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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.21点 書評数:2006件

プロフィール| 書評

No.1886 7点 マクベス
ウィリアム・シェイクスピア
(2025/01/18 14:08登録)
 倒叙ミステリ? 操りテーマ? 意外なことに、君主殺しも隠蔽工作(護衛に血を塗り付ける&殺して口封じ)も直接は演じられず、台詞で語られるのみ。故に叙述トリックも疑われるところだ。前半は結構ドキドキ。
 しかし、後半のメインは軍隊の至って順当な進軍状況であって、魔女の預言の引っ掛けと言うネタはあるものの、閉幕の為に然るべき処理を進めただけ、な感じも否めない。

 興味深いのはマクベス夫人で、この人は預言を直接聞いたわけじゃないんだよね。伝聞情報を元にあれだけ押せ押せで行ける思い込みの強さ。SNSで陰謀論とかを拡散しそうな、非常に危ういキャラクターである。

 驚いたのは軍隊も登場する物理的スケールの大きさ、そして場面転換のめまぐるしさ。第五幕第六場なんて台詞が三つしかない。作者は映画化を想定して書いたのではないだろうか。

 第三幕第四場、バンクォーの亡霊の場面は喜劇が巧みにサスペンスを高めている。後ろ後ろ! ドリフより350年以上早い。


No.1885 3点 海浜の午後
アガサ・クリスティー
(2025/01/18 14:07登録)
 ネタバレあり。
 「患者」が面白い。妙な機械が登場してクリスティっぽくないが、その点こそ作者の茶目っ気? 戯曲だからこういうリアリティの無さもアリだ。
 戯曲では名前を省略する書き方は普通にあるので、アンフェアでも不自然でもない。戯曲であることを利用した或る種の叙述トリックである。

 しかし、心情に矛盾があると役者は演じられない。本作はどうやって上演したんだろう?
 “B” は犯人を炙り出す罠であるから、本当に犯人を意味するメッセージではなくフェイクである。それを知っている筈の警部と医師が “つまるところだれなんです?” とか言って議論するのはおかしい。
 (因みに、その議論の流れで “犯人に知られてはならない事柄” にも言及しているので、“犯人に聞かせる為の演技” との解釈は成立しない。)
 また、警部が最後の台詞で語る “証拠” によって、ロジックとしては弱いが一応犯人を推測出来ており、そこに “B” の件は不要である。
 犯人の条件が “B” で、真相が明らかになった時に、そうかこの人も “B” だった、と驚けるなら美しいが、実際には “条件” ではなく単なる偶然みたいなものだ。

 つまりこれ、罠ではなく、動けないフリではなく、あの電気装置を介したやりとりは本物で、被害者は犯人を知っているが、フェイクでないメッセージとして “B” 一文字しか伝えられなかった――とするべきではなかっただろうか。嗚呼勿体無い。


No.1884 6点 満天キャンプの謎解きツアー かつてのトム・ソーヤたちへ
高野結史
(2025/01/18 14:06登録)
 “謎” 以外の追加素材で読ませるミステリとして、わざとらしさがあまり無く好印象。物語の水面下にも相応の背景が感じられるところが良かった。
 “死体が見つかりにくい理由” は意外な盲点(笑)。一方、第三話は、ああいう書き方をしたらああいう真相なのは見当が付いてしまう。ミステリの犯人の条件は、まず “登場人物であること” だからね。


No.1883 6点 キッド・ピストルズの慢心
山口雅也
(2025/01/18 14:06登録)
 このシリーズは、英米ミステリ黄金期に対する憧憬を、パラレル英国と言う変化球を使って成立させているわけで、直球勝負を上手く回避するそのコンセプトだけで満足しちゃったのか、物凄いトリックやロジックは出て来ない。“敢えてこういう風に書くやり方もある” と言う注釈が通用する範囲内、との条件付きで良く出来てはいるが、海外コンプレックスに縛られて発想の自由が制限されているようにも感じてしまうのだ。


No.1882 5点 サブウェイ
山田正紀
(2025/01/18 14:05登録)
 幾つかのエピソードが並ぶが、パズルのピースのように上手く嵌まり合うことは無く、残念ながら雰囲気だけで終わってしまった。
 地下鉄駅で死者に会える云々の都市伝説を、登場人物が皆かなり本気で信じているようなのが異様。既に片足突っ込んでいる者ばかり何故か集まる世界観が怖い、とは言える。物語ではなくそういう空気の “絵” だね。


No.1881 8点 死者と言葉を交わすなかれ
森川智喜
(2025/01/10 17:15登録)
 これは見事。すっかり騙された。あんなに露骨なヒントを示されてさえ全く気付かなかった。
 死者言葉の謎などは下手すれば日常の謎に収まってしまいかねないところを、その後の屹立する悪意が気持の収束を拒みこの本を異物に変える。後味は悪いがこの驚きを味わう為の必然として甘受しよう。哲学的問答も面白い。
 しかし、悪を比較するのもナンだが、無差別殺人の話とかよりこの真相はよっぽど肝が冷えたな~。

