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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2036件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1916 7点 午後のチャイムが鳴るまでは- 阿津川辰海 2023/10/28 08:36
(ネタバレなし)
 2021年9月。都内の「九十九ヶ丘高校」の校内で、登場人物の話題になった(あるいは心に浮かんだ)5つの<謎>を順々に語っていく連作短編ミステリ。

 作者の引き出しの多さ、広さはこれまでにも実感していたが、今回はひとつの場のなかでバラエティ感豊かなエピソードを並べ(メインの語り手たちもそれぞれ異なる)、一方で(以下略)。
 いや、相変わらずその技巧ぶりと、何よりも書き手自身が楽しんで書いている感覚は受け手のこちらも心地よい。

 一冊トータルで見て、手数の多い仕掛けのうちのいくつかは早々に見破れるが、しょせんは作者の豊富な仕込みの一角に過ぎない。
 気持ちよく、うん、やられたと思う。

 ちなみに基本的に「日常の謎」の「青春ミステリ」仕立て。
 なかには単品で読むと、ミステリ味が希薄とたぶん感じるものもあるが、それはそれで(以下略)。

 ちなみに終盤に行くにしたがって、あらぬことも考えましたが、それはたぶんこちらの思い過ごし……なんでしょうな?

No.1915 6点 隣人を疑うなかれ- 織守きょうや 2023/10/25 22:16
(ネタバレなし)
「私」こと、千葉県のアパート「ソノハイツ」に住む漫画家の卵で、今はアシスタントで生活している20代後半の土屋萌亜(もあ)は、神奈川で殺された17歳の高校中退の少女・池上有希菜を先日、近所のコンビニで見かけたことに気が付く。萌亜は隣人のフリーライターで20代半ばの小崎涼太に相談。その案件は、小崎の姉で近所のマンション「ベルファーレ上中」に住む人妻・今立晶を通じて、晶の友人で刑事の妻・加納彩へと繋がっていくが……。

 今年の新刊。大き目の活字でサクサク読める。
 かたや作者も、ついに持ちネタの法律トリヴィアを使い果たしたか、そっちの方には今回はほとんど話が広がらない。

 全体的に、赤川次郎の20~40冊目あたりの時期、書きなれてきた頃のなかでの佳作みたいな印象。話のテンポは悪くない。

 ただし真犯人の素性というか、隠し方についてはいささかチョンボ。推理小説にするように見せかけて、そうはなってない。
 もう一方のサプライズの方は、まあまあ効果を上げたが。

 あと、小説として読んで、ともにメインヒロインの一角である晶と彩のキャラ描写がどっちもなんか似てるのがアレ。もうちょっと印象深い芝居をさせあって、うまく差別化させる余地はあったような気がする。

 どっか、やや長めのフランスミステリみたいな雰囲気そのものはキライではない。

No.1914 7点 黒い糸- 染井為人 2023/10/24 18:31
(ネタバレなし)
 その年の12月。千葉県の結婚相談所「アモーレ」に勤める39歳の離婚女性・平山亜紀は、お客の会員のひとり・江頭藤子のわがままな物言いに悩まされていた。一方、亜紀の一人息子で小学六年生の小太郎の学校では、彼のクラス6-2の少女・小堺櫻子が行方をくらます事件? が発生。学校側の不備を問う櫻子の両親のクレームに苦しんだ担任の女性・飯田美樹は休職し、本来は4年生受け持ちの38歳の長谷川祐介が代理の担任を務めていた。やがて二つの場での物語は、じわじわと絡み合っていく。

 評判が良いのでフリで読んでみた、今年の新刊(書き下ろし)。
 作者はすでにそれなりの著作があるようだが、評者はこの方の作品は初読みである。
 
 帯にはホラーサスペンスを謳っており、スーパーナチュラルな要素があるのかないのかも読む前には不明。
(結局どうだったのか、もちろんここでは、それについては触れない。)

 いずれにしろ、イヤミスっぽい緊張感を漂わせながら、ぐいぐい読ませる筆力は実感。サブキャラクターたちもアモーレの所長の小木とか、小学校の校長と教頭とか、記号的になりがちなキャラシフトの人物にちょっとした印象的な芝居をさせているあたりとか「読ませる」作家らしい器用さを認める。

