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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1505件

プロフィール| 書評

No.485 7点 ゲー・ムーランの踊子/三文酒場
ジョルジュ・シムノン
(2012/01/18 22:12登録)
カバー・タイトルは『ゲー・ムーランの踊子 他』となっているのですが、中表紙や奥付では収録2長編が併記されていて、Amazonでもそうなっているので、本サイトへの登録タイトルもそれに従いました。
『ゲー・ムーランの踊子』はシムノンの生地、ベルギーのリエージュが舞台。前半は16歳の不良になりかけた少年の視点が中心です。その間メグレの視点が全く出てこないという点が非常に珍しい作品で、メグレものだと知らずに読めば、半ばでメグレが登場するシーンでは驚かされそうな構成になっています。その後も殺人事件の犯人はなかなかわからない展開で、最初に読んだ時はパズラー的な点がかえって不満だったのですが、読み返してみるとおもしろくできています。
『三文酒場』はそれに比べるとかなり地味な作品です。死刑囚から、「三文酒場」で6年前の殺人事件の犯人と出会ったことを聞いたメグレが、偶然帽子屋でその「三文酒場」という言葉を耳にしたことから、事件は始まります。最後に明かされる犯人の灰色の絶望には、感動させられました。個人的には、一般的評価の高い『~踊子』よりこっちの方が好きですね。


No.484 6点 ジェリコ街の女
コリン・デクスター
(2012/01/14 20:55登録)
前半、ジェリコ街で死んだ女アンの事件を正式に担当するのはモースの同僚ベル主任警部で、ウォルターズという刑事がかなり活躍します。で、モースはというと、アンと面識があり(プロローグは彼等の出会いです)、気になって個人的にこっそり調査しているのです。事件のあった家に忍び込んで、ウォルターズ刑事につかまったりするところがなかなか愉快で。
向かいの家で殺人があった後、後半になって、モースに事件が引き継がれることになります。さあ、ここからが華麗なデクスター流仮説の積み重ねが始まる…と思っていると、がっかりするかもしれません。今回はほとんど普通のパズラーで、最後に鮮やかな(危なっかしい)トリックが明かされることになります。
今回最も驚かされたのは、アンの死の理由に関する推理です。ただし、その推理に対する反証に、心理的側面から再アプローチがなく、あいまいなままになってしまったのは不満でした。


No.483 8点 黒いトランク
鮎川哲也
(2012/01/11 21:34登録)
クロフツの『樽』からヒントを得たことについては、本作の中でも登場人物に語らせていますが、死体運搬容器(トランク・樽)の動きは本作の方が複雑ですし、何より移動理由が全く違います。『樽』が他人に罪を着せるためであったのに対し、本作ではすべてがアリバイ作りのためなのです。また、両作とも容疑者が2人出てきますが、その2人の関係と犯人のキャラクターが正反対とも言える設定なのは、作者が意識してやっているのではないかとも思えます。
高校時代に初めて呼んだ時は、トリックを完全に理解したとはとうてい言えなかったのですが、久々に再読してみると、それほど難解でもないと感じました。鬼貫警部の捜査でトリックが少しずつ明かされていくため、実際の犯行計画以上に複雑に見えるところがあるのではないでしょうか。最後の風見鶏を比喩に使ったトリックの理由も、完全に忘れていましたが、再読で納得できました。


No.482 6点 死人の鏡
アガサ・クリスティー
(2012/01/08 11:34登録)
本サイトに登録されている他の短編集に合わせて、ハヤカワ版を対象にしていますが、実際には収録4編どれも創元版で読んでいます。どちらの版もすべてポアロもの。違いは、ハヤカワ版『砂にかかれた三角形』の代わりに創元版には『負け犬』が入っていることです。
その長めの短編『~三角形』は、某長編の人間関係・動機の元ネタです。その長編とは違い、アイディアをこの動機の意外性だけに絞り、ポアロの人間観察が冴えるきれいにまとまった秀作です。
他の3編はすべて、逆に以前に書かれた短編を引き伸ばした中編です。『厩舎街(ミューズ)の殺人』は、被害者の性別を変え、新たな手がかりを加えているぐらいですが、中編化が最もうまくいっていると思えました。『謎の盗難事件』はもっと短くてもいいでしょう。
表題作はトリックはそのままで、犯人の設定と動機を変更しています。これは短編の方が、冒頭部分と事件依頼内容の点でうまくまとまっている感じで、ひょっとしたらこの中編の方が先に書かれたのかもしれません。


