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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1335 7点 夏の稲妻
キース・ピータースン
(2021/07/16 22:52登録)
情報屋のケンドリックから数枚の写真を見せられたのは、八月の暑い盛りのことだった。上院選立候補中の議員がSM行為?ウェルズは慎ましく情報提供の申し出を断ったが、翌日ケンドリックは死体となって発見された。失職の危機に瀕したウェルズは、職業生命を賭けて卑しき街をさ迷うが…。夏の終わりに、彼が到達した真実とは?アメリカ探偵作家クラブ最優秀ペイパーバック賞に輝く第三弾。
『BOOK』データベースより。

ハードボイルドのお手本のような作品。流麗な文体、的確かつ情感溢れる翻訳、適度なドラマ性、人間が描けている事、そして何と言っても主人公が魅力的な事。これだけの条件が揃えば必然的に傑作が生まれるというものです。ジョン・ウェルズは46歳の新聞記者。深酒も頻繁にするし、煙草は一日三箱吸う、どちらかと言えば破滅型のアンチヒーローでしょう。しかし、離婚した後に一人娘はが自殺するという苦い過去を引き摺りながら、その身を危険に晒さざるを得ない危なっかしさと、身に沁みる様な悲哀は裏を返せばカッコいい、文句なしのヒーローと言えそうです。

そして彼を廻る女性たち三人がまた、それぞれ個性的で内面が非常によく描き込まれていると思います。特にウェルズに想いを寄せる同僚ランシングの揺れ動く女心がいじらしく、過去に何があったのかとやきもきします。シリーズ一作目から読んでいない為、その辺りよく分かりませんが、いずれ読む機会があれば特に注目したいですね。こういった男女間の愛情の機微を見るにつけ、翻訳者が女性で本当に良かったなと思います。


No.1334 6点 背徳のぐるりよざ セーラー服と黙示録
古野まほろ
(2021/07/13 22:47登録)
ミッション・スクールの名門「聖アリスガワ女学校」の生徒たちが、春期合宿に出発してゆく。ところが今日子の属する班は、目的地とはまるで異なる隠れ里に迷いこんでしまった。その村の名は「鬱墓村」。終戦を知らない不思議な人々。厳しい戒律と落ち武者の呪い。そして発生する、連続聖歌見立て殺人―犯人を推理する今日子、手口を推理するみづき、動機を推理する茉莉衣が解き放った、見立てと呪いの恐るべき真実とは―!?
『BOOK』データベースより。

すぐに明かされネタバレにはならないと思いますので、敢えて書きます。本作は横溝正史の『八つ墓村』へのオマージュであり、一種のパロディでもあります。外界から完全に閉ざされた八つ墓村ならぬ鬱墓村。双子の老婆、底の知れぬ鍾乳洞、落ち武者伝説、「たたりじゃー」の婆様。あ、それと「よーし、解った」もあります。これは角川映画ですけどね。その村とミスマッチなのが村人全員がキリシタンであり、正直族であるという事実。何となく雰囲気にそぐわない訳ですが、それ無しでは成立しない物語なのでやむを得ませんね。

別段読み難くはありませんが、それにしても長い。もうお腹一杯です。連続見立て殺人をホワイ、ハウ、フーに分けて、三人の女子高生が見事に解き明かします。それならもっと早い段階で解決しろよ、と思わないでもないですが、それすらも横溝を模倣しているのでしょうか。私的には探偵役の彼女たちにはあまり魅力を感じません、それは作者の筆致があまりにも情感に欠けている為にも思えます。それと、何故そんな事まで知っているのかと云うシーンが解決編に於いて幾つも見られます。そんな伏線あったかな?と思ってしまいました。


No.1333 6点 もののけ本所深川事件帖 オサキ鰻大食い合戦へ
高橋由太
(2021/07/07 22:54登録)
江戸・本所深川で、献上品の売買を行う、献残屋の手代・周吉。彼は妖狐に憑かれたオサキモチ。もののけがとり憑いた献上品をせっせと磨いていると懐から“オサキ”が顔を出し、町を騒がせている放火魔の噂話を始めた。ある晩、預かり物の高級掛け軸が燃やされて、店は倒産の危機に。周吉とオサキは百両の賞金を目当てに“鰻の大食い合戦”への出場を決意するが…。妖怪時代劇第二弾、開幕。
『BOOK』データベースより。