 真相の開示までかなり引っ張り、終盤に怒涛のごとくショッカー要素が襲ってくる構成で(ここまではギリギリ書かせてください)、「タメ」を受けたクライマックスの迫力はなかなかのもの。クロージングには少し思う所もあるが、まあこれはこれで。
 ひと晩、十分に楽しめた。評価は0.25点くらいオマケか……な。

No.1913 6点 失踪- 高木彬光 2023/10/23 18:51
(ネタバレなし)
 その年の9月。後楽園球場では、東京イーグルスと大阪ジャガースの今期のペナントレースの流れに関わる重大な試合が展開していた。その試合でイーグルスの若手投手・渡部信治は好調なピッチングを披露するが、なぜか波に乗った勢いのなかで降板。試合後にそのまま球場から人知れず、姿を消した。一方、その試合中に、青年弁護士・百谷泉一郎の自宅を訪ねる若い女性があり、泉一郎が不在ななか、妻の明子が応対する。が、訪問客の「山本あや子」は明子が席を外した客間で持参してきたトランジスタラジオを取り出し、野球中継を熱心に聞き入った。そして泉一郎が、たまたま友人で大のイーグルスファンの村尾利明を伴って帰宅すると、娘は逃げるように百谷邸から姿を消した。それぞれの奇妙な出来事は、やがて殺人事件へと連鎖してゆく。

 角川文庫版で読了。
 弁護士・百谷泉一郎&その愛妻・明子シリーズの第五長編で、もともとは昭和37年9月から「週刊読売スポーツ」誌に「殺人への退場」の題名で連載された作品。
 
 文庫解説の権田萬治によると、作者の高木はプロ野球をよく知らない、ふだんは特に興味もないと称していたらしく、なるほどそう意識して読むと野球の試合そのものの叙述は序盤のみに固まり、そこでノルマを果たしたという感じ。一方で当時のトレードシステムの裏事情などの情報はしっかり押さえてあり、その辺はきちんと高木本人か編集者、周辺スタッフが取材したのであろう。
 なお事件の中身は、プロ野球ファンの間で野球賭博が行なわれているという事態の露見にもつながり(早々に判明するので、この辺までは書かせて下さい)、スポーツ専門誌でそういう悪いイメージの文芸設定導入して良かったんかいな、という気もする。その辺は昭和らしい大らかさか。

 ミステリとしては良くも悪くも薄口だが、犯人の意外性などはちゃんと意識しているようだし、殺人状況の中でのトリックもビギナークラスのものながら用意されている。
 高い期待をしなければそれなりに面白い、昭和の空気の中での垢ぬけた、夫婦探偵もののB級の昭和パズラー。明子もところどころ、夫以上に名探偵。この事件のなかで泉一郎のライバル格となる警視庁の速水恒男警部のキャラもいい。
 ただし題名にもなった渡部選手の失踪についての謎の興味は、あまり面白くない。

 角川文庫版の180ページ目で泉一郎の最初の事件『人蟻』の回想が出てきて、本人は今でも同事件を相応に記憶に留めているようなのが興味深い。
 佳作。

No.1912 5点 丘をさまよう女- シャーリン・マクラム 2023/10/21 21:33
(ネタバレなし)
 1993年9月半ばのテネシー州。1968年に服役した無期懲役囚で、現在63歳のハイラム(ハーム)・ソーリィが脱獄、逃亡した。精神に障害があるソーリィは、自分が服役時の年齢で家族もそのままだという認識のまま、かつての自宅があった地域に向かうが、ウェイク郡のそこは18世紀後半にインディアンにさらわれた娘ケイティ・ワイラーの魂が今もさまよう地であった。郡保安官事務所のスペンサー・アロー保安官、助手希望のマーサ・エアーズはハームの行方を気に掛ける一方、目前の事件を追う。かたやハームの元妻リタとハームの実の娘のシャーロット(シャラーティ)は、ハームの接近を意識。そして地方ラジオ局のDJ「北部者のハンク」ことヘンリー・クレッツァーは、68年にハームが行なったとされる殺人事件の裡の、世に知られざる真実を掘り起こそうとしていた。

