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ミステリの祭典

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メグレとマジェスティック・ホテルの地階
メグレ警視/別題『メグレと超高級ホテルの地階』(「EQ」 1995/5  NO.105)

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日2023年10月
平均点6.60点
書評数5人

No.5 7点 人並由真
(2023/12/15 14:58登録)
(ネタバレなし)
 シャンゼリゼ通りにある超高級ホテル「マジェスティック・ホテル」の地階。そこに設置されたロッカー内から、絞殺された女性の死体が見つかる。予審判事ボノーの調査でとある人物に殺人の嫌疑がかかって逮捕されるが、メグレはその決着に違和感を抱き、独自の捜査を続ける。

 1942年のフランス作品。
「EQ」掲載時には不遜にも読まなかったので、今回が初読となる。
 まとまりの良い作品だとは思うが、その一方でtider-tigerさんのおっしゃる微妙な違和感もなんとなくわかるような気もする。
 ただし自分はまだまだいまもって、メグレについては修行中なので、こういうのもシリーズのなかでアリなのかな? という思いも抱いてしまった。

 物語の序盤でちょっとメタ的な小説技法が使われ、あとでそれがちゃんと意味を持って来るが、シムノンがこういう手法を使うのか!? と軽く驚かされた。いや、こちらの素養不足ゆえの感慨かもしれないが。
 
 中盤の177Pで出て来る「一年前にブローニュの森でロシア人が射殺された」メグレの事件簿って、ちゃんと作品になってるのだろうか? 少し気になった。

 実業家クラークとメグレのやりとりはなるほど本作の小説としての味だが、個人的に気に入ったのはドンジュを案じて拘置所の周辺で待つシャルロットとジジのゲストヒロインコンビの図と、259ページの左から数行分の某ヒロインの叙述との対比。こーゆーのこそがシムノンだよねえ~。

 なお巻末のハヤカワ編集部の、今後もシムノンを、メグレをプッシュします宣言はとても結構だが、「メグレシリーズは、ほぼすべてがメグレの一人称で書かれ」てって……。
 メグレの「一人称」作品って『回想録』くらいしか知らないぞ。
 今のハヤカワが基本的にいろいろとダメなのは百も二百も承知だが、「一人称」と「一視点」を取り違えている小中学生以下の国語力の(中略)編集者を使っているのか?

 評点は0.5点くらいオマケ。

No.4 6点 tider-tiger
(2023/11/20 23:01登録)
『これからも<メグレ警視>シリーズを含めたシムノンの小説をたくさん紹介していきたい』 by 早川書房編集部

~超高級ホテルの地階で女性の死体が発見された。状況的には遺体の発見者ドンジュが犯人のように思えるのだが、メグレは犯人は別にいるとにらんでいた。いつものごとく根拠はあまりないのだが。

1942年フランス。メグレシリーズ第二期最初の作品にして新訳。ミステリとしてしっかりとしたプロットがあり、ホテル内部の背景描写なども存外に丁寧になされている。読み方によって面白くもつまらなくもなりうるメグレシリーズにあって、ミステリ的に普通に読める作品として初メグレにも適した作品ではあるが……。

まず前提として本作はエンタメとしてもミステリとしてもなかなか出来がよい。だが、今回は長所をあげることよりも違和感を中心に書いていきたい。
冒頭の男女の描写は実にいい。お洒落なフランス映画のようだ。
だが、話が進むにつれて少しずつ違和感が。描写に妙な拡がりを感じる。それ自体は悪いことではないが、どうもメグレを読んでいるような気分にならない。カメラの位置がいつもと違うのではなかろうか。なんだかんだメグレを中心というか、カメラはメグレのすぐ近くにある印象だったのに、本作はメグレ置き去りにカメラがあちこち移動しているような印象がある。いい悪いではなく、違うと感じた。 
メグレの気分も妙に安定しており、神経症的な描写に乏しい。さらにメグレ夫人がお喋りすぎる。
ミステリとしても悪くないし、プロットもしっかりしている。みなさんが指摘されているようないい場面、ドラマもある。が、なにか普通のいい話であり、メグレじゃなくてもいいのではないかと感じてしまった。

