home

ミステリの祭典

login
湖中の女
フィリップ・マーロウ/別邦題『水底の女』

作家 レイモンド・チャンドラー
出版日1959年01月
平均点6.71点
書評数7人

No.7 7点 斎藤警部
(2024/07/03 19:17登録)
行方不明の妻を捜してくれ、と依頼されたマーロウがぶち当たったのは、湖畔に沈む、全く別の女性の屍体(らしきもの)。

適度に込み入ったプロット。 複雑過ぎないストーリー。 締まった文章。 詰まった内容。 泣かせる比喩。 「おっと!」とつんのめりそうになる意外な真犯人暴露と、「んんーむ。」とあごを撫でてしまう魅力ある立体的真相暴露とへと突き進む推理のダイナミズム。 良い意味で破綻のない、模範的なハードボイルド探偵小説。 多くは語るまい。 人間関係のハブである筈の人物が事件の渦中で希薄な存在となってしまう皮肉は、こんなこと言ったら語弊があるが横浜の菊名駅を思い出させる。川崎の武蔵小杉も昔はそんなんだった。

マーロウがシェリフやポリスと一定の友情を交わすのは良いが、マーロウが彼らに情報を与える際、大事なことを故意に抜かしたり嘘を言ったりする傾向が気になった。 このやり口が最後いい感じにモノを言ったのは良かった。 マーロウとパットンとの友情がいい。そのさりげない描写がいい。

“マーロウ、五百ドルだよ。”

マーロウが私と同じ女性に好意を抱いたらしいのはちょっと嬉しかった。 彼女や、いかにもの「美女たち」とは別に(成年の)「可愛い女の子」がちょっとしたカワイコリリーフみたいに登場するのも良かった。 そんな所だ。

No.6 5点 レッドキング
(2021/06/17 20:26登録)
実業家から行方不明の妻の捜索依頼を受けたマーロウ、湖底で見つけた女の死体は別人だった・・。「ああいう状況」の死体にお約束の本格コードもプロットに綺麗に納まり(二つの流れが偶然に合流すると小説では「ご都合」言われるが、現実にはよくある事)、ハードボイルドお約束キャラの狡猾にして凶暴なワルでタフな警官、やはりハードボイルドお約束の絵に描いた様な悪女美女達、怪しげな医者にジゴロも総動員で、ハードボイルドミステリのまさに定番。
※いい女は全て性悪で、男はどんなにタフぶっても弱く儚く悲しくて・・・フィリップ・マーロウでなくレイモンド・チャンドラーの「眠りホモ」が、男の読者の「女性嫌悪」と「無自覚の同性愛」を刺激してやまぬ・・・

No.5 6点 クリスティ再読
(2017/01/21 17:09登録)
清水訳のあとがきでも少し触れているが、ポケミスの旧訳は田中小実昌の訳(「高い窓」もそう)なんだが、これのマーロウの一人称が「おれ」なんだよね。「おれ」と「私」の違いは、社会化されない自分と、社会化された自分の違いだ...というような評を読んだ記憶があるが、アーチャーなら「私」一択でも、アル中ホームレスなカート・キャノンなら「おれ」でなきゃシマラない。で、マーロウはどうか...というと、評者は本作くらいまでは「おれ」でイイと思うのだ。ハードボイルドらしく、内面なんて毛ほども覗かせないわけだしね。
でまあ、結局気になって田中訳と清水訳を比較したのだが、意外に田中訳がイイのだ。清水訳というと最晩年(出版時80歳!)の訳なのでどうもリズムが悪く冗長に感じる。tider-tiger さんが引用しているので便乗して田中訳を紹介すると「しずかな、そしてなにを考えているかわからない顔。むだなことなどしそうにもない女の顔だ」となる。こっちの方がこなれてハードボイルドな訳のように感じるよ。
本作とか「高い窓」とかここらへんは、プロットも一貫していて前の2冊の長編のようにコラージュではないし、トリックらしいものも少しある。前の2冊よりもチャンドラー入門だったらこっちのが向いてるな(まあ「大いなる眠り」はスピード芝居という言葉に倣って言えばスピード・ミステリで映画が名作だからね)。最後の対決&謎解きが腹の探り合いみたいになって、そこら面白い(オチが秀逸)。キャラ的には依頼人の化粧品会社社長の空威張りぶりに結構萌える。個人的には「高い窓」の方が冴えてる気がする...本作わりと「こうなる?」と予測するような内容で展開するから、王道と言えば王道、オフビート感覚がないといえばない。ま、それも悪くないが。

