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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1732 6点 清明
今野敏
(2023/03/26 13:10登録)
「隠蔽捜査シリーズ」も数えて八作目となった。そして今回、竜崎伸也は思い出深い地となった警視庁大森警察署を離れ、新任地となる神奈川県警の刑事部長へ赴任。
ということで新たな展開も予想できる次章が始まったということだろうか?
単行本は2020年の発表。

~左遷先の大森署で署長として数々の功績を上げた竜崎伸也は、神奈川県警に刑事部長として招聘された。着任後間もなく、東京都との境で他殺死体が発見されたため合同捜査が始まる。幼馴染で同期入庁の警視庁伊丹刑事部長と早々に再会を果たし、タッグを組むことになった。被害者が中国人で、公安が関心を寄せたため、やがてこの事案は複雑な様相を呈していく。指揮を執りつつ、解決の糸口をつかむため横浜中華街へ赴く竜崎。彼は大規模県警本部の刑事部長として新たな重責を担うことができるのか?~

上の紹介文で「新たな重責を担うことができるのか?」と書いてますが、「できます」。何の問題もなく。
警視庁と神奈川県警といえば、幾多の警察小説でも書かれているとおり「犬猿の仲」ということだし、本作もその当りがいろいろと突かれるのかなと思ってましたが、竜崎と伊丹ですから! そもそも「犬猿の仲」なんてことが成立するはずありません。
今回、新たな「ファクター」として登場するのが「警察OB」。どこの組織にもOBは存在してますが、警察OBはキャリア、ノンキャリアに限らず絶大な発言権を持っている存在(らしい)。転任後早速警察OBの洗礼を浴びる竜崎なのだが、そこは竜崎。そんな旧態依然の慣例に潰されるはずもなく・・・どころか早速手懐けてしまう始末。
ついでに「横浜」といえばの「中華街」に強大な影響力を持つ老華僑の重鎮にも友人を持つことに!
いやいや、これは順風満帆すぎでしょ!
まあここまで本シリーズを読み継いできた読者であれば、「竜崎ならこれくらいできて当然」「早速神奈川県警の部下たちにも慕われて良かった!」など、好意的にどうしても捉えてしまうわけですが、それにしてもねぇ・・・

今回は「公安」という警察組織で最も手強い存在と一旦は対峙することとなった竜崎。しかし、その強力な相手であるはずの警視庁公安部長に対しても全く臆することなく「原理原則」を貫きとおす竜崎。そう、もはや彼に敵はいないのか?ここまで来れば、一地方組織の刑事部長なんて枠に収まる方がもったいない!
ぜひとももっともっと大きなステージへ、そう政界だ。竜崎ほどの才能は日本全国に影響できるステージこそが似合うのではないか?
いやいやつい脱線してしまった。次作は用意されてますし、まだまだ神奈川県警でも活躍してくれないと困ります。
次作では骨のある敵が立ちふさがることも期待して・・・(でも当然、それを完膚なきまでに叩きのめしてくれる竜崎にも期待しているのだが・・・)


No.1731 6点 赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。
青柳碧人
(2023/03/03 19:09登録)
作者の初読みとなる今回。シリーズとしては本来「むかしむかしあるところに死体がありました」から先に読むべきかもしれないが・・・(仕方ないだろう)
誰もが知っている西洋の童話を下敷きにしたブラック風味の連作短編集。
単行本は2020年の発表。

①「ガラスの靴の共犯者」=タイトルどおり「シンデレラ」が下敷きとなる作品。改めて指摘されると、「シンデレラ」って“灰かぶり”が名前の由来になっていて、決して〇〇シンデレラっていうひたすら美しく、良いイメージの現在とはかけ離れたネーミングになっている(今さら、という方も多いでしょうが)。で、本題としてはまぁジャブ程度という評価で。
②「甘い密室の崩壊」=これは「ヘンゼルとグレーテル」じゃなくて、「青い鳥」と言えばいいのか? 密室の対象は当然「お菓子の家」。なのだが、甘いお菓子の特性が密室トリックのカギを握る。(まさかアレがないとはね・・・)
③「眠れる森の秘密たち」=「眠れる森の美女」である(当然)。12人の魔法使いによって12の幸せが与えられるはずだった王女が、ひとりの意地悪な魔女のせいで100年もの眠りについてしまった。それはいいとして、赤ずきんが推理した真相はなかなか手が込んでいる。ていうか、偶然の連続というヤツ。こんなことが一晩で起こって、それを看破する赤ずきん、なんてシュール!
④「少女よ、野望のマッチを灯せ」=連作のシメは「マッチ売りの少女」である。金の亡者と化した「マッチ売りの少女」なんて見たくない! で、連作のラストらしく伏線は回収されていくわけなのです。最後は童話らしく“因果応報”なラストが待ち受けています・・・

以上4編。
うーん。面白いといえば、面白い。かな。
子供のころ誰もが接したことのある西洋の童話を下敷きに、21世紀の現在らしい皮肉も込めてのラストがどれも用意されている。連作っぽい仕掛けは今イチかなとは思ったけど、まずまず万人が楽しめる内容にはなっている。

童話が実は恐ろしい裏面を持っている、というのは今や常識といってもいいし、本作に出てきた童話もきっとドロドロした経緯がそれぞれあるんだろうね。
赤ずきんの名探偵ぶりもなかなか決まっていて、オオカミとの有名なシーンを彷彿させる一幕なども用意されていて、思わずニヤリ!
(②や④のブラック風味がよかったと思う)


No.1730 7点 オクトーバー・リスト
ジェフリー・ディーヴァー
(2023/03/03 19:08登録)
この物語は第36章から始まる。しかも「逆回し」に!
作者らしい仕掛けに満ちたサスペンス作品。技巧の限りを尽くした作者だからこそ産み出せる作品。
2013年の発表。

~本書は最終章から始まる。ひとり娘を誘拐され、秘密のリストの引き渡しを要求されたガブリエラ。隠れ家で仲間を待つ彼女がドアを開けたとき、そこにいたのは銃を手にした誘拐犯だった。だがご安心、すべては見かけ通りではない。章ごとに時間は逆行し、真相が明かされるのはラスト2章! 前人未到の超絶技巧サスペンス!~

さすがである。
「騙しのプロ」という称号がこれほど似合う作品もそうそうないかもしれない。
本作は紹介文のとおりで、本当に逆回しで展開される。始まりが金曜日で終わりが日曜日。しかし、物語は日曜日から始まって金曜日へ徐々に遡っていく。
そして、本当にラスト2章でカラクリが明らかになる仕掛け! 今まで信じていた現実がガラガラと音を立てて崩れていき、真の姿が目の前に現れる!

