nukkamさんの登録情報 | |
---|---|
平均点:5.44点 | 書評数:2810件 |
No.2670 | 2点 | 宮沢賢治修羅渚殺人事件 関口甫四郎 |
(2023/08/30 07:51登録) (ネタバレなしです) 関口甫四郎(1928-1993)の遺作となった1992年発表の天童一馬シリーズ第4作の本格派推理小説です。作家デビューが1987年と遅かったためか残された作品は非常に少ないです。宮沢賢治ブームに乗った雑誌社の企画で賢治ゆかりの地を天童と4人の賢治ファン読者が手分けして取材することになりますがその中の1人が殺され、そしてまた1人という展開になります。5人が顔合わせしたのが初日のみで、事件が起きてからも天童がほとんどの容疑者(取材チームメンバー以外にもいますが)とは対峙しない展開が珍しいですがミステリープロット的には盛り上がりを欠いたように思います。もちろん人物描写も物足りません。暗号解読に力を入れているのがこの作者らしいですが、暗号が苦手な読者に訴えるセールスポイントがありません。特に犯人当てを楽しみにした読者に対してエピローグ前半の仕打ちはひどいと思います。カベ本(壁に投げつけたくなるほど読者を立腹させる本)になりかねない真相です。 |
No.2669 | 5点 | 忘れられた殺人 E・S・ガードナー |
(2023/08/28 23:13登録) (ネタバレなしです) ガードナーが(理由はわかりませんけど)カールトン・ケンドレイク名義で1935年に発表した本格派推理小説です。ブレード新聞といえば検事ダグラス・セルビイシリーズでセルビイを失脚させんとセルビイの落ち度を探しまくる、敵対的立場のメディアでしたが本書のブレ-ド新聞と同じなんでしょうか?犯罪学者シドニー・C・グリッフが登場するまではブレード新聞の新聞記者が探偵役だし、探偵役がグリッフに交代してからもグリッフをサポートして本書での印象は悪くありません。ちなみにダグラス・セルビイシリーズ第1作の「検事他殺を主張する」は1937年発表です。その間にブレード新聞を敵役に変更する理由が何かあったんでしょうか、気になります。ハヤカワポケットブック版にはちゃんと登場人物リストが載っていますが、第17章である人物がぼやいているように別の名前を名乗る人物が多くて本名は何なのか、誰が誰なのかややこしくなる複雑なプロットです。第20章での犯人判明場面の劇的演出はガードナーとしては珍しいですね(ジョン・ディクスン・カー風です)。事件が解決されてめでたしめでたしのはずなのに説明できないことがあるのが不満なところは犯罪学者らしいですが、主人公としては地味過ぎと考えたのか作者はグリッフ登場作を2度と書きませんでした。 |
No.2668 | 5点 | QED 〜flumen〜 ホームズの真実 高田崇史 |
(2023/08/26 20:47登録) (ネタバレなしです) 「QED 伊勢の曙光」(2011年)でついにQEDシリーズ終了と思っていたら2013年にシリーズ第17作の本書が発表されたのに驚いた読者もいるかもしれません。私が読んだのは講談社ノベルス版ですが、作者による「前口上」、シリーズ長編16作と短編集1作を紹介する「QEDパーフェクトガイドブック」、作者と出版社担当による座談会が巻末に収められています。「前口上」の中で作者は「QED」は完結していて続編を書くつもりは全くなく、本書は外伝だとコメントしていてああこれで本当にシリーズ終焉なのかと、それほど思入れがあるわけでもない私でもちょっとしんみりしたのですが何と本書以降もシリーズ新作が次々に発表されていて、完結詐欺かよ!、と突っ込みたい気持ちもちょっとあります(笑)。講談社文庫版では「前口上」と座談会が削除されているそうですけどまさか証拠隠滅(笑)?それはともかく本書は「QED ベーカー街の問題」(2000年)の登場人物が再登場する本格派推理小説で、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ関連の情報も飛びかいますが桑原崇が崇らしさを発揮するのは(やはりというか)国内古典文学の蘊蓄を語って聞き手を辟易させる場面ですね。第8章で崇の推理説明を聞いた棚橋奈々が某古典的ミステリー作品を連想していますけど、それってアイデアのぱくりなのかパロディーなのか悩みますね。まあその古典的ミステリーも完全な創作ではなく、実際にあった事件を下敷きにしている作品らしいのでどうでもいいのですけど。 |