No.481 8点 路上の事件
ジョー・ゴアズ
(2012/01/06 21:21登録)
ロード・ノベルなどとも言われている作品で、前半はヘミングウェイにあこがれる青年ダンクがアメリカ荒野をヒッチハイクで旅しながら、様々な事件に巻き込まれていきます。半ばでサンフランシスコに落ち着き、私立探偵事務所に勤めるあたりは、作者自身の実体験に基づいていることがまえがきにも述べられています。自伝的要素を持った作品ということで、最後近くにならないとミステリという感じはほとんどしてきません。それまでにもいくつも殺人は起こるのですが。
設定時代は1953年。当時の音楽(ジャズが中心)や映画がふんだんに出てきますが、ミステリでは何と言っても発表されたばかりの『長いお別れ』で、チャンドラーの名作に対するダンク(つまり作者自身)の感動が伝わってきます。
前半のラスヴェガスでの事件が最後の真相とつながってくるところには、論理的に明らかな無理があるのですが、それが気にならないほどおもしろく、感動的な読みごたえ充分の大作です。


No.480 8点 黒い画集
松本清張
(2011/12/27 21:27登録)
週刊朝日に昭和33~35年連載された中短編9編から選んだ6編に、同じ頃別に発表された作者自身お気に入りの『天城越え』を加えて1冊にまとめたのが、現在新潮文庫で読める版です。清張の古い全集等では、他の作品を入れたものもあります。
評判のいい最初の『遭難』のサスペンスはさすがで、終り方の薄気味悪さも格別です。短い『証言』は、最後がちょっとあっさりしすぎかなといったところ。『紐』は最初の方でしつこいアリバイ確認があるので、これは当然…と思っていると、最後にひねりがあります。『凶器』については、作者自身ダールを意識したと語っていますが、ダールより謎解き興味が強くなっています。最後の『坂道の家』は最も長い作品ですが、不倫話の果てにミステリ的なオチをつけたもの。
いずれも政治や企業悪をテーマにしたという意味での社会派ではありません。せいぜい『寒流』で銀行内の派閥争いが絡むぐらいですが、それでさえむしろ私的な話で、当時の登山愛好者、都会の会社員、農村生活者等がリアルに描かれた作品群です。


No.479 6点 メグレ警視のクリスマス
ジョルジュ・シムノン
(2011/12/23 20:26登録)
表題作の他に『メグレと溺死人の宿』『メグレのパイプ』を収録した中短編集です。
表題作は、メグレの住居の向かいにあるアパートで12月24日夜に起こった事件を扱っています。訳者あとがきでは、クイーンによるクリスマス・ストーリーに必要な条件を引用し、子ども登場要件をクリアしていると書いていますが、サンタクロースに変装した侵入者に会う女の子があまり印象に残らないのが、ちょっと不満です。
『メグレと溺死人の宿』はメグレが地方に別件で出張した際に出くわした事件。訳者あとがきで言うほど本格派寄りとは思えませんが、まあまあ楽しめました。
『メグレのパイプ』はシムノン自身が好きな作品だそうで、確かに3編の中では最もいいと思いました。メグレの一番お気に入りのパイプが自室から盗まれてしまったことが、本筋の事件に絡んできて、「もし君が私のパイプをくすねなかったら」という展開になるところが、おもしろくできています。


No.478 6点 土曜日ラビは空腹だった
ハリイ・ケメルマン
(2011/12/21 21:30登録)
第1作金曜日をずいぶん前に読んだだけだったラビ・シリーズ。この第2作の「空腹」の意味は、事件が起こった夜の翌日の土曜日がちょうどユダヤ教の贖罪日に当たっていて、断食をしていたからということです。
謎解きミステリとしては、凝ったトリックなど一切ない、ごくシンプルで地味なフーダニットです。50ページぐらいで死体発見となるのですが、それが殺人だとわかるのが半分を過ぎた170ページ目ぐらい。
ラビによる犯人指摘推理の最初の部分は、事件発生の直後から何となく気になっていたのですが、深く考えもせず、犯人探しとは直接関係ない、教会の理事会とラビとの対立の方に気を取られていました。実際のところ、殺人事件の捜査よりも、対立の原因となる教会に礼拝堂を増設する計画の問題と、自殺者の埋葬に関する宗教的問題の方がメインとも言えるほどです。最後にはその問題を、ラビによる殺人事件解決とうまく絡めていて、すっきりしたオチになっていました。


