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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1255 6点 四季 冬
森博嗣
(2021/01/09 22:35登録)
  四季  <冬>

「それでも、人は、類型の中に夢を見ることが可能です」四季はそう言った。生も死も、時間という概念をも自らの中で解体し再構築し、新たな価値を与える彼女。超然とありつづけながら、成熟する天才の内面を、ある殺人事件を通して描く。作者の一つの到達点であり新たな作品世界の入口ともなる、四部作完結編。
『BOOK』データベースより。

今回は完結編とあって真賀田四季を前面に押し出しています。それだけに難解で、私としてはある意味四季の思考が何となく解る部分もあるような気もしましたが、それはおそらく単なる勘違いで、凡人というかダメ人間である私と四季の思考回路の間には一億光年くらいの距離があるだろうと思います。
ミステリよりもSFの領域まで幅を広げ、その辺りは面白く読めました。が結局訳分かりません。ただ、真の天才であるが故の、或いは欠けるものがなくパーフェクトであるが故の四季の絶望感や虚無感は伝わってきます。

そして、あの時孤島の事件の裏で何が起こっていたのかが、四季の口から語られます。それでも、私は本シリーズの全容が把握しているとは到底言い難く、これで完結してしまったのかという儚さが残りましたね。少なくともこれだけは言えます。これを読む前に、まずは『すべてがFになる』を読めと。


No.1254 6点 四季 秋
森博嗣
(2021/01/08 22:33登録)
  四季  <秋>

妃真加島で再び起きた殺人事件。その後、姿を消した四季を人は様々に噂した。現場に居合わせた西之園萌絵は、不在の四季の存在を、意識せずにはいられなかった…。犀川助教授が読み解いたメッセージに導かれ、二人は今一度、彼女との接触を試みる。四季の知られざる一面を鮮やかに描く、感動の第三弾。
『BOOK』データベースより。

シリーズの中では外伝的な作品という位置づけだと思います。真賀田四季はチラッとしか出番がありません。犀川と萌絵のS&Mチームと保呂草潤平と各務亜樹良のVチームが共に四季の痕跡を追い、遂には彼ら四人がイタリアで邂逅します。読み所はその辺りで、何も結論らしきものは得られません。ですから、何となくですが最終巻である『冬』への繋ぎの役割を果たしているだけのような気がしますね。

やはり本シリーズでは真賀田四季の存在感が絶大で、『すべてがFになる』で探偵役を務めた犀川でさえ霞んでしまいます。まあ犀川と萌絵の関係がかなり進展するのには驚きましたが、こんなところで何やってるんだとも思えなくもありません。そして、二つのシリーズが混然一体となって展開する目論見は面白いと感じました。ああ、『夏』で出てきたあの人物はあの人だったんだなと、鈍感な私は妙に腑に落ちました。


No.1253 7点 四季 夏
森博嗣
(2021/01/07 22:25登録)
  四季  <夏> 

十三歳。四季はプリンストン大学でマスタの称号を得、MITで博士号も取得し真の天才と讃えられた。青い瞳に知性を湛えた美しい少女に成長した彼女は、叔父・新藤清二と出掛けた遊園地で何者かに誘拐される。彼女が望んだもの、望んだこととは?孤島の研究所で起こった殺人事件の真相が明かされる第二弾。
『BOOK』データベースより。

四季十三歳の物語。美しいです、ロマンティックと言っても良い。おそらくシリーズ最高傑作ではないかと思います。まだ秋冬が残っていますが。
前作と違い四季が思春期を迎えて、人間らしさ或いは女の本能を晒して、読者は天才のこれまでに見られなかった一面を目の当たりにする事になります。天才少女の誘拐事件や叔父とのあれやこれなどの大冒険ののちに、やがて訪れるカタストロフィ。ストーリー性も申し分なく、森博嗣にしては透明感が感じられる、それでいて人間味あふれる逸品に仕上がっていると思います。

『春』を飛ばして本作から入っても大きな問題はありませんが、やはりこの人誰?となる可能性は否定できませんので、順序を守って読むのが正解でしょう。コスパが決して良くないので、出来れば古書店で税込み110円で入手するのが吉かと思います。ノベルス版にはない読者の感想が載っているので、ちょっぴり文庫のほうがお得です。