No.4 7点 tider-tiger
(2016/08/18 01:00登録)
会社社長より一ヶ月前から行方がわからなくなっている妻を探し出して欲しいと頼まれたマーロウはいくばくかの調査の後、湖の近くにある彼女の別荘を訪れた。そこでマーロウは別荘の管理人と共に湖に沈んでいた女の死体を発見する。その遺体は管理人の妻ミュリエルのものであった。

中学の終わり頃でしょうか。ミステリというのはかなり不自然だなと強く感じはじめました。いわゆるリアリティの欠如というやつです。そこで、当時の語彙でいえば自然なミステリが必ずあるはずだと探しはじめて、チャンドラーに行き当たりました(別の意味でチャンドラーにも不自然さが多々あるのですが)。当時の私には意味の良くわからない会話や文章がけっこうありましたが、それでも懸命に読んでいました。ガキは暇があって金はない。ゆえに、なけなしの金をはたいて買ってしまったからには理解できるまで諦めないのであります。
そんな風にチャンドラーの作品を読破していったのですが、高校生の頃は本作が一番読みやすくて面白いのではないかと感じていました。ミステリファンだがハードボイルド(この言葉の定義が未だによくわからない)には馴染みがないという人にはまず本作を薦めます(ミステリに拘りのない人には「高い窓」を薦めます)。
無駄な場面はないし、存在意義のよくわからない登場人物もいない。話の展開が早く、すっきりとわかりやすい。そして、素晴らしい出来映えとまではいかないものの、ミステリとしてもまあまあよくできている。
大鹿マロイほどのインパクトはありませんが、徐々に変化していく犯人の人物像は非常に印象的であり、マーロウやパットンが細やかな同情を寄せたことも理解できます。
ラストの対決シーンなどなど、読者サービス旺盛なある意味チャンドラーらしくない作品ですが、エンタメとしてはこれが一番お薦めです。読みやすく、プロットを破綻させることなく書かれた『さらば愛しき女よ』ではないでしょうか。この路線を突き詰めていけばミステリと文学の融合として最高峰のものが出来上がったのではないかと思います。ところが、残念なことにチャンドラーには本格ミステリを書く才能はなかった、と私は考えています。シムノンも同じく。
※チャンドラーもシムノンも大好きですが、両者ともにあくまでミステリの変種であって、ミステリかくあるべきとは微塵にも思っておりません。むしろ本道になってはいけないとさえ思います。ちなみに現在はいわゆる不自然なミステリに対する反感はまったくありません。

以下 ネタバレ気味





前半で依頼人の妻が奔放でだらしのない女であることが強調されております。この妻とマーロウが初めて相対する場面。
『女は足首を交差させ、頭を椅子の背にもたれさせて、長い睫毛の下から私を見た。眉毛は細く、アーチをえがいていて、髪の色とおなじ褐色だった。静かな、秘密をふくんだ顔だった。むだな動きをする女の顔には見えなかった』
最後の『むだな動きをする女の顔には見えなかった』初対面の女性の描写にしては非常に違和感あります。なぜわざわざこんなことを書いたのか? まさに無駄な描写では。
と、思いきや、数ページ後に彼女はこんなことを言います。「たいていの人間はこういう場合は理性をなくす。でも、わたしは無くさない。その方が安全だから(抜粋ではなく私の要約です)」
読者はもうここではっきりと二人の女の違いに気づくでしょう。安全のためには理性を無くさない。こういう人は無駄な行動を厭うものです。そして、それは奔放とは対極にあるメンタリティでしょう。
こういう細かい部分をネチネチと読み解いていく楽しみのある作家は大好きなのです。
※この女性はシムノンの「メグレと火曜の朝の訪問者」に登場した女性とそっくりなメンタリティだと思います。
※安全といえば、東野圭吾の「白夜行」の主人公雪穂ですが、彼女は上昇志向が強いのではなく、極度に安全を求める女性なのだと私は考えております。自国の安全を守るためには太平洋全域を掌中に収めておかないと不安で不安で仕方のないアメリカみたいな感じでしょうか。

