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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.719 6点 ダブル・ジョーカー
柳広司
(2012/07/14 22:37登録)
結城中佐率いるスパイ組織“D機関”の暗躍を描く「ジョーカーゲーム」シリーズの第二弾。
太平洋戦争前のきな臭い雰囲気が何と言えない作品世界を生み出してます。

①「ダブル・ジョーカー」=もう一つの秘密組織”風機関”と創始者の風戸陸軍中佐。あるミッションをD機関と風機関が競うことになったが、結果は結城中佐のすごみを知ることに・・・
②「蠅の王」=軍医という仮面を被って活動する男・脇坂。お笑い芸人たちの慰問団が野戦病院を訪れることになったが、脇坂の正体がバレてしまう。そして、脇坂の秘密を暴いたのはある意外な人物だった・・・。前フリがうまい。
③「仏印作戦」=舞台は旧フランス領ベトナムのハノイ。異国情緒溢れるこの街で陸軍の秘密通信の任務を司る男に危険が迫る、そしてそれを防ごうとする男とD機関の影・・・。これも最後に逆転の発想が見事に決まる。
④「柩」=こちらの舞台はドイツ。若き日の結城中佐を知るドイツ人軍人が再び日本人スパイを相手にするとき、やはり結城中佐の影がちらつく・・・。結城中佐のエピソードが興味深い。
⑤「ブラックバード」=まさに真珠湾攻撃の直前、アメリカ・LAに潜入したD機関の一員。平和なバードウォッチャーを装い現地で結婚までしたが・・・。これはスケールの大きい作品。
⑥「眠る男」=文庫版のみ収録。「おまけ」のような作品。

以上6編。
まぁ、ワンパターンといえばワンパターンなのだが、この作品世界は秀逸だと思う。
(結構映像向きなのかもしれない)
サスペンス性やラストでの逆転、ドンデン返しなどミステリーとしての面白さは十分に詰め込んでいる。
ただ、前作よりは1枚落ちるかなという印象は拭えないかな。(理由はよく分からないが・・・)
でも、十分に楽しめる作品だし、クオリティは高い。
(個人的ベストは②。あとは③⑤かな)


No.718 7点 マグマ
真山仁
(2012/07/14 22:34登録)
2008年発表のノンシリーズ作品。
登場人物の設定などはいかにも「ハゲタカ」の作者らしいのだが、「地熱発電」という題材が今となってはタイムリーな作品となった。

~外資系投資ファンド会社勤務の野上妙子が休暇明けに出社すると、所属部署がなくなっていた。ただ一人クビを免れた妙子は支店長から「日本地熱開発」の再生を指示される。なぜ私だけが? そのうえ、原発の陰で見捨てられ続けてきた地熱発電所をなぜ今になって・・・? 政治家、研究者、様々な思惑が錯綜するなか妙子は奔走する。世界のエネルギー情勢が急激に変化する今、地熱は救世主となれるのか?~

これはヒロイン小説だな。
とにかく主人公・野上妙子が実にヒロインチックなのだ。
東大卒。子供のころから勉強、スポーツともに優秀。おまけに美人でリーダーシップも十分という才媛。外資系金融機関に入り、またたく間に出世。そんな彼女が畑違いの「地熱発電」会社で、様々な人間の欲望や想いに揉まれながらも成功を勝ち取っていく・・・
こんな非の打ちどころのない女性が、内心は不安でしようがないのに、肩肘張って健気に啖呵を切るのだ、男としては「キュン」とせずにはいられない・・・

そしてもう一つのテーマは当然「地熱発電」。
本作は東日本大震災前に発表された作品であり、今現在の脱原発の動きとは全く関係ない。それだけ作者の先見性が窺える。
もちろん本作はフィクションなのだが、電力業界周辺や裏側に渦巻く利権に関しては十分にうなずけるところがある。
そして、大震災後の今、「地熱発電」は再び注目を浴びようとしている。
(確か、出光興産が福島県で大規模な地熱発電所を計画しているっていうニュースを見たなぁ)
脱原発が本当に可能なのか、つい最近民主党を離れた某剛腕政治家に聞いてみたいものだが、個人的には少しでもクリーンで安全性の高い発電方法へシフトさせるのは、我々の世代の使命ではないかとも思う。

なんだかミステリーの書評ではなくなったが、エンタメ小説として十分楽しめる作品ではあるでしょう。


No.717 5点 サウサンプトンの殺人
F・W・クロフツ
(2012/07/08 20:46登録)
お馴染みのフレンチ警部が「主席警部」となって初めて手掛けた事件という設定。
本作の発表年である1934年は、三大倒叙として名高い「クロイドン発12時30分」も出版された作者の円熟期と言える。

~セメント会社ジョイマウントの取締役ブランドと化学技師キングは、暗闇に横たわる死体を前に立ちすくんでいた。経営危機に陥った社を救うためにライバル会社の工場に忍び込み、セメントの新製法を盗み出そうとした2人だったが夜警に見つかってしまい、殴った拍子に死んでしまったのだ。彼らは自動車事故を装って死体の始末を図るが、フレンチ主席警部がこの事故に殺人の匂いをかぎとらないはずはなかった!~