No.1252 7点 そして粛清の扉を
黒武洋
(2021/01/05 22:31登録)
荒れ果てた都内の某私立高校。卒業式の前日、あるクラスで女性教師が教室に立てこもり、次々と生徒を処刑しはじめた。サバイバルナイフで喉をかき切り、手馴れた手つきで拳銃を扱う彼女は教室を包囲していた警察に身代金を要求。金銭目的にしてはあまりに残虐すぎる犯行をいぶかる警察に対し、彼女はTV中継の中、用意された身代金で前代未聞のある「ゲーム」を宣言した。彼女の本当の目的は? 第1回ホラーサスペンス大賞を受賞した、戦慄の衝撃作。
Amazon内容紹介より。

胃もたれがするような重々しい作品。そしてその雰囲気を吹き飛ばすような筆の勢いと巧妙なプロットで描かれたサスペンスの異色作でしょう。一見『バトルロワイアル』に近い作風かとも思えますが全然違います。
平凡な中年の女性教師が私立高校でとんでもない事件を引き起こします。クラスの全生徒を人質に取り、逆らう者は容赦なく殺していきます。その手際の良さは、それまでの目立たなかった教師像からは想像できないもので、まるで殺戮マシーンのようですらあり、しかも何もかもが計算されつくした計画を次々に実行に移していきます。巨額の身代金を警察に要求し一体何を始めようとするのか・・・。

そして相対する警察側の指揮者である弦間との対決は、手に汗握るサスペンスフルな物語を紡いでいき、最後に生き残る者は誰なのか、マスコミがその後の報道することになるはずの真実とは一体何か、など最後の最後まで興味が尽きることなく読ませます。絵空事と分かっていながらかなりのリアリティを有しており、立て籠もり犯人、人質の生徒たち、警察、マスコミそれぞれの立場から多角的に又映像を見る様に描かれ、真に迫った演技を目の前で見せられているかの如き錯覚すら覚えます。
文章がこなれていなくて若干読みづらいとか、SATの動きが鈍すぎるとか、ご都合主義などの瑕疵を迫力で押し切った作者の手腕は、見るべきものがあると思いました。


No.1251 7点 東海道新幹線殺人事件
葵瞬一郎
(2021/01/03 22:03登録)
新横浜‐小田原間ですれ違った新幹線のぞみとひかりから、ほぼ同時に頭部切断死体が発見された。だが事件の異常さはそれだけに止まらず、頭部が互いにすげ替えられていたことが判明する。死体の上にあった「鬼は横道などせぬものを」という血文字のメッセージが意味するものとは。創作意欲を掻き立てる刺激を求めて、放浪を続ける人気ミステリー作家・朝倉聡太が難事件に挑む!
『BOOK』データベースより。

これはなかなかの作品じゃないでしょうか。アリバイ崩しはあまり好きではないのですが、本作は楽しめました。ハウダニット、ホワイダニットは申し分ないです。フーは・・・ですが。冒頭の超刺激的で不可解な頭部すげ替え事件が簡潔に纏められていて、とにかく興味を惹きます。なぜ犯人はこのような面倒な事を犯したのか、そして鉄壁と思われたアリバイの謎、これに尽きますね。
旅情ミステリの雰囲気も濃く、各地方の郷土料理などもふんだんに盛り込まれています。しかしそれは一面だけで、立派な本格ミステリとしても十分成立しています。

タイトルに関して取り沙汰されていますが、これはこれで良かったのではないかと私は思います。ストレートでいかにも鉄道ミステリ然としていて、好感が持てます。真相については、図解入りで非常に解りやすくてすんなり頭に入ってくる感じです。本格ミステリファンは読んで損のない作品だと思います。秀作ですね。


No.1250 6点 蟲と眼球とチョコレートパフェ
日日日
(2021/01/02 22:45登録)
エデンの林檎の不思議な力で人知を越えた存在となった少女がいた。眼球抉子―通称グリコである。不死身の彼女は、千余年の時の中で初めて、「大切な存在」宇佐川鈴音と出会ったが、林檎を狙う者たちとの戦いのなか、鈴音は意志のない生ける屍―肉人形となってしまった。鈴音、賢木、グリコの三人で過ごした幸せな日日を取り戻そうと、鈴音を救う方法を探してさまよい続けるグリコは、ある人物の言葉を信じて、ここ観音逆咲町へ戻ってくる。おりしも町には怪しげな人物が集結し始めており…はたしてその目的とは何か?大切なものを守るため心を閉ざすグリコ。その優しさが胸を打つ、シリーズ第三弾登場。
『BOOK』データベースより。