No.477 7点 幽霊塔
黒岩涙香
(2011/12/18 13:25登録)
黒岩涙香と云っても、よくわからぬ。ナニ、乱歩の文体を古めかしくしたようなものだろうぐらいに思っていたのだよ。ところが読んでみると、これア驚いたのさ。
といった調子の文章で書かれた、ウィリアムスン『灰色の女』(1898)の翻案です。数年前にやっと忠実な翻訳も出ましたが、涙香は原作出版の翌年にもう連載を開始していたことになります。発表当時は原作としてでたらめな本を挙げていて、そのため乱歩が自分流に翻案する時、原作を参照できなかったとか。
驚いたのは、翻案だというので舞台を日本に移し変えているのだと思っていたら、そうではなかったことです。登場人物は日本人名ですが、地名はイギリスのまま。金もポンド表記ですが、途中で千円とか出てきたりして、統一がとれていないところもあります。さらに登場人物中フランス人医師だけは原書どおりポール・ラペルという名前になっていて、意味が分かりません。
内容的には今となっては、灰色の女の正体を始めとしてありきたりな筋書きですが、涙香の文体のゆえもあって、いかにも乱歩好みな古風な雰囲気が楽しめました。


No.476 7点 蘭の肉体
ハドリー・チェイス
(2011/12/16 22:29登録)
過激すぎて結局書き直されたという『ミス・ブランディッシの蘭』初版本の続編です。原書でも入手困難とされる初版結末の概要は、前作の創元推理文庫解説に書かれているので、本作を読むのに支障はありません。なお続編(出版は創元推理文庫では第1作の3年後1942年となっていますが、英語版Wikipedia等によると1948年らしい)とは言っても、前作の20年後の設定で、重なる登場人物は一人もいません。
フランスのパトリス・シェロー監督による映画版は確か20年ぐらい前に見たことがあるのですが、二、三こんなシーンがあったかな、ぐらいの記憶しか残っていませんでした。フランス映画界が好みそうなノワール(もちろんフランス語で「黒」の意味)系で、特に殺し屋サリヴァン兄弟の鴉的なイメージなどヨーロッパ映画風と言えます。
文学性などくそくらえとでも言わんばかりのエンタテインメントに徹した急展開の連続で、キャラクタ描写も浅いなりにきっちりできていますし、最後まで楽しめました。


No.475 5点 最後の一撃
エラリイ・クイーン
(2011/12/12 22:40登録)
クイーン作家暦30年目にして30冊目の長編で、そのことについては作中の名探偵兼作家のエラリーも疲れたとぼやいています。本作で長編創作を打ち切るつもりであったことは、タイトルも含め、はっきりうかがえます。結局クイーン名義長編が再開されるのは、M・リーが監修(内容確認)しただけの作品を除けば5年後になります。
そんな私小説的なため息も聞かれる本作の事件が起こるのは1929年で、エラリーは長編第1作を発表したばかりという設定です。国名シリーズの設定とは完全に矛盾していますが、作品相互間の矛盾はクイーンにはよくあることで。
作者がこれまで何度も書いてきたミッシング・リンク系プロットです。謎のふくらませ方はさすがですが、複雑化しすぎて、かえって不自然でキレが悪くなっているだけのような気がします。経験を積まなければ見破れない真相とも思えません。それより隠されていた過去の秘密が、いんちきっぽいとは言え意外な感じがしました。


No.474 7点 花園の迷宮
山崎洋子
(2011/12/09 21:23登録)
1986年の江戸川乱歩賞は、昭和7年横浜の遊郭を舞台にして、娼館福寿に売られてきた17歳の少女の視点から描かれた作品です。
中島河太郎氏は選評で「文章にうるおいがない」と書いていますが、個人的には賛成できません。確かに一文一文は短く、また改行も多いのですが、それでも必要なことは充分表現されていると思うからです。謎解きミステリですからして、同じく娼婦の世界を描いているからといって、たとえば宮尾登美子の『寒椿』なんかと比較されるべきではないでしょう。それでも、そのような純文学作品を思い出してしまったほど、当時の遊郭の様子が伝わってくる、小説としてのおもしろさを持った作品です。
謎解き面では、様々な人物を複雑に絡み合わせすぎて、最後の意外性はあるのですが、すっきり納得とまでは行かなかったように思います。手がかりがフェアに提示されていないところもありますが、まあいいでしょう。


