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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2107件

プロフィール| 書評

No.1707 6点 エキゾティック
カーター・ブラウン
(2023/01/11 16:37登録)
(ネタバレなし)
 その夜、「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所勤務のアル・ウィーラー警部は、自宅のアパートに雑誌の定期購読セールスに来たブロンドの若い娘といちゃつきかけていた。そこに上司のレズニック保安官から電話があり、射殺された男の死体がタクシーで保安官宅に届けられたと告げる。ウィーラーはレズニックからこれはお前の悪質な悪戯か? と疑われかかるが、身に覚えのないことで、そのまま、その殺人事件を捜査することになった。被害者の素性は、3年前に10万ドルを横領した嫌疑で逮捕、投獄され、いまは仮釈放になったばかりの中年男ダン・ランバート。奪われたままの10万ドルの行方は今も不明だが、ランバートは最後まで無実で冤罪だと主張していた。ウィーラーは捜査を開始するが、彼の前にはまたも美女と死体が続々と現れる。

 1961年のクレジット作品。アル・ウィーラー警部の第20長編。
 
 小林信彦の「地獄の読書録」やAmazonのレビューなどでは、割と好評のウィーラーものの一編。
 被害者ランバートの娘コリーヌがすでに成人した美女で、女性用衣料品店を経営。おなじみのヒロイン、保安官秘書のアナベル・ジャクスンが「ブーティック」というのよ、と教えてくれる。邦訳が出た1967年当時としては、まだブティックというカタカナ言葉は確かに新鮮だったのだろう。翻訳は田中小実昌。
 
 被害者ランバートは逮捕前は投資相談所を経営しており、そのパートナーだった男が、今はパーティ用のジョーク・グッズを輸入販売しているハミルトン・ハミルトンなる男。ネーミングは「87分署」のマイヤー・マイヤーのパロディか? ハミルトンの妻ゲイルの実家が資産家で、夫の元・共同経営者ランバートが横領したとされる金は彼女が立て替えて、横領の被害者に返したことになっている。
 
 ハミルトンの冗談グッズというか大型アイテムで、スカートの女性がその上に乗ると強風が吹き出てパンティが丸見えになる装置が登場。リック・ホルマンものの『宇宙から来た女』でもあったネタだ。
 あと、ウィーラーが出向いた私立探偵の事務所で、IBMの電子計算機が登場。ミステリの作中で、民間にこの装置が置かれていた描写としてはかなり早いのでは? と思う。

 ミステリとしては、細かい伏線を回収。動機の方もちょっとクリスティーの諸作を思わせる印象で(こう書いてもネタバレにはならないと思うが)、なかなか面白い。
 この作者の著作のなかでも丁寧で手堅い分、いつものはっちゃけた味とは微妙に違う感触もあるが、まあそれはそれで。
 そーいえば、ウィーラーが悪漢に殴られて失神する場面があり、基本は一匹狼の遊軍捜査官としてハードボイルド私立探偵っぽい挙動の彼ながら、こういう描写は意外に珍しいハズ。

 なおタイトル「エキゾティック(異国の情緒・味わいを持つさま。異国風)」は原題そのままだが、メインゲストヒロインのひとりコリーヌの洋品店の屋外の、店名を標記した文字の書体がそれっぽいということから。決して、出て来るお女性の容姿がどーのこーのの、タイトリングではない。


No.1706 8点 彼の名はウォルター
エミリー・ロッダ
(2023/01/10 06:59登録)
(ネタバレなし)
 山間での屋外授業に臨む小学生たち。だが乗車してきた二台の車のうち、一台が故障。大半の生徒が無事な車で帰還するが、全員は乗車できない。かくして二人の引率の教師の片方のアンナ・フィオーリ先生と4人の男子女子が、丘の上の無人の屋敷で一夜を過ごすことになった。そして屋敷の中で、この学校に転校してきたばかりの男子コリンは、自筆のイラストに彩られた創作童話を書き綴った自作の書物「彼の名はウォルター」を見つける。

 2018年のオーストラリア作品。
 自分をふくめて、昨年の半ばまでほとんどのミステリファンがノーチェックだったと思うが、今年度の「このミス」で、あの小山正が本年度マイベストワンに推挙したおかげで、いっきに全国的に注目された作品(ジュブナイル~ヤングアダルト小説)。

 作者エミリー・ロッダは、すでにその筆名で多くの翻訳がある童話、ジュブナイル作家だが、実は本サイトでもkanamoriさんとnukkamさんがかなり高めに評価している長編パズラー『不吉な休暇』の作者ジェニファー・ロウと同一人物だと知って、食指が動いた(と言いつつ、実は筆者などは肝心の『不吉な休暇』は半年前に入手していながら、いまだ脇に積読だが・汗)。

 屋敷の中で朝を迎える女教師と4人の小学生の叙述と並行して、擬人化された動物と人間が共存する異世界を舞台にした作中作「彼の名はウォルター」の物語全編が少しずつ語られる。中盤までは、なんでこれがミステリ? しかも小山正のイチオシ?! という印象だが、次第に作品の狙いが見えてくると(以下略)。
 ……ああ、なるほどね(深いため息)。

 読後の感慨すら書かない方がいいような性格の作品だが、通読したのち、例によってTwitterでの他の人の感想など覗くと、この数年単位での収穫! と賞賛している人もいる。100%はそんな気分にシンクロはできないにせよ、確かに読んで良かった、良作・秀作ではあった。
 最後の1ページ、8行のセンテンスが、深い余韻を伴って心に響く。
 はい、私自身もスキな作品です。
 これまで出会った、心に残る大事な歴代ミステリ作品のいくつかを、おのずと連想したりした。
 結局のところ、これがジュブナイルというか、ヤングアダルト向けというカテゴリーの中にあることも、いろんな意味で心地よい。
 
 確かに、まー、こーゆー作品は、ヒトより先に見つけて大声で叫びたかったなー。
 たぶんドヤ顔しているのであろう? 小山氏の気分はよくわかる。

 評点は0.25点くらいおまけして、この点数で。


No.1705 7点 SAS/ケネディ秘密文書
ジェラール・ド・ヴィリエ
(2023/01/08 15:51登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ば~後半のニューヨーク。米国国家安全保障会議(NSC)の一員であるディヴィッド・リーベラーがハニートラップに引っかかり、保管していた機密のアタッシュケースを盗まれる。機密ケースはKGB側の手に渡り、ダブルスパイの中年映画プロデューサー、セルジュ・ゴールドマンの手によってオーストラリアに運ばれた。SAS「プリンス」マルコ・リンゲは、CIAウィーン支局の指示でゴールドマンとその若い愛人マリサ・プラットナーの身柄を確保。マルコ自身の自宅の城に匿うが、そこにゴールドマンの知人と称してポーランド人のKGBの外注工作員シュテファン・グレルスキーとその妻グレーテが来訪してきた。

 1967年のフランス作品。SAS「プリンス」マルコ、シリーズの第六弾。
 一年ちょっと前に読んだシリーズ第五弾『シスコの女豹』(佳作)の次の長編。
 で、機密物件の中身が何かは、タイトルでいきなりバレバレ(原題の時点から明かしてあるので、訳者や創元の編集部を怒ってはいけない)。
 前半~中盤まではこの機密文書の争奪戦がメインで、特に、当時まだ政治統制が厳しかったチェコスロバキア、その一角からケースを回収し、脱出する辺りは中盤の見せ場。ここも自由を求めてあがくゲストキャラの若者を登場させて、なかなか盛り上げる。

