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ミステリの祭典

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メグレと妻を寝とられた男
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1978年03月
平均点5.75点
書評数4人

No.4 6点 クリスティ再読
(2022/05/04 15:52登録)
さて皆さんが大変よくまとめておられるので、評者が追加することってあまり、ない。「寝取られ男」でデーマがかぶるので、「カルディノーの息子」の次に選んだ作品である。あっちは小市民になりあがった男が主人公で、ハタから見れば喜劇なのに迷惑するだけで済むが、こっちは悲惨。口蓋裂でそれを負い目に感じて卑屈になっているペンキ職人の親方である。
子供までありながら、妻と新たに雇い入れた美男で威勢のいい職人が通じて、自分は家からも弾き出される...悲惨を絵に描いたよう。コンプレックスが大きくて自信がないからこそ、いい様にされて自分の権利も主張できない。「妻と間男を殺してやりたい...」こんな物騒な相談をされたメグレはいい迷惑。それでもメグレはこの男のことが気にかかってならない。

ここでメグレが毎日この男に自分に電話するように諭すのが、まあメグレらしいといえばその通り。こんなイイ警官、いないよ。この男は果たして失踪するが、メグレにかけた電話の最後の言葉は「ありがとうございます...」いや泣けるじゃない? 自分のことを気にかけてくれる人間が、世の中にいる。
ミステリとしての読みどころはほぼないに等しい作品だけど、この一件が片付いて裁判でメグレが証言を求められる最後のエピソードが、この作品に大作家シムノンの「署名」を与えているようなものだ。

tider-tiger さんのご書評に、一票。

No.3 5点
(2019/07/27 13:58登録)
 十二月、週末の土曜日。いつも通り仕事を終え、オルフェーヴル河岸にある警視庁を出たメグレ警視だったが、ポン=ト=シャンジュの橋のなかほどまで来たとき、誰かに尾けられているような気配を覚える。シャトレ広場から無事にリシャール・ルノワール通りのアパルトマンに帰宅したものの、そんな彼を自宅で待つ者がいた。
 ガラスの檻と呼ばれている司法警察局の待合室で〈土曜日の客〉と名付けられた男、レオナール・プランション。口蓋裂で嘆願するような色合いを帯びた視線の、ペンキ塗装の請負業者。プランションはメグレに何通も手紙を書き、幾度も警視庁を訪れたものの気後れがして、ついに直接気持ちを打ち明けようと自宅へやって来たのだという。
 彼は新たに雇った二枚目の職人ロジェ・プルーに妻のルネを寝取られ、疎外され、身の置き所も無いような共同生活を二年余りも続けていたのだ。トロゼ通りの自宅には愛娘のイザベルもいるのに、家庭生活もここまで築き上げた仕事も、何もかもを取り上げられようとしている。
 プランションは「女房を殺したいんです・・・あるいはあの男を。うまく片を付けるには、二人とも・・・」と言うが、メグレにはどう手の施しようもなかった。とりあえず毎日電話をかけるよう約束させたが、いかなる罪も犯していない以上彼にはなにもできない。
 それでも翌々日月曜日の六時過ぎ、アベッス広場のカフェからメグレに電話を入れるプランションだったが、それを最後に彼の消息は途絶えてしまう・・・
 メグレシリーズ第87作。「メグレと善良な人たち」の次作で、1962年発表。夕食が台無しになった事よりも彼のことが気にかかって頭から離れないメグレは、分署に電話を入れてプランションの家を監視させたり、ジャンヴィエやラポワントを役所の人間に仕立てて、家の間取りやルネ・プランションを調査させます。自ら電話して反応を探ることもしばしば。
 そうこうするうちにプランションが失踪。プルーやルネは彼がふたつのスーツケースをさげて出ていったと語ります。建物塗装業の持ち分も自宅や家財道具を含む一切合財も、三百万フランの現金と引き換えに、全てを放棄したのだと。メグレはプルーの尋問中にサインをさりげなく鑑識に回しますが、本人の署名かどうかははっきりしません。しばらく曖昧な状況が続いた後、一気に事件は決着します。
 不具にコンプレックスを抱くプランションとは対照的に、どこへ行っても他人に影響力を及ぼすプルー。「幸せでした」と語る時期にも夫を裏切っていたルネ。二人は「人を攻撃するような冷静さを持っている点で、野獣を思わせる」と形容されます。この結婚が悲劇に終わるのは、避けられない事だったのかもしれません。題材が題材ですし、全体に後味は良くないです。

No.2 6点 tider-tiger
(2016/05/03 11:21登録)
妻と間男を殺してしまいたいとメグレに告白するレオナール・プランション。メグレは彼をなだめて、自分に毎日電話をするよう約束させる。その電話が来なくなって……。
なんというか、もう居たたまれなくなる話です。今まで読んだメグレものの中でもトップクラスの憐れな男。それにしても、メグレものは男を盗られる女の話よりも女を盗られる男の話がやたらと多いように感じるのは気のせいでしょうか。
プランション、妻、娘、間男、従業員と彼らの関係が言葉少なく巧みに綴られていくさまはさすがです。事件はメグレものにしてはわりと手が込んではいますが、まあいつもの通り、読みどころはそこではありません。
事件が決着し、裁判でメグレは証人として法廷に立ちます。
ここでのメグレの発言により、司法関係者の意識の中で事件の構図ががらりと変わってしまいます。事件の本質はそこではないと思いながらも、メグレは自分の役割を放棄することはできません。
人が人を裁くことの難しさをシムノンはいくつかの作品で書いておりますが、この作品にもそうした片鱗が見られます。
「これだから法廷に立つのはイヤなんだ」というメグレの苦み切った呟きが聞こえて来るようなそんな結末でした。

No.1 6点
(2012/03/13 23:04登録)
原題直訳は第1章の中でもその言葉が出てくる「メグレと土曜の客」ですが、河出書房では同シリーズですでに『メグレと火曜の朝の訪問者』(原題直訳「メグレの不安」)が出ていたので、あまりに似たタイトルを避けたのでしょうか。
土曜日に何度も司法警察に来ていながら、メグレに会わずに立ち去ってしまっていた男が、ついにメグレの自宅を訪問してきて、「女房を殺したいんです…」と告げるという奇妙な発端を持つ作品です。メグレについては「運命の修繕人」という言葉も使われますが、そのような人としてのメグレに対する相談、告解とでも言いましょうか。
その後に起こる事件そのものは、いったい何が起こったのかはっきりしないままという、不安定な感じを抱かせます。結局のところ真相はミステリ的に言えばどうということはないのですが、この土曜の客の悲哀をじっくり描きこむということでは、うまく構成された作品だと思いました。

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