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ミステリの祭典

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メグレとルンペン
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1979年05月
平均点5.50点
書評数4人

No.4 5点 クリスティ再読
(2023/06/06 18:19登録)
そういえば船からドボン!で川に落ちて...で助かる、という設定は「第一号水門」でもそうだった。「国境の町」と連続して読んだせいもあるけども、また「川で生活する人たちの話」。シムノンって意外に「世界」のバリエーションは少ない作家みたいにも感じる。

で誰もが指摘するように雰囲気が明るめな作品で、表面的には世捨て人のルンペンの殺人未遂程度の事件。メグレが躍起になるのが不思議みたいなものだけど、ビー玉から殺されかけたルンペンに共感する場面が印象的。でもこの挫折したシュヴァイツァーみたいな元医師の造型をもう少し突っ込んでもよかったのかな、とかは感じる。元妻とか娘とか登場するわりにプロットに絡まないし。

メグレに謎解きを期待する、というのも何だけど、本作だとしつこく証言の矛盾を突いたり、意外な展開を見せるのは確かだし、「取り調べ小説」といえばそんな展開もある。まあ結局の後日譚でオチがついているわけだけども、ミステリとしての真相とかオチからはかけ離れているのも確か。でも作品の柄がどうも小さくまとまってしまうようにも感じる。
「ほんの小品」といった味わいなのが、なんとなく、もったいない。

No.3 6点 tider-tiger
(2022/05/06 16:29登録)
~セーヌ河岸を根城にする初老のルンペン。寝ているところを何者かに襲われ、川にドボンされる。メグレはルンペンを標的にした犯罪を扱った経験はない。なぜルンペンを狙ったのか。このルンペンは何者なのか。ルンペンは選挙で勝てるのか。~

1962年フランス
フランス大統領選のニュースを耳にして、なぜだかこの作品のことを思い出しました。
訳者あとがきにもあるとおり、本作はほのぼの明るい雰囲気が横溢しています。導入部から『はじまり』を思わせるような前向きな文章が多く、色彩も清々しく明るいのです。メグレ警視は飯でも食いに行こうとしているのかなと思いきや、なんと事件の現場に向かうところ。そんな感じがまるでしない導入です。
このあとの展開も人物、エピソードともにほのぼの愉しい。
メグレが医師と対決する作品はけっこうあります。『間違う』『たてつく』『バカンス』などなど。シムノンは医師という職業に知性の象徴として強い思い入れがあるのでしょう。メグレと医師の対決は緊迫感をはらんだ名場面が多いのです。
本作にも変種ではありますが、対決があります。この対決さえもがほのぼの、清々しいものなのです。
それほど大した作品ではありませんが、なんだか微笑まずにはいられません。シムノンとしては珍しい読み味で、その特異性もあって自分にとってはとても印象的な作品です。

シムノンは常識的な人間ではないのでしょうが、常識がどのようなものであるのかはよく理解している作家だと思っています。そして、メグレ警視シリーズは基本的にはリアリストの視点で書かれたものだと考えています。ところが、本作は理想主義者の視点に立って書かれているかのよう。
『メグレと首無し死体』で登場したような、人生から逸脱し、己を汚そう汚そうとする理想主義者が本作にも出てきます。が、本作の理想主義は悲壮なものにはなりません。
シムノン作品の重要なテーマ『人を裁くことの難しさ』『かつての生活、かつての自分からの逸脱』はリアリストの視点に立つと悲壮なものになりがちでしょう。ですが、これらがどこか明るく、ユーモラスに語られるのが本作の特殊性(あくまでシムノン作品では特殊)です。
本作のラストはリアリストの立場からすれば絵空事でしょう。ですが、ルンペンという設定がここで活きてくるわけです。彼が死ななかったことも大きい。
メグレは仕事としては苦渋を味わいますが、理想主義者であるルンペンがリアリストであるメグレ警視の『理想』『思想』を体現してくれた話とも読めるのではないでしょうか。

シムノンは10日間ほどで作品を仕上げるらしいのです。登場人物になりきって全神経を集中して書くため、消耗が激しく、それ以上は耐えられないからだといいます。
メグレシリーズの執筆は息抜きだとシムノンは言っていたそうですが、本作はシムノンにとってもメグレ警視にとってもまさに息抜きとなった作品ではないでしょうか。
シムノンは消耗しながらも大いに愉しんでいたのではないでしょうか。そんなことを妄想してしまう作品です。

No.2 6点 人並由真
(2020/09/18 05:07登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月25日。セーヌ河の河岸で年配のルンペンが何者かに襲われて重傷を負った。彼は元医者らしくそのまま「お医者さん」と呼ばれ、近所の一部の住民にそんな身の上ながら敬愛されていた。誰が何の理由で、わざわざルンペンなど襲ったのか? 部下のラポワントを伴ったメグレは捜査に着手するが。

 1962年のフランス作品。久々にメグレものの長編を読んだ。実のところ手元近くに何冊か河出の「メグレシリーズ」はあったが、みんな変化球っぽい内容みたいなので、どうせ久しぶりに読むならシリーズの正統派風のものがいい、と思ったのだった(それで家の中から未読のこれを見つけるのに、ちょっと時間がかかった)。

 でもって本作の内容の方だが、地の文に、フランス国内を騒がす大事件なみに、(たかが……と言ってはいけないが)初老のルンペンの傷害事件に躍起になるメグレを揶揄するような、囃すような文章が出てくる。とはいえ読者のこちらは、メグレがそんな被害者の社会的格差を理由に捜査ぶりに差をつけるような人間だとはハナから思っていないから、こんな煽りめいた叙述も大して心に響かない。
 
 そんな意味では、どこまでいっても全体に地味な一編ではあったが、メグレ夫人の積極的な内助の功、「お医者さん」の仲間のルンペンや彼のもとの家族たちの描写など、シムノンのメグレものの世界を普通に築いて快い。ミステリとしては、後半になって物語の比重がある側からあるサイドにがらりと切り替わる瞬間がミソか。まああまり詳しくはここでは言えない。
 クロージングはちょっとひねった、変化球の終わり方を迎えるが、それなりの余韻があるのは良い。たぶんなんとなく、物語の先に来る、とある展開を読み手に想像させようとしている雰囲気もあり、そこもまたこの作品の味。
 突出した部分はそう多くはないが、メグレものの長編としては普通に楽しめる佳作でしょう。

No.1 5点
(2012/04/02 22:48登録)
3月25日、春らしい天候になり、メグレが久しぶりにコートを脱いでラポワント刑事と殺人未遂事件現場に向かうメグレ警視。この暖かな空気が、作品全体を覆っています。
途中で短編集『メグレと無愛想な刑事』収録の『誰も哀れな男を殺しはしない』事件を引き合いに出して、セーヌ川の橋の下で静かに生活しているルンペンをわざわざ殺そうとする人間なんていないものだが、というのが謎だと言えます。メグレが夫人に手掛けている事件のことを語るのも珍しいことで、そんな妙な雰囲気のある話です。
ミステリとしてなら、人情派ホワイダニットとしてもたいしたことのない結末ですが、それよりも殺されかけたルンペンの生活と人生観を描いた作品という感じがします。犯人がどうなるかという部分も、普通なら不満があるでしょうが、ラストのメグレと被害者の会話で、なんとなく納得させられてしまいました。

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