空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1521件 |
No.801 | 6点 | 夜を深く葬れ ウィリアム・マッキルヴァニー |
(2015/06/30 21:54登録) 1977年度シルバーダガー賞受賞作。凝った文章が特徴で、高尚な比喩が頻出します。原題はシンプルに主役警部の名前である “Laidlaw”。ずいぶん意味ありげな邦題をつけたものです。 レイドロウ警部が主役とは言っても、彼の活躍だけを追っていく通常の警察小説パターンではありません。警察の他に、中心となる殺人事件の犯人を探し出そうとする2つのアウトロー勢力を描いた部分もかなりあり、カットバックがなかなか緊迫感を出しています。 殺人事件担当になると、妻子持ちであるにもかかわらず1人でホテルに泊まり込んで事件捜査にのめりこむというレイドロウ警部の極端なキャラクターは、個人的にはさすがに理解の範囲を少々超えています。訳者あとがきによると、ロスマクはこの警部に魅了されたと言っているそうですが。一方彼とは犬猿の仲のミリガン警部の型にはめ込むプロフェッショナリズムもちょっと誇張が過ぎるかなと思えました。 |
No.800 | 8点 | 八百万の死にざま ローレンス・ブロック |
(2015/06/24 23:20登録) 実はジェフ・ブリッジスが主役を演じた映画版を公開時に見ていたのですが、たいしたことはなかったという印象のみで、話は全く記憶に残っていませんでした。それで今回原作を読んだ後WEBで粗筋チェックしてみたところ、内容はここまで変えるかとあきれるほど違っていました。 最後近くまで読んできて、なんとなく思い浮かべたのが『長いお別れ』。あの名作がマーロウとテリー・レノックスの友情物語でもあったように、本作ではマットとチャンスの友情物語でもあると思ったわけです。この娼婦のヒモの黒人というチャンスが実に魅力的に描かれています。二人の友情は、中心となる事件と直接の関係はありませんが、事件が解決した後の部分が抜群にいいんですね。 タイトルの意味は他の方々が書かれている通りですが、ロスマクの ”The Way Some People Die”(『人の死に行く道』)をも踏まえているのではないでしょうか。 |
No.799 | 4点 | 津和野の殺人者 中町信 |
(2015/06/21 11:54登録) これもプロローグに叙述トリックが仕掛けられているのかと疑惑の目で読んだのですが、それほどのことはありませんでした。それでも、もちろんちょっとしただましの意味はあります。 謎の提出の仕方はさすがで、最初のうち様々な疑問点が山積みになっていくところはおもしろいのですが、その後がどうも冴えません。3番目以降の殺人では、誰もが意味もなくある秘密を隠したままでいて、その秘密保持のために次々に殺されていくという、ご都合主義な展開に馬鹿馬鹿しさを感じたのです。 真相が明らかになってみると、最初の事件ではあまりにも偶然を使いすぎていますし、第2の殺人のダイイング・メッセージも、不自然なものでした。メッセージの数字の意味は推理できるタイプではなく、誰にも理解できないものなのですから。まあ読者にとっては、数字の意味に意外性があるとは言えますけど。 |
No.798 | 6点 | 雨の殺人者 レイモンド・チャンドラー |
(2015/06/16 22:26登録) 最初の『雨の殺人者』の一人称探偵役には、当然ハメットからの影響でしょうが、名前がありません。マーロウでも問題ないと思いますが。いかにもな雰囲気ですが、ちょっとごちゃごちゃした感じがします。 『カーテン』は内容的には『大いなる眠り』を思わせますが、冒頭の1文「はじめて私がラリー・パッツェルを見かけたのは、『サーデイ』の店の前で…」は言わずと知れたあの作品そっくり。 『ヌーン街で拾ったもの』の探偵役は麻薬課の潜行刑事で、これはさすがにそのままマーロウものにするわけにはいきません。本集中でもかなり気に入っている作品です。 『青銅の扉』は異次元への(?)扉を手に入れた男の話で、完全にファンタジー。第3集収録『ビンゴ教授の嗅ぎ薬』以上の異色作です。 そして最後の『女で試せ』ですが、昔の恋人を探す大男という設定は『さらば愛しき女よ』の元ネタながら、結末には大きく異なる点があります。どっちの結末がいいか、うーん… |