第一作が閉じた世界なら三作目は開かれた世界です。新キャラが続々登場し総勢10人以上のキャラが敵味方入り乱れてのバトルを繰り広げます。当然ストーリーも分散し、かなり複雑なものになっており、更に神話が随所に出てきて物語全体の骨格のようなものが見えてきます。しかし、どうしてもシリーズ化の予定がなかったものを無理して話を繋げている感は拭えませんね。

中盤までグリコの敵側からの視点で描かれていて、本作から読んだ読者は一体何がどうなっているのか全く意味不明となるでしょう。ですからくれぐれも順番に読まなければいけない構造になっています。しかし、敵同士が必ずしも戦わなければならない道理もなく、最終的には・・・な展開に。まるで最初から最後までジェットコースターのように激しく乱高下します、全てが読みどころですね。ただ今回も鈴音の出番が少なく、その意味ではやや不満が残ります。前作から登場した憂鬱刑事の顛末もしっかりと描かれていました。そして、次回に繋がるエピソードで終わって、四作目が気になる訳ですね。あざといです。


No.1249 6点 探偵小説のためのエチュード「水剋火」
古野まほろ
(2021/01/01 22:19登録)
私は人殺しだから―。過去の過ちのため帝都から逃げるように転校した水里あかね。彼女を待っていたのは、南国・実予の陽光と、謎めいた美少女・小諸るいかだった。周囲の温かい歓迎に心癒されたかに見えたあかねの目の前で、不可解な爆発&転落事故が。超絶推理で犯人を解明し、陰陽の力で事件に潜む怨霊の姿を暴き出す小諸。論理と因果と美を兼ね備えた最強の陰陽師探偵登場。
『BOOK』データベースより。

前半は青春小説で、事件らしい事件は起こりません。丁度半分まで来た後半やっと高校生落下事件がおこり、終盤ページ的に大丈夫かと思われましたが、これでもかと伏線を回収し事件を収束させます。読者への挑戦状的なものも搭載されています。まあ犯人はあからさまに近い形で読者の目の前に提示されており、誰にでも判ると思いますよ。動機に関しては?な感じですねえ。まあ探偵が陰陽師だからそれもアリかなってところですか。

それにしても、前半で語られた連続放火事件は何だったのでしょう。単なるアクセントですかね。
転校生の水里あかねは油断すると妄想に浸りがち、自意識過剰すぎだろうと思いますし、作者は隙を突いて自分の頭の良さや知識の豊富さを披瀝しようとするし、全く油断も隙も無いというのはこういうのを言うんでしょうね。小ネタの『どんぐりころころ』は水戸黄門の主題歌『ああ人生に涙あり』のメロディで歌える、完全にシンクロしているのは、ああそう言えばそんな噂を昔聞いたようなそうでもなかったような。後で歌ってみたら確かに完璧にシンクロしてましたよ。


No.1248 5点 メルキオールの惨劇
平山夢明
(2020/12/30 22:15登録)
人の不幸をコレクションする男の依頼を受けた「俺」は、自分の子供の首を切断した女の調査に赴く。懲役を終えて、残された二人の息子と暮らすその女に近づいた「俺」は、その家族の異様さに目をみはる。いまだに発見されていない子供の頭蓋骨、二人の息子の隠された秘密、メルキオールの謎…。そこには、もはや後戻りのきかない闇が黒々と口をあけて待っていた。ホラー小説の歴史を変える傑作。
『BOOK』データベースより。

序盤、「俺」は自分の子供の首を切断した女にインタビューを試み、必然的に何故殺害切断したのかに興味が持たれるところですが、それが自然女の息子二人に焦点が当てられて行き、切断理由はどうなったんだってなります。ストーリーはもうそんな事どうでも良いというように進んでいき、全く何なの?と疑問を持たざるを得なくなり、読者は置き去りにされます。まあ結局そのテーマは明らかにはなりますが、どうにも釈然としないものが残る感じですね。

