人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2108件 |
No.1468 | 7点 | 嘆きの探偵 バート・スパイサー |
(2022/04/11 05:28登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことカーニー・ワイルドは、フィラデルフィア在住の33歳の私立探偵。実績を重ねて事業を拡張し、現在では12人の所員を雇用する探偵事務所の所長となった。だが事務所の大口の顧客である、百貨店協会の会長イーライ・ジョナスのゆかりの銀行で強盗事件が発生。ワイルドはその犯人で元銀行の出納員チャールズ・アレクサンダー・スチュワートに撃たれて重傷を負い、さらに当のスチュワートをとり逃がしてしまう。百貨店協会から半ば役立たずと烙印を押されて次期の契約を打ち切られかけるワイルドは、退院後すぐさま、今も逃亡中のスチュワートを捕らえて汚名をすすがねばならない。フィラデルフィア警察の警部で、懇意にしているジョン・グロドニックから情報をもらったワイルドは、警察の捜査を支援する形で、スチュワートが乗船、もしくは何らかの接触を見せそうなミシシッピ川縦断の客船「ディキシー・ダンディー号」に乗り込むが。 1954年のアメリカ作品。私立探偵カーニー・ワイルドものの長編第6弾。 本邦初紹介作品でシリーズ第一弾の『ダークライト』以来、数年ぶりの登場。それ自体はと・て・も嬉しいが(論創のハードボイルド私立小説の紹介そのものが久しぶりだしねえ……)、なんでいきなり2~5作目をすっとばして第6作なのか? 物語の序盤でグロドニックの娘ジェーンというのが登場し、この彼女がワイルドと付き合ってたのどーのと語られるが、くだんの経緯もこの辺の未訳分の中でのことだったらしい。 まあそれはまだいいとして、第1作では個人営業だったはずのワイルドの事務所はいつのまにか事業拡張し、十人以上の所員の大所帯になっている。まるでピート・チェンバースか、ネロ・ウルフのとこ、あるいはエリンの『第八の地獄』みたいな賑わいだ(まあウルフのとこは外注メンバーが多いけどね)。 これって1950年代私立探偵小説としては、ヘンリイ・ケインなどと並んでそれなりに珍しい設定のように思えるので、本来なら、ワイルドの事務所が商売繁盛してくるまでの流れを、シリーズの順番どおりに21世紀に追体験したかったな~と強く思ったりした。 (ちなみに訳者あとがきでも、解説を担当の二階堂センセの原稿でも、この大所帯設定についてほとんど言及してないのは何故? 繰り返すが、結構、当時としてはユニークな文芸設定だったと思うんだけれど。) ということで思うのは、なんで二冊目の翻訳(いや、重ねて言うけど、出してくれたこと自体は本当に大感謝なのヨ)に、このシリーズ第6弾を選んだかということ。 ミシシッピ川船上での捜査がドラマの主体というのは確かに印象的な趣向だけど、そういうのがセールスに繋がるのか? と思ったりもした。 特に50年代私立探偵ハードボイルド小説というジャンルの場合。 で、中身そのものの話だけど、ストーリーはテンポいいし、登場人物は色鮮やかに描き分けられているし、何より今回は天中殺(古い)みたいに、次から次へと、やることなすことが裏目になってしまうワイルドの悲喜劇ぶりが実に小説として面白い。特に、所員の今後の給料を払い続けるため、今回の捜査を絶対に失敗できないという文芸が泣かせる。 ただまあミステリとしては最後にどんでん返しがあるにせよ、そんなに入り組んだ謎解きではなく、良くも悪くも佳作クラスか。伏線とフーダニットの興味を踏まえたミステリとしては『ダークライト』の方が数段面白かったとは思う。まあその分、今回は、変化球の主人公ポジションについたワイルドの設定やキャラ描写など、別の面白さが増した感じではあるのだが。 それで前述のとおり、今回の解説は論創の編集部が何を考えたか、二階堂センセを起用。フツーの意味でのハードボイルドファンではないことを前提に、かなり挑発的なものを言いまくっているが、個人的にはまあうなずけるところとそうでないところ、それぞれ。 例のジョン・ロードの『プレード街の殺人』の件以来、実作者としてはともかく、ミステリファンとしての二階堂センセって、どーも眉唾ものだしね(詳しくは本サイトでの『プレード街の殺人』の当方のレビュー、さらにそれに関連される、掲示板でのおっさん様のコメントをお読みください。ネタバレにはご注意。) ただまあ、日本のハードボイルドファンが、実作者を含めて悪い意味で『長いお別れ』に影響を受けすぎていると言いたげな発言があり、そこらへんは完全に同意。ここだけは少なくとも、今回よく言ってくださった、という感じである。私なんか「あー、これは『長いお別れ』のインフルエンスから生まれたな」という国産作品なんか、三つどころかたぶん五つ以上言えるわ。 (正確な数は、数えたことないけれど。) いずれにしろ、一冊の作品としての本書は、ミステリとしてはまあまあ、ハードボイルド私立探偵小説としては結構、面白い。その上で、重ね重ね、順番通り訳してほしかったというところ。 (まあ、一時期のネオハードボイルド作品なんか、律儀に順番通り訳しすぎて、シリーズが面白くなる前に翻訳刊行が打ち切られちゃったシリーズなんかもあるみたいだから、難しいところではあるんだろうけれど。) |
No.1467 | 6点 | 裏六甲異人館の惨劇 梶龍雄 |
(2022/04/09 08:08登録) (ネタバレなし) 映画の助監督(雑用係)である20台の青年・吉田隼人は、とある仕事で神戸に来ていた。吉田は深酒の果てに地元のタクシーを利用するが、酔って朦朧とした頭で、近隣に建つ異人館の周辺で殺人前後の光景を見たような気がする。その直後、地元の大学教授・真隅重弘の屋敷の異人館で、来客である外国人の老人ウッドリッチの死体が実際に発見された。吉田が目撃したのはこの殺人の現場だったのか? だが殺人の状況は、吉田の記憶と相応の異同があった。映画業界で吉田と名コンビを組む監督の五城秀樹は、かつて奥秩父での殺人事件を解決したアマチュア名探偵で、今回もこの怪事件に乗り出すが。 『奥秩父狐火殺人事件』に続く、映画監督でアマチュア名探偵・五城のシリーズ第二弾。とはいっても登場作品はこの2つしかないみたいだし、しかも前作で「五城賀津雄」という設定名だったはずの五城監督は、今回はなぜか名前が「五城秀樹」に変わっている。本作の作中では前作の内容に則った奥秩父での殺人事件の話題も登場するので、大枠としては同一シリーズのハズだが、厳密にはニアイコール世界のパラレルワールド、近似の存在の別の主人公として書かれているかもしれん? なんでそんなややこしいことになったか知らんけど。 (『奥秩父』は10年くらい前に、当時としては珍しく人物メモまで作りながら読了したはずだが、もう細部はトリックも犯人もふくめてまったく忘れてる。まさか、前作のラストで某EQの長編の終盤みたいに、メインキャラクターが改名していたってことはないと思うが?) 事実上のメインヒロインといえる異人館の女主人=重弘の美人の奥さん・絹子の名前が中盤になるまで登場しない(本人は序盤から登場しながら、しばらく「真隅夫人」と地の文でも呼ばれてた)。 特にそのことに小説やミステリとしての意味なんかなく、この辺りもふくめて全体的に雑な文章で小説だという感慨も生じたが、量産期の梶作品ならこういうものもあるか、とも思ったり。 それで裏表紙には「恐るべき真相が明らかになる!」とあるが、最後まで読んでああ、そういうことね、という感じ。正直、大山鳴動して鼠一匹のパターンだが、しつこくしつこく張ってあった伏線を回収しまくる作者の執着は、ちょっとトキメいた。 前半から怪しい人が本当に(中略)だったのは困ったもんだけど、トータルとしてのキャラクター描写は、グレイゾーンでまあまあ良い仕上がりになっている気もする。 しかし読みやすい割に、クライマックスに至るまでの部分では「ワクワク面白いからリーダビリティが高い」という感覚などとはまるで無縁で、なんだかな、である。 例によってAmazonでとんでもない古書価がついているけど、もちろんそんな大枚払う作品ではないです。自分は、15~20年くらい前にブックオフで105円で買っておいて、ずっと放っておいた蔵書を気が向いて読んだけど。 興味がある人は図書館か人からか借りるか、安い古書に出会えるのを待つか、あるいは、また動きのあるみたいな梶作品復刊の波に乗るのを期待するか、その辺がよろしいかと。 |