 1994年のアメリカ作品。
 作者の看板シリーズのひとつで、テネシー州アバラチア地方を舞台にした<アバラチア・シリーズ>の三作目。

 評者は青年時代に、同じ作者マクラムの『暗黒太陽の浮気娘』(シリーズ探偵は大学教授ジェイ・オメガ)を読了。
 SFコンベンションを舞台にした軽快かつヲタクの心を突いた内容を、ところどころ爆笑しながら目いっぱい楽しんだ記憶がある(同作への私的な思い入れは、メタ的な主要ギャグを今でもひとつふたつ覚えているくらいだ)。

 そんなわけでしばらく前にふと思い、マクラムの作品はあれ以降翻訳されてなかったのか? とネットを検索したら、その後の邦訳を数冊確認。
 ただしシリーズキャラクターの探偵役や物語設定はまるで別の路線みたいである。それでもまあ、あの(あれだけ面白かった)作者の作品なら、それはそれで楽しめるだろ? とネットで古書を入手。一昨日前から二日かけて読んでみる。
 なおジャンルは、捜査小説という要素が多いので、その意味で警察小説ということでひとつ(厳密には主人公たちは保安官事務所の面々だけど)。

 中身の方はまさに事前の情報通り、軽妙な『暗黒太陽の浮気娘』とは全く異なる、薄暗くて重厚な作風(まるで猫十字社の『黒のもんもん組』と『小さなお茶会』くらいの差異だ)。

 ある程度予期はしていたものの、うん……まあ……とにかくと、読み進める。ちなみに本書は本国アメリカで、
・アントニー(バウチャー)賞
・アガサ(クリスティー)賞
・マカヴィティ賞
さらに
・ネロウルフ賞
 まで受賞の四冠王である(!)
(少なくとも最初の三作はその年度の最優秀長編賞。)

 その辺の面ではさすがにおのずと期待はふくらみ、さらに冒頭のプロローグ、特殊な霊感を持つらしい老婆ノラ・ボーンスティールが、18世紀のインディアン災禍の被害者の娘ケイティの亡霊らしきイリュージョンを見るあたりから独特のゾクゾク感を見せてはくる。
 キングやクーンツの全盛時代に、スーパーナチュラル要素を味付けに用いたローカルミステリかなという気分で読み進むと、群像劇風にカメラアイの切り替わる主要登場人物たち(ハーム、保安官事務所、リタの現在の家族。DJのハンクほか)の素描は実に丁寧に語られ、それなりに読ませ……はするのだが、話の進行が緩慢で物語の事件性、秘密度などもさほど感じられない。
 一方で、土地のネイティブアメリカンとの因縁についてはかなり執拗に描かれ、アメリカ文学界ではこの辺がウケたんだろうなあ、という感じである(あ、あともうひとり主要人物として、民族歴史学者ジェレミー・コップのフットワークによる学術調査も相応の紙幅を費やして語られる)。
 ただすみませんが、東方の島国の自分には、さほどその叙述に価値も興味も見いだせない。ごめん(汗)。

 後半3~4分の1になって大きな事件が生じ、ようやくマトモなミステリらしくなるが、その頃にはどうにも読み手のこちらのテンションが下がってしまっていたし、一方で事件の構造も犯人も、登場人物がかなり多いわりにストーリーの進行がそれぞれのブロックのキャラクターごとで縦割りなので、じゃあ、真相はこんなで犯人はあの人だろうね、と推察したら、やっぱりであった。
 う~ん。正直、ツライ。

 読後に今回もTwitter(X)などで本書の感想を拾うと、傑作といっている人がいてビックリ(え~、どこが!?)。一方でAmazonでのレビューなどではそれぞれ☆三つで、やや不満めいた感想の方が目につく。うん、個人的には後者のリアクションの方に賛同。

 結局この作者、現在ではまったく日本では忘れられてしまったようだが、さもありなん、という感じ。少なくとも大半の日本人とは縁が薄い作風だったのでは、と思う。

 どうせなら、もうちょっと前述のジェイ・オメガものの方を翻訳紹介してほしかったなあ。いや実は本書(『丘を~』)の訳者あとがきでも、そっちの方も今後も出したい旨、言ってるんだけどね。たぶんこの作品『丘を~』自身が可能性の息の根を止めた気もする(汗・涙)。
 今からでもワンチャンないですか?

