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ミステリの祭典

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ノッティング・ヒルの謎
岩波文庫『英国古典推理小説集』(2023)所収

作家 チャールズ・フィーリクス
出版日2023年04月
平均点5.50点
書評数2人

No.2 4点 nukkam
(2023/11/08 22:40登録)
(ネタバレなしです) ジュリアン・シモンズの評論「ブラッディー・マーダー」(1972年)でウイルキー・コリンズの「月長石」(1868年)に先立つ英国最初の長編推理小説と紹介された本書は1862年から1863年にかけて匿名で雑誌連載され、1865年の単行本化で初めて作者名がチャールズ・フィーリクス(1833-1903)と記載されました。おっさんさんのご講評によると書簡小説形式の採用は当時としては珍しくないそうですが、さまざまな人物による報告、手紙、証言記録、日記などがまるでパッチワークキルトのごとく連なる構成です。しかし持って回ったような語り口に加えて時系列が整理不十分で、私の読解力では読むのにとても難儀しました。この時代の作品で脚注や現場見取り図の挿入などの読者サービスがあるのは驚きですが、それらの工夫も読みにくさの解消までには至りません。最後を疑問文で締めくくってすっきりしない幕切れにしたのも賛否両論でしょう。コリンズの「月長石」は本書の3倍以上のボリュームですが、(冗長なところもあるけど)物語としての面白さも3倍以上に感じます。

No.1 7点 おっさん
(2023/06/08 12:25登録)
あのジュリアン・シモンズが『ブラッディ・マーダー 探偵小説から犯罪小説への歴史』のなかで、ウィルキー・コリンズの『月長石』(1868)に先立つ、英国最初の長編探偵小説として論評したことで(その件に関しアチラでは異議も出ていますが、それについては後述)、広くミステリ・ファンに知られることになった作品。
1862年に週刊『Once a Week: An Illustrated Miscelleny of Literature, Art, Science & Popular Information』に匿名で連載され、1865年に書籍化。ぐっとくだって1945年に、大部のアンソロジー Novels of Mystery of the Victorian Age (モーリス・リチャードソン編)に、ウィルキー・コリンズの『白衣の女』(1860)などと一緒に再録されていますから、それがシモンズの目に留まったのですね。
論創海外ミステリの「刊行予定」に、ひところ
 
「ノッティング・ヒルの怪事件 チャールズ・フェリックス」

として挙げられていましたが、いつしか予定表から消えてしまい、ま、気長に待つか、と思っていたら……まさかの岩波文庫『英国古典推理小説集』(佐々木徹/編訳 2023)に収録され、同アンソロジーのトリを飾る形で、電撃的に日本の読者へお目見えとなりました。
有難い話ではあります。
しかし、古典作品に、複数の翻訳があって(解説を含めて)読み比べられる状況は、一読者としては望ましいと思うので、営業面で厳しいことは事実でしょうが、進行していたはずの、論創社版『ノッティング・ヒル』も……出せるものであれば出してもらいたいですね。

さて、本編。
探偵R・ヘンダソンが、生命保険会社の幹部に送った、調査報告書と関係資料(書簡、日記、供述書エトセトラ)を、チャールズ・フィーリクスが編纂したという体裁の作品です。
ヴィクトリア朝に流行した「書簡体小説」のヴァリエーションですが、犯罪に関する物語を、複数のキャラクターの叙述で多角的に構成するという点では、ウィルキー・コリンズの大ヒット作にして、いわば家庭内ゴシックともいうべき 新ジャンル “センセーション・ノヴェル” を確立した、名作『白衣の女』の驥尾に付しています。
じつは内容のほうも、悪漢の企みなど『白衣の女』を明確に意識したもので、凡手が書けばただの亜流で終わりそうなものですが、コリンズがあくまで、ヒロインを巡るスリルとサスペンスを主軸とし、探偵パートを終盤に持ってきたのに対し、フィーリクスは、探偵パートを主軸とし、“情報”を次々と開示することで(しかし個々の情報は断片的で、なかなか正しく配置されず、事件の全貌がつかめないことから)作品の興奮性と面白さを演出し、コリンズとは一線を画すことに成功しています。
いって“推理” の要素がそれほどあるわけではないのに、その構成と語り口は、これが探偵小説でないなら何が探偵小説なんだ、と確かに思わせてくれる。フーダニットではなくてハウダニット。
そして、謎めいたさまざまな事実が、最終章で正しく配置され、事件の全貌がついに明るみに――出ない。出ないんだ、これが!!!
しかし、それはまた、冒頭に意味ありげに語られていた別な “謎”に対する、答えでもあるのです。
似非科学に立脚した噴飯もののハウダニット小説、と切り捨てられておかしくないお話が、まるでポストモダン文学のように錯覚されてしまうマジック。いやあ、これは評論家好みの小説ですわ。ジュリアン・シモンズ(と編訳者)が気に入ったのはよく分かる。
でも、こんな快作、もとい怪作を(そのユニークネスにひとまず7点は付けときますが)、カタギの読書人向けの『英国古典推理小説集』なんて本に入れていいのかしらん? 黙って論創社にまかせておいて良かったのに、と思うおっさんなのでした。

あ、ジュリアン・シモンズが本作を「英国最初の長編探偵小説」と認定した件に関しては、シモンズは「勃興期のミステリ・ジャンルへの女性の貢献を不当に無視しています」と、あちらのフェミの論客連から抗議の声があがったんですよ。「英国最初の長編探偵小説」といったら、メアリ・エリザベス・ブラッドンの The Trail of the Serpent(1861)じゃありませんか、というわけです。ブラッドン女史は、近代文藝社から、センセーション・ノヴェルの代表作『レイディ・オードリーの秘密』(1862)の翻訳が出ていますね。
『ノッティング・ヒル』が、もし企画のバッティングでお蔵入りになったら、かわりにこちら、The Trail of the Serpent を出してみませんか、論創社様?

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