home

ミステリの祭典

login
メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1315 4点 空飛ぶ広報室
有川浩
(2021/05/08 22:53登録)
不慮の事故で夢を断たれた元・戦闘機パイロット・空井大祐。異動した先、航空幕僚監部広報室で待ち受けていたのは、ミーハー室長の鷺坂、ベテラン広報官の比嘉をはじめ、ひと癖もふた癖もある先輩たちだった。そして美人TVディレクターと出会い…。ダ・ヴィンチの「ブック・オブ・ザ・イヤー2012」小説部門第1位のドラマティック長篇。
『BOOK』データベースより。

何故この作品を購読しようとしたのか、そう言えば有川浩久しく読んでいないなと思ったのが運の尽き。まあ魔が差したというのか、そいういう事ですよ。勿論Amazon他とても評価が高かったからとの理由は根底にありましたが。結果、大勢に反してイマイチだったとしか言えません。やはり私は世間の常識が通じない人間なのかも知れません。ドラマ化までされた人気作家によるヒット作・・・。それがこの体たらくでは何とも言いようがありません。
凄く真面目に書かれているとは思いますが、もっと遊び心があっても良かったのではないかと。確かにキャラとしてはそれぞれ個性的に描かれています。しかし、航空幕僚監部広報室の実態も人間ドラマも中途半端で、深掘りされているようには思えません。所謂お仕事小説としてあまり誉められたものではないと感じます。

あとがきでは東日本大震災の為に、刊行が遅れたことなどが書かれています。
解説は現役自衛官の幕僚長によるもので、作中で描かれている自衛官たちが硬派な印象ではなく、生身で等身大の人間像である事を評価すると書かれています。それは私も感じました。自衛隊に関わる人達はすべからくお堅く生真面目であるのが正しいのだという先入観を見事に砕いてくれました。他にも自衛隊について特に広報室という特殊な職について、勉強にはなりました。


No.1314 7点 殺人交叉点
フレッド・カサック
(2021/05/05 22:51登録)
十年前に起きた二重殺人事件は、きわめて単純な事件だったと誰もが信じていました。殺人犯となったボブをあれほど愛していたユール夫人でさえ疑うことがなかったのです。しかし、真犯人は私なのです。時効寸前に明らかになる驚愕の真相。’72年の本改稿版でフランス・ミステリ批評家賞を受賞した表題作にブラックで奇妙な味わいの「連鎖反応」を併録。ミステリ・ファン必読の書。
『BOOK』データベースより。

表題作は巧妙なプロットの裏に、そっと仕込まれた仕掛け。見事にやられました。最後の最後までそれが非常に上手く隠蔽されていて、全く気付かずに読んでいましたので、久しぶりにかなりの衝撃を受けました。訳者の平岡敦も結構気を遣いながら苦労の翻訳だったのではないかと思います。これまた見事な仕事ぶりでしたね。ややこしくなりそうな人間関係を端的且つ解りやすく説明されており、混乱することなく読み進める事が出来ました。その辺りにも作者の力量が伺えます。

一方併録の『連鎖反応』は数段落ちる印象でした。途中ダレてしまってちょっと頓挫しそうになりました。あまりお目に掛かったことのない動機が目新しかった以外は、これと言って面白みがあるとは思えませんでした。ユーモアミステリらしいですが、そうでもない気がします。こちらはなかった事にして7点を献上。


No.1313 5点 新興宗教オモイデ教
大槻ケンヂ
(2021/05/02 22:57登録)
1カ月前に学校から消えたなつみさんは、新興宗教オモイデ教の信者になって再び僕の前に現れた。彼らは人間を発狂させるメグマ祈呪術を使い、怖るべき行為をくりかえしていた―。狂気に満ちた殺戮の世界に巻き込まれてゆく僕の恋の行方は?オドロオドロしき青春を描く、著者初の長編小説。
『BOOK』データベースより。

短いページの中に色々詰め込み過ぎて、あれこれ説明不足の感は否めませんね。キーパーソンと思える人物はおろか、主要登場人物、特にヒロインのなつみですら内面描写が圧倒的に足りない気がします。魅力にも乏しいです。それにより中身が薄く事象ばかり前に出ている印象がどうしても拭えないです。データベースには青春小説の如く説明されていますが、ジャンル的には「新興宗教団体大戦」ではないかと思います。そんなものはないとの声も聞こえてきそうですね、しかしそう表現するしかないようなジャンル不明の、これまでになかったタイプの小説と言えそうです。

