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ミステリの祭典

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臣さんの登録情報
平均点:5.90点 書評数:660件

プロフィール| 書評

No.500 7点 灰色の北壁
真保裕一
(2016/05/31 09:39登録)
書評数、500件記念。
山岳物3連発。

「黒部の羆」 大学の山岳部の二人が冬山で遭難。そのうちの一人が怪我で動けず、救助を呼び、山小屋管理の山男が一人救援に向かう。学生二人の間には確執があった。
ミステリー的な仕掛けよりも、中途の情景描写と彼らの心境描写で読ませる筆力に唸らされる。

「灰色の北壁」 書体を3種使い分けているのは少し抵抗がある。こんなヒントがなくたって解けるぞと言いたい。もちろん真相はわからなかったが(笑)。
本作もあっと驚く真相が控えている。囚人のジレンマみたいなところがあって、かなり好み。

「雪の慰霊碑」 遭難死した息子の命日に合わせて、息子が死んだ山に挑む父親。
その理由当てだってことは、すぐにわかった。真相もピタリと当てた。
本作もシリアス物だけど滑稽にも見える。最後まで描かなかったのが救いか。
ミステリーというよりは・・・

山での描写が作者のハードボイルド文体に合っていた。
1,2作目は大絶賛したい。3作目もまずまずの出来だった。


No.499 4点 ヒトイチ 警視庁人事一課監察係
濱嘉之
(2016/05/21 21:48登録)
警視庁出身の作家が書いた、人事一課監察係の係長・榎本を主人公とする警察もの連作短編集。
人事、内部捜査と聞いて、すぐに横山秀夫のD県警ものを想像したが、まったく違う。
作者が内部のことを知りすぎているからか、警務、公安、総務、組対などたくさん出すぎで、それがあだとなって、あまり理解が進まなかった。
謎解きみたいなものはもちろんなく、ストーリーの捻りもあまりない。

やくざや政治家、警視庁のトップなども多く登場するような内容だから、そもそも肌には合わない。
好みではないといえばそれまでだが、プロットも、サスペンスも、ボリュームもみな中途半端すぎるという印象が強い。
リアリティはありそうには見えるが、実際を知らないので、よくわからん。

警察小説ならなんでも来いと胸を張っていたが、ちょっとつまづいたかな。


No.498 7点
F・W・クロフツ
(2016/05/17 10:12登録)
ビヤ樽風のビールサーバを見ることはあっても、木板製の樽を見る機会は今ではほとんどありませんし、樽に何かを詰めて送ることなど想像もできません。
そんな古めかしい樽が小説の道具に使ってあっても、今でも十分に理解でき楽しめる推理小説だと思います。筋がよくできているからなのでしょう。

ロンドンとパリの二人の警部や弁護士、探偵を登場させて、彼らに個別の捜査をさせることで多重的な流れにして読者を飽きさせないようにしています。この時代の小説としては出来すぎの構成です。多重的というよりは、話がリレーのようにスムーズに受け継がれていくので、読みにくさはありません。

謎、トリック、真相を構成する行動は原始的です。でも、そんな細かな事象を積み重ねれば事件がこれほど複雑化することに驚かされます。犯人の凄さに脱帽です。いや、作者を褒めるべきです。終盤は迫力さえも感じました。

ただし、アリバイ崩しということを念頭におき、中盤から終盤にかけて、聞き込み情報をもとに推理に参加しようとすれば、頭の中は混乱します。こういう読み方はするべきではないということなのですね。


No.497 6点 戦場のコックたち
深緑野分
(2016/04/25 11:54登録)
日常の謎の連作短編集。
日常といっても舞台は戦場なので、特殊な日常です。作者は日本の女性作家です。