ジャンルは断じて本格ではないです、ホラーの一種です。でも平山にしてはあまりグロくはありません。途中哲学的な要素も出現しますし、何だか理解不能な感じの兄弟の秘密も飛び出して、それが主題になっていきます。ですが、全然ホラーの歴史を変える傑作ではありません、ごくごく普通のどこにでもあるような作品です。一寸無国籍な雰囲気が異色と言えば異色ですけど。特に秀でたところはないと思います。何と言うか、全体的にどこか煮え切らない不完全燃焼な感じを受けました。


No.1247 5点 罪人が祈るとき
小林由香
(2020/12/29 22:20登録)
少年が住む町では、三年連続で同じ日に自殺者が出たため「十一月六日の呪い」と噂されていた。学校でいじめに遭っている少年は、この日に相手を殺して自分も死ぬつもりだった。そんなときに公園で出会ったピエロが、殺害を手伝ってくれるという。本当の罪人は誰なのか?感動のヒューマンミステリー!
『BOOK』データベースより。

初めましての作者さん、可もなく不可もなしの出来でした。どちらかと言うと、ジュブナイルではないけれど子供向けの作品の様に感じました。平易な文体で読み易いのは良いけれど、内容もそれに比例してそれらしさを装っているものの、いかにも浅い印象は免れません。
学校でいじめ(またまた)に遭っている主人公の少年が、謎のピエロと共謀していじめの相手に復讐、殺害しようとするパートと、いじめのせいで妻子を失った中年男性のパートが交互に描かれています。根底にはいじめの被害者やその家族には、果たして報復が是か非かと云うテーマが流れています。デビュー作『ジャッジメント』は未読ですが、何だか共通するものがあるようですね。そこを鑑みると、作者の引き出しの少なさが見え隠れしているような気がしてなりません。

Amazon他世評は高いようですが、意外性の高さやプロットの妙などは微塵もありません。いじめの実態の生々しさもいじめられる側の絶望感もないがしろにされている為、どこか絵空事にしか感じられません。ただ、後味は悪くありません。読者の心に何かしらの救いを齎したのは好印象を残す事でしょう。


No.1246 7点 片翼の折鶴
浅ノ宮遼
(2020/12/27 22:38登録)
医科大学の脳外科臨床講義初日、初老の講師は意外な課題を学生に投げかける。患者の脳にあった病変が消えた、その理由を正解できた者には試験で50点を加点するという。正解に辿り着けない学生たちの中でただ一人、西丸豊が真相を導き出す―。第11回ミステリーズ!新人賞受賞作「消えた脳病変」他、臨床医師として活躍する後の西丸を描いた連作集。
『BOOK』データベースより。

医療ミステリとは言え堂々たる本格ミステリの秀作短編集だと思います。特に二作目の『幻覚パズル』などは見取図を配して、ある意味密室事件の謎を本格的に多重推理を披露し真相を究明していきます。最早医療はほとんど関係ないと言っても良いでしょう。それよりも何よりも表題作ですよ、素晴らしいです。かなり毛色の変わった異色作ではありますが、西村豊が見事に脳変異が消えた謎を暴いています。これだけ理詰めの推理を見せられてはこの作品の前に平伏すしかありません。欠点らしい欠点は全く見当たらないと思います。全てが伏線に繋がっており、むしろ読者への挑戦状がないのが不思議なくらいです。このクラスの短編が並んでいれば、9点を付けるのも吝かではなかったでしょうね。

他はどうしても医療に対する知識がないと解けない作品もあり、やや残念な部分はありますが、いずれも好編揃いです。単行本刊行時の表題作『片翼の折り鶴』がもう少し踏ん張ってくれれば8点でしたね。それでも8点に近い7点と思って頂けたら、と言うところではあります。
作者は現役の医師でありながら、文章力も文句なく、露出度が少ない探偵役の西村豊医師の個性を僅かな仕草や言動で表現しており、見事としか言いようがありません。


