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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2810件

プロフィール| 書評

No.2330 5点 怪力男デクノボーの秘密
フランク・グルーバー
(2021/01/26 20:38登録)
(ネタバレなしです) 1942年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第7作のユーモア・ハードボイルドです。舞台となるホテルは何と「フランス鍵の秘密」(1940年)で殺人事件に巻き込まれたのと同じホテルではないですか。そしてジョニーとサムはこのホテルで再び死体とご対面です。後年の「噂のレコード原盤の秘密」(1947年)でもこのホテルは登場、2人にとってよほどのお気に入りの場所なんでしょうね。さて本書のタイトルに使われている怪力男デクノボーとは漫画の主人公の名前です(なぜヒーローにそんな名前を?)。怪力といえば何たってサム・クラッグ、これまでの作品でも怪力ぶりを見せてますが本書ではいつも以上に大活躍、ジョニーが霞んでしまうほどです。終盤は登場人物リストに載ってない悪人が大勢登場して殺人犯探しが置いてけぼりになりますが最後はやはりジョニーの出番、「犯人は最初からわかっていた」と啖呵を切る場面では本格派推理小説好きの私としては期待が高まります。しかし肝心の説明は「えっ、それが推理の根拠?それだけ?」と聞きたいような内容です。長々しい推理説明が必ずしもいいとは限りませんが本書のは全く物足りませんでした。


No.2329 6点 名探偵が多すぎる
西村京太郎
(2021/01/26 20:04登録)
(ネタバレなしです) 1972年発表の名探偵4部作の第2作で、明智小五郎、エラリー・クイーン、エルキュール・ポアロ、メグレの4大探偵が再会するだけでなく、アルセーヌ・ルパンに怪人二十面相まで登場させた豪華共演版です。観光船を舞台にして密室事件まで起きるという派手なパロディー本格派推理小説です。あと「名探偵なんか怖くない」(1971年)には登場しなかった(と思う)メグレ夫人がなかなかいい味出してますね。編み物描写が随所にあってアガサ・クリスティーのミス・マープルを連想しました。シムノンの原作でもそういうキャラクターなんでしょうか?頑固刑事役の吉牟田刑事も前半は健闘、密室トリックの推理なんか(名探偵たちには否定されますけど)なかなかの敢闘ぶりです。ただ後半に残念な行動に走ってせっかくの正々堂々の対決を台無しにしてしまったのはがっかりでした。


No.2328 5点 ベーカー街の女たち
ミシェル・バークビイ
(2021/01/19 22:33登録)
(ネタバレなしです) 英国のミシェル・バークビイによる2016年発表のデビュー作です。コナン・ドイルのシャーロック・シリーズに登場するハドソン夫人とワトソン博士の妻メアリーを主人公にした外伝的なパロディー作品です。ただ本書の英語原題は「The House at Baker Street」、シリーズ第2作(2017年)が「The Women of Baker Street」なので角川文庫版の日本語タイトルは後者こそふさわしいのですが。女性2人を主人公にしていますが雰囲気に明るさや華やかさはほとんどありません。むしろ作中時代の英国社会の暗部が強調されていて、アン・ペリーの歴史ミステリーに通じるような重苦しさがあります。探偵としての経験もなく、しかも女性ということで色々なサポートを得ての捜査になるのは自然の流れですけど、ホームズとワトソン博士には意地でも頼ろうとしてませんね(笑)。冒険スリラー色が濃いですが、悪人との対決場面では推理で対抗するなど本格派も意識した作りになってます。まあ読者と推理競争するタイプの謎解きではありませんけど。当然ながらドイル作品を連想させる演出は沢山ありますが、「四つの署名」(1890年)についてはほとんど完全にネタバレされているので注意下さい。