オサキって狐の妖怪だったのね。てっきり江戸の可愛い町娘か何かだと思っていたので、ちょっとがっかりしました。やはりシリーズ物の第一話は先に読まなければダメですね。本作は第二弾です、読み進めるのに不都合はありませんが、オサキと周吉の出会いとか色々気になって、早く一作目を読まねばと今にして思います。
さてこの作品、ストーリーは至ってシンプルですが、なかなかよく練られているとの印象です。特に賞金の百両を目当てに、各挑戦者が如何なる理由で大食い合戦に挑んでいくのかという経緯が克明に描写されて、又その陰では放火騒ぎが起きており、それらがどう収束していくのかを面白く読ませます。

本戦で大本命の謎の人物が逸早く脱落してしまうのはやや興醒めでした。その理由としては江戸時代ならではのものですが、それにしてもそんな事で?と思ってしまいました。しかし本命が不在となり、合戦は嫌が上でも盛り上がり、大接戦となり白熱します。戦いが終わってもう一山ありますが、何となく蛇足のように感じてしまい、そこは残念でした。


No.1332 6点 陽だまりの彼女
越谷オサム
(2021/07/05 22:13登録)
幼馴染みと十年ぶりに再会した俺。かつて「学年有数のバカ」と呼ばれ冴えないイジメられっ子だった彼女は、モテ系の出来る女へと驚異の大変身を遂げていた。でも彼女、俺には計り知れない過去を抱えているようで―その秘密を知ったとき、恋は前代未聞のハッピーエンドへと走りはじめる!誰かを好きになる素敵な瞬間と、同じくらいの切なさもすべてつまった完全無欠の恋愛小説。
『BOOK』データベースより。

何だよ、コテコテの恋愛小説かよと途中まで思いました。しかし私がそんなもの読むはずないじゃないですか。当然ただの甘ったるいだけの恋愛小説ではありません。勿論、そう云うのが好きな若い男女なんかにとっては持って来いの、待ってましたと言わんばかりのあまーい作品ではありますよ。でもね、そんな純愛ものと思わせて、実は密かに伏線をこれでもかと張り巡らせた立派なミステリなんです。そこにファンタジー要素が加わっていて、得も言われぬムードを醸し出しています。

まあ途中から展開がミエミエになってしまっている欠点はありますが、全体として万人受けしそうな作品に仕上がっていると思います。ネタバレになるまでは、そんな事が伏線だったのかと、あれもこれも、そういう事だったのかと半ば呆れてしまいました。
ただ私は涙の一滴も出ませんでした。映画の方は多分上手く演出されていれば泣ける映画になっていることでしょう。ラストはハッピーエンドともそうでないとも言えない微妙な締めくくりで、独特の余韻を残しています。タイトルも内容にマッチしていて良いと思います。


No.1331 7点 戦場のコックたち
深緑野分
(2021/07/03 22:41登録)
合衆国陸軍の特技兵、19歳のティムはノルマンディー降下作戦で初陣を果たす。軍隊では軽んじられがちなコックの仕事は、戦闘に参加しながら炊事をこなすというハードなものだった。個性豊かな仲間たちと支え合いながら、ティムは戦地で見つけたささやかな謎を解き明かすことを心の慰めとするが。戦場という非日常における「日常の謎」を描き読書人の絶賛を浴びた著者の初長編。
『BOOK』データベースより。

第二次世界大戦に於ける連合軍のノルマンディー上陸作戦、マーケット・ガーデン作戦に空挺師団として参加した合衆国のコックたちの活躍を描いた戦争小説。読後確かな達成感みたいなものはありましたが、日常の謎を扱ったミステリとしては弱いかなと思いました。謎はそれなりに魅力的ですが、真相は呆気ないもので意外性に欠けます。ただ一兵士から見た戦況や戦争の真実の姿にはリアリティがあり、よく描かれていると思います。目の前で人が死んでいく現実を当たり前の様に描写して、それが却って絵空事ではないリアルさを醸し出しています。決して反戦を訴える訳でもなく、あくまで当事者として一つ一つの戦時下ならではの出来事を淡々とした筆致で当たり前の日常として捉えます。