No.1466 | 7点 | ビスケーン湾の殺人 ブレット・ハリデイ |
(2022/04/08 07:12登録) (ネタバレなし) 世界大戦が終焉した1945年11月。ニュー・オルリンズに新たな事務所を開いていた私立探偵マイケル・シェーンは、秘書のルーシイ・ハミルトンに留守を任せて古巣のマイアミに息抜きにきていた。亡き妻フィリスとの思い出が残るアパートを一時的に借りうけていたシェーンはルーシイから電報を受け取り、世間を騒がしているベルトン夫人殺人事件の捜査のため、ニュー・オルリンズへの帰還を求められた。だがそんなシェーンのもとを、3年前にフィリスが親しい友人として紹介した女性クリスティン・ティルベットが来訪。今は青年実業家レスリー・P・ハドスンの新妻となっているクリスティンは、シェーンにある秘密の相談事を訴える。だがこの依頼は、思わぬ局面を経て、若い女性の死体がビスケーン湾に浮かぶ殺人事件へと繋がっていく? 1946年のアメリカ作品。マイケル・シェーン、シリーズの長編第13弾。 シリーズの流れの上では、この前が未訳の第12弾「Marked for Murder」で、さらにその前がメキシコ出張編の第11弾『殺人稼業』。 フィリスとの死別を経た「ニュー・オルリンズ」編もそろそろ終わりそうな気配があるが、実際のところは次作『シェーン贋札を追う』を読まなければ、わからない。 本作は冒頭でシェーンが、ニュー・オルリンズに残してきたルーシイへの恋心を意識する叙述に始まり、その直後にフィリスの大学時代からの親友でシェーン夫妻の幸福な結婚生活もずっと見守ってきたという、メインゲストヒロインのクリスティンが登場。第一作『死の配当』以降のフィリスとの思い出も続々とシェーンの記憶のなかに甦り、まさに本シリーズファン感涙の一冊。なに、このサービスぶり? まあ、たぶんこれって『長いお別れ』を経て『プレイバック』と『ペンシル』をほぼ同時に? 書いて、リンダ・ローリングとアン・リアードンというマーロウにとっての二大ダブルヒロインを見つめ直したチャンドラーに近しい気分だったんだろうね。この当時のハリデイは(その際のチャンドラーより、こっちの方がずっと先だが)。 ということで本作のラストは、このシリーズのファンである評者などにとってはすんごく腑に落ちるクロージングであった。もちろん具体的には、ココでは書かないけど。ただなんというか「ああ、すべてはここに至るための物語だったのね」という気分である。 でもって肝心の現在形メインヒロインのルーシイが最後までドラマの表舞台には不在なのも、この作品のミソだ。たぶん。 クリスティンが陥ったさるトラブルを打開するためにシェーンが動くうちに、どういう事情で生じたのかなかなかわからない(仮説や推理は立てられる)若い美女の殺人事件が発生。登場人物の多くもそれぞれ秘密を抱えたり嘘をついている気配もあり、錯綜する物語だが、ミステリとしての着想はクリスティとかの一部の作品にありそうな雰囲気のもの(特に具体的な作品をさすのではなく、あくまでそんなイメージとして)。なかなかトリッキィな仕掛けがある。まあ気づいちゃう人は気づいてしまうかもしれないが。 終盤に関係者一同を集めて、の謎解きは本シリーズの半ばお約束(例外のときもあるが)でいつもの外連味がたっぷりだ。 レギュラーキャラであるシェーンの友人の新聞記者ティモシイ・ラークも、普段の良い意味で無色透明な彼のキャラクターに似合わないダーティプレイをしているのでは? という疑惑も生じ、その辺もなかなかスリリング。シリーズが完全に軌道に乗った段階での一冊という余裕を感じさせた。 (ちなみに本作での登場時点からラークは銃に撃たれた傷が回復とかなんとかあるんだけど、これがその未訳の第12弾「Marked for Murder」でのことなんだろね? 本作はほかにも、シェーンがベッドで死体とともに朝を迎えたとか、たぶんまだ未訳の長編で語られているのであろう、そんな過去の事件のエピソードも作中で話題になっている。で、ソレはなんという作品なんですか?) 本作に話題を戻すと、謎解きとして、ちょっとネタが後出しの部分があるのは、やや減点。ただ「ああ、あの話題はやっぱり伏線だったんだね」という感じでの作劇の設け方は、ガードナーやスタウトあたりの雰囲気に近いものを感じたりする。 でもってこの作品は、シェーンがルーシイから電報を受け取り、明日の夜までは帰るから、と期限を自らきった中で、わずか二日のうちに解決する設定の物語である。そしてこの趣向そのもの(先のヒロイン、フィリスとの関係性から始まった事件を解決し、現在のヒロイン、ルーシイのもとにきちんと戻る)が、もう何をいわんかや、であり、うん、やっぱりこれはハリデイ=シェーンシリーズ版『ペンシル』だな、コレ。 できるなら一見さんよりも、シェーンシリーズの流れになんとなくでも通じたファンにこそ読んでほしい一作。 思いのほか、心の弾む作品ではあった。シェーンシリーズのファンには。 |
No.1465 | 6点 | 改訂新版 真夜中のミステリー読本 事典・ガイド |
(2022/04/07 07:11登録) (ネタバレなし) 1990年9月にKKベストセラーズワニ文庫から刊行された旧版をベースに、著者の藤原宰太郎がほぼ30年ぶりに改訂。しかしこの新版の刊行の少し前、2019年5月に藤原宰太郎が逝去したため(ご冥福をお祈りいたします)、セミプロ文筆家である娘の藤原遊子さんが補遺執筆・編集して発刊された一冊だそうである。 ちなみに評者は旧版は持ってないし読んだこともないが、Amazonでのこの改訂版でのレビューで、新旧版の内容の詳しい比較をされている方がいるので、とても参考になる。 内容はいつもおなじみの藤原宰太郎の著作っぽい、ミステリ雑学コラム集&トリックの類別分類本。 ただしネタバレについてのクレームがうるさくなった21世紀の本らしく、トリックの概要を先に本文中で語る場合でも、文中ではなるべく具体名を出さずに作者の名前までに控えて、それぞれに註としてつけた索引ナンバーから、興味がある人のみ自己責任で該当作品のタイトルを、ずっと後のまとめたページで、リファレンスできるようになっている。この編集・配慮はとてもいい。 (ただしこういう工夫をしながらも、ごく一部の記事で、いきなりネタバレをしてしまう記述があるのは、なんだかな、だが。) 雑学コラムはテーマそのものはベーシックなものを並べた感じだが、具体例として紹介される作品のタイトル(とりあえずネタバレなしを主体に)が幅広い感じで、未読のミステリへの見識や関心が広がっていくようで楽しい。一方で浅く広く、そしてその広さについても中途半端な印象もあるが、まあそれは個人(親子にせよ)の読者・研究家の視座によるものとしての限界であろう。それを考えるなら、確かに豊富な作品タイトルの羅列で楽しませてくれる。 なお後半のトリックカタログの記事は、直接具体的な作品名のネタバレに直結しなくても、未読の作品のいろんなトリックそのものを先に教えられてしまう怖さがあるのでスルー。 いや、読んでみれば「そんなスゴイ着想の作品があるのか!? 読みてっ~!」となるパターンも十分に想像できるし、実際の自分はそういう経路を実践して現在のようなミステリファンの末席に着いたのだが、とにもかくにも今回は読むのはヤメにした(汗)。そういう意味では、本レビューは真部分的に中途半端な感想であることをお断りしてお詫びしたい。 (基本的には、書籍のレビューって一冊全部、ちゃんと読まなきゃダメだと思うけどね。) 事前に予期していたよりは浅い薄い感じもしないでもないが、おおむねは期待通りに楽しい一冊ではあった。 ただひとつ重箱の隅を楊枝でほじくるようだが、P57「大統領はミステリーがお好き」の項目。ここで例のルーズベルト原案『大統領のミステリ』に触れて「(そのルーズベルトは)有名な推理作家ヴァン・ダインやE・S・ガードナーなど六人の作家にストーリーを話して代作してもらった(原文ママ)」とあるが、これはもちろんマチガイ。 周知の通り『大統領のミステリ』の終盤部にガードナーが執筆参加したのは、元版の1935年の時点ではなく、後年の1967年に改訂新版が刊行された際の書き足し追加での形なので、「(1945年に死んだ)ルーズベルトが、(60年代の)ガードナーにストーリーを話して」というのは絶対にありえない。 論創の編集部もさながら、巻末を見ると飯城だの北原だの錚々たる? メンバーが本書の協力者として名を連ねているが、みんな校正に参加しなかったり、あるいは見落としたりしたのだろうか? この辺はいささか素人臭いケアレスミスで、ちょっと残念であった。 (いや、あのガードナーの追加部分は、あれでメイスンチームとヴァンスが同じ世界にいることになったという意味でウレシクて、印象深いのよ・笑。) もし本書の文庫化とかの機会でもあったら、ご確認の上で改修の検討をお願いします。 |