No.2327 5点 牟家殺人事件
魔子鬼一
(2021/01/19 22:02登録)
(ネタバレなしです) 生没年さえ不詳の、まさに幻の作家である魔子鬼一は戦時中から活動していたらしいのですが1950年、本書が新人作家の作品として雑誌掲載されました(再デビュー?)。中国を舞台にしていること自体珍しいですが、普通なら外国を舞台にしても日本人を活躍させるところを本書は登場人物が全員中国人で、タイトルの「牟家」を「ムウチャア」と読ませるほど徹底しています。もっとも異国情緒を感じられたのは序盤ぐらいでしたが。大富豪の一族(何と一夫多妻制)を襲う連続殺人というプロットは(作中でも紹介されている)フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」(1922年)やヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」(1928年)の影響がちらつきます。ただそれらの作品と異なる個性の謎解きを意図しているのは何となく感じますけど、本格派推理小説として肝心な謎解き伏線が十分と思えなかったのが残念です。人物個性も乏しくて人間関係がわかりにくく、サスペンスも今一つでした。


No.2326 6点 地の告発
アン・クリーヴス
(2021/01/06 23:06登録)
(ネタバレなしです) 2016年発表のジミー・ペレスシリーズ第7作の本格派推理小説です。地滑りがきっかけで発見された死体が他殺死体だったという展開はジョイス・ポーターの「逆襲」(1970年)を連想しました(あちらは地震がきっかけですが)。じっくり展開するプロットはこのシリーズの特色ですが、本書は特にゆったりしています。被害者(女性)の素性確認にかなりのページを費やし、人間関係を紐解くのにまたかなりのページを費やしています。並の作家なら退屈になりかねない内容ですが、様々な人間ドラマを巧みに織り込んで読ませます。ペレスだけでなくウィローやサンディなど持ち味の違う捜査と推理を絡ませているのも効果的です。終盤はそれなりに劇的になります。


No.2325 5点 首を売る死体
鳥羽亮
(2021/01/06 22:23登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表の長編ミステリー第3作の本格派推理小説で、過去2作は不可能犯罪トリックの謎解きを前面に出してましたが本書はがらりと趣向を変えました。首をぶら下げた首なし死体だけでもインパクト十分ですが、何と首と首なし死体は別人でした。しかも死体が「立っていた」という証言まで登場です。トリック自体はあっさりと2章で見破られますが、なぜそんな演出をという謎が手ごわいです。と、ここまでは文句なしの面白さなのですが広げた風呂敷をうまく畳めなかった印象がぬぐえない真相でした。タイトルに使われている「首を売る」に対する「買う」理由の説明があまりにも強引で説得力に欠けます。5章での謎解き議論で「あまりにも危険過ぎるとは思わんか」の質問に対して「全く危険はないんです」と説明してますが、いやいや危険が一杯でしょと突っ込みたくなりました。


No.2324 6点 知られたくなかった男
クリフォード・ウィッティング
(2021/01/06 21:55登録)
(ネタバレなしです) 英国のクリフォード・ウィッティング(1907-1968)は1937年にミステリー作家デビューしていますのでニコラス・ブレイク、クリスチアナ・ブランド、シリル・ヘアー、マイケル・イネスらと活躍期が重なるのですが日本では非常に不遇で、初めて翻訳紹介されたのは21世紀に突入してからです。作品数も多くなく、チャールトン警部シリーズが11作、チャールトンの部下のブラッドフィールド巡査が警部に昇進して主役を務めるシリーズが3作、非シリーズ作品が2作に留まります。1939年発表の本書はチャールトン警部シリーズ第4作の本格派推理小説です。クリスマスの1週間前の日曜日、クリスマスソングを合唱しながら街中を行進して家々を訪問して寄付金を集めるという募金活動の最中に参加者の1人が失踪します。犯罪だとすると募金横領ぐらいしか思いつかず、登場人物リストに載ってない人物が多く登場することもあってアマチュア探偵たちの初期捜査は盛り上がりに欠けます。チャールトンが捜査に参加して凶悪犯罪の可能性が高くなりますけど、失踪者の秘密の謎解きに重点を置いたプロットはじれったいぐらいに地味で論創社版の巻末解説もそこを問題視しています。とはいえ最後はきっちり犯人当てとして着地しています。短いながらも人間ドラマ要素を織り込んでいるところはヘンリー・ウエイドを彷彿させ、最終章での「悲しい追記」が何とも言えぬ余韻を残します。


