メルカトルさんの登録情報 | |
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平均点:6.04点 | 書評数:1886件 |
No.1886 | 6点 | コドクな彼女 北田龍一 |
(2025/05/16 22:31登録) 大学生・叶のもとに、転がり込んできた正体不明の少女。 そのただならぬ気配に、身の危険まで感じる叶。 だが相対した彼女から紡がれたのは、悲痛で、弱々しい叫びだった。 「独りは……いや、です。一緒に、いて」 この言葉をきっかけに、叶は少女を迎え入れ、奇妙な同棲生活が始まる。 「赤瀬奈紺」と名付けられた少女は、孤独のない居場所を叶の隣に見出すのだが……? Amazon内容紹介より。 異色作との事ですが、ラノベにはありがちな設定で特に突出した部分があるかというと、決してそうではありません。まあ面白いんですけどね。叶(かなえ)と少女奈紺の出会いはかなり変わっていて、こういうのは初めてかも知れません。私が読んで来たラノベの中では、ですが。それがなかなか微笑ましいというか、牧歌的でほのぼのしたもので好感が持てました。その後の二人の触れ合いは、いわゆる男女の恋沙汰云々ではありませんが、逆にそれが新鮮で良いのです。 あまり書くとネタバレしそうなので書きませんが、緩急を付けてのストーリーの流れは飽きることなく読めました。一応一話で完結していますが、次巻があってもおかしくありません。それが出たとして喜んで飛びつくとは思いません。 いずれにせよAmazonのラノベに対する評価は過大なものが多いので、あまり当てにしない方が無難だと思います。 |
No.1885 | 7点 | 未来図と蜘蛛の巣 矢部嵩 |
(2025/05/13 22:45登録) 二十五編の物語。 表題作「未来図と蜘蛛の巣」及びそのシリーズ(講談社「tree」で連載)に加え、既発表の掌編と書き下ろしを収録。 矢部嵩の小説に説明は不要。 矢部ワールドに足を踏み入れたが最後、あなたはそこから出られない。 Amazon内容紹介より。 折に触れ思い出すのは作者の『〔少女庭国〕』である。3点というあり得ない点を付けたのを、本当にそれで良かったのかと今更ながら疑問に思うのです。いつか再読してもう一度書評を追加で書こうと考えている次第です。 さてそんな矢部嵩の本作ですが、評価は是か非かで決める事にしました。まずはぶっ壊れているかどうかでしょう。ぶっ壊れていれば是そうで無ければ非となります。更に進んでそのぶっ壊れ方は良い意味での壊れ方か否か。他にも判断基準として、面白いか否か、不条理であるか否か、文学的であるか否か、グロいか否か、そのグロさは正しいか否かなどが挙げられます。この全ての項目に是と私は考えるので、この点数にしました。流石に8点以上は無理ですが。 個人的に最も心に響いたのは『山道の階段』でした。他にも『フォロー』など多くの問題作はありますが、いずれも常人の感覚とずれており、どう云った思考回路をしていたらこうした作品群を書けるのか、畏怖すら覚えます。正に鬼才の仕事と言って良いでしょう。 |
No.1884 | 5点 | あの日、タワマンで君と 森晶麿 |
(2025/05/10 22:16登録) 山下創一は配達員をしながら日々を食いつないでいる。ある日、高級レストランから料理を届ける仕事が入った。依頼人は六本木でもっとも高いタワーマンションの最上階に住む多和田という男で、創一が到着すると、強引に部屋に上がらせた。戸惑う創一だったが、窓の外に広がる地上47階の景色に心を奪われてしまう。さらに、そこに現れた人物に驚く。それは高校時代、密かに想いを寄せていた静香だった。リビングに入ってきた女は「玲良」と名乗り、多和田は自分の婚約者だと紹介した――。 Amazon内容紹介より。 全てに於いて現実味に乏しく、その為か胸に刺さるものがありません。