ちょっと中途半端な「倒叙もの」という印象が残った。
「倒叙」というと、ミステリーの醍醐味である「犯人さがし」を放棄する代わりに、警察の捜査や目撃者の出現に一喜一憂したり、徐々に追い込まれる心理にシンクロしたりというのが面白さなのだと思うが・・・
本作ではその辺りが弱いのだ。
要は犯人側の視点とフレンチを中心とした警察側の捜査が交互に描かれてるせいで、どちらも中途半端になっているというワケ。

恐らくは第二の爆破事件の方で、倒叙ではなく普通に犯人捜しの要素を取り入れたためだとは思うが、これはちょっと失敗ではないか?
まぁ「クロイドン」と同じプロットではさすがにダメだということだったんだろうなぁ。
出来栄えは「クロイドン」に到底及ばない水準になってしまった。

ただ、ブランドを中心に心理描写などは実に丁寧で、この辺はクロフツらしいなぁと思える。
ラストに隠されていた構図が明らかにされるのがミステリー作家としての矜持か?
(東京創元社は数ある作品の中で何でこれを復刊したんだろう?)


No.716 5点 私の大好きな探偵―仁木兄妹の事件簿
仁木悦子
(2012/07/08 20:42登録)
雄太郎&悦子の仁木兄妹シリーズの作品集。
最近ポプラ社のピュアフル文庫で出版されたものを読了。

①「みどりの香炉」=ジュブナイル向けに出された作品ということで、相応にデフォルメされてるのが特徴。作者特有の「弱者へのいたわり」の気持ちがよく出ている。トリックは実に何てことないが・・・
②「黄色い花」=巻末解説によると、本作は「猫は知っていた」に先んじて発表されたシリーズ初作品とのこと。雄太郎の植物に対する造詣の深さが事件の解決にストレートに結びついているのが特徴。アリバイは何だかよく分からなかったが・・・
③「灰色の手袋」=これが一番ミステリーとしては正統派な作品という感じ。ある人物の「企み」に別の「企み」が乗っかってしまい、一見すると事件が複雑化する、というプロット。何とはなしにこの時代の「のんびりした」感じがよく出てるのが好ましい。
④「赤い痕」=事件の舞台が東京ではなく奥秩父というのが珍しい。雄太郎の推理というか直観が冴えるのだが、これは読者が推理できるというものではない。まぁ因果応報ってことを言いたいのかな。
⑤「ただ一つの物語り」=結婚し二人の子供までもうけた悦子が登場(最初分からなかった・・・)。悦子と体の弱いある女性との交流がある事件を引き起こすことに・・・。よくあるプロットだとは思うが、雰囲気のいい作品ではある。

以上5編。
正直、ミステリーとしては喰い足りない作品ばかりという印象は拭えない。
ただ、何となくノスタルジックで心温まる気持ちにさせてくれるのは確か。好きな人は好きなんだろうね。
そういう雰囲気を味わう作品なのだろう。
(③がベストか。あとは②)


No.715 5点 イノセント・ゲリラの祝祭
海堂尊
(2012/07/08 20:41登録)
田口&白鳥シリーズの第4作目。
お馴染みのキャラクターが大暴れする人気シリーズの異色作。

~東城大学医学部付属病院・万年講師の田口公平はいつものように高階病院長に呼ばれ、無理難題を押し付けられようとしていた。厚生労働省で行われる会議への出席依頼だったが、差出人はあの白鳥圭輔だった! だが、そこで田口が目にしたのは、崩壊の一途を辿る医療行政に戦いを挑む、一人の男の姿だった~

もはやミステリーの範疇なんて超え、作者の医療行政のへの熱き思いが迸った作品。
海堂氏が声高に主張するのは「死因不明社会への警鐘」。
ミステリーの世界ではお馴染みの「監察医」だが、現実ではこの制度が適用されているのはごく一部の地域でしかなく、解剖も適切にされないまま「心不全」という不透明な死亡診断書が作成されている・・・
考えてみれば恐ろしい世界ではないか?
そして、この危機を回避するための救世主が「エーアイ」。
(これは「チーム・バチスタ」から作者の一貫した主張だよねぇ)

本作のハイライトは、終盤の委員会での「彦根医師の独断場」。
厚生労働省のエースや法律家のトップを敵に回して、ロジック切れキレのスピーチ。そして、最後にうまくまとめる白鳥・・・
いささかフィクションは混じっているにせよ、官僚という奴はこういう人種なんだろうなということは十分想像できる。
結局シオン医師については謎めいたままで終わってしまったのが唯一の心残り。

まぁ、海堂氏には今後とも医療行政の問題提起をし続けてもらいたいね。
ミステリーの評価としてはまぁこれ以上つけられないけど、そんなことはあまり関係ない作品。
(姫宮がそんなにスゴイ人物だなんて・・・どういうこと?)