No.1245 7点 クレイジー・クレーマー
黒田研二
(2020/12/26 22:30登録)
大型スーパー“デイリータウン”のマネージャー袖山剛史は、クレーマー・岬圭祐、万引き常習犯「マンビー」という二人の敵と闘っていた。激化する岬との対立関係といやがらせに限界を感じ始めた袖山の前で、ついに殺人事件が発生する…。最終章で物語は突如変貌!あなたは伏線を見破り、真相にたどり着けるか?―。
『BOOK』データベースより。

最初のクレーマーネタだけで一冊連作短編集を書けそうな勢いで、冒頭から引き込まれました。ただこれはサスペンス長編、どことなく笑いを誘うようなクレーマーの連続攻撃から、ユーモアミステリかなくらいにしか思っていませんでしたが、終盤を迎えるに従って次第に只者ではないなと感じ始めました。
何となく猟奇殺人事件の大凡の概要は予想していましたし、私もあ、あれだなと誰しもが陥る陥穽に見事に嵌りました。しかし、真相は想像をさらに超えたところにあります。まあ騙されますわ。それが怒りを呼ぶかどうか、それは読者次第だと思いますが、私自身は意表を突かれ、その後色々と頷ける伏線がある事に遅まきながら気づかされました。

個人的にはとても満足しています。反則ギリギリかも知れませんが、上手く技巧で肝心なところを暈しながら、何とも際どい綱渡りを渡り切った達成感が作者にはあったのではないかと想像します。ただ、マンビーの正体が残念でした。


No.1244 6点 名探偵登場 日本篇
事典・ガイド
(2020/12/24 22:52登録)
日本のミステリは一八八九年に始まった。明智小五郎の名前の由来とは。三毛猫ホームズは一作限りの設定だった…岡本綺堂、野村胡堂から江戸川乱歩、松本清張と続き、赤川次郎、高村薫に及ぶ探偵小説にまつわる意外な事実を、主人公別に説き明かした名探偵クロニクル。すぐに役立つ読書案内と、詳細な著者紹介を付す。
『BOOK』データベースより。

大正、昭和、平成の世に活躍した73人の名探偵名鑑。岡本綺堂の三河町の半七から高村薫の合田刑事に至るまで、各探偵、刑事達の人となりや解決した事件などを膨大な知識と情報量で紹介しています。又、名探偵を創造した作者に関する裏話なども披露されています。ただ新本格からは法月綸太郎のみが選ばれており、新保教授が新本格に傾倒してると疑われるのが嫌だった為なのか、私としてはせめて島田潔くらいは入っていて欲しかったところです。探偵に関するエピソードがあまりなかったせいと思いたいですね。

名探偵に纏わる知られざる情報として面白かったのは

・銭形平次はアルセーヌ・ルパンを善人にしたものだった
・神津恭介の名は先行する金田一耕助、加賀美啓介のイニシャルがK・Kだったから名付けられた
・伊集院大介のモデルはさだまさし
・竹本健治は囲碁ばかりしていて大学五年間で単位を一つも取れなかった
・法月綸太郎は法水麟太郎のもじりではない

などです。


No.1243 7点 魔女の子供はやってこない
矢部嵩
(2020/12/23 22:41登録)
小学生の夏子はある日「六〇六号室まで届けてください。お礼します。魔女」と書かれたへんてこなステッキを拾う。半信半疑で友達5人と部屋を訪ねるが、調子外れな魔女の暴走と勘違いで、あっさり2人が銃殺&毒殺されてしまい、夏子達はパニック状態に。反省したらしい魔女は、お詫びに「魔法で生き返してあげる」と提案するが―。日常が歪み、世界が反転する。夏子と魔女が繰り広げる、吐くほどキュートな暗黒系童話。
『BOOK』データベースより。

独特のクセのある、かなり読みづらい文体です。連作短編なのか長編なのかちょっと判別し難いところがありますね。1話でいきなりグロとスプラッター全開で、結構ハードでホラーな展開かと思えば、2話ではほのぼのとしたアットホームなドラマに急変し、その後ファンタジーの世界に突入します。