登場人物は、語り手の新米コック・ティムや探偵役のリーダー・エドたちコックグループを含む若手兵士たちです。
料理場が舞台というわけではなく、コックたちは他の兵士と同様、パラシュートで戦地へ赴いたり、銃撃戦に遭遇したりと始終危険と隣り合わせです。
戦闘シーンのページも多く割かれていて、死者は続出します。
謎解き対象が戦闘の合間に発生する日常の謎というところは面白い。戦争物らしくなく、描写が明るく、いきいきとしているのは特徴です。アイデア勝ちですが、ただそれだけではなさそうです。
兵士どうしの友情も綴ってあり、青春小説として楽しめるという点で高評価できます。というよりも、これがメインです。

でも、欲張りすぎかな。
青春戦争小説として読めば、物語に入りこみすぎて自身の謎解きがおろそかになるし、推理に夢中になれば、物語の面白さが消えてしまいそうだし、できれば別々の小説として書いてほしかったなあ。歳のせいで、同時並行処理は無理なのかw


No.496 8点 第三の時効
横山秀夫
(2016/03/31 10:26登録)
強行犯係の刑事だからといって、正義感だけで仕事をするのではない。面倒なヤマが回ってきた、貧乏くじを引いた、というような感じに、刑事をその辺にいる会社員みたいに描写してあるところが面白い。
作品全体には陰鬱感が漂っている。刑事たちは会話が刺々しく、みな柄が悪い。そもそも横山作品には清涼感のある人物が登場しないのかも。
でも、だからこそ、涙を誘うような場面がなくても、ときおり些細な優しさが描写されるとオアシスのように感じられ、効果抜群となる。
最近読み始めた誉田哲也の警察ミステリーとは真逆の位置づけだが、エンタメ作品として甲乙つけがたい。

6編の中では、ラストがお気に入りの『囚人のジレンマ』、反転が見事に決まる『密室の抜け穴』が好み。他作品もみな技巧的で、ミステリーとしてハイレベル。もれがないので代表短編集として人に薦めることは多い。

一般的にベスト短編集として本書を押すファンは多い。好みだけでは『動機』、『臨場』が上位だが、総合的には本書がベストか。未読の短編が数冊、長編は多く残っているので、これからも楽しめそうだ。

(これだけ褒めながら、変な話ですが・・・)
横山短編全般にいえることだが、いま読むと、かならずしもベストではない。横山作品が再読に向かないのか、作風に新鮮味を感じられなくなったのか、自身の嗜好が変わってきたのか。


No.495 6点 二度死んだ少女
ウィリアム・ケント・クルーガー
(2016/03/22 09:53登録)
シリーズ第4作。舞台はミネソタ州のオジブワ族の住む地域。
行方不明の少女が遺体で発見される。以前つきあっていた少年に容疑がかかる。
証拠もあって少年にとってはかなり不利な状況だが、無実を信じる元保安官コークは妻の弁護士ジョーとともに真相究明のために奔走する。

日本語タイトルの意味は何か。比喩なのか、それとも語句どおりなのか、気にしながら読み進みましたが、判明したのは中盤以降。そうだったのか!
地域の情景描写、オカルティックな場面、聞き込み捜査など楽しめる要素が盛り沢山。もちろん全体をとおしての謎も魅力的です。

解説では児玉清がコークの男らしさをベタ褒めしています。
たしかにハードボイルドの一面はありますが、コークは行動派であっても、アクションらしきものはなく、あくまでも内面の男らしさということでしょう。
個人的には、むしろコークの捜査を警察本格ミステリーの刑事のように感じました。とはいえ、一本筋のとおった男が主人公ということにちがいなく、ハードボイルドらしい骨太さはあります。
コークが悩める主人公だった第1作の『凍りつく心臓』のほうが好みですが、シリーズ物なので変化があることに問題なし。ただ第2、第3作を飛ばしてしまったのは失敗だったか?
とにかく、同シリーズの他の作品も読み続けたいと思わせてくれる作品でした。