我々庶民には手の届かないタワマンの最上階の生活、しかしそこには人に知られてはならない秘密があり・・・。まあ色々起こる割りには低刺激ですわ。どうにも煮え切らない内容に苛立ちが募ります。それでもエピローグになんとか救われました。これが無かったら4点止まりでしたね。 ミステリと言うにはその要素が少なすぎるし、一種の恋愛小説と捉える事も出来ますが、あまりにもぎこちない人間関係にうんざりします。やはりこの人には本格ミステリが似合うようですね。あまり一般受けする作品を書こうとするからこうなるのであって、読者に迎合する必要はないと思うんですけど。 |
No.1883 | 7点 | 撮ってはいけない家 矢樹純 |
(2025/05/07 22:16登録) 「その旧家の男子は皆、十二歳で命を落とす――」映像制作会社でディレクターとして働く杉田佑季は、プロデューサーの小隈好生から、モキュメンタリーホラーのプロットを託される。「家にまつわる呪い」のロケのため山梨の旧家で撮影を進める中、同僚で怪談好きのAD・阿南は、今回のフィクションの企画と現実の出来事とのおかしな共通点に気付いていく。そして現場でも子どもの失踪事件が起こり……。日本推理作家協会賞短編部門受賞『夫の骨』著者の最新作! Amazon内容紹介より。 正にノンストップホラーの見本の様な作品。最初から最後まで非常に良く練られ、サプライズもあったりして細部まで神経が行き届いた好篇に仕上がっています。序盤から謎の連続で、これら全てをどう回収するのか不安になる位、何もかもが謎めいています。徐々に不可思議な現象が解き解されていく様は、読んでいて爽快感すら覚えました。ホラーとしてはほとんど怖さはないので、そこはちょっと物足りないかなとは思いましたが、それは贅沢というものでしょうね。 流石にミステリ作家だけあって伏線の回収は見事の一言。一つひとつの怪異や事件が混然一体となって読む者を圧倒します。物語は変遷しながらも予期せぬ方向へ向かって進み、意外な真相の絵図を描きます。一瞬の予断も許さないホラーの秀作です。 |
No.1882 | 7点 | 食刻 柾木政宗 |
(2025/05/05 22:25登録) 早乙女真琴(さおとめまこと)は新進気鋭のアーティスト。高校在学中に美術評論家・影塚孝志(かげづかたかし)の薫陶を受け、日本最高峰の美術大学の絵画科で銅版画を学び頭角を現した。影塚は画壇に君臨し、評価した作品は軒並み価格が高騰、作者は時代の寵児となることが確約されるほどの力を持っていた。影塚の援助とその代償を払い早乙女はさらなる高みを目指すが……。 Amazon内容紹介より。 人間を描くというのはこういう事なんだと思いました。しかしながら決して人には薦められません。その理由は後で述べます。もし奇特な方が読もうとするなら、気力体力が充実している時に読まれる事をお勧めします。 デビュー作からは考えられない、暗くて重いトーンの作品です。これは最早純文学と称しても良いのではないかと思う程品位があります。それなのに内容は暴力と腐蝕に満ちた、ある意味危険なものであり、ミステリ的仕掛けすら施されています。これが征木政宗の本当の姿なのか見極める為、今後も注視していきたいと思います。 【ネタバレ】 まあネタバレというほどではないかも知れませんが、一応本作を語る上で重要なピースだと判断しここで書く事にしました。 この作品では主人公である早乙女真琴とそのパトロンである影塚高志の、男性同士の性行為が克明に何度となく描かれています。エロティシズムと言って良いと思いますが、そう云った描写が苦手な方は注意が必要です。 又、ある種の叙述トリックが用いられています。そしてエピローグでは衝撃的な結末を迎えます。ここで伏線が回収され事前に用意された何気ない事柄が生きて来ます。 |
No.1881 | 6点 | 名探偵たちがさよならを告げても 藤つかさ |
