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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2811件

プロフィール| 書評

No.2211 5点 どもりの主教
E・S・ガードナー
(2020/02/17 22:10登録)
(ネタバレなしです) 1936年発表のペリー・メイスンシリーズ第9作の本格派推理小説で、複雑なプロットとスピーディーな展開の組み合わせは初期作品ならではですが、個人的には拙速気味に感じました。マロリイ主教と名乗る人物がメイスンの依頼人になりますが何度も話の途中でどもることからメイスンは弁護士や主教はどもりの人間には務まらないはずだと若干疑います。他にも本物なのか偽者なのか怪しい人物が登場するなど事態はどんどん錯綜します。終盤は一気に解決するのですが、推理説明が不十分に感じられ、例えばある人物の行方が明らかになる場面はあまりにも唐突な印象があります。最後に次回作の予告がされますが、なぜかハヤカワ文庫版ではシリーズ第10作の「危険な未亡人」(1937年)でなく第11作の「カナリヤの爪」(1937年)の予告でした(弾十六さんのご講評では米国初版ではちゃんと「危険な未亡人」が予告されていたらしいです)。またハヤカワ文庫版の巻末解説ではアガサ・クリスティーの「スタイルズの怪事件」(1920年)の犯人名とトリックが堂々とネタバレされてますのでまだ未読の人は注意下さい。


No.2210 4点 武蔵野殺人√4の密室
水野泰治
(2020/02/17 21:45登録)
(ネタバレなしです) 1987年発表の本格派推理小説で、大富豪の女性が密室で殺され容疑者の大半がその一族という古典的な設定です。中盤に意外な展開があるのですが私の読んだ講談社文庫版では裏表紙の粗筋紹介でネタバレされているのでせっかくの意外性が台無しです(もったいない)。プロットにもトリックにも凝った仕掛けが用意してあり、手がかりのカモフラージュにも技巧を見せるなど謎解きに関してはなかなか力が入った作品です。とはいえいきなりベッドシーンで物語が開始したり、下品きわまりないせりふが挿入されたりと通俗色が濃厚すぎる作風は私には合いませんでした。


No.2209 5点 ドロシーとアガサ
ゲイロード・ラーセン
(2020/02/17 21:25登録)
(ネタバレなしです) アメリカのゲイロード・ラーセン(1932年生まれ)については私は勉強不足でよく知らないのですが、彼のミステリー代表作と評価されているのが1990年発表の本格派推理小説である本書です。イギリスの本格派黄金時代を牽引したドロシー・L・セイヤーズとアガサ・クリスティーを主人公にしたという設定が興味を引きます。他にも同時代のミステリー作家たちが多数登場していますがこちらは完全に脇役、もっと活躍させたらと思わないでもありませんが。意外だったのが前半の展開で、事件に巻き込まれたドロシーが助けになろうとするアガサ達を拒絶して雰囲気がやや険悪になりかけます。しかし後半になると関係は修復され、2人がタッグを組んで謎解きに挑戦するという期待通りの展開になります。巻末解説で若竹七海が指摘しているように当時のミステリーに関する記述ミスが散見され、それを突っ込むのも読者のお楽しみかもしれませんがおっさんさんのご講評でも触れられているように、謎解きに絡んでいる知識に誤りがあるのはいただけません。


No.2208 7点 探偵事務所 巨大密室
鳥羽亮
(2020/02/14 22:15登録)
(ネタバレなしです) 1996年発表の探偵事務所シリーズ第4作の本格派推理小説です。室生を訪れた依頼人は6年前の同窓会の服装でビルの屋上から飛び降り自殺したらしい友人の調査を依頼します。死亡当時の屋上は人の出入りが不可能な「屋根のない密室」状態で、遺書も残されていたことから警察は自殺と判断しています。ところが室生が調査を開始して間もなく、依頼人までもが6年前の同窓会の服装でビルの屋上から墜落死します。「巨大」の演出が弱いながらも謎がどんどん深まる展開は読み応えがたっぷりで、同じような屋上密室事件が続くのですが後になるほど密室としての完成度が高くなるなど実に芸が細かいです。最終章に至ってようやく室生がたどり着いた真相はルース・レンデルの某作品を連想させますが、非常に手の込んだ犯人の細工が印象的でした。新たな探偵助手(?)も加わってアイワ探偵事務所の益々の発展を期待させるような締めくくりになりますが残念ながら本書がシリーズ最終作、それどころか作者はミステリーから離れて時代小説家としての道を歩んでいくことになります。