No.1464 | 5点 | 犬の首 草野唯雄 |
(2022/04/07 06:18登録) (ネタバレなし) 都内の所轄・坂下署に勤務する、45歳の柴田与三郎部長刑事、そして27歳で身長190㎝、体重105kgの高見茂作刑事。この両人に彼らの上司、木下吉之助警部を加えた同署の問題刑事トリオは、常日頃から行き過ぎた捜査で上層部を悩ませていた。現在は資料整理の閑職に追いやられている柴田と高見だが、そんな二人は近所のスーパーマーケット「富士ストア」が商業法に抵触する豪華景品つきの抽選セールをやっているということで、調査を命じられる。高見は店内のレジスター・ガール、新田利恵に接触して内偵の協力を願うが、やがて思わぬ事件が発生。事態は、大規模な惨劇へと繋がっていく。 作者のユーモア・ミステリと謳った「ハラハラ刑事」シリーズ第一弾。元版は1975年8月に、祥伝社のノン・ノベルスシリーズとして書き下ろしで刊行。 評者は本シリーズは第二弾『警視泥棒』を大昔に先に読んだが、なんで順番通りに第一弾のこっちから読まなかったかというと、本作のタイトルに、なんか動物虐待的な気配を感じたから。昔からそういうものを売りにする? 作品はキライなのだった。 今回は少し前に、出先のブックオフで角川文庫版(帯付き)を100円棚から購入。まあそういうイヤンな気分で敬遠しなくてもそろそろいいか、程度の興味で読んでみた。 話が進むにつれて悪い意味で劇画チックな、かつ大規模な犯罪計画が明らかになっていき、そのぶっとんだ内容に若干引く。 しかし何より問題なのは、ユーモアミステリと公称しているのに、ほぼ全編ニコリともできなかったこと。いや、ああ、ここで作者は笑わせようとしているのだな、と冷えた頭で思わせる箇所は随所にあるのだが。 むしろ、ゆがんだ犯罪者側の情念というか、シリアスな事情の方がそのグルーミーさゆえに、こちらの内なる感性を刺激した。ブラックユーモアとして受け取るならば、こっちの妙味の方がまだ笑えるかもしれない。 途中、本当にロー・テンションで読んでいる間は、コレは4点の評点でもいいかと思ったりもしたが、後半、最後まで付き合って、まあ5点はあげてもいいかとも思い直す。ピンチを救われた高見が、恩人のじいちゃんにちゃんとしっかりお礼を言って別れる描写は良かった。あと、作者なりに最後の方で、事件(犯罪)に奥行きを出そうとしている努力のほども感じた。肝心の? タイトルの意味も、予想どおりに? 良くも悪くもインプレッシブ。 とはいえ、草野唯雄作品で笑うのって、当人がそのつもりで書いたとかいうユーモアミステリで、じゃないよね。ご本人がマジメに著して滑った天然もののときの方が1000倍オモシロイ(その最高傑作が、あの『死霊鉱山』であろう)。 まあそれでも本作もあれやこれやで作者らしさは感じたが。 |
No.1463 | 8点 | 金髪女は若死にする ウィリアム・P・マッギヴァーン |
(2022/04/06 22:05登録) (ネタバレなし) その年の4月のシカゴ。「私」ことフィラデルフィア在住の38歳の独身の私立探偵ビル・カナリは、以前に故郷の町で10日ばかり付き合ったブロンドの美女ジェーン(ジェニイ)・ネルスンに会いに、シカゴに来ていた。先方から再会の約束をもらっていたカナリはジェーンのアパートに向かうが彼女は不在で、そこに別の男「フィリー」が現れる。当惑するカナリのもとにジェーン当人から電話があり、仔細はあとで説明するということで場所を指定されたカナリはジェーンのもとに向かうが。 1952年のアメリカ作品。 ポケミス巻末の都筑解説を読むと当時の出版界全般が「ポスト・スピレーン」の流れを狙う中で企画刊行された一冊とあり、事実その通りなのだと思うが、個人的にはとても手ごたえのあった作品で、あえて通俗ハードボイルドだのどうだののレッテルを貼らなくてもいいような中身だった。 というか、こういう作品を読むと改めて「ハードボイルド」の定義がわからなくなるし、さらに正統派ハードボイルドと通俗ハードボイルドのカテゴライズ分類ってなんぞや? セックス(お色気)描写があり、アクションに比重を置いていても、一級のハードボイルド私立探偵小説というのが登場したっていいよね、という思いに駆られる。 本作はまさにそんな内容で、プロット、キャラクター描写、テーマ性、そして主人公の立ち位置とメンタリティの在り方、そのすべてを踏まえた上で、ある意味では個人的にこれまで出逢ってきた1950年代・ハードボイルド私立探偵小説のひとつの理想形。 思うところあってミステリとしての部分は、ここであまり語りたくないが、十分に楽しめた。そしてその上で、先に並べたような、評者が50年代の私立探偵小説ハードボイルドミステリに求める、あるいはバランスよく取り揃えてほしいと思った多くの賞味要素が、十二分以上に詰め込まれている。 作者の正体がマッギヴァーンだと知って納得。というか、これってかなり(シャレではない)マッギヴァーンらしい作品だろ。 最後の一行が胸に染みた。このまとめ方、ああ、間違いなく「ハードボイルドミステリ」で「ハードボイルド私立探偵小説」。こういうのもれっきとした、フィニッシング・ストロークだな。 |
No.1462 | 8点 | 夕日と拳銃 檀一雄 |
(2022/04/05 05:49登録) (ネタバレなし) 大正3年(1914年)。伊達政宗の末裔・時宗伯の孫息子で幼少時を九州で過ごした13歳の少年・伊達麟之介は、祖父の後見を受けて学習院に入学する。だが純朴で不器用な心根の主ながら、幼少時から山中で狩猟に勤しみ、銃器に慣れ親しんできた麟之介の最大の親友は人間ではなく、九州の母・鶴子が授けた拳銃であった。いびつな生き方ながら周囲の何人もの心を掴み、成長していく麟之介。そんな彼には広大なユーラシア大陸で、波乱万丈の人生が待っていた。 昭和30~31年にかけて「読売新聞」夕刊に連載され、のちに『夕日と拳銃』『続夕日と拳銃』『完結夕日の拳銃』の三分冊で書籍化された、国産戦争冒険小説の名作。 大昔(80~90年代だったと思う)に「本の雑誌」で、誰かがオールタイム国産冒険小説のベスト作品を羅列した際に、短いコメントとともにこれがセレクトされていた時から、数十年間、この作品が気になっていた。 とはいえ本作を「国産冒険小説」として広義のミステリファンの視座から語った文章というのは、その後ほとんどお目にかかった記憶がない(評者の不勉強なら申し訳ないが)。 だったら、自分で読んで拙いレビューのひとつもしてやれと以前から思っており、このたび一念発起し、最初に関心を抱いてから数十年目にしてようやっと通読する。 なお今回は、前述の元版三冊分をまとめた正編、それを二分冊に編集した河出文庫版の上下巻で読了。 昭和史上の実在人物(伊達政宗の子孫・伊達順之介)をモデルにした、彼の馬賊としての活躍を語る長編小説ということぐらいは前知識としてあり、日頃、評者が読みなれている作品群とは毛色の違う作風だろうなと警戒したが、実際には会話も多く、思いのほか読みやすかった。 文体に少し癖があり、場面場面がポンポン弾んでいくような感じもあるが、これは毎日の連載に小規模な見せ場や引きを必要とする新聞小説ならではの形質だろう。