 しかしこの作品の本当のキモは、奪回した国家レベルの秘密文書の実態を知ってしまったマルコが、これまでの雇い主であるCIAから本気で口を封じられかける展開。

 いうならばヴィクトリア王朝の公安が総力をあげてホームズを暗殺にかかったり、MI6の要員たち総勢がボンドを抹殺に動くような趣向で、正に絶対の危機。ちなみにその手のクライシスが到来の場合、ホームズならマイクロフト、ボンドならMなどが最終的には絶対に主人公を守ってくれるはずだという予見が読者にも働くが、マルコの場合はそこまでの支援キャラクターもおらんし、テンションは一途に窮まる。
 いやコドモ的な発想で、シリーズもののなかで、作者なら誰でも一回はやってみたい? 厨二的なアイデアだとは思うが、刺客側は結構な本気度で、マルコの城に乗り込んで暗殺を行なうは、無関係の市民を平然と巻き込むは、なかなか緊張度は高い。10年前後、CIAに御奉公してきた実績? そんなもん、屁でもない。いくら腕利きでも、所詮は使い捨てのフリーランススパイじゃ。この作品はプリンスマルコ版『消されかけた男』でもある。
 
 もちろんこの後のシリーズ継続に繋げるため、最後の最後でのマルコ救済策は用意されている。まあその辺はある程度の力技だろうなとは、経験上、こちらも何となく予測できるので、実際に想定範囲。呆れるとか、これはないだろ、的な文句は出にくいように、作者も気を使った気配はあるので、個人的にそんなに不満はない。
(まあそれでも、今回のハイテンションに付き合った読者が、万が一本作のどっかを減点するなら、結局はここ(最後の決着ドラマの仕上がり)かもしれんが。)
 
 それで読了後にTwitterで感想を覗くと、シリーズ中でも評判いい、ベスト作品? との声もあり、そうでしょう、そうでしょう、と頷く。

 マルコが敵側の工作員を自宅に迎える際、もうちょっと出来ることもあったんじゃ、とか、細部のスキがまったくない訳ではないが、種々の事態がそれっぽく進行してしまう機微は、作者の方も割と自覚的に心得て書いている? 気配もあるので、まあギリギリ。

 タイトルとネタからもっと大味なものを考えていたが(いや、ある意味で大味な作品なのは事実かもしれんが)、予期していた以上に結構な面白さであった。8点に近いこの評点で。


No.1704 6点 暗闇の梟
マックス・アフォード
(2023/01/07 19:22登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の影が濃くなりつつある、1940年代初めの英国。鳥人のごとき出没ぶりの謎の怪盗「梟(ふくろう)」の略奪行為が、ふた月前から市民を騒がせていた。そんななか、アマチュア名探偵ジェフリー・ブラックバーンと対話中のロンドン警視庁主席警部ウィリアム・ジェイミソン・リードのところに、一人の若い女性が相談にやってくる。女性は、ジェフリーが以前に手掛けた事件に関わった元新聞記者のエリザベス・ブレア。彼女の話によると、彼の兄で化学者のエドワード(テッド)・ブレアが、前代未聞のコストパフォーマンスの新燃料「第四ガソリン」を発明した。それを怪盗「梟」が戴くと予告状が届いたという。ジェフリーとリードは、早速、ブレアの研究を後見する死の商人サー・アンソニー・アサートン=ウェイン准男爵の屋敷に向かうが、そこでは思いがけない殺人事件までが発生する。

 1942年の英国作品(作者はオーストラリア生れ)。ブラックバーンシリーズの第四弾。謎の怪盗がからむ殺人事件というと、nukkamさんもご紹介の『赤い鎧戸のかげで』のほか、同じH・Mシリーズの『一角獣殺人事件』(1935年)などもあるが、とにかくこの外連味が生きている。
(さらに、SFチックな? 新燃料の発明という作中の趣向も、クロフツの『船から消えた男」(1936年)を想起させる文芸でちょっと楽しい。)
 実に読みやすい翻訳のおかげもあって、ほぼ全編、まるで乱歩とか横溝とか高木彬光とか十三とか久米元一とか、あの手の児童向けジュブナイルスリラーミステリを楽しむ時のようなワクワク感でページをめくった。

 ただし謎の怪盗「梟」の正体の隠しようについては、かなりヘボ。いまの読者なら分からない人はいないだろうし、昔はこれで購読者を騙せる商品になったんでしょうねえ、という感じ(怪盗がらみの文芸というか真相で、ちょっと面白い部分はあるものの)。
 ストーリーを盛り上げるのはいいが、あとからあとから思い出したように悪い意味で、話のネタをぶっこんでいくのもあまり感心しない(一応は伏線なり、前振りなどを用意してるものも皆無ではないが)。
 要するに、二流B級パズラー作家アフォード(それはそれで実は大好きだが)の良くない面が出てしまった。凡作『魔法人形』よりはマシだが、佳作~秀作『闇と静謐』には及ばなかった、というところ。
(ちなみに本作のメインヒロイン、エリザベスの以前の登場作品は、確かその『闇と静謐』だよな? 本がすぐ手元で見られないのでわからないが、できれば訳者もしくは二階堂センセイ、あとがきor解説で、そのことについては触れておいて欲しかった。)

 ただまあ、この人の作品は、少なくとも欠伸が出ることはほとんどないし、上でツッコミした種々の弱点も、気が付いたら評者が自分の方で積極的にフォローを入れている。その意味では愛せる作品だし、翻訳発掘してもらってウレシかった一冊。
 未訳のシリーズ最後の一冊も、ぜひぜひ翻訳を願います。

 あとこの翻訳書は、nukkamさんのおっしゃる通り、巻頭の登場人物一覧表がかなり雑。ネタバレになる標記を回避することを前提にした上で、実際に事件にそれなりに関わる人物、読者のミスリードを誘う役割のはずのキャラ、などを含めて、あと3~5人は重要なキャラクターの名前がぬけている。
 こういうのは論創さんの場合、訳者がまとめるのか、本文を通読した上で編集さんが作るのか、あるいはどちらかがまず行って、最終的に双方でチェックか。
 たぶん三番目が当たり前で望ましいけれど、この辺はネタバレなしを前提に、きちんと適宜にやっていただきたいものである。
(もっとも、聞くところによると、登場人物一覧なんて親切なものを当たり前に用意するミステリ出版文化は、実はこの日本くらいなんだそうだが?)


No.1703 7点 死を呼ぶブロンド
ブレット・ハリデイ
(2023/01/06 11:10登録)
(ネタバレなし)
 その年の初秋のマイアミ。ある夜、「ヒピスカス・ホテル」の一室で死体を見た女は怪しい男に追われ、すでに乗客がいるタクシーの車内に逃げ込む。タクシーの運転手アーチイはトラブルにあったらしい女に、もし警察以外で助けを欲しいなら、地元の有名な私立探偵マイケル・シェーンに相談するよう進言した。かくして秘書兼恋人のルーシィ・ハミルトンとデート中だったシェーンは、またも新たな事件に関わり合う。一方、ヒピスカス・ホテルでは、室内に死体があると匿名の通報があり、ホテル探偵でシェーンも知人のオリイ(オリヴァー)・パットンが調べに向かうが、指示された部屋にはどこにも死体などはなかった。

 1956年のアメリカ作品。
 マイケル・シェーンシリーズの長編第26弾。
 
 メインゲストキャラのひとりが朝鮮戦争からの帰還兵で、ほかにも同様の人物が登場。そういう時節の物語だと実感できる。
 
 ルーシィとシェーンはすでに完全に相思相愛の仲で、ルーシィが自宅のアパートの鍵をすでにシェーンに2年前に渡しているという叙述もある。少なくともシェーンは再婚も考えているらしい。その辺も踏まえて、今回はルーシィのストーリー上での役割が非常に大きい。ネタバレになるので、詳しくは言わないが。
(しかしルーシィって、喫煙女性だったんだねえ。まあ1950年代のアメリカ女性って、かなりその傾向が強いけれど。)
 
 物語はシンプルなようで、かなり錯綜しており、確実に登場人物メモを作った方がいい内容。しかしその分、ストーリーの全域に仕掛けられた大ネタはかなり強烈で、これまで読んだシリーズの中でもたぶん間違いなく上位の出来。
 偶然が功を奏し、真相の解明(事件の説明)がシェーンの直感による面も大きいのはよろしくないが、それでもこれだけサプライズを食らわせてくれれば、お腹いっぱいである。
 
