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ミステリの祭典

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平均点:6.33点 書評数:2106件

プロフィール| 書評

No.1826 5点 見ざる聞かざる
ミニオン・G・エバハート
(2023/07/07 18:04登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の拡大が予感される1940年代の初頭。カリブ海のジャマイカ諸島の一角にあるモンテーゴ・ベイの町には、元少佐で今は現地で農場などを営む富豪の実業家、50歳のアメリカ人、ロバート(ボブ)・デイキンの屋敷があった。ロバートは数年前に前妻チャーミアンと離婚し、その直後に今は25歳の若妻で、もとは名門クールマン家の出身だった令嬢エリザベスと再婚していた。だがエリザベスは年の離れた夫の酒好きに手を焼き、その心はロバートのいとこの息子で、かつてのエリザベスのボーイフレンドでもあった青年ダイク・サンダースンの方に傾いていった。そんななか、屋敷にダイクが、ロバートの片腕といえる仕事上の要人の女性ルース・レディングトンとともに来訪。微妙な空気が漂うなか、一人の生命が何者かに奪われる。そしてその現場には、見ざる聞かざる言わざるの猿の模型が、残されていた。

 1941年のアメリカ作品。マイナーメジャー? な女流作家エバハートの作品だが、これまで本サイトでもレビューがないので、そのうち本を購入して読んで感想を書いてやろうと思っていたが、先日の出先のブックオフで2003年の再版を250円で入手。昨夜読んだ。
 ちなみに評者はエバハート作品は、これで4冊目。地味にそこそこ読んでいる。

 主人公ヒロイン、エリザベスのよろめきメロドラマを主軸にした人間模様に、フーダニットのパズラーめいた(劇中人物の証言をもとに構成される不可能犯罪ものの興味もある)殺人劇が絡んでいくつくりで、その狙いはそれなりに面白い。

 ただし登場人物に総じて魅力がなく(各キャラの容姿とはか素性とかはそれなりに書き込まれているが)、特に何人かの周辺の男性の間を右往左往するエリザベスも、彼女に言い寄る男連中もあまり感情移入できないので、お話がいまいち盛り上がらない。中盤、エリザベスの危機の描写なんか、もうちょっと盛りあげられたと思うんだがな。
 一方で、ロバートの先妻や、仕事上の片腕役など、年増の女性キャラはそこそこ存在感はあった。
 
 広義の密室(めいたもの)が形成された事情、最後の方で明かされる事件の真の構造など、ポイント的な得点としては評価できる面もあるが、全体的にごちゃごちゃした解決と、前述のキャラクター総体の色栄えの無さが悪い方に相乗して、最後まで読んでも、う~ん、きびしいな……がホンネ。いくつかの点で、劇中人物の思考の推移や、行動の選択もどうかと思えるものもある。

 もう少し話を整理して演出を際立たせればもっと面白くなったんだろうな、という印象。というか、こういう人間関係の図式の枠内で、お話としてもミステリとしても興趣豊かに読ませるのが、クリスティーの諸作だ。
 伏線の張り方など、もしかしたら、面白いと思う人はいるかもしれない。個人的には、できたもので面白かった面と、最初にその話題が出た以降で登場人物たちが掘り下げなかったことへの違和感めいた部分が、相半ばである。
 評点はちょっとキビしいかもしれんけど、こんなもんで。


No.1825 7点 ヨモツイクサ
知念実希人
(2023/07/06 22:33登録)
(ネタバレなし)
 北海道の旭川と富良野の周辺で、リゾート開発工事に従事していた作業員が行方不明になる。現地は、地獄から来た怪物が棲むという伝説が残る「黄泉の森」と呼ばれる一帯、またはその近隣だった。7年前に酪農を営んでいた両親、祖母、そして婦人警官だった姉が突如として一家丸ごと行方不明になるという怪異を体験し、いまだ解決の糸口さえ見えない30代半ばの女性外科医・佐原茜は今回の事件に関心を抱くが。

 話題作なので読んでみた。
 
 しかし期待値が高すぎたせいか(何しろ、評者が投票する前までの本サイトの平均点だけいけば、現時点でオールタイムベストワンなのだ!~まだ10票行ってないから、看板ページには掲示されないが)「あらら……こんなもんか」でもあった。
 いや、たしかに筆力のある、専門知識を持った作家の力作で、和製クライトンという感じなのだが、一方でそこにある面白さが全部、悪い意味でそれぞれのカテゴリーの内(ホラー、サスペンス、謎解きミステリの側面)に収まってしまっているというか。
 
 もしかしたら、こっちの読み方というか味わい方が悪いのかもしれん。
 懐かしの『包丁人味平』風にいえば、味平ライスを出されて「なんだチャーハンか」→「いや、これは!」と素直に驚けばいいものを、料理そのものは、お腹いっぱいにおいしくいただきながら「結局はチャーハンだね」とうそぶくような、そんな感じなのである。しかしそれが現状のホンネだから、仕方がない(汗)。

 まあ映画化の企画はどっかで動いてると思うけど、万が一実現したら、早く観たい、とは思う。


No.1824 6点 恐るべき太陽
ミシェル・ビュッシ
(2023/07/05 17:15登録)
(ネタバレなし)
 南太平洋フランス領ポリネシアのヒバオア島。そこで世界的に有名なベストセラー作家、「PYF」ことピエール=イヴ・フランソワを講師役に据えた、作家志望の幅広い世代の女性ファン5人による創作教室「創作アトリエ」が開催された。だがPYFは失踪し、そして殺人事件が起きる。