No.797 | 6点 | おばちゃまはシルクロード ドロシー・ギルマン |
(2015/06/13 10:14登録) ミセス・ポリファックス・シリーズ第6作の舞台は中国。 今回は誰が相棒なのかという、意外な謎があるのが、前半の見どころです。ミセス・ポリファックスがある任務を果たした後で、その相棒の方から接触してくるのを待つという設定で、わざとらしい感じもしますが、楽しめます。その後は相棒の計画にトラブルが発生し、悪役の登場ということになるのですが、作中で弁解しているとは言え、この悪役の行動はやはり間抜けでした。 ミセス・ポリファックスにこんなことまでさせるのかと違和感も覚える一応のクライマックスの後、登場する中国の警察官が頭脳明晰な人格者です。これは現代中国に対する作者の敬意の表れかかもしれませんが、かえって不自然になっていると思いました。検死で凶器の特定はできないはずですし。 このエピローグ、シリーズはまだまだ続くわけですが、以後の設定はどうなっているのでしょうか。 |
No.796 | 7点 | フリージア 東直己 |
(2015/06/09 23:29登録) 東直己の作品は初めて。本作の主人公である殺し屋の榊原健三が登場する作品は後に2作書かれ、第2作が日本推理作家協会賞を受賞した『残光』ですが、こういう作品はシリーズ化してもらいたくないような気もします。 この作家らしく札幌を舞台にしていますが、暴力団同士の抗争を背景にしたハード・アクション小説で、迫力があります。この主人公、ダーク・スーパー・ヒーローって感じで、次から次へと人を殺していきます。しかし冷酷な悪役ではなく、過去に関係のあった多恵子を守るため。ただし多恵子とどんな関係があって、どんな事件が過去に起こったのかは、ほとんど描かれていません。 ハード・ボイルドなキャラクターということでは、謙三よりも丹沢刑事の方がそれっぽい印象を受けました。何を考えているのかわからないと他の登場人物たちから不思議がられる人物ですが、クライマックス直前、それが明かされてみるとなるほどと納得させられました。 |
No.795 | 6点 | 恋人たちの小道 ナンシー・ピカード |
(2015/06/03 21:35登録) 第1回アンソニー賞(1986)のペーパーバック賞受賞作。 主人公のジェニファー・ケインは市民財団の所長というキャリア・ウーマンで、町の経済復興計画をめぐる事件に直面します。甘ったるい印象の邦題とは全く関係ない内容だなあと思いながら読み進んでいたのですが、最後近くになって、この小道のことはほんの少しだけ言及されていました。しかし特に事件と関係あるわけでもなく、原題の “Say No to Murder”を踏まえた邦題にできなかったものか思います。 諮問委員たちの集まっている桟橋にトラックが突っ込んできた理由には、教会での事件が起こってみると疑問が出てくる(そんな必要がない)ので、そこが事件解決の鍵かと思ったのですが、結局その点に関して説明はありませんでした。 miniさんが『死者は惜しまない』評で書かれているように、コージーとハードボイルドの中間的なスタイルで、ジャンル分けはしにくいのですが。 |
No.794 | 6点 | 探偵を捜せ! パット・マガー |
(2015/05/31 15:33登録) マガー初期4作は、邦題では『七人のおば』以外同一パターンですが、原題には統一性はありません。で、本作の原題は “Catch Me If You Can”。同じタイトルのスピルバーグ映画もありましたが、話はまるっきり別物です。鬼ごっこ等で使われる慣用句ですが、これがなるほどと思わせられます。Me が主役の殺人者とも、探偵とも解釈できるわけで、最後にどっちに転んで一件落着となるかは、読んでのお楽しみ。 犯人がどんなトリックを使うか、またどんな手がかりが残されているかといった興味の「倒叙」ではありませんし、犯罪心理小説系とも言い難い。探偵探しの趣向であれば、当然主人公は犯罪者になるにしても、じっくり謎解きタイプにもできたと思いますが、探偵がいる「雪の山荘(ホテル)」の中でさらなる殺人を犯したりして、なかなかサスペンスがありました。ただし、最後に主人公が手がかりに気づくところは嘘っぽいですね。 |