一つ文章に難癖を付けるとすれば、舞台転換が上手く出来ていないように感じたところでしょうか。いつの間にか話が進んでいるのに、あれ?となりました。まあ私だけでしょうけど。
映画『遠すぎた橋』や『フルメタルジャケット』(ベトナム戦争だけど)を思い描きながら読んでいたので、映像的に想像し易かったですね。


No.1330 6点 聯愁殺
西澤保彦
(2021/06/28 22:23登録)
大晦日の夜。連続無差別殺人事件の唯一の生存者、梢絵を囲んで推理集団“恋謎会”の面々が集まった。四年前、彼女はなぜ襲われたのか。犯人は今どこにいるのか。ミステリ作家や元刑事などのメンバーが、さまざまな推理を繰り広げるが…。ロジックの名手がつきつける衝撃の本格ミステリ、初の文庫化。
『BOOK』データベースより。

冒頭に主な登場人物一覧が記載されていますが、何とも読み辛い名前の多い事。一礼比(いちらお)、双侶(なるとも)、凡河(おつかわ)、丁部(よぼろべ)、これは読めないって。他にも舎人(とねり)、口羽(くつわ)、寸八寸(かまつか)等々。嫌がらせかと思うほどで、覚えきれず何度も前に戻って読み直さなければなりませんでした。
まあそれはそれとして、ミステリ作家達の連続殺人事件に対するアプローチが、もう一つ凝ったものであったり、突飛な発想から出たものであったならもっと面白かったと思います。しかし重箱の隅をつついたような些細な事柄から、推理の翼を目一杯広げていく作者の苦心の跡が見られて、そこは認めなければならないでしょうね。

オチはブラック過ぎて、ちょっと引いてしまいました。そこまでするか、という悲惨な結末。この余韻に浸れる人はかなりディープなメタミスファンかも知れません。メタと言っても、誰もが想像するような一種爽快感や酩酊感を伴うものではなく、只管暗く救いのない構成の妙が効いた、他に類を見ない仕掛けが施された作者らしいものです。これは評価が割れるでしょうね、高低の差が激しいですがさもありなんと言った所です、いや気持ちは分かりますよ。


No.1329 7点 ゲッベルスの贈り物
藤岡真
(2021/06/24 22:49登録)
広告代理店に勤めるおれこと藤岡真は、上司の命令で正体不明の人気アイドル・ドミノを探す破目になる。その正体が“真弓”という少女らしいとわかって来たころ、わたしことプロの殺し屋“真弓”が、藤岡を狙って動き出す…。七転八倒、主客転倒の攻防の末、藤岡が辿りついた「ゲッベルスの秘密兵器」の正体とは。脳神経速度の限界に迫る、長編サスペンス。
『BOOK』データベースより。

いきなり歴史的大事件が背景のまさかの展開から始まり、あれやこれやの要素が入り混じり、果たしてこの物語はどのように収斂するのか、まさに地に足が付かない不安定な心地で読み進めました。ですが終わってみれば笑いありアクションあり仕掛けありのテンコ盛りのサービス精神溢れる作品でした。ミステリとしてもちゃんと成立しているし、細かい伏線も張られていて、無駄のない文章で描かれた余人に真似の出来ぬ怪作と言えると思います。

スラスラ読めますが、登場人物の絡み具合やストーリー展開が結構込み入っており、読み流しているとあれ?となることもありそうなので、要注意です。Amazonで相当こき下ろされていますが、決して悪い出来ではないと思います。一読の価値ありと言いたいです。