 2020年のフランス作品。
 上下二冊の『時は殺人者』だけめんどくさがって読まなかったので、評者これが三冊目のビュッシ作品。
 リーダビリティは高く、さらにほぼ20年前のパリの事件に話が絡むなどストーリーの組み立てに立体感はあるのだが、登場人物がそんなに多くないくせに550ページ以上の紙幅を持たせるものだから、どうしたって物語が冗長になる。殺人もそんなにテンポよく起きる訳でもなく、正直、中盤はうっすら眠かった(汗)。
 あ、『そして誰もいなくなって』っぽいとかいうウワサはとりあえず忘れてください。確かに連続殺人ものだけど。
(というかこの作品、クリスティーへのオマージュを気取ってるようだけど、いくら超メジャー作品とは言え『そして』や『アクロイド』のネタバレまで平気でしているので、その辺も注意だ。)

 なお終盤の展開は意外といえば意外だし、犯人もわからなかったが、一方でこういう作品でサプライズを仕掛けるなら、あそこら辺にああいう手で……と大方が読めてしまうので、あまりトキメキはない。
 この辺ももっと全体的に短くまとめたストーリーだったら、よくあるものながらそれなりの効果を得られたであろうに、緩慢な展開で間延びしてしまった仕上がりだ。
 
 ただし、犯人の動機というか事情だけは、心に染みた。
 エモーショナルな要因にからむ復讐者ならまだともかく、そうでもない人殺しに同情しては決していけないんだけれど、この犯人の場合は、ひたすら可哀そうである(もちろんそれでも殺人は許されないが)。
 
 ところで本書は最後に、実作者でミステリファンでもある阿津川先生の解説、読解が掲載されているが、新刊の初訳の現代作品の翻訳ものの文庫としては異例ながら、本書のようなギミックの比重の多い作品の場合、これは親切で良い。評者のようなスーダラな読者が意識しなかったポイントも、いくつか指摘・教示していただいた。


No.1823 7点 オパールの囚人
A・E・W・メイスン
(2023/07/03 16:01登録)
(ネタバレなし)
『薔薇荘にて』の事件を体験した元実業家のジュリアス・リカードは、知人の若い娘ジョイス・ウィップルから相談を受ける。それはジョイスの友人で、遺産を相続した若き城主ダイアナ・タスパーロウが何か訳ありでトラブルの気配があるので、事情を探り対応してほしいというものだ。ダイアナの城「シャトー・スブラック」の近所の別の城「シャトー・ミランドル」に縁があったリカードは、口実を設けてダイアナの城に赴くが、これと前後して『薔薇荘』事件でも面識のあるパリ警視庁の名警部アノーも事態に介入してくる。やがてダイアナの城の周辺では思わぬ事件が。

 1928年の英国作品。アノーシリーズの長編第三弾。
 
 名のみ聞いていた作品をようやっと、読みやすい新訳で読めて、とても嬉しい。
 なるほどタイトルの意味はよくわからん。作中での説明を聞いてもよくワカラン。
 
 以前に『薔薇荘にて』のレビューで、<ホームズ全盛期の時代と、黄金時代との過渡期的な作品>という主旨の感想を書いたと思うが、今回もそんな感じ。
 いい意味で紙芝居みたいな筋運びもお話の起伏を感じさせて、面白い。

 大ネタは、ああ! と驚いたが、そういえばこの真相は以前にどっかの本作の紹介文(たぶん海外作家のコメントの翻訳)で読んでいた(そして今回、読むまで完全に忘れていた)のを思い出した。

 このタイミング(原書刊行年の1928年)にこういう内容の作品があったという事実で、近代ミステリの進化の系譜のミッシングリンクが、ひとつ埋まった気もする。
 事件の構造、死体の左手が切られた理由、それぞれクラシック作品としてはなかなかの創意で、さらに22章のアレ、のちの欧米作家のかの名作に影響を与えたのでは? とも思う。

 こう書くとかなりの秀作っぽいんだけど、前述の大ネタがいささかミステリとしてはオフビートすぎる面もあり、素直な謎解きミステリの文法で語っていくと(以下略)。うん、クリスティーの某作品を想起させないでもない(こう書いてもネタバレには絶対にならないと思うが)。

 秀作、優秀作とはいいにくいし、かといって佳作として評価をまとめたくもない。ナナメ度の高い名作?
 もしかしたら、初期アノー三作の中では一番スキ……というより、心に接点を覚える作品かも。

 アノーもの、残りの最後の長編「彼らはチェスの駒ではない」の邦訳が楽しみである。


No.1822 8点 フランケンシュタインの工場
エドワード・D・ホック
(2023/06/30 17:33登録)
(ネタバレなし)
 時は21世紀の前半。メキシコ沖の孤島「ホースシューアイランド」には民間科学機関「国際低温工学研究所(ICI)」の施設が存在。そこでは代表ローレンス・ホッブズ博士が精鋭の医学者や科学者を選抜し、彼らとともに、長期冷凍保存された複数の肉体を接合して一人の人間を甦らせる実験をしていた。実験の記録役という立場を騙って施設内に潜入した、科学捜査機関「コンピュータ検察局(CIB)」の青年捜査官アール・ジャジーンは、不審なICIの内偵を進める。だが閉ざされた島の中で、ICIの関係者がひとりまたひとりと何者かに殺されていく。