 シェーンとルーシィがプライベートでデートを楽しんでいる最中、緊急の事件の依頼があったら、どういうシステムで連絡がいくのか(シェーンのアパートの受付とかがスムーズに対応してくれる)、その辺のメカニズムもわかり、ファンには楽しい一編。

 第12章で点描的に登場し、事件にちょっとだけ関わり合う不倫カップルの描写が、どことなくウールリッチっぽいのも印象的。秀作。


No.1702 7点 そして、よみがえる世界。
西式豊
(2023/01/05 17:21登録)
(ネタバレなし)
 身体障害者のための介護技術と、日常の代替となる仮想空間の電脳世界が大きく発展した2036年。かつて理不尽な暴力によって首から下の機能を麻痺させた、元・天才的な外科医で42歳の牧野大(ひろし)は、かつての恩師である森園春哉から連絡をもらう。現在の森園は、現代日本でも屈指の電脳世界「Ⅴバース」を創造した大企業「SME社」に所属。Vバース内のアバターの住人は現実世界の人間と密接なリンクを行なっている。森園とSME社の要職たちの牧野への依頼は、Vバース内の医療施設「ホスピタル」に入院する、記憶と視力を失った16歳の少女エリカへの外科手術を願うものだった。

 第12回アガサ・クリスティー大賞受賞作品。
 昨年の受賞作(『同志少女よ』)が大反響な分、今年の受賞作は地味な印象だが、結論から言えばそれなりに楽しんだ。
 
 内容は、昨今、隆盛の仮想空間もので、SME社のプロジェクトに関わった主人公・牧野の前に次第に隠された秘密が明かされていく。同時に関係者の現実世界での変死も発生。ミステリとしてはシンプルなものだが、一応、あるいはそれ以上に、フーダニットの興味も持ち合わせている。
 
 読了後にトータルな視点で、物語の中での面白かった要素ひとつひとつを見つめ直していくと、どこかで見たようなもののパッチワークという感触もなくもないが、一方でそれらを丁寧に器用にまとめ上げている好編という評価は、したくなる。そんな作品。
(勝手な憶測ながら、受賞が決まってからさらに審査員や編集などの意見も取り入れ、伏線や前振りなどを練り上げ、完成度を高めたのではないか? という気もする。重ねて、評者の私的で勝手なイメージだが。)

 仮想空間と人間の関係性を主題にしたリアルSF、オトナが読むジュブナイルのようとしては、なかなか面白かった。
 弱点は前述のフーダニットミステリとしては、犯人がバレバレなこと(だって……)。ここらはもうひとひねり欲しかった気もするが、まあ際立った外道悪役キャラが作れてはいるので、そっちの成果を選択したのであろう。

 昨年の傑作と比べたら気の毒だが、フツーに楽しめた。佳作の上から秀作の中のどこかに評価はおちつく。


No.1701 6点 女海賊
カーター・ブラウン
(2023/01/04 22:11登録)
(ネタバレなし)
 1965年歳末のパイン・シティ。クリスマスまであと5日というタイミングで、殺人事件の通報があった。「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所のアル・ウィーラー警部は早速、殺人の現場という、若い女性アイリス・マローンの自宅に向かう。同家では気の早いクリスマス・シーズンのコスプレパーティが開催されており、主催者で広告コピーライターのブロンド美女アイリスが、ミニスカ海賊の姿でウィーラーを迎えた。アイリス当人は自宅で起きた殺人を自覚してないらしい。やがてウィーラーはパーティの客でウサギのコスプレをしていた男性グレッグ・タロンが、パーティを台無しにしないように気を使ってこっそり殺人事件を通報したのだと聞かされる。殺害されたのは、現地で最近、繫盛中の広告会社の代表ディーン・キャロル。彼はロビン・フッドのコスプレのまま、射殺されていた。ウィーラーはやがて、犯罪現場からいつの間にか姿を消したサンタクロースが怪しい? と考えるが。

 1965年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればウィーラー警部ものの第30番目の長編。
 Amazonにデータがないが、ポケミスのナンバーは1120。1970年8月の刊行。
 
 評者はポケミスの初版刊行(といってもこれは初版しかないかも~カーター・ブラウンブームはとっくに過ぎた時期の一冊だし)後、数年後に新刊で購入した覚えがあるが、当時は訳者がよく知らない人、田中小実昌でも山下愉一でもないのでほっておいた記憶がある。で、今回、改めて確認すると、え、あの高見浩!? まあまあ浩ちゃん、その後、立派になって、とつくづく時の流れの速さを感じたりする(笑)。

 コスプレパーティの現場から逃げたサンタクロース姿の殺人者? という趣向が、ウワサに聞くもう一人のブラウン(フレドリックさん)の『殺人プロット』(サンタクロースが出て来ることは知ってる)を連想させたりしたが、実はソッチはまだ未読(例によって家の中から本が見つからない)ので、比較はできない。

 いずれにしても本作は、数あるカーター・ブラウン作品の中でもハイテンポな方で、関係者の間を調べて回るウィーラーの動きもかなりスピーディ。途中から思わぬ事実が露見し、さらに筋運びは加速感を増し、気が付いたら一時間半で本文140ページの物語をあっという間に読み終わっていた。犯人の正体は消去法である程度わかるが、そこまでの経緯にちょっとひねった部分があり、シリーズの中では佳作か秀作の下。上役のレイヴァーズ保安官があれこれと、殺人事件の実情について仮説を立て、ウィーラーがやや押され気味になる? とこなど面白い。

 シリーズヒロインでレイヴァーズの秘書、ツンデレ美人のアナベル・ジャクスンの名前が巻頭の一覧表にないので、あれ? 今回は欠場かと思わされたが、大丈夫、中盤でちゃんと登場。アナベル・ジャクスンの母親は、行きずりのセールスマンと駆け落ちし、彼女を置いていなくなったというが、本当だろうか?
 ウィーラーとのラブコメ(の手前)ぶりはいつものパターン。今回は自分をネタにするウィーラーに怒りかけた途端、パンティのゴムがゆるんで足元までズリ落ちてるよと騙され、羞恥しながら、さらに激怒する場面など笑わせる。
 
 あと、シリーズ上の特筆は、ウィーラーがこれまで乗用していた愛車オースチン・ヒーリィを売却し、中古の高級ジャガーに乗り換えたこと。こんな事を心得ていれば、いつかカーター・ブラウンファン同士の語らいで、株を上げられるであろう。それがいつの日になるかは、知らないが。


No.1700 4点 大怪盗
九鬼紫郎
(2023/01/04 04:55登録)
(ネタバレなし)
 明治五年九月の東京。警察制度の創始者で警視庁のトップである川路大警視が、欧州の警察制度を学ぶため、日本を離れようとしていた。だがその歓送会の夜、思わぬ怪事が発生。仕掛人は昨今の世を騒がす怪盗「卍(まんじ)」で、当初は世の悪徳政治家や不正な豪商ばかりを標的にして殺傷を嫌っていた賊は、最近は殺人も辞さないようになっていた? だが警視庁に送られたメッセージの主は自らを「ほん卍(ほんまんじ=本物の卍)」と自称し、最近の殺人強盗は自分の偽物の仕業だと主張した。ほん卍は未解決の事件解明の手掛かりまで警視庁に与えるが、これを侮蔑と見た捜査陣は闘志を増加。元同心で「名探偵」の異名をとる原田重兵衛大警部は、卍の捕縛と未解決の事件の捜査に奮闘する。が、東京ではさらに怪しい事件が起きていた。

 昭和50年代のはじめに、ミステリ総合解説・研究書「探偵小説百科」の上梓をもって国産ミステリ界に復活した作者が、その5年後に書き下ろした長編ミステリ。大雑把にいえば、山田風太郎の明治ものみたいな世界に和製ルパンが活躍する趣向の物語である。

 戦前から昭和三十年代あたりの九鬼ミステリの実作は、昔も今もまるで知らない評者だが、本書が刊行された際には、何やら古参のベテランマイナー作家で、前述の「探偵小説百科」の著者だということくらいは知っていた。 
 ただし内容からして、いかにも出版業界とのお義理で、久々に一本だけ書いた通俗作品みたいな印象が当時からあり、ずっと敬遠していたが、昨年の後半にまあそろそろ読んでみようか、通俗ミステリ、嫌いじゃないんだし、と古書をネット経由で入手した。で、正月の今日、初めて読んだが、う……ん。
 
