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ミステリの祭典

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レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落

作家 リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク
出版日2022年07月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2022/08/27 19:30登録)
(ネタバレなし)
 同じ作者コンビの前書『皮肉な終幕』に続く、本叢書での第二短編集。
 前巻と同数の十本の短編が収録されるが、作品の方向性にそれなりの幅の広がりがあった先行分に比して、今回は一部の例外を除き、ほぼ全部を「ヒッチコック劇場」的な、スレッサー風の路線で統一している。

 結果としてモノトーンな味わいの短編集になってしまうかとの懸念もあるのだが、実際にまとまったものはいわゆる正統派の「オチのある短編」ばかり、そしてその上でのバラエティ感が豊かで、非常に面白い。早川のスレッサーの短編集三冊に匹敵する楽しさである。

以下、簡単にメモ的な意味を込めて紹介&寸評(ネタバレには注意します)。
Suddenly, There Was Mrs. Kemp「ミセス・ケンプが見ていた」
……妻殺しの秘密を同じアパートの女性に見られた主人公。女性は口止め料の金を要求し、対抗措置もとるが? オチは読めるが、小気味よい話術で楽しめる。巻頭から本書の方向性を語る一編。

Operation Staying-Alive「生き残り作戦」
……軍隊内で生じている、ある犯罪? 主人公は挙動不審な人物に疑いを持つ。シチュエーションがちょっと特殊な設定。本書の中ではまあまあ、の方。他の諸作とちょっと異質な雰囲気は良い。

The Hundred-Dollar Bird’s Nest「鳥の巣の百ドル」
……貧乏な老医師は、ふとしたことから、同じアパートの住人が秘匿する大金を発見。そして……。『ミセス・ケンプ』に続く、ヒッチコック劇場(的な)路線の第二弾。オチはちょっと斜め方向だが、悪くはない。

One for the Road「最後のギャンブル」
……オイルマネーの金持ちでギャンプル好きの老人が、若い美しい妻の不貞に気づく。老人は妻の不倫相手の青年に、ある賭博勝負を提案した。小噺的な、しかしある種の文芸性を感じさせるラストで、なんとなくスレッサーというよりはエリン辺りに近い。秀作。

Memory Game「記憶力ゲーム」
……超人的な記憶力の主人公パーキンズ。そんな彼にひとりの男が接近してきた。ヒッチコック劇場(的な)路線。最後のオチが泣ける。そんなのありかよ? ありか? とつぶやきたくなる秀作。

No Name, Address, Identity「氏名不詳、住所不詳、身元不詳」
……交通事故の直後、記憶を失っていることに気づいた主人公。彼は懐中の物品を頼りに、自分の正体を知る? 相手を訪ねる。実際に「ヒッチコック劇場」で映像化されたらしい(日本では未放映)一編。とても本書らしい一作。

Small Accident「ちょっとした事故」
……少年「ぼく」は、その日、学友のひとりととあるトラブルを起こした。それは……。本書の中では珍しい、完全に異色の非ミステリ。作者コンビはこーゆーものも書いていたんだね。

The End of an Era「歴史の一区切り」
……15年間、地道に勤めた会社を退職する主人公。彼にはある考えがあった。ヒッチコック劇場風路線の一編。思わぬ方向からのオチが非常によろしい。

Top-Flight Aquarium「最高の水族館」
……ホテルの夜勤警備員となった中年ジミーは、金魚が好きな、ホテル長期住居者の老婆と出会うが……。ああ、そういう方向で来るかという感じのオチ。一種の攻めの作品ではある。

The Man in the Lobby「ロビーにいた男」
刑事ウルフスンが出会った男ミラー。その顔は、つい最近見かけたものによく似ていた。これも話術の面白さを堪能できる一編。ヒッチ劇場風であり、同時にこれもまたエリンっぽい。締めくくりに余韻のある作品が配置された本書の構成にニヤリ。

 全体として、前巻よりもずっと楽しかった。作風の幅の広い個人(コンビだが)短編集のありようとしては前巻の方がずっと正統的な作りだとは思うが、この(ほぼ)人工的に整えられたワンテーマ短編集的な味わいはまた格別。
 もしかしたらヒトによっては全体的にオチが古めとか、難癖をつけるかもしれないが、いいのである。コッチはそういうヒッチ劇場的なリッチな味わいのものを求めているので。ニッチな趣味かね?
 評点はああ、本当に楽しかったという意味でこの高評価。

 前巻と本書で、ベースとなった原書の短編集の中身を使い切り、さらに日本語版独自の短編をいくつか足したらしい。とはいえ作者コンビのノンシリーズ短編そのものはまだまだ残っているので、ぜひとも第三・第四短編集の刊行も渇望。
 さらについでにスレッサーの新規短編集や、似たようなヒッチ系のC・B・ギルフォードの短編集なんかも出ればいいなあ。

 今年のクラシックミステリ(幅広い年代の意味での)発掘は、いい流れである。 

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