No.2667 | 5点 | 卒業生には向かない真実 ホリー・ジャクソン |
(2023/08/25 22:45登録) (ネタバレなしです) 2021年発表のピップ三部作の最終作です(但し創元推理文庫版の巻末解説によればもう1作、ピップ初めての事件を描いた中編があるそうです)。文生さんのご書評で説明されているように、「自由研究には向かない殺人」(2019年)、「優等生は探偵に向かない」(2020年)のネタバレが一杯で、多くの登場人物が再登場していますので過去の2作品を先に読むことを勧めます。本書のピップは過去の事件で負った心の傷が癒えておらず薬に頼っている有様で、序盤は非常に暗くて重苦しい雰囲気が漂います。その上に謎のストーカーにつきまとわれますが、このストーカーを捕まえようと考えてから少しずつ前向きになります。推理によって真相が明らかにならないのは個人的に残念ですが、第一部は本格派推理小説とサスペンス小説のジャンルミックス型のプロットです。ところが第二部になってがらりと作風が変わったのにはとても驚かされます。過去2作も500ページ以上の大作ですが本書は650ページを超えます。しかしテンションは全く落ちずに最後まで読ませます。本格派好きの私には合わない作品でしたが、多くのミステリー好きは高く評価すると思います。 |
No.2666 | 5点 | ミステリー・アリーナ 深水黎一郎 |
(2023/08/23 18:56登録) (ネタバレなしです) 2015年発表の非シリーズ本格派推理小説で、私は加筆修正された講談社文庫版(2018年)を読みました。大勢のミステリーマニアを集めて推理合戦の末にいくつもの解決案が披露されるという多重解決もので、アントニイ・バークリーの古典的名作「毒入りチョコレート事件」(1929年)をもっと複雑にしています。先行の推理を後発の推理が否定していく展開がバークリー風ですがそれは途中までで、だんだん変な様相になります。うまく説明できないのですが本格派の理想論を求めるような発言までありながら美しい着地を目指す推理発表にならず先読みと後出しの応酬みたいになり、さらにはミステリーを茶化すような発言まで飛び出し、どこか期待していた方向とずれていくような気になりました。こういうのがアンチミステリーというのでしょうか?個性は十分にあって面白いことは面白かったのですけど万人受けは難しい作品かと思います。日本語の微妙なニュアンスが絡む謎解き推理も多くて海外読者向けに翻訳紹介できるような内容でないことも(海外本格派への関心が高い自分としては)高評価しにくい理由です。 |
No.2665 | 6点 | 恐るべき太陽 ミシェル・ビュッシ |
(2023/08/21 18:29登録) (ネタバレなしです) 2006年にデビューしてベストセラー作家となったフランスの男性作家ミシェル・ビュッシ(1965年生まれ)の作品については、私も文生さんと同じく(個人的に苦手な)サスペンス小説のイメージが強かったので関心は低かったのですが、2020年発表の本書の集英社文庫版の裏表紙で「満を辞して放つクリスティーへの挑戦作」と書いてあったので本格派推理小説好きとして手を伸ばしてみました。クリスティーの「そして誰もいなくなった」(1939年)を連想させる場面が随所にありますが、人並由真さんのご講評の通り事件の起きるテンポが遅くてサスペンスが案外と盛り上がりません。中盤での20の質問リストを使っての謎解き論議も推理が粗くて真相に近づく気配もなく謎が深まるわけでもなく、これまた本格派としては盛り上がりません。思い切った仕掛けが印象的な謎解きではありますが、550ページ近いヴォリュームのためか切れ味が鈍いように思います。しかし結末は巨匠級の出来栄えで、「死ぬまでにわたしがしたいのは」を劇的に展開させて印象的に締めくくっています。 |