 読後にTwitterでのほかの人の感想を拾うと、シンポ教授などは「埋もれた佳作」と評しており、つまりたぶんはソコソコの評価。
 しかし正直言って、自分はけっこうキツイ一作だった。
 名前のある登場人物が虚実あわせて80人弱。かなりの数で、作品の構造、設定上、そうなってしまうのも理解はできる。
 が、とにかく、登場人物の多数さに比例して物語の流れに悪い意味で幅がありすぎ、ストーリーの軸が掴みにくい。
(卍を追う警察の捜査、別の悪党の暗躍、不可能犯罪的な怪事件の続発など、物語の要素は多いのだが、どこを主眼に追えばいいのだ、というシンドさだ。)
 文章も読みにくくはないが平板で、悪く言えば、筋立ても文体も冗長。

 なおこの作品は、義賊の怪盗側一味と警察側、それぞれの動きの合間に、不可能犯罪めいた事件が起きてミステリ的な興味で読者を刺激する。その辺は本家ルブランのルパンものを想起させる感じで悪くないのだが、肝心の作者がそういうオイシイミステリ要素を盛り上げる気があまりなく、最終的にそれぞれ子供向けミステリクイズ的な決着に収まってしまう。はあ、そうでしたか、という感じ。
 
 実のところ、全体の4分の3は読むのが苦痛。何度もノレず、中断してネットで遊んでは、まあ最後まで読み終えようという半ばマニア? の義務感で、終盤まで付き合った。
 クライマックスはそこそこ見せ場があったが、怪盗側の物言いにあまりに不用意でスキだらけの警察側など、ツッコミどころも多い。

 表紙折り返しの作者の言葉を見ると、実はシリーズ化を狙っていた気配があるようだが、いや、これは無理だろ、売れないだろ、と思う。何より「卍」のキャラクターに魅力がない。

 近々、復刊されるみたいだけど、興味ある人は、良い意味で、あまり期待値を高めないで接するように、オススメする。


No.1699 7点 蜃気楼
ハワード・ファースト
(2023/01/02 22:52登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月のマンハッタン。「私」こと36歳の独身デイビィッド・スティルマンは、職場「ギャリスン商会」で原価計算係を担当する職務についていた。そんなデイビィッドの勤める職場がある高層ビルの22階から墜落死した者がいた。男は「最後の貴族」の異名をとる名家出身の弁護士で、50歳代末のチャールス・キャルヴィン。直接はデイビィッドに関係ないことのように思えたキャルヴィンの死だが、ビルの階段でデイビィッドが謎の美女に出会ったことを契機に、彼は次第に自分が事件に深く巻き込まれていくことを意識する。やがてデイビィッドは、彼自身の重大な秘密に向かいあうことになった。

 1952年のアメリカ作品。
 カーク・ダグラス主演の歴史スペクタクル映画『スパルタカス』などの原作で知られる歴史小説家の作者ハワード・ファースト(ファスト)が別名義「ウォルター・エリクソン」で著した、半ば巻き込まれ型の都会派サスペンススリラー(ポケミスの翻訳は、ファースト名義で刊行)。なお作者ファーストは、ほかにE・V・カニンガムの筆名で「ヒロインの名前シリーズ」などのミステリ路線を執筆した実績もある。

 本作は1965年にグレゴリー・ペック主演で映画化。たぶんこのポケミスは、その映画化に合わせて翻訳されたものと思うが、よくありがちな映画のスチールなどを使ったジャケットカバーなどは、見た覚えがない。ポケミス巻末の解説は(N)こと、たぶん長島良三の執筆で短い文章ながらかなり情報量の多いものだが、映画化についての話題にも触れられていない。この辺の当時の事情をわかるなら、ちょっと知りたいと思ってしまう。

 それで評者は、大昔の少年時代に、淀川先生の「日曜洋画劇場」で本作のテレビ放映を視聴(たぶん、『ローマの休日』でペックが好きだった母親に付合って観た、そんな流れだったと思う)。
 今から思えば映画化のためのアレンジもあり、さらに全編108分という映画はもしかしたら当時のテレビ枠のため部分カットされていたのかもしれないが、とにかくこれがエラく面白かった! そんな印象だけが、ずっと残っている。
 その後数十年、映画の再見の機会をなんとなく探しているが、少なくとも日本語版では再会の僥倖を得られない。

 そんなこんなしている内に、たぶん1980年代にポケミスでこの原作に出会い、この原作小説を先に読むか、あるいは映画を再視聴するかどっちになるかはわからないにせよ、当時のあの日に観た映画の面白さを再賞味できればいいなあと思いつつ、ずっと大事にポケミスを寝かしておいた。
 しかしソフトや配信での旧作映画の発掘が進んでも映画の方とは一向に出会う機会もなく、グレゴリー・ペックレベルの俳優の主演作でもこの扱いかね? という思いであった。
(ちなみに世界ミステリ全集のどこかの巻の座談会だったと思うが、ペックは「大根役者」と評されており、個人的には、そんなもんかな? という感じだ。有名作でもまだまだ観てない作品も多いので、自分ではなんとも言えない。)

 で、今回、正月だ、勢いで読んじゃえ、という感じでページを開き始める。紙幅そのものは、ポケミス本文だけで170ページ弱とかなりショート。まさか抄訳ではないと思うし、話の流れにも特に不自然なところはない。
 
 物語の前半で主人公の設定にあるキーワードにからむ(ここでは曖昧にする)素性が明かされ、そこから加速度的にサスペンスフル、見せ場の多い物語が転がっていく。人物描写の面では、苦境の主人公デイビィッドを支援する大小の脇役に味があり、特にメインキャラクターで、主人公の相棒格となる私立探偵キャセルの存在感は絶品。ほかにも、キンブル先生の『逃亡者』チックに、ピンチのデイビィッドを庇ってくれる小市民などの描写も印象的で、ここらは50~60年代のアメリカ風ヒューマンドラマを芸にできる職業作家の手際という印象。
 物語の流れにある種の仕掛けがあり、それが明らかになってからのストーリーの勢いはなかなか。あまり詳しくは書けないが、こういうシフトのキャラクターならこういうポジションの役割だろうという定石をいくつか覆してゆくあたりも、読み手にミステリドラマとして、なかなか強い印象を残す。
 終盤はほんのちょっぴり、まとめ方に力業めいたものを感じないでもないが、全体としては十分に佳作~秀作。

 ちなみに本作は、邦訳が出た1965年度の「SRの会」のベスト投票(この年から、現在のように会員による10点満点方式の投票の平均点システムとなった)で、海外ミステリ部門の第6位。3位にはロス・マクの『さむけ』などが入っている年度のこと。まあ本作については、順当な好評価と思える。

 なおポケミス裏表紙のあらすじは、実にアレやコレや余計なことを書いてあるので、本書に興味がある人は、絶対に事前に読んじゃダメ。


No.1698 7点 危険な関係
新章文子
(2023/01/01 18:30登録)
(ネタバレなし)
 22歳の美青年で電気店の店員・倉田勇吉は、病身の母さきが死に、自分の負担が軽くなったと考える。だがそんな矢先の勇吉に、出戻りで年上の女性・志津子が恋慕。勇吉はそんな彼女をうざったく思い、新たな生活に踏み出そうとする。そのころ、大会社の社長・世良峰行が61歳で病死。昭和30年代の時点での一億円近い莫大な資産は、その長男で放蕩息子の高行にのみ遺贈すると遺言書にあった。峰行の後妻で現在の妻ふじと、高行と腹違いの妹・めぐみには全く何も残されない? めぐみは愛憎の念を抱く兄に対し、いつしか殺人計画を練り始めた。そんな、もともとは別個に進行していた二つの人間模様は、やがて……。

