home

ミステリの祭典

login
nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2841件

プロフィール| 書評

No.2641 4点 巡査さん、事件ですよ
リース・ボウエン
(2023/06/30 11:07登録)
(ネタバレなしです) 英国出身で米国に移住している女性作家ジャネット・クイン=ハーキン(1941年生まれ)のミステリー作家としてのペンネームがリース・ボウエンです。日本では英国王妃の事件ファイルシリーズやモリー・マーフィーシリーズが先に翻訳紹介されていますが、最初に書かれたミステリーシリーズは1997年から2006年にかけて出版された全10作のエヴァンズ巡査シリーズです。1997年発表のシリーズ第1作の本書でフルネームがエヴァン・エヴァンズと紹介されています。エヴァンが2回続く名前だけでも皆から笑われそうですが、舞台となるウエールズでは讃美歌で「天のパン」を「ブレッド・オブ・エヴン」と歌われることから「今日はどんなパンだい、エヴァン」とからかわれる幼少時代を過ごしたようです。2人の登山客の死体が見つかり、上司の巡査部長は事故と判断しますが山をよく知るエヴァンは事故ではないと推理します。コージー派ミステリーにしては珍しい警官探偵のためか捜査描写が多いです。家庭菜園荒らしや料理泥棒などの小事件にまで振り回される展開は(コージー派ではありませんが)ピーター・ロビンソンの「罪深き眺め」(1987年)を連想しました。コージー派の雰囲気ながら18章でのサスペンスは秀逸です。作者のせいではないかもしれませんがコージーブックス版の登場人物リストは重要人物が何人も抜けていて(被害者も載っていない)、ない方が(読者が自分で作る方が)よかったと思います。本格派推理小説なら反則と批判されそうな真相にもがっかりです。


No.2640 7点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2023/06/25 18:45登録)
(ネタバレなしです) 2012年のデビュー以来順調に作品を発表している作者ですが、その中でも2021年発表の本格派推理小説である本書はかなりの話題となった人気作です。天久鷹央シリーズではありませんが、ある人物に「不思議な事件を次々に解決している女医が東京の病院にいるらしい。たしか、天医会総合病院とかいうところだったかな」と言わせていて作中世界はつながっています。自分は名探偵であると何度も自己紹介する人物を登場させ、しかも古今の本格派推理小説に対する思い入れを熱く語らせています。微妙な内容の場合には作品名を伏せるなどネタバレ防止には配慮していますけど、わかる人にしかわからない面もあるところは賛否両論かもしれません。後半になると名探偵としてのあるべき姿について悩む場面があり、市川哲也の「名探偵の証明」(2013年)や阿津川辰海の「紅蓮館の殺人」(2019年)と読み比べてみてもいいかもしれません。あちらの作品では探偵議論の相手が別の探偵だったのに対して本書の議論の相手はワトソン役です。このワトソン役も単なるワトソン役でなく、ある犯罪行為に手を染める場面が描かれ倒叙本格派風な展開を見せているのは本書の個性です。連続殺人のサスペンスはそれほど強力ではありませんが、「読者への挑戦状」の後に続く謎解き議論の充実ぶりは半端ではありません。


No.2639 4点 女占い師はなぜ死んでゆく
サラ・コードウェル
(2023/06/21 09:01登録)
(ネタバレなしです) 2000年発表のヒラリー・ティマー教授シリーズ第4作の本格派推理小説で、サラ・コードウェル(1939-2000)の遺作となりました。「セイレーンは死の歌をうたう」(1991年)からかなりの期間を置いての発表となってますが、ハヤカワポケットブック版の巻末解説によると病と闘いながらの執筆だったようです。残念ながら出来栄えは感心できませんでした。何がメインの謎なのか焦点が定まっておらず、怪死事件さえも犯罪性がはっきりしていません(警察が捜査している描写もない)。推理説明も切れ味を感じさせず、すっきり感が得られませんでした。これまでに翻訳紹介された作品では本書の翻訳が主人公の性別を意図的に曖昧にしている設定を最も意識していますが、ですます口調の会話がぎこちなくてどうにも読みにくいです。翻訳の方向性としては正しいのでしょうけど、正しい翻訳が良い翻訳とは限らないですね。過去作品での教え子たちとのざっくばらんな会話が醸し出すユーモアが本書では消えてしまいました。


