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ミステリの祭典

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平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.1959 6点 聖夜に死を
西村京太郎
(2024/01/31 04:59登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月26日。千代田区の地方裁判所では、昨年のクリスマス・イブの当日、初対面の相手を口論の末に刺殺したとされる35歳の元弁護士・岡崎功一郎の公判が開かれていた。一年前に殺された男の素性は、いまだ不明である。だがそこに二人の男が乱入し、催涙ガスを使って岡崎を法廷から連れ去った。一方で、都内では、被害者が不可解なダイイングメッセージを遺した新たな殺人事件が発生。かつて岡崎とライバル関係だった地方検事・山本は、検察庁の特別執行課職員・佐伯とともに岡崎の行方を追うが。

 ノンシリーズのクライムノベル。元版は1975年に徳間書店から刊行。
 この数年後に書かれた同系列の西村作品『ダービーを狙え』が結構なエロミステリだったので、本作も……と少し(?)思ったが、最後までそっちの要素は微塵もない(トルコ風呂~現在のソープランドなどの描写はあるが)きわめて健全な作品であった。

 早々に、某メインキャラが企てる犯罪計画が話の軸になる一方で、相応に比重の大きいサイドストーリーとして、佐伯の捜査(調査)が進む。
 後半にはそれなりのサプライズもあり、作者が一本調子のケイパーものにせず、ツイストを用意してミステリ度を高めようとしている工夫は好感が持てる。それでも作中人物の思考がところどころ詰めが甘いのは、まあアマチュアの犯罪計画ということで、作劇的には破綻はない……のだろうな。
 
 第15章後半の某場面とか、細部が面白いのは、良い意味で職人作家である作者の長所が出た感じ。
 終盤で対峙した男たちの掛け合いというか物言いの応酬も、うむ、確かに徳間文庫版の解説で権田萬治(←どーでもいいが、最近、さる事由から、この評論家への好感度がかなり下がった)が語る通り、和製ハドリイ・チェイスの雰囲気ではある。
 お話の作りの甘さが許せないヒトはたぶん減点しちゃいそうだが、良さげな話術で話を転がし、それでそれなりのものにまとめた感じは買う。
 ラストシーンというか、最後のクロージングに至る流れも、まあなかなか。
 佳作、ではある。


No.1958 7点 清算
伊岡瞬
(2024/01/29 14:03登録)
(ネタバレなし)
 多摩市にある、大手新聞社を親会社とする広告会社「八千代アドバンス」。そこで45歳の製作部次長・畑井信一は、中小企業を主な顧客として宣伝用の印刷物やパンフ類を作っていた。そんなある日、会社の幹部連に呼び出された畑井は総務部の部長を拝命すると同時に、数か月後に会社は解散するのでその後始末をしてほしいと頼まれる。我が身や同僚たちの今後を案じながら、秘密裏に会社の廃業準備を進めた畑井だが、やがて彼の前には予想だにしない事件が待っていた。

 もう一冊くらい出るんじゃないの? と数か月前に書いた覚えがあるが、予想通りに年内に二冊目の新刊が出た伊岡作品。そろそろこの1月にまた新刊が出るはずで(もう出たかな)、かなり精力的に仕事をしている。
 
 勤め先の廃業だけでも大事件なのに、その後始末役という貧乏くじを引かされた真面目な主人公・畑井。そんな彼の奮闘を描くだけで、物語の前半が終了。
 売掛金の回収、失業する正社員たちの次の職場への公正な斡旋などなど……畑井が抱えたタスクの数々の描写は、作者が取材で得たネタは一通り形にした感じ。実際に同じ憂き目にあった方にははなはだ不謹慎で恐縮ながら、未知の状況を教えてくれる感じで、企業小説としてなかなか面白い。
  
 でまあ、前述のとおりなかなかミステリに転調しないので焦れたが、一応は帯に事件性らしい話のネタは書いてある(しかしミスリードを誘う帯だったな。詳しくは言えないけど)。
 で、実際にミステリへの舵の切り方はいささか強引な感じもあったが、それはそれとして思わぬ方向に転がっていく事件の流れは、それなりによく出来ている。まあ細部まで覗くと、いくつかモノを言いたい部分がなきにししもあらずだが。
 まとめると昭和の中間小説系の雑誌に載った企業ものミステリの復活という感じで、具体的に近い作風の作家の名前を挙げるなら、佐野洋か笹沢佐保、あるいは多岐川恭あたりの諸作の雰囲気か。
 主人公を苦境に追い込む嫌なキャラなんかも出て来るんだけど、それでも最後はおおむね陽性の方向に向かうのはこのところのこの作者らしい。

 ネットの声を拾うといつもの伊岡作品と毛色が違う、別のジャンルの小説をなかなかミステリの方に持ってこないという主旨の不満がある一方、いっきに読んで面白かった、ミステリの組み立て方がよい、という概要の声もある。うんまあ、どっちも分かるな。

 トータルとして、この評点で。 
 


No.1957 7点 勝利
ディック・フランシス
(2024/01/29 02:54登録)
(ネタバレなし)
 世紀が切り替わる時局。騎手のマーティン・スクリューが障害レース中に事故死した。友人だったそのマーティンからいわくありげなビデオテープを送られた「私」ことガラス工芸職人で、30歳のジェラード・ローガンはテープの中身も確認しないうちにそれを何者かに盗まれてしまった。こうしてジェラードは否応なしに実態も不明な事件のなかに巻き込まれていく。

 2000年の英国作品。長編カウントで競馬スリラー第38弾。

 気が付いたらしばらくフランシス作品にご無沙汰だったので、未読の後期作品の中から、ブックオフの100円コーナーで出会った、古書として状態のいい文庫の本作を読んでみる。

 まさに長い作家生活、円熟期の一冊で(まあ、そもそも実作していたのは奥さんメアリーの方だったと昨今では噂されているらしい? が、ここではその件はとりあえずノーコメント)、全体に安定した面白さで楽しめた。
 
 主人公が直接は競馬界に関係しない、別の専門職のプロで、競馬スリラーとしては「専門業界もの」路線(勝手に命名)の一作だが、後半でその設定は消化し、文芸を山場の盛り上がりに繋げてあるのも手堅い。
 その辺を含めて、事件に巻き込まれ型のスリラー、市民レベルでの凶事への対策、シンプルながら軸足の定まった謎の見せ方……と、後期フランシスの系譜に当方が期待するものはおおむね、ちゃんと提供されている。