 1959年の第五回乱歩賞受賞作品。同時に乱歩賞受賞作品では初めて、直木賞の候補になった逸話でも知られる、ミステリ作家・新章文子の処女長編。ネットでの情報によると、すでにこの時点で作者は別名義で三冊の児童向けの著書(創作童話と、伝記読み物のジュブナイル)があったそうだが、一般向け小説の長編作品はこれが初ということになるようである。
 そのような形で実作(商業出版)の経験があり、また本作の発表時に作者はすでに三十代半ば、それなりの人生経験を積んでいたとはいえ、今読んでも、これが本格的な処女長編かと目を瞠るほど、小説としては成熟し、文体の読みやすさも描写の的確さも高い完成度を示している。
 歴代の乱歩賞受賞作品は、新旧のものをつまみぐいで読んできた評者だが、たぶんこれは出会った中でも一、二を競う、きわめて練度の高いミステリ小説であろう。
 
 弱点は勇吉と高行、この二人の男性メインキャラクーとそれぞれその周辺の人物たちが織り成す二条のドラマ、それぞれのサイドの、そして次第に束ねられていく人物たちの関係性が、いささか煩雑でややこしいこと。
 そのため今回などは、登場人物の一覧表ばかりか、人物相関図のメモまで作りながら物語を読み進めた。

 いや、よく言えば本作の場合、それだけ人物の構図が、のちのちのミステリ的な展開の構想を踏まえて、密度が高いということであり、そのややこしさを新章の達者な筆遣いでカバーしているともいえる。たぶん脇役なのであろう? 人物までが実に印象的な存在感で描かれており、たとえば、16歳のお嬢様めぐみに献身的な恋慕の念を抱く世良家の運転手の青年・下路敬二の底の窺えない人物造形など、かなり鮮烈だ。

 当時から翻訳ミステリが好きだったという作者(仁木悦子と同様の、ポケミス洗礼世代だろう)らしい、入り組んだプロットと、かなり個性的な殺人の始終なども本作の特色。ラストは本当にそれですべて綺麗に収まったか? と少しだけあとから疑問に思わされるところはあるが、相応のサプライズなのは間違いない。

 すでに何冊か新章作品を読んでいる評者などからすれば、これが作者のベスト、とは言い切れないとは思うが、かなりの熟成感を読み手に与える力作なのは間違いないと思う。
 というわけで、これが今年の(昨年からの年越しの)ミステリ一冊め。


No.1697 5点 死体狂躁曲
パミラ・ブランチ
(2022/12/29 09:10登録)
(ネタバレなし)
 第二次大戦からしばらくたった英国のチェルシー地方。 青年ベンジャミン(ベンジー/ベン)・カンは、恋人レイチェル・ボルガーを絞殺して逮捕されるものの、なんとか捜査陣と法廷を欺き、無罪の判決を勝ち取った。そんな釈放されたカンに接触するのはクリフォード・フラッシュなる人物。実はこのフラッシュは、三人の人物を殺した嫌疑で逮捕され「ペリオール(地方)の殺戮者(ブッチャー)」の異名をとりながら、やはり無罪の判決を受けた過去があった。フラッシュがカンを招いた組織「アスタリスク・クラブ」。そこは、フラッシュやカン同様、殺人の嫌疑で法廷に立ちながら、無罪の判決を受けて釈放されたものばかりが集う組織である。クラブには、さる入会の条件があり、仲間となるか一時的に判断を保留したカンは、フラッシュの計らいで、クラブの近所の、二組の若夫婦が共同経営する下宿家にとりあえず宿をとった。だがそんな下宿の周辺で、いきなり死体が登場して。

 1951年の英国作品。
 作者パミラ(パメラ)・ブランチは、あのクリスティアナ・ブランドの盟友だった女流作家だそうで、その辺の事情もあって、日本でも1990年代から一部のマニアが注目。今回の「奇想天外の本棚」叢書の一冊として刊行された本作『死体狂躁曲』も、すでに同じ翻訳者・小林晋氏の同人翻訳『殺人狂躁曲』として刊行されていた。
(というか正確には、ほぼ30年前の翻訳『殺人~』の訳稿を推敲して一般販売の商業刊行物として発刊したのが、今回の新刊であろう。)

 評者も30年前の同人版は購入できなかったので(というか正確には当時は存在すら知らなかった)、今回の新刊でのある意味、復刻的な刊行を楽しみにしていた。

 で、感想だが、う~ん、つまらなくはないが、正直、そんなに面白くもなかった、という感じ。

 今回の新刊での邦題が暗示するように、物語上のある「場」に思わぬ死体が登場。さる事情というか、個々の人物の思惑のすれ違いから警察への通報は控えられ、その死体の処理、隠匿をめぐってドタバタ騒ぎが発生するという趣向である。
 いや、たしかに設定だけ聞くと、ブラックユーモア味を盛り込んだスラプスティック・ミステリという趣で、楽しそうなのだが、個人的には、「え? その程度の理由でそういう事態になるの? もっと話し合ったらいいじゃん」という作劇上の了解にしくい側面が目立つのが、まず減点材料。
 さらにドタバタ大騒ぎはいいのだが、山場の起伏を考えてあるようで、実際には悪い意味で、串団子状に以降も事件が続発(くわしくは中盤のネタバレになるので控えるが)。
 お話にメリハリが乏しく、いささかお全体的に冗長。
 正直、最後の方は結構、眠かった(汗)。

 また、クライマックスの手前で、登場人物たちの意識が、そもそも真犯人は誰なのだ? というフーダニットへ関心を向けていく。そんな流れ、タイミングで謎解きものっぽくなるのは、とてもいい。
 が、まあ、このパターンなら、犯人はあの人で、動機も……なんだろうと予見したら、これが見事に正解(笑・汗)。
 ああ、やっぱりという思いで、あまり高い評価はやれない。
(ただし、動機の奥の動機というか、犯人の原動の事由の伏線などは、ちょっと面白かった。)
 
 というわけで、全体的にはちょっとこれは微妙かな? という感触。
 登場人物たちも書き込みはそれなりではあるものの、あまり、これという魅力的なキャラクターがいないのもちょっと残念。
 今年の同じ作者の、もう一冊の新刊『ようこそウェストエンドの悲喜劇へ』の方が、本作よりも楽しめるといいなあ。
 評点は、正に「まあ楽しめた」なので、このくらいの点数に留める。


No.1696 8点 地球0年
矢野徹
(2022/12/28 05:57登録)
(ネタバレなし)
 197×年。陸上自衛隊情報部の馬場一平太三尉が機密情報を抱えてバンクーバーから日本に向かうなか、米国海軍の原潜「エンジェル・フィッシュ」号が核弾頭をロシアに発射。そしてロシアもほぼ同時にICBM基地から核ミサイルを放ち、一時間も経たぬ内に米ソそして中国は死の世界となった。日本にも横須賀など関東の米軍基地に水爆が落とされ、数百万の人命が失われるが、数億の国民が一瞬で消滅した三大国に比すればまだ軽傷といえた。核戦争の引き金を引いた人種として国籍を問わず白人への暴行や凌辱が日本国内で半ば是認されるなか、国連は各国に被災国への支援を要請。日本の自衛隊は、アメリカのカリフォルニア地域への派遣が決まる。荒廃した米国で被災者救助のための献身を行なうもの、困窮した弱者を相手に秘めた獣性を剥き出すもの、関東の壊滅で家族を失い、救助の名のもとに、原因となった大国国民への復讐に走るもの。日本人救助団の中にも、正邪の思惑が入り乱れる。一方で米国内でも実質的な母国占領に来た日本国民に対し、凶行的なゲリラ活動を起こす動きがあった。