No.1328 7点 名探偵は嘘をつかない
阿津川辰海
(2021/06/21 23:08登録)
第一章で足跡のない密室でのバラバラ死体事件の概要を読んだ時は正直ときめきました。しかし、第二章でああ、そういうパターンねという事にやや危惧を抱きました。最近多い設定と言えば勘の良い方にはピンと来るものがあるかも知れませんね。その特異設定が一つの筋道を付けているのは確かですが、純粋な本格ミステリをご所望の人にはお薦め出来ません。
600頁に及ぶ長編だからと言ってどこかに無駄があるかと問われれば否と答えるしかありません。それでもやはり最後まで早苗殺害事件で引っ張るのは、やや無理があると思いますね。

中盤の弾劾裁判でいよいよここから本番か、と思われましたが何やら不穏な雰囲気になり、せっかくの名探偵の出番もあまりなく少なからずストレスが溜まります。そこも含めて何だかんだと色々詰め込み過ぎて全体が飽和状態に陥っている気がしてなりません。ただ、ロジックはそれなりに確りしているし、本格ミステリとして破綻しているとは思いません。個人的にはあまり文中で触れられなかった陽炎村童謡殺人が気になりました、まあ付け足しみたいなものだからアレなんですけど。

真相は意表を突かれはしましたが、意外と呆気なかったですね。
読後はこれが噂の阿津川辰海のデビュー作かと、何となく感慨に耽りました。これからの活躍が期待できる大型新人の登場という事で、率直に喜びたいと思います。既に何作か書いているのでそちらもいずれ読む事になるでしょう。


No.1327 5点 羊たちの沈黙
トマス・ハリス
(2021/06/17 22:54登録)
FBIアカデミイの訓練生スターリングは、9人の患者を殺害して収監されている精神科医レクター博士から〈バッファロゥ・ビル事件〉に関する示唆を与えられた。バッファロゥ・ビルとは、これまでに5人の若い女性を殺して皮膚を剥ぎ取った犯人のあだ名である。「こんどは頭皮を剥ぐだろう」レクター博士はそう予言した…。不気味な連続殺人事件を追う出色のハード・サスペンス。
『BOOK』データベースより。

アカデミー賞主要5部門を受賞した映画『羊たちの沈黙』は名作でした。アンソニー・ホプキンスやジョディ・フォスターの演技も去る事ながら脚色の手腕は大したものだったのだと、原作を読んで思いました。これを先に読んでいたら映画を観なかったかも知れません。それ程映画が秀逸であり、最早原作を軽く超えてしまった珍しい例ではないかと思います。
私は旧訳で読みましたが、まず原著の文章が上手くない、そして翻訳も不味いと感じました。細かい所は抜きにして、取り敢えずミスタはミスター、ミセズはミセス、ハニバルはハンニバル、ハナはハンナ、テイプはテープ、キャザリンはキャサリン、ガは蛾に直すべきと感じます。他にも色々ありますが。確かに英語の発音ではそうかも知れませんが、そこは日本語訳として日本人に馴染んだ単語に変換すべきでしたね。

映画が映画だけに期待していましたが、残念な結果に終わりました。これじゃごく普通のサスペンスに終始してしまって、見所はレクター博士の語る言葉のみでは淋しい限り。クラリスの芯の強さは印象に残りますが、彼女とレクター以外個性的なキャラも見当たらないし、映画の様な刺激的なシーンもありません。蛾の繭が口中に入れられていた理由もパッとしませんでした。もう一度レンタルで借りて観たほうが良かったかも。


No.1326 7点 超動く家にて
宮内悠介
(2021/06/13 22:57登録)
雑誌『トランジスタ技術』を「圧縮」する謎競技をめぐる「トランジスタ技術の圧縮」、ヴァン・ダインの二十則が支配する世界で殺人を企てる男の話「法則」など全16編。日本SF大賞、吉川英治文学新人賞、三島由紀夫賞受賞、直木・芥川両賞の候補になるなど活躍めざましい著者による初の自選短編集。
『BOOK』データベースより。

最初の一篇を読んだ時、宮内悠介はやはりこうでなくてはと思いました。その流れるような筆致、真剣勝負に挑む者達の執念、これですよ。デビュー作を彷彿とさせる作品に嫌が上にも期待は高まりました。しかし、それ以降は次第にテンションは下がっていって、何だかなあと思い始めました。それでも中には、これは、と思う短編も含まれており、何とも言いようのないカオス感を生じる短編集だと感じ、読み終わってみれば総合点でまずは納得の出来でした。

