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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2813件

プロフィール| 書評

No.2613 4点 優等生は探偵に向かない
ホリー・ジャクソン
(2023/03/29 08:35登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表のピップ三部作の第2作で英語原題は「Good Girl, Bad Blood」です。文生さんのご講評で紹介さている通り、前作の「優等生は探偵に向かない」(2019年)の後日談的要素があってネタバレも豊富、そして何人もの事件関係者が本書で再登場していますので前作を先に読んでおくことを勧めます。前作は殺人事件があって殺人犯と目された容疑者の無実を晴らそうとする(真犯人探しでもある)本格派推理小説でしたが、本書は失踪人探しというハードボイルド小説的なプロットです。高校生のピップ自身はハードボイルド小説によくいるタフガイ探偵とは程遠いのですが、捜査が難航して悲劇的結末の可能性がじわじわと高まる展開はある種のハードボイルドを連想させます。犯罪がなかなか確立しない失踪事件で派手な場面もほとんどありませんが、500ページを超す創元推理文庫版の長さも退屈させない語り口は見事でサスペンスも十分にあります。しかし結末が個人的には残念です。あまりにも唐突に明かされる真相、しかも推理による解決ではありません。あれでは誰を犯人(というか陰謀者?)にしてもよかったようにさえ思えます。とはいえ本格派へのこだわりが強くない読者なら高評価してもおかしくない作品です。


No.2612 4点 巫女島の殺人
萩原麻里
(2023/03/24 07:58登録)
(ネタバレなしです) 赤江島を舞台にした「呪殺島の殺人」(2020年)で呪殺島が日本に複数あることが説明されていましたが、2021年発表の本書では別の呪殺島である千駒島が舞台になっています。呪術を信奉し、観光地でありながらよそ者を受け入れず、絶対的な絆のようなものが存在する島社会の描写に力が入っており、本格派推理小説ではあるのですがホラー小説要素の前に謎解きの面白さが減退してしまったように感じます。いかにも呪殺島秘録らしい作品ではありますが。


No.2611 5点 疑惑の入会者
アリソン・モントクレア
(2023/03/20 23:11登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のアイリス・スパークス&グウェンドリン(グウェン)・ベインブリッジシリーズ第3作です。過去の2作でもグウェンが家族の中で肩身の狭い思いをしていることが描かれていますが、本書では義父であるハロルドがアフリカから帰国したことでますます窮地に陥ります。前半はあまりミステリーらしくありませんがこの家族ドラマで退屈することはありません。そして中盤から巻き込まれ型サスペンスの展開になってますます目が離せなくなります。それでいながら創元推理文庫版の巻末解説で紹介されているように、論理的推理による謎解き場面もあります。もっとも最後が「証人の登場」による解決で締めくくられている上に誰が犯人でもよかったように感じられ、そこは本格派推理小説好きの私には物足りませんでしたが。


No.2610 6点 死んでも死ねない殺人事件 熱血バイト娘絵理子と13の謎
風見潤
(2023/03/19 19:05登録)
(ネタバレなしです) 1992年発表の本書は「東京トワイライトクロス」(1987年)の主人公の大学生・島津絵里子を再登場させています。前作で一緒に謎解きに活躍した仲間たちは出番なしですが、代わりに絵里子の5年先輩でSF翻訳家の加賀淳平が協力します。絵里子のアルバイト先であるコンピュータ・ソフト会社で起こった犯罪の謎解きで、(意外にも)絵里子をコンピュータに関しては無知という設定にして、コンピュータ用語を随所で丁寧に教えてもらっています。当時としてはモダンな知識だったかもしれませんけれど、第3章での「コンピュータに四千メガものメモリを入れている人なんて、現実にはいないさ」という(発想がギガでなくメガの)会話など時代の古さを感じさせます(まだインターネットが普及していません)。しかしコンピュータ知識を理解しなくとも鑑賞には問題なし、現場見取り図を挿入して消えた死体の謎解きに真っ向から取り組んでいます。ただこの見取り図、死体の運搬に使われた可能性として議論された非常階段が欠落していますけど(笑)。後半にはサブタイトルにも使われている「13の謎」の全てを満足させる解決を見つけようと苦心する絵里子が描かれており、「東京トワイライトクロス」と比べて本格派推理小説として充実しています。軽薄なイメージのタイトルで損しているように思いますが。