No.793 | 6点 | 函館水上警察 高城高 |
(2015/05/25 22:18登録) 和製ハードボイルドの草分け的存在だった作者が、久々に筆を執った本作は、明治時代の函館港を舞台にした警察小説でした。一応4作収録の連作短編ですが、話としてそれぞれが独立しているわけではなく、特に第1作『密猟船アークテック号』(密漁ではなく密猟。獲るのはオットセイやラッコ)でのもやもやした結末に第4作『スクーネル船上での決闘』で決着をつけていて、全体としてみればマクベインなど警察小説にありがちなモジュラー型とさえ言えそうです。期間的にも明治24年の夏から秋にかけての事件というわけで、連続性が重視されています。 そのシリーズの他にもう1編収録された『坂の上の対話―又は「後北游日乗」補遺』は森鴎外が21歳の時函館を訪れたことがあるという記録を基にしたフィクションですが、コレラで最初に死亡した2人は何者なのかという謎の設定があって、ミステリ度はこの作品が最も高いとも言えそうです。 |
No.792 | 7点 | エステルハージ博士の事件簿 アヴラム・デイヴィッドスン |
(2015/05/22 22:26登録) 20世紀初頭、バルカン半島にある架空の帝国を舞台とした連作短編集で、1976年度世界幻想文学大賞(アンソロジー短編集部門)を受賞した作品です。 タイトルが「事件簿」となっているからといって、アシモフみたいなSF系の謎解きミステリを期待してはいけません。最初の『眠れる童女、ポリー・チャームズ』では、架空帝国の首都ベラが紹介された後、警視総監がエステルハージ博士を訪ねてくるシーンから始まります。レストレード警部がホームズに難事件について知恵を借りに来たようなものかと思いきや、何のことはない、眠れる童女の見世物見物の誘いに来ただけという、おとぼけぶりです。 結局収録8編のうち、ミステリ(本格派ではない)と断言できるのは、『エルサレムの宝冠 または、告げ口頭』のみ、他に『真珠の擬母』もそう言えるかなあという程度です。エステルハージ博士を案内人とした不思議な架空帝国巡りを楽しむ作品です。 |
No.791 | 6点 | 暴走 ディック・フランシス |
(2015/05/19 23:45登録) 競馬スリラーの中でも、本作は舞台がイギリス国内ではなくノルウェーである点が珍しいと言えるでしょうか。開幕早々、その10月の冷たい海中に、主人公は投げ出されてしまいます。まだどんな事件かほとんど説明されないうちからの危機一髪シーンという構成は、期待を抱かせます。 主人公は英国ジョッキイ・クラブ調査部主任で、冒頭のつかみの後は競馬の売上金盗難事件に関する聞き込み調査になります。で、80ページぐらいで早くも、調査結果から事件のからくりを説明してしまいます。この推理が非常に論理的ですし、以後についても本作はかなり謎解き的要素を重視した作りになっています。一方でさらに主人公が殺し屋に狙われたり、自動車爆発シーンがあったりと、派手な見せ場もあります。 ただ、フランシスとしては緊迫感は並み程度かなというところでした。締めくくり方も悪くはないのですが、鮮やかさには欠けるかなと思いました。 |
No.790 | 3点 | 大阪経由17時10分の死者 津村秀介 |
(2015/05/13 21:42登録) 鉄壁のアリバイ崩しなんて言葉がカバー表紙には印刷されていますが、メインの謎は著者の言葉にもあるように、動機です。全く接点のなさそうな2人の男が横浜と奈良で殺されますが、両方の現場に梶井基次郎の同じ文庫本が残されていて、凶器のナイフも同一の品、というわけで、謎の提示はなかなかのものです。 しかし、動機不明なまま指紋から犯人が特定される件、さらにスナックでの聞き込みで文庫本の謎が解けるところなど、かなりご都合主義です。だいたい、計画殺人なのに犯人が指紋を文庫本に残すこと自体、変な話です。横浜の殺人の方で犯人が文庫本を落としたのも、偶然なのか故意なのか、結局はっきりしません。 最後にはアリバイ崩しになりますが、これも鉄壁どころかごく平凡な発想で、しかも尋問者から当然の質問をされれば答に窮するはずというわけで、どうも冴えない作品でした。 |
No.789 | 6点 | 誘拐 ビル・プロンジーニ |