そんな疵の少なくない本作で最も気になったのは、誘流メグマ祈呪術という能力を複数の教団が生み出そうとしているところです。同時期にそんな特殊能力の使い手が何人も現れるのは、如何にもご都合主義過ぎるのではないかと。どちらかと言えば何でもアリの世界なので、無理やり納得するしかないんでしょうけど。
この作者らしく、ロックバンドに関する薀蓄や記述が結構あったのはご愛嬌ですね。


No.1312 6点 平成ストライク
アンソロジー(出版社編)
(2021/04/30 22:48登録)
JR尼崎駅で通勤電車を待っていたカメラマンの植戸は電車脱線の報せを受ける。その後、ホームで見かけた高校生が事故の取材現場にも現れて…(「加速してゆく」青崎有吾)。私は悪を倒すため、正義のために、彼のブログに殺害予告を書き込み続ける(「他人の不幸は蜜の味」貫井徳郎)。平成に起きた、印象的な事件や出来事をテーマに9人の注目作家が紡ぐ衝撃のミステリ。今を手探りで生きる私たちの心に刺さる、珠玉の競作集!
『BOOK』データベースより。

青崎有吾の『加速してゆく』を読んだ直後は、なるほどそう言えば尼崎でマンションに突っ込んで、多くの犠牲者を出した電車脱線事故があったなと久しぶりに思い出しました。そしてこの作品がこのアンソロジーの規範となっていれば良いなと思うほどの良作でありました。しかし、他は平成という時代を振り返って、膝を打つような事件を扱ったものは天祢涼の東日本大震災のその後を描いた『From the New World』くらいです。あと消費税導入もありましたね。

本アンソロジーに寄稿している9人の作家は、全て平成デビューらしいですが、井上夢人は岡嶋二人として昭和デビューなので要らなかったかなと思います。作品自体もあまり印象に残らなかったですし。遊井かなめは平成の流行を散りばめただけの凡作だし、白井智之は相変わらずエログロ全開でやりたい放題だし。小森健太郎は唯一書下ろしではないので、ほとんど平成とは関係ありません。バカミススレスレのトリックはあまり感心しませんが、意表を突かれたのは確かです。
玉石混交であるのは間違いないですが、総じて楽しめたのでこの点数にしました。結構豪華な作家陣だったので期待し過ぎた私がいけなかったんです。


No.1311 6点 21面相の暗号
伽古屋圭市
(2021/04/26 22:42登録)
裏ロム販売で稼いだ三千万円を、仲間と山分けした卓郎と相棒の美女・シエナ。ところが、すべて偽札だったことが発覚する。さらにありえない記番号の一万円札が紛れていることに気づいたふたりは、かい人21面相からの暗号だと確信し、謎解きをはじめる。時同じくして、製菓会社「すぎしょう」に、自社製品への毒物混入停止と引き換えに、五千万円を要求する脅迫電話がかかってきて―。
『BOOK』データベースより。

重すぎず軽すぎず、適度なユーモアを含んだ暗号解読ミステリ。途中でかい人21面相を模倣した大規模な恐喝事件が混在し始め、卓郎とシエナのコンビとどう関わってくるのかが見ものです。脅迫電話の犯人の悲しい過去と動機が割と簡単に紹介されますが、敢えて短めに纏めてあるのは話が重くなり過ぎて全体のバランスが取れなくなるのを防ぐ目的があったのではないかと考えます。しかし、その記述がある事でより恐喝犯人に感情移入できる余地を作ったものと思われます。

まあミステリと云うより、エンターテインメント小説として楽しむべき作品でしょう。暗号に関してもそれほど小難しい訳ではなく、読者にあまり負担を強いることの無いよう工夫がなされていると思います。結構楽しめましたよ、個人的には。グリコ・森永事件当時の事を色々思い出しながら、そんな事もあったなあと感慨に耽りながら読みました。標的はグリコや森永だけではなかったんですね。丸大食品やハウス食品、不二家なども狙われていたのは失念していました。


No.1310 6点 暗黒残酷監獄
城戸喜由
(2021/04/23 22:47登録)
同級生の女子から絶えず言い寄られ、人妻との不倫に暗い愉しみを見いだし、友人は皆無の高校生・清家椿太郎。ある日、姉の御鍬が十字架に磔となって死んだ。彼女が遺した「この家には悪魔がいる」というメモの真意を探るべく、椿太郎は家族の身辺調査を始める。明らかとなるのは数多の秘密。父は誘拐事件に関わり、新聞で事故死と報道された母は存命中、自殺した兄は不可解な小説を書いていた。そして、椿太郎が辿り着く残酷な真実とは。第23回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

