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ミステリの祭典

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ナイチンゲールの屍衣
アダム・ダルグリッシュシリーズ

作家 P・D・ジェイムズ
出版日1975年01月
平均点6.20点
書評数5人

No.5 6点 人並由真
(2023/07/20 03:16登録)
(ネタバレなし)
 英国はサセックスとハンプシャーの境のスプリングフィールドの町。そこにある大病院「ジョン・カーペンター病院」の付属機関である看護婦養成所で、ある朝、実地訓練中に、一人の看護学生が毒殺される事件が起きる。犯人が分からないまま捜査は進むが、やがてまた第二の事件が……。

 1971年の英国作品。ダルグリッシュ警視(本作から主任警視)シリーズの第四弾。
 実は評者の手元にあるポケミスは、1976年7月30日に作者が来日した際、SRの会のメンバーの一人として合同インタビューした際に、本人から直接、為書き付でサインを戴いたもの(評者の本名を、書いていただいてある)。
 で、その本の中身は、それから30数年目にして、ようやく初めて今回、読むことになった(汗)。お待たせして、すみません。

 実のところ、シリーズの流れの上でこの作品から本全体の厚みがぐんと増すこと、またミステリマガジンで以前に目にした記憶のある「ミステリとして、前代未聞のトンデもない趣向をしてある!?」との噂からかなり期待していたが、どうも何かどっかで認識の齟齬があったようで、楽しみにしていた<その肝心の趣向>が、最後まで出てこない?
(いや、そのウワサの関連の事象そのものは、たしかに終盤の方に登場したのだが……。)
 これにはうーん、とだいぶ興を削がれた(結局、誰のせいなんだか)。

 で、先に何人かの方が指摘されているように、謎解きミステリとしては存外に大味な作りという面もある一方、小説としてはかなり読ませる。
 長いヘビーなストーリーな一方、物語の構造としてはさほど複雑でもなく、やたら多い登場人物の情報が累積していくのを、延々とメモをとってまとめる作業が楽しかった。
 特に後半のマスタースン巡査部長の捜査上の奮闘ぶりは、なにこれ? 笑劇? という感じで爆笑させられる。作者がこういう方向の英国ユーモアを書けるのだとは、ちょっと軽く驚いた(まあ、これまでもその手の叙述に接していて、忘れてしまっている可能性もあるが・汗)。
 
 なおポケミスの登場人物一覧は、最初に出てきてすぐにいなくなる中年女二人なんか要らないとも思う一方、看護学生の中でけっこう重要なジュリア・バードウとか、もっと入れておけばいいのに、という名前が何人か抜けていたりして、かなり雑な印象。この辺、ミステリ文庫版ではどうなっているんだろ。

 で、翻訳の隅田たけ子さんは、たしか、前述の作者インタビューの際に、早川側が協力・手配してくれた同時通訳の担当の方だったと記憶しているので、あまり本書の訳文に文句言っちゃいけないのだが(汗)、モーリンとシャーリーの双子姉妹をまとめた人称代名詞を「彼ら」はないでしょう。「彼女ら」「彼女たち」じゃいけなかったんですか? 
 (女性を「彼」って『半七捕物帳』か!)
 まあ、引っかかったのは、そこくらいだけどね。

 トータルとしては、決して悪い作品ではないと思うけれど、期待が高すぎたためか、総体の評価はちょっと弱い。
 シリーズ初期4作の中では、これが一番オチる、ということになるのかなあ。

 でも、このサイン本は、今後も大事にさせていただきますけれど(笑)。

No.4 7点 レッドキング
(2023/05/14 21:46登録)
おぞましい因縁のある、厳めしく陰鬱な総合病院で起きた看護婦連続毒死事件。他殺?自殺?恐喝?情事?金銭目的? 婦長から看護学生に至る容疑者十数人のみならず、ほんの脇役・・死亡した看護婦をはらませた作家志望青年や、恨みある警官を頭韻罵倒する女中、息子の死亡保険金もダンス費用につぎ込むダンス狂い老女・・までもの描写が見事。
驚きのエンドは、ミステリとしては捻り無さすぎにして堂々たる文学的王道の真犯人Who、ミステリとして「難解」過ぎにして素晴らしき文学的な、Why。ミステリとして4点・文学として8点。間とってオマケ付けて7点 
※つくづく、英国・・独逸でなく・・の女って、怖そうだなア・・実物は知らんが。