(2025/05/03 22:10登録) 教師の傍ら執筆活動を続け、ミステリ作家として一世を風靡した久宝寺肇(きゅうほうじはじめ)が癌で亡くなった。恩師である久宝寺の死と時を同じくして母校に国語教師として赴任した辻玲人(つじれいと)は、彼の遺稿を入手する。それは不可能状況での殺人を描く短編ミステリのプロットで、解決編のない状態だった。「探偵」になるのが夢だという女子生徒・あずさと協力して、遺稿の続きを探す玲人。しかし校内で女子生徒の死体が発見され、その死の状況は遺稿プロットとまるで同じだった。 Amazon内容紹介より。 Amazonのレビューでは4人とも★5つだって。凄いですね、この人達の読解力は。あくまで個人の感想ですが、どうもこの作者の文章は未熟な感じがして非常に読みづらかったです。言い回しがくどかったり、妙な表現が散見されたり、とにかく一々引っ掛かってなかなか先に進めませんでした。 遺稿と言っても単なるプロットで暗号の様なもので、陰惨な事件の筋が描かれているものだとかと勘違いしていたのが間違いでした。そこからもう本作に対する願望の様なものは薄れて、漠然と読み進めるもストーリー自体に面白味がないので、余計にダラダラ感が加速します。 解決編からはまずまず面白かったです。事件そのものに魅力はありませんが、素材自体は悪くないのでもう少し上手く料理すれば秀作になった可能性は捨てきれません。 しかし何しろ文体が私には合わなかったので、とても残念でした。他の実力を伴った作家が書けば多分もっと評価は上がったと思います。まあ私の頭が弱いのでこの点数になっただけで、普通の読者なら更なる高得点を得られたかも知れませんね。全ては私が悪いんです。どなたかに読んで頂き、どのような評価をされるのか恐る恐る見てみたいです。 |
No.1880 | 6点 | 黒猫を飼い始めた アンソロジー(出版社編) |
(2025/04/30 22:19登録) ルールは一つ。全作家が「黒猫を飼い始めた」の書き出しで始めること。秘密の手紙を運ぶ猫、悪神が乗り移った猫、猫ではないかもしれない猫……。二行目から一変する世界に息を呑み、結末に言葉を失う。愛も驚き恐怖も全部詰まった、会員制読書クラブMRCで大好評のショートショート企画が待望の文庫化! Amazon内容紹介より。 最初の三編目まで読んだ時点で7点は堅いかと思いました。作家で言うと潮谷験、紙城境介、結城真一郎。しかしその後なにこれ?って感じのものがあったり、平均点位のまずまずの掌編が見られ、この点数に落ち着きました。ミステリ作家が多い事もあり、叙述トリックや最後の一行、ダイイングメッセージなど、ミステリ的ガジェットが結構駆使されている作品がありました。掌編とは言えバカに出来ません。 幾つかこれは!と思われる作品があったり、記憶に残りそうな作品があったり、結末が判然とせずあとは想像に任せます的なものがあったり、とにかく色んな味を楽しめるのは間違いありません。以前読んだ『これが最後の仕事になる』よりはレベルが上がった感じがしました。黒猫とミステリは相性が良いのでしょうかね。 |
No.1879 | 6点 | 案山子の村の殺人 楠谷佑 |
(2025/04/29 22:33登録) 案山子だらけの宵待村で、案山子に毒の矢が射込まれ、別の案山子が消失し、ついに殺人事件が勃発する。現場はいわゆる雪の密室の様相を呈していた――。“楠谷佑”のペンネームで活動する合作推理作家の大学生コンビが謎に挑むシリーズ第一弾。本格推理の俊英が二度に亙る〈読者への挑戦状〉を掲げて謎解きの愉しみを満喫させる、渾身の推理巨編! 叢書ミステリ・フロンティア20周年記念特別書き下ろし作品。 Amazon内容紹介より。 全403頁で殺人が起こるのが150頁目くらい。その間退屈なところも少なからずありました。全体的に正直冗長とも感じました。