『トランジスタ技術の圧縮』と『スモーク・オン・ザ・ウォーター』が8点。『超動く家にて』と『星間野球』が7点、それ以外が6点以下ですね。あとがきを読むにつれ、どうしても作者と読者の間には相容れない評価の格差があるのが否めないところです。個人的には何も感じない作品にも、生みの親にとっては思い入れがあったりとか。まあしかし、よく理解できない物がありつつもそれなりに楽しめたのは事実です。それでもこの人には、将棋でも麻雀でもポーカーでも何でも良いから勝負の世界を描いた作品集を心から望んでいます。


No.1325 7点 エゴに捧げるトリック
矢庭優日
(2021/06/10 22:38登録)
催眠術士の養成校に通う「僕」こと吾妻福太郎は、怪物EGOとの戦いに向け、パイ、鋼堂タケシ、R王子、パートナーのイプシロンらと卒業試験に臨んだ。だがその最中、鋼堂が変わり果てた姿で見つかると、皆はなぜか「福太郎が犯人」と証言し事件を隠蔽しようとする。"真実しか話せない催眠"をかけあってなお覆らない証言に苦しみつつ、僕は捜査を続けるが……。本書に仕掛けられた、人類の存亡を左右するトリックとは?
Amazon内容紹介より。

何だか平板で、催眠術の事ばかり書かれていて、一向に話が進まないのでややダレました。登場人物は少なく混乱することはないし、それなりに個性があって、その意味ではまずまず楽しめました。しかし、正体不明のEGOが何者なのかはっきり書かれていない為、イマイチ作者の意図が掴めません。事件も一向に起こらないし何がどうなっているのかも分かりません。

中盤でやっと閉鎖された空間での殺人が起こります。しかし、誰も慌てた様子もなく、本格的な捜査も始まらず、これ本当にミステリなの?と思ったりもしました。そうか、SFなのね、だから仕方ないのか、でも・・・。
でも、終盤いきなり怒涛の展開が待っていました。これか!この仕掛けの為に様々な布石が打たれていたのかと、深く納得。これは今までにありそうでなかったパターンじゃないでしょうか。新鮮な驚きと衝撃が私を打ちのめしました。EGOとは一体何なのかも、何故催眠術が必要だったのもはっきりして、読む者の動揺も鎮めてジ・エンド。なるほど、確かにSFだけどミステリですねえ、うーん。


No.1324 5点 食人国旅行記
マルキ・ド・サド
(2021/06/07 22:59登録)
許されぬ恋におち、駆け落ちをしてヴェニスにたどりついたサンヴィルとレオノール。二人はこの水の都で離れ離れとなり、互いに求めあって各地をめぐり歩く。―本書ではその波乱に満ちた冒険旅行をサンヴィルが回想するが、なかでも注目すべきはサドのユートピア思想を体現する食人国と美徳の国の登場で、その鮮烈な描写はサド作品中とりわけ異彩を放ち、傑作と称えられている。
『BOOK』データベースより。

これは最早小説の形を借りたサド侯爵の魂の叫びと言っても良いでしょう。不当に投獄された(少なくとも本人はそう思っているはず)サドが獄中で書いた一作品の中の二、三章を纏めたものです。そこには美徳と悪徳の両極のユートピア思想が溢れており、ほぼ1/3程度が法律に関する記述で、牢獄の中の人となった作者の恨み節がひしひしと伝わってきます。だからストーリーらしきものはほとんど無きに等しく、冒険小説の自由闊達な要素も見当たりません。カニバリズムに関しては女ではなく男を解体して、焼いて食するという至ってシンプルなもので、全く過激ではないですね。

サドらしいエログロや残酷描写はなく、異色の作品として扱われているようです。とは言え、私にとっては初物ですので、詳しいことは何も申せません。ただ、いずれ問題作の筆頭と言われている『ソドムの百二十日』と対峙しなければならないとは思います。そこでサドの真髄に触れられたらと勝手に妄想しております。