 キーアイテムとなるビデオテープに関しては、良くも悪くもあくまでマクガフィンだろうと察していたが、意外に派手な真相が出てきたのに軽く驚いた。
 真面目に考えるなら、現実のあれやこれやを慮っていささか無責任というか無神経な気もしないでもない中身だったが、娯楽小説でそこまで怒る当方の方が野暮かもしれない。
 
 ちなみに20世紀から21世紀に切り替わるタイミングの物語なので、2020年代の現在の視点で読むと当時のPC技術への傾斜がなかなか興味深くもあった。厳密に正確な考証をしている作品かはしらないが、時代の過渡期という空気はよく感じられる。

 弱点は、読者への求心力=謎として設定された「第四の襲撃者」の正体が見え見えなこと。作者がサプライズを狙うならこの人物だろうと思っていたら、まんまとその通りだった。しかも作中のリアルを考えるなら、悪人側にとっても結構リスキーだったんじゃないの? この悪事の座組?
 
 悪役といえば、本シリーズで久々の? 女性悪役(前半でわかるので書かせてもらうが)がなかなか新鮮な感じだったが、確か、旧作でもなにかあったはず。
 
 あと主人公がもう一歩二歩、積極的に警察の介入を願えばいいのに、それをしないのは悪い意味で本シリーズらしい感触であった。
 ここらへんは結局は、生涯最後までシビリアン・パワーに夢を求めすぎる作者の悪癖だったのかも。
 主人公の奮闘を抜きにして公安や警察が事態を解決したらスリラーにならないというのはその通りかもしれないが、現代の作品ならもう少し書きようはあるんだろうしな。

 とはいえ良い意味で定番的にいつものフランシス作品、おなじみの競馬スリラーの面白さであったので、おおむねは満足。翻訳刊行から20年以上経った旧作で冷静に読めるから評点は7点だけど、ハードカバーの翻訳をリアルタイムで手にしていたらその年の収穫の一つとして8点あげていたかもしれない。
 まあシリーズ総体の中では、Bクラス以下の出来だとも思うけれど。


No.1956 6点 シロナガス島への帰還
鬼虫兵庫
(2024/01/27 05:31登録)
(ネタバレなし)
 ニューヨークで私立探偵を営む中年男・池田戦(いけだ せん)は、大富豪ロイ・ヒギンズの一人娘エイダの依頼を受け、その父親の素行調査を行なっていた。娘は父を敬愛していたが、何か最近、不審を抱く事情があるらしい。そんななか、そのロイ当人が首吊り自殺。エイダの依頼で調査を続行した池田は、事態の背後にアリューシャン列島にある孤島「シロナガス島」が関連するらしいと知った。エイダの依頼を受けた池田は、探偵助手で天才的な記憶力の少女である出雲崎ねね子とともに、ヒギンズ家の関係者を装ってシロナガス島に向かうが。

 当初は完全個人製作のアドベンチャーゲームながら、人気タイトルとして各方面の支持を得てメジャー(マイナーメジャー?)コンテンツにまで成長した2018年のゲーム『シロナガス島への帰還』。その企画拡大のなかで、ゲームの作者でもともと作家でもあった鬼虫兵庫(おにむし ひょうご)が2023年に執筆した、上下二冊の公式メディアミックス小説。
(原作者当人が著しているから狭義のノベライズではないかもしれないが、広義のノベライズとはいえるかも。)
 
 話題になっているみたいなので、評者はゲームは未プレイのまま、この小説版から読んでみた。

 シロナガス島の巨大ホテル「ルイ・アソシエ」に物語の舞台が移ったのち、池田とねね子以外にも集められた招待客の中で、クローズドサークルもの風の殺人劇が発生。謎解きミステリ調で事件が動きながら次第にジャンルを越境していくのはまあ予想の範囲であった。
 正直、人気ゲーム作品(の小説版)としてはさほど目新しいものもないが、良くも悪くもある種の定食感はあり、その辺がアドベンチャーゲームジャンルが下火になっている昨今のなか、話題作を求めていたファンに支持されたのだろう。
 とはいえ下巻の終盤、タイトルの意味がわかる瞬間には、ちょっと心に響くものはあった。人並みに。

 池田とねね子は(特に後者などは若干、設定を変えながら)作者のほかの作品にも登場する、シリーズキャラクターらしい。
 またそのうち、どっかで会う機会もあるだろう。今度は純粋にオリジナルのミステリ小説(広義の、で、いいから)で再会してみたい。


No.1955 6点 深海の迷路
森村誠一
(2024/01/26 20:52登録)
(ネタバレなし)
 その年の2~5月にかけて静岡県沼津市の周辺では、謎の連続レイプ魔が出没。やがて犯人の蛮行は、ついに一人の若い女性の殺傷に至った。一方で静岡市内では6月に、老舗和菓子屋「松華堂(しょうかどう)」の実家である松原家に火災が発生。全焼した焼け跡から、主人とその妻、そして二人の娘の死体が見つかった。だがただひとり難を逃れた松原家の長男で24歳の菓子職人・雄一は、やがて家族が焼死する以前に何者かに殺害されていたらしいと知る。連続レイプ事件と、放火殺人? 事件。二つの事件はやがて思いもよらぬ形で絡み合っていく。

 角川文庫四十周年記念の一環として、作者が特別に文庫書き下ろしした短めの長編。ページ数は全部で240ページちょっとと薄めだが、錯綜する事件の構図が複雑にこんがらがる物語は、なかなか読みごたえがある。
 妹をレイプ魔に殺された青年・保科竹行と、家族全員を何者かに殺された青年・松原雄一、この二人がアマチュア探偵としてメインキャラクターを務めるが、事態の実相を追いかけるのはそれぞれの事件を追う複数の刑事たちでもあり、その辺の密度感はウォーかヴィカーズあたりの感覚を思わせる。

 本来は別途の物語や事象が多重的かつ複合的に絡み合っていく物語の構造は、確実に読み手に強烈なストーリー面での立体感を与えるとは思うが、一方でたぶん人によっては話を転がすための都合のよい偶然が多い、と怒るかもしれない。よく練られていると感心させる反面、そういうピーキーな弱点を具えた作品でもある。
 いずれにしろ、フーダニットのパズラーではなく、良くも悪くも警察捜査小説としての面白さが大きい。

