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ミステリの祭典

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青銅ランプの呪
HM卿シリーズ/別題『青銅ランプの呪い』

作家 カーター・ディクスン
出版日1958年01月
平均点5.78点
書評数9人

No.9 5点 nukkam
(2023/11/07 12:34登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のヘンリー・メリヴェール卿シリーズ第16作の本格派推理小説で、あのエラリー・クイーンに献呈されています。そのためでしょうかエジプトで発掘された青銅ランプの呪いで人が消えてしまうというトリックに挑戦した本書は創元推理文庫版で400ページを超す分量で、この作者としては大作の部類です。しかしやはり消失の謎は短編向きだと思います。二階堂黎人が「事件が小粒なわりにだらだらと長い」と評価したそうですけど私も同調します。トリックはまあ妥当なところですが目新しいアイデアに欠けているように感じました。後に短編「妖魔の森の家」(1947年)という消失事件の謎解きで超弩級の名作を書けたのは本書の経験があったからと思いたいです。

No.8 6点 弾十六
(2022/03/06 12:34登録)
1945年出版。創元文庫(1983年初版)で読了。翻訳は堅実に見えますが、細かく検討してみるとちょっと不安定な感じ。補っている言葉が多いのですが、ややピント外れに感じるところがありました。
JDC/CDお気に入りの作品。(なんかのインタビューだかで挙げていたんだっけか?) ある意味、意外性のある作品に仕上がっています。破天荒さが不足なので私はちょっと不満ですが、それでもなんだか満足しちゃいました。『欺かるるなかれ』と同様、出鱈目預言者への嫌悪感が著しい(あっしまった、「予言者」ね。田川建三先生に怒られちゃう… 高島俊雄さんならどっちでも同じだよ、と言うと思うけど)。私もこの手の予言や神や霊を利用した金の亡者どもは大嫌い。信じちゃう人がいるから悪いんだけどね。
当時の英国人の日常生活に根ざした事柄が手がかりの一つになっていますが、まあそこはちょっと補強されてるのでギリギリ合格でしょうか(下記p409参照)。
以下トリビア。
英国消費者物価指数基準1935/2022(75.78倍)で£1=11824円。米国消費者物価指数基準1935/2022(20.52倍)で$1=2340円。
作中現在はp10, p353から冒頭のシーンは1935年4月10日。(ただしp59に明白な矛盾あり)
p7 カイロのコンティネンタル-サボイ・ホテル(Continental-Savoy Hotel)♣️1860年代建設のThe Grand Continental Hotelのこと。
p7 十年前の…暖かな四月のある日の午後(on a brilliant warm April afternoon, ten years ago)
p10 一九三四年から一九三五年にかけて… 世界じゅうの目が集まっていた♣️ここら辺の記述を整理して推測すると、発掘事業は1933年10月に始まり、1934年5月までに数多くの財宝を発掘、1934年12月に教授が蠍に刺された、という流れ。作中現在は1935年4月だと思われる。
p15 あのくそいまいましいノエル・カワードの戯曲(a bloody Noel Coward play)
p27 五十ピアストル(Fifty piastres)♣️タクシー代、「もう少しで10シリング(nearly ten bob)」(p28)とH.M.は言っている。10シリング=5912円。当時(1935年)の為替レートで1ピアストル(1/100エジプト・ポンド)=$0.0502=£0.0102、50ピアストルなら£0.510=10.2シリング。翻訳は「ほぼ10シリング」が正しいのかな?
p31 イギリスの五ポンド紙幣(an English five-pound note)♣️当時の英国五ポンド紙幣は片面だけ印刷された白黒のWhite noteでサイズ211x133mm、卿にとってはやりがいのある大きさだったろう。両面が印刷された紙幣(最初のサイズは158x90mm)に変わるのは1957年から。
p33 雑誌<ラズル>(a copy of Razzle)♣️当時1シリングの英国アダルト雑誌のようだ。
p49 六万ドル
p57 ウォルポール… ラドクリフ夫人… “モンク”リュイス
p57 ジェーン・オースティンの書いたささやかな風刺小説(Miss Austen's gentle satire)♣️『ノーザンガー・アビー』のことだろう。昔はオースティンの作品大嫌い(『曲がった蝶番』)と書いてたJDC/CDだが、この作品は読んだようだ。ここは「上質なパロディ」という趣旨だろうか。
p59 四月二十七日木曜日(Thursday the twenty-seventh of April)♣️この日付と曜日なら1933年か1939年が該当。まあp10の記述があるので1935年としておこう。1935年4月27日は土曜日だが… なお、同時期には『一角獣』事件でH.M.はフランスにいたはず、という説がある。(詳細に検討していません)
p59 出入口には緑色の羅紗を貼ったドア(a green-baize door)
p61 登場人物の内なる声を表現するJDC/CDが良くやるこの手法は、原文でもカッコ付き。
p70 車体が長く… 重心が低いライリー(Riley)… クーペの一種(one of those coupes) ♣️12/6または14/6 Riley Ascotか。値段は350ポンド程度。
p78 soignée(ソワニエ)
p80 一万何千ドル
p114 セミラミス・ホテル(Semiramis Hotel)♣️架空のホテル名。A・E・W・メイスンの作品(1917)ならストランド街の超一流ホテルだったHotel Cecil(1896-1930)がモデル。メイスン好きのJDC/CDだから、きっと意識した採用だと思う(p129の描写もそれっぽい)。なおエジプト、カイロには同名のホテルが実在していた(1907-1976)。