No.3 8点 E-BANKER
(2012/11/03 23:02登録)
1943年発表。F.マーロウ登場の第4長編作品。
やっぱりチャンドラー&マーロウがハードボイルドの到達点だなと認識させられる作品。

~別荘の管理人が大声を上げて指差したものは、深い緑色の水底で揺らめく人間の腕だった。目もなく口もなく、ただ灰色のかたまりと化した女の死体が、やがて水面に浮かび上がってきた・・・。マーロウは1か月前に姿を消した会社社長の妻の行方を追っていた。メキシコで結婚するという電報が来ていたが、情夫はその事実を否定した。そこで、湖のほとりにある夫人の別荘へ足を運んだのだが・・・。独自の抒情と文体で描く異色大作!~

やっぱりいいねぇ。独特の静寂さと緊張感を兼ね備えた筆致が何とも言えない。
(清水俊二氏の名訳の力も大きいのだろうが)
マーロウが依頼されたのは、単なる「人探し」のはずだったのだが、捜索を進めるうちにいつものように事件の渦中に巻き込まれていく。
山奥の湖に沈められた死体を見つけ、ついには問題の妻の情夫だった男の死体まで発見してしまう・・・
もちろん本格ミステリーのように、手掛かりや伏線がきちんと用意されているわけではないのだが、マーロウの推理は登場人物たちをそれぞれの役割へ的確に割り振っていくのだ。
本作は余計な脇道にも入らず、とにかくマーロウの推理の筋道も実に明確。

ラストに判明するサプライズについては、最初から「十二分に予想されていた結果」なので特に驚きはない。
真犯人についても意外といえば意外だが、これもまぁ想定内。
・・・って、そもそもこういうギミックを期待しているわけではないのだから、全然OK。
他の方の書評にもあるとおり、今回はマーロウと警察官とのやり取りがなかなかの読みどころ。
こういうのがやっぱり「古き良きハードボイルド」なんだろうなぁ。

作品の雰囲気も好ましく読みやすさも十分で、高評価に値する作品だと思う。
(今回、美女フロムセットとの×××シーンは結局なかったなぁ・・・)

No.2 7点
(2012/04/05 22:19登録)
チャンドラー、謎解きミステリの王道トリックに挑戦。まあメインの方は、最初からその可能性が高いと思っていた、と言う人が多いでしょうが。また最後のマーロウによる推理にしても、この作家にしては重要な伏線が意外にちゃんと張られていました。他の作品では独特な味を出している無駄な回り道捜査も、本作にはありません。そういう意味では、チャンドラー嫌いの人にも受け入れられやすい作品と言えそうです。しかし、やはりいかにもと思える雰囲気は感じられます。
本作で印象に残った登場人物は、警察官たちです。ウェバー警部の真面目さも悪くないのですが、それより他の二人の主要な(登場人物表にも載っている)警察官が魅力的に描かれているのです。一方は初登場時にはただ強面の嫌な奴って感じですが、いつの間にかかなり好感を抱かせるようになって、最後でのもう一人の実に渋い警察官とのやり取りにはうならされました。

No.1 7点 Tetchy
(2009/03/20 22:59登録)
本書は他の作品に比べると実に物語がスピーディに動く。原案となった同題の短編が基になっていることも展開に早さがある一因だろう。

しかし本作はミステリの定型のまま、物語が進んだという印象が拭えない。失踪した妻の捜索を依頼され、いなくなったと云われた湖に行ってみるとそこから死体が浮かび上がる。
しかしその死体は別の女性の死体だった。そしてマーロウはこのことで別の事件に巻き込まれるといった具合。

特に印象に残るキャラがいないせいか、佳作という感が否めない。

7レコード表示中です 書評