これはまぁちょっと誇張しすぎかもしれないけど、「ああ、そうきたか!」って思わず膝を打つような場面が後になってフラッシュバックしてくる仕掛け。これが本作の真骨頂だろう。
ディーヴァーは実際、作品を創作する際に、場面ごとの塊をつくり、それをどういう順序で見せるのが効果的かを熟考するというのを聞いたことがあるが、本作などはまさにその最たるもの。

ただ、やはり分かりにくさはある。逆回しなので、特に中盤は「いったい何を意味しているのか?よく分からん」という場面が頻繁に出てくる。もちろん最終的には理解するのだが、霧の中をさまよいながらの読書になるので、ここで挫ける読者もいそうだ。そういう意味では再読すれば、本作のスゴさも再認識できるのかもしれない(もちろんサプライズ感は全くないけど・・・)

いつものリンカーン・ライムシリーズもいいけど、たまに出るノン・シリーズもやはり良い。最近ネタ枯れ気味なのを心配していたが、「やりようならいくらでもあるよ」と反論されたかのようだ。
ということで、個人的には評価したい。


No.1729 6点 灰王家の怪人
門前典之
(2023/03/03 19:07登録)
シリーズ探偵の登場しない作者の長編四作目。
古いタイプのコテコテ本格ミステリーの書き手として注目された作者だが、さて・・・
単行本は2011年の発表。

~「己が出生の秘密を知りたくば、山口県鳴女村の灰王家を訪ねよ」という謎の手紙をもらい、鳴女村を訪れた慶四郎は、すでに廃業した温泉旅館灰王館でもてなされる。そこで聞く十三年前に灰王家の座敷牢で起きたバラバラ殺人事件。館の周囲をうろつく怪しい人影。それらの謎を調べていた慶四郎の友人は同じ座敷牢で殺され、焼失した蔵からは死体が消えていた。時を越え二つの事件が絡み合う~

“なかなかの怪作”という表現でよいのだろうか?
個人的には、まさか連続して“〇〇ム〇生〇”が出てきて、それがもろにトリックのカギとなる作品を続けて読むなんて考えもしなかった。
いま2023年ですよ! こんなご時世にねぇ・・・随分と時代錯誤なことだ。

本作の「表」のテーマはもちろん「密室内でのバラバラ殺人」となる。で、この解法がスゴイ。
確かに、伏線というかヒントはそこかしこに撒かれているし、ミステリーファンだったら「こうかな?」と思い付いてもおかしくない。まぁ医者がグルだとか、都合の良い条件の甚だご都合主義なので、こういう手の作風を好まない方には徹底的に嫌われそうな作品だと思う。

過去の殺人事件の真相が判明し、現代の事件もひと段落つき、本作もようやくケリがつくのかと思っていた矢先、実はこれからが本作の「裏」のテーマが詳らかにされる。これがかなりエグい。
主人公の秘密に関しては想定の範囲内としても、まさか〇子ではなく〇〇子とは・・・
ここまで来ると、もはや何でもありで、何が現実で何が空想なのかも判然としなくなってくる。
これが作者の特性ということだろうか。島田荘司の系譜はてっきり小島正樹の詰め込みすぎミステリーだと思っていたら、こっちにも有力な後継者がいた、っていう感じだ。
まぁリアリティなんて概念を持ち出したらダメなんだろうな。摩訶不思議な状況を現実ギリギリの線で作り上げる。

でも、いくらなんでもなぁー。「手記」って便利だよね。仕掛けし放題なんだから・・・


No.1728 5点 巨大幽霊マンモス事件
二階堂黎人
(2023/02/18 13:29登録)
今のところ、二階堂蘭子シリーズの最新刊。ではあるが、既発表の短編集「ユリ迷宮」収録の作品「ロシア館の謎」の続編的な要素が濃い作品。(したがって同作を未読の方は先に読んでおいたほうがよい)
舞台がロシアというのも、今となっては興味深いというべきか、示唆的というべきか・・・
ノベルズは2017年の発表。

~ロシア革命から数年経ったシベリア奥地。逃亡貴族たちが身を隠す「死の谷」と呼ばれる辺境の地へ秘密裏に物資を運ぶ商隊と呼ばれる一団がいた。その命知らずな彼らさえも恐怖に陥る事件が発生。未知なる殺人鬼の執拗な追跡、連続する密室殺人、「死の谷」に甦った巨大マンモス・・・。常識を超えた不可解な未解決事件を名探偵・二階堂蘭子が鮮やかに解き明かす~

やはり「二階堂黎人はもう復活しないのか・・・」というのが偽らざる感想となった。
実は私は「双面獣事件」は未読なままである。あの頃(いつだ?)、「人狼城の恐怖」のスゴさ打ちのめされ、蘭子シリーズの続刊を待ちわびた身にとって、「魔術王事件」もそこそこ??だったけど、「双面獣事件」に至っては、連載中からそのあまりの荒唐無稽とハチャメチャ振りの伝聞&評価に恐れをなして、「もう読むのはやめよう」と思ってしまった。
そして、先に手に取った「覇王の死」を読んで、シリーズの劣化ぶりに逆な意味で打ちのめされることとなった。
そんな状況のなか、久しぶりに読むこととなったシリーズ続編(作品世界の時系列では「人狼城」の直前)。

さすがに作者も「双面獣」については反省しているのだろうか? 「巨大幽霊マンモス」というおよそ信じられない異形の存在の正体については、まぁぎりぎり常識的な水準にとどめている。(その代わり、すぐに察してしまえるが)
あとは「密室」と「作品(というか手記)に仕掛けられた欺瞞」についてなのだが・・・
正直なところ「不満」である。確かに「伏線」=読者が推理できる材料、は手記の中に仕掛けられているのだろう。特に「利き腕」の問題なんて、「今さらそこっ!」って思わざるを得ない引っ掛けがあったりする。
そう、随分時代錯誤なことをしてきたなぁーという気がしてしまう。
「死の谷」の秘密についても実に察しやすいと思う。時代背景や場所からも、アレが関わっていて、多分これが影響してるんだろうなというのが早々に察することができてしまった。

ウクライナ侵攻については作者も想定外だったと思うのだけど、ロシアという国はやっぱり理解しがたい国、民族なんだなあーというのを再認識させてくれたところは本作のよかったところか。
アナスタシアについては、島田荘司も「ロシア幽霊軍艦事件」で取り上げたように、歴史の謎という意味でも興味深い対象なのだろう。(一方が「軍艦」で一方が「マンモス」なのがスゴイ)
巻末の飯城勇三氏の解説はなかなか興味深い。二階堂黎人の特に「密室」に対するアプローチを細かく解説してくれてる。ただ、どうみても褒めすぎ!!