No.2207 5点 死体をどうぞ
シャルル・エクスブライヤ
(2020/02/14 21:58登録)
(ネタバレなしです) 1961年発表の本書はミステリー要素がとても希薄です。殺人が起きて犯人の正体は終盤まで伏せられていて、強いて言うなら本格派推理小説なのでしょうが犯人探しのプロット展開にならないのです。作中時代は第二次世界大戦下のイタリアの小さな村で、時々砲声が響き渡ります。ファシスト派と反ファシスト派に分かれて対立する村人たちが描かれていますが、政治思想などほとんど持ち合わせていませんのでそれほど深刻な雰囲気にはなりません。ファシスト派の人間も嫌われ者として描かれているのはほんのわずかで、ある人物が「貧乏なのにのん気で、不幸なのに笑いや叫びや歌声が絶えないイタリア」を再発見していくドラマが印象的です。村人たちが死体を隠し、死体を探す人間がそれを見つけると村人たちがまた別の場所へ隠すという展開が繰り返され、クレイグ・ライスほどの派手などたばた感はないもののユーモアにあふれています。犯人を示す手掛かりが読者に対してほとんど提示されず、これでは誰が犯人でもよかったようにしか思えないのは不満ですが。


No.2206 6点 黒龍荘の惨劇
岡田秀文
(2020/02/10 21:45登録)
(ネタバレなしです) 2014年発表の月輪龍太郎シリーズ第2作の本格派推理小説です。いわくありげな一族にわらべ唄をなぞったような見立て連続殺人と横溝正史を連想させるようなプロットですが良く言えば洗練、悪く言えば淡白な筋運びです。万人向けタイプではありますが、例えば綾辻行人の「時計館の殺人」(1991年)の強烈なサスペンスを堪能した読者には物足りなく映るかもしれません。またいくら作中時代が明治でもこの犯行計画は実行に無理があり過ぎのようにしか感じられません。とはいえ(無理矢理感はあるにしろ)大胆きわまる真相とすさまじいまでの悪意のインパクトの前に多少の不満を吹っ飛ばされるでしょう。発表当時結構な話題になったというのも納得です。


No.2205 6点 シャーロック・ホームズ絹の家
アンソニー・ホロヴィッツ
(2020/02/10 21:24登録)
(ネタバレなしです) 英国のアンソニー・ホロヴィッツ(1955年生まれ)は1979年のデビュー以来、児童書作家やテレビドラマの脚本家として活躍し大人向けの小説を書くようになったのは21世紀になってからのようです。日本で知られるようになったのはアーサー・コナン・ドイル財団が史上初めてシャーロック・ホームズシリーズの続編として公認した2011年発表の本書あたりからだと思います。個人的にはドイルこそ唯一の正当たる作者であり、財団が何と言おうとこれまで無数に書かれた非公認(?)のパロディー(或いはパスティーシュ)小説と同じじゃないかと(偉そうに)主張したいところですが。とはいえドイル作品の雰囲気をよく再現していることは認めます。私のお気に入りである、ホームズの人間鑑定場面もちゃんと用意されています。謎解きよりは冒険スリラー小説要素が強いですがホームズが推理を披露する場面もあります。おぞましい真相は読者の好き嫌いが分かれるかもしれませんが。レストレイドの無能警官ぶりもしっかり描かれていますが、読者の好感度を上げる工夫もありました。


No.2204 6点 ラットマン
道尾秀介
(2020/02/03 22:09登録)
(ネタバレなしです) 2008年発表の本格派推理小説です。文学志向を意識している作者ですが本書も謎解き要素と物語要素の内、どちらかと言えば後者の方に注力しているように感じました。事件が引き起こした悲劇性や登場人物が抱える秘密が重苦しく描かれています。しかしながら終盤でのどんでん返しが連続する謎解きは鮮やかで、謎解きにもちゃんと配慮されていることがわかります。タイトルはミステリーのタイトルとしては魅力的でないように思いましたが、なかなか意味深です。