 作者・矢野徹の代表作のひとつで、昭和国産SF史上にその名を残す名作(最初の書籍刊行は1969年。その前に雑誌連載されている)。
 主題というか構想はあらすじの通り、第二次大戦後の日本が事実上米国の占領下にあった現実を背景に、ならば第三次世界大戦(瞬時に終焉する、しかし膨大な人命が奪われる核戦争)のあとに、復興支援の名目で今度は事実上、日本がアメリカを占領したら、である。
 早川文庫版の著者あとがきに書かれているように、作者は40~50年代から多くの欧米の第三次世界大戦SFを読破。その一本一本の設定や物語を、文庫版のあとがきの中でも紹介しているが、本作はそんな既存のテーマのなかに、さらに当時の当人なりの現実世界や自衛隊の稼働力などの調査結果を盛り込み、緊迫感のあるシミュレーションSFを展開している。
 
 中盤からアメリカ支援に向かう主人公の馬場の動向を一応はストーリーの軸としながらも、ドラマの流れを追うカメラアイは実に自在に世界中を移動。基本的に冷えた筆致だが、日常の世界が瓦解した世界で理性のタガが外れる人間の心の闇の描写は予想以上にどす黒い。一部の叙述などは、まるで西村寿行である。
 大設定からしていろいろと過酷な描写が前提となる作品だが、細部の苛烈さにおいても、あまり神経の細い人にはお勧めできないだろう。

 とはいえ、良くも悪くも1960年代の、あまり長めに一冊のSFを書きのばせなかった時代の作品で、描く内容の要素は多いものの、その割に紙幅は短く、あっという間に読み終わってしまう(言い換えれば、ヘビーな世界から解放してもらえる)。逆に言えば物語のコンデンス感が、全編すごいが。

 白人文明優位(というこの時代らしい視点)のタガが外れたとき、人間の獣性はどこまで暴走するか、倫理や理性はどこまで対抗しうるか、という主題も潜み、最後のビジョンは一抹の希望を示す……と思いきや、小説的に最後の一行はなんとも苦い。いや、あまり詳しくは書けないし、大局的な意味ではそこにあるものは変わらないんだけどね。

 半世紀以上前に書かれた作品ながら、2020年代の今も、万が一、こういう事態になったときの思考実験として、作中の種々の事象の成り行きはすごくリアル。ごく一部の事柄については、もしかしたら人類はちょっとだけ利口になってるかもしれないが、大局ではさほど変わらず、哀しく切ない意味でのホンネの行動をとってしまうかもしれない。
 そういう意味では、仮想SFのひとつの役割として、受け手の心構えを育てる面もある作品ともいえる? いや、教条的な目的で、この作品を読む人はそうはいないかとは思うが。
 
 なお、大きな文芸として、読みながらそういうオチになるんじゃないかと半ば予想はしていたものの、ある部分がすごくコワイ。その辺は第三次世界大戦ものSFの多くに、そしてこの作品に、通底する要素というか、観念のひとつであろう。
 まあ、期待通りの(というか部分的には、はるかに、予想していた以上の)作品ではあった。
 
 なお、日本SFのオールタイム史をきちんと概観してゆけば、この作品の後継作的な内容の続く世代のSF作品なんかもどっかにあるんだろうな? 
 評者は寡聞にして知らないが、そういうのがもしあるのなら、どういう感じのものに仕上がっているのか、ちょっとだけ気になる。


No.1695 7点 金環日蝕
阿部暁子
(2022/12/27 05:20登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月の札幌。地元の国立大の文学部に通い、心理学を学ぶ20歳のバイト女子の森川春風(はるか)。彼女はある日、目の前で近所の老婦人・小佐田サヨ子が、長身の若者に荷物をひったくられる現場を目撃する。その場にいた高校生が犯人の行く手を塞ごうとするが、最終的に犯人には逃げられてしまった。犯罪者の報復を警戒し、この件は忘れたいというサヨ子を脇に、春風は現場の遺留品から、素性不明の犯人が同じ大学の周辺にいると見当をつけた。そんな春風に先の高校生・北原錬(れん)が、素人探偵の協力を申し出る。

 この作者は初読み。お名前は見たような見なかったような印象で、経歴を今回あらためて確認すると、デビューは2008年。主に自作のライトノベルや、他の作家の少女漫画、実写映画のノベライズなどで、すでに十年以上、活躍されているようである。
(代表作のひとつ『アオハライド』はテレビアニメ化もされているが、評者は未見。)

 今回、東京創元社から(叢書ミステリ・フロンティアの一冊ではなく)まったくの単行本書籍の形でミステリらしい長編が出たようなので、どんなものなのだろうと興味が湧いて、読んでみる。

 するとこれが仲々の読みごたえ。くっきり感の強い登場人物たち、二転三転する筋運び、そして文章のリーダビリティの高さ、さらに独特の主題(結構、普遍的なものだと思うが、ここでは書かない)を訴える物語の力強さに引き込まれ、400ページ弱の紙幅を3時間前後でほぼ一気読みした。
 
 ジャンル分けはしにくい(というかどういう方向の作品か言うと、ある種のネタバレになる?)作品だが、主人公たちもしくは大半のメインキャラクターが高校生か大学生で、しかもその年齢設定に沿ったミステリ・ドラマを見せるので、とりあえずカテゴリ分けは青春ミステリに。いや、ヒューマンドラマでも、そしてミステリとしては(中略)の分類でもいいのだが。

 文芸性の強い作品だが、随所にミステリとしての仕掛けはふんだんにあり、読者の方もそのいくつかは察せられるとは思うが、すべてを先読みすることは難しいだろうとは思う。ちょっとだけ、フランス・ミステリ的(具体的に誰のどの作品に似てるとかではなく)な技巧を感じさせる面もあった。

 全体的にかなり良く出来た作品だとは思う(特に人物描写の良さで、長らく読み手の印象に残りそうな場面場面の叙述とか、地の文での警句っぽい、ものの言い回しとか)が、最後の決着はおおむね了解できる一方、あれ、あの件は放置でいいの? と疑問が生じるようなポイントがひとつふたつあり、そこで微妙に減点。
 まあ作者の「そっちの方向」に持っていきたかった気分もなんとなく分からないでもないが、ソレはやっぱり(以下略)。

 昭和三十~四十年代、国内のミステリ文壇に少しずつ目立ってきた、当時の新世代女流作家、あの辺の勢いに通じるものも感じたりもした。佳作~優秀作。 


No.1694 6点 小説作法の殺人
免条剛
(2022/12/20 08:47登録)
(ネタバレなし)
 若い、日伊のハーフ女性、麻川真理ノーマこと「マリ」は、私立探偵・常念勝の事務所を訪れた。マリの話によると、彼女のルームメイトの美女、藤堂理沙がある日、ベッド上で枕に顔を押し付けて窒息死。理沙のパトロンだった富豪の依頼人が、警察には事故死と判断された彼女の死に不審を持ってるので、マリを通じて調査を依頼にきたらしい。常念はマリを説き伏せて本当の依頼人である富豪に対面、いくつかの情報を得て調査の条件を決めた上で仕事に乗り出す。その手掛かりの一つは、小説のセミナーに通っていた理沙が執筆した、未完成の? ミステリ作品だった。

 作者は「小説新潮」の元編集長、半自伝風のエッセイなどの著書はあるが、小説の創作は本書が初めてだという。興味が生じたので、読んでみる。
 
 友人の死に自分自身もおぼろげに疑惑を感じるヒロインが、ちょっとだけ(本当に少しだけ)変人っぽい青年探偵の捜査に、半ば強引に同道。二人が脚で多くの関係者の間を嗅ぎまわっていくうちに、何やらトリッキィな事件の輪郭が次第に見えてくる……。

 こう書くと、いかにも謎解き要素をそれなりに盛り込んだ、昭和のB級ハードボイルド私立探偵小説っぽい。
 そういう意味ではけっこう好みで、それなりに面白かったが、情報を求めて歩き回るシークエンスがいささか冗長……というよりは、出会う関係者の頭数が多すぎて軽く疲れる、とはいえこの手順が、たぶん作者の構想的には外せないものだった? のも何となく察せられるので、そんなに悪い点はやれない。
 クライマックスで明らかになる、作中作そのものの意外な真実も、さらにそれと現実の物語の絡ませ方も悪くない。
 で、まあ、あの、ラストだが(略)。