No.473 5点 重罪裁判所のメグレ
ジョルジュ・シムノン
(2011/12/07 20:42登録)
前作『メグレの打明け話』では裁判で人を裁くということがテーマにされていましたが、本作でもその問題が再度取り上げられ、裁判になると、事件関係者はもう現実に生きている人間ではなくなり、「非人格化された世界」「不変の典礼による儀式」になってしまうことが述べられています。
と言っても、今回の事件の中心は判決確定後。裁判所のシーンは冒頭に置かれていて、メグレによる事件の最新情報証言により、被告人は結局証拠不十分で無罪になるのです。家に帰った被告人とその妻を、メグレは監視尾行させます。その結果がどうなるかということなのですが、結末はちょっともの足らない感じです。もちろん意外性を求めるような作品ではないわけですが、それでも哀しみがもうちょっと盛り上がるようにできなかったかな、という気がしました。
なお、本作ではメグレも定年が2年後に迫ったという設定ですが、シリーズはまだまだ10年以上続きます。


No.472 6点 時計の中の骸骨
カーター・ディクスン
(2011/12/03 09:54登録)
ずいぶん前に読んだ時には、つまらないという印象だったのですが、それは過去の墜落死事件トリックの凡庸さと、犯行隠蔽工作に対する不満からでした。
ところが今回再読してみると、意外に楽しめました。kanamoriさんも書かれているようにブレイル伯爵夫人とH・M卿との間で繰り広げられるギャグがよく話題にされますが、カーにはもっと悪ふざけ度の高い作品もあります。むしろ旧刑務所内での深夜の肝試しの不気味な雰囲気とか、例によっての無鉄砲なラブロマンスとか、最後の鏡の迷路の緊迫感とか、様々な要素をうまく詰め込んでいて、まとまりよく仕上がっていると思いました。
真犯人の性格設定もなかなかのものですし、この全体構成ならば、墜落死トリックもこの程度にとどめたのがむしろよかったようにさえ思えます。新たに起こる殺人の印象が薄い(すっかり忘れてました)とは言えますし、その動機に異議を唱える人もいるでしょうが。


No.471 7点 烙印
大下宇陀児
(2011/11/30 21:08登録)
宇陀児と書いて「うだる」と読ませるというこの奇妙なペン・ネームの由来は、本作の解説にも載っていませんし、ネットでちょっと調べても出てこないようです。
ともあれ、本短編集には作者の様々なタイプの作品が収められていて楽しめます。
表題作は典型的な倒叙ものです。犯人が自滅していくサスペンスが見所ではありますが、伏線も行き届いていて、犯人の不用意な一言がうまく決まっています。『毒』は幼稚園児から見られた殺人計画の顛末ですし、『灰人』は殺人容疑者の飼い犬の立場に立った部分がかなり多いというように、視点を工夫した作品もあります。『偽悪病患者』は集中唯一のパズラーですが、手紙のやり取りのみという構成。『金色の獏』は楽しい作品ですが、タイプを言えばそれだけでネタバレしてしまいます。戦後の『不思議な母』『蛍』の2作品では、作者の文学的志向がより強く出ているように思いました。


No.470 6点 もっとも危険なゲーム
ギャビン・ライアル
(2011/11/27 11:45登録)
 ライアルの代表作の一つということで、主人公のパイロットの人物像がいいとか、しゃれた文章がうまく決まっているとか、舞台であるフィンランドの情景とか、様々な出来事が最後にすべて結びついてくるところとか、それからもちろんクライマックスの戦いの迫力とか、褒めるに事欠かないのはわかります。
しかし個人的には、読み終わってみると今一つ釈然としないものが残ってしまったのも確かなのです。これは翻訳の問題でしょうが、会話のつながりがよくわからないところがあります。冒頭で主人公が飛行機に乗せる客が結局事件とどう絡んでくるのかというところも、驚かされたのですが、その人物の考え方に共感できないのも、もやもやの理由の一つです。主人公の酒の飲み方も、アル中でもないのになんだかなあという感じ。また、様々な事件の結び付け方に偶然を多用していているのも気になりました。
そうは言っても、最後3割を切ってから俄然盛り上がってくるアクションは、さすがです。