No.714 5点 三本の緑の小壜
D・M・ディヴァイン
(2012/07/03 22:33登録)
生涯で13の作品を発表した作者後期の長編。
タイトルはマザーグースのタイトルから取っているようだが、特に事件との関連はなし。

~夏休み直前、友人たちと遊びに出かけた少女ジャニスは帰ってこなかった・・・。その後ジャニスはゴルフ場で全裸死体となって発見される。有力容疑者として町の診療所に勤める若い医師ケンダルが浮上したものの、崖から転落死。犯行を苦にした自殺とされたが、やがて第二の少女殺人事件が起こる。犠牲者はやはり13歳の少女。なぜ殺人者の歯牙にかかってしまったのか? 真犯人への手掛かりは思わぬところに潜んでいた~

引っ張った割にはちょっと肩透かし。
というのが正直な感想か。
さすがにディバインらしく一人一人の人物描写は素晴らしい。その人物の性格・人間性すべてが読者にも手に取るように分かるほど綿密に書き込まれているし、それだけ作品世界を堪能できる。
章ごとに視点人物を変え、いろいろな角度から事件に光を当てる手法というのも、物語に重みや深みを与えている。
そして、ラストに向かって徐々に盛り上げるやり方も熟練の味わい・・・

ただねぇ・・・真犯人があまりにも平凡なのが致命傷。
「動機」もこれだけ引っ張ったにしては表層的で今一つ納得感はない(これでは「狂気」ということになってしまう)。
そもそもいつのまにか、クローズドサークルのように容疑者が一家の関係者に絞り込まれてしまった過程が不明。
もう少しロジックの裏付けが必要なのではないかと思った。

ストーリーテリングの上手さは感じるけど、全体的には他の作品よりは劣るかなという印象。
(とにかく人物描写はこわいぐらいエグイ。)


No.713 4点 愚行録
貫井徳郎
(2012/07/03 22:31登録)
2006年発表。ノンシリーズ長編作品。
作者らしい「企み」が光る実験的作品かな。

~幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。池袋からほんの数駅の、閑静な住宅街にあるその家に忍び込んだ何者かによって、深夜一家が惨殺された。数多のエピソードを通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ・・・。「慟哭」の作者が放つ、新たなる傑作~

評価しにくい作品だなぁー。
正直なとこ、よく分からなかったというのが本音。後でパラパラと読み返してみて、やっと「分かった」という感じだった。
本作は未解決事件として有名な「世田谷一家惨殺事件」をモチーフとして、殺された夫婦の関係者のコメントを通じ、2人の人間性が徐々に明かされる・・・という趣向。
で、その中にミステリー的「仕掛け」が施されている。
(まぁ、ほとんどの登場人物が最初名前が明かされず、一人称でしゃべるという形態・・・なんかあると思うよなぁ。)

確かに相当練られたプロットなのだろうと推察するのだが、如何せんテーマが見えにくいのが難点。
文庫版解説の大矢氏によると、「愚行」なのは殺された夫婦なのではなく、夫婦のことを「あれやこれや」と批判めいてしゃべる方なのだということらしい。
あとは、途中に挿入されてくる「ある兄弟」のパート。
これは冒頭の新聞記事とつながってくるのだろうが、この女性って後で指摘されないと分からないレベルの登場人物なんだよなぁ・・・。
(これって叙述トリックを狙っているのか?)

というわけで、ちょっと消化不良気味に終わったというのが全体の感想でしょうか。
「お勧め」というわけにはいかないなぁ。
(慶応義塾大生の生態をここまで事細かく書くなんて・・・よっぽど嫌いなんだね!)


No.712 5点 林真紅郎と五つの謎
乾くるみ
(2012/07/03 22:29登録)
地方の名家・林家の四男坊である真紅郎を探偵役とした作品集。
同じ林家の三男・茶父(さぶ)が主人公である「六つの手掛かり」読了したため、遡って本作を手に取ることに・・・

①「いちばん奥の個室」=この「個室」とはあるホールの女性トイレ。少し前に別の場所にいたはずの女性が、なぜかあっという間にトイレの中で後頭部を殴られ瀕死の重傷を負う、という謎。こう書くとかなり高等なトリックが出てきそうだが、使われたトリックはあろうことか「○○」・・・。いやぁ、まさかねぇ・・・、これはいわゆる反則じゃないか?
②「ひいらぎ駅の怪事件」=舞台は地方駅のホーム。階段の上からの転落事件と、デジカメ盗難事件が発生するのだが、これもかなり偶然っていうか、「ふーん」としかいいようがない真相。
③「陽炎のように」=旧友の妻が脳死判定を受け、臓器を提供するという事件が発生。そこに昔起こったある事件を絡めているのだが、結局は真紅郎の妄想に過ぎなかった、っていうことか? まるで「霊」が降りてきたように思わせぶりに書いているが、この真相もちょっといただけない。
④「過去からきた暗号」=本作だけが文庫書き下ろしの好編。小学生時代に作った暗号文を20年後に解き明かすという趣向。暗号はポーの「黄金虫」やホームズものの「踊る人形」の焼き直しではあるが、解読したと思わせてもう一回ひっくり返されるだけよくできているとも言える。これは暗号を含め楽しめる。
⑤「雪とボウガンのパズル」=犯人と思われる足跡なく残された死体・・・というよくあるプロットの変型版。凶器はボウガンということで、足跡は問題にならないのではという推測を抱くが、ある目的のために○○を使ったというところにプロットの「肝」がある。