No.1911 7点 最恐の幽霊屋敷- 大島清昭 2023/10/19 19:25
(ネタバレなし)
 2018年。「私」こと中板橋にある「ナイトメア探偵社」の代表・獏田夢久(ばくた ゆめひさ)は、学友で不動産会社を営む尾形琳太郎から、彼が扱う物件に関連した相談を受ける。それは栃木県Sにある「最恐の幽霊屋敷」との異名を持つ一軒家で起きた、複数の怪死事件についての再調査だった。

 作者お得意のホラーミステリ。今回はかなりホラーの要素が濃厚だが、読み手の隙を突くようなタイミングでミステリの興味を打ち出してくるので、そこら辺はなかなかテクニカル。
 幽霊屋敷の大設定として、さる事情から8つもの別の悪霊が一か所に集結した場であり、それぞれの悪霊にからむエピソードも物語の中で入れ子構造的に語られながら、妖しい均衡と混沌の世界観が築かれる。
(ちょっと、現在、深夜アニメで放映中のホラー漫画『ダークギャザリング』を想起した。)

 読後にX(旧Twitter)で先に読んだ人の感想を窺うと、途中までは怖いが、(そのJホラーとしてのボリュームに)だんだん感度が麻痺してくる、という主旨の感慨を語っている方がおり、自分の感触も、これに近かった。
 いやでも、ところどころ、やっぱり、かなり怖いけれど。

 終盤のサプライズの波状攻撃は、こういう作品の形質とあいまって結構なインパクトがあった。

No.1910 9点 日本沈没- 小松左京 2023/10/19 04:46
(ネタバレなし)
 その年の夏。海洋事業関連企業「海底開発KK」に所属する潜水艇の操縦士で30歳の小野寺俊夫は、知己であるM大学の幸長助教授の恩師、田所雄介博士の依頼で、小笠原諸島北方の海域に調査に向かう。田所の専攻は地球物理学で、彼は同海域で短期間のうちに島が沈んだ怪事件を気に留めていた。やがて海底開発KKの誇る深海一万メートルまで潜行可能な高性能潜水艇「わだつみ」の中で田所と小野寺が見たものは、日本海溝の異常現象「乱泥流」。当初はまだ誰も確信に至っていないが、実はそれこそは、日本列島崩壊の序曲であった。一方、小野寺は上司・吉村の引き合わせで、名家の令嬢ながら自由奔放な美女・阿部玲子と見合いし、お互いを強く意識するが。

 今年の半ばまででの各社の各種の書籍版の総計を試算すると、すでに通算490万部(!)売れた小説だそうで(これから数年内には500万部いくか?)、図書館を利用したり当方みたいに古書で接した者まで勘案すれば、天文角的な数の読者に読まれた作品であろう。たぶん間違いなく、日本で最も多くの人々に幅広く浸透した長編SFなのだろうと推する。正に国民的作品。

 評者の場合、新旧の映画も二本のテレビシリーズも先に観た身であり、刊行後半世紀してからようやく初めて読んだ原作小説である。
 で、世代人としてはもちろん、元版のカッパノベルス版をネットで古書で入手して読んだ。その初版が昭和48年の3月20日。そして自分が今回手にしたのが、同年10月20日発行の……さんびゃくにばん!(302版!!)。いったい当時のわずか七カ月の間に、何十回・何十か所の印刷所と制本屋が、稼働したのであろう(大汗)。

 で、初読の小説版の感慨だが、とにかく情報量が多い。
 評者の場合、小松左京の長編は『日本アパッチ族』に続いて本作が二度目なので、長編作家としての作家性に関しては、ほとんど何も知らないようなものだが、いずれにしろ、この本作の中では、地球物理学、国家論に人種論、文明論、政治力学、グローバルな世界経済に宗教論、都市文化論……とにかく隙があらば、物語の流れに枝葉的に関連していく事項をすべてあまねく語り尽くそうという勢いで、あまりにも重厚な小説世界が紡がれていく。

 もちろん当時、各分野に子細なリサーチを行なったとはいえ、半世紀前の自然科学の見識で文明観であり、なかには「大事がなければ21世紀の日本は世界トップの経済大国となっているはずだ」などという、現実を鑑みれば苦笑ものの未来展望などもあるが、作中での主張のうちの相応のものが、時代を超えた普遍性を伴って読み手の胸に突き刺さる。