No.2609 6点 死せる案山子の冒険
エラリイ・クイーン
(2023/03/18 17:33登録)
(ネタバレなしです) ラジオシナリオのベストセレクション的な「殺された蛾の冒険」(2005年)を論創社版は「ナポレオンの剃刀の冒険」(2008年)と本書(2009年)の2冊に分冊して出版しました。本書では1時間シナリオが5作と30分シナリオが2作収められており、いずれも「読者への挑戦状」が付いた本格派ミステリーです。30分シナリオがなかなかの出来栄えで、「ダイヤを二倍にする男の冒険」(1940年)は盗難と殺人の2つの事件を詰め込んで1時間シナリオの方が冗長に感じてしまうほど濃厚な謎解きが楽しめますし、「忘れられた男たちの冒険」(1940年)の論理的推理も見事と思います。1時間シナリオでは事件解決後も重苦しい余韻が残る「姿を消した少女の冒険」(1939年)が印象的です。巻末解説で「他の作家のダイイング・メッセージものとは、雲泥の差」と誉めている「死を招くマーチの冒険」(1939年)はあまり感心できません。それなりの長さの謎解きなのにメッセージの解読「だけ」での犯人指摘は説得力に乏しいように思います。


No.2608 5点 ダイヤル7をまわす時
泡坂妻夫
(2023/03/16 22:44登録)
(ネタバレなしです) 「ダイヤル7」(1979年)から「青泉さん」(1985年)までの7つの短編を収めて1985年に出版された短編集です。どれも本格派推理小説ながらも微妙に作風が異なっているのはこの作者らしく、人によっては捉えどころがないと感じるかもしれません。「ダイヤル7」は懸賞付き犯人当て小説(応募2419人正解182人)として書かれただけあってもっとも正統派の本格派で、容疑者を1人ずつ犯人候補から外していく推理を楽しめます。個人的に1番お気に入りですが、このような明快な謎解きが泡坂らしいかというとちょっと違うかも。どこかサスペンス映画「裏窓」(1954年)を連想させる「飛んでくる声」(1981年)は対照的に幻想的な雰囲気の作品です。「青泉さん」は犯人当てとしては失敗作レベルなのですが、事件解決後に明かされる被害者の秘密が印象的です。


No.2607 6点 うまい汁
A・A・フェア
(2023/03/14 07:54登録)
(ネタバレなしです) 1959年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第19作の本格派推理小説です。私立探偵ものとして失踪人探しの依頼から始まるのは定番中の定番ですが、本書の場合はハヤカワポケットブック版の裏表紙粗筋紹介や第5章での説明の通り、「おなじ日に二人の男が行方不明になり、両方ともおなじガソリンスタンドから絵はがきをだし、しかもその二人の身寄りがそろってうちの探偵社に調査をたのみにきたというのは、いくらなんでもあんまり偶然すぎる」というのがユニークです。メディアや警察との関係が良好でドナルドの捜査がとんとん拍子というのもこのシリーズでは珍しく、すっきりした展開で読みやすい作品です。第7章で噓発見器(ポリグラフ)を使った尋問シーンがあったのには驚きです(ドナルドは法廷での証拠にならないとわかっていますけど)。あと第2章で紹介されている、実在の社交団体エルクスの会員がヒッチハイクのサポートを受けるシステムが印象的でした。


No.2606 4点 湘南夫人
嵯峨島昭
(2023/03/10 22:18登録)
(ネタバレなしです) 1978年発表の酒島警視シリーズ第3作で夫人三部作の第1作です。不幸な結婚に苦悩する女性と彼女に憧れるヨットマンの義理の弟を主人公とするドラマ要素が強く、幽霊船の謎があるもののミステリーとしては弱いです。海や船の描写がとても素晴らしく、特に中盤でのヨットレースは息詰まるような迫力です。その後に続くどろどろの展開の連続は好き嫌いが大きく分かれるでしょうが退屈はしません。最後に酒島が暴く悪事はそれなりに伏線を回収しての推理に基づいており、ここは本格派推理小説と言えなくもありませんが全体としてはミステリーというよりサスペンスロマンの雰囲気が濃厚な作品です。個人的に好みの作品ではなくて3点ぐらいに留めたいのですが、海洋小説部分を評価して1点おまけします。