No.2638 4点 <ドラキュラ>殺人事件
仁賀克雄
(2023/06/12 03:48登録)
(ネタバレなしです) 仁賀克雄(1936-2017)の小説作品としては1997年発表の本書がおそらく最後ではないかと思います。作者は1995年に「ドラキュラ誕生」という研究書を発表しており、私はそちらは未読ですけど吸血鬼伝説や吸血鬼文学を詳細に紹介している本書はその派生作品ではないかと想像しています。作中舞台は1896年から1897年にかけてのロンドンで、ホラー小説の古典「ドラキュラ」(1897年)を執筆中のブラム・ストーカー(1847-1912)が登場していますし、探偵役を務めるメルヴィル・マクノートン主任警部(1853-1921)も実在の人物です。「ドラキュラ」のヒロインのミナの造形に影響を与える人物として尾張徳川家の末裔の徳川美奈を登場させたのが作者が意図した「事実と虚構をないまぜに書いたミステリ」の所以でしょう。講談社ノベルス版で「ゴシックロマン風本格推理」と紹介されていますが、血を抜かれた死体の謎が興味深くて真相も印象的ですけど推理を披露しての説明ではないので本格派を期待するとがっかりすると思います。犯人当ての面白さも放棄されています。グロテスク描写が抑制を効かせているのも(個人的にはありがたいですけど)賛否両論かもしれません。


No.2637 5点 すり替えられた誘拐
D・M・ディヴァイン
(2023/06/07 11:31登録)
(ネタバレなしです) 1969年発表の本格派推理小説です。創元推理文庫版の阿津川辰海による巻末解説で「待ちに待ったこの時がやって来ました」とコメントされていますが全くの同感です。国内初の翻訳作品であった「兄の殺人者」(1961年)の現代教養文庫版(1994年)を読んでこの作者の虜になり、しかもその巻末解説で全作品(13作)が概要紹介されているのを見てぜひ読破したいとの思いを約30年抱いてましたが、最終翻訳作品となる本書を読んでついにその夢がかないました。大学を舞台にした作品としては「悪魔はすぐそこに」(1966年)に続く作品で、本職が大学の事務員だった作者ならではの作品だと思います。多くの学園ミステリーが学生か職員かどちらかに片寄った描写になりますが、本書は両方をしっかりと描いています。丁寧に謎解き伏線を張ってあって終盤近くでは犯人の条件を整理していますが、ここで「この条件を満たす人物はあなたです」とずばり解決とはいかない展開を見せるのが異色です。巻末解説では某有名ミステリーを想起していますが、それを読んでいない私はレックス・スタウトの「毒蛇」(1934年)の方を連想しました。いずれにしろこの終盤は印象的だし個性的ではありますけど、読者の好き嫌いは分かれるかもしれません。余談になりますがこの作者の作品で私の好みの上位トップ3は「兄の殺人者」、「こわされた少年」(1965年)、「ウォリス家の殺人」(1981年)です。「五番目のコード」(1967年)と「三本の緑の小壜」(1972年)もいい作品だと思います。


No.2636 5点 龍山寺の曹老人
林熊生
(2023/06/02 23:04登録)
(ネタバレなしです) 金関丈夫(かなせきたけお)(1897-1983)が植民地時代の台湾で林熊生(りんゆうせい)名義で書いたミステリーは長編本格派推理小説の「船中の殺人」(1943年)と、どこかとぼけた感じのする曹老人を名探偵役にした短編本格派推理小説が知られています。後者は全部で7作が確認されていますが、台湾で1945年に5作が出版された記録があるものの残りの2作についてははっきりしていません(戦局の悪化で台湾では未出版だった可能性もあります)。ようやく日本で全7作が初めてまとめられたのは金関丈夫名義での「南の風 創作集」(1980年)です(これには非ミステリーの歴史小説、詩、俳句、戯曲なども一緒に収められています)。短編ゆえ仕方ないところではありますが、「船中の殺人」と比べると謎解き伏線が十分でなくて読者が推理に参加する余地があまりありません。その中では密室殺人を扱った「入船荘事件」が1番充実していると思います。「謎の男」は大掛かりな犯行計画が印象に残ります。