No.2323 5点 羽衣伝説の記憶
島田荘司
(2021/01/06 21:25登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表の吉敷竹史シリーズ第11作ですが、私の読んだ光文社文庫版の裏表紙で「ラブ・ストーリー」と紹介されていたので非ミステリー作品なのかとぎょっとしました。吉敷が小さな画廊で見た金属細工の彫刻が「北の夕鶴2/3の殺人」(1985年)に登場した、別れた妻の通子の作品ではないかと思うところから物語が始まります。4章までは吉敷のプライヴェート回想シーンが続き、ようやく事件捜査が5章から始まるも意外と早く10章で解決、しかも捜査中も吉敷の回想が随所で織り込まれてるし10章では新たな通子の手掛かりをつかむという展開です。そして11章から14章までが通子の過去にまつわる物語で、電撃的に解決される謎解きもあるとはいえ(あまりにギャンブル的なトリックにはびっくり)、とにかく通子づくしのプロットでした(笑)。まあ非ミステリーではなかったですがラブ・ストーリーと紹介されるのも納得の内容で、本格派推理小説としては薄味です。光文社文庫版で300ページに満たない短さなのでシリーズ入門編として読もうかと検討する読者もいるかもしれませんがあまりお勧めできません。「北の夕鶴2/3の殺人」のネタバレも作中にありますし。


No.2322 5点 冷血の血
レオ・ブルース
(2020/12/25 22:28登録)
(ネタバレなしです) 1956年発表のキャロラス・ディーンシリーズ第2作の本格派推理小説で、舞台となる港町の雰囲気がよく描けています。ただ主要舞台である桟橋が劇場など複数の建物が乗っかっているリゾート桟橋で、英国人読者ならイメージが容易に沸くのでしょうけど日本人読者としては見取り図がほしかったですね。ROM叢書版の表紙イラストには助けられました。事件は警察が早々と事故と判断してしまい、死んだ場所も死んだ時間も曖昧のためキャロラスの捜査も手探り感が強いです。読みにくい作品ではありませんが、最初に読むべきシリーズ作品としては殺人であることが最初から明らかな他の作品を勧めます。ミスリーディングが巧妙なところはこの作者らしいのですが詰めが甘いのもこの作者らしく、ROM叢書版の巻末解説で動機とトリックに関する問題点が適切に指摘されています。


No.2321 7点 狐火の家
貴志祐介
(2020/12/25 21:38登録)
(ネタバレなしです) ホラー作家としての地位を築き上げた作者がたまには他のジャンルも書いてみるかと思ったか、本格派推理小説の「硝子のハンマー」(2004年)を発表したのは本格派好きの私にとっては嬉しい驚き以外の何物でもありませんでしたが(しかも傑作だったので嬉しさ倍増)、続けて同じ探偵役のシリーズ第一短編集である本書を2008年に発表したのでまたまた嬉しい驚きです。収められたのは3つの中編と1つの短編ですが個性派揃いです(しかも全部密室を扱っている)。「狐火の家」はワトソン役の青砥純子が怒涛の勢いで次々に推理を披露しては探偵役の榎本径が片っ端から否定していく展開は中編とは思えぬ密度の高い謎解きです。「黒い牙」は毒蜘蛛に殺されるという設定もさることながら、ホラー作家ならではの演出と独創的なアイデアとしっかりした推理が用意されていて最も印象的でした。これに続く「盤端の迷宮」はややインパクトが弱く感じますが、榎本が最初から捜査に参加し純子が後から登場して榎本を攻め立てる、いつもと逆の展開が新鮮です。これまで読んだ作品で純子が榎本に苦手意識を感じているのはわかりますが、意外にも榎本の方もだったというのがおかしいです。「犬のみぞ知る Dog Knows」は何とユーモアを通り越してギャグ連発の楽しい本格派。こんな笑える作品も書けるとは。