No.2605 6点 友が消えた夏
門前典之
(2023/03/07 02:24登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表の蜘蛛手啓司シリーズ第7作の本格派推理小説ですが、新たな方向を目指したのでしょうか?タイトルの「友が消えた夏」がまるで青春物語のようです。プロットは「鶴扇閣事件の記録」と「タクシー拉致事件」が交互に描かれる構成で、前者では夏合宿に参加する大学生たちが描かれています。事件がすぐには起きず人間ドラマとしても少々退屈ですが、一度殺人事件が起きるとまるで綾辻行人の「十角館の殺人」(1987年)の勢いになります。一方後者はタクシーに乗った女性客がすぐに拉致監禁状態になるサスペンス小説風な展開です。回想場面が何度も繰り返されるのがちょっと単調ですけど。図解入りで説明される密室トリックなどはこの作者らしいですが、本書で最も印象深いのはすさまじいばかりの犯人の性格でしょう。過去にも異常な犯行動機を扱った作品はありますが、真相が明らかになった後の心理バトルの効果もあって本書の衝撃度は半端でありません。そしてサブタイトルの「終わらない探偵物語」の通り、続編を期待させるような演出で物語は締めくくられます。


No.2604 9点 禁じられた館
ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル
(2023/03/06 15:18登録)
(ネタバレなしです) 経歴については不詳のミシェル・エルベールとウジェーヌ・ヴィルのコンビ作家は1930年代にフランスで3作のミステリーを発表しました。当時はフランスでも英米と同じく本格派推理小説の人気が高かったらしく、私もS=A・ステーマン(ベルギー出身ですが)、ピエール・ボアロー、ノエル・ヴァンドリーの作品を数冊読んではいますが英米の巨匠作家と比べると謎解き伏線が十分でなくて粗い推理の印象がありました。しかし1932年発表の第1作である本書は実によくできています。おっさんさんのご講評でジョン・ディクスン・カーが引き合いに出されていますが、脱出不可能な館から被害者を訪れた謎の人物が消えてしまうというカーの「三つの棺」(1935年)を連想させる不可能犯罪の謎を巡って次から次へと推理検証が繰り広げられていく展開が謎解き読者にはたまりません。即座に否定されますが(カー作品ではありませんけど)某伝説級作品(本書より後発です)の有名トリックまでが謎解き議論の中で言及されていたのには仰天しました。「三つの棺」のような複雑に構築されたトリックではありませんがどんでん返しの連続の末に最後に披露された推理説明は、これこそ唯一の真相だと説得させるのに十分です。動機が後出し説明でも大きな弱点に感じませんでした。この時代のフランスにも英米巨匠作家の傑作に匹敵する本格派があったのですね。


No.2603 4点 亡霊たちの真昼
ジョン・ディクスン・カー
(2023/03/04 23:59登録)
(ネタバレなしです) 1969年発表のニュー・オーリンズ三部作の第2作の歴史本格派推理小説で、作中時代は1912年です。主人公のジム・ブレイクが特派員として下院議員候補のクレイ・ブレイク(ジムとの血縁関係はなし)を取材するためにニュー・オーリンズへ向かうという序盤がミステリーとしては盛り上がりを欠いています。政治スリラー要素を織り込もうとしたのならこの作者には合わないですね。何者かに尾行されたり列車内で人間消失があったりと強引に謎づくりしてはいますが、18章で明かされる前者の真相、10章で明かされる後者のトリック、共にがっかりレベルです。そして中盤に起きたメインの事件が一見自殺風ながら凶器が現場から消えており、しかし殺人なら凶器だけでなく犯人も消えたことになる不可能犯罪風なところがカーらしいですが、この真相がまた脱力ものでした。伏線の張り方に巧妙さを感じるところもありますが、この作者としては下位レベルの作品だと思います。


No.2602 6点 炎の爪痕
アン・クリーヴス
(2023/03/04 10:17登録)
(ネタバレなしです) 「青雷の光る秋」(2010年)でシリーズ終了と思われたジミー・ペレスシリーズ、2018年発表のシリーズ第8作の本書が真のシリーズ最終作です(冒頭で作者が宣言しています)。第13章ではペレスのプライヴェート関連で衝撃の展開があるとはいえ、被害者が築き上げた(或いは壊した)人間関係を丹念に整理していく、このシリーズらしい地味なプロットの本格派推理小説です。第40章では嵐の前の静けさのようにのどかなピクニック場面が挿入されますが、そこから結末に向けてドラマティックな物語となります。推理に関してはペレスよりもウィローの方が印象に残りました。シリーズ終焉としては気がかりな点がないわけではありませんが、まずまずの締めくくりでしょう。