No.494 7点 生還者
下村敦史
(2016/03/04 09:45登録)
ヒマラヤの高峰カンチェンジュンガを舞台とした山岳ミステリー。
主人公・増田の兄は雪崩により死んだのか、それとも殺されたのか。

同じ登山で遭難した加賀谷に関する、二人の生還者の証言が正反対という点が、まず面白い。山は開かれた密室だし、生存者が二人だけなので、ウソを見破ることは至難の業です。
この難問と兄の死の謎を解くのは、主人公たち素人探偵です。
プロットはよくできていますが、主人公と、彼を取り巻く女性たちがわかりやすく描写してあり、人物造詣についてもいい印象を受けます。
息もつかせぬストーリー、抜群のリーダビリティでもって一気読みできること必定です。
読者への手がかり伏線の開示も十分にあり、読者が謎解きに参加することもできます。
そして真相は?
なるほどそうだったのか!
背景がいろいろあって読ませるのだが、真相はきれいにまとめすぎ、という感じがしないでもない。

この著者、デビュー作もさることながら、3作目(2作目は未読)もこの出来の良さ、ただ者ではないようです。乱歩賞受賞者ですから、日本推理作家協会賞、直木賞と、推理賞三冠を狙えるのではないでしょうか。

直近書評の『黒いヒマラヤ』の読書中に、図書館から本書の通知がありました。まったくの偶然ですが、カンチェンジュンガ物が2作続きました。
知人によれば、身の回りで起こる事象に偶然はないということですw
こういうことが起こればメモっておくべき、という人もいましたw


No.493 6点 黒いヒマラヤ
陳舜臣
(2016/02/29 10:18登録)
ヒマラヤの高峰カンチェンジュンガの架空の麓町・カムドンで、主人公の毛利は友人のカメラマン・長谷川と会う予定だったが、そのとき彼はすでに車の転落事故で死んでいた。
『第三の男』か、と思わせるようなドラマチックな冒頭。それはちょっと大げさだが、それでも、これはと期待を抱かせる出だしである。

インドの活仏が遺した宝石を巡る連続殺人の謎解きが主題となっている。
だから本格派ミステリーにはちがいないのだが、巻き込まれ探偵の毛利も狙われるし、そもそも秘宝が絡んでいるから、冒険サスペンス小説風でもある。
ということで楽しみどころは満載のはずなのだが、ちょっと違う。

まず、宝石の争奪戦ということで、『マルタの鷹』を連想し、決してドタバタ劇ではないのに、そう見えてしまうこと。裏の解説に詩的文体とあるが、物語の内容にあまりにもかけ離れた感があること。
しかも視点が多すぎて、違和感があるなぁ。
という理由で、よかったのはアリバイ崩しぐらいか。それだけあれば十分ではある。異国情緒を楽しめたのもよかったかな。
ラストは、こういう小説なら、これは有りかなという感があり、気にならなかった。

大昔に読んだことがあるが、記憶に残っているのは冒険物語ということだけ。今回再読してみて、中途があまりにも本格風なのにびっくり。でも読み終えるとやはり、冒険風味が勝ちすぎな気がした。


No.492 6点 紺碧海岸のメグレ
ジョルジュ・シムノン
(2016/02/19 10:21登録)
実業家で、かつては軍情報部の仕事をしていたウィリアム・ブラウンが南仏で殺される。
本人は自由にのんびりと女性たちと隠れ家で二重生活を楽しんでいたのに、死んでしまうと、ましてや殺されてしまうと、これは大ごと。周りには利害のある人物たちが大勢いる。
メグレはこの殺人をどう解決するのか。

なんとなく文学的で雰囲気はあるが、結局、色恋や人情を描いた小庶民の大衆文学だった。国内で言えば捕物帳みたいなものか。
紺碧海岸らしさが描いてあったのは冒頭だけで、ストーリーからは原題『自由酒場』がしっくりくる。
タイトルを明るく表現し、表紙をコート・ダジュールの澄んだ青空風にしたのは、ミスリードならずミスじゃないのか。