 終盤のクロージングはいかにも森村作品らしいニヒルさだが、この作品の場合はその苦みがなかなかうまくキマった感じ。余韻のある残酷さというか、作者=神として劇中人物の運命を操った書き手に逆説的なやさしさを感じたりもした。いい終わり方、だと思う。


No.1954 6点 鍵穴ラビリンス
江坂遊
(2024/01/26 20:18登録)
(ネタバレなし)
 66編のショートショート(長くても新書判一段組で10ページくらい。短いものは一行)を、3つのパートに分けて収録した一冊。
 
 星新一リスペクトで、実際に同氏の薫陶を受けた作者が著した作品群であり、大づかみに言えば正に星フォロワー。
 したがって一本一本の印象なども語りにくい。

 しかも評者の場合半年以上かけて、医者の待合室で読んだり、パソコンが立ち上がるまでに一本消化したり、実に好き勝手にバラバラな読みかたをしたので、全体の印象もベスト編なども語りにくい。正直言うと、早めに読んだ最初の方の話のいくつかは目次でタイトルを見ても内容も思い出せないものもいくつかある。

 それでも読んでる間は総じて心地よかった感触はあるし、本が目につくところにある限りはなるべくポケットやカバンに入れて外に出たりしたのだから、それなりには楽しませてもらったということになるのだろう。

 なお作者が作家になるまでを回顧したあとがきもまたショートショート形式(第67本目の作品)になっており、そこで星新一と実際に出会ったときの思い出が語られている。
 作者は、創作の参考にしなさいと、星新一がかつて定期購読していた日本版ヒッチコック・マガジンを一そろい貰ったそうで、その逸話だけでうらやましい(自分も同誌のバックナンバーは全部持っているが、さすがにそれをプレゼントしてくれた人が大物過ぎる)。それだけ目をかけられていた、ということであろう。
 
 ところでこの本のジャンル投票を「本格/新本格」に設定して登録したのは、一体どこのどなた?(笑) 冗談にしてはあまり面白くない。


No.1953 7点 タリー家の呪い
ウイリアム・H・ハラハン
(2024/01/24 06:46登録)
(ネタバレなし)
 その年の2月のニューヨーク。古い洋館を改装したアパート「プラヴォート・ハウス」は老朽化のため、近日中に取り壊されることが決定。入居者の大半はすでに次の転居先を決め、みなが住み慣れたアパートや入居者仲間との別れを惜しんでいた。そんななか入居者の一人で、妻と離婚したハンサムな青年編集者ピーター(ピート)・リチャードソンは、異常な感覚に悩まされ始める。一方、まったく別の場で、訪米した英国の弁護士マシュー・ウィローは17世紀の人物ジョーゼフ・タリーの家系を、仔細に執拗に追跡し始めた……。

 1974年のアメリカ作品。
 作者ハラハンは、1980年前後にミステリファンだった世代人には、MWA最優秀長編賞を取ったスパイ小説『亡命詩人、雨に消ゆ』(77年)の方でちょっとは知られていたが、21世紀の現在ではまるっきり忘れられてしまった作家のようだ。本サイトにも評者が最初に登録するまで、作者名もその著作名も影も形もなかった。一応、日本では長編が4冊も翻訳されているのだが。
(と言いつつ、評者もその『亡命詩人』と今回の本作、その二冊しか読んでないが~汗~。)
 
 で、前述の通り純然たるエスピオナージだった『亡命詩人』と異なり、本作は完全な都会派モダンホラー。
 少ない邦訳数ながらジャンルが極端に異なる作家ということに興味が湧き、以前から本作も読んでみたいと思っていたが、今回ようやっと実現した。
(しかし主人公の名前がピート・リチャードソンって……『大空魔竜ガイキング』か?)
 
 物語の大筋は、二つの流れを交互に追う感じで展開。
 ひとつは「プラヴォート・ハウス」を舞台に、主人公の片方リチャードソンを軸とした群像劇だが、決して派手なショッカー系ではないものの、じわじわとゾクゾク感を高める語り口で話が進む。
 もうひとつはアメリカの各地を転々としながら17世紀から現代へと至る? タリー家の系図を追いかけていく弁護士ウィローの話だが、その目的は終盤まで未詳なまま展開。しかしこちらも語り口のうまさが効果を上げて、訳がわからないままにグイグイ読み手を惹きつける。
(こっちの展開はアンブラーの優秀作『シルマー家の遺産』などを思わせた。)
 
 それで中盤、前者の方でいきなりド級のショックが用意されるが、結局、これはまあ……(中略)。
 
 しかしそれでもページが残り少なくなるまで、いったいこの作品は何を語ろうとしてるのか? という興味で読者を強く引っ張り、最後の最後でインパクトのある事実を提示。さらにそこから……の辺りは、非常に面白い。
 技巧派のミステリ的な手法を良い感じでモダンホラーに導入し、成功を収めた秀作~優秀作だったといえる。
(ニーリィあたりがモダンホラーを書いたら、こーゆー感じになるかも?)
 つーわけで半日かけて一気読みで、なかなか満足度の高い一冊。

 ちなみに翻訳の吉野美耶子という人、訳文そのものは流麗で読みやすくって良かったが、訳者あとがきで、この時点でまだ未訳だった『亡命詩人』の内容を、本作『タリー家』と同様のオカルトものと紹介(……)。
 要は読みも中身の調査もしないでテキトーなこと書いたんだね。
 そういう意味では、かなりえー加減な仕事をしていて、翻訳そのものとは別のところで、プロの物書きの実務として画竜点睛を欠いた感じ。
 結局、翻訳書の数もそんなに多くないみたいだし(Amazon調べだが)、翻訳家として大成しなかったのもむべなるかな、であった。


No.1952 7点 闇の性
笹沢左保
(2024/01/19 18:34登録)
(ネタバレなし)
 その年の初め。都内の一角では「貞操強盗」と呼ばれる、謎の押し込み連続レイプ魔が、一人暮らしの女性を標的に出没していた。一方、大手観光開発会社「東西総合開発」の企画開発部長で、現社長の甥でもある31歳の美男・花形秀一郎は、筋金入りのプレイボーイとして複数の女性をかわるがわる相手にし、性の悦楽を楽しんでいる。そんな花形の情人の一人で、製薬会社のOLである水谷佐和子との仲がこじれた。佐和子は花形に、妻の三津代と別れ、自分と一緒になるよう要求する。花形は、美人で貞淑で、まるで忠犬のように自分に無償で奉仕する三津代に愛を感じるどころか、むしろその理解を超えた滅私ぶりに、憎悪の念すら抱いていた。そんななか、佐和子が突然に姿を消した知らせが、花形のもとに届く。