 1975年のアメリカ作品。
 SFミステリシリーズ「コンピュータ検察局シリーズ」の長編・第三弾にして最終作。

 思い起こせば1970年代の半ば、木村二郎さんがミステリマガジンの連載エッセイで、リアルタイムで当時の新刊だった本作(もちろん未訳の原書)を
「作中で登場人物が語る通り、SFミステリ版『そして誰もいなくなった』である」
 と紹介。
 その一文に触れた評者はどれだけ「日本語で読みてぇぇぇぇ~~!」と願い、その後もウン十年、何回あちこちの場で、本作の邦訳を願う一ミステリファンとしての叫びを上げ続けてきたものか。いや感無量、感無量。
 もともと「コンピュータ検察局シリーズ」は当時、スキだったしね。

 とはいえさすがに待ち続けてウン十年、抱えすぎた思い入れが悪い方の反動となって、実際に読んでみたら「ナンダツマラナイ」となる可能性もさすがに経験上、予期していたので、そういう意味では、なるべく冷静に読んだつもり。

 で、まあ、普通に十分に面白かった。
 まあ、SFミステリとしての未来感や科学観はともかく、大設定であるコンピュータ検察局の文芸がほとんど活用されていないとかの弱点はあるけど、素直なクローズドサークルもののフーダニットパズラー、プラス、ちょっとクライトン的な医学サイエンススリラーとして期待以上に楽しめた。
 ここが良かった、のポイントは、たぶん誰でも同じところに目が向きそうな意味でわかりやすいんだけど、ふたつあり、個人的には後者の人を喰った趣向が好き(先に出る方も悪くない)。犯人の見せ方も結構、意外ではなかろうか。
 良い意味で一流半の、謎解きサスペンスパズラーである。

 ということで、評点はこっちの過剰な思い入れに一応以上に応えてくれた、という意味でこの点数。
 特に本作にもともと心の傾斜などない、白紙の状態で読むヒトはもっと低い評価になるだろうが、それはまあ、仕方がない。ただ素で読んでも佳作以上、だとは思うよ。

 つーわけで、私にとって叢書「(新生)奇想天外の本棚」はこの時点で5割くらい、役目をすでに果たしました(笑)。
 次の大きな楽しみは、原型版『ミス・ブランディッシュの蘭』の翻訳刊行あたりかしらね。いや、他にもまだまだ……。


No.1821 7点 真相崩壊
小早川真彦
(2023/06/28 16:01登録)
(ネタバレなし)
 1995年7月。その年、山梨県を襲った巨大台風は山岳の崩壊まで導き、ひとつのニュータウンを消滅させた。犠牲者は300人近くに及ぶ大惨事となるが、やがて発見された遺体のなかに、どうも天災以前に何者かによって殺害されていたらしい一家がいることが明らかになる。そして2010年、家族を当時の災害で失った青年・名取陽一郎は成人し、今は防災科学研究所のスタッフとして世間に知られる活躍をしていた。そしてそんな彼は、ある人物に再会。そしてほぼ時を同じくして、また過去の事件も新たな展開を見せる。

 論創社(いつもお世話になっております)による、国産ミステリを対象とした新人賞「論創ミステリ大賞」の第一回受賞作。同時に同社がスタートした、新作国産ミステリ専科の叢書「論創ノベルス」の第一弾である。

 帯で謳っている通り、作者は以前に気象予報官の経歴があり、その職歴のなかで得た知見も作品に投入。特殊分野を題材に社会派の要素もあるフーダニットパズラーを展開……こう書くと、正に昭和~平成の乱歩賞作品(の大半)だ。
 1961年生まれの作者は作家としてのデビューはやや高齢だが、ミステリファンだったらしく、作中にさりげなく笹沢佐保の天地シリーズとかの書名も登場。
 内容も、人間関係の組み立て方(特に良い意味でぬるい主人公とヒロインと、その周辺の人々の関係性とか)など、なんか懐かしい昭和ミステリの味わいがあるが、謎解き作品としては二転三転する犯人の意外性、事件の実態など、なかなか面白い。
 読後にTwitterでの感想を見ると、クイーンの某ライツヴィルものを連想させるとの感慨を語っている人もおり(こう書いても、特にネタバレになってないと思うが)、ああ、あの辺のことかな、と微笑んだりする。

 作者がアタマいいな、というか達者だな、と思ったところは、ムダにモブの作中人物に固有名詞を与えないことで、その辺は熟成期以降の清張みたいだが、おかげでとても読みやすい。登場人物メモでは30人強の名前のみ書いたが、映画的に言ってカメラが顔を映したレベルの劇中キャラはその倍は出ているだろう。
(アホな作家は、作品を、物語世界を作る送り手の万能感に酔って、本当の端役にまで固有名詞を与えるので、その分、小説が読みにくくなる。)

 優秀作、とは言わないし、どこか良くも悪くも古めの作風というところもあるんだけど、十分に秀作であろう。
 まあ乱歩賞に送っていたら、前述の意味であまりにもいかにも、な感じの作品という気もするので、その意味ではこっち(新設された賞)に応募して正解だっただろうね。

 評点は8点に近い、この点数。
 次作も期待しております。


No.1820 5点 虹へ、アヴァンチュール
鷹羽十九哉
(2023/06/27 13:13登録)
(ネタバレなし)
「おれ」こと29歳の独身フリーカメラマン、松平菊太郎は、愛用のバイクで九州を取材旅行中、岡村ミドリと名乗る22~23歳くらいの美人と知り合う。ミドリと一旦別れた菊太郎だが、やがて彼は、何者かに刺されたミドリに再会。しかも彼女は体に火までつけられていた。絶命するミドリから謎のダイイング・メッセージを受け取った菊太郎は、素人探偵として事件の真相を追うが。