No.2203 5点 シャーロック・ホームズの事件録 眠らぬ亡霊
ボニー・マクバード
(2020/02/03 21:45登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表のシャーロック・ホームズ事件録第2作です。ストーリの性格上やむを得ないところもあるのでしょうが苦悩して孤立するホームズがしつこいほど描かれており、個人的にはコナン・ドイル原作のヒーロー像を壊しているように思います。ドイル原作でワトソンがホームズの天才ぶりに感心する場面は私のお気に入りですが、本書ではそれもほとんどありません。ハーパーBOOKS版で500ページを超す厚さですがそれ以上に重厚さを感じさせるプロットで、登場人物リストに載っていない重要人物も少なくありません。前作で登場したフランス人探偵ジャン・ヴィドックが再登場していますが本書では単なるお邪魔虫的な脇役に過ぎないのが残念です。ホームズの学生時代のエピソードは無用の添え物かと思っていたら後半になると実は物語の重要な要素だったのには驚きました。犯人(というより悪人)の極悪非道ぶりが印象的です。


No.2202 5点 秘密パーティ
佐野洋
(2020/01/24 22:00登録)
(ネタバレなしです) 1961年発表の本格派推理小説です。タイトルがミステリーらしくないと考えたのか「完全殺人の完全なトリック」と読者の謎解き挑戦意欲をそそるようなサブタイトルが付いていますが、まあこれをあまり真剣には受けとらないほうがよいかと...(笑)。料亭に男女が集まって怪しげな映画を見ながら雰囲気が盛り上がりそうなところで事件が起こって秘密パーティは中断されます。脛に傷持つ面々は事件を自然死に見せかけることで合意し、隠蔽工作は上手くいったかに思えますが彼らの元に脅迫状が舞い込むというプロットです。怪死事件が起こったら殺人かどうか、殺人なら誰が犯人なのかという謎解きがミステリーの王道パターンですが本書についてはそれは完全に後回し、脅迫にどう応じるかと誰が脅迫者なのかが物語の大半を占めているのが特徴です。犯行はかなり無理筋かつご都合主義で、仮に犯行が成立したとしても(一応成立するのですが)後から秘密がばれてしまうリスクが常につきまとっているように思えます。


No.2201 4点 アッサム・ティーと熱気球の悪夢
ローラ・チャイルズ
(2020/01/24 20:47登録)
(ネタバレなしです) 2019年発表の「お茶と探偵」シリーズ第20作のコージー派ミステリーです。今回はお茶というよりお茶会の紹介になっていますがこれがなかなか興味深く、終盤でのボザールのお茶会描写はいい雰囲気を醸し出しています(結局シークレット・シッパーはお茶会に来たんでしょうか?)。そんなわけで「お茶」に関しては合格点なのですが、肝心の「探偵」に関しては...困りましたね(笑)。ドローンを熱気球に衝突させて被害者を墜落死させるというのが珍しく、これで3人もの死者が出るのですが誰が狙われたのかについてはあっさり絞り込まれてしまいます(死者の1人は登場人物リストに載せてさえもらえません)。犯人の行動は矛盾だらけで、犯行後すぐに逃げなかったのは不審に思われたくないからというのは理解できますが、そのくせ結構目立つ振る舞いを繰り返して馬脚を現しています。推理による解決要素がほとんどなくて謎解きとしては物足りないです。


No.2200 5点 思案せり我が暗号
尾崎諒馬
(2020/01/17 21:36登録)
(ネタバレなしです) わずか3作を発表した後は沈黙してしまったらしい尾崎諒馬(1962年生まれ)の1998年発表のデビュー作である本格派推理小説です。暗号ミステリーというのは謎の難易度が高く、小説としては動きが少なくなりやすくて人気の面では不利だと思いますが、それでもわざわざタイトルで暗号ミステリーだと謳っているのですから相当自信があったんでしょうね。様々な手法による解読(いや復号か?)で暗号が万華鏡のごとく変化する展開が圧巻です。私は暗号の謎解きはほとんど理解できなかったのですが、よく考え抜かれた暗号なのはわかりました。暗号談義があるのも珍しいです。また構成にも凝っていて、プロローグとエピローグで全体の90%以上を占めています。ただプロローグで物語が一段落して非常に短い中間部を挟んでエピローグに突入すると驚きの仕掛けがあるのですが、カドカワ・エンタテインメント版の粗筋紹介でこの仕掛けをネタバレしているので驚けなかったのが残念です。あとエピローグの後ろに「読者への挑戦状」を用意して謎解きはまだまだ続くという展開なのですが、これは蛇足というか空回りに感じました。