No.2664 | 6点 | はやく名探偵になりたい 東川篤哉 |
(2023/08/21 12:28登録) (ネタバレなしです) 2008年から2011年にかけて雑誌発表された烏賊川市シリーズ短編を5作集めて2011年に出版されたシリーズ第1短編集です。ユーモア本格派推理小説が揃っていますが変わり種系が多い印象を受けました。「藤枝邸の完全なる密室」(2011年)は犯人が最初から明らかな倒叙本格派推理小説で、密室トリックで犯行を誤魔化そうとするプロットがウイリアム・ブリテンの有名短編の「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」(1965年)を連想させます。ブリテンとは異なる皮肉な結末が用意されています。「時速四十キロの密室」(2009年)もそれでいいのかと言いたくなるような風変わりな結末です。「宝石泥棒と母の悲しみ」(2008年)は動物視点が織り込まれているのがユニークです。探偵役の鵜飼の発言にアンフェアっぽいのあるのが気になりますが。これらの変化球的アイデアが好き嫌いの分かれ目になるかもしれません。 |
No.2663 | 5点 | モルグの女 ジョナサン・ラティマー |
(2023/08/19 19:40登録) (ネタバレなしです) 1936年発表のビル・クレインシリーズ第3作のハードボイルドです。ホテルで自殺したらしい死体が2年前に行方を絶った娘ではないかという大富豪の依頼で死体確認のためにモルグ(死体置場)を訪れますが、番人が殺されて死体が盗まれる事件に巻きまれてしまいます。最後に番人と会っていたのがクレインということで(最後に会っていたのは殺人犯だというクレインの主張が正しいのを知っているのは読者のみ)、警察から疑われるだけでなくギャングから死体をどこに隠したと追われる身分になります。早い段階で披露される(利き腕に関する)クレインの推理は素晴らしくて、ここだけなら本格派推理小説として十分合格レベルですが複雑な真相が明らかになる解決場面はちょっと強引で説得力十分とは言い難いように思います。映像化したら見応えありそうな場面が豊富という点ではシリーズ全5作中のナンバーワン作品だと思います。 |
No.2662 | 5点 | 顔のない男 北森鴻 |
(2023/08/17 09:01登録) (ネタバレなしです) 1998年から2000年にかけて雑誌掲載された7つの短編に各話の間に挿入される6つの「風景」エピソード、さらにはプロローグとエピローグを追加して2000年に出版されました。二階堂黎人による文春文庫版の巻末解説で「連作短編集なのか、長編推理小説なのか、いったいどっちなのかって?」と読者に問いかけてますがまさに両方の要素を備えた技巧的な本格派推理小説で(文春文庫版の裏表紙では長編本格と記載されています)、この種のものでは芦部拓の「三百年の謎匣」(2005年)を連想させますが本書は警察小説、社会派推理小説の要素もあるのが個性となっています。第一話の「真実情報」(1998年)で殺された空木精作の素性と行動の謎が全作にまたがる謎となります。謎を解くと新たな謎が生じる展開で読ませますが、あまりに複雑な人間関係とひねりにひねった真相が用意されているので連作短編形式にしたのは賛否両論かもしれません。第七話の「仮面幻戯」(2000年)なんか単独で読んでも何が何だかわからないと思います。 |
No.2661 | 7点 | 惨劇のヴェール ルース・レンデル |
(2023/08/13 15:32登録) (ネタバレなしです) 1981年発表のウェクスフォード主任警部シリーズ第14作です。この作者の作品は大別するとウェクスフォードシリーズの本格派推理小説と非シリーズのサスペンス小説と思います。私は本格派ばかりを偏愛している偏屈読者なのでほとんど前者しか読んでませんが。しかし本書は終盤でのウェクスフォードのどんでん返しが連続する推理説明がまさに本格派ならではですけれど、一方でサスペンス小説家としての実力も垣間見える作品だと思います。ネタバレになるので詳しくは書きませんけど、追う立場の人物が追われる立場になったかのような後半の人間ドラマが実にスリリング(そして不気味)です。決着のつけ方もとてもインパクトがあります。 |
