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ミステリの祭典

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ポピーのためにできること

作家 ジャニス・ハレット
出版日2022年05月
平均点6.00点
書評数5人

No.5 5点 nukkam
(2023/11/19 20:16登録)
(ネタバレなしです) 劇作家や脚本家としての実績を積み上げた英国のジャニス・ハレット(1969年生まれ)が初めて書いた小説が2021年発表の本書で英語原題は「The Appeal」です。1種の書簡小説の本格派推理小説で、人物の直接描写は一切ありません。たまたま私は英国最初の長編推理小説(とジュリアン・シモンズが紹介している)のチャールズ・フィーリクスの「ノッティング・ヒルの謎」(1862-63年雑誌連載)を読んだばかりで、そちらも書簡小説形式だったのですが150年以上も時代が違うのですから使われているメディアも違います。本書の場合はほとんどが電子メールです。必ずしも一方通行の伝言ばかりでなく会話風にやり取りが続くことも多く、フィーリクスの回りくどい言い回しに比べれば文章自体は読みやすいです。とはいえ集英社文庫版で700ページ近い大ボリュームに登場人物が40人以上もいるので(全員がメールしているわけではありませんが)話があちこちに拡散してしまって内容的に複雑でわかりにくく、事件発生が後半という構成も読者の集中力を削ぎかねません。巻末解説で本書は「現代版アガサ・クリスティー」と評価されたそうですが、テンポよく謎解きの面白さを読者へ提供したクリスティーと比べると(力作なのは認めますけど)冗長に過ぎるように思います。

No.4 6点 YMY
(2023/10/31 23:00登録)
この小説は、オルフェとシャーロッとが渡された資料と、それに関する二人の推理を記録したチャットの会話とで構成されている。資料からは、関係者たちのうち数人が何らかの秘密を抱え込んでいる様子や、ある相手に親切に接している人物が別の関係者にはその相手のことを非難しているなど、裏表のある人間関係が浮かび上がってくる。
そしてオルフェとシャーロットのチャットによる会話は、錯綜した情報を整理し、読者の推理を手助けする役割を担っている。果たして、誰が殺され、誰が殺すのか。物語がある地点まで到達した時、一種の「読者への挑戦」といっていいメッセージが現れる。登場人物は実に四十一人。しかし、個性の強い人物ばかりなので混乱することはないはず。

No.3 7点 HORNET
(2023/06/18 22:25登録)
 タナ―弁護士は、教え子の司法実習生2人にイギリスの田舎町で起きた、看護師の殺害事件に関する資料を送り、真相を推理させる。資料では、劇団を主宰する地元の名士・マーティン・ヘイワードが、難病を患う2歳の孫娘ポピーのために募金活動を行い、多くの人を巻き込んでいくさまがメール、供述調書、新聞記事などで示されている。そしてその募金活動は思わぬ悲劇を引き起こすことに──。資料の山から浮かび上がる驚愕の真相とは!?

 経緯が推察されるメールのやりとりが物語の主軸で、第三者視点の地の文がないというのは新鮮であり面白くもあった。要は「会話文」だけがずーっと続いていくようなものだが、それぞれのやりとりの「間」に起きている出来事は、メールの内容で推察して読んでいくしかなく、それがよい含みを持たせていると私は感じた。
 募金活動の背後に隠れているヘイワードの真意や、医師ティッシュの過去、犠牲者サムの過去と人間関係、イッシーの本性など、さまざまな伏線が張り巡らされることで、誰を、何を信じ、何を疑うべきか翻弄される一作だが、そのこと自体が楽しかった。

No.2 6点 人並由真
(2022/10/06 16:42登録)
(ネタバレなし)
 イギリスの片田舎。実業家で地方名士、59歳のマーティン・ヘイワードは62歳の愛妻ヘレンとともにアマチュア劇団「フェアウェイ劇団」を主宰していた。そんなマーティンの孫娘で2歳のポピーが難病の脳腫瘍にかかり、治療のためには高額の医薬投与が必須だという。早速、劇団の団員たちもチャリティ活動に奔走するが、その周囲ではいくつもの思わぬ事態が生じ、秘められた真実が露見していく。

 2021年の英国作品。脚本家として活躍している作者の処女長編ミステリだそうだが、ほぼ全編をメールやSNS上の会話で構成。そこにある「客観的情報」をもとに、老弁護士ロデリック・タナーから事件の真相を探るように出題された若い男女の司法実務修習生2人が、推理や意見を交換する流れである。

 特殊な形式の本文は、メール内の話し言葉それぞれに話者の個性を演出してある達者な翻訳もあって、意外に読みやすい。特に物語をかき回すジョーカー役となる29歳の看護師イザベル(イッシー)・ベックの存在感は強烈だ。

 しかし読みやすいとはいえ、本文がほぼ700ページ。登場人物も表紙の折り返しの一覧で40人弱、さらに本文巻頭の一覧表では50人前後に増え、評者が最終的に作った人物名メモでは名前のあるキャラだけでのべ100人以上になった。これから読もうという人は、絶対に人物メモを作りながら読むことをオススメする。
(厚さといい、小説の形態といい、本作がリスペクトしたのは意外に『月長石』だったりして?)

 波に乗ってくると、小出しにされる情報への関心、事態の推移への興味などが読む側への求心力となってスラスラとページをめくれるが、それでもとにかく長い長い(汗)。
 この意味で、もっと短くせいよ、と思うか、みっちりたっぷり楽しめて嬉しいと思うかは、人それぞれだろう。ちなみに評者はその辺の思いが相半ばした感じ。

 ミステリとしての大ネタは……まあこれはあまり言わない方がいいだろう。読んでいる間はそれなりに楽しめたが、このミステリの趣向からすると、この長さに見合うものとは言い難い面もある。一方で、こういう小説の作り方をしていくと長くなってしまうのはわかるし、それで読んでいる間はけっこう楽しめるのだから、否定はできない。ただなんかモニョる仕上がりだ。

 なお帯にはクリスティーの作風に似た作品という主旨の文言が書かれており、これはいろんな意味でそうだと言えそうだが、評者は某・重要キャラクターの作中での立ち位置で、最もそういう触感を覚えた。これもネタバレにならないように言ってるつもりだが、本書を読んだクリスティーファンになんとなくでも伝わってくれればいいけれど。
 一日目で150ページくらいまで、残りの550ページを次の日に読み切って、さすがに軽く疲れた。今年の話題作なのは確かだろうが、ベスト10に入ってほしいかというとやや微妙。翻訳全ミステリジャンルでの11~15位くらいには入ってほしい。

No.1 6点 文生
(2022/09/18 11:19登録)
普通の小説とは異なり、メール・供述調書・新聞記事といった証拠資料のみで物語を構成している異色作。そうすることで、読者は探偵役と全く同じ目線で謎解きに参加することができるというわけです。究極のフェアプレイといえますし、ミステリとしても非常に読み応えがある作品に仕上がっています。ただ、構成の見事さばかりが優先され、ミステリの仕掛けとしては特筆すべきものがない(一応どんでん返しはありますが)点に物足りなさも。

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