最初はやや戸惑うが、テンポに慣れてくると、このリズム感が心地よくなってもくる。 明治天皇崩御の直後、学習院周辺で起きたかの参事を経て、話に相応の転換が発生。その後は本作のメインヒロインである出戻りの年上の貴族令嬢・綾子と麟之介のロマンスなども絡めながら、話のベクトルが作品の主舞台となる大陸へと少しずつ向かっていく。 最後まで思想はほとんど持たず、あくまで拳銃を友とする戦士として、そして一介の不器用な人間として生き抜く麟之介の叙述が物語前編の主軸なのは間違いないが、周辺の多様な登場人物たちもそれぞれ魅力的に描かれる。 昭和30年台初頭の作品という本作の出自を思えば、直接的、間接的に、後年の広範なジャンルの作品に及ぼした影響も少なくないだろう。 (えらく敷居の低い言い方をするが、サブヒロインのひとりの設定が、今風の深夜アニメか美少女ラノベに出てきそうな×××ネタだったのには、ぶっとんだ。) 戦争冒険小説としては、河出文庫版下巻の後半からが頭がヒートするくらい加速度的に面白くなり、強敵ライバルキャラ、腐れ外道、裏切り者などの悪役、敵役の配置も万全。でも何より、麟之介の周囲の人間関係というか主要キャラたちとの絶妙な距離感がいい。 (中略)の時世の中で迎えるクロージングは、熱い万感の思いとともに読了した。 実在のモデルを基盤とし、作者の壇自身も満州従軍、さらには放浪の経験があるというから当然であろうが、昭和裏面史の臨場感もたっぷりである(もちろん評者としては、あくまで疑似体験させてもらったに過ぎないが)。 国産冒険小説の系譜に関心のある人なら、戦後の古典として一度は読んでおいて損はない作品。 (たぶん実際に通読すると、あら、こういう内容だったの?、と思うような部分もあると思えるが、そこもまたこの作品の広がりであり、個性で魅力だと信じる。) 「じゃ、今度は何所で会おうかな?」 「やっぱり、弾丸の中でしょう」 「よし」 |
No.1461 | 8点 | 死刑台のエレベーター ノエル・カレフ |
(2022/04/03 01:27登録) (ネタバレなし・途中まで) カレフ作品はこれが初読み。3冊ある既訳のうち、最初に読むならまあこれからだろうと以前から思っていたが、例によって大昔に購入した創元文庫の旧カバー版が見つからない。それで半年~1年ほど前に、21世紀の新カバー版(新作邦画のスチールを用いた幅広の帯がついてる)をブックオフの100円棚で見つけて買ってきた。 それで思い付きで、昨夜のうちに一気に読んだ。 読後に本サイトのみなさんのレビューを拝見すると、創元文庫の巻頭のあらすじに物言いがつけられているようだが、自分は該当の本を読もうと決めた、あるいはそう思ったら、もうあらすじは、なるべく目にしないようにしているので(ネタバレ回避のため)、くだんの禍根はまっやく問題なく回避できた。実を言うと、現時点でもマトモに、創元文庫巻頭のあらすじは(少なくともこの数十年以上)読んでおりません。 で、本作に関して感想を言えば、話の骨格が見えてくるにつれて読み手のテンションもじわじわと高まっていくタイプの作品。 少しずつ増えていく主要な登場人物の面々をジヴラル刑事を除いて、男女二人で一組のユニット単位にしている構成もうまい。最終的に物語がそこにいく、主人公ジュリアンの(中略)を浮き出させる演出の一環だろう。 読んでいるこちらとしてはちょっとずつ新たな男女コンビが出てくるたびに、話が弾み、ドラマが螺旋状に降りていく感覚で、このあたりがとても面白かった。 しかし…… (以下、多少ネタバレ?) 主人公が犯罪を企てて実行したものの、その悪事の実態の方で罰を受けるのではなく、皮肉で残酷な運命、あるいは他人の意志によって、思わぬ方向から足をすくわれる、というのは、本作の最初の訳書の叢書である「創元・旧クライムクラブ」のあの名作まんまではないか? その辺が見えてきたあたりから、読んでいて、当時の植草甚一は何を考えて、こんな<似たようなもの>を同じ叢書にセレクトしたんだろとも一瞬だけ、思ったりもした。 ちなみに今回、手に取った創元文庫の21世紀新装版の巻末では小森収が解説を書き、本作のクロージングをやはり同じ旧クライムクラブの『〇〇〇』に例えている。 でまあ、個人的には、その旧クライムクラブの別作品に比べるなら『〇〇〇』でなく『◎◎◎(または『●●●●』)』だろう、と思う訳で。 とはいっても、趣向や主題、主人公を(中略)、(中略)な演出が近しいと確信・実感しつつも、作劇のひねりなどはあくまで本作独自のものであり、1950年代の新古典作品として普通に十分に面白かった。 もしも21世紀の現行作家の完全新作で、まんまこのストーリーを読むことになったらさすがに古いとは思うが、50年代だったら、まだその技巧ぶりの新鮮さを主張できた一作であろう。そんな熱気は、そのまま今回も読むこちらに伝わってきた。 末筆ながら、本作の映画はいまだ観てない。中学生のころから厨二的にカッコイイ題名だとは思っており、興味もフツーの世代人程度にはあったのだが、なんか鑑賞の機会を逃し続けていた。 miniさんのおっしゃる通り、小説を先に読んで良かったと思う。 |
No.1460 | 7点 | クラウドの城 大谷睦 |
(2022/04/01 15:20登録) (ネタバレなし) 2021年6月。北海道の大沼周辺。「私」こと、かつて警察官を経て海外で民間軍事会社(傭兵職)に従事していた現在39歳の鹿島丈(たけし)は、愛する内縁の妻、29歳の古寺可奈の紹介で警備会社「GSS」の一員として働いていた。出向する職場は、外資企業「S社」ことソラリス社の詳細不明の施設だが、勤務初日に施設内で厳重なセキュリティーシステムにも関わらず、決して生じえないはずの不可能犯罪=密室殺人が発生した。かつて警察学校で同期だった道警本部の警部・大嶽英次に過去の事情も踏まえて助勢を頼まれた鹿島は、捜査に協力するが。 第25回「日本ミステリー文学大賞新人賞」受賞作品。 先日読んだ、旧作『サイレント・ナイト』(高野裕美子)が同賞3回目の受賞作。そちらがなかなか面白かったので、同賞のリアルタイムの新作というのはどんなものなのか? という興味で、今年の該当の新刊(本作)を手にとってみた。 帯で有栖川先生が、ハードボイルドに本格ミステリの要素をからめてエンターテインメントにしようとした作者の熱気、云々の物言いで賞賛。 まさにその通りの内容で、さらに題名からも察せられるように、21世紀のネット文化のクラウドシステムを題材にした、社会派的な興味も盛り込まれる。本賞でなくても、乱歩賞でも似合いそうな感じ。 巻頭の作者の言葉や巻末の経歴を読むと、著者はそれなりの年齢のよう(1962年生まれ)だが、そのせいか、こなれた文章のリーダビリティは、かなり高い。登場人物も、サブキャラに至るまでかなりくっきり描かれており、やや猥雑な内容の作劇を手際よく整理している。 一方でいわゆる優等生的な作品にしばしありがちな、どこかで読んだような感触も無きにしも非ず。特にセキュリティー上のデータ記録から、起りえなかったはずの密室殺人の処理は、微妙かもしれない。それと犯人の設定は(中略)。 不満を言えばいくつか出てくるが、読んでいる間はそれなりに惹きこまれたし、読後の現在も軽い余韻を覚える作品ではある。佳作~秀作というところ。主人公の鹿島をはじめ、何人かのキャラクターの造形にも好感を抱いた(ちょっと当初から、映画化、ドラマ化を狙っているような戦略を感じたりもしたが)。 評点は0.25点くらいオマケ。 この作者の次作が出たら、気に留めることにしょう。 |
No.1459 | 6点 | ただの眠りを ローレンス・オズボーン |