空さんが翻訳に疑問を呈されていたが、自分も(翻訳由来なのかはわからないが)強い違和感があった。例えば、ホテル内部の描写なんかがシムノンにしてはくどいと感じた。また、シムノンがこんな気の利かない文章を書くのかと感じた箇所がいくつか。二つ例をあげておくと。
20頁『だが、(メグレは)すぐに肩をすくめて、パイプをくわえなおすと、ゆっくりとふかした。朝いちばんの煙草だ。最高の味がする』後の二文、シムノンが書いたとは思えない。
22頁『支配人の顔は暗かった。殺人事件が起きるなんて、ホテルにとっては大迷惑だ』二つ目の文章、小学生が読んでいるんじゃないんだからこんなわかりきったことの説明はいらない。

瀬名さんがれいの連載でこんなことを仰っていた。
『作家の人生観や信条に興味はないが、ただ暇つぶしのために面白い小説を読みたいという(おそらくは大勢の)読者にとって、第二期メグレはうってつけの小説だろう』
本作を読む限りでは、まったく同意である。そして、これって褒めているのだろうか? 今回は主観重視の6点とさせていただきます。

読書メーターなどで反応をみるに早川書房のメグレ新訳シリーズはおおむね好評を博しているようで、いちファンとしては非常に喜ばしく思っている。メグレシリーズは爆発的に売れるようなものではないだろうが、瀬名さんの尽力もあり、ジワジワとファン層が広がっていくのではないかと期待している。特に第二期作品を自分はほとんど読んでいないので(いままでメグレのすべてを知っている風な口を聞いておりましたが、ここで白状しておきます)、冒頭の早川編集部の言には大いに期待している。
そんな動きに水を差すような書評になってしまいました。ごめんなさい。

No.3 6点
(2023/10/31 00:10登録)
何年も前に原書で読んだ作品を〔新訳版〕で再読。
『メグレ保安官になる』等によれば、メグレは英語も多少は使えるはずですが、本作では全くわからない設定です。一方被害者の夫クラーク氏はフランス語が全くできず、意思疎通が面倒なのがユーモラス。"Qu'est-ce qu'il dit?"(何と言ったんだ?)というセリフが何度となく繰り返されます。事件担当予審判事はボノーという新顔。確かにベテランのコメリオ判事では、成り立たないところがあります。
ただ、翻訳はねえ。
カフェトリ:Cafeterie。普通だと当然カフェテリアですが、日本語の意味あいとはイメージが違うにしても。
「そうか」:メグレが被害者の身元をホテル支配人から聞いて、もらす "Ah!" の翻訳。
さらに原作にない説明文を付け加えたり、段落を入れ替えて前後関係を変えたりと、部分的にはもう超訳を超えた翻案です。
しかしまあプロットがいいのでこの点数で。

No.2 7点 クリスティ再読
(2023/10/25 07:59登録)
珍しくハヤカワがメグレの未単行本化作を新訳で出してくれた。ありがたい!
「EQ」に載ったきりの作品は面白いものが多いから、ぜひ続けて出して頂きたいな~応援のため、勇んで新本ゲット。
で、本作は「メグレ再出馬」から八年後の戦時中(1942)に出版された「メグレの帰還」という本に、「メグレと死んだセシール」「メグレと判事の家の死体」と合本で出た作品。「EQ」じゃ一気掲載だったから、評者何となく「奇妙な女中」なんかと同じくらいの中編かと思っていたが、堂々の長編。
で「メグレ再出馬」で「開放的なメグレ」に描き方が変わった面を継承していて、雰囲気的には第三期とあまり変わらなくなっている。で、意外にこの第二期から第三期の初めあたりって、結構メグレ物でも「意外な真相」とかパズラー風味を感じる部分もある(関係者一同を集めて謎解きするよ~)から、メグレ苦手な本格マニアにも正面から紹介したら、意外に支持されるかもしれないな。「男の首」が代表作というメグレ観は間違っている。