No.1727 4点 パニック・パーティ
アントニイ・バークリー
(2023/02/18 13:29登録)
冒頭、ミルワード・ケネディ氏に宛てた序文の内容がかなり意味深。どういう意味だろうといぶかりながら読んでいくと、何となく作者の「企み」が分かったような、やっぱり分からないような・・・
作者の長編10作目にして最後のロジャー・シェリンガムの探偵譚となった作品。
1934年の発表。

~クルーザーの故障から無人島に取り残されたのは、ロジャー・シェリンガムを含む十五人の男女。しかしどこか仕組まれたようでもあった。案の定、この集団のホスト役の男が全員を集めて言った。「この中に殺人者がいる!」。そこへある人物の死が重なり、ひとびとは次第に疑心暗鬼に陥っていく。警察も来ないこの閉鎖空間でシェリンガムはいったいどのような裁断を下すのか?~

いったいなんなんだ? この作品は?
読了した後の正直な感想はこのようなものだった。作者の狙いも理解不能だし、今までのバークリー作品と違いすぎる肌触りや、シェリンガムのキャラまでもこれまでと全然違うように思えた。
たぶんに「実験的」な作品だったのだろうか? これが序文でいうところの作者の「企み」なのか?
当時の反響はよく分からないけど、21世紀の現在目線では決して成功しているとは言い難い。(巻末解説によれば、当時も「ルールを破りすぎてしまったため、バークリー唯一の失敗作となった」などという評価だったとのことだが)

誤解を恐れずに言えば、本作は「つまらない」のだ。
いや違うな。正確に言うと、今までのバークリー作品のようなものを求める読者にとっては「つまらない」ということ。
だって、この設定ですよ! こんな魅力的なCC設定なんてありますか? その中で15人もの男女が登場してそれぞれに好き勝手考え、行動し、それぞれいわくありげな人物なんて・・・
こんな一級の素材たちを用意して料理した結果がこれだなんて・・・

値段はバカ高いんだけど、一般庶民の我々からすると普段の味とあまりにも違いすぎる高級料理だったという感じと言えばいいのか。
ところどころ作者らしい稚気があって、元貴族のサー・ジョンの後半の振る舞いとシェリンガムの対応なんかは思わず笑ってしまうのだけど・・・。うーん。期待したものではないよね。

分量も結構長いので、我慢して読んでいって結果がコレだとまあまあツライかもしれないので、手に取られる方は覚悟を決めて読んでください。


No.1726 6点 名探偵 木更津悠也
麻耶雄嵩
(2023/02/18 13:27登録)
今さらながらとでも言うべき?作品集を読了。
木更津という存在は「銘」探偵ではなく、「名」探偵なのが、作者特有のアイロニーなのだろうか?
単行本は2004年の発表。(もうかなり前になったね・・・)

①「白幽霊」=京都の富豪一族内で起こったお家争いと殺人事件。本格作家ならもっとドロドロした愛憎劇を書きそうなものだが、作者は一味も二味も違う(っていうか無味?)。あくまでもドライに徹する。木更津(でいいのか?)の辿り着いた真相も、関係者たちの証言の齟齬を突くという実にオーソドックスな短編。でも、これが一番納得感のある一編にはなっている。
②「禁区」=“禁句”ではなく“禁区”である。その昔、中森〇〇の曲のタイトルにもなったような・・・(それも踏まえているのか?) それと、「大富豪」!(トランプのね) よくやったねぇ・・・懐かしいわ! で、本題は? ってなかなかにブラックな結末です。登場人物がゲームの駒のように感じる。
③「交換殺人」=出ました! 新本格の作家たちが一度はチャレンジするテーマ。それが「交換殺人」。歌野や法月の作品も面白かったけど、作者の「交換殺人」はやはり“角度”が違っていた。こんなケッタイな交換殺人は果たして成立するのだろうか? 当事者もこんがらがってしまいそうに見えるのだが・・・ それを解きほぐす木更津?も相当ひねくれてる。
④「時間外返却」=これも最近はなくなりましたなぁー。レンタルビデオの時間外返却(TSUTA××の前に置いているやつだね)。これが木更津の不信感を誘い、実に意外な真犯人を炙り出す。ただ、如何せん短編なので登場人物が少なすぎて察してしまうのが玉に瑕。あと、二つ目の殺人はどう考えても蛇足でしょう。

以上4編。
作者にしては正統派の本格ミステリー短編集に仕上がっている。
なのだが、やはりそこかしこにブラックでトリッキーな風味付けがなされているのが良い。
久しぶりの比較的初期の作品を読んだので、木更津やら香月やらの関係性なんて忘れていたよ。
レベルとしてはやはり高いし、どれも一筋縄ではいかない作品ばかりで、あらゆる角度から意外な結末が用意されている。「白幽霊」というのが、全編に共通して見え隠れしているというのも旨いね。
で、ラストの香月のセリフってどういう意味なんだ?
評価はこんなもんでしょう。
(個人的ベストはやはり③か。後もそこそこ良い)


No.1725 6点 最上階の殺人
アントニイ・バークリー
(2023/01/28 14:54登録)
バークリー中期の傑作との評価もある作品とのこと。
「最上階」といってもたかだか四階建てのアパートの「最上階」なのだが、シェリンガムは本作でも“迷”探偵ぶりを披露してくれるのか?
1931年の発表。

~最上階のフラットに住む老婦人が殺害され、室内も荒らされた。裏庭に面した窓からはロープがぶら下がっていた。スコットランドヤードの捜査に同行したロジャー・シェリンガムは、警察の断定に数々の疑問を持ち、独自の調査を開始する・・・~

うん。実に面白い(※湯川博士じゃないよ)読書となった。
いい意味で軽さがあり、とても1930年代の作品とは思えない。さすがはミステリー発祥の国・英国。
今回はひたすらシェリンガムが考え、行動し、ああでもないこうでもないという試行錯誤を繰り返していく。そして、たまに閃いて前進したかと思いきや、関係者の証言であっさり覆されたりする。読者としては、それを見守るしかないといった状況にある。

今回は秘書役となる美女ステラとのやり取りがもうひとつの特徴。
シェリンガムの推理をことごとく全否定し、ひたすらにクールに振る舞うステラと、口では否定しながらも明らかに彼女に気があるシェリンガムのやり取りは、結構な分量が割かれているところからして、ラストの勘違い(シェリンガムは真相と考えていたが・・・)に繋がっている。