無駄な描写が多く、そこに伏線が張られていたとしたら大したものだと思いますが、私は頭が悪いので多くの伏線が潜んでいたとは考えられませんでした。文章も洗練されているとは言い難いです。 「読者への挑戦状」を読んでも、解ける訳がないと初めから諦めていました。第一に雪の密室のトリックが想定外で、成程とは思いましたが、それ程虚を突くものではなくあまり感心しませんでした。動機に関してはそうだったのかと感じ入りました。これは良かった。 蛇足ですが従兄弟同士でコンビ作家間の会話で「~でしょ」はないんじゃないでしょうか。凄く違和感を覚えました。まあしかし、他の書評者の方の評価が高いので、私が色々と読み落としていた部分があったかも知れないとも感じました。 |
No.1878 | 6点 | 一次元の挿し木 松下龍之介 |
(2025/04/24 22:58登録) ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく--。 Amazon内容紹介より。 なかなかの力作だとは思います。作者はこのミス大賞受賞の自信があったのに、文庫グランプリ受賞に留まって落ち込んだそうです。随分な大言壮語と言うべきでしょう。私自身は新人としてはまずよく書けていると感じましたが、そこまでとは思いませんでした。かなり入り組んだ話なので、焦点が定まらずどこで驚いてよいのやら、どう云った方向性で読み進めたらよいやら見当が付かず、少しばかり難渋しました。 それはそれとして、本作はまず人間が描けていないのが気になります。目まぐるしく視点が変わり、登場人物が多く各々が個性に乏しいです。そして色々起こり過ぎて纏まりに欠けるのもなんとなく気になります。 ジャンルとしては本格ミステリよりサスペンスに近いと私は思います。冒頭で語られる謎は強烈で果たしてどんな結末を迎えるのか・・・それは読まねば分かりません。ネタバレになりそうなので。しかし、驚愕の展開とかどんでん返しの連続とか、そういうものとは無縁であり、そこに期待すると裏切られます。へえーとは思いましたけどね。はい?とかえぇー!とかではありませんので。ただその分堅実ではあるでしょうね。 |
No.1877 | 7点 | 毒入りコーヒー事件 朝永理人 |
(2025/04/22 22:09登録) 自室で毒入りコーヒーを飲んで自殺したとされている箕輪家長男の要。 遺書と書かれた便箋こそ見つかったものの、その中身は白紙だった。 十二年後、十三回忌に家族が集まった嵐の夜に、今度は父親の征一が死んだ。 傍らには毒が入ったと思しきコーヒーと白紙の遺書――要のときと同じ状況だった。 道路が冠水して医者や警察も来られないクローズドサークル下で、過去と現在の事件が重なり合う! Amazon内容紹介より。 単純そうな事件かなと思いましたが、意外とロジカルで良く出来た作品でした。同じような状況で時を経て起こる二つの事件は、どう関係してくるのか、自殺か他殺か、二人の迷い人の正体とは、探偵役は誰なのかなど様々な謎が解決編で見事に収斂します。畳み掛ける様な推理の連続で意外な事実が明らかになる過程は、スリリングで読み応えも十分です。 ただ、最後に交わされる男女の会話はやや勿体ぶっていて、読者に対して不親切な感が拭い切れませんでした。勿論それも作者の計算の上に成り立っているものなので、決して齟齬があるとかという訳ではありませんが。そういったエンディングも粋で良いんじゃないかという意見もありそうですが、どうせなら最後に全てを明かすのもサービスとしてアリだと個人的には思いました。 |
No.1876 | 6点 | 涼宮ハルヒの直観 谷川流 |