No.2660 | 6点 | ペガサスと一角獣薬局 柄刀一 |
(2023/08/13 15:13登録) (ネタバレなしです) 作者名を伏せたらファンタジー小説かと思われそうなタイトルの本書は2008年発表の南美希風シリーズ第2短編集です。美希風が「世界の伝説と奇観」をテーマにした写真を撮影するために世界を旅行して不思議な事件に遭遇するという設定です。謎の不可思議性と謎解きの合理性のバランスがよくとれていると思うのが「光る棺の中の白骨」(2005年)で、五年前に鉄扉を溶接された密室で発見された白骨死体の謎を巡って次々に推理が披露されては否定されていく謎解き議論がたまりません。光文社文庫版で100ページを超す中編の「ペガサスと一角獣薬局」(2006年)も胸に蹄の傷跡、背中に角のようなものによる刺し傷のある死体(犯人はユニコーン?)に白い羽根を握りしめて空中から墜落した死体(犯人はペガサス?)となかなか力の入った力作です。強引さや偶然が気になるところもあるけれど謎解きのロマンを感じさせる本格派推理小説を楽しめました。 |
No.2659 | 5点 | シェフ探偵パールの事件簿 ジュリー・ワスマー |
(2023/08/13 14:51登録) (ネタバレなしです) テレビドラマの脚本化である英国のジュリー・ワスマーの小説デビュー作が2015年発表の本書です。主人公のパール・ノーランは港町の人気シ-フードレストランの経営者ですが副業で私立探偵もやっています。知人の牡蠣漁師の死体を発見したのをきっかけに積極的に捜査に乗り出し、マグワイヤ警部と対立と協力を行ったり来たりのような微妙な関係になるところが読ませどころです。創元推理文庫版の巻末解説でも誉めていますが舞台描写に優れています。謎解きもなかなか工夫した真相を用意していますが、ちょっと複雑にし過ぎた感がありますね。もっとシンプルな真相にして切れ味を増した方がよかったのではと思います。 |
No.2658 | 7点 | 毒入りコーヒー事件 朝永理人 |
(2023/08/09 07:51登録) (ネタバレなしです) 「幽霊たちの不在証明」(2019年)を読んで個人的に注目していた作家の2023年発表の本格派推理小説です(本書の前に「観覧車は謎を乗せて」(2022年)というのが発表されているのも認識はしてますが、(本物の)幽霊が登場するという特殊設定にためらってまだ未読です)。アントニー・バークリーの「毒入りチョコレート事件」(1929年)を連想させるタイトルですがあまり共通する要素はありませんでした。宝島社文庫版で300ページに満たない分量は老読者の私にはありがたいです。登場人物数を絞っているのは「幽霊たちの不在証明」と比べて改善点ですがそれでいて豊富な謎解き伏線と推理の論理性は遜色ない出来栄えだし、どんでん返しの鮮やかさでは上回っています。最後は名前を出さずに男と女の会話で締めくくっていますが、そこにも技巧を感じさせます(誰でもすっきりできるように最後の最後で素性を明確にしてもよかったかも)。注文をつけるなら舞台の見取り図があればなあと贅沢を言いたくなりました。 |
No.2657 | 5点 | 囁く電話 ヘンリー・レヴェレージ |
(2023/08/06 14:34登録) (ネタバレなしです) 米国のヘンリー・レヴェレージ(1879-1931)は1914年から1917年にかけてシンシン刑務所に投獄されています(それ以前にも刑務所入りしていた可能性あり)。獄中で書いた小説が成功して映画化もされました。本書は出獄後の1918年に発表され、これまた1926年に映画化されて日本でも上映されています。国内での翻訳出版も1922年に企画されましたが第7章の途中で中断されてしまい、ようやく2023年になってヒラヤマ探偵文庫版で完訳版が出版されました。もっともこの翻訳は約100年前に翻訳された部分をそのままにして未訳部分だけを現代訳して継ぎ足したものです。