 1983年から2003年までサントリー、文藝春秋、朝日放送が主催した、新作ミステリ新人賞「サントリーミステリ大賞」の第一回・大賞受賞作。

 新人賞だが、昭和3年生まれの作者はこの時点で55歳と、昭和の後半としてはやや年配。もともとは業界紙の記者だったというので文筆活動の経験はあったようだが、新聞記者出身にしては文体がかなり饒舌。
 しかもいきなり場面と劇中の時勢が変わったり、前置きもなく新たな登場人物の名前が出てきたりとかなり読みにくい。
 裾野が広がる話の流れは、やがて戦時中の秘話にまで及ぶが、正直、非常にシンドかった。例えるなら、田舎に行って、こちらが希望もしないのに、面識もない地元の爺様の私的な思い出話をいきなり延々と聞かされるかのごとし。

 ただし後半4分の1辺りからは妙な熱量を感じさせる勢いは確かにあり、世代人らしい戦争観、独自のものの見方などにも興味を惹かれた。終盤の大きな逆転も、実は結構面白いことを仕込んでいたのがようやく最後の方でよくわかるが、それを活かす演出が伴っていない感がある。

 力作だとは思うが、作者が書きたいことを詰め込み過ぎ、そしてその一方で、こなれの悪さで損をしてしまったような作品。途中の眠さは、久々に評点3~4点の作品かと思えたが、最後の方だけなら6点はあげたくなる。トータルとしての評点はまあこんなもの。
 
 なお評者は、先日の出先の古書店の店頭の50円均一の中から、帯付きの文庫本の本書を発掘。大昔にSRの例会に出ていた頃、このタイトル見たことがあったなあ、程度の気分で購入して一読した。
 その文庫版の解説は、サントリーミステリ大賞の受賞作は、主催者の一角である朝日放送の手でテレビドラマ化されるという事情があった縁で、朝日放送のプロデューサーの山内久司(世間には「必殺シリーズ」のプロデューサーとして有名)が書いており、その辺も当方には興味深かったが、山内氏は平然とその解説の中でメイントリックというか大ネタをバラしているので、もしこれから文庫版で読む人がいたら、注意のこと。


No.1819 5点 お電話かわりました名探偵です 復讐のジングル・ベル
佐藤青南
(2023/06/26 06:27登録)
(ネタバレなし)
 Z県警本部の通信指令室。要するに市民からの犯罪・事件の通報を受け、適宜な対応を行ない、必要な情報を適切な部署に回す役目の警察官。そんな役職のなかで「千里眼」ならぬ「万里眼」の異名をとる、一種の安楽椅子探偵・君野いぶきの事件簿。
 連作短編集形式のシリーズで、基本、各編はいぶきに憧れる年下の刑事、「僕」こと早乙女の視点から語られる(時たま、神様視点の三人称描写が混じる)。

 本書は5つの事件を収録。その5編をプロローグとエピローグがブックエンド風に挟む連作集。
 シリーズの一冊目かと思って手にしたら、一本目のエピソードを読んだ時点で、実はこれが三冊目だったと気づく。

 ……あらら。そういう勘違いした状況だったので当然、前二冊は未読。本書内のメインキャラの人間関係や配置はこれまでの二冊をしっかり踏まえたものらしいので、なんかハズした気分。いや、実際にハズしてるのだが(汗)。

 まあキャラクターもののミステリとしては、そこそこ楽しめました。
 第三話の自殺志願者の女の子のホワイダニットなど結構強引とかも思うけれど、まあ作中のリアルで登場人物がそう考えたんだろうね、と受け取れる程度のものでもある?
 サクサク読めるのは良かった(皮肉やイヤミでなく、素直な意味で)。


No.1818 6点 ローズマリーのあまき香り
島田荘司
(2023/06/23 08:21登録)
(ネタバレなし)
 1977年のニューヨーク。世界的に有名な美人バレリーナ、35歳のフランチェスカ・クレスパンの公演が行われるその夜、彼女の死体が地上50階の高層フロアの密室で見つかる。だが死亡推定時刻のその後も、彼女はプリマドンナとして舞台に立っていた!?

 魅力的な謎の設定だが、600ページ以上という本の厚さにウエ~となる。 
 しかし島田作品だから何となくそうなるんじゃないかと思っていたら、予想通りにスラスラ読めて二日で読了した(笑)。

 謎解きミステリとしての結末は、もしこの真相を新人作家が真顔で書いていたら、全国のミステリファンから総叩きに遭い、お前は才能ない、ミステリ作家やめて田舎に帰れ、と罵られそうなもの。あまりに豪快なので、一種の裏ギャグ的な冗談なのかとも、今でも半ば思っている。
(いや、実際にそうかもしれない?)

 ただしアレな謎解きパズラーである一方、とにかく読み物ミステリとしてのある種のダイナミズムは感じるのも確か。質的なベクトルは違うんだけど、乱歩の通俗長編に似た、読者を喰いつかせる独特のパワーを見やるというか。

 90~00年代の島田歴代作品にはほとんど縁がない、まったく島田ファンでない現在の評者には、現在に至るこの人の長編ってこーゆーのもアリなのかな、とも思ったりする(それでも10年代の半ば以降の新作長編は、一応、全部読んではいるんだよ・汗)。
 
 なお、この新刊の長編、帯には「「メフィスト」連載時から絶大な反響を受けた~」と謳われてるが、奥付手前のページには「本書は書き下ろしです」とある。どっちじゃい? ファンの方、教えてください。


No.1817 7点 没落
結城昌治
(2023/06/21 19:28登録)
(ネタバレなし)
 昭和37年8月(あ、『キングコング対ゴジラ』の封切りの月だ!)に刊行された、作者の初期中短編集。
 4本の短編と表題作の中編、計5編のサスペンス編、クライムストーリーなどを収録する。