(2025/04/19 22:51登録) 初詣で市内の寺と神社を全制覇するだとか、ありもしない北高の七不思議だとか、涼宮ハルヒの突然の思いつきは2年に進級しても健在だが、日々麻の苗木を飛び越える忍者の如き成長を見せる俺がただ振り回されるばかりだと思うなよ。 だがそんな俺の小手先なぞまるでお構い無しに、鶴屋さんから突如謎のメールが送られてきた。 ハイソな世界の旅の思い出話から、俺たちは一体何を読み解けばいいんだ? 天下無双の大人気シリーズ第12巻! Amazon内容紹介より。 短編+中編+長編の構成になっています。最初の短編は取るに足らない内容なのですぐに忘れてしまって問題ないです。中編はよくある学校の七不思議を自分たちSOS団で作ってしまおうという話で、まあそれなりに面白いです。あまり突飛なものではなく、定番の怪談話をアレンジしたものであり、どうでも良い様な議論が繰広げられます。ここまではラノベ臭が多少漂いながらも突出したものは感じられません。 問題はここから。長編の書下ろし『鶴屋さんの挑戦』ですね。これは最早本格ミステリのジャンルに入れても問題ないのではないでしょうか。後期クイーン問題が様々な文献を用いて追及されますが、個人的にはもっと深入りして欲しかったというのは欲張り過ぎでしょうかね。それは飽くまで前振りなので仕方ないかも知れませんが。 そして本題に入ると、常人には理解不能というか、到底真相に辿り着きそうにもない鶴屋さんからの挑戦にSOS団の面々が、常人離れした頭脳でサクサク解き明かして行きます。ここが本書の最大の読みどころで、なるほどと唸らされます。これだけで一冊に出来たものを、わざわざ他の二編を入れたのはなんだか余分だった気がします。 シリーズ中一作目しか読んでいない私でも、問題なく読めました。作風はかなり変わってしまっている様な感じはしましたが。 |
No.1875 | 8点 | 雷龍楼の殺人 新名智 |
(2025/04/16 22:36登録) 富山県の沖合に浮かぶ油夜島。この島にある外狩家の屋敷「雷龍楼」では2年前、密室で4人が命を落とす変死事件が起こった。事件で両親を失った中学生の外狩霞は、東京にいるいとこ・穂継の家へ身を寄せていたが、下校途中、何者かに誘拐される。霞に誘拐犯は、彼女を解放する条件となる「あるもの」を手に入れるため穂継が雷龍楼へ向かったと告げる。しかし穂継が到着した夜、殺人事件が発生。その状況は2年前と同じ密室状態で、穂継は殺人の疑いをかけられる。穂継が逮捕されると目的のものが手に入らないばかりか、警察に計画を知られてしまう。穂継の疑いを晴らしたければ協力しろ、と誘拐犯に迫られた霞は、「完全なる密室」の謎解きに挑む。 Amazon内容紹介より。 いきなりの「読者への挑戦」で犯人の名さえ明示されているのは一体どういう訳なのか、と訝りながら読んでみると、何をどう推理し解明するのかという肝心な事が書かれていません。うーん、しかし挑戦されたからには受けなければならないと思い、それを念頭に置きながら読み進めるも、「密室など存在しない」との命題が。それが何を意味するのかも分からない中、物語は勝手に進行し、挑戦通り真犯人が明らかになります。三パートから成る構成を操る作者の狙いがさっぱり想像出来ません。 次第に集中力が無くなっていって、漫然と読みながら正直なんだかなあと思い始めました。ところが一転読み終わった時ハッキリやられた!と、又しても完敗だと肩を落としました。それは敗北感ではなく、衝撃をまともに喰らった時に感じる爽快感でした。これだ、これが私が求めていた読書なんだと深く感じました。こうした感情に浸れるのはなかなかない体験である事。そして張られた伏線の数々や作者の欺瞞に満ちた企みに対し、敬意を表します。私は本作を高く評価する一人です。 |
No.1874 | 7点 | 正体 染井為人 |