 元版のノン・ノベル版は、正確には1973年3月前後に刊行。

 また私事で恐縮ながら、実は自分が少年時代に一番最初にリアルタイムで購読したミステリマガジン(HMM)が、1973年1月号(通巻201号)だった。それから数年間は毎月25日の発売日が楽しみで、中味も毎号毎号、二読三読したものだったが、やはりある種の原体験として最初に出会ってから半年~1年目くらいの時期の号には独特の強い思い入れがある。
 こんなマクラをふったことからすぐに分かると思うが、本作『闇の性』は、当時の73年前半のHMMの国産新刊レビューで、あの瀬戸川猛資が書評・紹介(当時、毎号の月評コーナーを担当)。
 自分にとってその書評記事が、ミステリ作家・笹沢佐保を意識した、正にファースト・コンタクトとなった。
 
 同レビューは数年前に、同人書籍の書評集「二人がかりで死体をどうぞ」にまとめられたので、本サイトの参加者でも読んだ人もいるかとも思うが、とにかくここ(その瀬戸川レビュー)で、当時のひとりの少年ミステリファンは本書について「エロい作品である」「だがそれだけじゃない」「実は、笹沢佐保のかつての名作『六本木心中」に通じる、笹沢ロマン作品のひとつ」(それぞれ大意)と啓蒙されてしまったのである。

 でまあ実作『闇の性』の現物にはなかなか出会えないまま、ほかの笹沢作品はそれなりに読んできたので、当時、瀬戸川氏が言っていたことは、ああ、きっと間違いなく、その通りなんだろうな(笹沢の作風からして、そーゆーものもあるだろうし)、と思っていた。
 で、気が付いたらいつのまにか、半世紀が経過。なんかネットでも古書があまり出ず、出てもなぜか結構高いので(まさかオレと同じような妙な接点を感じてる世代人が多いのか? ←いねーよ)、なかなか読む機会がなかったが、こないだようやっと、文庫版の方をほかの文庫ミステリとのまとめ買いで入手。今年になってから家に届き、昨夜、読む。

 はたして笹沢エロ作品といってもまだ70年代の初頭だから可愛い方で、こんななら後年の『悪魔の部屋』そのほかの方がずっとスゴイ。瀬戸川先生、当時はこんなもので、濃厚な性描写とか騒いでられたんですね、と不遜にも思ったりする。

 ただしなんのかんの言っても、ミステリよりエロだろ、ロマンだろ、そんな作品だろ、と予断していたら、意外に(?)ミステリとしての大技を使ってあるのに軽く驚いた。
 あわてて「二人がかり~」の瀬戸川評を読み返してみると、うん、たしかにその主旨のことには触れてある。でもって瀬戸川氏、今でいう「無理筋」だと言いたかったみたいで、その意見には半ば賛同するものの、実は新本格系で一昨年にも、この大技トリックの系譜は登場しており、もしかしてこの作品、けっこうソノ手の先駆だったのか? とも評価を改めている。いやまあ、しっかり検証すれば、さらにまだ先鞭をつけた作品はきっとあるんだろうけど。
 どんでん返しとかサプライズとかあんまり書いちゃいけないけど、この半世紀、心のどこかに固まっていたものは、なんか(中略)。
 弱点としては、犯人はすぐわかること。まあ、これはね。 

 なんにしろ、長い歳月の果てに、読んで良かった一作ではあった。印象的なセリフも多い。キーパーソンの最後の叫び? うん、そりゃ心に残らない訳はない。


No.1951 6点 瀬越家殺人事件
竹本健治
(2024/01/18 21:35登録)
(ネタバレなし)
「我」こと探偵・納谷治楼(なや・ぢろう)は、断崖を背にそびえ立つ富豪・瀬越萬堂(せごえ・まんどう)屋敷に招かれた。瀬越家には美しい三人の令嬢がいたが、その姉妹を誘拐するという不敵な謎の予告状があったのである。やがて屋敷の壁の中から、発見されたものとは……。

 新書判よりやや大きめの横綴じハードカバーで、全部で50ページちょっとという作品。
 単品の作品で広義の長編? といえるか……いや、やっぱ無理かな……だけど、もともと作者が「いろは四十八文字」で、それぞれ本文の最初の1文字目が始まる場面(叙述)のページを四十八枚並べて、一本の物語を構成。さらにそのページごとに自分でその場面のさし絵を描くという、趣味的な趣向の一冊にしている。
 要は当初から奇書狙い、変わった本を作るのが目的の作品。つまりは、いろはカルタの読み札と絵札のセットを48組並べて、一本の謎解きミステリを構成したと思えばよい。

 とはいえさすがに『旧・必殺仕置人』のサブタイトルみたいに「いろはにほへとちりぬるを……」の順番で最初の文字を並べる、そう言う縛りではお話は作れなかったようで、最終的に四十八字全部は使い切ってはいるようだが、その使用順は順不同である。
 いや、それでも作者は十分に苦労したと察するけれど。

 ミステリとしては他愛ない中身だけど(戦前の国産の某長編を思い出した)、まあそんな尺度でどうこういう内容じゃないよね。
 遊び心に微笑んで、6点。


No.1950 8点 Q
呉勝浩
(2024/01/18 06:19登録)
(ネタバレなし)
 2019年半ばの千葉県富津市。「わたし」こと清掃会社「人見クリーン」のバイト作業員・町谷亜八(まちや あや)は、傷害事件を起こして現在は執行猶予中の身だった。そんなある日、亜八を「ハチ」と呼ぶ、同い年の義姉「ロク」から数年ぶりに連絡があった。それは二人の弟で、やはり血の繋がらない「キュウ」に関するものだった。

 書き下ろしで、本文660ページ以上の大冊。
 しかし強烈な物語の勢いに引き込まれ、二日で読了。

 物語は、一人称記述の亜八のパートと、それ以外の登場人物たちの三人称記述の別パートの組み合わせで進行。
 メインキャラクターは三人の姉弟で、さらに前半のうちからもう一人、4人目の主人公といえる登場人物が物語を牽引するようになる。
 話の要綱は、超人的なカリスマ性を持った美青年アイドルダンサーであるキュウ=「Q」によって人生を変えられていく者たちの群像劇(21世紀の芸能界の業界もの的な側面も多い)、そしてそんなストーリーの背後に潜むクライムノワール調のドラマだが、暴力人間としての半生を送りつつ、現在の平凡な生活にしがみつこうとするハチの葛藤も物語の太い軸となって、読み手を惹きつける。