No.2320 5点 文学少女対数学少女
陸秋槎
(2020/12/25 21:09登録)
(ネタバレなしです) 2019年に発表された本書は推理小説を書いている文学少女の陸秋槎(作者と同じ名前ですね。作者は男性ですけど)と数学の天才少女の韓采蘆の2人の女子高生が活躍する4つの中編を収めた短編集です。どの作品もボリューム以上の複雑な内容を感じさせます。「連続体仮設」は秋槎の書いたミステリーを読んで采蘆が犯人を当てて作品の出来栄えを評価するというもの。謎解きよりも本格派推理小説のあるべき姿の議論に重きを置いてます。「フェルマー最後の事件」では今度は采蘆が書いたミステリーを秋槎が読むことになります。作中作の謎解きがまだ終わってないところへ現実の事件が起きる展開には意表を突かれました。伝統的な本格派推理小説でありながら「推理の過程の間違いは、結論の正しさの妨げにはならない」とか「解の存在は証明できるけど方程式は解けてない」とかどこか前衛的な要素が混じっていて微妙なもやもや感を覚えました。余談ですが私の読んだハヤカワ文庫版では登場人物リストは書物の中には記載されず、別紙の形で(栞のように)挿入されてました。なくしちゃうよ!


No.2319 3点 増加博士の事件簿
二階堂黎人
(2020/12/17 23:11登録)
(ネタバレなしです) 2012年発表の増加博士シリーズ第2短編集は何と全部がショート・ショートという珍品で、250ページ程度の講談社文庫版に27作品が収められています。ショート・ショートづくしの本格派推理小説というと18作品を収めたエラリ・クイーンの「クイーン検察局(1953年)ぐらいしか私は思い浮かびません(但しクイーン作品には1編だけ普通サイズの短編「ライツヴィルの強盗」が混ざってますが)。ショート・ショートゆえに謎解きの完成度に期待をかけるのは間違いなのかもしれませんが、それにしてもダイイング・メッセージの謎解きが揃いも揃って「感想を考えるのも嫌になる」レベルです。そういった作品が全体の約4割を占めているのを多いか少ないかは意見が分かれるかもしれませんが、私は十分にうんざりしてしましました。トリック挑戦の作品も一足飛びにこうすればできるよという説明だけが多いです。クイーン作品も凡作が少なくありませんが本書よりは読者への推理説明が丁寧でした。本書は増加博士(と作者)の自己満足だけが目立っています。


No.2318 5点 パスカル夫人の秘密
ウィリアムズ・スティーヴンス・ヘイワード
(2020/12/17 22:41登録)
(ネタバレなしです) 女性刑事を主人公にした作品は1864年に初登場したらしいです。アンドリュー・フォレスター・ジュニアによる名無しの女性刑事ものの短編集とパスカル夫人シリーズ短編集の本書がそれです。本書については人並由真さんのご講評で紹介されているように出版時には作者名が伏せられており、ヒラヤマ文庫版の巻末解説では英国の大衆小説家ウィリアム・スティーヴンス・ヘイワード(1835-1870)が著者と「推定される」と記述されてます。本格派推理小説の謎解き要素よりは冒険スリラー小説要素のほうが強く、唯一の殺人事件を扱った「溺死」も前半は本格派風ですが解決はかなりの偶然に助けられてのものです。意外だったのはハッピーエンド狙いのために時にはパスカル夫人が犯人(悪人)と痛み分けの解決にする作品があることです。思った以上にバラエティーに富んでいますが、ページ数の多い作品の方が出来がいいように思います。