(2025/04/13 22:19登録) 埼玉で二歳の子を含む一家三人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚が脱獄した! 東京オリンピック施設の工事現場、スキー場の旅館の住み込みバイト、新興宗教の説教会、人手不足に喘ぐグループホーム……。様々な場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ、必死に逃亡を続ける彼の目的は? その逃避行の日々とは? 映像化で話題沸騰の注目作! Amazon内容紹介より。 やはりこの人の文章力は本物でしたね。群を抜くリーダビリティ、全く淀む所がなく流れるような文章でぐいぐい引っ張っていきます。かなりの大作ですが、長さが気にならない構成の妙も読みどころです。まるで連作短編の様な体裁で、目先を変え乍ら物語は進行します。登場人物も舞台ごとに変わってくるので当然多くなりますが、混乱することはありません。それは、人物像がキッチリと描き分けられているからに他なりません。 ミステリとしてよりも小説として魅力を感じました。主人公である死刑囚の逃亡先で様々な出来事や事件が起こり、その度に解決に向けて真摯に向き合う彼の姿は読む者の心に訴えかけるものがあり、こんな人間が死刑囚?と言う素朴な疑問が常に付き纏います。 真相は意外に呆気なく開示されます。そこにやや不満を覚えたり、アッと驚く様な意外性に欠けると個人的には感じました。そこまで望むのは流石に無い物ねだりになってしまうので、無理筋でしょうね。いずれにしても良作であるのは間違いないと思います。様々な社会問題を含有していますし、正に社会派サスペンスの白眉と言えるでしょう。 |
No.1873 | 5点 | 生命式 村田沙耶香 |
(2025/04/09 22:47登録) サヤカ・ムラタは天使のごとく書く。人間のもっともダークな部分から、わたしたちを救い出そうとするかのように。強烈で、異様で、生命感あふれる彼女の作品は、恐ろしい真実を見せてくれる。ふと思うだろう――他の本を読む必要があるのか、と。 Amazon内容紹介より。 最初の短編を読み始めてすぐに、はあ?となり、次でえっとなりました。村田紗耶香は世界をぶっ壊そうとしているのかと思いました。誰も考えられなかった奇想を爆発させ、堂々と文学として世に出している度胸は大したものです。『コンビニ人間』とは全く毛色の違った、おそらく作者が本当に書きたかったものを、これでもかと読者にぶつけてくる威力は凄まじく、これは最早トラウマものだと言っても良いでしょう。 まあしかし、この作品集は一般的な感覚では是非を問われる代物で、興味本位で読んだら怪我をする類の短編を多く含んでいます。一体何を書いているのか、何を読まされているのか理解不能な作品もありますが、最初の三編は大袈裟に言えば人間の尊厳とは何かを問われているように気になりますね。超問題作です。 |
No.1872 | 6点 | 赤の女王の殺人 麻根重次 |
(2025/04/06 22:06登録) 島田荘司選第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作! あなたは二度驚かされる。 感動させられた。日常のうちに、意表を衝くミステリーを創って見せている。ーー島田荘司 松本市役所の市民相談室に勤務する六原あずさは、相談者の妻が密室から転落死する現場を目撃する。 被害者が死の間際に呟いた「ナツミ」を追って、刑事である夫の具樹は捜査を始めるが、なかなか手がかりを掴めない。 一方であずさの元には、施錠された納骨室でひとつ増えた骨壺や、高齢男性ばかりを狙うストーカーなど、不可思議な相談が次々と舞い込んでーー Amazon内容紹介より。 はい、という訳で氏のデビュー作を読み終えました。何となく昭和のまずまず良く出来たミステリの雰囲気が漂います。新鮮さはあまり感じられませんでした。本格ミステリと言うより警察小説に近いでしょうか。全体的にプロットが整理し切れていなくてごちゃごちゃした感じがします。 二作目と比べてみると、良い意味で随分飛躍したなと思います。本作からは考えられない様な作風の違いを次作で見せ付けられました。失礼ですが、意外と懐の深い作家だなと言う印象です。本作は具樹とあずさ、そして「私」のパートで語られ、後々どう関係してくるのか想像が付きません。しかし、思った以上に事件は単純で、動機もありきたりなので、その辺りは褒められたものではありません。まあこれを密室に持って行ったのは、強引ではありますが外連味を感じました、個人的には好きですけどね。 受賞作として相応しいかどうかとなると、微妙です。ちょっと地味過ぎる気がします。 |