でこの作品の特徴は、高級ホテルを舞台として、労働者階級の裏方スタッフと、偶然客として宿泊した、アメリカの大金持ちの玉の輿に乗った元仲間との因縁話が描かれる。

<クラーク氏は、きみとは住む世界がちがう。きみには理解できまい。クラーク氏のことは私に任せて」おくんだ>
メグレは骨の髄まで庶民だったので、今、自分のまわりを取り巻いているものに反発を覚えた。

と、無実の罪で逮捕されたカフェの係の男のために、アメリカ人の金持ちを挑発してパンチを喰らい、金持ちと直接交渉する糸口にする....いや、銭形の親分みたいなタイプのカッコよさ。メグレは庶民で英語が分からないから、インテリの予審判事から受けていた「階級差別」を見返すわけだ。

庶民の味方、メグレ

これは大衆小説の王道、というものだ。大傑作というものではないが、佳作ではある。

No.1 7点
(2018/10/14 22:35登録)
 未単行本化メグレシリーズ第4弾。最後に翻訳されたメグレ長編でもあります。本国では「メグレと判事の家の死体」「メグレと死んだセシール」と共に、3長編一冊合本の形で1942年に出版されています。原題は Les Caves du Majestic (マジェスティックの酒蔵)。
 雑誌「EQ」では例によって訳者の長島良三さんが「ボアロー&ナルスジャックはこの作品をメグレのベスト3に入るものと評価している」とかベタボメしてますがこれはフカシ。「チビ医者の犯罪診療簿」や「O探偵事務所シリーズ」等より、メグレ物の新シリーズは遥かに優れていると言ってるだけです。このあたりシムノンの筆が一番乗ってるのは確かですが。
 物語は超高級ホテル、マジェスティックの地階カフェテリア主任、プロスペロ・ドンジュのある朝の風景にパンして始まります。
 物憂く起き出す同棲相手のシャルロット。自転車に載って出勤するドンジュ。パンクする自転車。はあはあ言いながら自転車を押してタイムカードを押すドンジュ。大・中・小のコーヒー茶碗を用意して、上階行きの簡易エレベーターに注文の飲み物を入れ続けるドンジュ。そして仕事の合間にふと彼が休憩室のロッカーを開けると、中からは絞殺されたホテル客のアメリカ人富豪、クラークの妻の死体が現れる・・・。
 メグレ警視が登場するが彼は全くドンジュに質問しようとしない。不安がるドンジュ。そのうち勤務時間も終わり、出勤時と同様に自転車に乗って帰宅するドンジュ。移り変わる風景。そしてふと肩を叩かれると、そこには自転車に乗ったメグレの姿が!
 シムノンの文章はカメラワークのようだと言われますが、この作品では特にそれが冴えています。
 メグレはドンジュとシャルロットの反応を窺い、彼らと、当時はミミと言ったクラーク夫人の過去に接点が存在する事を確信します。退去後にシャルロットが掛けた電話を盗聴し、間髪入れずミモザの香りに満ちたカンヌに向かうメグレ警視。折りしも祝祭を迎えたカンヌの描写は美しいです。
 カンヌで彼らの旧知の女性ジジを尋問し、三人の男女とミミの秘密を掴んだメグレですが、その頃パリでは新たに同じロッカーから第二の死体が現れ、シャルロットが書いたと思われる密告状によりドンジュが逮捕されていた・・・。
 場面転換が上手く、流れるように物語は進みます。現場となった地階は船の司令塔のようになっており、そこから全体を俯瞰できるようになっています。ヤマトやエヴァの艦橋のような構造だと思って下さい。この構造も事件に一役買っています。
 人の良さそうなシャルロットによる卑劣な告発、一方、真面目で朴訥に見えるドンジュの口座にも二十八万フランもの大金が振り込まれている事が判明し、事件は益々紛糾します。そのからくりはなかなか良く考えられています。
 「メグレと奇妙な女中の謎」より格上ですが、キャラの出来からあちらを推す人もいるでしょう。ベスト10とはいきませんが、シリーズ中では上方に位置する作品だと思います。

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