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ミステリの祭典

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人類法廷

作家 西村寿行
出版日1985年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2024/02/15 13:27登録)
(ネタバレなし)
 1983年9月15日。長野県の山中を運行中の観光バス三台が、いきなり謎の狙撃者から連続で銃弾を浴び、運転手が死亡した先行車が崖の下に落下。急停車した後続のバスから逃げる乗客や乗務員も射撃された。現場は死者105人、負傷者54人の大惨事となるが、犯人の「東洋スポーツ」元社長・沼田光義は、近隣のホテルに押し入り、若妻を凌辱している最中に逮捕された。だが沼田は長野地裁の公判では、アルコール酩酊で心身鈍弱状態だったとして刑法39条による無罪が宣告された。これを不服とした被害者たちは、老いた両親を殺された政治家・柿丘五郎をリーダーに被害者同盟を結成。沼田の実家の会社・東洋スポーツに損害賠償を起こそうとするが、母と妻子を殺された雑誌編集者・真琴悠平は加害者の家族もまた苦しんでいると反対。真琴の意見に賛同した、両親を殺された女子高校生・岩波直美ほか数十名の声をまとめる形で、妻と孫を殺された老資産家・神崎四郎は法規ではなく人類の名において沼田を裁く有志団体「人類法廷」を結成する。だが事件の真実を、そして沼田の内面をさらに探ろうとする人類法廷の活動の向こうで、何者かが沼田を警察病院から連れ去った。

 徳間文庫版で読了。
 主題から、寿行版『法廷外裁判』(実はまだ未読)か『七人の証人』(こっちはさすがに読んでる)みたいなハナシかと思っていたら、序盤の展開を経て謎の? 第三勢力が登場。その素性はすぐにわかるが、ストーリーはあらぬ方向へと転がっていく。
 司法組織やときにマスコミ、そして犯罪者たちと対抗しながら事件の奥にある真実を追い詰めていく「人類法廷」の面々だが、彼らもまたあくまでメインキャラクターの一角にすぎず、小説の描写は多彩な三人称視点を活用しまくり、自在にあちこちの場面を転々とする。途中から人類法廷側のメインキャラの増員も行なわれ、直接、被害者の仲間ではないが、人類法廷の活動に関わったことから中盤以降、大活躍する左脚が義足の元・新潟の刑事・念沢義介は特に印象に残るキャラ。人類法廷内のメンバーで、荒事を担当する元自衛隊員・雪江文人の敵陣での潜入工作の描写もなかなか強烈。

 寿行らしいおなじみのエロバイオレンスは冒頭の若妻への暴行シーンをはじめ随所にあるが、それでも全体的には多数の寿行作品のなかでは、独特の風格を感じさせる内容。良くも悪くも、最終的な物語の到達点には、軽く唖然とさせられた。
 つづら折りの物語を剛腕でドライブさせる作者の筆力はさすがで、冷静に考えればさすがに強引な箇所も各所にあるのだが、読んでいるうちはさほど気にならない。
 独特なテーマへの接近、読み手の予想を裏切って話を転がしていく寿行らしいパワフルな作劇さなど、相応の手ごたえは感じる一冊で、佳作~秀作。 

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