No.3 5点 nukkam
(2020/05/29 21:54登録)
(ネタバレなしです) 1971年発表のアダム・ダルグリッシュシリーズ第4作の本格派推理小説で、作者の個性が十分に発揮された最初の作品と評価されています。その個性というのがハヤカワ文庫版の巻末解説では「よくいえば重厚、悪くいえばやや暗く重苦しい」と紹介されています。この解説からして微妙で、なぜ重厚はよくて暗く重苦しいはいけないのでしょうか?まあしかし文庫版で500ページを超す分量はそれまでの作品と比べると確かに分厚いし、中身もページ以上にずっしり感を感じさせます。捜査描写の停滞感が半端でなく、毒物の正体判明までにすごく時間をかけていてそれまでダルグリッシュも慎重な姿勢を崩しません。そしてこれまた評価の高い人物描写ですけど感情描写の抑制が効きすぎて人物の全体像がちっとも浮かび上がりません。第1章での殺人場面のすさまじい描写でどかんと派手に花火を打ち上げていながらその後はじっくりゆっくりな展開です。それが好きな人はたまらなく好きなんでしょうけど、短気な私には合わなかったです。とはいえ本書以降にはもっと重苦しい作品が次々と生み出されるのですが。

No.2 6点 mini
(2014/12/01 09:53登録)
先月27日にP・D・ジェイムズが亡くなったらしい、もう御高齢だったからねえ、晩年までお書きになられてたんですよね、合掌
ジェイムズの翻訳は殆どが早川書房なのでいずれミスマガでも追悼特集組むのだろうけど、好意的な評価ではないかも知れないが先に追悼書評しておきたい

植草甚一などの紹介で日本で最初に広く読まれるようになったジェイムズ作品は「女には向かない職業」だろうけど、作者の中では異色作だからね、世間一般的に作者の出世作と見なされているのは「ナイチンゲールの屍衣」であろう
初期には筆力は有るもののもう1つ個性に欠けるかのように見られていた作者をメジャークラスに押し上げ、らしさをアピールした作品と言われている
その個性の中でも重要な特徴を3つ挙げれば、重厚さと人物描写、そして単純に長さである
私は未読だが初期数作品でもそれなりに重厚な文体では有ったのだろうが、分量的な意味で格別に長かったわけではなかった
「ナイチンゲール」を契機にページ数が大幅に増えていくのである、以降のジェイムズは兎に角にも重厚長大のイメージが付いていく

「ナイチンゲールの屍衣」を昔読んだ時の印象は、古めかしい雰囲気と逆に現代的な要素が入り混じった感じである
怪しげな病院ではあるが、それが現代生活の中に溶け込んである感じ、何て言うか古風な館に現代風家具で設えた部屋が存在するような奇妙な感覚だ
序盤はかなり面白いのだが、案外とつまらない動機といい最後まで読むと何となく期待外れだった
ジェイムズは、舞台は現代的だが骨格は古典本格そのままだと言われる
様式美というものが嫌いな私にはそこが合わない作家なのだが、意図的にクローズドサークルや館ものの定型を狙ったような作品に比べるとジェイムズの方がまだマシかなとも思えるのであった

No.1 7点 Tetchy
(2009/01/14 00:52登録)
本作以前の作品のページ数を遥かに凌駕する厚みと重厚な内容。
とにかくそれぞれの登場人物が同僚や友人に抱く憎悪や軽蔑の念がこれほどまでに露骨に表現されているのにまず驚いた。
こういう綿密且つ粘着質な書き方は女流作家ならではの負の感情の発露なのか?

本作では作者初のCWA賞を受賞しているが、まだまだ本領は発揮されたとは云えないだろう。
ページ数は増えても、それは書込みの量が増えただけで、物語の進行はさほど変わっていない。
犯人の動機も単純だし。
力作とは思うが、傑作とまではいかないというのが正直な感想。
なんせP.D.ジェイムズにはこの後、真の意味での傑作が控えているのだから。

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