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ミステリの祭典

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天才は善人を殺す
大学生探偵団

作家 梶龍雄
出版日1978年12月
平均点4.50点
書評数4人

No.4 5点 nukkam
(2023/11/13 02:53登録)
(ネタバレなしです) 1978年発表の本書は長編ミステリー第4作の本格派推理小説で、私は改訂された徳間文庫版(1987年)で読みました。初めて作中時代が現代になった作品でもあります。といっても巻末で作者が「かなりの改変があった」とコメントしているように、改訂時点でも作中時代の1978年とは時代の違いが生じていたようです。ましてや21世紀の読者から見ると(人並由真さんもご指摘されていますが)本書の犯行テクニックは想像外にさえ感じるかもしれません。キャッシュカードの紛失に気づかないまま預金額のほとんどを引き落とされた父親が服毒自殺してしまい、主人公と若き義母が誰がどのようにして金を盗んだかを調べていくことになります。大学生である主人公が友人たちと探偵グループを結成したり、義母を女性として意識したりと青春小説要素もあります。もっとも短編ネタのような謎は魅力的とは言い難く、父親の死んだ現場が密室状態であることが妙に詳細に説明されるので読者としてはもしやと期待しますがしばらく中途半端に放置されてしまいます。後半の第5章以降でようやく本格派として充実したものとなり、そもそもの前提がひっくり返る謎解きは技巧を感じさせるし不思議なタイトルの意味もきちんと回収されますが前半の展開のぐだぐだ感が惜しまれます。

No.3 5点 人並由真
(2020/07/23 17:33登録)
(ネタバレなし)
 1978年の元版(ハードカバー)の方で読了。
 過渡期のキャッシュ・ディスペンサーのシステムの描写やら個人情報保護法の調査に関するユルさは正にこの時代ならではのもの。特に前者の発展期の電子文明についての叙述を21世紀の現在に読む座りの悪さは、テッド・オールビュリーの『敵の選択』(1973年)での当時のコンピューター技術の記述を想起させた。

 序盤は作者が登場人物の口を借りて、かなり声高にその手の機械化文明の非人間さへの批判をしてくる一面もあり、この時代ならでの社会派ミステリっぽい感じもある。
 ただしそういった当時のコンピューター環境上の問題点や難点は、現在ではある程度整備されているので(利用者の方が飼いならされてしまったともいえるが)、今さらあえて読む(人に勧める)必要もない作品かな? とも思った。
 が、とりあえず本作のミステリとしての主題<どういう人物が金を盗んだか?>の割り出しに向けて主人公チームの実働が始まると、まあまあ(今の目で見ても一応は)楽しめるようになってくる。
 とはいえそこでまた、前述の個人情報獲得のゆるさに苦笑するし、何より、ある件では人海戦術によるシラミ潰しという納得できる作劇(手続き的な流れなのでストーリーとしてはあまり面白くないが)をした一方で、そのあとのまた別の案件ではほとんど思いつきで掲げた仮説が(中略)。
 かなり雑な筋立てだと思っていたら、後半でいくぶんのフォローは用意されていた。とはいえ基本的に後半の残り3分の1ほどの展開が、けっこうご都合主義であったのには変わらない。

 とまあ、あれこれ思うことは書いたが、殺人にからむトリックや事件全体の構図の反転ぶりなど、小技~中技の登用ぶりはなかなかで、総体的にはそんなにキライになれない。
 最後の主人公チームのメンバーの迎える個々の状況は青年時代に読んでいたらもっと違った感慨をきっと抱いたと思うが、オッサンになった今ならこれはこれで、と了解もする。
 続編『殺人者にダイアルを』もすぐ脇に用意してあるので、そのうちに気が向いたら読もう。
(というより、実は先日、蔵書の中からその続編が見つかったので、積ん読にしてあったこの正編の本作の方を、まず今回読んだのだけれど・笑。)

No.2 3点 おっさん
(2015/11/09 09:56登録)
「(……)要するに、CD(キャッシュ・ディスペンサー:引用者注)は天才のロボットなんですよ。そしてその法外なロボット性は、時に父のようなお人好しを殺しさえするんです」(第一章「数を盗む」)


古くなった家を増改築するという理由で、親戚から多額の借金をした直後、落としたキャッシュ・カードを拾った何者かに、その大金を詐取され、死に追いやられた父。主人公・芝端敬一は、ひそかに恋心を寄せる義母・めぐみの懇請を受け、あてにならない警察のかわりに、父の自殺の原因をつくった犯人を捜し出すことを決意する。大学の友人たちも、さながら“青年探偵団”となり協力してくれることになった。そんな彼らの前に立ちふさがる最初の難題は、いかにして犯人はキャッシュ・カードの暗証番号を知り得たか、なのだが……