本作でもシェリンガムはやはり「狂言回し」的な役どころになるので、中盤以降の彼の数々の試行錯誤(というか妄想?)は結局日の目を見ないことになる。そして、判明する真相は実にシニカルなもの・・・。この当りは作者らしいというか、この頃の本格ミステリーとは一線を画すプロット。
まぁこういうのが好きかどうかということになると、正直微妙なのだが「これはこれでアリだし、面白いじゃないか!」という評価になるのも十分納得。
「ミステリーってこういうふうにも書けるよ」っていうことで、いろいろと可能性を広げたという意味からは、作者と作者の作品群は後世にとっても結構大きな影響を与えたんだろう。


No.1724 6点 福家警部補の追及
大倉崇裕
(2023/01/28 14:53登録)
大人気?倒叙シリーズの続編。今回は中編二作という構成。
相変わらず、なかなか警察手帳が見つからないという「お約束」のくだりが微笑ましい。
単行本は2015年の発表。

①「未完の頂上」=世界の最高峰を目指す登山家の親子と彼らを支援する実業界の大物経営者の男。確執から男を殺すことを決意した父親は、「山男」にしか思い付けないアリバイトリックを仕掛けるのだが、そこに福家警部補が立ち塞がる。警部補って、登山もプロ並みなんて・・・(ついでにボルダリングも)

②「幸福の代償」=動物をこよなく愛する女性と、その義兄で動物虐待も厭わないブリーダーの男。女性は緻密なアリバイトリックと偽の犯人役を用意し男を殺害する完全犯罪を企んだが、そこにはやはり彼女が・・・

以上2編。
両方とも一定の水準にはあると思う。
本シリーズの正調のフォーマットに則っているし、福家警部補の異常なまでに鋭いカンと捜査力の前に徐々に追い詰められていく真犯人たちの心情にシンクロすることができる。
福家警部補は最初からコイツが怪しいというカンで動いていると思えるのだけれど、そこら辺りはいつも語られないので、ちょっとモヤモヤする感じは残る。(まぁお約束といえばお約束だが)

ただ、ちょっと型にはめすぎかなぁーという気にはさせられた。
福家警部補のキャラを含めて、変化球的な作品や、ガリレオシリーズの湯川のように探偵自身の変化や成長を描くというのもアリかななどと考えてしまう。
ただ、こういうシリーズはコロンボしかり、古畑任三郎しかりで、“お決まり”のフォーマットや決め台詞が楽しいというファンも多そうなので、そこいらの匙加減が難しいとは思いますが・・・
ということで、評価はこんなもんかな。
(個人的には①>②かな)


No.1723 6点 九度目の十八歳を迎えた君と
浅倉秋成
(2023/01/28 14:52登録)
作者の作品は初読みとなるが、本作は数えて五作目の長編(とのこと)。
「六人の嘘つきな大学生」など、最近話題作の多い作者だけに期待値は高いのだが・・・
2019年の発表。

~通勤途中の駅で見かけた二和美咲はあの頃の、僕が恋した18歳の姿のままで佇んでいた。それは幻でも他人の空似でもなく、僕が高校を卒業した後も彼女は当時の姿のままずっと高校に通い続けているという。周囲の人々は不思議に感じないようだが、僕だけはいつまでたっても違和感がなくならない。なぜ彼女は18歳のままの姿なのか。その原因は最初の高校生の頃にあるはずだとし、当時の親友や恩師を訪ね、彼女の身に何が起こっているのか調べ始める・・・~

これ・・・新海誠監督に映画化してもらったらどうだろうか?
などということを読後に考えてしまった。「青春ミステリー」などという、オッサンが読むのには甚だ気恥ずかしいジャンルの読み物なのだが、伏線の巧みさや大人(含むオッサン)の回顧願望を満たす作品ということで、是非新海誠さんに一考いただきたい。
以上。

ということで、こういう作品に対してクドクド評価を述べるのはどうかなと思うのですが、まぁ雑感として書くなら・・・
やっぱりどうしても「違和感」は残るなぁー
私の理解力が足りないのか、想像力が乏しいのかもしれないけど、「美咲が18歳のままと言い張って高校生を続けることをどうして周囲のすべてが許したままであるのか」ということが。(姿形も老化or劣化していないということでいいんだよね?)
もちろん、アノ事件があったんです、ということは理解するのだが、常識で凝り固まった大人の私の頭の中では明確な回答がないまま終わった感が強い。
そして、間瀬の年齢の問題。これも100%呑み込めなかった。最後は「年齢なんて気にするな!」っていう主張に消された感があるのだが、これも周囲が特段違和感ないままやり過ごしていることに、どうにも??が消えなかった。

これは気にする方がいけないのか。すべてを呑み込んで、「いいお話だった」と感想を述べた方がきれいに違いない。でもやっぱり、「世間って汚いし、世知辛いぜ!」っていう反発を感じる自分もいる。


No.1722 5点 救済 SAVE
長岡弘樹
(2023/01/07 15:06登録)
現在、最も短編を量産している作家といえば、長岡弘樹の名前を思い浮かべる・・・。そんな作家に育った(?)作者が贈る比較的初期作品が並ぶノンシリーズ短編集。
「教場」シリーズがついに木村拓哉主演で連続地上波ドラマ化するなど話題の作者だけに期待できるのか?
単行本は2018年発表。

①「三色の貌」=随分と回りくどい方法を取るものだ。こういう病(症状?)があるとは知らなかったけど・・・。
②「最期の晩餐」=これもなんていうか変わった状況だねぇー。こんなややこしいことをしなくても、はっきり言えばいいのに!
③「ガラスの向こう側」=やや安直かな。設定は凝っているのにね。
④「空目虫」=これはラストの一行でびっくりさせられる。そうだったのかぁー。
⑤「焦げた食パン」=”焦げた食パン”のある変わった使い方は何でしょう? その答えは・・・(書くとネタバレ)
⑥「夏の終わりの時間割」=これもちょっと変わった設定でなかなか呑み込めなかった。で、オチもこれまでと同一の方向である。

以上6編。
いかにも、作者の初期作品っぽい作品、っていうのが並んでいる印象。どれもラスト当りにひと捻りしてあるんだけど、設定に無理矢理感がある分、読者に察しやすくなっているのが玉に瑕。
収録の全編が「メフィスト」誌で発表されているということだけど、あまりそぐわないように思ってしまう。

最近はだいぶ手馴れてきて、深みのある作品も書いている印象だけど、本作はまだまだ読み応えという点では見劣りするかなという評価。
(ベストはどれかな・・・。敢えていえば④か⑥だけど)