以上5編。
「六つの手掛かり」はとにかくロジック一辺倒で、作者も楽しんで書いているのが分かる作品になっていたが、本作は狙いがちょっと曖昧な気が・・・
真紅郎が得意とする「シンクロ推理」(真紅郎だからシンクロ・・・)も別になにか特徴があるわけではなく、インパクトに欠ける。
まぁ、初期作品ということもあるのか、粗が目立つ作品という印象が残った。
(④がベスト。⑤は普通。①~③はちょっといただけない。)


No.711 5点 泥棒が1ダース
ドナルド・E・ウェストレイク
(2012/06/27 22:04登録)
作者の代表的キャラクター、泥棒のドートマンダー氏が活躍する作品集。
ハヤカワ・ミステリの「現代短編の名手たち」シリーズで読了。

①「愚かな質問には」=妻を騙して渡した“偽物の”ブロンズ像を巡ったトラブルに巻き込まれたドートマンダー氏。帰るはずのない時間に帰ってきた妻にバッタリ出くわしピンチに陥るが・・・
②「馬鹿笑い」=牧場からのサラブレッド強奪に協力するハメになったドートマンダー氏。しかし、相手は人間の意志が通じない「ケモノ」たちで、ついには隣の果樹園を巻き込んだ大騒動が起こってしまう・・・
③「悪党どもが多すぎる」=銀行強盗に入ろうと地下金庫に大穴を開けたドートマンダー氏と相棒。しかし、何とその銀行にはすでに別の銀行強盗が押し入っていた・・・。これはなかなか面白いプロット。
④「真夏の日の夢」=NYから逃げ出したドートマンダー氏が匿われたのが田舎の芝居小屋。しかし、そこで売上金強盗が出没し、その容疑者にされてしまう・・・。
⑤「ドートマンダーのワークアウト」=なぜかショート・ショート。
⑥「パーティー族」=盗みに入ったパーティー会場で、警察が押し入ってくるピンチ・・・。とっさにドートマンダー氏の取った行動は、ウェイターへの変身。
⑦「泥棒はカモである」=警察からの追っ手を撒くため逃げ込んだポーカー台。ところが、そこにも警察がやってきてさらなる大ピンチに陥る・・・。ラストはなかなかヒネリが効いてる。(まさに「カモ」)
⑧「雑貨特売市」=ドートマンダー氏の商売仲間・アーニーの自宅で起こった騒動。大量のテレビをアーニー氏に売り付けようとした男女二人組には思わぬ秘密が・・・(そうきたか!)
⑨「今度は何だ」=ダイヤを盗んだはいいが、それを運ぶのに悪戦苦闘するドートマンダー氏。地下鉄やらタクシーやら利用する交通機関ごとに“たいへんな目に合う”ことに・・・特にラストは笑ってしまった。
⑩「芸術的な窃盗」=昔の泥棒仲間が足を洗い、画家の道へ。そして個展を開いているというその男からある仕事を依頼されるドートマンダー氏。だが、そこはやっぱり一筋縄にはいかないわけで・・・
⑪「悪党どものフーガ」=これだけはドートマンダーではなく、ラムジーを主人公とした作品。よく分からなかったが・・・

以上11編+作品紹介の序文あり。
作品のプロットとしては、スマートな泥棒であるはずのドートマンダー氏が、依頼人や相棒たちの不手際によりピンチに陥り、ラストには解決・・・ということでほぼ共通。
アメリカンジョークっぽく「ニヤッ」と笑える作品も多く、さすがに「名手」という気もするが、個人的には好きなタイプではなかった。
(ウェールズ系の「ディダムズ」ネタで何回も笑わせようとしているが、アメリカ人には「ツボ」なのだろうか?)


No.710 5点 仮題・中学殺人事件
辻真先
(2012/06/27 22:02登録)
愛称・ポテトとスーパーの2人組が活躍するシリーズ第1弾。
策士・辻真先がミステリーの限界(?)に挑んだ野心作(本当か?)。

~推理小説の歴史を紐解けば「黄色い部屋の謎」や「アクロイド殺し」など、犯人の意外性で売り出した名作があまた存在する。ところがこれまで、どんな物語にも不可欠な人物であるのに嘗てこれを犯人に仕立てた推理小説というのは1編もなかった。読者=犯人である。そう、この推理小説中に伏在する真犯人は君なんです!~

確かにちょっと「早すぎた」作品だと思った。
読者を犯人とするのは、今となってはメタ・ミステリーのテーマのようになっているが、本作の出版当時では相当に斬新だったはず。
「仕掛け」自体は個人的にはそんなに面白いとは思わなかったが、このチャレンジ精神には敬意を表したい。
特に、冒頭の「章」が実に効いている。
(これは騙されるよなぁ・・・)