と文句も多いが、いかにもフランス小説らしい(と個人的には思う)作品で、けっこう気に入っている。
『捕物帳』なんて表現したけど、捕物帳ファンには申し訳ないが、そんな野暮ったさは微塵もない。小説を読んでも映画を観ても、フランス物はやはり雰囲気がひと味ちがうなぁ。
フランス人が読めばどうってことないのかもしれないがw


No.491 6点 高校殺人事件
松本清張
(2016/02/15 13:25登録)
清張であって清張ではない、というふうに見せながらも、やはり清張なんですよね。そんな感じの、社会派青春ミステリー超大作?でした。武蔵野の描写あり、ポーやボードレール風の詩ありの芸術性ゆたかな推理小説でもあります。
個人的には、他の清張作品よりもさらに読みやすく、軽く読めたことがよかったかな。

みなさんがおっしゃるように、清張節あり、萌え少女あり、そしていちおう本格要素ありです。
これだけの分量で、事件は盛り沢山、真相もご立派、という点を勘案すればすばらしい作品なのでは?
まあだからこそ本格としては標準以下ということはいえるのですが(笑)。


No.490 6点 リターン
五十嵐貴久
(2016/02/05 10:27登録)
今回の続編は、女刑事、尚美と、その同僚の孝子が登場する、警察サイコサスペンス。
彼女らは二人でリカと対決する。
あいかわらずリカの登場は後半までない。リカの行動による痕跡と彼女からのメール文により人物像を想像するしかない。それはそれで怖い。

でももっとも恐ろしいのはリカの登場からだろう。
そして、いよいよ対決へ。

二人の女刑事は考えが浅い。こんな手がうまくいくはずがない。相手は異常者であっても馬鹿ではないから、こんなのは通じないだろう。
とにかくさんざんな目にあう。著者からすれば、ホラーなのだから、主人公でも女性でも容赦なく痛めつけてやれ、ということなのか。

後半はページを繰る手が止まらなかった。ラストはなんとなく見えてくるが、もしや続々編もあるのでは、という思いもあった。
でもやはり完結編なら、このように解決するしかないのだろうなぁ。
それよりもオチがじつは凄い、上手い。
感動の結末に見せかけて、結局リカと変わらなかったりして??


No.489 5点 百番目の男
ジャック・カーリイ
(2016/01/21 14:46登録)
カーソン・ライダーシリーズの第1作、デビュー作です。
他の書評を見ると、ジェフリー・ディーヴァーの後継者の位置づけとのこと。残念ながら「ボーン・コレクター」を映画で観ただけで小説は未読なので、どちらかというと思い浮かぶのは「羊たちの沈黙」。まあ、あんな感じの、あんなジャンルのミステリーです。

まさかの真相と動機。それだけがミステリーとしてすぐれたところ。それで十分なのだが。
主人公の過去の話や恋物語、警察内の敵役との関係などのサイドストーリーが盛り込んであり、そっちのほうも楽しめたが、もっともっと手厚くしてほしい気もする。
全体としていちおう合格点ではある。が、心酔するほどではなく、本作よりも、誉田哲也氏の警察猟奇物「ストロベリーナイト」のほうが楽しめました。。

本書は2006年の国内の各賞で上位だった作品です。
この評価自体に特段の感想はありません。それよりも、そのころ自分がいかにミステリーを読んでいなかったということをあらためて認識させてくれます。
そのころは、15年はつづいただろうミステリーの休止状態で、1年に数冊読む程度だったし、翻訳物なら数年に1冊程度だったからなあ~。
あの状態がつづいていたら、本書を読むことは100%なかった。
復活してよかったし、本サイトに出会えてほんとうによかった!!
2008年にミステリー読書を再開し、ミステリーサイトをネットで探して、2009年3月に本サイトを見つけた。そして今にいたる。う~ん、感慨深い。

