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ミステリの祭典

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遺産相続を放棄します

作家 木元哉多
出版日2022年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/09/01 16:34登録)
(ネタバレなし)
 室町時代から続く都内の名家・榊原家。一時期は天文学的な資産を誇った同家だが、バブル崩壊期など時代の推移のなかで、その財産はかなり目減りしていた。先代の当主で90歳の榊原道山が先日死亡。さらに、いまなお莫大な遺産を受け継いだ長男で家督の昌房もまた、不治の病に冒された身であった。66歳の昌房は、三人いる子供のうち29歳の長男で唯一の男性・俊彦に次の家督と5億円の遺産を託そうとするが、純真な心根ながら生粋の御曹司で生活力皆無の俊彦はその相続を拒否。正職にもつかず、大好きなケン玉を題材にしたユーチューバー兼教導者として生きていくと現実味のないことを言いだす。俊彦の純朴さに大学時代から惹かれて恋愛結婚した29歳の妻の景子。景子は実家が貧乏だったゆえに誰よりも金に執着しており、ひそかに義父の昌房が夫に財産を託す流れを見やっていたが、予想もしないこの事態に衝撃を受ける。そして榊原家の騒乱は、次のステージへと移行していった。

 ちちんぷいぷい「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズの作者が送る、初めてのノンシリーズものの長編ミステリ。文庫書き下ろし。

 あまり詳しく書かない方がいいと思うので大雑把に触れるが、多額の遺産譲渡と相続放棄という事態から始まる名門一家の騒乱は、やがて榊原家周辺の殺人という事態に進展。前半では倒叙ミステリ風だが、後半というか大枠ではフーダニットの謎解きパズラーの興味、さらに(中略)というハイブリッドな趣向で、作者は読者に勝負をかけてくる。

 すでに人気シリーズをヒットさせた作者だけあって書きなれた達者な文章で、話術も絶妙。基調は地に足のついた叙述でお話も大枠としてはシリアスながら、どこか全体的にひねたユーモア味が漂うのは、1970~80年代の天藤真あたりにかなり近いものを思わせる。
 
 サクサク読める分、文庫版で370ページ前後の紙幅が微妙に長めといった触感を中盤で一瞬感じたが、メインヒロインの景子を主軸にそれなりのサスペンス要素もあるので、時間があれば十分にイッキ読みは可能。評者もちょっとだけ息継ぎしながら、一晩で読んでしまった。
 で、最後まで読み終えて思うのは、改めて(中略)。「閻魔堂沙羅シリーズ」は現状のいちばん最後の一冊を除いて全部楽しんでいる評者だが、無事にノンシリーズものへの挑戦は成功したと評価。終盤の探偵役の説明で、ちゃんと「閻魔堂沙羅」っぽい伏線の回収があるのは、いかにもこの作者らしい。

 気になるのは、とある昭和の人気ミステリ作家の影がすごく匂うことだが、<その人>の作風をダイレクトに継承している現在形の書き手ってパッと思いつかないし、その意味ではこれもアリか? 逆の言い方をするなら、どことなく懐かしい(おおむね良い意味で)ミステリの味わいを2020年代に甦らせてくれた作品だとも思う。

 次作のノンシリーズ編はこの方向で、さらにもうちょっと何か作者らしい一手二手があれば最高。
 それとそろそろ「閻魔堂沙羅の推理奇譚」の新刊の方もお願いします(笑)。 

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