p119 グロスターのベル・ホテル(The Bell at Gloucester)♣️実在の由緒あるcoaching innのことか。
p120 <幽霊の間>the Haunted Room
p129 そうぞうしくてむやみに明るいセミラミス・ホテルは、宵闇のテムズ河畔の街灯の列を見おろす位置にあった(The Semiramis Hotel, noisy and glaring, overlooking the lamps of the Embankment in the twilight)
p130 今日は木曜日♣️念を押しているので、曜日は間違っていないのだろう。じゃあ日付が違うのか?
p134 熱帯地用の白のディナー・ジャケット(a white tropical dinner-jacket)
p142 ゴシック・ロマンのコレクション… 『ユドルフォの秘密』(The Mysteries of Udolpho)… 『イギリスの老男爵』(The Old English Baron)… 『吸血鬼』(The Vampyre, a Tale by Lord Byron)
p151 それから三日後の四月十三日は日曜日だったが…(It was three days later, early on the morning of Sunday, April thirtieth)♣️翻訳者の勘違い。「4月30日」ですね。一瞬JDC/CDがまたやらかした!と思ってしまいました。次項p152(Sunday, April thirtieth)でも翻訳者は同じ過ちを繰り返しています。
p153 いつもの青いサージの制服のボタンをきっちり首のところまで止めていた(buttoned up in his usual blue serge)♣️マスターズ主席警部の服装だが「制服」とは思えない。「背広」のボタンをきっちりかけている、という意味では?
p157 そういうふうにはなりえんのじゃよ(It couldn't be right !)♣️翻訳が微妙。試訳「それが正解であるはずがないのじゃ!」まあどっちもどっちですね。
p174 たったひとつの難点は、そういうことは絶対に起こりえんということなのじゃ(The only trouble is, it won't work)♣️同上。試訳「たったひとつ難点がある。その手は効かんのじゃ」こちらは試訳の方がずっと良いと思います…
p174 H・Mの車♣️車種不明。
p192 品のない声(rather a common voice)
p207 サイズは4くらい(size about fours)♣️英国レディース靴サイズ4は日本サイズ22.5cm相当。
p219 オードリーのおチビさん(Little Audrey)♣️ここには関係が無いかも知れないが、Little Audreyは第一次大戦時ごろに遡る残酷なジョークの主人公。酷い事件が起きてもオチはBut Li'l Audrey just laughed and laughed。英Wiki “Little Audrey”参照。
p240 赤のベントレー(the red Bentley)
p244 サマーセット地方の訛り… “故障”が“ごしょう”に(in the speech of Somerset, 'order’ becomes 'arder')♣️英Wiki “West Country English”参照。
p245 赤いベントレーのふたり乗りの車… ラジエーターのキャップにマーキュリーの彫像(a red Bentley two-seater… with a Mercury figure on the radiator cap)♣️Bentley 3½ Litreだろう。値段は最低でも1400ポンド以上らしい。ベントレーのマスコット Flying B は1933年以降 Charles Sykesデザインの二代目に変わった。(初代はF. Gordon Crosbyデザインのようだ)
p253 レインコートとトップコートが組み合わせになった形(a combination raincoat and topcoat)♣️レインコート兼用のオーバーコート、という意味か。
p261 いったいあの男に何が起こった(What happened to this bounder?)♣️bounderは軽蔑的に「奴」という意味らしい。誰のことを指している? 試訳「いったい彼奴に何が起こった」
p261 そして、わしが仮にあれを証明できたとしても、それではたしてすべてが解決するか?(And will it upset the whole apple-cart if I show…)♣️ここも微妙だなあ。試訳「これは全てをひっくり返す事になるのか?もしわしの考えが…」
p276 一撃を加えるためにまっしぐらに前進(headin' for a smash)
p301 ここ、物音のとだえしところ… (Here, where the world is quiet,/Here, where all trouble seems/Dead winds and spent waves riot./In doubtful dreams of dreams)♣️この詩はAlgernon Charles Swinburne作 “The Garden of Proserpine”(1866)から。続く詩も同じ出典。
p343 先生(Maestro)
p353 四月十一日(eleventh of April)♣️この日は冒頭の場面の翌日(p24)、したがって冒頭の場面は4月10日となる。
p401 ここはアンフェア
p409 ここも微妙にアンフェアだなあ。この頁最初のはまあ良いとして、二番目のは前振りが全然無いからねえ。
p411 なんなら、五ポンドかけてもいい(Yes, for a fiver !)♣️賭博好きの英国人。