 まさに「小説を読んだ」という満腹感でいっぱいの一冊で、さらにストーリーの流れを、2020年前後の初期コロナ災禍で騒乱する現実世界の局面ともシンクロさせてあるのもミソ。その設定というか、文芸的な意味は終盤にテーマのひとつとして言語化されている。

 作者のベストワンとは言わないが、『ライオン・ブルー』『爆弾』などといった優秀作~傑作と比べても遜色のない作品なのは確か。作中の秘められた真実が明かされていくなかで、最後まで読んで思う部分がまったくない訳ではないが、たぶんその辺は(以下略)。
 しっかり体力のあるときに、読んでください。


No.1949 5点 轟運探偵の超然たる事件簿 探偵全滅館殺人事件
百壁ネロ
(2024/01/16 15:22登録)
(ネタバレなし)
 国内の名探偵たちを公式のギルド的な組織「真・新世界大探偵団」が統括する世界。「私」こと女子高校生・阿瀬野ちなみは、しばらく前まで、人一倍の努力で事件を解決する「努力探偵」として活動していたが、組織「大探偵団」が探偵免許発行の規約を厳しくしたためライセンスを失い、今は父の親友だった「轟運(すごい強運)探偵」こと七七七㐂七兎(なななき ななと)の助手を務めていた。そんななか、轟運探偵は大富豪の依頼で、ちなみを伴って、離れ小島に推参。そこでは「大探偵団」公認の探偵が多数集まっており、やがて殺人事件の幕が開く。

 奇面組や絶望先生みたいなネーミングはパターンだからまあいいが(もともとはたぶん、森田拳次あたりに行きつく?)、ギャグ探偵が集う名探偵ギルドという趣向は……案の定、ネットではあちこちでJDC、と言われてるようである(笑)。
(と言いつつ、評者はまだ清涼院作品、一冊も読んでないけどね・汗。清涼院先生ご本人とは縁あって十年以上前に一度お会いして、一緒に酒呑んで食事させて頂きましたが~たぶん向こうは120%こっちの事は忘れてる・汗。)

 というわけで本作の作者がどのくらい先行作を意識してるのか影響されてるかは、実は判然としませんが、お話としては、劇中でリアルに殺人も起きる、その程度にはシリアスなミステリ・コメディとして良くも悪くもフツーの出来。

 ギャグも笑える部分もないでもないけど全般的に薄味で、ミステリの大ネタはまたこれかい、という感じでした。
 まあなんかミステリにあんまり詳しくない人が、先行例がすでに片手の指ほどあるのも知らないで、そうか俺はこんなスゴイアイデアを思いついたのか! と一本書いちゃいそうなアレですが。

 事件は解決するものの、話の流れは次作に続く、的に終わるのでシリーズ化はしそうなんだけど、二作目はちょっと様子見(先にヒトの評判聞いたりして)しようかとも思います。
 キャラたちそのものは、キライではない。


No.1948 7点 帆船軍艦の殺人
岡本好貴
(2024/01/15 21:54登録)
(ネタバレなし)
 18世紀の末。のちに第二次百年戦争と言われる英仏の戦いの終盤。英国のソールズベリー地方に住む24歳の靴職人ネビル・ボートは、労働力を必要とする大英帝国海軍の強引な権限のもと、大型帆船の戦艦ハルバード号の水夫として強制徴用された。出産間近の愛妻マリアを自宅に残し、生まれて初めていきなり水兵となったネビルは運命に絶望するが、そんな彼を支えたのはともに徴兵された12歳年上の仕事仲間ジョージ・ブラック、そしてハルバート号で戦友になった気の良い水兵仲間たちとの絆であった。だが、そんなハルバート号で、フランス軍人の呪いとされる怪死事件が発生。ネビルは否応なく、事件の渦中に巻き込まれていく。

 第33回鮎川賞受賞作。
 登場人物は全員が外国人(その大半がもちろん英国人)。
 ズバリ、あのフォレスターの「ホーンブロワー」サーガ、その時系列的に初期の頃の時代(18世紀末)の英国の、海戦の場が舞台である。
 要は海洋冒険小説の醍醐味と、謎解きフーダニットパズラーの興味をあわせもったハイブリッド作品だが、読む前の予想どおり、やはりというか前者の側面がまず面白い。
 いかにも「ものがたり」的な逆境に運命的に放り込まれた主人公ネビルの苦闘譚がドラマチックで、読ませる読ませる。まあガチな、この時代(歴史)設定の英国冒険小説なんかと比べると若干のやわい感じはしないでもないが、ページタナー的な意味での求心力は十分に合格だろう。海戦もこの時代の戦艦も大した知見はない評者だが、それでも平易に十分に楽しませてもらった。

 ミステリ的には結構、手数も多く、謎解きのための伏線もいくつも張ってあるんだけど、演出がいまいち煮え切れなかった感もあって、特にウリ(売り)のトリックは、選評の東川先生の言う通り、アッサリ見せすぎ。とはいえこの手のトリックを、鬼面人をおどかすようにドヤ顔で書いたら、2020年代の今じゃもう違う気もしないでもない。うーん、ちょっとバランスが難しい。

 とはいえトータルでは普通に十分に面白かった。一日で読めちゃったけど、それなりに満腹感もあるし。

 ちなみに作者は五回目の応募でついに今回、受賞だそうで、話を聞くだけでも並々ならぬ努力のほどが伺える。遅咲きの人ほど長持ちするというし、今後にまた期待。


No.1947 9点 ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪
事典・ガイド
(2024/01/15 14:03登録)
(ネタバレなし)
 タイトル通り、戦後初期(一部戦前の時代まで言及)から20世紀終盤の時期まで、海外ミステリ専科、あるいは海外ミステリがメインの、各出版社の叢書(なんらかの統一性のある書籍の企画シリーズ)について語り尽くした本。

 旧クライムクラブや六興推理小説選書など、われわれ古参の海外ミステリファンにはマストなものから、Q-Tブックスやウィークエンド・ブックス、イフ(if)ノベルズそのほかのマイナーな叢書にも、基本的には叢書につき記事一項目ずつで言及・解説。主要作品も丁寧に紹介する。