No.2317 5点 風神雷神の殺人
阿井渉介
(2020/12/17 22:17登録)
(ネタバレなしです) 1994年発表の警視庁捜査一課事件簿シリーズ第2作の本格派推理小説と社会派推理小説のジャンルミックス型ですが、読者が自力で解決を目指せるプロットではありません。風神や雷神の助けによって実行された2つの殺人と次の殺人を予告する手紙が事件の発端です。更に堀刑事自身が目撃者になる中学生襲撃事件が起きるといういささか脈絡のないような展開です。殺人を宣言された2つの事件は鉄橋からの列車転落事故と列車同士の衝突事故で、さすがにこれを人為的なトリックで実行するのは無理だろうという難題です。仮に実現できたとしても大勢の犠牲者を出してまで実行するのかという謎も強力です。真相はそこをうまく処理しているなと感じました。とはいえタイトルに使われている風神雷神の演出が弱いし、犯人の行動力はあまりにも超人的に感じられます。まあこの作者の他の作品で大勢の共犯者を使った組織的犯罪の真相に比べればまだましですが。


No.2316 4点 ラベンダー・ティーには不利な証拠
ローラ・チャイルズ
(2020/12/11 22:52登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表の「お茶と探偵」シリーズ第21作です。冒頭の謝辞で「まだまだたくさんの<お茶と探偵>シリーズをお届けすると約束します!」と意気盛んで、よほどの人気シリーズなんでしょうね。今回は狩猟パーティーの最中の銃殺事件の謎解きです。定番のお茶やお茶菓子の描写は変わらずの充実で、デビュー作から発揮されている洗練された文体も安定しています。謎解きが残念レベルなのも相変わらずで(笑)、あの人を疑いこの人を疑いと焦点が定まらないのはまあ謎を深めようとしていると好意的に捉えますがあまりにも棚ぼた式の解決にはもはやあきらめのため息しか出ません。


No.2315 5点 劇画殺人事件
生田直親
(2020/12/11 22:40登録)
(ネタバレなしです) テレビ脚本家だった生田直親(いくたなおちか)(1929-1993)はミステリー作家としては「誘拐197X年」(1974年)でデビュー、派手な展開のサスペンス小説が多いようですが通俗的な官能描写、社会問題への怒り、力のこもったスキー描写や山岳描写など多彩な個性を持っていたようです。本格派推理小説とは無縁の作家かなと思ってましたが、1976年発表の初期作品である本書の光文社文庫版では本格派の作品と紹介されていました。漫画界を背景にしていますが人間関係は結構殺伐としています。まあ殺人が起きるんですからね。米国帰りの風来坊的な主人公が探偵役ですが、映画プロデューサーになろうという夢を持っていてこの夢が実現すのかどうかが謎解きと共に物語の両輪となっています。探偵と容疑者が対決的でありながら一方で互いに認め合うという人間関係も読ませどころです。アリバイトリックにちょっと面白いところがありますが、ちゃんと調べたらばれるのは時間の問題のトリックでしょうね(実際警察も最後は見抜いています)。


No.2314 6点 秘密
ケイト・モートン
(2020/12/11 22:23登録)
(ネタバレなしです) オーストラリア出身で米国に移住したケイト・モートン(1976年生まれ)は「21世紀のダフネ・デュ・モーリア」と評価されているみたいで、本格派推理小説ばかり偏愛している私の心には全く刺さらない評価なんですが(笑)、2012年発表の小説第4作にあたる本書については創元推理文庫版の巻末解説で本格派要素もあるように紹介されているので試し読みしました。上下巻合わせて700ページに達する全34章の大作なのでお試しとしてはちょっと敷居が高かったかな。1961年に母ドロシー(ドリー)が娘ローレルの目の前で殺人を犯し、それから50年後の2011年にローレルはいったい何がドロシーを殺人に駆り立てたのかを追求することになります。事件のあった1961年はそれほど描かれず、1941年と2011年を何度も往ったり来たりするプロットです(これは作者の得意パターンらしい)。1941年に関してはドロシーの青春物語要素が非常に濃く、丁寧な描写が光りますがミステリー要素が希薄でもやもや感が強かったですね。最後は巧く「秘密」が明かされてすっきりできました。もっともあの真相だとある人物の言動が不自然に感じられて、のどに魚の小骨がささったような読後感も残りましたが。