作中作のプロットはかなり小粒。
最初の特急「かもめ」のトリックは西村京太郎作品に同一のものあり。(これって「あ○つ○」と同じだよねぇ)
密室トリックは正直付録レベルで、誉められるようなレベルではない。

まぁ、騙されたと思って読んでみるのもいいんではないか?
(因みに、高木彬光「刺青殺人事件」はかなりネタバレを含んでますのでご注意を)


No.709 6点 七日間の身代金
岡嶋二人
(2012/06/27 21:58登録)
1986年発表。男女二人組の素人探偵が活躍するノンシリーズ。
「人さらいの岡嶋」という異名をとる作者の「誘拐もの」。

~プロデビューを目指す若き音楽家カップルの千秋と要之介。ある日、富豪の後添いとなった友人から、弟と先妻の息子が一緒に誘拐されたという相談を受ける。身代金の受け渡し場所は、どこにも逃げ場のない湘南の小島。にわか探偵と化した2人は真犯人を追うが・・・。誘拐と密室の二重の謎に挑む、傑作青春ミステリー~

さすが、作者の「誘拐もの」らしく、十分水準級の面白さ。
誘拐の相手が「成人男性2名」ということからして普通の誘拐事件ではない。
2人の他にも、関係がありそうな男女1組+関係ありそうもない男性1名も同時に行方不明になるなど、中盤まではとにかく謎が謎を呼ぶ展開。

そして、主人公の女性が事件の構図を見抜いて以降は、「島」と「地下室」という二重の密室が立ち塞がる。
地下室の密室トリックはあまり感心はしなかったが(何しろ、トリックの鍵がアレですから・・・)、見せ方はやはりうまい。
中盤までの謎が伏線として、ラストは見事に回収される手練手管は作者ならではなのだろう。
(まぁ偶然が重なったというプロットがどうかという問題はあるが・・・)
真犯人の造形は確かにキモイかもなぁ・・・最後の「自白」がちょっとエグイ。

いずれにしても「人さらいの岡嶋」の名に恥じない作品なのは確かでしょう。
(個人的には「どんなに上手に隠れても」が作者誘拐もののベスト)


No.708 6点 黒いカーテン
ウィリアム・アイリッシュ
(2012/06/19 22:00登録)
ウールリッチ名義で1941年に発表されたのが本作。
「黒いアリバイ」ほか一連の“ブラックシリーズ”の1つ。

~ショックを受けたタウンゼントは記憶喪失から回復した。しかし3年の歳月が彼の頭の中で空白になっていた。この3年間何をしてきたのか自分には分からない。教えてくれる者もいない。しかし、不気味につけ狙う怪しい人影がタウンゼントの周囲にちらついている。異様な状態のもとで殺人者として追われる人間の孤独と寂寥を圧倒的なサスペンスで描く~

このシンプルさが逆に斬新かも。
創元文庫版で200頁足らずの分量だが、サスペンスとしての材料、魅力は十分に詰まっていた。
西暦2012年の今を基準とするなら、確かに物足りなさはあるし、他にいくらでも同系統の秀作はあるだろう。
ただ、この時代に本作を書いたことに価値があるのだ。
本作でも十分にハラハラできたし、伏線の絶妙さを味わうことができた。
そういう意味ではスゴ味すら感じる。

ただ、多くの「?」が消化されないままに終わってしまったのがいかにも残念。
(気付かなかったのか? 放っといたのか?)
特に、なぜタウンゼントが記憶を失ったのかという、この手のサスペンスには必須と思われるプロットが完全にスルーされていたのは、いくら何でも・・・

まぁよい。とにかく、手頃な分量で古典的名作が読めるのだから。
(ルスが何とも可哀そうだ・・・)


No.707 6点 ブラジル蝶の謎
有栖川有栖
(2012/06/19 21:58登録)
国名シリーズの作品集では第2作目に当たる作品。
火村&アリスの名(?)コンビが今回も活躍。

①「ブラジル蝶の謎」=殺人現場に残されたアマゾン河流域に住むという美しい蝶、蝶、蝶・・・。携帯電話を使ったアリバイトリックは、推理クイズレベルの小品だが、アイデアは光る作品。
②「妄想日記」=大豪邸の庭で炎に包まれた死体が発見される。そして、被害者が軟禁されていた部屋に残された「謎の文字で綴られた日記」。死体を燃やした理由が印象的。
③「彼女か彼か」=殺害された被害者は美しいニューハーフ。これはどこかで「人物誤認」を仕掛けてるなというのは、最初から察してしまうが、余りにも予想通りのトリックかな。
④「鍵」=殺人現場に残された1本の謎の「鍵」。家や部屋の鍵でもなく、宝石箱や時計の鍵などでもない、では? いやぁー、こんな鍵って本当にあるんだろうか?
⑤「人喰いの滝」=「足跡」に関するトリックは数多いが、これは相当シュールなトリック。フーダニットの方に工夫がないのが惜しいが、これも見せ方の問題かな。
⑥「蝶々がはばたく」=これも「足跡」に関するトリックなのだが、これは生涯一度しか使えないトリックだろうなぁー。作者あとがきを読んで納得したが、そういう時期だったんだんだねぇー。