 もともとは東京創元社の「ミステリーズ」に2011~17年にかけて連載されたのち、6年ほどの編集・補筆を経て2023年の暮れにようやく書籍化。
「ミステリーズ」を定期購読も古書でまじめに収集もしていなかった評者は、とても気になっていた連載だったが、ようやっと本になったので、新刊書店ですぐに購入し、それからずっと就寝前にちびちび読み進めた。

 一応はウン十年もの間、ミステリファンをしている評者だが、ここで初めて教えられた書誌的・あるいは作品や作家に関わる事実も山のようにあり(それらの記述の大半が、あくまで一般ミステリファン&古書コレクターに近い目線での探求なのが、また恐れ入る)、読了までに新情報(自分にとっての)を知って唖然呆然とした事例は両手の指じゃ足りない。
 叢書ごとに詳細なデータベースが付与され、さらに同じ作品がのちに別の版で出た場合の追跡までしてある、正に神か悪魔か、この本の著者か! という一冊。
 
 さすがに天文学的に膨大な書誌データの中で1000%誤記がないというわけにはいかなかったが(早川で最初に紹介されたジャック・ヒギンズの作品は『鷲は舞い降りた』ではなく『地獄島の要塞』である)、そんな指摘は巨象の進軍の前で蚤が踊るようなものだろう(汗)。
 
 とにかくすごい本。
 ちなみにさすがにポケミスや創元推理文庫などの膨大な叢書についてはまとまった項目立ての記事はない(もちろん本文の随所で話題になったり、触れられていたりする)のは、叢書内の主要作品にまで言及するという基本的な記事スタイルゆえ、難しかったようだ。
 それはまったくオッケーだが、できればあとひとつだけ、早川の世界ミステリ全集なども一項目で解説、言及してほしかった(当然、こちらも話題自体はあちこちで出て来る)。 
 価格はちょっと高いが、内容を考えればとんでもなく安い。
 オールタイムの海外ミステリファンで、興味あるジャンルの幅が広い人なら、絶対に買って手元に置いた方がいいよ。というか買いましょう(笑)。


No.1946 8点 死の配当
ブレット・ハリデイ
(2024/01/14 15:41登録)
(ネタバレなし)
 マイアミで少しは名の売れた、35歳の赤毛の私立探偵マイケル・シェーン。彼はある日、二十歳になったかどうかという美人の娘の訪問を受ける。彼女19歳のフィリス・ブライトンは、ニューヨークで未亡人の母が大富豪ルーファス・ブライトンと再婚したのを機に、フィリス自身もルーファスの養女になった。それで現在、義父の静養のためにこのマイアミに来ており、母は後からニューヨークからこちらに来る。だが実は、精神科医ほか周囲の者がフィリスの精神が不安定だと指摘し、彼女が母を殺傷してしまう危険を訴えていた。思いあぐねて地元の有名な探偵シェーンを訪ねたフィリスだが、シェーンは特異な話をひとまず受け入れ、ルーファスの逗留する別荘に向かうが。

 1939年のアメリカ作品。マイケル・シェーンシリーズの第一弾で、フィリスとの出会い編……って何を今さら(笑)。
 
 私的な話題で恐縮ながらつい最近まで仕事に追われ、いささかうっすらワーカホリック気味。ミステリを読む意欲も減退していたが、さすがにまったく補給せずに済ませることもできなくて、ウン十年ぶりに本作を再読する。
 少年時代にはポケミスで読んだが、今度はだいぶ前にブックオフの100円棚で見つけて購入しておいたHM文庫版で読了。

 さすがに導入部とエピローグはほぼしっかり覚えていたが、事件の全体像も犯人もまるっきり忘れていた(最後まで思い出さなかった)ので、けっこう新鮮な気分で読み進む。

 翻訳が、隠れた? 名訳者の丸本聡明(ほかはウェストレイクだのロス・トーマスだの)で、読みやすいことはこの上ない。もちろん原文自体がバランス良いんだろうけど、会話と地の文の比重の心地よさは最高であった。

 伏線やちょっと弱い気もするので読者視点からの謎解き作品としては若干甘いが、シェーンが関係した複数の事件や事態が錯綜し、最後に意外な真相にまとまる流れはさすがに面白い。シェーンシリーズらしい、ミステリ味は存分に味わえる。

 しかしデビュー編とはいえ、シェーンはこの一作の中だけでどれだけダメージ受けてるのか(何度も殴られたり、撃たれたり)。どう見ても、ハードボイルドのパロディもののギャグ描写だろ、こりゃ。
 
 でもって肝心のフィリスは記憶通りに可愛かったんだけれど、再読して気になったのは(中略)が(中略)した以降の描写。もっと普通に素直に悲しんで泣けばいいと思うのだが、この辺はまだハリディ、キャラ描写が甘い感じ。あとのシリーズだと、その辺は少しずつ、こなれてくると思うけど。

 あー、シリーズ二作目が読みたいな。もっとマジメに英語を勉強しておけば良かったぜい(涙)。
 評価は1点おまけ。ファンなので(笑)。 


No.1945 6点 未来が落とす影
ドロシー・ボワーズ
(2024/01/05 13:34登録)
(ネタバレなし)
 1937年の英国。偏屈な老嬢で慈善家のレア・バンティングが死亡した。状況から毒殺の疑いがあり、容疑はレアの姉キャサリンの夫で、レアとも同居していた大学教授のマシュー(マット)・ウィアーにかかる。審理の結果、法廷で無罪を勝ち取ったマシューだが、口さがない噂から職を追われ、別の地方に引っ越した。だがその二年後、またマシューの周辺で不審な怪死事件が。
 
 1939年の英国作品。
 翻訳は意外に読みやすいが、出て来る登場人物は名前がある者だけで総数60人以上。
 その頭数の多さにも意味があるので、一概に悪く言えないが、錯綜する物語はいささかややこしい。『アバドン』の全体のバランスの良さがウソみたい。

 終盤のトリックと意外な真相は素直に驚けばいいんだろうけど、前述の登場人物の多さに演出の効果が薄れ、正直あまり盛り上がらなかった。
 ちなみに巻末の解説で危ぶんでいる(こんなことありえないだろ)部分に関しては、もっとすごい英国作品なんかもあるし、それほど「これは無し」ではなかった。フィクション世界のリアリティの枠のなかで、まあギリギリ、ありだと思う。
 この大技自体はけっこうスキである。