No.2313 6点 サム・ホーソーンの事件簿Ⅵ
エドワード・D・ホック
(2020/12/10 22:20登録)
(ネタバレなしです) エドワード・D・ホック(1930-2008)の死去と共にサム・ホーソーンシリーズもついに本書で終焉を迎えました。最後のシリーズ作品となった第72短編の「秘密の患者の謎」(2008年。作中時代は1944年)は死後出版だったそうです。第1短編の「有蓋橋の謎」(1974年。作中時代は1922年)から出版順かつ作中時代順に短編集が編集され、日本の創元推理文庫版で全6巻の全集が完成したのが2009年、本国アメリカでの全5巻の全集の2018年完成よりもずっと早かったことは日本人読者として誇りに思います。本書では第二次世界大戦の影響が描かれているだけでなく、時代性と巧妙に融合している歴史ミステリー的作品があるのが特徴です。サムの人生にとって重大イベントがあることも重要でしょう。どの作品も30ページ程度の分量に本格派推理小説の要素が十分に盛り込まれていますが、個人的なお気に入りは巨大鳥にさらわれたのではという推理は本気かよと思いつつも楽しめた「巨大ノスリの謎」、江戸川乱歩の某作品を連想させるトリックと解決場面でのある人物の常軌を逸した行動にびっくりの「自殺者が好む別荘の謎」です。


No.2312 5点 変若水
吉田恭教
(2020/12/10 21:51登録)
(ネタバレなしです) 吉田恭教(よしだやすのり)(1960年生まれ)は本業が漁師で、時化で海に出られない時に小説でも書いてみようとしたのがきっかけで作家になった珍しい経歴の持ち主です。デビュー作の「朝焼けの彼方へ 背暦の使者」(2006年)は粗筋紹介を読むと現代人がタイムスリップしての歴史冒険小説みたいですが(未読なので間違いでしたら御免なさい)、2011年に第2作として発表された本書(タイトルは「をちみづ」と読みます)は向井俊介シリーズ第1作の本格派推理小説です。古き因習の残る村の描写とPCテクニックを駆使して手掛かりを集める俊介の捜査描写との新旧の時代性対比が印象的です。トリックは専門的な医療知識が求められていること、芋づる式に解決される展開であること、あまりに複雑すぎて到底読者が自力で見抜けるような真相でないことなど本格派としては問題点も多いですが非常な力作だと思います。


No.2311 5点 ストーンサークルの殺人
M・W・クレイヴン
(2020/12/10 21:39登録)
(ネタバレなしです) フルーク刑事シリーズを書いていた英国のM・W・クレイヴンが2018年に新シリーズとして発表したのがワシントン・ポーを主人公にした警察小説の本書です。カンブリア州に点在するストーンサークルで「イモレーション・マン」による猟奇的な殺人が相次ぎます。3人目の被害者の身体にはポーの名前が刻まれていますがポーには全く心当たりがありません。なおグロテスク描写は抑え気味です。ハヤカワ文庫版で550ページを超す厚みがあり、しかも前半はひたすら地味な捜査に終始します。小出しに出される手掛かりもストレートなものばかりで読者が推理に参加する要素もなさそう、と思っていたら50章の終わりで「ポーはイモレーション・マンの正体を突きとめた」と本格派推理小説を期待させるではありませんか(勝手に興奮する私)。もっとも登場人物の1人からも指摘されているようにポーの推理説明は飛躍し過ぎの感がありますし、犯人が判明した後も物語は68章まで続きます。丁寧に説明される動機にはハードボイルド小説にありそうな非情な背景が浮かび上がるし、新たな可能性が示唆される最終章も印象的です。私の好みとは少し乖離している作品ですが、英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞を獲得したのは納得です。

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