以上、マイプロフィールでしたw


No.488 6点 降りかかる追憶
五十嵐貴久
(2016/01/11 13:55登録)
シリーズ第3弾。
新人探偵・雅也の今回の仕事はストーカー被害を受けている女性の身辺警護と犯人の捜索。
雅也は憧れの先輩美人探偵・玲子と組むことになる。

中編程度の長さだが、玲子が社長の金城の下で働くことになる因縁が明らかになる、というサイドストーリーまで盛り込んである。
そのかわりストーカー事件は、中途に少しの変転があるものの、ラストのわずかの間で駆け足のごとく解決にいたってしまう。ちょっとあっけないなとも思うし、ある程度想像したとおりでもあった。
あの短さでうまくまとめていると褒めるべきか。

このシリーズ、なぜかしら楽しくて堪らない。郷愁みたいなものを感じるからだろうか。読前、読後のウキウキ感は尋常ではない。
ついに今後も読み続けたいシリーズになってしまった。
シリーズ物を、文庫書き下ろしの短期間サイクルで、お手軽価格で読めるという理由によるものなのかもしれないが(笑)。


No.487 6点 十一番目の戒律
ジェフリー・アーチャー
(2016/01/08 13:12登録)
2015年の締め書評にするつもりだったが、2016年の初書評になってしまった。それはそれでめでたいが・・・

主人公のコナーはCIAの天才的暗殺者。そのコナーは、冒頭で大仕事を終えたのち、ロシアの大統領候補の命を狙う役目を担うことになる。
冷戦終結後のアメリカとロシアの関係をこんな風に描くとは、さすがアーチャーだ。謀略戦の様相なのになぜか明るいのもアーチャーらしい。

コナーは終始出ずっぱりではなく、場面転換が多く、多くの視点で描かれながら物語は展開する。前半は特に出番が少なく、コナー視点でのスリルはあまりない。
周辺人物の視点描写によって主人公の人物像を浮き彫りにしているところは面白い。家族と過ごすよき夫、よき父親という側面が描いてあるのも特徴的である。これこそがミステリーとしてのポイントなのかなと予想した。
周辺の人物により踊らされながら運命が定まっていく流れも面白い。
後半(第3部)では一転、狙撃物らしい緊迫感のある描写が続く。これがこの種の小説の本来の姿だろう。
そして、凄まじさのあとにやってくるラストは・・・。

登場人物としては、女性CIA長官も凄いがロシア新大統領がさらに強烈。
でも心に残るのは、裏方に徹したジャクソンかな。


No.486 5点 騙し絵の檻
ジル・マゴーン
(2015/12/18 10:12登録)
無実の罪で16年間獄中生活を送ったビル・ホルト。釈放後、彼は協力者ジャンを得て罠にはめた相手を探そうとする。

執念の物語ですが、女性記者、ジャンの存在は復讐という暗さを和らげてくれます。
たった二人で、16年前のことを、しかも聞き込みが中心の捜査でどれほど調べられるのか疑問ですが、そこが小説としての面白さでもあります。
事実、最終局面で手詰まりになる。そして大団円でのぎりぎりでの大逆転。

テンポがよくないとか、読書に時間がかかったとか、他の方もご指摘されていますが、まさにそのとおり。これは、時間軸の行き来だけに起因しているというよりは、複数の聞き込み場面があるわりにメリハリがなさすぎるからなのだと思います。
実際には場面が変わっているのに、ホルト視点(ほとんど一人称といってもよい)だけで構成されているので、上手い書き方をしないかぎり、ダラダラするはずです。読者への情報提供も手薄になりますしね。そこが肝だったりするのですがね。この肝となるミステリー手法は一歩間違えれば、文句が出そうですが、個人的にはまずまずの満足度でした。

最後の大逆転がまずありきなので、中盤は伏線を散りばめながら適当に書けばいい。作家は手が抜けますね。
とはいえ、中盤でのホルトの心境描写は、スリルとか、サイコサスペンスとかではないわりに、物語を引っ張ってくれるので、サスペンスの点でも及第点です。でもやはり、メリハリはない!