 これでこの作者の邦訳は、最初の『追伸』以外の3冊を読んだけど、個人的にはアバドン>本作>スケッチの順。

 残る最後の一冊は、当たりか外れか。


No.1944 6点 探偵くんと鋭い山田さん2 俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくる
玩具堂
(2024/01/02 13:31登録)
(ネタバレなし)
 コミケの一日目に行く車中で読み始めて、年越しで読了。
 
 ネットゲーム仲間のなかに潜む匿名のキーパーソンを探す話
 新任女性教師が学生時代に盗まれた文芸活動の原稿、その行方を推理する話
 謎の自殺志願者? を捜す話
 ……と三本の事件を収録。

 作者自身はそれなりに練り込んだ内容に自負があるようで、実際に、意外な動機が浮かび上がる第2話など、なかなかよく出来てるとは思うが、一方で前巻の第2話のようなハッタリの効いた外連味編がないため、どうしても全体的に地味な印象である。

 かたや主人公トリオのラブコメ模様と青春ストーリーの方はさらにくっきりしていき、そっちの方では面白かった。

 2020年に同一シリーズの新刊が二冊出て、その後、音沙汰無し。
 さらに作者は、ちょっとだけ違う別名義「久青玩具堂」の方で昨年、違う路線の青春謎解きミステリを始めちゃったから、こっちの方はもう出ないんだろうな?
 主人公トリオの日常描写として、今回の最後にちょっとまとめっぽい雰囲気がないでもないので、ここで終わってもまあいいが、単純にもうちょっとこの三人に付き合いたかった(特に雪音と)。
 もしよかったら、いつかまたシリーズを再開してください。こういうものがこの巻数の時点でいったん休止すると、復活は難しいだろうとも思うけれど。


No.1943 7点 リュシエンヌに薔薇を
ローラン・トポール
(2023/12/28 04:24登録)
(ネタバレなし)
 1967年のフランス作品。
 鬼才ローラン・トポールが当時まで十年ほどにわたってあちこちに書いた、ショートショート~短めの短編の全43編を収めた原書を全訳したもの。
 
 ショートショートと言っても尋常な短さではなく、スゴイものは1~数センテンスのものもいくつかある。

 シニカルな星新一……とかいうよりは、長谷川先生の『いじわるばあさん』の各編でしばし感じるブラックユーモア味。残酷なんだけど、笑ってしまうあの感覚が基調で、個人的には海原の漂流者が主人公の『絵空事』がベスト。ほかにも忘れがたい味のがいくつかあるので、フェイバリット編は時間が経てば変わるかもしれない。

 一冊読んだ人と話をして、互いに3~5本ずつ好きな作品をあげ合えば、相手の顔、そして自分の本当の顔が見えてきそう。そんな気分になれる一冊であった。


No.1942 6点 魔術探偵・時崎狂三の事件簿
橘公司
(2023/12/27 19:33登録)
(ネタバレなし)
 彩戸大学に通う女子大生・時崎狂三(ときさき くるみ)は、初対面のお嬢様風の美少女から声をかけられた。同じ大学の同学年(一年生)で栖空辺茉莉花(すからべ まりか)と名乗る彼女は大富豪の令嬢であり、狂三の知人でやはり学友の女子・鳶一折紙(とびいち おりがみ)の紹介を受けて、狂三にとある怪事件の解決を依頼する。これを機に狂三は、この世の条理を超えた「魔術工芸品(アーティファクト)」が絡む怪事件の数々に関わっていくことになるが。

 人気ラノベ作家・橘公司の看板作品『デート・ア・ライブ』の正編完結後の後日譚という設定で書かれるスピンオフの連作短編集。

 主人公は、本来はメインヒロインの一角ながら、いささかイカれた言動で少しほかのヒロインたちとは離れた位置にいた(しかし読者から圧倒的に一番の大人気を獲得した)「きょうぞうちゃん」こと時崎狂三。
 子猫をいじめるサバゲー屑野郎などは遠慮なくぶっ殺すが、子供や猫にはやさしい(そして主人公には時に敵対し、時に味方になる)、そんな女子である。

 ちなみに評者は『デアラ』は正編22巻のうち11~12巻まで読破。そのあとの巻も購入はしているが後半の展開はアニメで先に観ちゃった知っちゃった、すこしアレなファンである(アニメの方もまだ、正編の全部を映像化しているわけではないが)。

 今回の新作では、きょうぞうちゃんを含むメインヒロインたちの立ち位置も大きく変わっている(世界観はそのまま)が、そんなことも実作を読んで初めて知った(なんせ正編の後半を読んでないので・汗)。

 いずれにしろJDになった時崎狂三を主人公(探偵役)に据えて、超能力的な魔術が存在する『デアラ』世界のなかでの特殊設定ミステリ5編が語られるが、謎解き作品としてはまあボチボチ。

 特に第2話なんかは、新本格でこれで何度目だというネタ(評者も途中で気づいた)だが、作者の橘先生はその辺もなんとなく察しているようで、<作者としては意外な解決……のつもりですが、たぶん、これ、もう前例ありますよね……?>という感じの奥ゆかしい? 雰囲気がうかがえ、どうにも憎めない(笑)。
 第4話も、橘作品ファン、時崎狂三ファンの末席のつもりの自分からすると、ちょっと「あれ?」と言いたくなるようなところもあるが(詳しくは言えない)。最終編の第5話まで読んで、そこでいろいろと「見えて」くるところもある。
 
 一見の人(特に『デアラ』に縁がない一般ミステリファン)が読んでもそこそこ楽しめる? だろうが、まあどちらかというと『デアラ』ファン、時崎狂三ファンの向きの一冊かも。
 特に正編や日常編の短編集、さらには番外編まで全部読んじゃった筋金入りのファンなら、本作は十分に嬉しい贈り物だろう。


No.1941 6点 叫びの穴
アーサー・J・リース
(2023/12/27 03:26登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の暗雲が各地を覆う、1916年10月の英国。デユリントン地方のホテルで米英のハーフである青年探偵グラント・コルウィンは、神経科の名医として知られるヘンリー・ダーウッド卿とともに具合の悪そうなひとりの若者を介抱した。ホテルの客でジェームズ・ロナルドと名乗る若者は二人に感謝するものの、その後、宿からすぐに姿を消した。やがて近所で殺人事件が生じ、その容疑者がかのロナルド青年らしいという情報がコルウィンたちのもとに飛び込んでくる。