(2022/03/31 17:30登録) (ネタバレなし) 1988年のメキシコの一角。「私」こと72歳の隠居中の私立探偵フィリップ・マーロウは、生命保険株式会社の社員マイケル・D・キャルプとオケインの両人と出会い、久しぶりに仕事の依頼を受ける。その内容は、先日、71歳のアメリカ人の不動産業者ドナルド・ジンが溺死し、その若い未亡人ドロレス・アラヤに多額の保険料を払ったが、疑義が残るので再調査してほしいというものだ。マーロウは、30歳前後の美女ドロレスに対面し、さらに死体発見前後の証言を集めて回るが、やがて意外な事実が浮かび上がってくる。 2018年の英国作品。同年度のMWA最優秀長編賞の候補作のひとつ。 本サイトでも、老人となったマーロウを主人公とするというぶっとんだ趣向に何らかの感慨を覚えたファンは少なくないと思うのだが、なぜか今までレビューがひとつもない。 かくいう評者も原典のチャンドラー作品とは最近はあまり縁がなく、この数年の間には『長いお別れ』『高い窓』の村上訳を読んだ程度だが、それでもそろそろ気になって、今回、手にしてみた。 一読すると、いろいろと微妙な作品。どちらかというと肯定したい面の方が多いのは確かだが、なによりも自分は<本当に>あのマーロウの老境の姿に付合っているのだろうかという違和感がどこかにつきまとい続けた。 とは言え、そんなもの(マーロウの老後)は、チャンドラーの原典をふくめてホンモノなどどこにもないのだから、こういう文芸設定という了解のもとに読むしかない。 そして結局はそんな大前提そのものに好悪さまざまな受け手の反応があるのだろうから、本作に関心を抱く人も多ければ、たぶん絶対に読みたくもない人、も多いのであろうことは容易に想像がつく。 先に、なぜか本サイトにもレビューがないと書いたが、かかるひねった設定のパスティーシュ? なら、実は当然のことであった。 ストーリーの前半は、足で歩いて回る調査の積み重ねで、やや淡々としており、老マーロウの心象と重ね合わされるメキシコの情景描写の比重も多い。 いわゆるチャンドラーらしさはあまり感じられないような、そうでもないような雰囲気だが、1980年代の老境マーロウという大設定なら、これくらい少し違ったものになっても当然だという感触もあり、その意味では独特の世界を獲得した本作の趣向が活きている。繰り返すが、その程度の別物感さえ気になる人は、読まない方がいいかもしれない。 あまり設定についてのネタバレもしたくないが、現在のマーロウは中年家政婦マリアと、拾った捨て犬とメキシコの小さな町に暮らす孤独な老人(そこそこお金はあるようだが)。かつて結婚歴があったことは語られるが、かのリンダと離婚したのか、死別したのかは一切、語られない。 ほかの主要な原典の旧キャラクターについてもまったく名前などは登場せず(ポケミス101ページ目にちょっとそれっぽい名前はあるので、これは要確認)、ただ、ああ、作者はアレについて暗示したいのだな、という思わせぶりな演出は一部の描写に感じられる。 ミステリとしては大ネタが(中略)で明かされ、そこで話にはずみがつくのはいいが、ある意味で後半の展開は異様ではあった。だがそこが、チャンドラー原典の諸作のプロットの悪い意味での錯綜? ぶりや破綻加減を、意図的にトレースしている気配も感じられた。 実際に作者も本編を終えたあとのあとがきで、その主旨の旨を語っている。 マーロウに心惹かれたもの、チャンドラーファンとして読む意味はある作品だとは思うが、決して素直なパスティーシュではない。ただしこの老マーロウがメキシコを舞台に事件の真相を追うという作劇のアプローチの仕方は、この作品の形質として、ちょっと感じるものはある。 ちなみに訳者あとがきで、田口俊樹は、チャンドラーの死後に書かれたマーロウの長編は3冊あると、パーカーが関わった二冊と近作『黒い瞳のブロンド』を挙げているが、実際にはコンテリースの『マーロウもう一つの事件』などもある(評者もまだ未読で脇にツンドクだが、かなりヘンな作品のはず?)。 あと、木村二郎氏のミステリマガジンの連載エッセイのなかで、マーロウが「マロー・フィリップス」の名前のチェス好き、富豪の女性と結婚した老私立探偵として登場し、主人公の後輩探偵を後見する作品もあると読んだ覚えがある。まだ未訳のはず。この辺のことは早川編集部の方で、田口氏のあとがき原稿を受け取った際に、ちゃんとしたフォローが欲しかったところだ。 実際、後進作家の新作ミステリに老境マーロウを登場させるなら、そういう新世代ヒーローの支援役の方が似合うような気もする(まあ、ヒギンズのデヴリンみたいな、誰でも考えるありふれたポジションかもしれないが)。 |
No.1458 | 7点 | 復讐のコラージュ 福本和也 |
(2022/03/30 04:46登録) (ネタバレなし) 昭和の後半。証券会社の辣腕調査員だが、冴えない風体の中年・詫間伊平は、秀才の中学生だった息子・美津夫を、放蕩者の大学生・瀬島博の乱暴な運転でひき殺される。博の父親の瀬島恭三は一流企業の常務で、金の力と弁護士の手腕で息子の失態を丸め込み、さらに伊平を失職に追い込んだ。そして伊平の美人妻だが悪女である美津子も夫を裏切り、恭三の愛人に収まった。厚顔かつ豪胆な恭三は、妙な縁で知り合った伊平の調査能力を高く評価し、自分の野望を果たすための飼い犬として使おうとする。大事な息子・美津夫を殺した若者の父ながら、罪悪感のかけらもない恭三に対し、伊平は恭順するふりをして、最大の打撃を与える機会を狙うが。 主人公・伊平の復讐の冷えた熱い情念、副主人公といえる恭三の野心の驀進などを軸に、色と欲にまみれた昭和クライムノワール。 自分は徳間文庫版で読了。 梶山季之や黒岩重吾、あるいは菊村到あたりの諸作に近い路線だとは思うが、評者はあまり詳しくない(関心はある)ので、正確なことは語れない。いずれにしろ、21世紀のお堅い女性読者などは絶対に手にも取らないであろうピカレスク群像劇である(今ではこういう物言い自体が、よろしくないのかもしれんが・汗)。 ただし<そういうもの>を、(それこそ評者のように)とりあえずウェルカムとして楽しめるのなら、なかなか読み応えのある作品で、正直、予想以上に面白かった。もちろん推理小説でもなんでもないが、広義のミステリには十分なっているとは思う。 (まああえてミステリのレッテルにこだわらず、いわゆる中間小説として読んでいいようなタイプの作品だが。) じわじわと罠や策略をしかけ、周囲の人間をコマとして使う怪しい面白さ、醜く弱く、しかしホンネ剝き出しの各キャラの動静、それらが築き上げていく猥雑な読み物のパワフルさが、なんというか、福本和也ってここまで書けるヒトだったのね、という感じであった。 たぶん周囲の協力を得たり、資料を読み込んだりしたんだろうけど、ストーリーの流れの上で、各種業界や当時の経済状況などにも話題が広がっていく。 この辺、入念な取材の結果が活きた感じで、読み進むこちらの方も、雑学的に妙な知識が増えていく気分でオモシロイ。菊池寛が言ったという「小説とは要は面白くてタメになる本のことなのだ」という至言をひとつの形で具現化したような感触さえある。いや、あくまで通俗小説で通俗ミステリだけれどな。 終盤、まとめ方がちょっと尻切れトンボっぽいが、これはこれで狙った演出で、作品の味なのでもあろう。奇妙な余韻を感じたりもした。 正直、しょちゅう読みたいタイプの作品ではないけれど、自分のような俗人はこういう作品もたまに読むとすごく面白がれたりする。秀作。 |
No.1457 | 6点 | 虚構推理短編集 岩永琴子の純真 城平京 |
(2022/03/30 04:10登録) (ネタバレなし) シリーズ4冊目。 雪女(同一キャラ)をメインゲストにした中編2本を最初と最後に配置し、間に3本の短編を挟んだ、一種のブックエンド的な構成の中短編集。 第一話「雪女のジレンマ」(中編)…殺人事件が起きてある青年に嫌疑がかかる。その青年のアリバイは恋人? の雪女が担保するのだが、人間社会では妖怪である雪女の実証ができないので、岩永さんが一肌脱ぐ話。フーダニットではないが、謎解きミステリとしては、妙にリアルな動機がちょっと面白い。 第二話「よく考えると怖くないでもない話」(短編)…岩永さんと九郎が関わるこの世界での日常の謎? みたいな一編。まあまあ。 第三話「死者の不確かな伝言」(短編)…探偵役は六花。ダイイングメッセージものだが、いかにも新本格っぽい逆説がちょっと面白い。 第四話「的を得ないで的を射よう」(短編)…妖怪たちの集会での岩永さんのとあるジャッジを語る話。ミステリというよりトンチ話風。 第五話「雪女を斬る」(中編)…第一話の後日譚。江戸時代の事件の謎を解く話。小粒な内容で出来は悪くないが、ミステリ成分の割に話が長すぎていささか、かったるかった。おひいさまのいつもの手際で決着。 シリーズ(小説版)を読む順番が、事情で一冊あとさきになってしまったが、刊行された分はこれでまたコンプリート。 シリーズ6冊目の今後の展開を楽しみにしよう。 テレビアニメも、もう一回やってくれないかね。 |