巻末解説で旧訳部分に誤訳や省略箇所があることを補足していますが、それなら全部を最初から現代訳してほしかったですね。死を予告するかのような手紙や電話を受け取った大富豪の依頼で名探偵役のドリュウは6人の助手を使って警護させますが、富豪は密室内で殺されてしまいます。指紋や銃弾や電話回線や足跡など様々な手掛かりを基にドリュウが犯人と殺害方法を推理していく、本格派推理小説らしさも備えたスリラー小説です。犯人の正体はかなり強引な推理ながらも特定しますが密室トリックは最後までしぶとく謎として残り、スリラー小説としてはじれったい展開に感じるかもしれません。最後が推理での解決でないところが個人的には残念ですが、本格派黄金時代より前に書かれた作品ですので仕方ないといったところでしょうか。 |
No.2656 | 5点 | ゼロのある死角 笠原卓 |
(2023/08/05 21:16登録) (ネタバレなしです) サラリーマンとの兼業作家のためか作品数は非常に少ない笠原卓(かさはらたく)(1933年生まれ)の1973年発表の長編デビュー作で、ミステリー賞に応募して最終選考まで残った「蒼白の盛装」を改題出版したものです。作者はSANPO NOVELS版のあとがきで「本格ミステリにふさわしいトリックをふんだんに書き込み、全力投球で読者に挑戦したいという気持ちで取り組んだ」と本格派推理小説ファンの心をくすぐるようなコメントをしていますが、衣料量販店の突然の倒産とそれを以前から予期していたらしい取引先の営業マン、後には外資による業界支配の懸念まで生まれてくるというプロットは本格派というより社会派推理小説と認識する読者も少なくないでしょう。あの手この手のアリバイトリックを考えてはいますが、あまりにも時代に寄り添ったトリックがあるのは現代の読者の評価は分かれそうですね。そしてアリバイ崩しミステリによくあるジレンマですが、犯人当てを読者に挑戦している作品ではありません。 |
No.2655 | 5点 | モスコー殺人事件 アンドリュウ・ガーヴ |
(2023/08/05 19:48登録) (ネタバレなしです) 英国のアンドリュウ・ガーヴ(1908-2001)といえば私は冒険スリラーと巻き込まれ型サスペンスの名手のイメージがあって、1951年発表の本書の時事通信社版の巻末解説で「ハードボイルド派というよりも本格派に入れられるべきスタイルの持ち主」と紹介されているのには違和感を覚えます。とはいえソ連を舞台にした本書は確かに本格派推理小説で、主人公である特派員の新聞記者が民間平和使節団の1人が殺される事件の謎解きに挑みます。ガーヴ自身が新聞記者出身で第二次世界大戦中はモスクワ特派員だったのでその経験を活かした作品なのでしょうね。ソ連の警察による露骨な干渉場面はないものの、警察当局が犯人をかばっている可能性が否定できない状況というのが作品個性です。一応は推理で解決しますが犯人特定の根拠がちょっと弱く感じますね。でも当時の社会背景ならではの動機は印象的です(もしかしたら現代ロシアでもあり得る?)。翻訳者が「小説そのものの筋と直接関係ない政治的反ソ的な部分を省略」したことを余計な忖度と評価している人並由真さんに私も賛同します。 |
No.2654 | 5点 | セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴 島田荘司 |
(2023/08/05 01:23登録) (ネタバレなしです) 2002年発表の御手洗潔シリーズ第10作の本格派推理小説で、作中時代は1982年秋となっていて「占星術殺人事件」(1981年)からそれほど時間が経過していないことが語られます。少し奇妙だがそれだけにしか思えない体験談を聞いた御手洗が「これは大事件ですよ」と主張する冒頭は、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ某作品を連想しました。そこから御手洗の推理がどんどん発展して思わぬ事件を掘り当てる展開には淀みがありません。しかし犯人逮捕後の後半の謎解きは物語のテンポが大きくスローダウンして冗長さを感じます。新潮文庫版で250ページ程度の短めの長編ですが、もっとコンパクトにまとめて中短編作品に仕立てた方がよかったのではと思える内容でした。なお本書での重要なキーアイテムにまつわる秘密が語られる短編「シアルヴィ館のクリスマス」が一緒に収められていますが角川文庫版では本書の前に、新潮文庫版では本書の後に置かれています。 |