物々しいタイトルからどんな大層な小説かと思ったら、ラノベじゃん。別にラノベを軽視している訳では決してありませんが、果たして文学大賞に相応しいかどうか疑問に思わざるを得ません。だから余計に選考委員の寸評が巻末に欲しかったところです。しかし、内容としては名前負けしているとは思いません、むしろそれに見合ったものとの印象はあります。

それにしても主役で語り手の椿太郎(ちゅんたろう)は、血が通っている人間にはとても思えませんでしたね。感情が常人とは違う感覚を持っており、家族や友人関係も全てに於いて所謂良い人は見当たりません。誰も彼もが一癖あり誰が「悪魔」でも可笑しくないような状況にあります。
そんな中、メインがどこにあるのかと感じるくらい、事件(主に過去に)が起きます。それを椿太郎が追っていくわけですが、その道中も一筋縄ではいきません。ツッコミどころは多いです、例えば何故磔にされたのかなどの説明もされていませんし。普通そんな面倒な事はしないだろうと。
総体的に言えば、色々なネタの寄せ集めで成り立っている作品でしょうか。それぞれの事件が絡み合ったり合わなかったりしながら進行し、多分にカオスを含んだ怪作と呼ぶべきものだと思います。


No.1309 6点 ふたり探偵―寝台特急「カシオペア」の二重密室
黒田研二
(2021/04/20 22:33登録)
ムック本取材のための北海道旅行からの帰路。向河原友梨ら取材班は、寝台特急カシオペアの車中にいた。一方、友梨の婚約者で刑事のキョウジは、連続殺人鬼Jを追っていた。が、殺人鬼の罠にはまり、意識不明の重体となってしまう。やがて、友梨の頭の中に彼の声が聞こえてきて…。Jはこのカシオペアに乗っているというのだ!ファンタジックな本格推理の傑作。
『BOOK』データベースより。

理路整然としていて、伏線もあからさまに張られており、何となく優等生的な作品ではないかと思います。意外性もありますが、サブタイトルとして謳われている密室トリックはちょっとショボいですし、犯人は如何にも怪しい人物で予想通りでしたねえ。勿論推理による犯人指摘という訳ではありませんが、当てずっぽうでも想像は付きます。動機に関してはありきたりで、あまり感心しませんね。シリアルキラーになってまで?と疑問が残ります。

又、密室と化した寝台特急カシオペアとJと呼ばれる連続殺人鬼の組み合わせがあまりフィットしていない気もしました。
本格ミステリと云うよりサスペンスに近い感じです。そして本作の肝はフーでもホワイでもなく誰が○○なのかであると思いますね。ミッシングリンクを追う辺りの読ませ方は堂に入っていて好感が持てます。でもこの人の作品はどれも平均的に出来上がっていて読み易く面白いですが、突出したものを感じません。


No.1308 7点 ツィス
広瀬正
(2021/04/18 22:36登録)
東京近郊の海辺の町で密かにささやかれはじめた奇妙な噂。謎のツィス音=二点嬰ハ音が絶え間なく、至るところで聴こえるというのだ。はじめは耳鳴りと思われたこの不快な音はやがて強さを増し、遂に首都圏に波及して、前代未聞の大公害事件に発展していく。耳障りな音が次第に破壊していく平穏な日常。その時、人びとが選んだ道は?そして「ツィス」の正体は?息もつかせぬパニック小説の傑作。
『BOOK』データベースより。

そもそもパニック小説とは、その原因となるものの追究と対峙、恐慌に見舞われる、見舞われた人々の人間ドラマ、パニックそのものの描写の三本柱によって構成されるべきものと私は思っています。ところが本作はそれらが一つも描かれていません。淡々とツィス音という謎の騒音に日常生活を脅かされる東京都民が、やむを得ず耳栓をして音のない世界を余儀なくされる様を、テレビ局の報道番組を通して描写されるのみ。
どうでもいい事ばかりクローズアップされて、肝心の先に挙げた三要素がほとんど見当たらないのにはどうにも納得がいきません。
Amazonを始め世評は高いようですが、これほど圧倒的なマジョリティと己の矮小な評価との乖離を感じた作品は初めてです。どこがそれ程読者の心を掴んだのか不思議でしかありません。しかも直木賞候補にまでなったとは。最早私のような素人書評家には感想を述べる資格すらないとすら思えてきます。いやはやどうしたものか・・・と『エンディング』まで信じて疑いませんでした。ところが