No.1871 | 7点 | 幻の彼女 酒本歩 |
(2025/04/02 22:46登録) ドッグシッターの風太に、元カノ・美咲の訃報が届く。まだ32歳なのにと驚く風太。ほかの別れた恋人、蘭、エミリのことも思い出し連絡を取ろうとするが、三人はまるで存在しなかったかのように、一切の痕跡が消えてしまっていた……。心が揺さぶられる「21世紀本格」の新機軸‼ Amazon内容紹介より。 第11回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作品。終盤までとその後の落差が凄いです。最後の二段オチも成程と深く頷かないではいられません。ただ、主人公風太の元カノ三人の影が薄いというか、あまり印象に残らない感は否めません。その辺りは島田荘司の選評にあるように、意地の悪いミステリマニアにとっては枚数的に物足りなさを感じるのではないかとの危惧を覚えますね。 かく言う私もその一人で、特に前半はもっとサスペンスを効かせても良かったのではないかと思いました。余りにも不可思議な出来事の筈なのに、それを読者にアピールし切れているかと問われると否と答えるしかありません。そこをもう少し工夫すれば更なる傑作に仕上がったと思います。 それでも、前半からは考えられない展開には眩暈がする思いでした。意外過ぎる結末とエピローグの美しさが心に残ります。 |
No.1870 | 7点 | 千年のフーダニット 麻根重次 |
(2025/03/31 22:51登録) 若くして妻を喪い失意に沈むクランは、人類初の冷凍睡眠(コールドスリープ)実験に参加する。さまざまな事情を抱えた男女7名は「テグミネ」という殻状の装置で永きにわたる眠りについた。 ――そして、1000年後。目覚めたクランたちはテグミネのなかでミイラと化した仲間の他殺体を発見する。犯人は誰なのか。施設内を調査する彼らが発見したのは、さらなる“顔のない死体”で―― Amazon内容紹介より。 外枠はSF、格となる部分は本格ミステリと言った感じです。特殊設定ミステリの亜種とも言えるでしょう。難クセを付ける訳ではありませんが、そんな描写要りますか?と思えるシーンも散見されます。その割には冒頭の強烈な謎に対するアプローチがあまり描かれていないのが残念です。 最後に提示される真相に関しては文句なしです。ここだけ切り取れば完全な本格ミステリでなるほどと納得が行きます。かなり強引なところもありますが。 文体は硬質であまり面白味がなく、言ってしまえば冗長ではあります。ただアイディアは非常に優れたものがあり、デビュー作も読みたいと思わせるだけのものは持っていますね。もう少し垢抜ければ人気作家になれる素材でしょう。 |
No.1869 | 7点 | サーカスから来た執達吏 夕木春央 |