No.2635 5点 哀惜
アン・クリーヴス
(2023/06/02 08:42登録)
(ネタバレなしです) 1986年にミステリー作家デビューしたアン・クリーヴス(1954年生まれ)は新しいシリーズを次々に生み出す傾向があるようで、ジミー・ペレスシリーズの最終作「炎の爪痕」(2018年)に続いて2019年に発表した本書は新シリーズ(5番目)の第1作の本格派推理小説です。主人公のマシュー・ヴェン警部は同性結婚して母親とは対立関係、部下のジェン・ラファティー部長刑事はシングルマザー、ロス・メイ刑事は(本書では私生活は語られませんが)苦手な仕事に気の乗らない姿勢を隠せないなど個性的な面々が揃います。ハヤカワ文庫版で550ページを超す大作の上にとても地味な展開の作品ですが、登場人物リストに載っていない人物も多いので一気に読まないと誰が誰だかわかりにくいかと思います。新たな事件でちょっと盛り上がるところはあるものの足を使った地道な捜査が続き、鮮やかな推理説明で解決するわけではありません。人物描写がきめ細かい所はこの作者らしいと思いますが、もう少しインパクトのある何かが欲しかったです。


No.2634 6点 ヘシオドスが種蒔きゃ鴉がほじくる
小峰元
(2023/05/31 08:00登録)
(ネタバレなしです) 小峰元(1921-1994)は「アルキメデスは手を汚さない」(1973年)以降の長編ミステリーが知られていますが元々は短編作家だったそうです。「アルキメデス」以前にどれだけの短編を書いたのかわかりませんし入手して読むのも困難なようですが、1981年発表の本書は1979年から1980年にかけて雑誌掲載された8作のユーモア本格派推理小説を収めた短編集なので短編作家としての実力を推し量るのには適材かと思います。講談社文庫版の風見潤による巻末解説では「連作長編」と評価していますが同じ探偵役(72歳の祖母(作中表記はバアチャン))と語り手(孫の大学受験生)が全作で活躍し、先行作の登場人物が後発作で再登場したりしていますが作品全体にまたがる仕掛けはあまり感じられませんでした。この作者としては謎解き手掛かりに配慮して推理に主眼を置いた正統派の本格派揃いで、ヘシオドスおたくの祖母の教育的指導がなかなか愉快です。語り手の孫が内心ではぶつぶつ不平を言いながらも「一家の平和のために」愛想よく振舞っているので小峰作品としては最も雰囲気が穏やかな作品ではないでしょうか。他愛もない謎解きもありますけど、最終作の「マツタケは食いたし命は惜しし」は複雑なプロットでなかなかの力作です。


No.2633 5点 オパールの囚人
A・E・W・メイスン
(2023/05/30 00:39登録)
(ネタバレなしです) 1928年発表のアノーシリーズ第3作の本格派推理小説です。第1章でワトソン役のリカードが「私が立っているこの世界は、巨大なオパールのようなものだ。(中略)オパールの中の囚人にとっては、ひどく不安で居心地が悪い」とコメントしていますが、(論創社版の巻末解説でも触れられていますが)なぜオパールを連想したのかが十分に説明されないままで終わってしまいました。他にも登場人物が突然場違いみたいな発言をして読者を面食らわす場面があり、それが謎解きの伏線として後で活用されればいいのですがあまり上手く処理されていないように感じました。真相の異様さはこれまでのシリーズ作品中でも1番で、21章では印象に残る手掛かりが紹介され、サスペンスが光る場面もありますが説得力のある推理による謎解きを期待すると失望するかもしれません。事件解決後に冒険談が語られるのがこの作者らしいです。


