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ミステリの祭典

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刑事のまなざし
刑事・夏目信人シリーズ

作家 薬丸岳
出版日2011年07月
平均点7.67点
書評数9人

No.9 6点 パメル
(2023/04/25 07:35登録)
身近で起きた殺人事件を一般市民を中心にして、事件前後の物語が綴られる七編からなる連作短編集。
「オムライス」看護師の前田恵子は、息子の裕馬と内縁の夫である英明と暮らしていた。次第に暴力を振るうようになった英明は、ある日室内で死亡していた。母子の愛の強さと脆さを描いている。真相は衝撃的。
「黒い履歴」小出伸一は、育ての親を殺し少年院に入っていた過去があった。ある日、彼の住むアパートの大家が殺害された。真相はやるせない。
「ハートレス」松下雅之は、他のホームレス仲間と生活していた。ある日、暴走族上がりのホームレスであるショウが殺される。犯罪の被害者家族は、加害者家族を許せるのかという難しいテーマ。夏目の過去が徐々に明らかになっていく。
「傷跡」田中久美子は、不登校でリストカットしてしまう仲村有香のカウンセリングをしていた。ある日、マンションで沢村という男が殺害される。人間の弱さを描いている。ある人物の行動には胸を打たれた。
「プライド」警視庁捜査一課の刑事である長峰亘は、首を絞められ殺害された桜井綾乃の事件に迫る。真相は分かりやすく驚きは少ない。
「休日」吉沢篤郎は、息子の隆太が連続窃盗事件に関わっているのではと、夏目に捜査を頼む。ありきたりの展開と結末。
「刑事のまなざし」塚本聖治は、家庭環境の悪さから万引きなど犯罪を繰り返し少年院に入る。夏目から面接を受けていたが、逆に夏目の娘である絵美をハンマーで殴ってしまう。登場人物たちの様々な感情が入り乱れ、読み応えがある。

それぞれの話で中心となる人物は、社会的な問題に直面している。その部分が事件とも大きく結びついているので、重苦しい展開になっていく。この連作短編の主人公を務める夏目は、通り魔に襲われた娘が植物状態になったことが切っ掛けで、法務技官から警察官に鞍替えしたという風変わりな経歴を持つ刑事だ。刑事らしくない柔らかな物腰と元法務技官ならではの視点、そしてほかの刑事とは違う鋭い推理で事件の真相を追っていく。夏目は犯罪を弾劾する警官という立場だけではなく、犯罪の背景を理解し更生への道を示すことの出来る人間として描かれるのだ。家庭内暴力、児童虐待、ホームレス、思春期の自傷行為。これら社会の澱みに相対する時の夏目のまなざしは、常に真摯で温かい。

No.8 9点 あびびび
(2019/06/30 01:14登録)
どれも完成度が高い。読んでいて、充実感、満足感の度合いが違う。「まなざし」という題名がぴったりで、自分の読んできた短編集の中でもトップランク。主人公が素晴らしい。

No.7 8点 take5
(2018/08/24 21:17登録)
短編集としては最高峰の密度です。
これだけ人間を深く描きながらミステリーするのは、
筆者の技量ならびに熱意の賜物かと思います。
主人公が登場人物を励ます言葉に、
読者である私も踏ん張らなくてはと励まされました。
世の中色々あるんだ、でも…と、
人の弱さや切なさの先にある優しさが沁みます。

No.6 7点 メルカトル
(2018/08/22 22:16登録)
良作が並ぶ刑事・夏目信人シリーズ第一弾の連作短編集。
どれも甲乙つけがたい作品ばかりですが、これといって突出したものはない印象です。しかし、なかなかの高水準を保っていると思います。

ヒーローではない、刑事らしくない優しさを持った主人公の夏目は、その心情が描かれていないためどこか謎めいていますが、人間の良心の象徴としての存在を表しているのではないでしょうか。
薬丸岳という人は、被害者が加害者に様変わりする構図を得意としているようですね。そこには理不尽とも言える現実に抗おうとして苦悩する生身の人間が描かれており、総ての作品において何が正義なのかを読者に問おうとしているように思われて仕方ありません。
ミステリとしては、それほど複雑な構造ではありませんが、程好い意外性が読んでいてなるほどと思わせ、そして静かに訴えかけてくるような短編集と言えると思います。

また、個人的に気になるのは夏目の娘で、彼女の未来には一体どんな境遇が待っているのか、どうかそれが幸福であることを祈るばかりです。

No.5 7点 まさむね
(2014/06/29 14:03登録)
 7編で構成される連作短編集。
 通り魔によって娘を植物状態にされた夏目信人は,事件後,少年鑑別所で少年たちの心理を調査する法務技官から警察官に転職した。そして,この通り魔事件の犯人はいまだ捕らえられていない…。
 終盤の反転が見事な短編が多く,また,人間ドラマとしても良質。第三者の視点で淡々と語るスタイルが効いています。
 収録作でベストの短編は,日本推理作家協会賞短編部門の候補作にもなった「オムライス」。広くお薦めしたい。その後に,表題作「刑事のまなざし」と「黒い履歴」が続く印象かな。

No.4 8点 虫暮部
(2012/09/19 16:27登録)
 連作短編集という形態にしたことが正解で、ストーリーが必要以上に錯綜することなく、大風呂敷を広げすぎることもなく、描きたいことのエッセンスを抽出できているように思う。

No.3 8点 E-BANKER
(2012/07/20 22:06登録)
作者初の連作短編集。
法務技官(少年鑑別所で罪を犯した少年たちと会話し教唆する)から転職した新米刑事・夏目信人を主役に、どこか物悲しい事件と犯人・・・しんみりして最後には泣けてくる作品。