No.2199 6点 思考機械「完全版」第二巻
ジャック・フットレル
(2020/01/13 20:49登録)
(ネタバレなしです) 完全版第二巻は1906年以降に発表された思考機械シリーズの短編31作(となぜかシャーロック・ホームズのパスティーシュ短編1作)が収められてます。発表順に並べたので生前発表された第二短編集(1908年)の作品が一巻と二巻に分かれてしまいましたが、これは本の厚さを考えるとバランス的に仕方ないですね。全作品を俯瞰的に見ると第一短編集(1905年)が質量共に充実した作品が多いことを再認識させられます。本書のコンパクトな作品群は出来不出来の差がありますが、それでも同時代のG・K・チェスタトンと並ぶトリック・メーカーであることがよくわかります。本書で個人的に気に入ってるのは、トリックがチェスタトンの某作品(ブラウン神父シリーズ)を先取りしている「オペラボックス」、謎の魅力では全作品中屈指(実現性はともかくトリックも独創的)の「幽霊自動車」、唯一の夫人との共著で神秘的な謎の「にやにや笑う神像」、複雑な犯行計画が印象的な「余分な指」です。それにしても思考機械から「不可能」という言葉が嫌いなのを何度指摘されてもつい「不可能」と発言してしまうハッチって...(笑)。


No.2198 8点 金沢逢魔殺人事件
梶龍雄
(2020/01/13 20:32登録)
(ネタバレなしです) 全4作の旧制高校シリーズの第3作にあたる1984年発表の本書は、タイトルから予想がつくように旧制四校が登場します。作中時代は1936年です。青春物語要素はシリーズ中一番希薄なのですがそれが弱点とは感じられないほど本格派推理小説としては圧巻の出来栄えです。怪人「片目マント」が目撃される連続猟奇殺人事件のサスペンスも出色ですが、最終章での火花散るような推理バトルがこれまた息を呑むようなスリルを生み出します。一気に読み終えたのが惜しまれるような謎解きでした。


No.2197 5点 火中の栗
A・A・フェア
(2020/01/13 20:18登録)
(ネタバレなしです) 1965年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第25作の本格派推理小説です。ひき逃げ交通事故のもみ消し工作ではないかという、発覚したら探偵ライセンス没収になりかねない依頼を引き受けたドナルド、わずか4章であっさり解決かと思ったらやはり大ピンチになります。ドナルドのしっぽを押さえようと執念を見せるセラーズ部長刑事(過去にドナルドから受けた恩は忘れてはいないようですが)に共同経営関係を破棄すると脅かすバーサと、味方はエルシー唯一人です(本書では献身ぶりがいつも以上に際立ってます)。ドナルドが相手にするのは姿を消す依頼人、依頼人と微妙な関係の家族たち、言動怪しげな交通事故の被害者、どこか悪党臭い弁護士と多士済々です。メインの謎であるはずの殺人の方はいつの間にか発生していつの間にか解決とあっさり過ぎの扱い、もう少し推理の説明してほしかったですね。それにしてもセラーズとバーサに犯人逮捕に加担させて花を持たせるドナルド、いいやつだ。最後はエルシーとのお楽しみが待っているのかな(笑)?


No.2196 6点 死者の靴
レオ・ブルース
(2020/01/13 19:57登録)
(ネタバレなしです) 1958年発表のキャロラス・ディーンシリーズ第4作の本格派推理小説で、国内では「AUNT AUROLA Vol.2」(1988年)に掲載されました。序盤はモロッコのタンジールからロンドンへ向かうサラゴサ号が舞台で、船内にはイギリスのバートン・アビスでの殺人容疑者が居合わせてますが(それから「死の扉」(1955年)の登場人物が再登場しています)、ロンドン到着目前で船から落ちたのか行方不明になります。その後キャロラスがバートン・アビスで探偵活動する場面に移り、後半にはタンジールにまで乗り込みます。タンジールの風景描写はほとんどありませんがそれでもイギリスとは違う社会であることを感じさせます。謎解きに関しては露骨過ぎる手掛かり描写がある一方でちょっとアンフェアに感じるところもありますが、単純なトリックをとてつもなく手間をかけた犯人には敢闘賞を贈りたいです(笑)。