No.7 7点 レッドキング
(2020/10/27 19:16登録)
不可能トリックはミステリの華だ。いや、花火と言うべきか。それが一瞬の幻とわかっていても、儚く美しく魅惑的な・・やはり花火だ。「三つの棺」の素晴らしき犯人消失幻影、密室こそが、密室からの人物消失こそがトリック中のトリック・・・
それを手にした者は塵と消えるという呪いのランプ。密室状態のゴシック大屋敷より相次ぎ消失する大富豪の娘と父。
衆視の中、人物「A」が「消失」するためには、①瞬間早わざで「非A」に入れ代る。②同じく「その他大勢」に紛れ込む。③「A」に偽装していた「非A」が偽装を解いて「非A」に戻る。④もともと幻影だった「A」の幻影を解く。⑤一瞬にして誰も気づかない落とし穴に落っこちる。⑥同じく「くぐり抜けワープ」で瞬間移動する・・・イカン、不可能トリックと言えない不純物が混じってきた。

No.6 8点 了然和尚
(2015/11/15 02:26登録)
巨匠の作品で、おそらく自分の読書人生で、二度とはない作品パターンと評価して8点。今年の新人作家の作品でしたとかで読まされてたら、迷うことなく1点。
このサイトではネタバレありですが、それでもこの結末は書くことを控えておきます。
(長編でありながら、短編的結末というのが評価を分けるでしょうね)
そもそも推理小説では思わせぶりなセリフや場面は多いものなのですが、本作は特に中途半端な雰囲気が多く、読んでいてイライラしました。それが見事にマスターズの気持ちとシンクロし、H.Mが失踪後に呑気に現れた時にマスターズが鋭利な彫刻用のナイフを掴みかけたというのは、笑えすぎました。