No.485 7点 黒薔薇 刑事課強行犯係 神木恭子
二上剛
(2015/12/10 09:40登録)
第2回本格ミステリー『ベテラン新人』発掘プロジェクト受賞作。
著者は1949年生まれの元暴力犯担当刑事。
荒唐無稽とも言える話だったが、元刑事が書いたのだったら、案外あり得るのかとも思う。モデルもあったりして・・・
女刑事を主人公とした、ありがちな警察小説と思っていたら大違い。衝撃作だった。

初めはクセのある大阪弁の刑事が出てきて泥臭い警察モノの様相だったが、次第に社会派サスペンス小説になり、さらに犯罪小説に化けてしまう。でも終盤では、24歳の新米女刑事・神木恭子vs〇〇〇〇という、悪漢対決ミステリーになっていく。
主人公の神木が最初たよりなさそうなのに徐々に逞しくなるのは面白い。たんに正義感があって張り切りすぎの刑事ではないのもよい。ワルたちに揉まれて変身していくという感じだろうか。

講談社のサイトに載っている、著者のコメント「嬉しくて跳び上がり、天井に禿げ頭を打ちそうです。この喜びを分かち合える人がいることも幸せです。・・・」は、謙虚な感じがして好感が持てる。
厳つくて柄の悪そうなオッサンを想像していたが、品のよい紳士(いや、少し厳ついかな)に見えるのもよい。
みなよく見えてきた。早くも次作が待ち遠しい。

なお、改題がされている。受賞時の原題は『砂地の雨』。いかにも清張世代が付けそうなタイトルだ。現タイトルの副題部分は誉田氏の姫川玲子シリーズか、秦氏の雪平夏見シリーズを連想させる。これは出版社によるミスリードか。でも、だまされてよかった。


No.484 8点
東山彰良
(2015/12/03 09:33登録)
1970,80年代の台湾を舞台にした、郷愁型青春ミステリー。
第一章で主人公の秋生の祖父が殺される。その後に、殺人捜査ではなく主人公の青春物語が描かれていく。この青春物語が殺人事件にどう関係するのか。

読み始めてすぐに小説世界へ誘われました。
秋生と、その家族や悪友の小戦、姉貴分の毛毛、軍隊仲間など周囲の人物たちとのやりとりや行動は真剣でもあり、滅茶苦茶でもあり、味わいのある文章も手伝って、読んでいて可笑しさがこみ上げてきます。終始、語り口や会話による活き活きとした感が醸し出されてもいます。
その時代に流行った、老鷲合唱団(イーグルス)の『デスペラード』が小説の中のBGMとして流れているような、ノスタルジックな気分にもなります。
読み始めでは青春小説や回想型ミステリーが思い浮かんでくる一方、中途では香港のヤクザ映画を連想したりもしましたが、結局どれともちがっていて、知らぬ間に郷愁を誘う独特の雰囲気に浸りながら青春物語に酔いしれていました。

直木賞の選考では満場一致とのこと。賞での満票というのは当てになりませんが今回は当たりです。乗れなかったという人が身近にいましたし、他のサイトでもまちまちの評価でしたから、好き嫌いの分かれる作品なのかもしれません。

ミステリーとしての真相、背景はこの時代背景からすればありがちで(ありがちと言っても劇的だな)、この小説にはしっくり合っているように思います。ルーツ・ミステリーとでも名づければいいかな。
祭典基準として通例では、ミステリー性と物語性を中心に文章、キャラクタを加味し、さらに個人的嗜好を考慮していますが、ときに嗜好が各要素を凌駕することがあります。本作はそれかも。