 以下、備忘録がわりに、内容の紹介メモと簡単な感想。

・「不倫」(オール読物 37年3月号)
……35歳の美人の社長夫人が、息子の家庭教師である28歳の青年と不倫。それをネタに謎の人物から大金を脅迫・要求されるが。
 最初から巧妙な話術で、あれ、結城作品ってこんなに読みやすかったっけ? と、いきなり驚かされた。話の流れは一部読めるが、テンポの良さと最後までのストーリテリングが冴える秀作。

・「犯行以後」(別冊小説新潮 36年10月号)
……情婦のOLが妊娠した、子供を生むというので、殺してしまった妻帯者の中年サラリーマン。その犯行の行方は。
 目撃者に顔を見られたのでは? という焦燥と恐怖が読者にも伝わり、最後でう~む、というラストを迎える。もともとは日本版「EQMM」での新人賞でデビューした作者だが、いかにも翻訳ミステリっぽい仕上がりの一本。

・「とらわれた女」(別冊小説新潮 37年1月号)
……テレビ番組のディレクター兼プロデューサーがコールガールを呼ぶが、その女はなじみの売れない女優だった。
 ウールリッチのノワールサスペンスを思わせるようなムードの一編で、追い詰められていく主人公の緊張感が生々しい。最後のシャープなオチもなかなか、

・「不在証明」(新気流 37年2月号)
……世間で話題になっている殺人事件。その最重要容疑者が獄中から存在を主張する、当人のアリバイを証明する人物。それは自分だった!?
 掴みのよい設定で開幕し、これも好調な語り口で読ませる作品。最後の二重三重のオチは……ああ、なるほどね、という感じ。

・「没落」(別冊文藝春秋 37年1月号)
……女性向け雑誌の、やり手の女性編集者が殺され、死体が路上で見つかった。事件は意外な? 展開を迎える。
 巻末に収録の表題作。それまでの4本とは紙幅(ボリューム)も内容も明確にチェンジアップした作りで、最後にこれがきて軽く面食らった。
 出版界周辺の群像劇をやや淡々と読まされ、これは最後にちょっとオチる出来のが来たかな? と思いきや、終盤の方で妙な方向にギアが入る。広義のミステリではあろうが、ラテンアメリカの短編小説みたいな歯応えのまとめ方。これはこれで面白かった……かな。

 何十年も前に、SRの会の東京例会での会員間の古書オークションで、たしか誰も買わなかったので安く引き取って来た一冊だったと思うが、落札してみたら長編じゃないので、今まで放っておいたような記憶がある。
(巻頭の方の遊び紙が中途半端に切り取られているが、たぶん作者が為書き入りで献本を送り、受け取った側が礼儀として、そこを切り取って古本屋に売ったのだと思う。)

 気が向いて書庫から取り出し、読んでみたら、前述のように表題作以外は軽妙ながらしっかりした語り口、最後の意識的なオチ、とまるでスレッサーの諸作。で、表題作は表題作で、これはこれで味があった。本との出会いなんて、偶然の縁も大きいが、これは何となく入手しておいて良かった一冊。
 作者の初期短編は、また機会があったら楽しんでみたい。


No.1816 7点 だからダスティンは死んだ
ピーター・スワンソン
(2023/06/21 09:05登録)
(ネタバレなし)
 あらら……まんまと引っかかった(笑・汗)。

 通例のこの手のミステリの作劇なら、後半の山場に据えるような場面を早々とまくって、どんどん前倒ししてくる。思えばそれ自体がテクニックだったのだな。80年代の某・技巧派系の海外長編ミステリを思い出した。

 何のかんの言っても、スワンソンは『アリス』に続いて二冊目だが、こっちの方が面白かったかも。全体に(中略)な作品のムードも独特な感触で、地味にじわじわと染みて来る。
 
 まあヒトによっては作者の(中略)は、怒ってもいい、とは思います。
 
 あんまりものを言わない方がいい作品なので、これくらいで。


No.1815 5点 愛人関係
笹沢左保
(2023/06/19 17:26登録)
(ネタバレなし)
 大手商社「日興倉石」に勤務する23歳の美人OL・剣城夕子は、三百年近くも続く老舗の和菓子屋「夕月堂」の長女でもあった。夕子の父で夕月堂の当主でもある54歳の久太郎は、彼が眼をかけてる若手菓子職人・磯部達也と夕子が夫婦になって店を継いでくれることを望んでいた。だが夕子にはそんな気はまるでなく、それどころか彼女は別の部署の同僚で妻帯者でもある35歳の青年・伊集院夏彦に2年前に処女を捧げ、それ以来ずっと実家にも世間にも秘密の愛人関係を続けてきた仲だった。そんななか、夕月堂が同家とはまったく関係のなさそうな殺人事件に巻き込まれ? さらに夕子と伊集院の愛人関係にも、不測の事態が生じた。

 日本でいちばん「愛人」というキーワードをタイトルに用いたであろうミステリ作家・笹沢佐保のラブロマン・ミステリの一冊。光文社文庫版で読了。 

 二号や妾はパトロンからお金をもらうが、愛人は心身の純愛で結ばれているから高潔だとか、情人に奥さんと別れて私と結婚してほしいなどという女の欲求は、生活のために体を売る娼婦と同じだとかいうメインヒロイン(主人公)夕子の主張は、大昔に同じ作者の『愛人岬』で、似たようなヒロインの物言いを読んだような記憶がある。ぶれない笹沢ラブロマン。