【ネタバレ】


ところが、『エンディング』でやられました。いきなりそれまで見てきた景色が一変し、ミステリとしての真の姿を現します。まさか、ツィス音がある人物の陰謀による集団幻聴だったとは思いも寄りませんでした。まあ、そんな簡単に事が運ぶとはとても思えませんが、ここに至り私の評価は激変しました。そんなどんでん返しがあろうとは想像も出来ませんでした。やはり小説は最後まで読まないと、何が起こるか分からないものですね。
しかし、ツィス音が消えてからの政府の対応には疑問を抱かざるを得ません。再発の恐れがあるのを考慮しないのは、やはりおかしいのではないかと思います。


No.1307 7点 アヤツジ・ユキト 1987-1995
評論・エッセイ
(2021/04/14 22:29登録)
『十角館の殺人』での衝撃的なデビューから八年四カ月の軌跡を、綾辻行人自身とともに振り返る。エッセイ、解説、書評から推薦文、あとがきに至るまで、この間に発表されたすべての「小説以外の文章」を、詳細な脚注と各年の回顧録をつけて完全収録!アヤツジファン待望・必携のクロニクル。
『BOOK』データベースより。

全てが本音で書かれているとは思いませんが、綾辻行人の穏やかでありながら、内に秘めた情熱が良く伝わってくる文章が多いなと感じます。
これを読めば、綾辻の色々な顔が見えてきます。恩師島田荘司とのミステリ観の乖離、自身のミステリに相対するスタンス、ホラー映画やスプラッターへの愛着と憧憬、異形なものに対しての執着、宮部みゆきと生年月日が同じである事、麻雀名人戦で結局最後まで決勝戦に進出できなくて悔しかった事、小説家としての年を重ねるごとに拗れていく鬱状態、カンヅメに苦しんだ思い出等々、数え上げればキリがありません。

又、当然のことながら京大のミステリ研時代の仲間である法月綸太郎や安孫子武丸、麻耶雄嵩に関する記述もあります。他に登場するのは、氏の大好きな楳図かずお、谷山浩子、もう一人の恩人である竹本健治や中井英夫、小森健太郎、京極夏彦ら多数。
所々に配されている写真を見ると若いなあ、というより幼いなという印象が強く残ります。童顔だった若い頃、残念ながら今では見る影もありませんが。
個人的には京都の北部に位置する私にも無縁ではなかった地、岩倉の事が書かれていたのも懐かしさを誘いました。それと様々な人に支えられ、多くの縁に導かれて今の小説家綾辻行人があるのだなと、それを運命と言うのかも知れないなと思ったりもしています。


No.1306 7点 そして誰も死ななかった
白井智之
(2021/04/11 23:03登録)
覆面作家・天城菖蒲から、絶海の孤島に建つ天城館に招待された五人の推理作家。しかし館に招待主の姿はなく、食堂には不気味な泥人形が並べられていた。それは十年前に大量死したミクロネシアの先住民族・奔拇族が儀式に用いた「ザビ人形」だった。不穏な空気が漂う中、五人全員がある女性と関わりを持っていたことが判明する。九年前に不可解な死を遂げた彼女に関わる人間が、なぜ今になってこの島に集められたのか。やがて作家たちは次々と奇怪を死を遂げ、そして誰もいなくなったとき、本当の「事件」の幕が開く。驚愕の本格推理。ミステリ界の鬼才が放つ、新世代の「そして誰もいなくなった」!
『BOOK』データベースより。

これまでの白井作品との違いは、グロが謎解きに直結していない点ではないかと思います。従って今回は本格度が随分高くなっているようです。特にロジックにより特化しているのは評価されて然るべきじゃないでしょうか。だからと言ってグロ要素が弱いかというと、決してそういう訳ではありません。読者によってはやはり拒絶反応を示す方も多かろうと思いますね。それにしても、導入部の謎は効いています、後半になって、成程あのエピソードはそういう事だったのかと納得させられますよ。

入れ代わり立ち代わり容疑者たちが推理し、最後にとどめを刺すという趣向は面白く、多重推理物としても十分楽しめました。しかし、動機がかなり弱いので、その意味ではどうにも納得しかねますね。
荒唐無稽と言ってしまえばそれまでですが、毎回毎回よくもこのような奇怪なシチュエーションを想定できるものだと感心します。しかも、細々とした伏線の数々が何気なく配置されている点にも注目していただきたいです。この人の作品は万人受けはしないと思いますが、その天才的な発想は十分発揮されており、ファンはやはり必読の書ではないでしょうか。