 ところが、作者の旧作を読んでいたら、このトリックは使い回しであることが判明。
 使い方に違いはあるし、どちらも出来が良い。そもそもオリジナルのトリックと言うわけではない。作者名さえ違っていれば、殊更にコレはアレのパクりだとか言い立てることでも無いだろうが……。


No.1880 7点 虚魚
新名智
(2025/01/10 17:14登録)
 不可視だけど確かに存在するもの。存在しないと言う形で存在すること。存在するとはどういうことかの認識論。怪談の解体や移築に絡んで得心させられる指摘多し。魚にせよ柱にせよ伝わって来るイメージが秀逸。
 デビュー作だけど、この時点で結構しっかりした基盤(“技術” と言う意味ではなく)を持っているように感じる。

 語り手は一体何がしたいのか? が最初のフックだから、カヴァーの粗筋紹介文は野暮だな~。


No.1879 7点 予感(ある日、どこかのだれかから電話が)
清水杜氏彦
(2025/01/10 17:13登録)
 一体何が進行しているのか判らないままに、空白の周りを撫で回しているような日々。無国籍無時代な設定(それを鑑みると携帯端末の存在は実に無粋)や軽く突き放したような筆致がアンリアルな寓話を思わせる。効果的な演出だと思う。


No.1878 7点 人形はこたつで推理する
我孫子武丸
(2025/01/10 17:13登録)
 “人形探偵” と言うアイデアが上手いし、主要人物のキャラクター設定も好感が持てる。ミステリ的にはライト級だけど却って丁度良い。と受け入れ易いのは、この作者に緻密な論理性とか驚異の大トリックとかをあまり期待していないことの裏返し?


No.1877 6点 創造士・俎凄一郎 第一部 ゴースト
山田正紀
(2025/01/10 17:12登録)
 あっちでもこっちでも殺意が芽生える不穏な街。俎凄一郎と言うのは『篠婆 骨の街の殺人』にチョロッと名前だけ挙がった “とき” みたいな存在か。多分その頓挫した “街シリーズ(?)” の雪辱戦として、同じ講談社ノベルスで立ち上げた新シリーズだが、結局また1冊きりで立ち消え。まったくもー。

 微妙に螺子の緩んだようなエピソードが続く。摑みどころのない描写は話が進むにつれますます曖昧になり、雨に打たれて迷い込む街は更に荒涼とし、足下はどんどん覚束なくなる。“何度も死ぬ犯人” は、トラウマで精神が歪んだと理屈を付ければ何でもアリじゃないかと揶揄したくもなるが、薄暗い街の空気と相俟って背筋が薄ら寒くなった。
 複数の事件が意味ありげに並ぶだけで未整理のまま終わってしまったので連作長編としての納まりは悪いが、決してつまらない作品ではない。雰囲気は『篠婆 骨の街の殺人』よりも『氷雨』に通じる?


No.1876 7点 剥製の街 近森晃平と殺人鬼
樹島千草
(2025/01/03 11:35登録)
 猟奇的なシリアル・キラーを描くこの手の作品は既に沢山書かれていて、殺し方や動機の面白さを競い合っている。その観点では、本作の真相や “普通” なまま壊れちゃった感じは、及第点ではあるが、新しいアイデアでは全くない。ただ、書き方の達者さと、相反するようだが妙なフレッシュさとが感じられて、そこが良かった。


No.1875 6点 篠婆 骨の街の殺人
山田正紀
(2025/01/03 11:34登録)
 列車内の事件そのものはそこまで重要ではなく、背景となった歴史と心情がメイン。スケールの大きな動機、その前で立ち竦む主人公。“著者のことば” で『神狩り』に言及しているのも納得である。
 それとの繫がりを鑑みても、謎としてより魅力的なプロローグの “窯から出て来た骨” をもっとフィーチュアしてはと思う。が、話の順番としてそうもいかないかな。惜しい。

 それとは別に、全5冊で構想したものの1冊で頓挫したシリーズ、と言うことで未処理の伏線が散らばっているのが何とも切なく。兵どもが夢の跡、って感じだ。


No.1874 6点 屍蠟の街
我孫子武丸
(2025/01/03 11:33登録)
 続編は前編を超えないと高評価はしづらいな~、と私は思った。
 事態がエスカレートしている点は良い。犬を飼いたがるのは微笑ましい。しかし、ハッカーの話に変わると前半の脇役は何処かへ行っちゃって、読み終えてみると取り散らかった話、との印象も強い。
 そして、この設定だと “溝口 vs 菅野” の最終的な決着は付けようが無いよね(自殺は勝利ではないと思う)。作者は自身に対しての無茶振りに応え切れなかったのか。否、最後の章の一人称代名詞は伏線のようにも思えるし、リドル・ストーリー?