No.1323 6点 少女コレクション序説
評論・エッセイ
(2021/06/03 23:15登録)
古今東西、多くの人々が「少女」に抱いた「情熱」に、さまざまな角度からメスを入れた思索の軌跡。
『BOOK』データベースより。

タイトルのように少女のエロに対する考察に特化した内容と異なり、膨大な文献に基づいて語られるエロティシズムの数々。そう、エロではなくエロティシズムです。冒頭の『少女コレクション序章』では渋澤龍彦自身が、少女を剥製にして硝子のケースで永久保存するのが夢だと断言します。その事からして既に尋常なエッセーではないことは明白です。
人形愛の形而上学、これでもかと出てくる色々なコンプレックスの名称の数々、幼時体験、セーラー服、鏡について、マンドラゴラ(植物から産まれる生き物)などなどについて、熱く語られます。

中でも面白かったのが近親相姦について。作者は子供を作らない、何故なら娘が生まれたら必ず自分はその娘の成長と共に関係を持ってしまうからだと言う。そして息子が生まれたら妻と関係を持つかもしれないと。
又、木々高太郎の『わが女学生時代の罪』で女性主人公がレズビアンの関係を持っていた時、処女なのに妊娠したという謎についての解釈が大変面白かった。私など、なるほどそんな事もあり得るのかも知れないと本気で思わされるのでありました。他にもポーや江戸川乱歩の名前も何度となく出てきて、やはりエロティシズムと幻想小説との相性は良いのだと、腑に落ちるものがありました。


No.1322 7点 エンデンジャード・トリック
門前典之
(2021/05/31 22:32登録)
百白荘のゲストハウス、キューブハウスから施工業者が転落して死亡した。転落事故として処理されたが、翌年本館で設計者の首吊り死体が発見される。五年後、キューブハウスには多くの客が集まっていた。その中には二件の未解決事件を解明する依頼をうけた蜘蛛手がはいっていた。
『BOOK』データベースより。

最初は建築に関する薀蓄でちょっとうんざりしました。が、これがのちに効いてくるんだろうなと思い、一生懸命読みましたがなかなか理解が追い付きません。でも終わってみれば大満足なのだから、自分自身にも困ったものだと思いますね。どうしてもこうした奇想が秘められた作品に惹かれてしまうんですよ。ただ新味はありません。なのに既存のトリックを組み合わせた力技はそれだけの魅力を備えており、細部に至るまで伏線も張られているだけに、評価は高くせざるを得ません。

まあ文体は読みづらい部類に入るので、いつもの事ですが、それさえクリアしていればもっと一般受けするのにと思いますよ。物語としてはかなりの無理筋というか、リアリティがまったくありませんので、そういった細かい疵を気にする向きにはお薦めしません。しかし本格書きとしてのスピリットは存分に感じられ好感は持てます。と言うか、もっと派手にやってくれと思います。


No.1321 7点 真夜中は別の顔
シドニー・シェルダン
(2021/05/28 22:52登録)
凄まじい怨念。仕返しのクモの巣は張られた。ロンドンからワシントン、さらに南太平洋へと、男の転地を調査網が追う。何も知らずに美女のもとに飛び込んで行くプレイボーイ。紙一重の愛と憎しみに翻弄される二組の男女、うち生き残るのは誰か。
紙一重の愛と憎しみに翻弄される二組の男女。生き残れるのは誰なのか? 愛で結ばれた運命の夫婦を操るのは誰か? ニューヨーク・タイムスベストセラーに連続52週選ばれた傑作長篇。
Amazon内容紹介より。

要するに男女の愛憎劇なのですが、勿論紆余曲折があり大長編に見合った内容とはなっています。アメリカのキャサリン、フランスのノエルの二人のヒロインが後々どのように繋がりを持ってくるのかを興味津々で読み進めました。それは上巻の後半で明らかにされます、なるほどなと思いました。そしてストーリーの流れ的には女から男への復讐劇が繰り広げられると思いきや、見事に裏切られます。
ノエルは様々な男達と関係を持っていきますが、個人的に最も印象に残ったのはイスラエル・カーツの逃亡劇に一役買うエピソードで、ノエルの機転の利いた頭脳と胆力が最も発揮されたシーンだと思います。