No.1305 7点 あなたの思い出紡ぎます 霧の向こうの裁縫店
高橋由太
(2021/04/08 22:58登録)
この世とあの世を縫い合わせ、死んだ人に一度だけ会える裁縫店。路頭に迷った真琴を雇ってくれたのは、そんな都市伝説のような店だった。偏屈店主と謎の少年幽霊に翻弄されながら、様々な客と関わっていく真琴。事故死した娘に会いにきた母親、病気と闘いながら妻に会いにきた男性、恋人に会いにきた女子高生。彼らと接する中で、真琴もまた客として、ある人に会いにいくことを決意する。
『BOOK』データベースより。

これは非常に完成度の高い作品だと思います。プロローグで主要登場人物を要領よく紹介し、これから起こる物語に期待を持たせるような雰囲気を醸し出します。第一話で大号泣させ、その後も一話ごとに趣向を変えつつ、ワンパターンにならないように読者を飽きさせない工夫を凝らしています。ほんわかとした良い話や切ない話ばかりかと思いきや、第三話では凄く嫌な人物を登場させ、イヤミス的でホラー風味の話に仕上げたりもしています。

そして最終話では、守銭奴で冷たく底の知れない裁縫店の店主自身の過去を抉るように描き、最高の形で物語を締めくくっており、温かい余韻を残しつつ幕を引きます。
何となく続編がありそうな、更にはシリーズ化も期待できる終わり方をしていて、ひっそりとそれを楽しみにしている自分がいました。


No.1304 5点 怪談首なし御殿
郷内心瞳
(2021/04/06 22:43登録)
拝み屋を生業にする郷内心瞳が書き下ろした、大人気シリーズ拝み屋備忘録の第2弾! 日夜現れる異形の医者に身体をボロボロにされていく恐怖と絶望を綴った三部作「診察」「往診」「再来」、迷い込んだ神社で遭遇した、記憶に留めたくないほど恐ろしいおんな「忘れ去りたい」、依頼を受けて著者が訪れた怪しい気配が蠢く戦慄の館。そこに隠された因果とは…「首なし御殿」など、著者自らの体験を含めた数多の怪奇譚を収録!
Amazon内容紹介より。

ほとんどが掌編でさしたるオチもなく、読み応えがありません。文章にリアリティがない為、あまり怖さが感じられないですが、実際にあった出来事だったら怖いなとは思います。作者は現役の拝み屋ですので、あながち創作だとは言い切れません、世の中には我々の知らない恐ろしい怪談がごろごろ転がっているのかと考えると、そういった例えば金縛りとかすら体験したことのない平和な人生を送れていることに感謝しなければいけないのでしょうね。

最後の『首なし御殿』だけは作者自身が拝み屋として登場して、怪現象の始末をおこないます。やはりそうした展開でなければ面白くありません。経緯や因果関係ありきで怪談だと思いますので、この人にはもっとと中身の濃い中編を期待したいですね。『花嫁の家』収録の『母様の家』のような傑作を。

本作に関して一つ苦情を呈するとすれば、誤字誤植が多すぎる点ですね。そして、単語の意味合いを間違って使用していると思われる箇所もありました。更に言えば拝み屋郷内が出てくる物語で、氏の底意地の悪さが透けて見えてしまう記述があるのも気になりました。


No.1303 5点 トリック the novel
蒔田光治
(2021/04/04 22:59登録)
「私の目の前で超常現象の存在を証明できたら賞金をお支払いします」売れない奇術師、山田奈緒子はショーをクビにされ路頭に迷う寸前、若手物理学者・上田次郎の霊能力者に対する挑戦状を支配人から渡される。超能力者を装って上田の元を訪れた奈緒子だったが、上田の企みは別にあった…!はたしてこの世界に霊能力者はいるのか?本当に超常現象は存在するのか?売れない奇術師と石頭の物理学者の不協和音なコンビが不思議な現象のトリックを暴く!テンポのよさと絶妙なキャラでマニアを魅了した堤幸彦ドラマのノベライズ。
『BOOK』データベースより。

ストーリーも面白いしユーモアやギャグも満載で楽しめます。ただ、ノベライズなので場面転換が多く、テンポが速すぎて何となく読み飛ばしてしまうような軽さが、良いような悪いような微妙なところです。はっきり言って、小説よりドラマを観たほうが良いんじゃないのかなと思ったりします。まあでも奈緒子と上田のコミカルな遣り取りや、矢野や管理人のおばさん、奈緒子のストーカーの照喜名など個性的な脇役のキャラの立ち方など、ドラマを観た人は思い出しながら、観ていない人は想像しながら面白く読めると思います。