No.2653 | 5点 | 図書室の死体 マーティ・ウィンゲイト |
(2023/08/03 21:51登録) (ネタバレなしです) アメリカのマーティ・ウィンゲイト(1953年生まれ)は園芸本を書いていましたが2014年にミステリー作家としてデビュー、園芸小屋ミステリシリーズ、類は友を呼ぶミステリシリーズを発表した後に第3シリーズとして初版図書館の事件簿シリーズの第1作である本書を2019年に発表しました。ちなみにどのシリーズも舞台は英国です。私も人並由真さんと同じく読む前はちょっと期待していました。作中でアガサ・クリスティーの「書斎の死体」(英語原題は「The Body in the Library」)(1942年)が言及されていますが、本書の英語原題が「The Bodies in the Library」なのですから。そしてアマチュア探偵としては心もとなく、しかも最初は警察まかせの態度だったヘイリー・バークがアポなしで警察や容疑者を訪問しては強引な推理を披露したり強引な質問したりするようになったり、ミス・マープルならどうするだろうと考えたりと本格派推理小説を意識したところは確かにあります。しかし場当たり的捜査が何度も繰り返されるメリハリのないプロットに私はげんなりしてしまい、終盤にヘイリーが「何が起きたのかがわかった」と思ってもついに解決かとわくわくできませんでした。せめて「手がかりや証拠がひとつにまとまるさま」を明快に説明してくれればよかったのですけど。創元推理文庫版で450ページ近い作品ですがページ数以上に長さを感じてしまいました。 |
No.2652 | 5点 | 黒いリボン 仁木悦子 |
(2023/07/29 21:31登録) (ネタバレなしです) 1962年発表の仁木兄妹シリーズ第4作で、シリーズ短編はこの後も書き続けられましたがシリーズ長編としては最終作です。本書の角川文庫版の巻末解説によると「猫は知っていた」(1957年)、「林の中の家」(1959年)、「棘のある樹」(1961年)がそれぞれ夏秋冬の物語で、本書は春の事件を描いたそうですが特に季節感は感じませんでした(私の感性が鈍いだけかもしれませんが)。水遊び用の人工池で遊んでいた子供が誘拐され、「ブラック・リボン」と名乗る誘拐犯からの身代金要求の手紙が来る事件に大学生の仁木兄妹が巻き込まれます(殺人もあります)。巻末解説で作者は「読者に提供する手がかりのデータが少ない」と自戒していたと紹介されており、確かに(個人的にシリーズ最高傑作と思っている)「林の中の家」と比べればその通りだし偶然と好都合に支えられた真相の感がありますけど誘拐サスペンスとしてよりは本格派推理小説として楽しめる内容だったと思います。誘拐犯からの電話に細やかな工夫があったのが印象に残りました。 |
No.2651 | 6点 | 昏き聖母 ピーター・トレメイン |
(2023/07/29 18:42登録) (ネタバレなしです) 2000年発表の修道女フィデルマシリーズ第9作です。舞台はフィデルマの祖国モアン王国とは敵対的なラーハン王国で、フィデルマのワトソン役であるエイダルフが殺人容疑で有罪とされ処刑が明日に迫っているというタイムリミットサスペンス状況下へフィデルマが駆けつけます。フィデルマの来訪を予期していたとは思えませんが、「蛇、もっとも禍し」(1996年)での屈辱へのリベンジとばかりにラーハンの王やブレホン(裁判官)はフィデルマが捜査の落ち度を多少指摘したぐらいでは全く取り合いません。真相は少々複雑過ぎてフィデルマの推理は論理的ながらも強引な感がありますが冒険スリラーと本格派推理小説のバランスは絶妙で、創元推理文庫版で上下巻合わせて500ページを超すボリュームがそれほど苦にならない読みやすさです。 |