No.1456 | 6点 | 海中の激闘 デズモンド・コーリイ |
(2022/03/28 21:54登録) (ネタバレなし) 1960年前後、恐怖政治の弾圧下にあるスペインの刑務所から、殺人狂の囚人モレノが脱獄する。モレノの脱走を手引きしたのはソ連情報部だが、モレノは一緒に逃げた囚人仲間のファン・ゲレロやソ連の現場スパイの老人アンドレスを早くも惨殺。ソ連情報部が危険極まりない野獣を世に解き放ってなお、モレノを必要とするのは彼の卓越したスキューバダイビングの技術にあった。その狙いは何か? 一方、英国情報部の「リキデイター(非合法現場工作員)」ジョニー・フェドラとその相棒格のセバスチャン・トラウトは、ジブラルタル海峡周辺のフェドラたちと親しい大富豪の令嬢アドリアーナ・トシーノの屋敷に滞在。洋上に浮かぶ、海洋研究船に擬装したソ連のスパイ一味の動きを探っていたが、やがてモレノの殺人衝動は、フェドラの周囲にも関わってくる。そしてさらに、逃亡したモレノの足跡を、スペイン警察側も追尾していた。 1962年の英国作品。 本国では1951年から71年にかけて16冊のシリーズが書かれ、かのアンソニー・バウチャーも007以上に激賞したという触れ込み……ながら、日本ではまったくウケず、邦訳がわずか2冊しか出なかったジョニー・フェドラものの第12作目。 21世紀現在の日本では完全に忘れられた作家(一応、ノンシリーズを含めれば邦訳は3冊はある)だが、さてどんなものだろうと思って、書庫から何十年もツンドクだったポケミスの本書を引っ張り出して読んでみた。 欧州在住のソ連情報部が、潜水技術に長けた殺人鬼モレノをわざわざ動員してまで、どっかの海中で何をさせたいのか? 当然、それは本作の大きな興味で、実際にその真相は物語のヤマ場になって初めて明確になるのだが、ポケミス裏表紙のあらすじでは堂々と、そのマクガフィンが何かを明記している。マトモにやる気ないだろ、当時のハヤカワの編集部(怒)。 でまあ、まともに話に付合う限り、ソ連側の作戦の狙いは秘匿されたまま、英国側、ソ連側、さらにスペイン警察側の動きが三つ巴の様相を次第に呈してきて、その中で血に飢えたキチガイ、モレノが殺戮を働く。 主人公フェドラの中盤以降の実働は、本部からの指示とかどーとかより、この殺人鬼への対応と広義の復讐の意味の方が大きい。なんだこのスパイ小説、けっこうオモシロイ。 読んでるうちに、フェドラが英国とスペインのハーフで、父はレジスタンスの闘士だったことが判明。そーいえばフェドラがピアノの名手という設定は、どっかで読んでいたなと思い出す。 フェドラの相棒トラウトは、ナポソロのイリヤを思わせるような陽性のキャラクターで、24歳の美貌の会社重役で父の巨額の遺産を受け継いだアドリアーナに岡惚れしているものの、アドリアーナの方はフェドラがスキらしいというまるでラノベの学園ものみたいな設定もちょっと楽しい。残念ながらアドリアーナ当人は、旅行中という設定で、本作の物語中には不在だが。そーゆー意味では、やっぱりもうちょっとシリーズを紹介してほしかった。 (ちなみに、トラウトの方も本作では大した活躍は結局していない。実際のところ、他の作品ではどーゆー関係性なんだろ、このコンビ?) ソ連側、スペイン警察側のキャラ立てにも英国流のドライユーモアの香りが感じられ、思ったよりは面白かった。もっとしっかりと商売的な戦略を考えて売られていれば、同時代のアメリカのマット・ヘルムもの程度には日本でもウケたんじゃないの? とも思う。 評点は7点に近いこの点数で。 しかしマジメに原書でこのシリーズの未訳作を追っかけた人とか、日本にいるのだろうか? |
No.1455 | 5点 | 白死面と赤い魔女 朝松健 |
(2022/03/27 15:26登録) (ネタバレなし) バブル崩壊で不況まっさかりの1990年代前半。その年の2月22日、一人の青年が突如、顔をブルーのファンデーションで塗りたくり、平常心を失った通り魔の殺人鬼に変貌した。その青年・二俣公司の婚約者・宇佐美雪子から、真相の調査をしてほしいと請われた、カード占い師でオカルトライターそしてトラブルコンサルタントの「赤い魔女」稲村虹子は、助手の若者・鞍馬正浩や友人の新聞記者・田外竜介たちの協力を得ながら、事件に乗り出す。だがその後も都内には、第二、第三の蒼面の殺人鬼「白死面(ペールフェイス)」が出現した。 作者お得意のオカルトアクションホラーものの一冊で、「赤い魔女」の二つ名の美女・稲村虹子ものの第一弾。先行する作者の別の人気シリーズ、やさぐれ記者・田外竜介ものからの同じ世界観を共有するスピンオフである(そもそも朝松作品は、あちこちのシリーズ世界同士のリンクが多いはずだが)。 評者が一時期、菊地秀行のアクションホラーを読みまくっていた際、SRの会の年下の友人がそういうものが好きなら、こっちも読めといって、自分が読んだばかりの、この虹子シリーズの2冊目をくれた。それから数十年、そのままその2冊目を読まずに放っておいた(すまん)が、先日、部屋の中でその2冊目を発見。そろそろ読んでみるかと思ったが、どうせならシリーズの第一弾からと思ってネット注文で安い古書(本作『白死面』)を購入した。そんな流れ。 評者は以前には朝松作品は、前述の田外竜介ものの第一弾『凶獣幻野』を読み(これもくだんの友人に勧められたのだと記憶)、こちらはそこそこ面白かった思い出がある。 怪異な事件(けっこう派手な大騒ぎが、現実の世界に起きる)の背後にひそむ、その作品世界ならではの魔術・オカルトのロジックを解き明かしていく部分に割と比重が置かれているのが、朝松作品の特徴らしい(さっきから話題にしている友人はそこに惹かれているらしい)。 本作でも『凶獣』でもそこは共通だが、本作の場合、形式としてはそうしたオカルトミステリ……いや、ミステリ風味のオカルホラーになっているものの、事件の真相となる秘密は存外に底が浅く、あまり盛り上がらないのが残念(ただし、事件の根源となった物語の瞬間のキービジュアルは、ちょっと印象的だが)。 あと、改めて読んで朝松作品は悪い意味で筆が軽い。具体的には、劇中に明確な犯罪者でないものの、人格的には明確にクズな登場人物がひとり出てくるのだが、その人物が死んだと知った際に、虹子が嫌な奴ではあったけれど、ひとりの人間が死んだのだからと悼む意味で泣いたりする。 いや、公然としたゲスが死んだからと言って、なんらかの感興が生じるにせよ、涙まで見せないだろう、フツー。そういうある種の感性が一般人と違うという意味で虹子のキャラ立てをしたいのなら、脇にワトスン役の鞍馬とかいるのだから、彼の視線で「(これだから先生はお人よしで……)」と苦笑させるとか、相対化させた演出をすればいいのに、地の文で虹子のイノセンスぶりを読者に訴えるものだから、読んでるこっちは困ってしまった。朝松作品、部分的に面白いところはあるにせよ、イマイチ人気が弾けないのは、こういうところによるものか? まあ、まだ二冊目で言うことじゃないかもしれんが。 ストレスなく読み終えられるアクションホラーとしてはそこそこの面白さ。ただまあ、正直、そんなに騒ぐ作品でもない。 |
No.1454 | 7点 | ビッグ・マン リチャード・マーステン |
