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ミステリの祭典

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叫びの穴
グラント・コルウィン

作家 アーサー・J・リース
出版日2023年10月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 人並由真
(2023/12/27 03:26登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の暗雲が各地を覆う、1916年10月の英国。デユリントン地方のホテルで米英のハーフである青年探偵グラント・コルウィンは、神経科の名医として知られるヘンリー・ダーウッド卿とともに具合の悪そうなひとりの若者を介抱した。ホテルの客でジェームズ・ロナルドと名乗る若者は二人に感謝するものの、その後、宿からすぐに姿を消した。やがて近所で殺人事件が生じ、その容疑者がかのロナルド青年らしいという情報がコルウィンたちのもとに飛び込んでくる。

 1919年の英国作品。
 戦前に井上良夫が本作を原書で読んで褒めたという「探偵小説のプロフィル」は数年前に既読なので、そんな作品が紹介されていた……かな、みたいな気分であった。ソコで蔵書の山の中から「~プロフィル」を引っ張り出して本作についての記述を再読したところ、あやうくネタバレされかけて、アワワ……となった。幸い、犯人については分からなかったが。

 nukkamさんも書いておられるが、全体的に小説としても謎解きミステリとしても練度の高い感じで、やや長め(本文360ページほど)ながら、スラスラ退屈しないで読めた。
 原書はもとは七回にわたって雑誌連載された作品だそうなので、良い意味で小規模な見せ場がいくつも設けられている。

 メインキャラクターの奇妙な行動の謎については、昔も近年もたまに見かける種類の真相だったが、いずれにしろそれがクライマックスの直前で明らかにされたのち、さらにまだまだ話が転がっていくあたりもなかなか快調な構成。一方で、作中人実の行動や思考に関しては、事実が明らかになるといささかひっかかりを覚えないでもないが(だって……)。

 パズラーとしてはちょっと大味なところと、丁寧に伏線や手掛かりが設けれた得点ポイントが共存。良い面とやや弱い面が相半ばするが、小説のうまさで全体的に印象は底上げされている。
 翻訳も全体的に平易で読みやすいが、一か所だけ「ガス灯の電球」というヘンなのが出てきて「?」となった。ガス灯の照明と言いたいんだよね? (さすがこの辺は論創らしい。)

 主人公探偵のコルウィンは、作者の著作のなかでわずか二冊にしか登場しないらしいけれど、いろいろ設定が盛られていて楽しい。マイペースで事件に食い下がる言動とあわせて、いいキャラクターだった。もう一本の主役編も紹介してほしい。 

No.1 6点 nukkam
(2023/12/24 23:16登録)
(ネタバレなしです) アガサ・クリスティーやF・W・クロフツがデビューした1920年を本格派推理小説黄金時代の幕開けと定義するなら、オーストラリア出身のアーサー・J・リース(1872-1942)は1916年がデビューなのでプレ黄金時代の花形作家と本書の論創社版の巻末解説で紹介されています。最初の2作は他作家との共作のようですが1919年発表の第3作である本書は初の単独執筆作品で、代表作の一つとされています。イギリスの海岸沿いの宿屋に宿泊していた考古学者が殺され、死体は宿の近くの丘にある深い穴で発見されます。同じ宿の若い宿泊客が犯人とみなされますが、私立探偵グラント・コルウィンは疑問を抱いて捜査するプロットです。コルウィンが足の探偵として描かれ、考えていることを読者に隠さないところは後年のクロフツの作風を連想させますが、地味な展開ながらも風景描写や人物描写、文章力はクロフツより練達していると思います。死刑の危機にも関わらず証言を拒否し続ける容疑者とか前時代的と感じさせるところもありますが(ファーガス・ヒュームの「二輪馬車の秘密」(1886年)をちょっと連想しました)、謎解き伏線への配慮や効果的などんでん返しなどは黄金時代前の本格派としては立派な出来栄えだと思います。

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