No.2195 5点 章の終り
ニコラス・ブレイク
(2020/01/10 21:26登録)
(ネタバレなしです) 1957年発表のナイジェル・ストレンジウェイズシリーズ第12作の本格派推理小説です。出版社を舞台にした1種のビブリオ・ミステリーですが、半世紀以上前の作品ですから本書で語られる出版業界描写が現代の出版業界とどれだけ相違点があるかは私には未知数です。ナイジェルへの依頼は原稿から削除されるはずの描写が何者かによって削除取消(イキ)の処理をされてそのまま出版、名誉毀損の訴訟に発展した事件の犯人探しです。ユニークな謎ですが長編ミステリーを支える謎としては弱いと思います。ブレイクよりはF・W・クロフツが扱いそうな企業犯罪の謎ですね(そういえば本書の出版年にクロフツが亡くなったのを思い出しました)。殺人事件がすぐに起きない展開ということもあって序盤の伏線は大概スルーされるでしょう。事件が起きてからも地味な展開に終始しており、推理説明はしっかりしているし動機に絡む心理分析が丁寧なのもこの作者らしいですが、やはりもう少し全体を盛り上げる工夫は欲しかったです。


No.2194 6点 漂流密室
湯川薫
(2020/01/10 21:10登録)
(ネタバレなしです) 2001年発表の湯川幸四郎シリーズ第4作の本格派推理小説です。徳間ノベルス版では世界遺産ミステリー第1弾と宣伝されていますが、その後第2弾が発表された形跡はないようですが。本書に登場する世界遺産は屋久島で、序盤と終盤では触れられていますがミステリーの舞台は人工の浮島「メガ・フロート」です。この作者らしくトリックに力を入れており、雑然が整然を上回るかのような逆説的な発想が見事です。また演繹法でも帰納法でもない第三の手法による推理を試みているのも注目で「読者への挑戦状」まで付いています。こういった長所が多くあるのですが、幸四郎たちが閉じ込められて無事に脱出できるのかというサスペンスが優れているばかりにせっかくのトリックが演出不足気味になってしまったことはちょっと惜しいです。また犯人当てとしてはこれが唯一の正解という説得力が弱く、他の犯人パターンでもいいのではと思えてしまい、こちらについてはかなり残念。


No.2193 5点 陰謀の島
マイケル・イネス
(2020/01/10 20:49登録)
(ネタバレなしです) 1942年発表のアプルビイシリーズ第8作の冒険スリラーですが同じジャンルのシリーズ前作である「アララテのアプルビイ」(1941年)と比べると実に捉えどころのない怪作で、読者の評価が大きく分れそうです。第一部でいくつかの事件が起きてアプルビイたちが捜査に乗り出す展開自体は普通ですが、その事件が複数の女性の失踪(誘拐?)だったり馬の盗難(ご丁寧にも最初の馬を返して目的の馬を盗み直してます)だったり家屋の消失(盗難?)だったりと何これというもの。第二部になると物語はますます破天荒になり、なぜかアプルビイたちが南米行きの船に乗っていて、船には怪しげな人物がうろうろ。失踪者たち(馬や家屋も)がそれぞれ普通でない特性をもっていることがわかりアプルビイの推理は予想範囲の斜め上です。多重性格者との会話や容疑者相手にアプルビイたちのとんでもない芝居も強烈な印象を残します。第三部は舞台が南米、ここでは「アプルビイは2件の殺人を犯した」という文章にどっきりです。プロットはハチャメチャでまともに理解できませんでしたが強力な磁力に引っ張られるかのように読まされました。


No.2192 6点 絵に描いた悪魔
ルース・レンデル
(2020/01/05 13:21登録)
(ネタバレなしです) ルース・レンデルの作品はウェクスフォードシリーズが本格派推理小説、非シリーズ作品がサスペンス小説という評価が一般的ですが、初の非シリーズ作品である1965年発表の本書はプロローグこそサスペンス小説風ですが全体的には本格派推理小説で、後年作品で高く評価されている異常心理描写を本書に期待すると肩透かしを味わいます。一度は自然死と判断されますが殺人の疑惑が生まれ、ではどのようにして殺害したのかというハウダニット重視の謎解きがパトリシア・モイーズの「死の贈物」(1970年)を彷彿させます(使われたトリックは別物です)。この種のトリックは専門的になりやすいのでただトリックの正体だけ説明されても一般的読者は感心しませんが、巧妙な謎解き伏線を用意してあるところが上手いです。非シリーズ作品のため本格派ファン読者からは敬遠されやすく、サスペンス小説として読むとインパクトが弱いことからレンデル作品の中では存在感の薄い作品ですけど。余談になりますが本書の角川文庫版が翻訳家でもあった小泉喜美子(1934-1985)の最後の翻訳作品だそうです。

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