(2022/03/27 04:36登録) (ネタバレなし) 「おれ」こと、小悪党の青年フランキイ・ターリオは、さほど気心の知れた間柄でもないチンピラ仲間のジョッポ(ジャンボオリオ)とともに盗みをしかけて、巡回仲の警官に出会った。フランキイはジョッポが粋がって持参してきた拳銃を使い、警官二人を射殺するが、脚に銃弾を受けた。ジョッポは負傷したフランキイを、暗黒街の大物「ミスター・カーフォン」の組織の若手幹部であるアンディ・オレルリのもとに担ぎ込み、治療と隠れ家の提供を請う。そしてアンディが、咄嗟に警官を撃ち殺したフランキイの技量と度胸を評価し、一方でフランキイがアンディの美貌の妻シリアにひそかな関心を抱いたことから、新たな物語が動き出す。 1959年のアメリカ作品。 エヴァン・ハンター(エド・マクベイン)が「リチャード・マーステン」名義で書いた初期長編の一冊。本国でマーステン名義で刊行されて、日本にはマクベイン名義で翻訳された作品は他にもあるが(扶桑社文庫の『湖畔に消えた婚約者』など)、訳書そのものがちゃんとマーステン名義なのは、現在まで確かこれだけだったはず。 もともとは同じ中田耕治の翻訳で「デイリースポーツ」に『拳銃の掟』の邦題で連載されたのち、創元文庫に収録されたらしい。そのことは今回、文庫の巻末を読んで、さらにネットで情報を拾って初めて知った。 内容は、広義の兄貴分といえる若手ギャング、アンディを介して大物カーフォンの組織に迎えられ、トラブルをしょいこみながらもぐいぐいと(ビッグ・マンへと)成りあがっていく若造フランキイの、暗黒街での立身出世物語。 120%コテコテのピカレスクでクライム・ノワールで、特に大きなツイストやミステリ的なサプライズなどもない話である。だが抑えた筆致で語られる、極めてドライにぐいぐい己の野望や欲望に邁進してゆく主人公フランキイの描写が、なかなか読みごたえがあった。軽く唸らされる場面が三つ四つ。決して大振りスイングは見せない作品だが、職人作家ハンター(マクベイン)らしく堅実にポイントを稼いだ感じで、のちのウェストレイクの『やとわれた男』などにも影響を与えている……かどうかは、わからないな。本作も『やとわれた男』も、ともに王道のノワールを突き進んで、できたものが似てしまった、という面の方が大きいかもしれないし。 物語としてはまぎれもないクライムノワールなんだけど、全編を通じて冷徹な語り口、そして主人公の乾いた思考が一貫していて、本当の字義での? ハードボイルド作品としても一級だと思う。 よくある話、といえばそれ以外の何物でもないのだが、そのありふれたストーリーをこの程度に完成度高くまとめられたのは、やはりハンター=マクベインの筆力の地力(じぢから)だろう。 2時間ちょっとで読んでしまったけれど、得たものは少なくはない。 |
No.1453 | 6点 | ダウンリヴァー ローレン・D・エスルマン |
(2022/03/24 20:11登録) (ネタバレなし) 「私」こと、デトロイトの36歳の私立探偵エイモス・ウォーカーは、知人の収監中の受刑者の仲介で、出所したばかりの42歳の黒人リチャード(リチー)・デヴリーズの依頼を受ける。デヴリーズは20年前の強盗犯人の一味で、ややこしい事情からその20年間ずっと服役してきたが、間尺に合わないので、半ば冤罪といえる自分が長期服役した代価として、仲間の誰かが当時強奪した金額20万ドルを戴きたい。そのために当時の事件の真相と真犯人を暴き、20万ドルをウォーカーに取り戻してほしいというのが、当人の希望だった。ウォーカーは、法に触れない範囲で、出所したばかりのデヴリーズの世話も兼ねて、依頼を受ける。そしてそんなデヴリーズには、かつての仲間の現在の行方について、ある情報を握っていた。 1988年のアメリカ作品。私立探偵ウォーカーシリーズの、長編第8弾。 本国では刊行年度の「アメリカン・ミステリ賞」(「ミステリ・シーン」誌主催)のうち、「最優秀私立探偵小説賞」を受賞したそうな。しかし不勉強な評者は、そんな賞も主催誌も、ここで今回、初めて知った(汗)。 本シリーズはつまみ食いで読んで、これで3冊目だが、前に読んだシリーズ第5作目の『ブリリアント・アイ』が今ひとつ楽しめなかったものの、こちらはまあまあ。 ただ突出して面白いというわけではなく、公私で別のこともしていたので読了までに3日もかかった。 それでも最後、クライマックスの盛り上がりはちゃんと満喫できたので、それなりには良かった、ということになる。 この物語は、依頼人のデヴリーズが、読者から見れば「まあ、大変な目にあったんだから気持ちはわかるけどよ」的な、当人の欲求にスナオになるところから開幕。そんな思いに付合うウォーカーの行動もまた触媒となって、あちこちの隠された事実を掘りおこしてゆく。 ロス・マクとチャンドラーの過去探求ものの最小公倍数を、チャンドラーリスペクト系のネオ・ハードボイルドの鋳型の中に流し込んだ感じだ。 そう思いながら読んでいたら、後半、さるサブキャラクターが出てきて、さらに50年代の別の、某ハードボイルドミステリ作家の名前が連想された。 (ネタバレにはならないとは思うが、一応、詳しいことは黙っていよう。) で、クロージングのまとめ方はホントにチャンドラーであった。いや、具体的にどの作品のリスペクトだの真似だのだのじゃなく、文体や雰囲気がそれっぽい。たぶん現物を読んでもらえば、言ってることはわかるであろう。 エスルマンの諸作の出来は悪くはない……いや、普通にスキ……ではあるんだけど、ひさびさにこの近年に、2冊分を読んで、微妙な距離感を認めないでもない。 (素直に面白かった印象があるのは『シュガータウン』と「ホームズ対ドラキュラ」だが。) またそのうち、機会を見て、未読のものを読んでみよう。 |
No.1452 | 7点 | サイコ2 ロバート・ブロック |
(2022/03/21 05:55登録) (ネタバレなし) アメリカの1982年作品。作者ブロックの1959年の長編『気ちがい(サイコ)』の続編小説。 また思い出話になるが、大昔に「SRの会」の例会に出席した際、某会員が本書を読んで 「これはひどい! と思った。しかし同題の(まったく内容の違う)映画を観たら、もっとひどかった!!」 と激していたのを、今でも覚えている。 で、ああ、そうなんですね? と思って、ずっと長らく読まずにいたが、昨今のAmazonのレビューなどでは少なくともこの小説版の方の評価は悪くはないみたいである。で、先日の出先のブックオフで、旧・表紙版の方に100円棚で出会えたので、購入して読んでみた。 (なお映画『サイコ2』はいまだに観てない。) ちなみに本作(小説『サイコ2』)は前作『サイコ』の内容を120%明かした前提で開幕するので、そちらのネタバレを忌避したい人は、必ずまず、前作から読むこと。ヒッチコックの映画を観ていれば、それでもいいが。 とにかく前作の小説もその映画版も手付かずで、しかもネタバレはイヤだという人は、本作は絶対に読まない方がいい。 で、そういう形質の作品(前作の続編小説)なので、あらすじは抜きに感想だけど、個人的には思っていたより面白かった。大ネタのひとつは見え見えだが、さらに……。あんまり書けないけれど、80年代の日本国内のムーブメントにさりげなく影響の一端を与えていた可能性もあるね。 いささかラフプレイな手際も感じるが、そこはつねにどこか泥臭い作風のブロック、十分に納得してしまう。 ハリウッド映画産業に対するルサンチマンの累積も、書き手の本音むき出しという感じで苦笑しつつ、うなずかされる感じ。 ページ数そのものはそんなには長くないんだけれど、ストーリーに立体感があるので、お話の量感は前作の倍くらいのものを実感した。佳作~秀作。 |
No.1451 | 5点 | 霜月信二郎探偵小説選 霜月信二郎 |