 改めて『日本沈没』という一大フィクションタイトルに関しては、映像作品だけ観て分かった気になっていたら、とんでもない勘違いだろうね(まあ、そんなのは『日本沈没』に限った話ではないし、一方で実は自分なんかは、新旧の映画も、同じく新旧のテレビシリーズも、別種の距離感と賞味の仕方でそれぞれにスキではあるのだが、)

 原作小説をしっかり読むと、旧作映画ではD1計画のなかで大きな役割を負いながら、時間の尺の事情からか人物像はさほど書き込まれなかった幸長助教授など、小説では小野寺との距離感や私生活の点描などもふくめてあざやかな存在感を見せる。
 さらにもうひとりD1の重要人物で、こちらは旧作映画では登場もしなかった(幸長にキャラクターを統合されたともいえる)天才数学者で情報工学の中田一成など、最大級の逆境のなかで自分の激情を押さえるその冷徹さを「あれならハードボイルド派の私立探偵だって開業できそうだ」と傍から評される。うん、実にカッコイイ。まさか『日本沈没』の中でこんな私立探偵小説好きのミステリファンが喜ぶレトリックが読めるとは思えなかった(笑)。
(なおミステリ的な側面としての本作は、物語の裏テーマの部分で、某主要人物の行動の真意が意外性として描かれる、ホワイダニット? めいた要素もあることだけ、ここでは最低限語っておく。)

 小野寺、玲子、田所博士、渡老人など、映像化作品の方で高名かつ人気のメインキャラクターたちも、それぞれ原作小説のなかでこそ見出せる叙述が豊富。
 特に物語の全編を通じ、D計画の周辺でほぼずっと活躍し続けた、特殊な立場の民間人青年=小野寺俊夫の軌跡は、確実にこの大作のひとつの軸となっている。
 中盤、多忙なD計画のさなか、小野寺が自宅のマンションに戻ると無法なヤク中の若者どもに自室を占拠されており、小野寺は一同を表に叩き出すのだが、最後になんとなくただひとり残ったわびしそうなたたずまいの娘にただの一言も具体的な事は告げずに「これで今のうちに平和な日本での楽しい思い出をつくっておけ」と心の中で叫びながら、当惑する相手にいくばくの金を渡す。そんな切ない描写が、すでにそこまでのヘビーな展開でかなりのサン値を奪われて疲弊しきっていたこちとら読み手の胸に、いっきに染みこむ。ずるいよ、小松センセ。こんなの、泣かないわけにいかないじゃないか。

 D計画が深部まで進み、小野寺が現場を去る時の描写、そして終盤のクライシスのなかでの各地での獅子奮迅の奮闘をふくめて、本作が500万部のベストセラーになった大きな要因のひとつは、小野寺という主人公の、そして何人かの彼の精神的分身的なキャラクターたち(国難の中での人間ドラマの群像劇)の描き込みだろう。それは間違いない。

 まとめるなら最大級のクライシスを主題に、大小の熱いドラマとクールでドライな無数の視線を織り交ぜた名作。
 当時のミステリマガジンでの国内新刊評「これは途方もない小説である」という一言は、改めて半世紀経って真実だったと実感する。
 細かい違和感(決して不満ではないが)を言うなら、クライシスに際してパニックに至り大小の犯罪を犯す者、自殺する者、そして……など、当然のごとく全国に星の数だけ発生しそうな日本人たちのアンダーな描写がほとんどないこと(後半、ほんの少しだけ言及されるが)。
 この辺はもう少し掘り下げてもよかった気もしないでもないが、一方でその種の描写を割愛した分、作品全編にある種の品格をもたらしている気配もなくはない。

 しみじみと幕引きになるクロージングの最後の2ページには、軽いフィニッシングストローク的な趣もあり、実は中学時代に、先にこのラストだけつまみ食いで読んでしまった評者は、その後、半世紀、心の奥底にごく軽いトラウマを秘め続けることになったのであった(……)。