No.2601 6点 暗黒告知
小林久三
(2023/02/26 02:01登録)
(ネタバレなしです) 小林久三(1935-2006)の代表作として知られる1974年発表の本書は社会派推理小説と本格派推理小説のジャンルミックス型ミステリーです。作中時代は明治40年(1907年)、日本最初の公害である足尾銅山鉱毒事件で廃村の危機を迎える谷中村を舞台にし、実在の公害反対運動家である田中正造(1841-1913)を容疑者の一人に仕立てているところが本書の個性です。本格派の謎解きとしては周囲を雪に覆われて犯人の足跡もなく、密室状態の建物の中で被害者が死んでいた不可能犯罪を扱ってます。最初にトリック推理が披露された時には無理ではないかと思いましたが、第7章で実現可能性の補強をしていますね。時代背景が背景だけに明るい展望のない雰囲気は好き嫌いが分かれると思いますが(タイトルからして身構えてしまいそう)、史実を改変しないでフィクションのミステリーを成立させている手腕は見事だと思います。


No.2600 5点 寒い夏の殺人
南川周三
(2023/02/25 18:42登録)
(ネタバレなしです) 南川周三(1929-2007)は大学教授で、詩集や美術評論や寺院研究書などを執筆していました。1999年に定年を迎えた後に最後の著作となった本書を2000年に出版しましたが何とこれが本格派推理小説でした。うーん、まじめな作品ばかり書いていたから最後ぐらいはお茶目に娯楽作品をと考えたんでしょうか(笑)。高級な社交クラブのメンバーが次々に殺され、現場には犯人からのメッセージらしき「M」の一文字が残されます。殺害シーンの直接描写もあり、正体は最後まで伏せていますが男女の複数犯であることが読者には開示されています。とはいえ読者が自力で謎解きできるようにフェアに伏線を張った作品ではなく、後出し説明で真相が明らかになる結末は不満があります。エピローグで警部が反省する「とんでもない勘違い」も手掛かりとしては弱いです。しかしミステリー界では全く無名だった人の作品まで発掘する人並由真さんはすごいなー。


No.2599 6点 けむるランプ
E・S・ガードナー
(2023/02/22 07:35登録)
(ネタバレなしです) 1943年発表のウィギンズじいさんシリーズ第2作の本格派推理小説です。ハヤカワポケットブック版の裏表紙では最初からウィギンズが登場するかのように粗筋紹介されていますが、序盤は石油採掘権で大儲けを狙って隠密裏に動いている人物を中心にしたドラマが展開され、ウィギンズが登場するのは12章からです。地方検事のフランク・デュリエとその妻でウィギンズの孫娘のミルレッドとの3人でお芝居風に犯行再現する15章の場面がなかなか面白いです。しかし後半になってフランクとウィギンズの関係が思わぬ方向に流れていきユーモアは後退します。緊張感漂う中でウィギンズのしっかりした謎解き推理で事件は解決しますが、フランクとの関係が修復されたのか曖昧なままの幕切れはどことなく哀愁が漂います。結局このシリーズは2作で終了しました。


No.2598 5点 スイス時計の謎
有栖川有栖
(2023/02/19 20:20登録)
(ネタバレなしです) 2003年発表の火村英生シリーズ第7短編集で中短編の本格派推理小説を4作収めています。講談社文庫版で150ページを超す「スイス時計の謎」は論理的推理にこだわりぬいた作品です。容疑者たちからの反論をかいくぐりながら火村が犯人を絞り込む展開はまさにこれぞ本格派の醍醐味で、個人的にはこれがベストです。倒叙本格派の「シャイロックの密室」は面白い手掛かりにユニークなトリックが印象的ですが「間接的になら容易」のトリックをどう完成させたかがちょっと説明不足に感じます。「あるYの悲劇」は作者が「あとがき」でいいトリックが浮かばずダイイングメッセージ作品にしたと説明していますが苦しい出来栄えで、「フェイントの次元が違う」真相には脱力しました。意外性を狙うにしても一般知識の範囲内でやってほしかったですね。


No.2597 6点 公爵さまが、あやしいです
リン・メッシーナ
(2023/02/17 19:06登録)
(ネタバレなしです) 2003年デビューの米国の女性作家リン・メッシーナはファンタジー小説や歴史ロマンスなども書いていますがミステリー作品は2018年発表の本書が初めてです(舞台は19世紀初頭の英国)。それにしても本国ではベアトリス・ハイドクレア(Hyde-Clare)ミステリーとして知られるこのシリーズの日本語版を「行き遅れ令嬢の事件簿」とした出版社のセンスは大いに疑問符が付きますね(女性蔑視と批判されかねません)。頭の回転はとても早いのに内気な性格で損しているベアトリスと、もう一人の主人公のケスグレイブ公爵ダミアン・マトロックのやり取りが目を離せません。特に殺人現場で鉢合わせとなった第2章の面白さは出色です。ベアトリスの大胆な発想と大胆な行動、そして時に顔を出す弱気の虫の対照を大いに楽しみました。コージー派ミステリーに分類されますがコージーブックス版の巻末解説で「謎解き部分もしっかりと楽しめる」と紹介されている通りで、犯人の条件を羅列しながらの推理説明が印象的な本格派推理小説でもあります。正体が明かされた後の殺人犯の態度には驚かされます。