No.1721 6点 スケアクロウ
マイクル・コナリー
(2023/01/07 15:04登録)
今回の主役はジャック・マカヴォイ。そう、あの「ザ・ポエット(詩人)」事件以来の登場となる。ロサンジェルス・タイムズ誌の記者でありながらFBIやハリー・ボッシュ顔負けの行動力を持つ男。
前回の事件以降、離れてしまった恋人でFBI捜査官であるレイチェルとともに連続猟奇殺人事件の後を追う。
2009年の発表。

~人員整理のため二週間後に解雇されることになったLAタイムズ誌の記者マカヴォイは、LA南部の貧困地区で起こった「ストリッパートランク詰め殺人」で逮捕された少年が冤罪である可能性に気付く。スクープを予感して取材する彼を「農場(ファーム)」から監視するのは案山子(スケアクロウ)。コナリー史上最も(?)不気味な殺人犯が登場~

今回の相手は「詩人」に負けず劣らず強力な奴。何しろネットワークを自由自在に操れるという現代社会において最も強力な武器を有しているからだ。コナリーにしろ、ディーヴァーにしろ、ネット社会を背景にした事件、犯人を最近は手掛けることが増えてきたように思うけど、それも時代の流れなのと同時に、読者にとっても身に迫る危機感を感じやすいのだろう。
で、今回疑問に感じるのが、マカヴォイの相方であるヒロイン役のレイチェル。今回もFBI捜査官として凛々しい姿を見せるとともに犯人の策略にかかってピンチに陥るなど、実にヒロインらしい役どころ。それはいいんだけど、レイチェルといえばハリー・ボッシュの愛しい相手としてもシリーズに再三登場する女性のはず・・・ってことは二股?
と同時に、ボッシュとマカヴォイは同一の世界観を共有している存在ということになる、当然。じゃあボッシュとマカヴォイは裏と表で存在していることになる。なんかゾクゾクしてきた。まぁコナリー作品の各世界観は共有しているし、登場人物が重複しているのもファンならば自明のことではある。
(そういえば過去作「天使と罪の街」でもふたりはクロスしてたような・・・)
本作はマカヴォイが事件の裏の構図に気付いた経緯がちょっと安易かなとは思ったけど、後はいつものコナリー節というか抜群の安定感だった。
敵役の「スケアクロウ」。うーん、最強というほどではなかったのが残念。もう少しブッ飛んだキャラでも良かった気はするが・・・。
いずれにしても次作も楽しみ。


No.1720 7点 それまでの明日
原尞
(2023/01/07 15:02登録)
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
毎年恒例(?)となりましたが、どの作品を新年一発目にセレクトするかということで・・・2023年の“読み始め”はコレでした。
2018年の「このミス」第1位にも輝き、作者が発表まで14年も暖めた(?)「探偵沢崎シリーズ」の最新作。恐らく読み応えのある作品のはず。
単行本は2018年の発表(当たり前!)。

~11月初旬のある日、渡辺探偵事務所の沢崎のもとに望月晧一と名乗る紳士が現れた。消費者金融で支店長を務める彼は、融資が内定している赤坂の料亭の女将の身辺調査を依頼し、内々のことなので決して会社や自宅へは連絡しないようにと言い残して去っていった。沢崎が調べるとすでに女将は癌で亡くなっていた。顔立ちのよく似た妹が跡を継いでいるというが、調査の対象は女将なのかそれとも妹か?しかし当の依頼人が忽然と姿を消し、いつしか沢崎は金融絡みの事件の渦中に。14年もの歳月を費やして遂に完成したチャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作~

本作を読んでいて驚かされたのは主につぎの2つ。
1つめが単行本241頁で主要登場人物のひとりである海津一樹が沢崎に向かって放ったひとこと。まさかの展開!って思ったけど、これは次章で肩透かしのように否定されてしまう。いやぁービックリした。これが真実だったらもうドラマのような展開だったんだけど・・・(どっちもフィクションだから「ドラマのような」は変かな?)
そして2つめは当然ラスト。どなたかが書かれているとおり、オンボロビルにあった探偵事務所から移転した沢崎が、記念すべき移転オープンの日にかの東日本大震災に遭遇してしまう! これこそまさか、だろ。「生きている」というセリフどおり、命に別状はないようだが、物語はここで唐突に終わりを迎える。
こんなサプライズを用意するなんて憎らしい!っていう感じなのが、どうにもこれは過去作に比べて随分と「薄味」に思える中身に作者がスパイスとして「敢えて」加えたものなのではと邪推してしまう。

「薄味」と書いてしまったけど、言い換えるなら「迷走」なのかもしれない。紹介文のとおり、事件の発端はハードボイルドではお馴染みの「人探し」或いは「身辺調査」に過ぎなかった。それが、偶然が偶然を呼ぶ形でどんどん繋がり、ついには作者ですら制御不可能なほど広がってしまった・・・と思えるのだ。それを「迷走」と評してしまうのだけど、最終的に広がっていった事件は実は単なる竜頭蛇尾、取るに足りないチンケな事件だったということになる。結果として残ったのは、最初の依頼=「人探し」或いは「身辺調査」なのだ。
ここが、どうにも過去作に比べて緊張感の欠如という作品の雰囲気になってしまっているような気がする。物語の終章。ついに件の「望月某」の正体も判明するのだが、正直なところ、その素性も経緯も謎も、そこまで引っ張ることだったのか、という疑問が湧いてきた。
本作は完成まで14年の歳月を費やした作品である。ワインなら14年のうちに熟成するが、本作は14年のうちに迷走してしまった。そして14年もの間、緊張感を保つのは無理なのは道理である。
本作の裏テーマは「父と息子」ではないかと思うのだが、沢崎も齢50を超え、いい意味で熟成され、悪い意味で衰えた。そんな印象を強く持った。
もちろん秀作である。こんな大作、書ける人なんてそうはいない。読み応え十分だし、シリーズファンなら尚更、発表が待ち遠しかったに違いない。かくいう私もその一人。
でも如何せん。ハードボイルドに老いは禁物なのかもしれない。人は誰でも年をとる。体も精神も熟成され、そして同時に衰え始める。仕方ないこと。作品だって同じだろう。そうだ、やっぱり「熟成」なのだ。そう思って「熟成」に対する評点にしたいと思う。
(今年も訳のわからない書評になってしまいそう・・・)


No.1719 7点 招かれざる客たちのビュッフェ
クリスチアナ・ブランド
(2022/12/17 14:25登録)
クリスチアナ・ブランドの短編集として、創元文庫のなかでも特に著名な作品だろう本作。
ただ、これまで読了した作者の長編は、「世評ほど面白くない」というのが個人的な感想だけに、本作もどうなのか気になるところ。
1983年に編まれ、発表されたもの。