 まあ、日本人なら、一生のうちに一回くらいは読んでおいて良い作品だとは思う。

No.1909 7点 闇が迫る マクベス殺人事件- ナイオ・マーシュ 2023/10/16 21:29
(ネタバレなし)
 ロンドンのサウスバンク、そしてノースバンク周辺に建つ大劇場「ドルフィン劇場」。そこではベテラン演出家ペレグリン・ジェイの指揮による「マクベス」の公演が、近日内に予定されていた。フリー契約で集まった俳優たちや裏方スタッフの間にはさまざまな人間模様が紡がれるが、やがて稽古中に匿名の主による妨害工作が続発する。二十年近く前に同劇場で起きた殺人事件を解決し、ペレグリンとも懇意になっていたスコットランドヤードの名刑事ロデリック・アレンは、くだんの「マクベス」の興行を注目していたが、ついにそんな彼の前で異常な殺人事件が発生した。

 1982年の英国(執筆はニュージーランド)作品。ロデリック・アレンシリーズの第32番目の長編で、マーシュの事実上の遺作。

 解説でも書かれているが、アメリカじゃスペンサーやらモウゼズ・ワインがデビューしてすでに十年近く経った時節に、まだこの黄金時代の名探偵は現役で活躍していたのだな。どうにも感無量だ。

 殺人が起きるのは物語の後半、かなりページが進んでからだが、登場人物のメモを取りながら読むと、座組された俳優やスタッフたち面々のこまごました群像劇が、なんか非常に楽しい。
 気分的には、高校の日常を舞台にした学園アニメで、主舞台となるサークル活動での動向を覗き込むような種類のゆかしさがあった。
 そんななかでタイトルが暗示するように、不穏な空気がじわじわと染み出してくるゾクゾク感もまたたまらない。
(中年女優のなかには、もともと「マクベス」は実は縁起の悪い芝居で、興行するとしばしよくないことが生じる、という迷信を信じているものもいる。)

 そういう物語の構成ゆえ、肝要のミステリ部分はおのずとコンデンスに後半3分の1ほどに詰め込まれた感もあるが、見方によっては伏線といえる描写もちゃんと前半から忍ばせてはある。そういう意味でソツのない作り。

 犯人の意外性はともかく、ややぶっとんだ動機は印象的だが、個人的には共感しちゃいけないものの、その思考は理解できないこともない(当人はもちろん、すこぶるマジメであったのだろう)。
 地味っぽいが曲のあるストーリー、多様なキャラクタードラマ、そしてそれらとバランス良く和えた(あえた)ミステリ要素……と、普通以上に十分面白い作品であった。
 
 で、不満は、先のレビューでnukkamさんがおっしゃる通り、本作の前日譚といえる別の長編(同じドルフィン劇場が舞台で、1966年の未訳作品)の犯人の素性を、アレンとワトスン役の部下の刑事との会話でネタバレしていること。
 こーゆーのって、翻訳者と編集部の判断で本文中の当該箇所をあえて伏字にし、解説かどっかでお断り付きで正確な訳文を紹介するとかの処置をするのもアリではないかと思う。
 いやもちろん、基本的には確かに海外ミステリの邦訳は、作者の叙述そのものの文章をそのままタテにしてもらった日本語で読むべきだとは思うけれど、あえて特例の特例措置として。

 マーシュで8点あげようか迷う作品が出るとは思わなかった。(とはいえ最終的には、作者のそーゆー天然ぶりで、なんの気兼ねなく点をやや低めにつけられる。)

No.1908 6点 - 赤川次郎 2023/10/15 16:38
(ネタバレなし)
 山を切り開いた、十五軒ほどの建売住宅が寄り集う「街」。そこは現在は倒産した不動産開発会社が、中途半端にインフラを設けた居住地だった。ある日、そこを含む一帯を大地震が襲い、「街」の住居のほぼ大半が倒壊、または半壊する。生活に必要な物資を購入するための市街地に続く橋も破壊され、重傷の者を含む数十人の住人が「街」に閉ざされるが、そんな現状の一同をさらなる脅威が襲う。それは。

「野性時代」の1983年2~6月号に連載された、クローズドサークル設定のパニック・サスペンス。
 広義の推理小説的な部分はちょっとあるがフーダニットパズラーの要素はほぼ皆無の内容。