 丁寧すぎて生硬な印象はあるが、さっき書いたように、昭和の私立探偵小&B級スリラーの枠内に、それなりの謎解きミステリを組み込んだ作品として見るなら、十分に佳作の領域。
 作者は現在72歳と、小説家デビューとしてはご高齢ではあるが、前歴での素養も含めて一定のものにはなっているとは思う。
 ただし若いヒロインに、どことなく妙なロマンチックな筆致を見やるのは、作者がオッサンなのか、それとも読むこちらがオサーンなのか?(笑・汗)

  評点は7点に近いこの点数で。


No.1693 6点 サスペンス作家が人をうまく殺すには
エル・コシマノ
(2022/12/18 15:27登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと31歳の二児の母フィンレイ(フィン)・ドノヴァンは、売れないロマンティック・サスペンス作家。夫だった造園事業者スティーヴンが不動産業の若い美人テレサ・ホールと不倫を働いたので離婚したが、元夫が今は彼の婚約者となったテレサの世話で多くの仕事を受注し羽振りがいい一方、フィンの方は創作も進まず、多額の請求に苦悩していた。そんななか、フィンは出版エージェントのシルヴィア・バーとレストランで著作の打ち合わせをするが、会話中の殺人だのの言葉を本物の殺し屋の業界用語と勘違いした近くの見知らぬ女性が、一方的に殺人の依頼を持ち掛けてきた。

 2021年のアメリカ作品。
 面白そう、だけど、どっかで聞いたような……読んだような、そんな設定から始まる、半ば巻き込まれ型のユーモア・サスペンス。

 翻訳文も潤滑で作劇上のキャラの出し入れも活発だが、大筋の割に小さめの級数の活字の創元文庫で約450ページの紙幅はいささか長すぎる感じ。
 あと、中盤からのネタバレになるのであまり書いてはいけないが、途中から主人公のフィンにはパートナー格の人物が配置され、窮状を分け合う形になる。そのため二人でやればなんとかしのげる、のニュアンスで、いささか緊張感が薄れてしまった感じ。
 
 前半で生じた殺人事件の真犯人は意外といえば意外だが、作者の演出が正直ヘタなので、あ、そ、という程度の感じ。クライマックス以降の展開も全体に力業過ぎる印象。

 つまらなくはないが、本当は、用意されたいくつかのネタなら、もっともっと面白く作れたんじゃないかな、という感触の一本。

 なお本作はシリーズ化されて、本国ではさらに続刊が出ているらしい。
 翻訳で続きが出たら、まずはヒトの評判を聞いてから読むことにしようか。


No.1692 6点 川野京輔探偵小説選III
川野京輔
(2022/12/18 04:21登録)
(ネタバレなし)
 1953年に「別冊宝石」誌上に、本名の上野友夫名義で作品を投稿。その後、複数の雑誌に、ペンネームの川野京輔名義を主体にミステリその他のジャンルの短編を発表。のちにNHKラジオ畑の本職スタッフとなり、その立場で無数のミステリドラマ、SFドラマを長年にわたって退職時まで担当した作者の、旧作中短編の集成、その第三弾。
(なお小説は、今回、全部が初めての書籍化。ウヒョー。)
 
 評者は川野の本路線(短編集)は、以前に第一集のみを既読。第二集はまだ未読。
 なお、この第三集の刊行は予定より3年遅れたらしいが、作者は現在も91歳とご高齢ながらお体は矍鑠(かくしゃく)とされている。少し前に眼をお悪くされたようだが、それでも本書には新規書き下ろしの回顧エッセイ(矢野徹などとの親交について)なども寄せており、その健勝ぶりは誠に頼もしい。

 本書の内容は創作編、評論・随筆編の二部に分かれ、前半には26本の中短編を収録。
 その内の3分の2~4分の3くらいが広義のミステリで、あとは歴史もの、中間小説的なものを含めて幅広いジャンルの作品が集められている。

 最初の作品『暴風雨の夜』の二転三転する展開はなかなかで、細部の妙な? 文芸味を含めてちょっと印象に残る出来。
 一番長めの中編作品『犬神の村』などは起伏に富んだ筋立ての昭和殺人推理スリラーで、これはまあまあ。
 ミステリ中の最大の異色作は、謎の怪人「猫男」が跳梁跋扈する短編『手くせの悪い夫』で、これは結末と言うか真相にボーゼン。こういうものが商業小説誌に掲載されていたとは、おおらかな時代だったね、と感嘆する。

 その他の小説(歴史実話風のものも含む)の方は、普通に面白いものもあれば、なんでこんなのをオレはいま読んでるんだろうと思わされたものもあり、感慨のほどは非常に雑駁。
 こちらの非ミステリ系では、流刑になった浮田中納言秀忠とその関係者の悲話を語る『悲願八丈島』と、昭和の青春ヒューマンドラマ風の『東京五輪音頭』が印象に残る。なお後者は企画ものの映画化を想定して書かれた作品らしいが、実際に製作公開された日活の同題の映画とは別もののようである。
 まあ創作パートは、トータルとしては、その辺の気分のアゲサゲも踏まえて、まあまあ、丸々と、楽しめたとは思う。

 評論、エッセイは長短のものを集成。これまで書籍化されなかったものの落穂拾い? という趣もあるが、特にNHK在籍中のいくつかの逸話はなかなか興味深い。

 1950年代に自作のオリジナルSFラジオドラマで新造したSFチックな効果音に自信を持っていたら、そのすぐ後に公開された、あの『禁断の惑星』で、そっくりの? SEが登場していたと自慢するくだりなど、ホホウと思わされたりする。

 内外のミステリラジオドラマについての情報も多く、矢野徹脚色の『血の収穫』など、台本が現存していれば拝見したいものだと思わされる。

 まあ、この辺りは、もしかしたら、著者の上野名義の著書『推理SFドラマの六〇年』にさらにもっと詳しい記述があるかもしれないが(評者はだいぶ前に同書を購入してはいるが、あまりにコンデンスに膨大な情報量のため、まだ通読しきれていない・汗)。

 なお論創の川野作品は、年内にさらにもう一冊、ジュブナイル長編ミステリで初の書籍化らしい『竜神君の冒険』が出る予定だったようだが、年明け以降に順延の模様。焦らず、楽しみに待つことにしよう。 


No.1691 8点 鏡の迷宮 パリ警視庁怪事件捜査室
エリック・フアシエ
(2022/12/16 06:27登録)
(ネタバレなし)
 七月革命の余波に揺れる1830年のパリ。「フランス国民の王」ルイ=フィリップのもとで権勢を得ようと野心を抱く富豪で下院代議士のシャルルマリー=ドーヴェルニュは地盤と人脈の強化のため、25歳の放蕩息子リュシアンをノルマンディーの富豪の令嬢ジュリエットと政略結婚させようとしていた。結局、思いのほか若者たちは良い雰囲気になっていたが、そんな矢先、唐突にリュシアン青年が身投げ自殺? する。しかもその死に顔には、不可解な笑みが貼りついていた。パリ警視庁風紀局第二課に属する弱冠23歳ながら、近代科学を学んだ学究の徒でもあった敏腕警部ヴァランタン・ヴェルヌはこの事件の捜査を命じられるが、そんなヴァランタンはもうひとつ、彼自身が為さねばならぬ犯罪捜査の宿命があった。

 2021年のフランス作品。
 同年度の仏国出版界の優秀賞「メゾン・ド・ラ・プレス賞」(有名なところでは以前にビュッシの『彼女のいない飛行機』が受賞)を授かった長編。
 
 カーの歴史もののロマンス活劇の部分を21世紀風のエンターテインメントに仕立て直したというか、山田風太郎の「明治もの」の味わいでこの時代設定のパリでの怪事件の捜査と冒険、ロマンスを語ったというか、とにかくひとことで言えば、時代ものミステリとして、非常に面白かった(有名な、史実上に実在のあの「名探偵」も、メインキャラクターの一人として登場する)。