①「事件のあとに」=ひとりの老刑事が解決した事件の顛末を後にコックリル警部の前で語る、という形式。ある劇団が舞台となるのが作者らしい。トリックは実に単純。
②「血兄弟」=""乳兄弟”ではなく”血兄弟”なのがミソ。仲の良い兄弟が犯罪に手を染めると・・・
③「婚姻飛翔」=最初の四作はコックリル警部ものとなるが、中ではやはりこれがベスト。「女王蜂」を地でいく美しくかよわき女性。女王蜂に関わった四人の男の運命は?ってことで、ドンデン返しが見事に嵌っている。
④「カップの中の毒」=こんな女、バチが当たればいいと思っていた矢先、やってくれました。コックリル警部が!
⑤「ジェミニー・クリケット事件」=さすがに名作という評価に相応しい作品だった。目くるめく推理の果てに辿り着いた真相はなかなかの破壊力を持っていた。2022年の現在目線では既視感はあるけど。読者の予想の斜め上を行ってやろうとする心意気が良い。佳作。
⑥「スケープゴート」=この話ってタイトルと合っているのだろうか?途中までは魅力的な謎に引っ張られていたけど、だんだんよく分からなくなっていった。
⑦「もう山査子摘みもおしまい」=何とも言えない雰囲気。なんかゴニョゴニョした展開とでも言えばいいのか・・・
⑧「スコットランドの姪」=正直よく分らんし、頭にスッと入ってこなかった。
⑨「ジャケット」=ひとことで言えば、ズバリ「因果応報」だ。以上。
⑩「メリーゴーランド」=要は、巡り巡るというお話(だと思う)。
⑪「目撃」=?? 何が言いたい?
⑫「バルコニーからの眺め」=最後の一撃が読みどころ。単に女の妄想か?
⑬「この家に祝福あれ」=これも⑫同様、最後の一撃をくらってからが勝負。
⑭「ごくふつうの男」=「ごくふつう」ではない。
⑮「囁き」=いわゆる「悪女」。しかもまだ16歳。身内を殺人犯にまで仕立てた結果は・・・
⑯「神の御業」=そういうことにしておこう、というタイトル。

以上16編・
いやいや、さすがに読みごたえがあった。16もの短編ということで、単刀直入に言うなら「玉石混交」のところはある。ジャンルにしてもド本格からよく分からん話までバラエティーに富んでいるし、作者の力量の高さは伺える内容だ。
やはり、世評の高い③や⑤はすばらしい作品で、さすがに先人たちの評価は正しかったということ。ただ、その他の作品も作中に尋常ではないほどの仕掛けが施されていて、短編の見本のような作品も多い。
全部読むと長いが、「読んでよかった」と思えるのは確か。
(⑤は相当スゴイし面白い。③も負けず劣らず。後半は割とワンアイデア勝負の作品が目立つかな)


No.1718 5点 θは遊んでくれたよ
森博嗣
(2022/12/17 14:22登録)
Gシリーズの二作目。Φの次はθか・・・。
本シリーズになってますます混沌としてきた印象なのだが実際はどうなのか?
2005年の発表。

~25歳の誕生日にマンションから転落死した男性の額には、「θ」という文字が書かれていた。半月後、今度は手のひらに赤い「θ」が書かれた女性の死体が。その後も「θ」がマーキングされた事件が続く。N大の旧友・反町愛から事件について聞き及んだ西之園萌絵は、山吹ら学生三人組、探偵の赤柳らと推理を展開する~

今回は・・・なんともフワフワした事件と展開。
飛び降り自殺にしか見えない事件が連続して起こるのだが、死者の体(靴の中の場合もあったけど)のどこかに必ず「θ」の文字が残されている。
つまりは「ミッシング・リンク」が本作のメインテーマになると思われる。
のだが、そこは森ミステリー。当然一筋縄ではいかない。

ロジックの核となるのは「同じ口紅」(→これで「θ」が書かれた)。
今回も一応探偵役は海月(くらげ)が務めるのだが、海月の推理に関して、犀川はとっくに気付いていた模様。(犀川を通じて萌絵も分かっていたという流れ)
それにしても、前作でも感じたことだが、読者をまるで突き放したように見えるのは勘違いなのだろうか?
前作の密室といい、本作の不可解な連続自殺といい、提示される謎は魅力的なのだが、実に静か~に進行していく。そして、真犯人も恐らくコイツという程度だし、動機なんか「多分・・・」で終わってしまう。

本作一番のサプライズは、「保呂草」と「真賀田四季」の名前が登場したこと!やはり本シリーズも森サーガの中にガッチリ組み込まれていることが分かったことで次作以降の展開に注目。


No.1717 5点 首挽村の殺人
大村友貴美
(2022/12/17 14:21登録)
2007年(第27回)横溝正史ミステリ大賞の大賞受賞作であり、作者のデビュー長編。
改めて調べてみると、個人的に大賞受賞作で読了したのは、長沢樹の「消失グラデーション」だけということが判明・・・
ということで単行本も2007年の発表。

~秋田県との県境に程近い岩手県の山奥にある鷲尻村。長く無医村状態が続いた当地に待望の医師が赴任した。その直後、彼は何者かに襲われ帰らぬ人となった。巨熊に襲われたと噂される彼の代わりに新たに赴任した医師・滝本。だが、着任早々彼は連続殺人事件に遭遇することとなる。先祖の祟りに縛られたこの村で、彼らを襲うのは伝説の「赤熊」なのか、それとも・・・?~

いやいや、なんて重苦しいストーリーなんだ。約15年前とはいえ、世の中はとっくにIT化が進み、電化製品(死語?)に囲まれた生活が当たり前となっていた時代なのに、「巨大な熊」が登場するわ、「江戸時代の飢饉に纏わる恨みつらみ」が事件の根にあるわ・・・
いくら岩手県の山奥とはいえ、時代錯誤も甚だしいのでは?という感覚で読み進めた。
当然これは「それらしい」雰囲気づくりであるし、横溝ファンを公言していた作者ならではなのかもしれない。

事件は途中で村に伝わる昔ばなしのとおり起こっているという、いわゆる「見立て殺人」の様相を呈してくる。それと同時に、件の「赤熊」の襲来による悲劇も加わり、寒村は大混乱に陥ってしまう。
ここまで未曽有の事態なのに、村民は割と冷静なのが何ともアンバランス。(熊に襲われるシーンなどは、もっとサスペンスフルにできたのではなどと思ってしまう)
そう、何とも「アンバランス」なのだ。