 1919年の英国作品。
 戦前に井上良夫が本作を原書で読んで褒めたという「探偵小説のプロフィル」は数年前に既読なので、そんな作品が紹介されていた……かな、みたいな気分であった。ソコで蔵書の山の中から「~プロフィル」を引っ張り出して本作についての記述を再読したところ、あやうくネタバレされかけて、アワワ……となった。幸い、犯人については分からなかったが。

 nukkamさんも書いておられるが、全体的に小説としても謎解きミステリとしても練度の高い感じで、やや長め(本文360ページほど)ながら、スラスラ退屈しないで読めた。
 原書はもとは七回にわたって雑誌連載された作品だそうなので、良い意味で小規模な見せ場がいくつも設けられている。

 メインキャラクターの奇妙な行動の謎については、昔も近年もたまに見かける種類の真相だったが、いずれにしろそれがクライマックスの直前で明らかにされたのち、さらにまだまだ話が転がっていくあたりもなかなか快調な構成。一方で、作中人実の行動や思考に関しては、事実が明らかになるといささかひっかかりを覚えないでもないが(だって……)。

 パズラーとしてはちょっと大味なところと、丁寧に伏線や手掛かりが設けれた得点ポイントが共存。良い面とやや弱い面が相半ばするが、小説のうまさで全体的に印象は底上げされている。
 翻訳も全体的に平易で読みやすいが、一か所だけ「ガス灯の電球」というヘンなのが出てきて「?」となった。ガス灯の照明と言いたいんだよね? (さすがこの辺は論創らしい。)

 主人公探偵のコルウィンは、作者の著作のなかでわずか二冊にしか登場しないらしいけれど、いろいろ設定が盛られていて楽しい。マイペースで事件に食い下がる言動とあわせて、いいキャラクターだった。もう一本の主役編も紹介してほしい。 


No.1940 5点 唇からナイフ
ピーター・オドンネル
(2023/12/21 18:03登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の半ば。英国政府は中東の小国で産油国「アラウラク救主国」と取引し、石油発掘権を獲得。だが救主国の支配者であるアブ・クーヒル救主の希望で、支払いは一千万ポンドの価値のダイヤ現物の譲渡で行なわれることとなった。しかしその情報を聞きつけた、国際的な裏世界の大物ガブリエルの一味が暗躍。本件の機密ミッションを推進する英国情報部の部員を前線で暗殺し、ダイヤの奪取をはかる。英国情報部の要人タラント卿は、弱冠26歳ながら何年も前から地中海周辺の暗黒街を束ねる「犯罪結社のプリンセス」と異名をとる美女モデスティ・ブレイズに接触。タラントはモデスティに、彼女の元相棒で今は南米の刑務所に収監中の男ウィリアム(ウィリー)・ガーヴィンの情報を与えて貸しを作り、その見返りにガブリエル一味からのダイヤの警護を依頼しようとするが。

 1965年の英国作品。
「淑女スパイ」モデスティ・ブレイズシリーズの第一弾。
 1960年代のイタリア映画界で国際派女優だったモニカ・ヴィッティ(ビッティ)の主演で映画化もされ(映画の邦題は小説と同じ)、日本語DVDも出ているが評者は未見。
 ただしなんかカッコイイタイトルは大昔から気になっており、さらに、実はこのシリーズの邦訳二冊目『クウェート大作戦』を先に入手していたので、どうせならこのシリーズ一作目から先に読もうと、何年か前から、手頃なお値段の古書を探していた(古書価の相場はけっこう高い作品である)。
 それで今年の秋になってようやくそこそこのお値段の古書をネットで買えたので、一読。
 まあ気になる作品は、なにはともあれ読んでみよう。

 内容に関しては大枠で言うなら、007ブーム時代の欧米ミステリ界に登場したスパイ版ハニー・ウェスト、程度の認識でまあいいのだが、実作を読んでみると、モデスティを本筋のミッションに引き込むための段取りとして、英国情報部がお膳立てしたガーヴィン救出作戦をちゃんと序盤の見せ場とするとか、けっこう丁寧にストーリーは綴られている。
 読み進むうちに過去の情報が徐々に浮かび上がってきて、モデスティやガーヴィンのキャラクターが見えて来る筆致も悪くはない。肝心の、なんでモデスティがそこまでスーパーレディなのかの説明も、ちゃんと必要十分に語られているし。
 あとホメるところして、銃器や刃物類の武器の考証がそれっぽく綴られ(武器マニアが仔細に検証した際に合格点をもらえるかは知らないが)、デティルにリアリティがあること。神は細部に宿るというなら、その辺でもそれなりに得点している作品ではある。

 問題なのは、中盤からのお話(全体のプロット)が一本調子で、ゴールラインに向かう直線的な流れをほぼ辿っていくだけという作劇なこと(……)。
 それとモデスティのいわゆる「007的スパイ道具」が活用されるのは、そういう趣旨の作品だからそれ自体はいいのだが、敵の手に落ちてもそのまま、密な身体検査も全部の衣服の強制的な着替えも強いられず、そのまま全身に隠してあった武器やアイテムを反撃の手段として使いまくるというのは、う~……となった。いくらほぼ60年前の旧作とはいえ、これはちょっと主人公側に甘すぎる。
(その辺のユルさもあって、後半~山場はうっすら眠くなった・汗。)

 いやまあ、モデスティ視点で相棒ガーヴィンとは別個に、彼氏格の青年画家ポール・ハガンがいて、なかなか微妙なキャラ関係になるあたり、さらにその関係の行く先は、なかなか(中略)でいいんだけどね。
(ちなみにその辺の三人の相関は三角関係的な生々しいものではなく、最後まで当事者たちはサバサバした間柄で通し、その辺もよい。)

 モデスティの気風の良さ、ヒロイン主人公としての男前ぶりはそこそこ。悪くはない。ガーヴィンもハガンもそれにタラント卿もバイプレーヤーとしてまあ合格。
 とにかくお話の曲のなさ、悪い意味での直球ぶりで、う~む……な作品である。
 最後までしつこく丁寧な小説の叙述は、けっこうイケるんだけれど。 
 
 シリーズ二冊目は良い意味で期待値を下げて、手にとってみたいと思います。

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