女性(のちに勝手に「アリアドネ」と仮称)に出会い、心を奪われる。一方でロンドンの周辺では、手紙を運ぶメッセンジャー役の中年ジョン・バクストンが、とあることに不審を抱き始めた。やがてこの二件の案件は、名探偵アラン・ツイスト博士の視界で、ある接点で結び付く。そんな博士の前には思わぬ人物の死体が転がり、さらに密室状況の中に突如として死体が出現した。 1994年のフランス作品。久々のツイスト博士シリーズの翻訳で、しかもアルテの長編の邦訳が同じ年に2冊出るのは昨年2021年が初めてという快挙であった。 とはいえアルテ修行中の評者には、その素晴らしさがまだいまひとつピンと来ない(汗)。2002年からリアルタイムで読み続けている古参のファンの方、どうぞよろしく喜んでください。 しかし内容はエライ面白かった。ツイスト博士シリーズはまだこれで3冊目だが、本作に関しては詳しい素性をこのサイトではnukkamさんが、さらに実際のポケミスの巻末解説では法月先生が語っているとおり、シリーズの中でも結構な秀作のようである。 個人的には、これまでに読んだバーンズシリーズも含めて、今までで一番、いい意味でカーのB級路線の秀作のような感触の楽しさだった。 登場人物が少ない分、犯人のサプライズ感は出しにくいだろなと予見したが、ちょっと思わぬ切り口の真相で意外性を感じさせた。 ホームズの時代の某短編を想起させる奇妙なバイト仕事の謎、やたらと靴を集める変人の存在、さらに特殊な密室空間にいきなり捨て置かれた死体の謎、など、とにかく絢爛たる不可思議な事象を連発するサービス精神がステキ。中には例によって、よくよく考えればなんでソコまで、と言いたくなるものもあるが、まあいいでしょう。確かにアルテは趣向優先の天然パズラー作家である。都筑道夫が存命でこれ読んでいたらキライそうな気配もあるが、まあいいや。 特に前述の謎のなかのひとつに対する、最後の最後のフィニッシングストロークで与えられる真相のアンサーには泣けた。これもまあ、もうちょっと伏線とか地味に丁寧に張っておいたら、もっと数倍泣けた気もするけれどね。それでもまあ、これはこれで。 まんまカーの中期作品風のヌカミソサービス=ラブストーリー部分や、ネヴィル青年を相手にまくしたてるツイスト博士のミステリ談義、密室談義もほほえましい。 とにかくご機嫌な一冊。 まだ読んでないアルテの邦訳がそれなりにあるのが評者はウレシイ。ツイスト博士シリーズの未訳のものも結構あるというのが、不安半分、期待半分で怖くて嬉しい。未訳のまま終わったら哀しいし、最後の一冊まで出してくれたらたぶん幸福になると思えるので。 評点は0.5点くらいオマケ。 |