そして何より4話5話のオチが凄いです。これは恐ろしい、まるで本格ミステリの大トリックが解明された時のようなカタルシスを得られました。巷にありがちなホラーとは一線を画す、所謂問題作と言って良いでしょう。それ以上の感想が思い浮かびません。それにしても、夏子を始め誰も彼も嘔吐しすぎです。タイトルや表紙画に騙されて、軽いホラーと思ったら大間違い、ずっしりと重い読み応え十分の作品になっています。


No.1242 6点 四季 春
森博嗣
(2020/12/21 22:26登録)
  四季  <春>

天才科学者・真賀田四季。彼女は五歳になるまでに語学を、六歳には数学と物理をマスタ、一流のエンジニアになった。すべてを一瞬にして理解し、把握し、思考するその能力に人々は魅了される。あらゆる概念にとらわれぬ知性が遭遇した殺人事件は、彼女にどんな影響を与えたのか。圧倒的人気の四部作、第一弾。
『BOOK』データベースより。

何と言ってもこの作品は各読者の感性に合うかどうかで評価が変わってくるものと思われます。一応ストーリーらしきものはあるし、密室殺人事件も起こります。しかし、それらは二次的な副産物に過ぎず、あくまで本質は真賀田四季の天才ぶりを如何に我々凡人に理解させるかに重点を置いているものと思います。まあしかし天才にも様々なタイプがあるでしょう、四季の場合は人格を非人格として捉える、というか、極論すれば人間としてのあらゆる感情を取り除いて、残った知性のみに支えられた非人間性の極致ではないかと思うのです。だからと言って感情がない訳ではなく、表面的には非情な血も涙もない人間にしか見えませんが、勿論そんな事はありません。ですが、読み手には四季の人間性が伝わってきません。まるで精密機械のようで。

その代わりに「僕」の存在がある訳ですね、言ってみれば。あまりに天才的過ぎて副作用としての「僕」のありよう。それで中和しているのではないかと。
まあ私ごときがあれこれ書いても何も伝わらないし、瀬在丸紅子や西之園教授との邂逅を含めて楽しめばそれで十分じゃないでしょうかね。


No.1241 6点 夜よりほかに聴くものもなし
山田風太郎
(2020/12/20 22:32登録)
「証言」「精神安定剤」「法の番人」「必要悪」「無関係」「黒幕」「一枚の木の葉」「ある組織」「敵討ち」「安楽死」と犯罪者の心理、人間考察十話。これらの何ともやりきれない事件に遭遇する老八坂刑事は、犯罪者のやむにやまれぬ事情を十分理解しながら「それでも」職務上犯人に手錠をかけなければならない。人間のエゴイズム、国家権力や価値体系からはじき出された人間のはかない抵抗と復讐、権力末端の人間の悲哀が…。
『BOOK』データベースより。

最初に書いておきたいのは光文社から出ている『夜よりほかに聴くものなし サスペンス篇』は本書にプラスして12の短編が収録されており、そちらのほうが断然お得感があります。私はそれを事前に知らず買ってしまったのでちょっぴり後悔しています。

序盤は好調で読むごとに、事件の裏に隠された意外な事実や動機が明らかになっていく趣向に、やはり風太郎は面白いと思いました。連作短編集で八坂刑事が探偵役となって最後には決め台詞で幕を閉じるお約束になっています。しかし、終盤に近づくに従って、次第にその奇想の勢いが半減していく感があり残念に思います。
流石に年代を感じさせる差別用語の連打には鼻白むものがありましたが、文体は現代的で違和感はありません。しかしその年代ならではの動機などもあり、興味深く読むことはできました。人間の根源的な部分まで深層心理を掘り下げて、なるほどと肯ける面もあれば、そんな馬鹿なと思う面もあり、微妙な読後感でしたね。それでも全体としては平均的にまずまずの出来(風太郎としては)と思います。


No.1240 7点 地図男
真藤順丈
(2020/12/19 22:35登録)
仕事で移動中の“俺”は、大判の関東地域地図帖を脇に抱えた奇妙な漂浪者に遭遇する。地図帖にはびっしりと、男の紡ぎだした土地ごとの物語が書きこまれていた。千葉県北部を旅する天才幼児、東京23区の区章をめぐる闘い、奥多摩で運命に翻弄される少年少女の軌跡―数々の物語に没入した“俺”は、それらに秘められた謎の真相に迫っていく。『宝島』で第160回直木賞を受けた俊英の、才気溢れるデビュー作。
『BOOK』データベースより。