(2015/05/10 12:04登録) 名無しの探偵シリーズ第1作。 このラストには驚かされました。ミステリ的な意外性では、結局やはりそうだったかというところなのですが、最後の殺人後の真犯人の描き方にびっくりさせられたのです。これだけで評価はある程度アップします。 誘拐犯の1人が霧の深い金の受け渡し場所で何者かに殺されるというストーリーは、なかなかおもしろくできています。なぜ「私」が受け渡し場所をある程度離れてから殺人を行わなかったのかという疑問は、早い段階で提出された上、それなりの答はすぐに出されるのですが、最後に至っても結局すっきり解決されませんでした。さらに、その殺人に関して、犯人はどうやってある知識を得たのかという点も、真相がわかってみると、かえって疑問が出てきます。 細かく言えばそんな疑問もあるのですが、矛盾があるというよりも説明不足という感じなので、まあ許容範囲かな、というところです。 |
No.788 | 5点 | 赤き死の香り ジョナサン・ラティマー |
(2015/05/04 22:59登録) ビル・クレイン・シリーズ5作目にして最終作。 この作家にはスピレイン等のようなハードさはなく、途中でクレインがギャングに捕えられる窮地にしても、あっさり助かってしまい迫力がありません。一方、持ち味のコメディ・タッチは『処刑6日前』より増していますが、後の『シカゴの事件記者』ほどでもなく、ちょっと中途半端な感じがしました。クレインが酒にだらしないのも、むしろうんざりさせられます。そんなわけで連続一酸化炭素中毒死の事件の推移は、途中までは今ひとつ乗り気になれません。 それでも最終段階で、探偵事務所長の娘アンの独自調査とのカット・バックを利用したり、銃撃アクションを入れたりして、なかなか楽しませてくれました。犯人の意外性や伏線は、さすがにうまくできていると思います。殺人未遂に終わった事件については、この発想に対して批判的な人もいるでしょうが、個人的には気になりませんでした。 |
No.787 | 7点 | 喜劇悲奇劇 泡坂妻夫 |
(2015/05/01 21:54登録) 作中に散りばめられた回文は、たぶん作者が作り溜めていたものでしょう。『亜愛一郎の転倒』中の『意外な遺骸』でも回文は使われていましたしね。船の中という限られた空間の中で次々に起こる事件は、ごちゃごちゃと絡まりあったまま、真相解明まで転がり続ける感じがしました。 犯人が分かりやすいという人が多いようですが、どうなんでしょう。第15章で動機が明確になった後は、もう推理と次の殺人とが並走して、終章の派手な結末まで一気呵成ですから、作者ももはや犯人が誰かを隠そうとはしていないと思うのです。一方第14章以前では、序章で使われたトリックがある程度推測できていないと、犯人を見破ったことにならないはずなのですが、犯人が分かりやすいとは、トリックの見当がつきやすいという意味なのでしょうか。個人的には、第15章で初めて疑惑を持ったのですが。 蛇足(妙な自慢):持っているカドカワ・ノベルズ版には、作者に筆名と本名、両方のサインをもらっています。 |
No.786 | 6点 | ロセアンナ マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー |
(2015/04/29 09:35登録) スウェーデンの夫婦作家による警察小説シリーズの第1作は、身元不明の女の死体発見シーンから始まります。その死体が、観光船から投棄された可能性が浮かんでくる経緯、被害者の身元が題名のロゼアンナだと判明する経緯など、偶然ではあるのですが、ていねいに調査を続けていれば、そのうち明らかになるのが当然という気もします。実際、事件の輪郭は何ヶ月もかけて、少しずつ見えてきます。テンポは遅いのですが、退屈ではありません。 しかし意外に早い段階で、容疑者は絞られてしまいます。後、全体の3割ぐらいも残っているのにこれからどうするのだろう、それともこの容疑者はダミーか、等と思ったのですが、後はどうやって逮捕にこぎつけるのかが、じっくり描かれていました。逮捕後、犯人の自白で明かされる動機はかなり意外です。ただ、ラストでの囮捜査のサスペンスだけは、作りものっぽくなってしまったという感じがしました。 |