肝心のトリックですが、トリックと言うよりマジックの種明かしのようなものです。あまり大掛かりなものはなく、小手先の、悪く言えば誤魔化し的な感じです。しかし手品の種など呆気ないものというのが相場ですから、驚くほどのネタが仕込まれている訳ではありません。ですから、摩訶不思議な超自然現象を目の当たりにしも、決して期待してはいけません。
スタンスとしては超能力を肯定も否定もしない、丁度境界線上に立っているのでしょうね。有るとも無いとも断定していませんから。その辺りの絶妙なバランスが広く世間に受け入れられた要因ではないかと思います。


No.1302 6点 この文庫が好き! ジャンル別1300冊
事典・ガイド
(2021/04/01 22:59登録)
ミステリー通・ホラー通・SF通・時代小説通になる本、性と愛・子どもの情景・こころの不思議を読みとく本、音楽・映画・手紙をめぐる本、そしてエッセイスト・小説家になるための本…北村薫、池内紀、香山リカら各ジャンルに精通した13人の読み手がお送りするお薦め文庫ガイド、全1300冊。
『BOOK』データベースより。

参考にはなるけれど即戦力にはならない感じ、でしょうか。タイトル通り文庫本のみからの選出で、しかも品切れは駄目という縛りがある為、どうしても選択が狭くなりがちです。しかも発刊当時の1998年から既に20年以上の時を経ているので、少なからず絶版本も含まれているはず。ですから今現在入手できる文庫となると限られてくると思います。

国内ミステリの選者は北村薫で、自身が語っているようにこれは飽くまでベストではなく、好きなミステリという事になるようです。好きな作家が選んだ作品、お薦めの作品でも必ずしも自分に合っているかどうかは分からないもの。ましてや日常の謎の作家ですからね、あまり期待せずに読み始めましたが、幅広く紹介されてはいるものの、やはり偏りはあるようです。ですが、例えば『占星術殺人事件』がホワイダニットとして捉えられているのには、目から鱗が落ちる思いがしました。兎に角トリックが凄いので、なぜ死体をバラバラにしたのかという観点から見たことがなかったからです。
総じて既読本や名の知れた作品が多く、これを読んでみたいと思ったものはほとんどありませんでした。
海外ミステリの担当は法月綸太郎。私的に理屈っぽい印象が強い人なので、興味を惹かれた入手可能なものを調べてみると、想像通り難解そうな作品が多かったですね。広義のミステリという事で、どうやらメタミスやら幻想小説に近いものに当たってしまったようです。

まあとにかく全部で1300冊ですからね、一々解説されていない場合も多く、ジャンル分けされている中でも更に細かく分別されていて眩暈がしそうです。
これだけ並ぶとジャンルの枠を超えて重複している作品もいくつかありました。例えば『ノルウェーの森』『ロリータ』『羊たちの沈黙』などです。


No.1301 5点 化身の哭く森
吉田恭教
(2021/03/30 22:47登録)
7年前に消息を絶った祖父の痕跡を探すため、「入らずの山」と呼ばれる地に足を踏み入れた大学生・春日優斗と友人たち。下山後、ほどなくして彼らは次々と死を遂げる。さらには祖父と繋がりのあった探偵も6年前に31歳の若さで亡くなっていた。禁断の地に関わる者たちに訪れる非業の死。これは祟りか、それとも…。広島と東京で起きる死の連鎖に、元刑事の探偵・槇野康平と「鉄仮面」と呼ばれる警視庁捜査一課の刑事・東條有紀が迫る。怪奇世界と謎解きの妙。奇想の本格ミステリ!
『BOOK』データベースより。

話自体は悪くないですが、その見せ方が下手なせいで十分に楽しむことが出来ませんでした。まず人間が描けていませんね。主人公の二人も個性が感じられず、何となく中途半端な印象を受けました。また登場人物が多く、誰が誰だか分からないような事態が発生し、あれ、これ誰だっけ?というような状況に陥ったりもしました。唯一心に残るのは幽霊滝のくだりで、情景が自然に浮かんできて、幻想的なイメージが膨らんできさえしました。

アリバイトリックはまあ他愛のないものだし、動機の点も果たして幾人もの人間を殺すほどのものだろうかとの疑問を感じました。ホラー寄りのミステリに仕上げたかったとも思えますが、作者の目論見が成功しているとは言い難いですね。古い因習に捉われ、人の道に外れる様な山村の忌まわしい過去の姿にはゾッとしました。昔の日本では当たり前だった事に悍ましさを覚えます。