 すでに完全に量産体制に入り、薄口の作品を輩出していた時期の赤川次郎だが、それでも時たま『プロメテウスの乙女』みたいな「ん!?」という感じの内容のものを出すこともあり、これもそんな雰囲気の一冊。
 元版(1983年のカドカワ・ノベルス版)の刊行当時、出席していたSRの会の例会で「(赤川作品ながら)あれはちょっといい」と話題になったのを覚えている。

 今回は、一、二年前にブックオフの100円棚で見つけた古い方の角川文庫版を昨夜(というか今朝)初めて読んだが、なるほど(赤川作品という括りの中でだが)それなりに面白い。

 不倫や別の犯罪、それらの秘匿~露見などのエピソードを織り交ぜながら、地震で痛めつけられた面々にさらなる(中略)が襲うのは王道の展開。
 特に目新しい部分はないが、薄味のキャラクターながら作者の筆が乗って、いい感じにくっきりと、非常事態に直面するメインキャラクターたちが描きわけられている。
 作品の細部の趣向をここで仔細にバラすのはもちろん控えるが、一同のリーダー格で初老の文筆家・中川と中盤から登場する主婦の距離感の叙述など、作者の一面であるロマンチストぶりが全開。
 物語をかき回すジョーカー役の不倫妻・辻原桂子の運用ぶりとキャラの細かい素描もなかなか良い。

 メインキャラが(中略)と読者に思わせながら、実は(中略)という手をあまりこなれていない書き方で、複数回、行なったのはちょっとアレだが、不満はそれくらいか。
 劇中の事態の全貌が細部まで見えない部分が随所にあるのは、良いような悪いような。どちらかといえば前者か。

 この手の閉ざされた空間内でのパニック・サスペンス・スリラー(そして……)としては、(それぞれの意味で)佳作以上にはなっているであろう。

No.1907 5点 悪党パーカー/ターゲット- リチャード・スターク 2023/10/15 05:49
(ネタバレなし)
 犯罪者パーカーは仲間のマーシャル・ハウェルと組んで、海兵隊員の武器横流し現場を襲撃。現金と武器を強奪した。だがハウェルは重傷を負い、パーカーは当人了解のもとに、決して口を割らない仲間として、相棒を置き去りにした。その後、ハウェルの筋だという謎の男ビリアード・キャスマンから連絡があり、パーカーは試験興行中のカジノ船「ハドソンの魂」号を襲撃する計画を持ち掛けられる。

 1998年のアメリカ作品。
「悪党パーカー」シリーズ第18弾(除くグロフィールド主演編)で、20世紀末からの復活シリーズの第2弾。
 復活編の初弾『エンジェル』は20年以上前に、ほぼ邦訳リアルタイムで読了。その後は読み逃していた旧作ばっか読んでたので、復活シリーズを読むの自体、本当に久々になる。

 とはいえ良くも悪くも十年一日感の強い内容で、パーカーが読者にもお馴染みの仲間を呼び集め、犯罪を遂行。だが思わぬイレギュラー要素があり……のフォーミュラ・パターンは本当にそのまま。
 
 カジノ船を襲うという固有の設定も、作劇の上でそこそこの意味はあるが、それで面白くなったかというと、まあ、普通くらい、という感じ。
 あえて言えば、今回は某メインキャラの原動の謎がホワイダニット的にちょっと良かったかも。
 あと、終盤のドライでクールな仲間連中の描写はちょっといい。

 水準作と佳作の中間くらいの出来。シリー全体の中でもあまり高い評価はできないだろう。
 評点は正に「まあ、楽しめた」なのでこの数字。

 復活シリーズはこのあと、邦訳が2冊。未訳分がさらにそのあと4冊ある。その未訳分が翻訳されてないのを惜しいと思うか、それほどでもないか、まずはその翻訳されている2冊分を読んでから考えよう。

No.1906 7点 天に還る舟 - 小島正樹 2023/10/13 17:07
(ネタバレなし)
 昭和58年12月。秩父鉄道の線路をわたす鉄橋の下で、怪異な状態の老人の首吊り死体が見つかった。だが同件は自殺と判断された。一方、新宿で昭和57年12月に起きた放火殺人事件に端を発した連続怪事件を一年近くかけて解決に導いた警視庁一課の中村吉造刑事は休暇をとり、妻の実家のある秩父に来ていた。中村はたまたま先日の老人=土地の名士といえる藤堂菊一郎の死の状況に不審を抱き、土地の警察の一応の協力を得ながら非公式な捜査を始めるが、そこで彼は一人の青年・海老原浩一に出会う。