No.785 | 7点 | ブルー・ドレスの女 ウォルター・モズリイ |
(2015/04/21 22:33登録) 原作は1990年に出版され、シェイマス賞と英国推理作家協会賞両方の新人賞を受賞したという、評判作です。 時代設定は1948年。一人称の語り口は、通常のハードボイルドがいつそれを書いたのかという疑問を無視しているのに対して、当時は~だったというように、過去を振り返っているところが見受けられます。 黒人とユダヤ人夫婦の間に生まれたモズリイですから、人種差別をテーマに据えるのは当然でしょうし、だからこその時代設定と言えそうです。世評の高さも、そのテーマのとり上げ方によるところが大きいでしょう。プロット自体は特に優れているとは思えませんでした。ただし、原題は “Devil in a Blue Dress” ですから、主人公のイージー(エゼキエル・ローリンズ)が捜す女が怪しげなことは明らかですが、彼女の秘密には驚かされました。なお、イージーは本書ラストで私立探偵になり、シリーズ化されることになります。 |
No.784 | 6点 | 殺人者の空 山野浩一 |
(2015/04/18 09:22登録) J・G・バラードのファンとしては、同じニューウェーブSFの作家ということで名前は知っていた山野浩一ですが、実際に読むのは今回、表題作など6編を収めたこの短編集(仮面社版)が初めてです。 このタイプの元祖といえばやはりカフカ。彼の持つ絶望的な重いリアリティに明確な科学的根拠を与えて理知的に(しかも熱狂的に)世界を構築したのがバラードだとすると、山野浩一は科学的な説明を多少入れることはあるにしても、むしろ不条理な世界を奇妙な明るさ、軽さを持ってそのまま描いた、安部公房に近い作風です。果てしなく続き渡ることが不可能なハイウェイ(『メシメリ街道』)、地球上からの加速度的な人間消失(『Tと失踪者たち』)など、理屈が全く通らない世界です。そして主人公の自己喪失感、『首狩り』中の言葉では「どのみち私には敗北しかない」という感覚が、ほぼ全作品に共通しています。全然ミステリではありません。 |
No.783 | 6点 | 死者のノック ジョン・ディクスン・カー |
(2015/04/12 14:14登録) 密室トリックの説明に不備があることがよく話題にされる作品です。翻訳の問題なのか、原文も間違っているのか、議論もあるようです。 しかし個人的には、ずいぶん以前に読んだ時にそのことには全く気づかず、すんなり納得できてしまっていました。原理がシンプルで、実行手順も明確なため、細かい用語の使い方は気にならなかったのでしょう。今回読み返してみると、説明自体には1ヶ所問題点があるのですが、実際の事件の設定ではその見方に対する対処ができています。 そんなわけで密室は覚えやすいトリックなのですが、それ以外は記憶に残っていませんでした。しかし再読で、フーダニットとしては他の方々も書かれているように、かなりのものだと再認識しました。体育館での理由不明な「いたずら」やある人物が何を見たのかの謎にもうまく説明をつけていますし、人物関係的な意味での犯人の設定も意外性を生み出していると思います。 |
No.782 | 5点 | トフ氏と黒衣の女-トフ氏の事件簿〈1〉 ジョン・クリーシー |
(2015/04/09 22:37登録) 500冊以上もの小説を書いたジョン・クリーシーですが、翻訳作品はJ・J・マリック名義のギデオン警視ものを除くと、本作より前にはほとんどありません。 原題は ”Here comes the Toff”。”Toff” とは固有名詞ではなく、上流階級のダンディーな紳士を意味することは、訳者あとがきだけでなく、小説の冒頭部分にも書かれています。そんな言葉を「トフ氏」としたことを訳者は「これで勘弁していただきたい」と断っていますが、個人的には悪くないと思います。 巻頭に置かれた「読書の栞」で、横井司氏は、トフ氏を遠山の金さんにたとえていますが、なるほどと納得のいく内容です。それも主役のキャラクターだけでなく、ストーリーや雰囲気にも共通点があるのです。ジャンルは冒険・スリラー系ですが、ディック・フランシス等のような緊迫感はまるでありません。ゆるい冒険を気楽に楽しむものだとわりきって読めば、それなりにといったところでしょうか。 |