No.483 8点 ソウルケイジ
誉田哲也
(2015/11/24 10:18登録)
納得の超娯楽警察小説。

シリーズ第2作ということで、キャラ描写も抑えぎみで、警察群像劇らしくなってきた。
姫川だけでなく犬猿の仲の日下警部補も大活躍。著者の腕の冴えを感じる。菊田刑事は姫川の恋のお相手程度の登場だが、それもまたよし。
警察モノといっても、他の当事者の視点描写もたっぷりあり、いろんな面を楽しめる。描き方が上手いのか、視点が多いことで混乱することはなかった。
じつは群像劇はあまり得意ではない。でもここまでわかりやすく描いてあれば、けちのつけようはない。

一歩間違えば、秦建日子氏の「雪平夏見シリーズ」になってしまいそうで危うい感もある。でも実際には雲泥の差があると思う(雪平ファンには申しわけありませんが)。
とにかく、捜査員の地道な行動を描いた捜査小説としては抜群の出来だった。

ミステリー的に見れば、まず、死体なき殺人の犯人としての凄さに脱帽。
それに、あの原始的ともいえるトリックも気に入っている。あの犯人にはぴったりです。それを見つけられなかった警察の言い訳のための伏線もうまく書かれている(じつは苦しい?)。
早めに犯人の正体に気づくが、それによりがっかりすることはなかった。


No.482 6点 プラ・バロック
結城充考
(2015/11/17 10:35登録)
著者の作品にはSF的な趣向が多いということを知っていたので、一時期流行った近未来世界が舞台の映画、ロボコップやブレード・ランナー、マッドマックスなんかの荒廃的な風景を思い浮かべながら読むことができました。
本書の雰囲気には、そんな映像がマッチしています。

後半のサスペンスは文句なしといっていいでしょう。
全編にわたって描いてある、女主人公である刑事クロハの行動や心情も格別な味があります。
難点としては中途が都合よく進みすぎるということ。それと、クロハの独り舞台はしかたないとしても、脇役の扱いが中途半端なことはいただけません。

日本文学ミステリー大賞新人賞は満場一致で受賞とのこと。
でも、満場一致ほどあてにならないものはありません。審査員全員といってもあくまでもプロの視点なので、万人に喜ばれるとは限りません。
といったことを前提としてのぞんだほうがいいでしょう。


No.481 7点 ストロベリーナイト
誉田哲也
(2015/11/09 10:25登録)
大衆小説の極みと言ってもいいだろう。

キャラの設定はお見事。よくぞこれだけ変な奴を登場させたものと感心する。
主任警部補・姫川玲子を大阪弁でしつこく慕う(つきまとう)井岡、玲子とは犬猿の仲の日下、もっとも強烈な個性のガンテツこと勝俣。玲子が嫌う刑事たちの面々だ。
勝俣の一般人相手の聞き込みは滅茶苦茶で、警察が抗議してくるかもしれない。でも知らないだけで、実際の刑事にはもっとエゲツナイ人たちがいるのだろうなぁ。
そして、序盤でこんなにひどく描いておきながら中盤では玲子のサイドストーリーでひっくり返す。これには警察関係者なら涙を流して喜ぶはず。映像ならクライマックス級だ。
こんな押したり引いたりのバランスは絶妙。
勘は鋭いが刑事として甘さのある姫川と、猟奇的な事件とのアンマッチ感もいい。事件の解決の仕方も、姫川にとっては中途半端だが、それがむしろよかった。

著者は生まれ持っての大衆小説家なのだろうか、それとも2時間ドラマを研究しつくして書いたのだろうか。ツボの押さえ方は尋常ではないと思った。
とにかくクサさ満点の警察ミステリー作品だった。なお、おまけみたいな言い方だがミステリー的にも楽しめた。

嗜好だけで判断すれば8点超だが、種々勘案して、この評点。

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