下巻の終盤遂に事件が起こり、それが最後のクライマックスである法廷で全てが白日の下に晒されると思いきや、その様相に関してはほとんど触れられません。殺人事件の裁判に於いてそのような事があるのだろうかと不思議な思いに駆られます。ただ、検事側と弁護士側との心理戦はなかなか読み応えがありました。しかし、やはり事件の全容が明らかにならず、結局はある人物の掌で踊らされていたという結末には、どうにもスッキリしない気分が残りましたね。エピローグは良い味を出しています。


No.1320 5点 11の物語
パトリシア・ハイスミス
(2021/05/21 22:54登録)
私は少々頭が弱いので、真に受けないで読んでいただきたいのですが、この作品集には幾つかの欠点があります。まず文章が下手。そしてそれを直訳に近い形で翻訳しているので感情が篭っていない印象を受ける。余分な描写が散見されるが、肝心な事が御座なりにされている。オチはあるものの、その解釈が読者に委ねられているのでモヤモヤした読後感が残る。例えば『ヒロイン』などがその良い例で、幸せな勤め先を見つけたはずなのに、何故主人公は最後にあのような行動に出たのかが理解できません。序文でその伏線らしきものがしっかり張られていると書いてありますが、私がぼんやり読んでいたせいか、全く気付きませんでした。以上は飽くまで個人の感想です、あまり参考にしないで下さい。

しかし、それでも5点を付けたのはかたつむりの話二編と有名な『すっぽん』、最終話などはまあまあ面白かった為です。その最終話『空っぽの巣箱』はやはり謎のユーマはアレなんだろうなとは思いますが、これもどうとでも解釈が出来ます。
本作を高評価されている方はさぞかし読解力の高い人であろうと尊敬します。いや、決して皮肉ではなくて。


No.1319 7点 黙示録殺人事件
西村京太郎
(2021/05/19 22:49登録)
休日の銀座に、突然、蝶の大群が舞った。蝶の舞い上ったあとには、聖書の言葉を刻んだブレスレットをはめた青年の死体があった。これが、十津川警部の率いる捜査本部をきりきり舞いさせた連続予告自殺の始まりだった。次々に信者の青年たちを自殺させる狂信的な集団。その集団の指導者・野見山は何を企んでいるのか……。“現代の狂気”をダイナミックに描き出した力作推理長編。
Amazon内容紹介より。

西村京太郎と言えばトラベルミステリばかり書いているイメージが強かったのですが、こんな作品も、しかも十津川シリーズで書いているのは意外と云うか、ちょっと驚きました。幻想的な冒頭から社会派的な要素も有りながらの本格ミステリで、プロットはまるで島荘のようでもあります。これはなかなかの秀作だと思います。ラストはちょっとしたどんでん返しがあり、更にエピローグはなるほどと頷かされました。

最初から最後までダレることなく楽しめます。凄くテンポが良いのでどんどん読み進められます。信仰集団の教祖野見山が面白い存在で、信者にとってはちょっとしたカリスマ性を備えていて、終盤の信者を説き伏せる言論にはそれなりの根拠と説得力があり、なかなかの見ものでした。勿論十津川警部が言うように、詭弁ではありますが。
二つの密室に関しては、まあオマケみたいなものなので、あまり気にしないようにして下さい。


No.1318 6点 烏は主を選ばない
阿部智里
(2021/05/16 23:07登録)
八咫烏が支配する世界山内では次の統治者金烏となる日嗣の御子の座をめぐり、東西南北の四家の大貴族と后候補の姫たちをも巻き込んだ権力争いが繰り広げられていた。賢い兄宮を差し置いて世継ぎの座に就いたうつけの若宮に、強引に朝廷に引っ張り込まれたぼんくら少年雪哉は陰謀、暗殺者のうごめく朝廷を果たして生き延びられるのか…?
『BOOK』データベースより。