以上6編。
全体的には、短編らしいワンアイデアの光る作品が並んだなぁーという感想。
アリバイやら密室といった「肝」になる部分は正直たいしたことはないのだが、予想よりは面白く拝読させていただいた。
(個人的に本シリーズはそんなに評価してないので・・・)

氏の短編を読んでると、「短編作品とはこう書くんだ」というのが何か分かるような感じがする・・・
(ベストは①かな。あとは⑤)


No.706 5点 「裏窓」殺人事件 tの密室
今邑彩
(2012/06/19 21:56登録)
「i~鏡に消えた殺人者」に続く、警視庁捜査一課・貴島柊一シリーズの第2作。
作者らしい軽いオカルト風味の効いた作品。

~自殺と見えた密室からの女性の墜落死。向かいのマンションに住む少女は、犯行時刻の部屋に男を目撃していた。少女に迫る犯人の魔の手・・・。また、同時刻に別の場所で起こった殴殺事件も同一人物の犯行と見られるが・・・。衝撃の密室トリックに貴島刑事が挑む。本格推理+怪奇の傑作!~

良くいえば「まとまってる作品」。悪くいえば「地味」とでもいうべきか・・・
プロットはよく練られてるし、女流作家らしく洗練されてる。
プロットのメインは王道ともいうべき「アリバイトリック」。
最初から小道具として「時計」が再三登場するので、読者としてもトリックの大筋には気付いてしまうのが難だが、見せ方はうまい。
電話や「音」を伏線などで効果的に使ってるのもなかなか。

そして、もう一つのサプライズが真犯人と動機。
この「動機」はスゲエなぁ・・・
普段は至極まともな人間なのに、特定の部分だけは常人では考えられないほどの異常さを示す。
これぞ狂人の考え方なのだろうが、迫力があって犯人の造形としては成功しているだろう。
さらに、追い打ちをかけるような、複雑な事件の背景・・・
まぁ、これも1人の脇役のエピソードに長々文字数を使ってるので、「なんかあるな」とは察してしまった。

というわけで、誉めるべきところは多いものの、個人的には前作の方が好き。
(貴島刑事の謎は徐々に明らかにされるものの、まだまだ秘密の多い過去がある模様・・・)


No.705 6点 密室の如き籠るもの
三津田信三
(2012/06/16 15:44登録)
刀城言耶シリーズ初の作品集。
短編3編のほか、表題作は長編と言ってもおかしくないくらいの分量。

①「首切の如き裂くもの」=喉切り魔が何人もの女性を手にかけたといういわくつきの現場。そして、またしても若い女性が喉を切られる事件が発生する・・・。主題は「凶器消失」なのだが、確かにトリック自体は斬新。ただ、何となくビジュアル的には説明されてもちょっと想像つかない感じにはなる。結局、過去の事件の真相はそのままスルーされたのもやや残念。
②「迷家の如き動くもの」=山奥の村の境界にある一軒の古家。少しの時間差を置いて通りかかった人間が、その家を見たり見なかったりする・・・。これも①と同様、真相解明で「ふんふん」とは思ったが、ビジュアル的にはちょっと思い描きづらい。家屋消失トリックもそうだが、この手のトリックは見せ方が難しい。(その分、作家の手腕次第とも言えるが・・・)
③「隙魔の如き覗くもの」=ふすまなどのちょっとした隙間に潜んでいるとう怪物が「隙魔」・・・。昔からこの「隙魔」に魅入られてしまった女性が巻き込まれる殺人事件。要はアリバイトリックなのだが、トリックの「肝」となるある「仕掛け」については、ちょっと無理があるように思える。プロット的にはシンプルで①②より面白いが、トリック自体は小品。

④「密室の如き籠るもの」=表題作。旧家の猪丸家に現れた記憶のない謎の女・葦子は、開かずの間だった蔵座敷で狐狗狸さんを始める。だが、そこは当主・岩男の前妻たちが死んだ場所だった。刀城言耶が訪れた日も狐狗狸さんが行われるが、密室と化した蔵座敷の中で血の惨劇が起こる・・・~

これはとにかく「密室講義」がうれしかった。こういう読者サービスっていうか、本格ファンの心をくすぐる仕掛けは単純に喜んでしまう。
(嫌いな方は、「何で」と思うだろうが・・・)
で、肝心の「密室トリック」なのだが、ちょっとスッキリしないというか、奇をてらい過ぎではないか?
「赤箱」やら「狐狗狸さん」やら、ここまで魅力的かつ禍々しい“道具立て”をしたにしては「深み」を感じないトリックに思えた。
1人1人の登場人物についても、分量の制約上といえばそれまでだが、ちょっと書き込み不足のような気が・・・

トータルでは、やっぱり本シリーズに対する「期待」には届かなかったという感想になった。
(そもそもハードルが高いのではあるけれど)
まぁ短編向きではないんだろうね。


No.704 6点 迷走パズル
パトリック・クェンティン
(2012/06/16 15:42登録)
1936年発表のパズルシリーズ第1作。(巻末解説によると邦題に苦心したようですが・・・)
最近、創元推理文庫として出版されたものを読了。