 ミステリ要素はいろいろと仕込まれているものの、評者程度の読者でもそれなりにアレコレ先読みできてしまう(とはいえ全部が全部のネタや伏線の推察は、ちょっと困難かも?)。
 が、いずれにしろストーリーテリングの妙は実に達者で、上に挙げた時代もののミステリの要素を全部踏まえながら、スティーブン・キングかシェルドン辺りに書かせればこうなる……とまではさすがに、いかないか(汗)。ただまあ、その辺のニュアンスにかなり近いところまで行った手ごたえは十分にあり、娯楽痛快洋物時代劇エンターテインメントとしては、じつにオモシロイ。
(一部、クソ外道の悪役の描写に不愉快な思いがするが、まあその辺の読み手の感情の刺激も、娯楽作品の成分の範疇であろう。たぶん。)

 主人公ヴァランタンと、メインヒロイン格の若手女優アグラエとの恋の成り行きが、まるで半世紀前の我が国の少女漫画だが(もちろん、そーゆーのはキライではないが・笑)、物語の時代設定のなかで「まあ、アリなんではないの」という気分にさせられ、全編、微笑ましい。アグラエは、個人的には今年の翻訳ミステリ新刊の中で出会ったメインヒロイン、そのベスト5候補のひとりにあげたい。

 作者はすでに一ダースの長編小説の著作があるベテラン(または中堅)作家だそうだが、本作はそんな書き手の新シリーズものとして開幕され、すでに本国では二冊目も出ている模様。いろんな意味で続きが気になるので、早めに出してほしい。
 最後に、非常に達者で読みやすい翻訳に感謝。


No.1690 7点 変な絵
雨穴
(2022/12/14 15:30登録)
(ネタバレなし)
 心理学者の萩尾登美子は、教え子たちに数枚の絵を見せる。それらは、ある犯罪を為した女子の描いた絵であった。そこから読み取れる、絵を描いたものの心象とそのときの状況とは?

 前作『変な家』は未読。登場人物が共通する広義のシリーズものということは、今回、実際に読んで初めて知った。

 半ば(というか3分の1~4分の1くらい?)キワモノであろうかと予期して読んだが、いやいや、全くの良い意味でフツーの新本格。
 パーツとして見ればネタの数々はどこかで見たような感じのものが大半だが、それをかなりテクニカルに使いこなしている歯応えで、なかなか面白かった。
 作者はちゃんとミステリのセンスと素養がある方だと思う。

 とはいえ、「絵」の比重は思ったより大きくはなかった感じ。文生さんのおっしゃることも理解できる。
 ただ評者などは、あまり見ないギミックのミステリ(87分署の諸作とか「捜査ファイル」シリーズとかあるが)なので、単純にひさびさに、改めて新鮮で楽しめた。

 全体としては、メルカトルさんのおっしゃるように良作。逆貼りの評価狙いの方も含めて、もっと色んな皆さんに読んでいただきたい?


No.1689 7点 仮面の復讐者 浜中刑事の逆転
小島正樹
(2022/12/13 14:58登録)
(ネタバレなし)
 群馬県にある、 経営者夫婦を含めてわずか社員4人の輸入会社「桧垣商会」。その社員のひとりが自殺とも事故とも未詳な転落死を遂げた。それから一年、今度は同会社の社長で30歳代の桧垣伸幸が何者かに殺害される。会社の周辺には、殺人とは別個の、とある犯罪の影が浮かび上がった。県警捜査一課の捜査官で、本人の思惑以外で手柄を立ててしまう「ラッキー刑事」浜中康平はこの殺人事件の捜査に参加。相棒の夏木大介や、同僚の女性刑事でガールフレンドの希原由未とともに遊軍チームとしての活動を許可される。

 浜中シリーズ(というかすでにもう浜中&夏木シリーズ)の長編第五弾。
 警察小説プラスパズラーっぽい流れで開幕し、途中である方向に転調。(中略)ものの趣が強くなるが、序盤~前半からの大きな複数の謎の興味は、後半~終盤まで維持される。
(ジャンル登録は、その辺の作品の構造が見えにくい、そして間違いではない「警察小説」ということで。)

 特に、さる事情から24時間ずっと人間の動きを監視カメラで注視・記録されていた犯行現場に、どうやって殺人者は侵入し、脱出したのかという、広義の密室・不可能犯罪の謎は、なかなか魅力的(真相は、早めに読めてしまうところもないではないが)。
 さらに、個人的にはもうひとつの殺人トリックの方がなかなか印象的だった。犯行時の光景は結構、鮮烈なビジュアルで、その辺はいかにも小島作品らしい。

 ヒューマンドラマ、警察内の組織もの、さらにはある文芸設定にからめたサスペンススリラーの要素も盛り込まれ、軸は謎解きパズラー、または(中略)ものだが、全体にジャンル越境的な雰囲気もある佳作~秀作。
 
 まったくの新刊ながら今回も評論家、ミステリ研究家による解説が巻末についているが、そこでは副主人公の夏木の活躍ぶりがどんどん目立っていく現在のシリーズの今後を独自の視点で展望していて、ちょっと興味深い。


No.1688 6点 ダミー・プロット
山沢晴雄
(2022/12/12 16:17登録)
(ネタバレなし)
 平成4年の秋。名探偵として活躍した砧順之介は、9年前の昭和58年に生じた事件の記憶を回顧する。それは彼自身も深く関わった、忘れじの出来事であった。

 山沢作品は大昔に何か短編を一本読み、ミステリマニアの一部での高い評判の割に、そのかなり硬質なパズラー性のためか、あるいは外連味の少なさのためか、もしかしたら文章のまずさのためか? まるで面白さがわからなかった記憶がおぼろげにある。

 とはいえ「手品小説」と自称・他称されるその諸作のこと、本来は楽しめるはずだ、またいつか挑戦してやろうと思っていたら、創元文庫から今年、新刊(商業出版としては初)でこの長編が出た。
 そこでようやく一念発起して、年の瀬に読み出すが、いや、小説の文体としては会話も適度に多く、こなれた平明な文章で思っていた以上に読みやすい。

 ただし(ネタバレにならないように言うが)三人称・多角視点のこの作中では、ほぼ同時並行で、複数のメインキャラクターのドラマが別個に進む。もちろん読者視点ではそれは俯瞰できるのだが、一方で次第に絡み合っていく劇中人物の視座では、それぞれ別個の流れの人物同士はおのおの初めて出会っていく。つまり読者はある意味、二重に事態の推移の情報の整理をしなければならない。いや、そんなのは普通のどんな小説でも、よほど一人称一視点を徹底した作品でない限りアタリマエではないか、と言われそうだが、この作品は作劇の構造上、その辺の読者の負担がかなり大きい。これで結構、疲れた。
 
 またショッキングな事件が随時起きる一方で、文章は平明ながら書き方が地味というか堅実すぎて、叙述に抑揚がない。この辺の読みにくさはなるほど、記憶の中の山沢作品そのままではある。

 あと難点として、ネームドキャラが過剰に多い。創元文庫の登場人物一覧には主要キャラ(ともいえない警察の一部の捜査官まで含めて)14名の名前が列記されてるが、自分が作成した登場人物メモでは名前のあるキャラだけで100人近くに及んだ! 書きなれた頃の清張あたりなら、この辺は読者の不要なストレスがないように名前を出すキャラを3分の1位に絞れるはずだ。この辺も実に読みにくい(汗)。

 ただし、終盤のサプライズ、物語全体の随所の、あるいは大きな仕掛けなどは、確かになかなかのもの。すべては、ここに行きつくための作品である。
 なんか歩きやすい、路面が舗装された薄暗い長いトンネルの中を延々と歩いていく、そして最後の出口の向こうには明るい温かい饗宴の場が待つ、といった趣の長編だ。
 最後にわかる(というか改めて意識させられる)、砧自身にとってのこの事件の重み、というのも結構な余韻。
 素直に楽しめた、というと微妙だが、それでも読んでおいて良かった、とはいえる作品ではあった。まあしばらく、山沢作品はいいけど。
(来年あたり、また何か一冊、初の商業出版として刊行されるみたいだが。)

 なお創元文庫巻末のボーナストラックの推理クイズ集は、なかなか地味に楽しめた。

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