No.469 6点 メグレの打明け話
ジョルジュ・シムノン
(2011/11/24 21:04登録)
訳者あとがきにも書かれていますが、メグレもの長編の中でも珍しくリドル・ストーリー仕立てにした作品です。どちらかというと一方の解釈に傾いているような終り方ではありますが、結局はあいまいにしています。こういうパターンは同じシリーズで何度も繰り返すものではないでしょうが、作家としては1回ぐらいはやってみたいと思うのかもしれません。
裁判によって人を裁く場合に不可避の問題提起は、裁かれる者の視点から書かれた『青の寝室』等にも見られますが、本作はいわば裁きの中間地点にいる警視の立場から捉えられたリドル・ストーリーにすることで、そのテーマを効果的に描けていると思います。
タイトルどおり「打明け話」ということで、過去に手がけて不本意なまま終っていた事件について、メグレが友人の医師に語る構成になっているのも、異色と言えるでしょう。前作『メグレと口の固い証人たち』ではすでに引退していたコメリオ判事が在職中の時期設定です。


No.468 5点 蟲の宴
水上勉
(2011/11/20 09:45登録)
事件に巻き込まれて、その事件の裏を探っていく民間人の視点と、警察による捜査との二つの視点を交互に描いていく手法は、この作者にはよく見られますが、本作はその手法がかなり成功していると思われます。
失業中の主人公が、偶然(?)会った男から紹介された繊維会社の就職面談担当者は、実はその会社の人間ではなく、行方をくらましてしまうという冒頭の謎は、なかなか魅力的です。その会社自体なんだか怪しいというのは、誰でも考えることでしょうが、2つの殺人事件との結びつけ方はいかにも社会派的発想です。
警部補がいろいろ仮説を頭の中で立てているところなど、作者自身どう結末をつけたらいいか、悩んでいた(大雑把な構造は最初から考えていたにしても)のではないかと思えるのですが、最後に逮捕が行われる地方の奇妙な風景もうまく使われていて、味のある作品に仕上がっていると思いました。
タイトルの意味は不明ですけれど。


No.467 6点 夜の熱気の中で
ジョン・ボール
(2011/11/17 20:31登録)
ジョン・ボールは本作が評判になる前にも、何冊か小説を書いていたそうです。しかしどれもミステリではないらしく、翻訳されたものもありません。中に"Judo Boy"なんて作品があるのは、日本通で、本作でもヴァージル・ティッブスに柔道だか合気道だかの技を披露させていた作者らしいところです。
ティッブスはカリフォルニア警察の刑事ですが、初登場の舞台は本拠地ではなく、人種差別のはげしい南部の町です。久々に再読してみると、事件の内容はきれいさっぱり忘れていたのですが、彼の登場の仕方と上記格闘のところは記憶に残っていました。差別テーマについては、今回、差別意識の強い警察署長の視点が中心となっていたことに気づきました。差別する側の意識を問題にしているわけです。
本作については謎解きの要素も兼ね備えているという評価が多いようです。確かにティッブスはホームズ流の細かい観察による推理をしているのですが、最後の犯人指摘の推理は、かなりあいまいです。


No.466 5点 霧の中の虎
マージェリー・アリンガム
(2011/11/14 20:40登録)
5年前に戦死したはずの前夫の最近撮影された写真が何枚も送られてくるという冒頭の謎は、なかなか魅力的です。その理由の説明も、説得力があります。
しかしその部分を除くと、本作には謎解きの要素はほとんどありません。タイトルの虎とは、霧に包まれたロンドンで犯罪を重ねる脱獄囚のことです。捜査側と犯罪者側の視点を交錯させるサスペンス系で、緊迫感はそれほどではありませんが、雰囲気はいいですし、登場人物の性格設定も巧みで、おもしろく読んでいけました。ところが…
最後2章での偶然積み重ねにはがっかりでした。たとえば第16章で部長刑事が眠ってしまうのも偶然ですが、これは経緯に工夫があるので、問題ないと思うのです。しかし、最後にフランスの村に舞台を移す手順は安易なご都合主義にすぎません。悪役は自分の運のよさに驚いていますが、その幸運の女神の正体は作者に他ならないわけですから、ばかばかしくなります。ここでは名探偵のはずのキャンピオンも不穏な状況に気づかない間抜けぶりで、興をそがれます。

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