~演劇プロデューサーのピーター・ダルースは2年前に妻を亡くしてから酒浸りになり、とうとう入院加療の身となった。とある晩、彼は「ここから逃げろ、殺人が起こる」という自分の声を聴いてパニックに陥る。幻聴か? その話を聞いた療養所のレンツ所長は、少し前から院内に不穏なことが続発しているので調べてくれと頼んでくる。かくして内偵を始めたところが美女と恋におち、折しも降りかかった殺人事件の容疑から彼女を救うべく奔走することに・・・~

邦訳がいいし分量も手頃ということで、実に楽しい読書にはなった。
「精神系の療養所」という舞台装置が実に効いているのが本作。
入院患者たちは、精神のどこかしらに問題があり、スタッフ側の人間も何となくキナ臭い人物が揃っている・・・
その辺り、容疑者候補も多士済々で、フーダニットとしての面白さを備えていると言えるのだろう。

ラストは、主人公・ダルースが名探偵ばりに真相究明!と思いきや、ドンデン返しが待ち受けてるし、出版年度を勘案すれば実にアイデア満載、古さは全く感じなかった。
ただし、ロジックの積み重ねで真犯人究明というわけではない点が、やはり不満要素にはなるかなぁー。
「動機」はまぁいいとして、真犯人の「ある特徴」というのは後出し的に出されたという印象は免れない。
(まぁ、不可思議な「声」のカラクリにピン!とくれば、察せなくはないが・・・)
一読者としては、もう少し伏線に工夫があればという気にはなった。

ただ、評価としては十分水準級はクリアしてるし、シリーズの初っ端ということなので、2作目以降に期待というところ。
(こんな明るい病院って・・・なかなかない!)


No.703 5点 王を探せ
鮎川哲也
(2012/06/16 15:39登録)
鬼貫警部と丹那刑事の名コンビが活躍する人気シリーズの1作。
1979年に「王」と題して発表された中編を加筆修正し、改称したのが本作。

~だから、どの「亀取二郎」が犯人なんだ? その「亀取二郎」は2年前の犯罪をネタに恐喝されていた。耐え切れず、彼は憎き強請屋・木牟田を撲殺する・・・。警察が被害者のメモから掴んだのは、犯人が「亀取二郎」という名前であること。だが、東京都近郊だけで同姓同名が40名。やっと絞り出した数人は全員アリバイを持つ、一筋縄ではいかない「亀取二郎」ばかり。鬼貫・丹那のコンビが捜査するなか、犯人は次なる凶行に及ぼうとしていた・・・~

プロットは面白いが、なんとも中途半端な読後感だった。
紹介文のとおり、犯人の名前は事件の発生直後に判明しているのだが、同姓同名が多いうえに、5名に絞られた容疑者たちは全員鉄壁のアリバイを持つ、というのが本作の「肝」だ。
(「亀取二郎」なんていう珍名がそんないるか? という当然の疑問は置いといて・・・)
となると、本シリーズの定番である「アリバイ崩し」の出番。

今回のアリバイトリックは確かに「凝ってる」。
途中、鬼貫警部が犯人が弄したであろうトリックを説明してくれるが、実はこれが捨てトリック。
ただ、終盤に判明する真のトリックがショボイ、っていうかある意味強引。
この時代の「急行列車」ならでは、ということなのだが、新幹線や特急列車に馴染んだ現世代の方々には想像つかないんじゃないか?
死亡推定時刻の「誤認」についてはウマイようだが、かなり「雑」にも思えた。(タイトルも本筋との関係が薄いのではないか?)

まぁ、鮎川作品としては晩年に発表されたもので、トリックの見事さよりは、リーダビリティーや作者らしい軽妙な語り口を楽しむべき作品のような気がする。
(本作でも事件の舞台の1つとして「鎌倉周辺」が登場・・・好きなんだねぇー)


No.702 6点 詩的私的ジャック
森博嗣
(2012/06/10 18:55登録)
1997年発表、S&Mシリーズの4作目。
今回も「密室」をキーワードにした連続殺人事件が犀川の推理の対象に。

~大学の施設で女子大生が連続して殺された。現場は密室状態で死体には文字状の傷が残されていた。捜査線上に浮かんだのはロック歌手で大学生の結城稔。被害者と面識があったうえ、事件と彼の曲の歌詞が似ていたのだ。N大学工学部准教授・犀川創平とお譲様学生・西之園萌絵が、明敏な知性を駆使して事件の構造を解体する~

一般的な評判ほど悪い作品とは思わなかった。
(S&Mシリーズ作品としては評価の落ちる作品のようだが・・・)
「密室」については、howよりもwhyに拘ってる。
あまり書くと思いっきりネタバレになるが、第1,2の殺人そのものと密室トリックが、第3,4の殺人のいわば「前フリ」になっているというプロットは個人的には好き。
この辺りは、「理系ミステリー」というオリジナリティというよりも、実は古式ゆかしい本格ミステリーのプロットを応用したもので、水準以上の質の高さを窺わせる。
(死体に残した傷に関する欺瞞なんかも、まさに正統本格ミステリーそのもの)