事件の真相も、実はここまで散々語ってきた寒村の歴史や「見立て」とは別の次元の要素で解決を見てしまう。
そこはミステリーとしてはサプライズというか、作者なりの「仕掛け」なのかもしれないが、個人的には異なる「要素」がうまく混じり合わないまま終盤までもつれ込み、結局読者の推理などとは別次元の要素で解決してしまっているではないかという感覚になってしまっている。(表現が拙くてスミマセン)
確かに、そこは序盤から「いかにも何かありそう・・・」という伏線らしきものは置かれてはいたんだけどなぁー。「いかにもコイツでは」という真犯人を読者に想起させる手法などとともに、やはりデビュー作という「粗っぽさ」は目についた。
でも、まぁ仕方ないよね。デビュー作だし。単行本巻末には選考委員のコメントがあるけれど、割と厳しい選評が多くて「よく受賞出来たなあ」という感じがしないでもない。

当然ながら個人的にはこういう本格ミステリーは大好物だし、時代錯誤も大歓迎だし、ガジェット満載なのもウェルカムなのだが、本作はそういう部分とは別のところで、高評価はしにくいなという印象になった。
(探偵役となる藤田警部補はその後シリーズ探偵になるんだね。読んでみようか・・・微妙)


No.1716 7点 虎の首
ポール・アルテ
(2022/11/17 14:18登録)
アラン・ツイスト博士を探偵役とするシリーズの五作目。
相変わらず本家カーを意識(し過ぎ)てるかのような作品世界なのだが、今回は如何でしょうか?
1991年の発表。

~休暇から戻ったツイスト博士を出迎えたのは、事件の捜査で疲れ切ったハースト警部。郊外のレドンナム村で、次いでロンドンの駅で、切断されスーツケースに詰め込まれた女性の腕と足が見つかったのだ。警部の依頼を待つまでもなく事件に興味を持った博士だったが、すぐにその顔色が変わった。駅から戻って蓋を開いた博士のスーツケースから出てきたものは・・・。一方事件の発端となったレドンナム村では、密室でインド帰りの元軍人が殺される怪事件が起きていた。なんと犯人は杖から出現した「魔神」だというのだが・・・~

今回はいつにもまして「不可能趣味てんこ盛り」・・・という雰囲気。あと、割と「ミスリード」がいつもよりも旨く仕掛けられているように思えたのだが、他の皆さんは結構辛口な評価なんだねぇー
本作は、紹介文にもあるとおり①「バラバラ死体が複数のスーツケースから発見された事件」②「レドンナム村で頻発した盗難事件」③「同じ村で発生した密室殺人事件」(by「虎の首」というインドの魔杖)、の三つの筋が同時に走っている。となると、当然にこの三つがどのように絡んでいるのか?というのがプロットの軸になるはず。

タイトルからして③がメインになるのかと思いきや、中心となるのは①の方。
まず③に関しては「密室」が当然にクローズアップされるのだが、そこは「抜け穴」がかなり大胆に用意されていて正直腰砕けでしかない。「虎の首」に関してはある特徴がカギにはなるのだが・・・。フーダニットも動機からすれば自明とも言える程度のもので、ここにサプライズはない。
で③なのだが、終盤に判明する「ある仕掛け」についてが本作一番のサプライズというか、騙しの構図となる。なるほど・・・。これについては伏線も結構あったし、動機についてのアプローチからも旨いと感じた。ただし、これを「連続殺人」としたのは明らかにやりすぎだし、作品全体としても効果は薄かったのではないか?
②は①につながる「偶然」を演出するためのいわば材料とでも言えばいいのか。この偶然があったからこそ、真犯人は複雑な仕掛けを用意しなければならなくなったのだ、という傍証としてあるのだろうけど、うーん。あまり有機的につながっているとは言えない(ただし、作品のオカルト感や不可能趣味を煽るという役割は果たしたかも)。

ということで、いつもどおり「ツッコミどころ」はあちこちにあるんだけど、全体的なバランスやサプライズの大きさという意味では、シリーズでも1,2を争う出来ではないかと思えた。ラストのツイスト博士のとった行動に反感を覚える読者が多そうなのだが、まぁそこはフィクションだしね。
最初に戻るけど、これこそ「カーらしさ」全開で、全然知らずに読んで「カーの作品」って言われれば「そうかな」と思ってしまいそうだった。(これは作者の本意なのかな?)
(トランク+死体+列車っていうと「黒いトランク」とそれに類した作品群が思い浮かぶけど、日欧でこんなにテイストが違ってくるのは、ある意味興味深いし面白い)


No.1715 5点 インド倶楽部の謎
有栖川有栖
(2022/11/17 14:14登録)
作者のシリーズでは最も著名な「国名シリーズ」。「モロッコ水晶の謎(2005)」以来長らくの中断があっての九作目となる本作。
この作品名は本家エラリー・クイーンも執筆を企図していたといういわく付きのタイトルということが作者あとがきにも記されている。
結構なボリュームの長編。2018年の発表。

~前世から自分が死ぬ日まで・・・。すべての運命が予言され記されているというインドに伝わる「アガスティアの葉」。この神秘に触れようと、神戸の異人館街のはずれにある屋敷に「インド倶楽部」のメンバー七人が集まった。その数日後、イベントに立ち会った者が相次いで殺される。まさかその死は予言されていたのか? 捜査をはじめた臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖は、謎に包まれた例会と連続殺人事件の関係に迫っていく!~

うーん。思ったより評価は高いんだねぇ・・・
今や特殊設定下でしか成立しなくなったかのような本格ミステリーに敢然と立ち向かっている感さえある作者。決して「日常の謎」などという手軽な(?)謎には陥らず、本格ミステリーの王道をひとり背負っているかのような状態(言い過ぎですか?)。
それは分かるのだが、個人的に本作は「いただけない点」が多いように思えた。列記するならば、
(1)長すぎる
これは「無駄に」という言葉をつけてもよいように思う。もちろん長編なんだから、登場人物たちの人となりを十分に記す必要はあるのだが、それを勘案してもなぁー。ミステリーとしての「謎」や「仕掛け」の大きさと分量がマッチしてないと思えた。
(2)動機
これは他の方も書かれてるし、作者も「敢えて」「分かっていて」というところだろうから、多くは書かない。けど、突拍子もないことは明らかだし、読者の推理の材料としても弱い。
(3)フーダニット
犯人特定のロジックがあまりに弱過ぎでは? ある場所でのある偶然が真犯人特定のカギとなっているが、とてもではないが犯人特定の材料にはなっていない。(結局、犯人が簡単に自供を始めることで解決につながってしまった)
あたりだろうか。