(2022/03/20 04:29登録) (ネタバレなし) 雑誌「幻影城」の第二回新人賞で佳作入選した短編『炎の結晶』でデビュー。その後、短編第二作『葬炎賦』を経て、女子大生探偵・白川エミが主役の連作ライトパズラー短編を4本執筆。以上6作の短編を「幻影城」誌上に発表したのち、約40年間、休筆。そして2019年から再び電子書籍出版の形で、白川エミシリーズを再開し、現在も続けている異色の「幻影城」作家の初の個人短編集(最初の著書)。 本書にはその「幻影城」時代の短編6本と、再開された「白川エミ」シリーズの新作8本(つまり通算で「エミ」シリーズの第12話まで)が収録されている。 とにもかくにも大昔に「幻影城」を全号購入した評者は、作者の名前にはなじみがあり、懐旧の念には駆られながら本書を手にする。 ただ正直、この作者の「幻影城」時代の作品そのもの、まず初期のノンシリーズ作品2編は、これまで読んだような読んでいなかったような程度の印象で(汗)さらに「白川エミ」ものは、多分確実に一本も読んだ覚えがない (大汗)。 というのも特に「エミ」ものは(本書の巻末で横井司氏も指摘しているが)<美人女子大生と年の離れた刑事のラブコメ風味の軽パズラー>という、まんま赤川次郎の永井夕子ものの設定のエピゴーネンで、亜愛一郎に続くもの(「幻影城」新世代の名探偵ものパズラー)がコレかよ、的に、昔から不満というか、なんだかな、という感慨を覚えて、自分でも敬遠していたみたいだ。 正直、現在、改めてしっかり読んでも、キャラクターものの連作ミステリとしても、ライトな謎解きパズラーとしてもあまり見るところはない。 シリーズ第一作「密室のショパン」は、鮎川哲也などからも割と良い評価をもらったようだけれど、個人的には「うーん、まあ悪くはなかった……」くらいであった。 さらに「エミ」シリーズに先立つノンシリーズの2本は、初期連城短編の劣化版という感じ(なお処女作の『炎の結晶』の方は、劇中の私立探偵をシリーズキャラクターにしようとした気配も感じられる)。 こちら2作もまあ、もっとスゴい同世代の作家(連城、そして泡坂、竹本など)がバリバリ仕事しようとしてるのに、同じ雑誌でわざわざこのレベルのものを読まなくても……という見解になるよね(汗)。 、 21世紀の昨今、70代半ばになって再び創作者として再スタートした作者の情熱には最大級の敬意を払いたいし、そんな思いも踏まえつつも、結局はそんなに語るところは無い一冊。 なお旧作の「エミ」もの4作は、エミに岡惚れしている青年刑事・松井(ニックネーム「ゴリ松」)の一人称「私」による叙述だったけれど、90年代の再開後のシリーズは登場人物全員を三人称で叙述。世界観はそのまま踏襲されながら、エミと松井の距離感にも自然と差異が生じたようで違和感がある。 しかしこれは40年前そのままの作風のリ・スタートを期待する方がムリなのだろうな。若い頃の気分で、ラブコメっぽいものは書きにくいのだろうし。 こういうライトパズラーのキャラクターミステリも決して嫌いじゃないんだけど、とにかくエミに、探偵としてもラブコメの高値の花ヒロインとしても、これという個性のポイントが見えないのがキツイ。 ある意味では、いろんなことを考えさせてくれる一冊でもある。評価は0.5点ほどオマケ。 |
No.1450 | 5点 | 少年探偵長 海野十三 |
(2022/03/17 07:31登録) (ネタバレなし) その年の11月。転校したばかりの中学二年生・春木清は、新しい友人で同級生の牛丸平太郎とともに、近隣のカンヌキ山で登山を楽しんだ。牛山と別れて帰路につく春木は、重傷を負った見知らぬ老人に偶然に遭遇。その怪我人を助けようとしたところ、かの老人・戸倉八十丸は親切な少年への感謝の印として何か小さな物体を渡す。実はそれは戸倉老人の義眼で、中にはさる秘密のアイテムが隠されていた。が、春木がその事実を知る前に、重傷の戸倉は空から飛来した怪しいヘリコプターの一味に拉致されてしまう。これをきっかけに春木とその周囲の少年たちは、山中の牙城「六天山塞」に潜む、謎の怪人「四馬剣尺(しばけんじゃく)」率いる山賊一味の暗躍に関わっていく。 昭和24年4~11月号にかけて、東光出版社(手塚治虫ファンには、初期の作品の版元としておなじみ。さすがに評者もその辺はリアルタイムでつきあった訳じゃないけど)の月刊少年誌「東光少年」に連載されたジュブナイルミステリ。そして作者・海野十三の遺作(のひとつ)。 連載中の5月23日に作者が急逝したため、途中からは晩年の海野に深く世話になった横溝正史があとを引き継いで連載を執筆し、物語を最後まで完結させた(当時の連載誌誌上では、海野が生前にすでに最終回分まで完成させていた内容を分載、という触れ込みだったようである)。 なお、前述のように、本作の完成には横溝の貢献のほどが大きく、それゆえ昨年暮れの新刊で、横溝の幻の&珍しめのジュブナイル諸作を集成した一冊『横溝正史少年小説コレクション7 南海囚人塔』(柏書房)の後半に、ボーナストラックとして、連載時の挿し絵復刻のサービス込みで再録された。 (ちなみに、実は評者は、本作の1967年のポプラ社版を数十年前に100円で購入して未読のまま持っていたが、今回、初めて、この柏書房の横溝コレクションの方で読んでしまった・笑&汗)。 本作は海野のレギュラー名探偵・帆村荘六などの登場しないノンシリーズ編。また題名にズバリ、すでに乱歩が十年以上前からスタートしている「少年探偵団」もののエピゴーネンめいたタイトルを採用しているが、中身はそれほどアマチュアの少年探偵たちが活躍するわけでもない。ぶっちゃけ、主人公の春木と一時的に俘囚になる牛山以外の残り3人はいてもいなくてもいいような扱い。 本作の特色はむしろ、素顔を見せない、巨体らしい山賊の頭目「四馬剣尺」の怪人キャラクターの成分と、戸倉老人が守り、山賊一味が狙おうとするとある秘宝がらみの暗合の謎、そっちに比重が置かれている。 そしてその大枠のなかで、実は……的な主要人物の意外な正体などを設けてあるのが一応の評価(オトナの読者には見え見えだけどね)。 個人的には、海野の思いついたあるアイデアを、横溝がさらにもう一段階、掘り下げ、それが効果をあげたような感じで、そこが楽しかった。 ラストの豪快なオチもよろしい。 主人公たちの少年たちを後見する名探偵キャラクター(探偵スター)なども不在で、全体にもうひとつ華がないのはナンだが、戦後直後のジュブナイルミステリとしては、怪人もののスリラー活劇の興味のあり、そこそこ楽しめる一冊。 |
No.1449 | 7点 | 掠奪部隊 ドナルド・ハミルトン |
(2022/03/16 05:18登録) (ネタバレなし) 「私」こと、アメリカの諜報組織M機関の一員マット・ヘルムは、硫酸で顔を焼かれた若き同僚グレゴリイ(グレッグ)の死体を認める。グレゴリイは「マイケル・グリーン」の変名で、軍事用のレーザー研究をする物理学者ハーバート・ドリリングの妻で30代半ばのジュネビーブ(ジェニー)と15歳の娘ペネロープの行状を見張っていた。ジュネビーブは娘とともに、仕事一図の夫と別働中だ。そんなジュネビーブの周囲には、不倫相手の男の影が見える。だがそのジュネビーブが夫の研究する機密を持ち出している疑いがあるため、ヘルムは私立探偵「デビッド・クリベンジャー」の偽名で彼女に接近。ジュネビーブに近づこうとするらしい某国スパイたちの動きまでも探るが。 1964年のアメリカ作品。マットヘルム(部隊)シリーズの第8弾。 顔を焼かれたショッキングな惨殺死体の描写から開幕。さらに訳者・小鷹信光のあとがき解説を先に読むと「××トリック(←ネタバレ回避のため、評者の判断で「××」部分を伏字にしました)を応用した本書のメイン・トリックには、本格的なミステリ通もひっかかることだろう」とある。それで、ハハーン、これは……と、ホイホイ「そのつもり」で読み進めたら、後半で(中略)!!! うーむ! と舌を巻く。 国内の各地を移動するメインゲストのヒロインたちとつかず離れず(いや「離れず、時についたり」か)行動する今回のマット・ヘルムの活躍は、ロードムービー的な興趣を披露。そんな物語の流れのなかで、時に冷徹さを極めたり、あるいは計算高い覚悟を強いられたり、プロスパイとして非常に骨っぽい。 ミステリ的な面白さとしては、前述した、物語後半でのかなりのサプライズが効果的で、しかもそこに至るまでの伏線の張り方も鮮やかだが、そんな一方でハードボイルド性の強い諜報・工作員ものとしても、かなりハイレベルな面白さだった。 少なくとも、評者がつまみ食いで順不同に読んだこれまでのシリーズ3冊のなかでは、これが一番光っている。 前述の本書の巻末の解説で小鷹は「ハミルトンは本シリーズをもとに、アホなB級映画シリーズを作らせたが、実はかなり冷ややかに映画製作者たちの喧騒ぶりを見ていた、聡明な作家だ」という主旨のことを書いているが、さもありなん。 なんにせよ、シリーズがそれなりに巻を重ねてなおこの出来なのなら、エンターテインメントというか、ハードボイルド味の濃厚なエスピオナージ・スリラー作家としてはホンモノであろう。評者もようやくこの作者の真の魅力に、たどり着けた手ごたえがある。 とにかくバラバラに、シリーズの順番を気にしないで読んでもこれだけ楽しめるというのは、かなり有難い&大事なことであって。 |