No.2596 5点 煉獄の時
笠井潔
(2023/02/14 21:56登録)
(ネタバレなしです) 2008年から2010年の長きにかけて雑誌連載されながら単行本化されたのが2022年となった矢吹駆シリーズ第7作の本格派推理小説です。単行本化に10年以上かけたのは大幅な改訂と加筆があったためだそうです。序盤の展開が意外で、何と「盗まれた手紙」の謎解きをカケルが依頼されます。そしてセーヌ川に浮かぶ川船で発見された首無し死体事件が続きます。中盤でこれらの謎解きは中断されて作中時代が1939年の過去編へと移る展開は「哲学者の密室」(1992年)を連想しました。作中ではこの構成はエミール・ガボリオの「探偵ルコック」(1869年)以来の探偵小説の基本と説明されていますけど。この過去編では「バイバイ、エンジェル」(1979年)に登場したある人物を主人公にして、やはり首切り殺人事件が起こりますが謎解きよりも第二次世界大戦前、戦時中、そして戦後の闘争や革命や武力衝突に関するエピソード(直接的な戦闘描写はほとんどありませんけど)の占める比率が大きいです。哲学議論や思想議論が抑え目な分読み易いとは言え、謎解きに期待する読者には冗長に感じられるかもしれません。現代編に戻るとミステリーらしさも戻りますが非常にややこしい人間関係が紐解かれる謎解きなので私の凡庸な読解力には敷居が高かったです。それにしても同じように首切り殺人事件だった「バイバイ、エンジェル」が随所で回想されていますけど、本書の現代編の作中時代(1978年)からわずか2年半前の出来事だったという設定には驚きますね。出版年では約40年の開きがあるのに。


No.2595 6点 クリスマスに死体がふたつ
ジェイニー・ボライソー
(2023/02/05 03:21登録)
(ネタバレなしです) 1999年発表のローズ・トレヴェニアンシリーズ第3作の本格派推理小説です。不毛な荒野の絵を描こうと廃鉱に写生に出かけたローズは女性の悲鳴を聞き、警察を呼びますが何も見つからず人騒がせと怒らせてしまいます。そして日を改めて写生の続きをしようと廃坑を再訪するとまたも悲鳴がというプロットです。第1章で日中は小春日和、夜は肌寒い程度の暖冬であることが紹介されますが、この作者らしいほの暗い抒情性は十分に冬らしさを感じさせます。同じ第1章で海の塩がしみこんだ流木を燃やすと炎が美しいとも書かれていますが、機会あれば実物を見てみたいですね。ミステリーとしては容疑者に友人たちが多いため、彼らを疑うことに悩むローズが印象的です。友情以上恋愛未満的なロマンスの行く末も見どころですが、態度を決めきれないローズにいらっとする読者もいるかも(笑)。


No.2594 5点 画狂人ラプソディ
森雅裕
(2023/02/01 22:01登録)
(ネタバレなしです) 森雅裕(1958年生まれ)のデビュー作は有名な「モーツアルトは子守唄を歌わない」(1985年)だとずっと私は思っていましたが本書のワニの本版の作者による巻末エッセーを読むと同じ1985年発表の本書が僅差ながら出版が早く、こちらがデビュー作でした。作者が学生時代に着手したということもあり、青春小説要素の濃い本格派推理小説です。「ニヒルでクールでストイックな男」でありたい学生を主人公にしているためかドライなハードボイルド風なところもあります。殺された芸術大学の教授が研究していた葛飾北斎に絡む謎解きもありますが、巻末エッセーで作者が「あれもこれもと欲張って盛り込んだ」と述べているように学究一本鎗の作品ではありません。バイクや四輪駆動車の描写には並々ならぬ力が入っています。主人公がある証拠品からアリバイトリックを推理しますがその時点ではアリバイのある容疑者が誰なのかがわからないという設定がなかなかユニークで、ここをもっとフォーカスした謎解きにしてほしかったですね。

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