No.1873 4点 霧枯れの街殺人事件
奥田哲也
(2025/01/03 11:32登録)
 短編は発表していたものの、これが長編デビュー作、しかも新本格勃興期の1990年、講談社ノベルスからの刊行なんだよね? それにしては新人のピュアさも “一発かましてやる” みたいな気合も希薄なのである。中堅作家による一世代前のメンタリティのゆる~い警察ものって感じ。
 それなりに捻ったラストが用意されてはいるが、読んでいる最中は “どーもパッとしないな~” と言う気分がどこまでも付いて回った。


No.1872 4点 悪夢街の殺人
篠田秀幸
(2025/01/03 11:32登録)
 鬼熊事件の異様な迫力、集団水難事件の不可解さ、凄い! と思ったら、これらは現実に発生した事件、を題材にしたドキュメンタリー作品、を改変してフィクション化したもの。殆ど他人のネタじゃないか。それじゃ駄目だよ。
 それ以外の、語り手の面前で進行する出来事は、描写が全体的に硬い。心霊現象とシリアル・キラーがあまり絡み合っていないので、主題を二本立てにする意味が希薄。
 “人間消失” は、事前の準備が必要である反面、当日のポジションは犯人がコントロールしたわけではないから、かなり幸運頼み。しかも結果的に容疑者を限定する働きをしているビミョーなトリックだ。


No.1871 8点 伯爵と三つの棺
潮谷験
(2024/12/27 11:12登録)
 題名は “伯爵(count)よ、棺を数えよ(count)” と言う洒落?
 時代ものなのに、犯人も探偵役も現代のミステリ読者みたい。しかし論理を積み上げて行けば、ミステリ小説誕生以前でもミステリ的思考には辿り着く筈だから、これでいいのだと言うことにしよう。
 犯人がこのまま三択では論理的であっても地味だなぁ、と思ったら更に深み、それも “逆転” ではなく同じ方向へもう一歩二歩踏み込む展開がグレイト。
 あの一節は、気付いたけど物語の流れに紛れて忘れ去っていた(笑)。ACへのオマージュですね。


No.1870 7点 腐蝕の街
我孫子武丸
(2024/12/27 11:11登録)
 ハード・ボイルド的筆致に違和感は無く、イメチェン(ではないと作者は言うが)成功。脳と身体と、二段階方式の再生のアイデアは新鮮。確かに身体感覚を一貫させるにはああする必要があるなぁ。ただ、ディスクをばらまいて乗っ取り成功者を待つ手法では、成功者が複数生まれて鉢合わせするリスクがあるのでは?
 初出が1995年で作中設定は2024年12月。ふーむ、我孫子武丸の未来予測はこういう感じか~と意地悪く読んでしまった。(件の “スパ” は別として)大ハズレの変な予測が無いので物足りなかったりして。


No.1869 6点 異セカイ系
名倉編
(2024/12/27 11:11登録)
 うわぁ。本気で世界を救う本。
 メタな反転の繰り返しでも、これはそれが主題だからいいのだ。小説投稿サイトや異世界転生と言った題材に馴染みが無く初めはあまり乗れなかったが、途中からグングン追い上げて来た。作者自身が道化に見えてしまうことも承知の上なのだろう。
 あとこの文体。言葉遣いが考え方を規定する、と言う側面はあって、“語彙が足りなくて思考に不自由するネット時代のニート” を疑似体験しているようだ、と思いながら読んだが、それって “文字に依拠するアイデンティティ” と言うテーマの結構近くを射抜いていたかも?


No.1868 5点 名探偵の有害性
桜庭一樹
(2024/12/27 11:10登録)
 怖い怖い。探偵活動が知らず知らず関係者の人生を狂わせ傷付けていたかも知れない……“光と影” の影の部分。どんな弾劾を受けるのか、びくびく(わくわく)しながらページを繰った。
 でもこんなタイトルを掲げたにしては手ぬるい。もっと一話ごとにダメージを重ねて満身創痍になるかと心配(期待)したが、いつの間にか “再生の旅” みたいになってるね。
 書き方の上手さでまんまと読まされてしまったが、意地悪く評すなら、読者が作中の弾劾に同調はしない前提で、仲間内限定の自虐ネタをやったものであり、それ以上の境地には至っていない。市川哲也の方が勝っている。


No.1867 5点 プロジェクト・インソムニア
結城真一郎
(2024/12/27 11:09登録)
 技術的に可能になっても、夢を他者と共有したくはないなぁ。色々な意味で怖い。

 それはそれとして、“科学的に裏付けされたプロジェクト” と “夢” は食い合わせが悪い。夢にはどうしても曖昧な部分があり、ルール化を拒むから。
 小林泰三のメルヘン殺しシリーズのように根本がファンタジーならともかく、外部から夢をそこまで制御出来るテクノロジーは納得しがたい。
 一方で、ミステリを成立させるには相応の枠組みを固める必要があり、その矛盾が苦しいところだ。
 例えば “システム管理者側の意向で安全の為に設定されているシンボルを、参加者が自由意志で捕獲可能” な設定などは、トリックの都合に合わせて可/不可の境界線を引いていてズルいと思う。

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