(2025/03/27 22:26登録) 密室から忽然と消失した財宝の謎。 14年前の真実が明かされる 怒涛の30ページに目が離せない。 『方舟』で注目される作家・夕木春央の本質がここにある! Amazon内容紹介より。 何か面白いミステリはないかと家の中を探索していたら、意外にも本書が見つかりました。単行本の古書ですが、買った記憶がなかったので、ん?となりました。『方舟』が刊行される前だったのだと思いますが、多分私の琴線に触れる何かがあったのでしょう。 最初は何となく堅苦しい感じがして、これは自分の苦手なタイプのやつかもと案じましたが、ユリ子が登場してからトーンが何段階も明るくなり一気に読み易くなり一安心しました。当然ユリ子には主役級の活躍を期待して、それが叶ったので内心喜びが膨らみます。彼女の魅力なくして本作は語れません。文字の読めない彼女が、暗号が絡む事件をどう捌くのかと思っていたら、暗号に関してはもう一人のヒロインである鞠子が頭を捻って解決に導きます。 単純に見えた一連の事件がこんなにも拗れたものだったとは思いも寄りませんでした。私にとってちょっとややこしく感じ頭を悩ませたのが、各華族の関係性で、己の読解力の無さが悔やまれます。 |
No.1868 | 7点 | 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック 鴨崎暖炉 |
(2025/03/23 22:37登録) 日本有数の富豪にしてミステリーマニア・大富ケ原蒼大依が開催する、孤島での『密室トリックゲーム』に招待された高校生の葛白香澄は、 変人揃いの参加者たちともに本物の密室殺人事件に巻き込まれてしまう。 そこには偶然、密室黄金時代の端緒を開いた事件の被告と、元裁判官も居合わせていた。 果たして彼らは、繰り返される不可能犯罪の謎を解き明かし、生きて島を出ることができるのか!? Amazon内容紹介より。 最後まで評点で迷いましたが、エピローグで意表を突かれたので7点としました。最初に断っておきますが、前半に誤字脱字が五ヵ所ほど見られます。周知の事実を承知の事実とか、面白い趣向を面白い嗜好とか。まあそんな些事はどうでも良いです。私は前作を読んでいませんが、本作は密室のハウダニットに特化した、とことん密室に拘った特異な本格ミステリです。そのトリックの数々は多岐に亘り、リアリティを無視した、しかし一応論理的には可能かもしれないと思われるものが多く、よくこんな事を考え出したなと素直に感心しました。 今言える事は取り敢えずシリーズ一作目に遡って読むしかないなという事です。いきなり二作目から読んではいけなかったとは思いませんが、やはり順序は守ったほうがベターである事に間違いないでしょう。 しかしなあ、動機が余りにも弱いのが気になるところではあります。真犯人にも意外性はありませんし。とにかくどこまでも密室トリックに淫した愛好家には最適のミステリだと思います。本当に実行したらとんでもない事になりそうなものも含まれていますが。犯人バレバレ(笑)。 |
No.1867 | 7点 | 感応グラン=ギニョル 空木春宵 |
(2025/03/19 22:10登録) 昭和初期、浅草六区の片隅の芝居小屋。ここでは夜ごと、少女たちによる残酷劇が演じられていた。ある日、完璧な美貌を持つ新入りがやってくる。本来、ここにそんな少女は存在してはいけないはずなのに。彼女の秘密が明らかになるとき、〈復讐〉が始まる。退廃と奇想、呪縛と変容。唯一無二の世界を築き上げる創元SF短編賞出身の鬼才、空木春宵のデビュー作品集がついに文庫化! Amazon内容紹介より。 一読後、これは異形の文学だと思いました。誰でもない独自の世界を構築しながらも、それをエンターテインメントへと昇華している手腕は注目すべきものがあります。最初の表題作の冒頭から惹き込まれました。何かが始まる予感に期待が膨らみます。万人受けするとはとても思えませんが、一部のマニアには熱狂的な支持を受ける気がします。 耽美、残酷、空想、奇形など仄暗い要素が満載で、ある種大正から昭和初期にかけての空気感が漂いますが、ミステリ的な仕掛けがそれすらも凌駕してしまいます。無論ミステリではなくファンタジーですが、個人的にはとても面白く読めました。ただ慣れない漢字の使い方にはやや手古摺りましたが、一読の価値はあると思いました。と言うか、二度くらい読まないと完全に咀嚼し切れない作品集かも知れないと感じました。 |