No.2632 3点 レンタル友人、はじめました
ローラ・ブラッドフォード
(2023/05/27 16:26登録)
(ネタバレなしです) 別名義も含めて既に30作近いコージー派ミステリーを発表している米国のローラ・ブラッドフォード(1968年生まれ)が2021年に発表した新シリーズの第1作でこのシリーズ、本国では「Friend for Hire Mystery」と呼ばれています。主人公は旅行代理店を経営するエマ・ウェストレイクで、旅行の予約が全く入らなくなって経営危機になり新たにレンタル友人業を始めることになります。順調に顧客を獲得していきますが、その1人がオープン・マイク・ナイトに招待した4人の客が全員自分の死を望んでいると言い出します。あんたはシャイスタ(アガサ・クリスティーの「ひらいたトランプ」(1936年)の登場人物)かよっと突っ込みたくなりました(笑)。4人の殺人犯候補の内、捜査中のエマが直接接触するのが1人のみというのが珍しいですね。そのためか(エマ自身が捜査に消極的な姿勢なのも相まって)サスペンスは不足気味です。ほとんど動機探しに終始しており、それだけでは説得力がないためか都合よく犯人の遺留品発見で解決にもっていきますが後出し感の強い謎解きで物足りません。


No.2631 6点 使用人探偵シズカ 横濱異人館殺人事件
月原渉
(2023/05/27 06:41登録)
(ネタバレなしです) makomakoさんのご講評と同様に私も本書のタイトルで東川篤哉の「謎解きはディナーのあとで」(2010年)の人気追従作品かと思ってました。大成功した東川作品の影響でその種の作品が2010年代は増えていたように思いますが、(東川作品はしっかりした本格派推理小説ですけど)癖のあるキャラクター頼りでミステリーとしては弱い作品ばかりではと不安があって敬遠してました。しかしこの作者の他の作品を数作読んで硬派の本格派の書き手だと認識したのでようやく手にとりました。2017年発表のツユリシズカシリーズ第1作で、シズカが「栗花落静」と書くらしいことが紹介されていますがその後のシリーズ作品では漢字表記されることは少なかったように記憶しています。作中時代が19世紀後半(明治時代)、舞台が横浜の外国人居留地の洋館とレトロな設定ですが、ミステリープロットも横溝正史やアガサ・クリスティーを連想させる古典的本格派の雰囲気濃厚な内容でした。10章以降の「見立て」を巡ってのどんでん返しの連続が圧巻です。もっと早く読んでればよかったです。


No.2630 5点 現代夜討曽我
高木彬光
(2023/05/22 13:11登録)
(ネタバレなしです) 病気療養による空白期からの復活作としては神津恭介シリーズ第14作の「古代天皇の秘密」(1986年)に次ぐ1987年発表の本格派推理小説で、墨野隴人シリーズとしては第3作の「大東京四谷怪談」(1976年)以来となります。本書の光文社ノベルス版で作者は本書と次作の二作をもって完結、終了の予定と宣言しており、作家としての執念と幕引きの意識を表明しています。日本三大仇討ちの一つである、800年前の曽我兄弟の仇討ち事件への復讐を示唆する怪文書が発端となる事件ですが、現代に登場する曽我兄弟と800年前の曽我兄弟に血のつながりがないためか見立てとしては中途半端だし、サスペンスも不足しています。中盤で曽我兄弟物語の概要を紹介しているのは親切な読者サービスですが。墨野は「殺人というような大仕事をした以上、それと釣り合いのとれるようなことがなければ、おかしい」と動機を重視していますが、手段や機会については証拠らしいものがなく「想像に頼る以外にはありません」と粗い推理で、ワトソン役の村田和子が絶賛するほど「あまりにも明快な解説」とは感じませんでした。すっきりしない幕切れも読者の好き嫌いが分かれそうです。