シリーズ一作目の『烏に単は似合わない』の裏で何があったのかを描いています。とは言っても、ストーリーは全く別物で登場人物もほとんど違います。前作とは表裏をなしており、陽と陰と言っても良いでしょう。まあどちらもその両方の要素を有しているとは思いますが。ただ前作の様な煌びやかな女性同士の妃争いとは違い、如何にもな男臭い世界を描いています。この両者はもともと一つの物語であったそうで、松本清張賞の応募に際して真っ二つに分断したようです。

本作はぼんくらと呼ばれ、日嗣の御子の座を狙う若宮の側仕えとなった少年雪哉と、主の若宮の個性のぶつかり合いが読みどころとなっており、更にはサブキャラたちもアクが強い人物が多くラノベ的なキャラ小説としても楽しめます。時代は平安時代と思われますが、あくまでファンタジーなので時代を感じさせる堅苦しい会話もなければ、複雑な人間関係もありません。しかし、しっかりと抑揚を付けたストーリーは安心して読め、時にハッとするような情景描写もあったりしながら、万人受けする内容に仕上がっていると思います。
一作目が妙に印象に残っていて、改めて読んだらもっと素直に楽しめるかも知れません。5点でしたが6点に変更するべきか迷っています。


No.1317 5点 狂乱家族日記 参さつめ
日日日
(2021/05/12 22:55登録)
「素敵に顔面破壊しますぅ!」対策一課行動部副隊長であり、凰火の“恋人”でもある死神三番さんが帰国!出張中に、凰火があんな幼児体系ネコミミ娘と「結婚」したとは夢にも思わない戦闘狂の死神と、「夫=己の所有物」と公言して憚らない人外・凶華が出会えば、これが血を見ずにすむ訳もなく―。凰火をめぐる三角関係?はヒートアップ!乱崎家の絆は!?なごやか家族作戦の行方は!?馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語。怒涛の新展開突入。
『BOOK』データベースより。

前二作は乱崎家の家族の絆を描いており、勿論その中心には母親で猫耳少女の凶華が中心にいたのは確かですが、本作では完全に主役に躍り出ています。凶華の過去が明らかになり、それと共に凰火と幼馴染みだった死神三番との思い出も語られ、夫婦の知られざる一面を知ることになります。ただ、その分他の家族の出番が少なく、ほのぼのとした家族の絆が描かれることはありません。それとスピード感が有りすぎてついて行くのが精一杯な感じで、その二点が今回は不満でした。

ぶっ飛んだ狂乱ぶりは相変わらずですが、これまでとはやや毛色が違い、個人的にはその方向転換があまり好きになれませんでしたね。まあ収穫としては凶華の視点で物語が進行する場面もかなりあり、三作目で初めて彼女の内面が描かれた点ですかね。たまには主人公目線もアリだとは思いますが、今後軌道修正していくことを願っています。


No.1316 7点 殺人出産
村田沙耶香
(2021/05/09 23:09登録)
今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。
『BOOK』データベースより。

村田紗耶香が2016年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞したのをご存知の方は多いと思います。他にも受賞歴が幾つかあるのは、本作を読んで凄く納得の行くことだと感じ入りました。特に表題作の中編は素晴らしいです。私はこれ程美しく幻想的な殺人シーンを読んだ事がありません。設定は100年後とは言え、荒唐無稽で無茶苦茶ですが、妙にリアリティがあるんですよね。それは作者の筆捌きの見事さにあるのではないでしょうか。多すぎず少なすぎない情報量、流れるような筆運び、的確な心理描写など見どころは少なくありません。ホラーとしてもSFとしても存分に楽しめます。勿論文学作品としても。

『トリプル』『清潔な結婚』はどちらもノーマルな性交渉を超えたところには一体何があるのかを極限まで追及する、異色作となっています。あり得ないと一蹴出来ない説得力を有した、アブノーマルな世界を見せつけてくれます。
最後の『余命』は掌編ながらとても印象深い作品です。ネタバレになりそうので内容については何も書かない方が賢明と思われますので割愛させて頂きます。只々その奇想に感心させられるばかりですね。

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