本作で、初めて「クイーン談話室」という本のことを知りましたので、早速、中古本で発注しました。

No.5 4点 文生
(2012/04/05 12:38登録)
冒頭の謎の提示はなかなか魅力的。
やはり、人ひとりが忽然と姿を消すというシチュエーションにはわくわくするものがある。
しかし、状況の説明を読んだ時からまさかあのネタじゃないよななどと考えていたらまんまそのネタだったのにはガッカリ。
トリックがあまりに古典的な上に説得力がなさすぎるのだ。
物語として存外楽しめたので最低点にはしないけれどトリックだけの評価ならば1点が妥当な作品。

No.4 6点 kanamori
(2010/06/26 16:56登録)
人間消失がテーマのH・M卿もの。
エジプト青銅ランプのファラオの呪いという怪奇趣向は添えもの程度ですが、提示されたヘレンの消失という謎は結構強烈でした。ネタバレ気味ですが、これはチェスタトンの「見えない人」ネタという感じです。
単純な謎に対してボリュームのある分量で、中盤はちょっとダレましたが。

No.3 4点 ロビン
(2009/10/04 00:06登録)
もはや「人間消失」という前振り自体がミスリードになっている。だって、クイーンとカーだもの(二人の合作ではないです)。そりゃ期待しちゃうでしょ。

ネタバレますけど、消失してないです。振りが強すぎてハードルが上がり過ぎていたせいもあるでしょうけど、本当に拍子抜け。
特に第一の入れ替わりトリック(言っちゃった)は、無理がありすぎて整合性がない。いや、アンフェアといっても過言ではない。いくらなんでも誰か気づくでしょ。

No.2 5点
(2009/04/21 22:46登録)
「ミステリーの発端は人間消失の謎にまさるものはない」ですか、うーん(討論相手のクイーンには堅牢な家屋消失なんて魔術的作品もありますが)。
しかし要は消え方でしょう。確かにタイトルの呪いを利用した最初の消失状況は不思議な感じがして、なかなか魅力的ですし、さらに再度同じような人間消失を起こしてみせるところも、さすがにうまいと思います。ただ、やはりその2つの(異なった)消失方法については、どちらもあまり冴えず、そのわりに作品は長すぎる気がします。
確かに動機はなるほどと思わせられるのですが、H・M卿演出による最後の「キメ」の部分も含め、少々腰砕けの感じがしました。青銅ランプ自体が最後どう扱われたかはおもしろかったですが。

No.1 7点 Tetchy
(2008/09/06 21:07登録)
カーがエラリー・クイーンとミステリについて語り明かした末に行き着いた最高の謎、人間消失に挑んだのがこの作品。
失踪事件は2つ発生するが、第2の事件の犯人の意外性・動機ともに素晴らしい。
しかしメインの失踪事件の真相はいただけない。以下、大いに真相に触れる。

エジプトのミイラの呪いが無意味であることを証明するために敢えて自ら失踪して、数日後に現れてみせるという逆説めいた真相は面白いが、家政婦の下働きの娘に化けて、やり過ごしていたというのは多分私が日本人であるからそう思うのだろうが、やはり素直に首肯しづらいものがある。
確かに貴族と下民という階級格差の激しいイギリスでは確かにゲストは召使い達などに目を配りもしないだろう。
それは解るのだが、彼女をよく知る人物が常に屋敷にいて、それに気付かないというのは(しかもその男ファレルは彼女に心底惚れているのである)いささか現実味が無いように感じる。
例えば文中に、

「時々、目の端にヘレンの似た姿がよぎる。しかしそこに目を向けてみるといるのはこの屋敷の従業員ばかり。どうやら私も幻覚を見るまでになってしまったらしい」

などという一文でも入れていれば、なるほど流石はカー!と納得は出来るのだが。

いやあ、ちょっと勿体無い力作である。

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