『透明な季節』(1977)で江戸川乱歩賞を受賞した梶龍雄は、翌78年に3冊の長編を上梓しています。順に『海を見ないで陸を見よう』、『大臣の殺人』、そして『天才は善人を殺す』です。
うち本書は、作者がはじめて小説の舞台を過去から“現代”に移し、当時としては目新しいコンピューター犯罪(いまとなっては、その表現がいささかお笑い草に思えてしまうぐらい、素朴な事件だとしても、不特定多数の一般人が端末機を操作することができるという、新しい時代に対応した犯罪の、国産ミステリの最初期の作例であることは確か)を素材にした、その意味では新境地を開く意欲作なのですが――ほとんど評判になった記憶がありません。
親本のハードカバーが講談社から出たあと、講談社文庫にもならず放置され(カジタツは講談社とは、付き合いの短い作家ではありませんが、しかし売り上げの面でシビアに評価されていたのか、同社の文庫になったのは、乱歩賞作品とその続編の『海を見ないで~』だけの筈)じつに9年後になって、改訂版が徳間文庫*に編入されました。筆者が今回、目を通したのもそちらです。

で、と。
うん、まあこれは、やっぱり失敗作でしょうねえ。
なにより肝心のストーリーが、読者を納得させないままドンドン進行していってしまうので、読んでいて釈然としないことおびただしい。
まず、ものすごく基本的なところで――主人公の父が自殺した、という前提自体に、なんで? と首をかしげてしまうわけです。いくらショックが大きいといっても、この場合、家の増改築は、生死にかかわる問題じゃないでしょう。たしかに借金は残りますが、別にアブナイところから借りたわけじゃない。もとより、働いて、少しずつ返していく約束だったはずです。自分の生命保険で借金を返済してくれ、という内容の書置きに、家族は違和感をもたないのか?
そのへんをスルーして、一足飛びに、暗証番号をめぐる推理談義がはじまってしまううえに、推論から導かれる、犯人のとったであろう行動が、これまた説得力に欠けます。キャッシュ・カードを無くした敬一の父が、そのことにしばらく気がつかないでいる――なんてことを、どうしてアテにできるのか? 当然、紛失届が銀行側に出されると考えるはずで、とすれば、そんなリスキーな犯行プランを断行するものか? 作中の誰か、ツッコんでくれよぉ!!!

ところが後半、“青年探偵団”がマークした容疑者が変死をとげるあたりから、お話はその様相を変えだし――オシマイまで読むと、本格ミステリとして、作者が本書でやりたかったことは、じつによく分かります。あるアイデアに関してチェスタトンの名前が引き合いに出されますが、プロット全体の企みに関しては、筆者はクリスティー(のミス・マープルもののある長編)を連想しました。うん、ホント、気持ちは分かる、しかし……。
もう少しスマートにミスリード出来なかったか。
また、意外性を演出しようとしたことで、逆に小説としてのテーマが空回ってしまった嫌いがあるのは否めず、“天才は善人を殺す”というタイトルに、別な角度から光が当たる趣向も、でも“善人”はそんなコトしないだろ! というツッコミを許す結果に終わっています。プロットの要請で、キャラクターの人格設定に無理が生じているのです。
「謎やトリック」と「人間」、どちらかに振り切ればいいのに、この作者らしく両立させようとして、今回は結局、中途半端に終わってしまった感じですね。
中途半端といえば、ストーリーの途中で退場したヒロインはどうなったのかなあ? “青年探偵団”は、どうやらこのあと『殺人者にダイアルを』という長編でも活躍するらしいけど、彼女も再登場するのかしらん。本作だけだと、まったくご都合主義なキャラなんだけどw
(以下、蛇足)
主人公の、義母への想いとか、綺麗(事)にあっさり処理するなよカジタツ。狩久だったら、そこはきちんと、一線を越えさせるぞwww

*徳間文庫のカバー裏の、荒筋の紹介文は、真相に抵触した表現を含んでいるので、もしこれから手にされるかたは、注意が必要です。最初に本文を読んで、それから確認のため荒筋に目を通した少数派(?)の筆者は、ラッキーでした。

(後記)梶龍雄作品では、『ぼくの好色天使たち』も講談社文庫になっているとの指摘を、本サイトに目を通してくれている、知人のSさんから受けました。(2015.12.5)

No.1 5点 kanamori
(2012/10/02 17:23登録)
キャッシュカード紛失で大金を詐取され自殺したと思われる父親の事件を究明するため、主人公・芝端敬一ら大学生4人組は探偵活動に乗り出すが、といったストーリー。
事件の性質がはっきりしないまま物語が進行する中盤まではモヤモヤ感があって面白味に欠ける。カード犯罪と銀行のコンピュータ(天才)というテーマも扱いが中途半端です。ただ、密室殺人、電話トリック、操りの構図など、後半以降に次々と繰り出されるトリックはなかなか面白いと思います。
チェスタトンの逆説にたとえて、女子銀行員のなにげない行為と大金を引きだした意外な犯人を結びつけるくだりも秀逸です。

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