第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作。
短い作品ながら、中身がぎっしり詰まった濃密な内容で、その短さを全く感じさせない何かを残す逸品に仕上がっていると思います。個人的には特に分厚い地図帳に書かれた、東京23区の覇権争い中央区の擬宝珠じじいと港区代理人のニット帽を被ったフリーター女性の競技かるた対決に燃えました。凄い緊迫感に圧倒され、しかもコンパクトに纏められていて、披露される数少ない物語の中では最も惹かれるものがありましたね。勿論メインのムサシとアキルの物語にも他に類を見ない魅力を感じました。

あとがきに書かれているように、角川から十年の時を経て再文庫化された際に、地図男の描くエピソードをもっと追加するつもりだったが、今の自分には書けなかったと嘆いているのが読者としても残念な限りです。それと、地図男の正体があまりに曖昧模糊として謎めいており、掴み所がなかったのが良かったのか悪かったのか私には判断できません。ストーリーの雰囲気を壊さなかったという点に於いては正解だったのかも知れませんが。あとは、何故地図男は物語を紡ごうとするのかが、謎のまま終わっており、未完な印象を残しているのはどうなのでしょうかね。それでもエンターテインメント小説として一級品だと私は思います。


No.1239 5点 壊れた少女を拾ったので
遠藤徹
(2020/12/18 22:27登録)
ほおら、みいつけた―。きしんだ声に引かれていくと、死にかけたペットの山の中、わたくしは少女と出会いました。その娘はきれいだったので、もっともっと美しくするために、わたくしは血と粘液にまみれながらノコギリをふるいました…。優しくて残酷な少女たちが織りなす背徳と悦楽、加虐と被虐の物語。日本推理作家協会賞短編部門候補の表題作をはじめ五編を収録、禁忌を踏み越え日常を浸食する恐怖の作品集。
『BOOK』データベースより。

グロテスクではありますが怖くはありません。しかし、異常な状況を平然と描写しているので、据わりの悪さや猛烈な違和感を覚えます。特に『弁頭屋』『赤ヒ月』『カデンツァ』の三編は、最初からそういう世界なんだと頭に叩き込んでおかないと、何だこれってことになってしまうと思います。私は大いに細かい事が気になりましたが、何故とか何が起こっているのかと云った思考はシャットアウトしなければ物語自体を楽しむことが出来ませんね。

帯の謳い文句に「血に濡れた少女はきれいでおいしくいただきました・・・・・・」とありますが、当然表題作の事を示していると勘違いしていました。実は違っていたんですね。前述の三作品はグロと官能を美化して芸術にまで昇華しようと一生懸命書いているのは分かりますが、それが上手く描かれているとは言い難く、あと一歩のところでB級ホラーのそしりを免れない結果に終わっている気がします。表題作と『桃色遊戯』はホラーと言うより、文芸に近い作風だと思います。


No.1238 6点 交換殺人はいかが?
深木章子
(2020/12/17 22:42登録)
僕は君原樹来、小学六年生。将来の夢は推理小説作家。作品の題材になるような難事件の話を聞きたくて、元刑事のじいじの家に遊びに来た。そうしたら交換殺人や密室、ダイイングメッセージとかすごい謎ばかりで期待は的中!でもね、じいじ。その解決、僕はそんなことじゃないと思うんだけどなあ。可愛らしい名探偵の姿を通じて、本格ミステリーの粋を尽くした魅惑の短編集。
『BOOK』データベースより。

本格の定番のテーマを取り上げて、ちょっと変わった角度からアプローチした連作短編集。密室、超常現象、ダイイングメッセージ、双子、交換殺人、見立て殺人とずらりと並んだ本格ミステリ愛に満ちた作品集となっています。
第一話の密室を扱った『天空のらせん階段』はトリックはバカミスに近いものがありますが、螺旋階段を有機的に機能させた意表を突くもので、図面を備えて非常に分かりやすくとても良い作品だと思います。まあ無理がある点は否めませんが、発想は面白く個人的には満足です。
双子を扱った『ふたりはひとり』は従来の双子トリックを逆手に取って、これまた今までになかった新たな切り口で謎に迫っています。

