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ミステリの祭典

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幻の墓

作家 森村誠一
出版日1976年02月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/07/27 13:55登録)
(ネタバレなし)
 東都大学山岳部の好青年・名城健作と、同じ部員の美青年・美馬慶一郎。幼馴染で親友同士の彼らは、ともに父親をそれぞれの所属する企業の謀略でおそらく殺害され、さらに母親の命まで奪われた立場だった。名城と美馬は宿敵の会社に入社して標的に復讐する計画を練るが、一方で彼らそれぞれの直接の標的の企業では入社はありえないとして、交換殺人作戦を企図し、お互いの仇の会社に入社。ふたりは、標的と定めた2グループ、総数9人の人間を全員殺そうとする。

 廣済堂文庫版(1993年11月の初版)で読了(評者が読んだのは、94年の第3版)。
 巻末解説(文芸評論家の下里正樹)によると、刊行は次に執筆した第二長編『大都会』の方が先になったが、実は本作の方が最初に完成させた処女長編だったらしい(いくつかの出版社に持ち込んだものの売れず、『大都会』刊行後に、その元版の版元の青樹社から出してもらったそうである)。元版はその青樹社から67年11月に刊行。
 というわけで森村の実質的な長編第一作が本書だそうで、そういう興味のもとに読んでみる。

 名城の標的4人、美馬の標的4人の名前が比較的序盤でリストアップされ、すぐに前者にひとり追加。
 オムニバス連作短編風のエピソードっぽい感じで、その仇全員を少しずつ切り崩していく主人公たち(とその協力者)の復讐作戦が語られるが、これが実にエグい。
 大藪春彦か西村寿行がハメを外したときのような感じで、申し訳程度に内面の葛藤(主に名城の方)が挿入されるのもかえってなんというか。
 途中でウエエエ~、さすがにこれは、となるくだりが出てきてドン引きしたが、それは(中略)。しかしそれもつかの間、さらにまた……(中略)。

 この手の悪趣味な露悪小説は、出版不況の21世紀の中である意味でやむなく熟成された感があったが、改めて昭和は昭和でクレイジーな時代だったとも思い知る。
(まあ60年代後半~70年代前半といえば、いわゆるトラウマ劇画全盛の時代だしな。)
 一方で後半の、ある大型ホテルを舞台にしたいやがらせ作戦なんかは、フツーに痛快でストレスなく面白い(巻き添えを食った罪もない一般人は、ちょっと気の毒だが)。

 で、面白いのはそんな中でも、仇と目された連中がかつて主人公の父親たちを殺害する際に使用した奇妙な? 殺人トリックやギミックが用意されていること。特に交通事故死に見せかけた方は、本当にそんなことできるんかいな? という思いだが、実際の実行図がなかなか魅力的なのは、間違いないものだった(作中の被害者には悪いが)。もう一方の(中略)を利用した殺害方法もなかなか印象に残る。

 しかしトータルとしては大変な熱量の力作で、得点的に評価するなら間違いなくこれまで読んだ森村長編のなかでダントツに面白かった。これが売れなかったという事実は、作者の作家魂に相当な屈折の念を宿したことは察してあまりある。そこからのスプリングボード的な憤怒の情念が、のちの多作量産(その中には、確かに秀作もいくつもある)のパワーに転じたことも偲ばれる。
 
 登場人物は、劇中の誰もがその与えられた物語ポジションに応じた役回りを演じている感じのキャラクター描写で、そういう感触は、のちのちの森村作品っぽい。
 それでも主人公の一方の名城は邪悪な復讐者になりきれない普通人の親近感がどこかにあるし(とはいえ相応に凶悪なこともするが)、かたやもうひとりの主人公、美馬の方にはニヒルなデモーニッシュな魅力もなくもない。
(まあ一番かっこいいのは、後半に登場してゆえあって二人を支援してくれる、ある世界での大物・大川老人だが。)

 終盤のどんでん返しはその迫力に息を呑む一方、こんな人物の動きや存在が主人公チームの視界にまったく入らなかったのか? どこかで警戒する要素が生じていたのでは? と違和感を覚えたが、そこがあえて言えば本作の相応の弱点。
 とはいえストレートな青春ドラマで復讐譚ではなく、さらにミステリらしい作劇にこだわった情熱には問答無用に惹かれる部分もある。
 
 改めて作家や作品って、実作を自分の目で読んでみなければわからないね。森村誠一という作者の名前だけでバカにしていた、往年のSRの会の前世代連中の方が(以下略)。

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