 ブックオフの100円棚で手にしたら、解説で武蔵野次郎がラストの意外性が印象的とか書いている。それで購入して読んだが、さほどでもない。犯人もストーリーの流れと登場人物の配置、さらには作者の手癖からおおむね予想がつくし。
 ただし途中の細部での話の転がし方は、部分的には曲があってそこそこ面白かった。
 窮状に陥った夕子のため、彼女が秘密にしていた愛人の立場を鼻白みながらも、剣城家の家族がほぼ一丸となるあたりは、この時期の笹沢作品らしい。不器用な家族の絆は、笹沢作品の底流にある文芸テーマのひとつだ。

 評価はこれもまさに「まぁ楽しめた」なので、この評点。


No.1814 7点 じゃじゃ馬
カーター・ブラウン
(2023/06/17 16:20登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、ふだんはパイン・シティの保安官事務所に勤務するが、本来はシティ警察の殺人課の所属で、事務所には出向の身だった。そんなある日、古巣の殺人課から呼び出しがあり、殺人課の課長パーカーはウィーラーに、失踪した店員の娘リリー・ティールの行方を捜せという。なぜこの段階で殺人課が動く? と不審を抱くウィーラーだが、どうやらひそかにリリーが殺害されている可能性をパーカーは見やっているようだ。しかも本件には、市でも最大級の実力者の大富豪、新聞社と複数の放送局の所有者であるマーティン・グロスマンがからんでいるらしい? ウィーラーは、途中で捜査を中断した殺人課の同僚ハモンド警部の後を引き継ぐが。

 ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第13長編。
 これも大昔に読んで、まったく内容を忘れてたものの再読。

 こないだ読んだ(再読した)第23作目『ゴースト・レディ』のレビューの中で、ウィーラーが殺人課出身だったという話題を書いたが、ちゃんとその文芸にスポットを当てていた作品がココにあった。やっぱ、しっかり記録を取りながら読まなきゃダメだな。
 
 やっかいごとを押し付けられるために古巣の殺人課に呼び戻されたウィーラーは、市の大物(裏社会の荒事師まで抱えてる)を向こうにした、面倒が多そうな、ほとんど単独捜査をするハメになる(殺人課の部長刑事バニスターがちょっとだけ相棒になるのは、面白いといえば面白い)。

 あまりネタを割ってはいけないが、今回のウィーラーは悪党側のハニートラップにハマってレイプ未遂犯の冤罪を着せられ、警官として失職してしまう(実績ある警官、そして広義のハードボイルド探偵としては、かなりうかつだ)。とはいえ殺人課や保安官事務所も意外に冷静で、ウィーラーが罠にはまった事実をちゃんとすぐに理解し、協力体制をとる展開も予想外で面白い。

 さらに重要な証人の生命を守って悪党側と攻防戦を演じ、増援のため民間の私立探偵の協力を求めるリアリティも楽しかった。
(証人を守る攻防といえば、西村京太郎の秀作『札幌着23時25分』みたいである。)

 終盤の意外な真相はやや唐突だが、サプライズ度としてはなかなか面白い。

 ウィーラーの敵陣への潜入ぶりとかも含めて、全体的にB級ハードボイルドミステリ感の強い話で、読了後にTwitterで見たウワサによると、別の作家による代作の疑いの濃い一本だという? 多作のカーター・ブラウンの諸作は、一部がハウス・ネームの代作になってるらしい、というのはそういうことか。
 いつものレギュラーヒロイン、アナベル・ジャクスンも一応は顔を出すものの、おなじみのツンデレコメディが皆無なのも、たしかに別作家っぽいかも。

 なんにせよ、ウィーラーシリーズの中では独特の食感と歯応えがあった一本。評点はちょっとオマケして。

 ちなみに原題は「The Bombshell」。爆弾ではなく、かわいこちゃん、とかの意味らしい。決して、ユニクロンによってサイクロナスに転生した、デストロンのカブト虫のことではない。


No.1813 5点 時計泥棒と悪人たち
夕木春央
(2023/06/16 05:26登録)
(ネタバレなし)
『絞首商會』『サーカスから来た執達吏』に続く「大正ミステリー」シリーズ(最近、これが公称になったらしい?)の第三弾。ただし作中の時系列では、今回のこれが一番先で、このあとに『絞首』『サーカス』の出来事が続く。
(そういう意味では、これまで本シリーズに縁がなかった人も、こっからスムーズには入れます。)

 事実上、『絞首』の主人公コンビが主役の連作短編(中編)集で、彼らを軸に全体の挿話を貫く物語の流れも、設定されている。『サーカス』側の登場人物は……たしかあの人だよな? 数年前に一度読んだきりなので、記憶がおぼろげだ。

 チェスタートンを思わせる逆説ロジックを各編の基本とするなど、なかなか良いのだが、一方でお話の流れが全体的に淡々としすぎていて、正直、読んでいて眠くなった(汗)。

 形質的にはキャラクターものミステリのスタイルで、その上での謎解きパズラーだと思うのだが、ぶっちゃけ、今回は、主人公コンビにも他のメインキャラにも、そんなに魅力を感じなかったし(個人の感想です)。
 いや前述したように、反転する各編の真相など、ところどころ光る箇所はあったんだけどね。