No.1300 5点 金田一耕助の新たな挑戦
アンソロジー(出版社編)
(2021/03/27 22:48登録)
ぼさぼさの髪、よれよれの袴、人なつこい笑顔が印象的な、色白で内気な好青年…。横溝正史が生んだ日本を代表する名探偵『金田一耕助』が歴代の横溝賞作家たちの手によってよみがえる―。戦後の混乱時に起こった哀しき犯罪をあざやかに解決する金田一耕助。海外で初の難事件に挑む金田一耕助。そして、現代まで生き、八十歳で事件に遭遇してしまう金田一耕助など様々なトリックが仕掛けられた事件に新たに挑戦!横溝ワールドへの入門書としても役立つベストアンソロジー。
『BOOK』データベースより。

横溝正史賞作家九名による、金田一耕助が活躍する短編パスティーシュ集。
亜木冬彦の『笑う生首』、姉小路祐の『生きていた死者』、藤村耕造の『陪審法廷異聞―消失した死体』以外は正直箸にも棒にも掛からない出来の作品ばかりです。とはちょっと言い過ぎかも知れませんが、まあ誉められたものではありません。それだけ横溝正史賞のレベルが低いって事でしょうかね。

霞流一の『本人殺人事件』は『本陣殺人事件』のトリックや犯人のネタバレを派手にしていますので、未読の方は要注意です。他作品にも『本陣殺人事件』に関する記述が多いですね。金田一耕助の人物像の描き方は、各作家により微妙に違っており、中には最後の事件と称するものや渡米してからの事件を描いたものもあり、枯れてちょっと不遜な感じの言葉遣いをしている金田一もいたりします。
それはまあ良いとして、全体的に探偵金田一の個性に頼った物語が多く、読み物として面白味のない作品が目立ちます。凝ったトリックもなく、猟奇事件の動機がありきたりだったり、ミステリとしてあまり感心しないですね。


No.1299 7点 狂乱家族日記 弐さつめ
日日日
(2021/03/25 23:10登録)
世界を救うため、今日も破壊神閻禍の「子供たち」と「なごやか家族作戦」を遂行する、超常現象対策一課行動部隊長・乱崎凰火27歳。そのまったりとした朝のひと時を狂乱へと変えたのは「新婚旅行をしてみようと思うのだが」というネコミミ人外少女、凶華のひと言だった。相も変わらず傲岸不遜、非常識な凶華のこと、これが普通の旅行になるはずもなく…。南の島を舞台に乱崎一家が繰り広げる、馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語。弐さつめ登場。
『BOOK』データベースより。

愉快、愉快。楽しい、楽しい「さっぱり」楽しいです(笑)。
前作は一作目という事もあり、家族の面々の紹介の意味合いもありましたが、その狂乱ぶりは凄まじいものがありました。本作もそれを継承してさらにパワーアップしている感が強いです。今回の主役は「子供たち」のうちの殺人兵器黒の十三番雹霞ですかね。彼は人を殺すために生み出されたロボットですが、人の心は持っています。しかし顔がない為涙を流すことすら出来ないのです。そんな雹霞の過去が語られます。

新婚旅行でパリに行くはずだった一家はなんと孤島に不時着。ここで優歌がさらわれ・・・。
勿論狂乱家族を率いる母親の凶華の活躍は物語を牽引する原動力になっているのは間違いありません。傲慢で後先考えていないようでいて、なかなかの策士ですね。でもこの一家は基本的にみんな優しいんです。それぞれ暗い過去を抱えたり悩んだりしながらも。
又、宇宙クラゲの三女月香の謎めいた言動にも注目されるところです。最終章ではその謎の一端に触れられます。この家族、増々目が離せません。そして本シリーズは番外編を伴ってまだまだ続きます。当分楽しませて貰えそう、ああ、幸せですー。


No.1298 6点 ジークフリートの剣
深水黎一郎
(2021/03/23 23:28登録)
天賦の才能に恵まれ、華麗な私生活を送る世界的テノール歌手・藤枝和行。念願のジークフリート役を射止めた矢先、婚約者が列車事故で命を落とす。恐れを知らぬ英雄ジークフリートに主人公・和行の苦悩と成長が重ね合わされ、死んだ婚約者との愛がオペラ本番の舞台で結実する。驚嘆の「芸術ミステリ」、最高の感動作。
『BOOK』データベースより。