ただ、作者もそんなことを思われるのは百も承知で書いていることが「作者あとがき」に書かれていて、「それは好みの問題では?」ということらしい。
作者としてはあらゆるタイプの本格ミステリーを書きたいし、読者の評価が分かれることは全然かまわない、というスタンスのようだ。まぁそれは確かにそうだし、事実本作の評価は悪くない(らしい)。
前々から書いているとおり、個人的に「火村・アリス」シリーズとは相性が悪くて、「面白い」と思える作品に殆ど出会えていない。本作ではそのことをやはり痛感した次第。
でも、やはり作者は現在の本格ミステリーにおいては、並ぶところのない第一人者であるということは間違いないのだろうとは思う。
そんな信頼感、安定感を感じさせてはもらった。
でも、つぎは仲間たちに囲まれた関西圏ではなく、アウトサイダー的な環境に置かれる火村の姿を書いてほしいかな。
(本作は神戸の観光案内書的な役割もあり。いいよね、神戸の街は)


No.1714 6点 コロナと潜水服
奥田英朗
(2022/11/17 14:12登録)
もう、絶対に面白い奥田英朗の短編集。(敢えて「絶対」と言ってみる)
今回も、ちょっと笑って、ちょっとほっこりして、ちょっとキュンとする、そんな短編集となっていて欲しい。
2020年の発表。

①「海の家」=時折登場する、作者の分身ともいえる登場人物。今回は、そんな彼が妻の不貞に怒り、一人暮らしを始めるところから始まる。存在感が強すぎる「幽霊」なども出てくるけど、個人的には「やっぱり娘はいいよなぁー」「羨ましい!」と、ふたりの「息子」しかいない私は強く思ってしまった。
②「ファイトクラブ」=むかし、ブラッド・ピット主演の同名映画があったよね(古いな)。ただし全く関係なし。リストラで閑職に追い込まれた中年男性たちがボクシングにはまっていく物語。なぜか毎日神出鬼没に現れる老年のコーチの正体は? 男は本気で殴り合いをすると一皮むけるというコーチの主張はなぜか身に染みた。
➂「占い師」=やっぱり女性って占いにはまりやすいんだねぇ・・・ということを改めて実感させてくれる作品。結婚相手はできるだけグレードの高い相手がいいけど、釣り合いが取れてないと結局しんどいっていう物語。昔からそんなこと変わらんよ。
④「コロナと潜水服」=これはごく初期のコロナ禍の頃のお話。この頃は感染者が何百人になっただけで大騒ぎしてたんだよなぁー。あの頃なら笑えない話だけど今になってみると笑える話。未だに続いているなんて、想像つかなかったなぁー。
⑤「パンダに乗って」=パンダは動物園の人気者の方ではなくて、70年代に一世を風靡した自動車。それにしても「いい話だ!」。で、どことなく村上春樹テイストのような気がする。こんなナビが開発されないものかと思っていたけど、AIが進化していけば夢ではないのかもしれない。「甘酸っぱくて切ない大人の物語」。これが間違いなく本作ベスト。

以上5編。
相変わらず「うまい」ですなぁー、奥田英朗は。
シリーズ前作っぽい作品集(「わが家のヒミツ」)では、作者の老成(?)ぶりに嘆いた書評を書いたんだけけど、本作はいい意味で吹っ切れてる感じ。で、キーワードは「ノスタルジー」なのかな。
そして、全作品に通じるのは、「幽霊」っていうか、本来いるはずのない「人物」に影響された物語、ということ。
これが実にいい味を出している。
主人公たちも「オカシイ?」とは思いながらも、そのことを受け入れ、最終的にはちょっとしたハッピーエンドを迎える。

だんだん自分も「あの頃はよかったなぁ・・・」と思う機会が増えてきた今日この頃。時代の移り変わりは早すぎて、ついていけないことを「ついていかない」ということに無理やり置き換えようとしている。
もちろん、「ついていかなくても」いいんだけど、そこまで強くはなりきれない自分もいたりする。
そんな自分に、「まぁそんなんでもいいんじゃない」って思わせてくれる作品。そんな感想もありでは?


No.1713 6点 マギンティ夫人は死んだ
アガサ・クリスティー
(2022/10/29 12:22登録)
エルキュール・ポワロ24作目の長編。(未読のポワロ物のあと僅か)
今回は英国の田舎で発生したごく普通の殺人事件をポワロが旧知の警官に頼まれて再調査するというもの。
1952年の発表。

~ポワロの旧友であるスペンス警視は、マギンテイ夫人を撲殺した容疑で間借り人の男を逮捕した。服についた血という動かしがたい証拠で死刑も確定した。だが、事件の顛末に納得のいかない警視はポワロに再調査を要請する。未発見の凶器と手掛りを求め、現場に急行するポワロ。だが、死刑執行の時は刻々と迫っていた!~

紹介文を読むと、タイムリミットまで差し迫った緊迫感ある展開なのか?と想像してしまうけど、実際は田園風景が広がる英国の田舎で、かなりのんびりした展開が続いていく。
ポワロも要請を受けたはいいけど、関係者に話を聞きながらも、なかなかこれという手掛りがつかめないまま時は過ぎていくというまだるっこしい展開。
ただ、被害者が気にしていた「新聞日曜版に出ていた4枚の写真」という1つの手掛りをもとに、事件は大きく動いていく。そして判明する意外な真犯人・・・

まぁさすがの旨さですな。
緻密に計算された作者の「老獪な技法」が堪能できます。
他の方も書かれてますが、今回は割と登場人物が多くて、そういう意味ではフーダニットの興味は強い。どうせ、作者のことだからミスリードや「いかにも」という疑似餌が撒かれてんだろうな、という感覚で読み進めていくことになる。
で、この真犯人なのだが・・・。確かに、数多い登場人物の中では、派手めというかキャラが立っていた人物だったなぁーという読後感。この当りは、あまりに地味すぎるヤツを犯人にはできないしなぁーっていう苦しさも窺える。

今回、ポワロが自分が事件の再調査のためにやってきており、真犯人は別にいるということを敢えて喧伝して回り、真犯人の動きを炙り出すという捜査法を行っているのが斬新。自分が名探偵であるということも併せて伝えるのだが、その反応が薄いことに一喜一憂するポワロ、というところに作者のサービス精神というか、ユーモア精神(死語?)が出てて、ほほえましかったりする。
いずれにしても、よくいえば円熟期の作品。多少悪く言えば「晩年っぽい」作品、っていうことかな。決してつまらなくはないし、水準以上の面白さはあると思う。

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