 次回のこのシリーズは『サーカス』側の女子チームの方を、メインにやってください。


No.1812 7点 私雨邸の殺人に関する各人の視点
渡辺優
(2023/06/15 05:54登録)
(ネタバレなし)
 その年の6月下旬。SNSで「クローズド・サークル」ものミステリへの強い思い入れをぶちまけていたT大学ミステリ同好会の会員で、18歳の二ノ宮は、とある老人から「自分はかつて殺人事件が起きた屋敷の主である」とコンタクトを受ける。老人は、大企業「雨目石鋼機」の名誉会長で77歳の雨目石昭吉だった。かくして同じサークルの同性の会長・一条とともに、昭吉の所有する山間の館「私雨邸(わたくしあめてい)」を訪問する二ノ宮だが、そこには様々な成り行きから11人の男女が集結していた。そして殺人事件が起きる――。

 2016年の『ラメルノエリキサ』で出会って以来、評者が著者の本を読むのは、これで三冊目。
 自分の読んでないものも含めて、創作対象の裾野がかなり幅広い印象の作者だが、ウレシイことに今回は直球のフーダニットパズラー、しかもクローズドサークルものと来た。
 さらにネタバレになるのでここでは言わないが、後半には、フーム! という感じの趣向まで用意されている。
 いい意味で細かいトリックの積み重ねが小気味いいし、何より最大の眼目は……(以下略)。
 
 後半のスリリングな展開(これくらいは言っていいだろう)を経て、事件の真相が開陳。
 そのあとの味付けがちょっとフランスミステリめいていて、作品の方向性は少し違うものの、余裕が出てきた安定期の泡坂妻夫作品らしい雰囲気めいたものも感じたりした。
 次回もまたパズラーかどうかはしらないけれど(なんかまた別の文芸ジャンルに行きそう)、こういう持ち味でまた新作を読ませてくれるならウレシイとも思う。

 なお中盤で、ネタバレ……ではないにせよ、某クリスティーの初期作品について少し余計なことを言い過ぎてるので、ここだけは玉に瑕。具体名は出さないで、分かる人、当該作品をすでに読んでいるヒトだけピンとくるようにすれば、それで十分だったんでないの?


No.1811 7点 スターダスト
ロバート・B・パーカー
(2023/06/14 08:14登録)
(ネタバレなし)
 全米でも人気の美人スター女優ジル・ジョイスが主役の女医を演じる、医療ドラマ。恋人の精神科医スーザン・シルヴァマンがその番組のコンサルタントを務めてる縁で「私」こと私立探偵スペンサーは、やっかいごとの相談を受ける。実は主演のジルが、何者かから脅迫を受けているようなのだ。スペンサーは調査の依頼を受けるが、肝心のジル本人は情報の提供に消極的な一方、スペンサーに秋波を送ってくる、どうにもやっかいな当時者だった。やがて彼女の周辺で、関係者が射殺される事件が起きる。

 スペンサーシリーズの第17長編。まったくの気まぐれ購入し、つまみ食いで読んだシリーズの途中の一冊だが、意外に面白かった。
 
 評者にとってもはやスペンサーシリーズの価値は、敷居の低い(期待値も低い)なかで、いかにどれだけ得点してくれるか、だが、犯人の意外性(同世代の別のネオ・ハードボイルドミステリの某作品を想起したが)といいい、事件の陰影を通じて最終的に浮かび上がる人間関係の渋みといい、これは予想以上によく出来ていた。
 
 まあ当方が思ったことも、思いつく前に言われてしまったことも、みんな大方はHM文庫版の解説(演出家の鴨下信一なる御仁が担当)で、無駄なくまとめてくれているので(笑・汗)、今回はあまり書くことはない。

 『初秋』その他の(元)少年や、スペンサーの元彼女(だったよな? 記憶違いかもしれない)リンダ・トマスの名が出て来るのもちょっと嬉しかった。

 まあ何はともあれ、今回はほんのちょっとだけ、あの(中略……さっきのネオハードボイルド云々のとは、また別の海外巨匠作家の名が入る)の諸作を想起させる犯人のキャラクターが応えた、ということで。
 ひとさじだけオマケして、この評点。


No.1810 8点 ホワイトデス
雪富千晶紀
(2023/06/12 19:38登録)
(ネタバレなし)
 その年の二月。23歳の若手漁師が被害にあい食い殺されたのを皮切りに、瀬戸内海では6m以上の体躯を誇るホホジロザメ(異名ホワイトデス)が人間を襲ったり、あるいは危険に晒される事態が続発する。現在の瀬戸内海には三体のホホジロザメ「トール」「ロキ」「ヘラ」が迷い込んでおり、なぜか彼らは外洋に出ていこうとしなかった。漁を制限された漁師の間で不満が高まるなか、息子を殺された初老の漁師・磐井盛男は復讐を誓い、一方で海洋生物の保護を願う久州大学の女子大生・水内湊子(そうこ)は、ホホジロザメが近海に留まる理由にある仮説を抱く。だが、そんな間も事態は緊迫し、さらなる犠牲者を生じさせていた。

 作者の先行作で、内陸の湖に巨大サメが出現した怪獣小説『ブルシャーク』の続編。本作の主人公は、息子を殺された漁師の盛男と海洋学者の女子大生・湊子の二人だが、前作の主人公格の一角で海洋生物学の准教授・渋川まりもメインキャラ(というか三人目の主人公)の立場で再登場する。
 ちなみに前作の事件から一年半後という設定。

 主役怪獣(内陸のサメ)の設定から始まって全体に独特の新鮮さを感じさせた前作に比して、正直、今回はどこかで見たような要素のパッチワーク感が濃厚。
 ホホジロサメがなぜ近海に留まるのかの真相も、多面描写を駆使した群像劇風の作劇も、そして明かされる事態の真相も、それぞれ既視感が強い。