いやー惜しいですねえ。私がオペラに詳しければ、せめて『ニューベルングの指環』の筋を知っていればもっと点数は上がったと思います。私の少ない知識はフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』の空撃シーンで使用された『ワルキューレの騎行』くらいですからね。
でも、実際導入部で霊感師の老婆が有希子の死を予言する場面を読んだ時には、これはひょっとして傑作じゃないのかとの予感はありました。

ですが、全編オペラに終始し、これは果たしてミステリなのかと疑いを持ちながらの読書となりました。実はそれが作者の目論見に見事に嵌ってしまった結果だというのは、全てを読み終えてからでした。物語の中に埋もれたほんの些細な出来事が、事件の伏線でありミステリを構成する上での重要な手掛かりとなる訳で、それらの数々を読み流してしまった私はまんまと落とし穴に落ちていったのでありました。
しかし、私はどうしても傲岸不遜な主人公に感情移入することが出来ず、その意味ではやや辛いものがありました。又、全体の印象が本格ミステリとしての歪さが拭い切れず、何となくやられた感より、モヤモヤした読後感が残りました。


No.1297 6点 フェノメノ参 収縮ファフロツキーズ
一肇
(2021/03/20 22:50登録)
かつて皇鳴学園中に「読めば死ぬ」忌み語をまき散らし、学園から“消失”した“彼岸”と対峙する少女、篁亜矢名。彼女の存在に魅入られた五年前の日々を回想するオカルトサイト管理人・クリシュナさんが語る亜矢名の言葉―人は、悪意の塊さ―に、美鶴木夜石の闇色の目は妖しく輝く。それが、夜石の“失踪”事件の始まりだった―!一肇×安倍吉俊のタッグが描き出す、極上の青春怪談小説、「ファフロツキーズ」編、ついに完結。
『BOOK』データベースより。

前作は現実に即した物語の側面が強かったのに対し、本作は遂に異次元に突入し彼岸へと足を踏み入れてしまいます。それだけにやや難解で一度では完全に理解し切れないしこりのようなものが残りました。しかし、前作で残された謎が一気に収束に向かうので、新たな地平が切り開けられ、読んでいて色々腑に落ちる所が生まれます。

今回は完全な長編で、クリシュナが恐れ夜石すら失踪に追い込まれる、図書館に読めば死ぬ忌み語を残し消えた篁亜矢名との対決が中心に描かれています。オカルトに惹かれ、焦がれ、生きる場所をさぐる者達がどう彼岸にある存在と闘うのかが読みどころとなっています。
また、謎の一つであった怪雨の秘密も解き明かされますが、ちょっと呆気なさ過ぎなきらいは否めませんね。しかし、それだけに留まらず神話の世界にまで飛翔し、スケールの大きさ、複雑さは前作の比ではありません。


No.1296 7点 フェノメノ弐 融解ファフロツキーズ
一肇
(2021/03/19 22:41登録)
「もう、美鶴木夜石とは関わらないこと」知る人ぞ知る本物のオカルトサイト、『異界ヶ淵』管理人のクリシュナさんの忠告もつかの間、再び俺の前に現れた闇色の瞳の美少女・夜石は呟く。「なぜ、あの時計はいつも遅れるのかしら」血の雨が降る皇鳴学園の時計塔、転生する猫、読めば死ぬ呪いの書…。あり得ない場所に、あり得ないものが突如落下してくる武蔵野怪雨現象の最中、皇鳴学園の歪みの果てに「もういるはずのない少女」の影が立ち上がる…!一肇×安倍吉俊のタッグが描き出す、ありとあらゆる怪異を詰め込んだ極上の青春怪談小説がここにある。
『BOOK』データベースより。

怖いです。直截的な描写はなくてもちょっと想像力を働かせれば、目の前に情景が浮かんでくる感じです。怪異に遠慮なく踏み込んでいく少女夜石、『異界ヶ淵』の管理人で人のオーラが見えるクリシュナ、オカルト好きで夜石に関わることで怪異に巻き込まれる凪人。この三人の微妙なトライアングルが実に美しく均衡が保たれて、心地よく読み進めることが出来ます。登場人物が少ない分、物語が分散されることなく凝縮しており、濃密度が高い感じがします。

長めの短編三篇から構成されており、全てトーンが統一されており長編としても違和感なく楽しめます。どれも面白いですが個人的には『猫迷宮』が特に気に入りました。凪人が過去に飼っていたモモという雌猫と、友人から預かったミイ子という猫。この二匹の猫が招く怪異は時計塔事件を引きずって、哀しい余韻を残します。ただ曰くありげな東京のそこここで起こる怪雨現象にはあまり触れられず、続編である次巻に期待するしかなさそうです。

1835中の書評を表示しています 521 - 540