①「黒い履歴」=夏目のプロフィール、そして刑事に転職した哀しい理由が読者に明らかにされる。本作の主人公、そしてその家族も実に不幸&不運な方たち・・・なんでこういう人たちに限って事件に巻き込まれてしまうのか、せつない。
②「ハートレス」=東池袋の某公園を根城にするホームレスたち。ホームレスの中にも序列はあるわけで、生じた怨恨が殺人事件につながってしまう。真犯人は明明白白だが、夏目の優しさが心に染み入る。
③「プライド」=ストーカーから逃れ池袋に引っ越してきた若い女性の殺人事件。肉体関係のあった男性が容疑者として浮かぶのだが、夏目は思わぬ人物を真犯人として指摘する。
④「休日」=夏目の旧友・吉沢が本編の主人公。父一人子一人で協力し合ってきた息子の態度に疑問を抱く。「息子を信頼している」という言葉を盾として、見て見ぬふりをしてきた父親・・・なんか身につまされる話だなぁー
⑤「オムライス」=発表順としては本編が最も古い(らしい)。なんとなくほのぼのしたタイトルとは裏腹に、本編がこの中で最もブラックな話。こんな女性・母親って本当にいるのか? もし本当にいるのなら、女性なんて決して信用してはいけない!って強く思わされる。ラストに畳み掛ける夏目の追及は読者の心を熱くさせる。
⑥「傷痕」=不登校、リストカットの常習犯である女子高生。彼女の通う高校の心理カウンセラーと夏目が大学の同級生だったことから、夏目が事件に巻き込まれることに・・・やっぱり、人生には「勇気」を持って前へ進まなければならない瞬間があるということかな。
⑦「刑事のまなざし」=夏目が刑事へ転職した理由・・・それは十年前、愛娘が頭をハンマーで強打され植物人間となってしまったからだった! そして今、ある事件がきっかけになり、ついに判明する真犯人。しかし、それは新たな哀しい家族たちを生み出すことになった。ラスト、夏目の言動は刑事としての矜持なのだろうか・・・
ただし、本編は1つだけどうしても不満なのだ。それは登場人物である「恭子」の言動。夫の過去の仕打ちを知っていながら、それでもここまで庇って、それどころか自ら罪を背負うなんて(ネタバレ?)、その「動機」は感覚的に受け入れられないし、リアリティが欠如しているのではないか?

以上7編。
デビュー長編である「天使のナイフ」を読んだ時からだが、薬丸氏の作品にはやはり「強い筆力」と「強い訴求力」を感じる。
巻末解説の言葉を借りれば、本作も「犯罪と贖罪」そして「罪と罰」を主題として、「俺はこれが言いたいんだ」「これを訴えたいんだ!」とでもいうべき作者の主張が心を捉えて離さなかった。
ベタな部分があるのは否めないが、良質な作品集ということは間違いはない。
夏目も本作だけでは惜しいキャラクター。是非とも彼のその後を書き綴って欲しい。
(ベストは圧倒的に⑤。⑦は掉尾を飾るに相応しい。その他も良質。)

No.2 6点 シーマスター
(2012/07/04 23:41登録)
ヒューマンと本格の融合とも言える7つのストーリーが収録された作者の初の短編集。

薄幸な人たちが、薄幸であるが故に悲劇のスパイラルに陥っていくという痛ましい話が多いが、彼らを温かく、時に厳しく見つめる夏目信人という、娘の笑顔を奪われた刑事が全ての話の探偵役になる。

・『黒い履歴』・・・肉親の愛憎をテーマにした悲愴感は十分出ているが、○がいるのに・・・
・『ハートレス』・・・ホームレス社会に潜む因縁と命の尊厳。
・『プライド』・・・これは痴情のもつれ、というか・・・
・『休日』・・・親子の絆と信頼がテーマだが、イマイチ「そうするかなぁ」と。
・『オムライス』・・・親子・男女の愛憎が織りなすトラジック・ミステリー。 悲愴に溢れた話が並ぶ本書の中でも最も・・・な話だが、最もトリッキーな作品でもある。
・『傷跡』・・・リスカを繰り返す少女と殺人事件。これも真相はチョっと不自然か。
・『刑事のまなざし』・・・ついに夏目自身の事件に・・・ここまでの6作が大体50ページ前後だったのに対し、表題作である本作のみほぼ100ページの作品になっている。

リーダビリティの高さは相変わらずだが、強引な展開、というか偶然の多用も相変わらず。そのこと自体はこの作者に関してはさほど気にならなくなったが、そういう作風は短編でチマチマやるより長編でグイーンとやった方が作者のパワーが読者に伝わりやすいような気がする。まぁ本短編集の主題はやっぱり夏目信人のスタンスだけどね。

ところで本書が刊行1年にして文庫化されたのは何か特別な理由があるのだろうか。

No.1 10点 北浦透
(2011/07/31 19:05登録)
夏目信人。自身が十年前に愛娘を襲われた過去をもち、前職を変え刑事になった。
そんな彼が関わる7つの事件。

夏目についてはすべて第三者の視点で語られるので、彼の心情の詳細を知ることはできない。それでも、夏目の人柄だったり、苦悩だったり、人間に対する優しさや厳しさは十分に伝わってくる。
「オムライス」が、あまりに救いのない話なので、以後もそうかと思ったら、どこか温かさを残すものもある。しかし、表題作「刑事のまなざし」はとことん夏目を中心に登場人物の心をえぐる。
この小説には「力」がある。決して古びない、小説本来のもつ力がある。

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