 ただしその上で、読んでいる間は非常に面白く、その「読んでる最中の面白さと高揚感」にもしも等級があるというのなら、これは正に特Aランク。S級のオモシロさであった。
(もし楽しめなかった人がいたとしたら、どっかでこの作品の持つファクターに摩擦感を生じ、サメてしまった読者であろう。それは仕方ない。)

 今回は良くも悪くも王道を狙った感はあるが、ボリューム感は体感として前作の3倍以上。
 読後に作者のネットインタビューを読むと、まだまだこの路線は続けたいみたいなので、十分に準備を整えてからシリーズの第三弾が登場することを願う。


No.1809 6点 リメンバー・ハウスの闇のなかで
メアリ・H・クラーク
(2023/06/09 07:44登録)
(ネタバレなし)
 幼い愛児ボビーを数年前に交通事故で亡くした、31歳の児童文学女流作家メンリー・ニコルズ。失意から一時期、心を病んだ彼女はその後、新たな娘ハナに恵まれ、弁護士の夫アダムと生活を立て直しかけていた。メンリーは療養と創作のために、アダムの故郷ケープ・コッドにある、18世紀からの伝承が残る屋敷リメンバー・ハウスを借りるが、そこではとある悲劇が、地元の話題になっていた。そしてメンリーは夫の留守中、ありえない怪音や今は亡きボビーの母を呼ぶ声を聴く。

 1994年のアメリカ作品。クラークの第12番目の長編。
 あいかわらずの凄まじいリーダビリティで、480ページの長丁場を3時間半で一気読みした。
 なお登場人物は端役を含めて名前があるキャラだけで80人前後に及ぶが、一方で、物語は大体3週間の日数のスパンの事件だと、冒頭からわかっているので、読み進めるうちに、いま大体、どのくらいまで実質的に話が進んでるのか見やりやすい。その意味でも、物語の消化感は頗るよい。

 大ネタはおおむね察しがつき、同時に誰が悪人なのかも推察できてしまうが、終盤まで部分的にホワイダニット系の謎は残り、その辺でのテンションはそれなりに。
 読んでる間は楽しめたけど、良くも悪くも勧善懲悪の陽性サスペンススリラーである。ただし、職人作家としてのクラークの技量は、あらためて実感した。ミステリとしての技巧性や、志の高さみたいな面では、あんまりホメられんけど。
 途中、話の底が見えるまではうまくいけば7~8点取れるかな、とも期待したが、評点はまあこんなもんでしょう。佳作、だとは思うけど。


No.1808 8点 彼女はひとり闇の中
天祢涼
(2023/06/08 06:28登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと、慶秀大学商学部経営学科の女子大生・守矢千弦(ちづる)は、かつて幼馴染で親友だったが、歳月を経て再会したのちは距離を感じている同じ大学の女子・朝倉玲奈から、話があるとのLINEをもらう。だが千弦がその直後に知ったのは、何者かによって玲奈が殺害されたという現実だった。千弦は玲奈の周囲に怪しい影を認め、自分で事件を調べようとするが。

 結論から言うと、非常に面白かった。
 作者の持てるもの、全乗せ、の感もあった(あ、シリーズ探偵ものの要素はないか)。

 ただし、読む人を選びそうな作品なのも確かで、ミステリにおけるそれぞれの読み手側の尺度が際立った人には、キビシイ評価を受けそうな気配も見やる。
 一冊読み終えて、自分はミステリのある種の作法において、どういうのが許せて、どういうのがダメなのか、改めてちょっと考えたりした。最終的には、ストライクゾーンの広い自分を再確認するだけ、というところもあったが(汗・笑)。

 あれやこれや十何冊読んできた天祢作品だけど、個人的にはかなり上位に来る一冊。
 書き下ろしとは思えない、小刻みな推理ロジックの開陳の連続と、そして……のコンボもよろしい。
 それでもまあ、繰り返すが、評が割れそうな作品でもある。
 
 ほぼオールオッケー。私にとっては(笑)。


No.1807 7点 ゴルフ場殺人事件
アガサ・クリスティー
(2023/06/07 17:45登録)
(ネタバレなし)
 今回は、出先のブックオフの100円棚で見つけたポケミス版で読了。数十年ぶりの再読で、前回は創元文庫版だったような気がする。
 犯人もトリックも大筋も忘れていたが、読んでるうちに一部の情報を思い出した。

 本当に初期作、ポアロの第二長編ということもあってところどころ粗削りだが、その分、妙なパワーを感じて面白い。
 はっとなったのは、のちのクリスティーの十八番となる、ミステリ的な趣向を早くもここで使っていたことで、その点では実は『スタイルズ』とはまた別の意味で、非常に重要な作品だといえよう。

 ヘイスティングとシンデレラのラブコメ模様は楽しく、読後、試みにTwitterでこの二人の名前を同時に打ち込んでみると、ファンが結構、キャーキャー言ってるのがわかって微笑ましい。
 そーか『カーテン』で、この二人が(中略)ということはわかるんだっけ。さすがに両作品の情報を、整理して記憶してはいなかった。
 たしかに四十男と17歳の女子の恋愛というのはアレだね。赤川次郎みたいだ。
 
 タイトルが地味な分、こーゆーものは面白いのだろう(面白かったはずだろう)と期待して読んで(再読して)、いろいろと楽しませてくれた作品。大きな記号的なトリックやギミックはないが、結構中身は濃い作品であった。

 話の作りには、ドイル以前の時代の英国伝奇推理小説の主流を感じる。といってもこの作品が書かれたころには、まだホームズは現役だったんだよな。いろいろと興趣深い。

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