No.2629 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅰ〉
エドワード・D・ホック
(2023/05/20 00:18登録)
(ネタバレなしです) 短編ミステリーの巨匠である米国のエドワード・D・ホック(1930-2008)は多くのシリーズ探偵を生み出したことでも知られますが、サイモン・アークは2000歳のコプト教僧侶で悪魔を求めて時代を超えて世界中を旅をしているという設定で、オカルト色の濃い本格派推理小説が多いのが特長です。本書はホックが日本読者のために選定した26作の中短編を全3巻の創元推理文庫版に収めた内の第1短編集(10作)です。ホックのデビュー作でもある「死者の村」(1955年)は73人の村人全員が崖から落ちて死ぬという事件の衝撃性が凄いですが「説明できないことがたくさんありすぎた」と語られるように推理説明が十分でないのが残念です。とはいえこの異様な真相はシリーズ代表作と言ってもいいでしょう。他には狼を射殺したはずなのに死んでいたのは人間だった「狼男を撃った男」(1979年)や凍死させる理由が釈然としませんけど神秘的な雰囲気の「妖精コリヤダ」(1989年)が個人的に印象に残りました。


No.2628 5点 三重殺
奥田哲也
(2023/05/17 03:09登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表の本格派推理小説です。同一人物が3回も殺された?、という謎がユニークではありますがこの謎が謎として完成するのは中盤を過ぎてからです。バラバラ死体を宅配便で発送していたことから送り主は何者か、受取人は何者かを丹念に追跡する最初の事件の捜査展開はF・W・クロフツの「樽」(1920年)や鮎川哲也の「黒いトランク」(1956年)を連想しました。読みやすさを心がけたのか主人公の刑事の性格描写はかなりくだけた雰囲気にしていますが、度重なる推理議論が机上の空論にしか感じられず全体としてはわかりにくい作品でした。それは容疑者の大半が生身の人間として登場することがないという設定も影響したように感じます。「本格派は人間が描けていない」としばしば揶揄されますが、本書はその究極型の一つと言ってもいいかも。


No.2627 4点 罪深き絆
エリザベス・ジョージ
(2023/05/16 07:55登録)
(ネタバレなしです) これまでに出版された作品も十分に長大で重厚な本格派推理小説でしたが、1993年発表のリンリー警部シリーズ第6作の本書はハヤカワ文庫版で上下巻合わせて800ページを超す大作です。被害者が早々と殺され、事件関係者たちを丁寧に描くことによって被害者の人物像を浮かび上がらせるという点では従来の作風を踏襲してはいるのですが、本書の場合は被害者とのつながりが弱いようにしか感じられない人物が多くてミステリーとしては冗長に感じます。食べられる野草のつもりで毒草を食べたという事件なのですが、殺人だとすると食べさせる可能性のある人物が極めて限られている状況のため犯人当てとして楽しめる内容でもありません。終盤になって被害者が殺される理由がだんだんと見えてきますが、登場人物リストに載っていない名前が次々に出てくる謎解きも感心できませんでした。


No.2626 6点 夢・出逢い・魔性
森博嗣
(2023/05/06 01:07登録)
(ネタバレなしです) 2000年発表のVシリーズ第4作の本格派推理小説です。なかなか細かい仕掛けを用意してあるのですが登場人物が無駄に多くて十分描き切れていないのがもったいなく、工夫次第ではもっと意外性を演出できたのではないでしょうか。特に最終章で明かされた秘密は非常に印象的で、綾辻行人の某作品を意識したのではないかと思いましたが綾辻作品と比べるとメインの謎解きとの関連性が弱いです。あと本書の英語タイトルが「You May Die in My Show」と、日本語タイトルと洒落の関係にあるのはS&Mシリーズの「封印再度」(1997年)(と「Who Inside」)を連想させますが、作品内容をよく表していた「封印再度」と比べると苦しいタイトルに感じます。悪くはありませんが色々な意味で惜しい作品だと思います。