じいじは孫息子の樹来をこよなく愛しているのですが、その妹である孫娘に対して何かしら訳ありげに距離を取っているのが些細な事ではありますが、何故か気になります。それにしても樹来はとても小学生とは思えぬ慧眼を持って、警察が解決できなかった事件や一応解決と考えられてきた過去の事件を、次々に暴いていきます。この調子では将来名探偵間違いなし、或いは彼が目指しているミステリ作家になる日は近いと思われますね。
全ての作品が一定の水準を保っていて、取り敢えず粒揃いと言っても過言ではないでしょう。


No.1237 6点 イルカは笑う
田中啓文
(2020/12/15 22:28登録)
最後の地球人と地球の支配者イルカの邂逅「イルカは笑う」、倒産した日本国が遺した大いなる希望「ガラスの地球を救え!」、ゾンビ対料理人「屍者の定食」、失われた奇跡の歌声が響く「歌姫のくちびる」…感動・恐怖・笑い・脱力、ときに壮大、ときに身近な12の名短編。日本人よ、これが田中啓文だ!
『BOOK』データベースより。

荒唐無稽、無茶苦茶、破天荒、脱力系、グロ、ダジャレ、SF、これらを纏めて分散したような作品の数々。誰も書けない、他の誰が書いてもこのように面白くは書けないであろうと予測されるものです。まさに田中啓文の独壇場であります。それぞれの短編が妙な迫力を有していたり、とんでもないスケールの大きさを誇っていたり、意外な感動を持っていたり、シニカルな味わいを出していたりします。

巨額を掛けて造られた宇宙リゾートで完全再現された宇宙戦艦ヤマトは、波動砲で宇宙人の侵略を防げるか、そしてその後意外な事実が判明する『ガラスの地球を救え!』。
ある出来事(勿論でっちあげ)を切っ掛けに謀反を決意する明智光秀が、本能寺で信じられないものを目の当たりにする『本能寺の大変』。
それまで一度も試合で登板したことのなかった星吸魔が、甲子園で初マウンドに立ち180キロのストレートを投げるが、体中が本物の「血の汗」を流し始める『血の汗流せ』。

等々、田中啓文の入門書には持って来いの短編集です。駄作は一つもありません。合う合わないはあると思いますが、たまには毛色の変わった物をという方にお薦めです。


No.1236 7点 殺人鬼(角川文庫版)
横溝正史
(2020/12/13 22:43登録)
ある説によると、我々の周囲には五百人に一人の割合で、未だ発見されていない殺人犯がいるという。あなたの隣人や友だちは大丈夫ですか? あの晩、私は変な男を見た。黒い帽子をかぶり黒眼鏡をかけ、黒い外套を着たその男は、片脚が義足で、歩くたびにコトコトと無気味な音をたてる。男は何故か、ある夫婦をつけ狙っていた。彼の挙動が気になった私は、その夫婦の家を見はった。だが数日後、夫の方が何者かに惨殺されてしまった! 表題作ほか三篇を収録した横溝正史傑作短篇集。
Amazon内容紹介より。

居並ぶ名作長編と比較すると見劣りするのは確か。それは短編ならではの物足りなさではなく、物語の裏に隠されたドロドロした人間関係がやや希薄であることに起因すると思います。それでも横溝らしさは随所に見られ、陰鬱たる事件の数々を中和するのが金田一耕助の存在であるのも何ら変わりはありません。『百日紅の下にて』以外はそれほどトリッキーという訳ではなく、スリラー寄りの本格ミステリではないかと感じます。

何故名作『百日紅の下にて』を表題作に持ってこなかったのか不思議でなりませんが、『殺人鬼』の方がインパクトがあるという理由だったのでしょうか。
実は一年ほど前だと思いますが、『百日紅の下にて』がBSでドラマ化されており、それを観ていた私は横溝正史がこんな作品も書いていたのかと云う衝撃を受けたものです。それを思い出してこの度この作品目当てで購入に至りました。流石に『横溝正史が語るわたしの十冊』に選ばれるだけあり、二転三転する展開と眩暈がするほどのロジックには敬意を表するしかありませんね。この作品は紛れもなく名作であると断言しても良いと思います。

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