他の多くの方が指摘している「動機」については、確かにちょっと荒唐無稽だ。
探偵役の犀川も動機の探求はそもそもやる気がないし、ラストに判明した動機については、そこまでその人物に対する書き込みや伏線もないのだから、アンフェアと言えなくもない。
でも、そもそも本シリーズの動機へのアプローチは、従来のミステリーとは一線を画している筈。
「どうでもいい」とまでは言わないが、まぁ二の次という取扱いでいいのだと思った。

以上のとおり、特に悪くはないのだが、他作品に比べるとちょっと落ちるかなという評価には賛成せざるをえないかな・・・


No.701 6点 パノラマ島奇談
江戸川乱歩
(2012/06/10 18:51登録)
乱歩代表作の1つとも言える本作。今回、角川ホラー文庫版で読了(本作では『奇譚』)。
表題作のほか、中編「石榴」を併録。

①「パノラマ島奇譚」=売れない物書きの廣介は、極貧生活ながら独特の理想郷を夢想しつづけていた。彼はある日、学生時代の同窓生で自分と容姿が酷似していた大富豪・菰田が病死したことを知り、自分がその菰田になりすまして理想郷を作ることを思い付く。荒唐無稽な企みは、意外にも順調に進んでいったのだが・・・

非常に乱歩テイスト溢れる作品だなぁーという印象。
中盤は主人公が無人島に築いた理想郷の描写が続くのだが、描写がいかにも乱歩風。
とにかくしつこく、読者の心を徒にザワザワさせるような描写・・・
これって、本当にこの時代の読者に受け入れられたのだろうか? 私のようにホラーテイストに弱い読者には、その辺りが何となく不思議なのだ。
(これって、キレイに書けば、要するに「テーマパーク」だよなぁ・・・)
ラストに現れる「北見小五郎」なる人物。これって、完全に明智小五郎だろうな。(なんで苗字だけ変えたんだろ?)
確かに、他の作家では書けない乱歩らしさを味わうことはできるが、個人的にはあまり好きになれない作品。

②「石榴」=本作はE.C.ベントリーの名作「トレント最後の事件」に触発されて書いた作品とのことだが、個人的にはこちらの方が①よりよっぽど好み。
主人公が旅先で出会った紳士に過去の事件(「硫酸殺人事件」)を語って聞かせるが、ラストにどんでん返しが・・・というプロット。
硫酸で顔を潰された死体というだけで、古臭い入れ替わりトリックが想起されるが、古臭いのは致し方ないところ。
終盤でジャンケンが引き合いに出されて、「裏の裏」か「裏の裏の裏」かという話が出てくるが、見せ方はやっぱりこなれててうまいなという感想にはなった。
ラストのドンデン返しも想定内ではあるが、とにかく短編らしいキレ味や余韻を感じられる良作という評価。
(指紋の件は、時代性を勘案してもちょっと捜査がずさん過ぎる気はしたが・・・)


No.700 9点 長いお別れ
レイモンド・チャンドラー
(2012/06/10 18:48登録)
記念すべき700冊目の書評は、ハードボイルド史上最大の傑作とも言える本作をセレクト。
1954年発表。R.チャンドラー畢竟の名作とも言える本作。
村上春樹訳版「ロング・グッバイ」とどちらにしようか迷ったが、やっぱりチャンドラーと言えばこっちだろと思い、清水俊二訳版で読了。

~コーヒーをつぎ、タバコに火をつけてくれたら、あとはぼくについてすべてを忘れてくれ・・・妻を殺したと告白して死んだテリー・レノックスからの手紙にはそう書かれていた。彼の無実を信じ、逃亡を助けた私立探偵F・マーロウには心の残る結末だった。だが、別の依頼でテリーの隣人の失踪の理由を探るうち、マーロウは再び事件の渦中へと巻き込まれてしまう。ハードボイルドの巨匠が瑞々しい文体と非情な視線で男の友情を描き上げた畢生の傑作!~

うーん。さすがにスゴイ・・・
書評なんぞをグダグダ書くような作品ではないような気がする。
とにかく、本作については、ミステリー的にこうだとか、ここが惜しいなどと細かい粗さがしをすべきではないし、しない。

文庫版で500頁を超える大作なのだが、読んでるうちに完全に作品世界に呑みこまれてしまった。
まさにこれがマーロウという男なのだ!
わずかの期間、友人だったレノックスという男のために、危険を顧みず事件の渦中に身を投げ出していく姿、2人の美女に翻弄されながらも己の本分を貫こうとするスタンス・・・
ニヒルなだけではない、熱い心を宿しながらも決して表にはそれを見えない、それが男の美学。

二転三転する終盤からラストにミステリー要素を垣間見ながら、静かなラストへ。
そしてまた、ラストの1行が実に小粋で心憎い。

とにかく、「ハードボイルドの最高傑作」の金看板は決して誇張ではないという評価。
何とも言えない作品の高貴さと奥行きを是非味わって欲しい。
(やっぱり美しい薔薇にはトゲがあるってことかなぁー、って陳腐な感想・・・)

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