No.2625 5点 消えた看護婦
E・S・ガードナー
(2023/05/06 00:15登録)
(ネタバレなしです) 1954年発表のペリイ・メイスンシリーズ第43作の本書は本格派推理小説としてはかなりの異色作です。飛行機事故で死んだと思われる男が殺されたらしいという事件に発展するのですがその正体を巡って二転三転、犯人探しだけでなく被害者探しでもあります。しかしこの大胆な真相、自力で謎解きしようとする読者はアンフェアに過ぎる謎解きだと納得できないかもしれません。色々な人たちが逃げたたままで終わる結末のすっきり感のなさも好き嫌いが分かれそうな気がします。


No.2624 5点 伽藍堂の殺人~Banach-Tarski Paradox~
周木律
(2023/04/30 21:07登録)
(ネタバレなしです) 2014年発表の堂シリーズ第4作の本格派推理小説です。孤島ミステリーで登場人物は限られており、もちろんお約束の風変わりな建物も用意されています。謎の魅力はこれまでのシリーズ作品の中でも1番かと思うほどインパクトがあり、猟奇的な死体をグロテスクに描写していないのも好ましく思います。そしてスケールの大きいトリックが図解入りで説明されるのですがこれは賛否両論かもしれませんね。あまりにも非現実的にトリックを成立させていると感じる読者もいるでしょう(島田荘司の1990年代の某作品を連想しました)。しかしもっと読者を揺さぶるのはエピローグで披露されるとんでもない推理で、シリーズの今後はどうなってしまうのかと心配になるほどです。次作を購入させるためのプロモーション手段としては悪くないかもしれませんけど(笑)。


No.2623 5点 ネロ・ウルフの災難 激怒編
レックス・スタウト
(2023/04/30 06:15登録)
(ネタバレなしです) 国内独自編集版ながらおそらく国内初の単行本と思われる論創社版のネロ・ウルフシリーズ中短編集、本書が最終巻らしいのは少々残念ではありますが、米国オリジナルで14の短編集で全41作のシリーズ作品が論創社版の6つの短編集で半分弱の19作が読めるようになったのは感謝に絶えません。米国版第6短編集(1952年)の「悪い連“左”」は共産主義者たちを容疑者にしてFBIまで登場させた、時代性を強く感じさせる作品です。推理の根拠が容疑者の不自然な言動なので、証拠として強力には感じませんが。米国版第12短編集(1962年)の「犯人、誰にしようかな」がプロットの面白さでは1番。論理的推理ではないですけどミスリードが効果的です。珍品なのがスタウトの死後に出版された第14短編集(1985年)の「苦い話」で、実は1940年に雑誌掲載されたシリーズ初の中編作品です。この第14短編集の作品はいずれも改訂版や別バージョン版というマニア読者向けで、「苦い話」はネロ・ウルフの登場しない長編を改訂したもの(登場人物名を使い回ししている!)。中短編の長編化はよくありますが、長編の中短編化は珍しいですね。食い物の恨みを晴らそうというウルフの探偵動機は長編版にはない面白さですけど、(私は長編版を先に読んでしまっていたので)謎解きに関しての新しい発見はなかったです。個人的には他のシリーズ作品を収めてほしかったです。


No.2622 6点 体育館の殺人
青崎有吾
(2023/04/25 23:54登録)
(ネタバレなしです) 青崎有吾(1991年生まれ)の2012年発表のデビュー作で裏染天馬シリーズ第1作です。私は改稿された創元推理文庫版(2015年)で読みました。頭脳明晰なのに駄目人間設定の裏染天馬の登場は約100ページほど物語が進んでからですが、明快な推理を早速披露して名探偵らしさを印象付けます。その後の捜査場面は地味だし登場人物は無駄に多くて個性も感じられませんが、「読者への挑戦状」の後に続く解決編の章では犯人の条件を列挙しながら唯一の犯人を丁寧に論理的に絞り込んでいく、王道的な本格派推理小説として楽しめました。巻末解説で辻真先がアニメオタクでもある裏染のアニメ蘊蓄に感心していましたが、アニメに詳しくない私にはほとんどわかりませんでした。でも長々とアニメ知識を解説して謎解きを興ざめさせたりはしていないのは個人的には好ましく映りました。

2841中の書評を表示しています 201 - 220