 海老原浩一シリーズの第一弾。
 少し前にブックオフの100円棚でシリーズ二冊目『十三回忌』の文庫版の美本を入手。だったらどうせならシリーズ第一弾から読もうと、最寄りの図書館にあった本作を借りて読み出す。

 作者の片割れ・小島正樹の作品は今でこそちょっとは嗜んでいるが、この人が師匠筋の島田荘司の後見のもと、共著という形の本書でデビューした2005年当時は、本当にミステリの読書なんかと縁遠い時期だった。
 すでに海老原シリーズの近作は何冊か読んでいるが、改めてシリーズの開幕に向き合ってみる。

 しかしシリーズ探偵のデビュー編が、別の作者の手持ち探偵との共演編という形をとるというのも、かなり強烈な趣向である。当時は相当に話題になったんだろうな。今からじゃまったく、その辺の空気はわからないが。
 
 文庫版『十三回忌』の島田の解説を先に読むと、本作で中村刑事を相棒に迎える趣向も、あっと驚く(島田作品の一部? に通じる)大技メイントリック(特に第三の殺人)も、みな小島側の構想だったらしいが、なるほど、のちのちのトリックメイカー小島の源流がすでにここにあったことは十分に納得できる。
(なお真犯人の設定は、20世紀終盤に書かれた某国内の大家の作品から、着想を得ている気もするが?)

 終盤でいきなり? 明かされる激しい動機には素で読んでその背景・大元の事情にいろいろ考えさせられる一方、いささかその勢いに鼻白んだ。
 とはいえこれだけの事情があったからこそ、犯人はあれだけとんでもない殺人劇を展開し、大トリックを実行する労力を費やしたのだ、というイクスキューズにもなっているのだから、リクツには合っている。

 それでも細部に「えー」とか「う~ん」とかツッコミめいた疑問符が浮かぶのは、正に島田=小島スクールの作品という気もする(とはいえ公平に繰り返すが、自分はまだそんなに島田作品を~初期と近作を除いて~読んでないが……)。

 いずれにしろ、フツーに面白かった。
 ただし、楽しめた、かというと、微妙なニュアンスでちょっと首肯しにくい一面もある作品だが(何よりいろいろと強引さを感じるので)。

 で、なるべくネタバレにならないように配慮しながら、本作での海老原の描写についてひとつふたつ。

・中村は、主要かつ公式な土地の捜査官ふたり(ひとりは表向き温和、もうひとりはやや冷淡)に向かい、相棒のアマチュア探偵となった海老原を(嘘をつかないように巧みに言葉を選んで)警視庁関連の人員のように錯覚させるのだが、これが最後まで通ったというのに無理を感じた。どっちかの捜査官が「ところで海老原さんの階級は?」くらい尋ねるだろ?

・のちのシリーズの軸となる<さる宿命を負った探偵>という海老原の大設定の文芸が、この作品ではまだ出てきていないのにも軽く、いや結構、驚いた。次作『十三回忌』以降が改めて楽しみである。

 で、全体の評点は……甘いかな。でもこのトリックのビジュアルイメージはすこぶる豪快で、それだけで笑ってしまうほどインパクトあるので。

No.1905 7点 - 水上勉 2023/10/12 20:01
(ネタバレなし)
 1959年6月16日。祭りの夜の東京下町、小石川町。そこで衣服店を営む兄夫婦と同居する、丸の内の会社に勤める22歳のOL・笹本暁子が突然、行方をくらました。兄の貞四郎は警察に相談し、冨坂署の30代半ばの刑事・曽根川喜市が対応するが、暁子の行く先は杳として知れない。やがて滋賀県の山中で、一人の若い女性の他殺死体が見つかり、事件はそこから少しずつ広がりを見せていく。

 乱歩編集長時代の旧「宝石」1960年9月号から翌年1月号にかけて連載された長編(おお! 『ガス人間第一号』の公開と同時期だ!)。
 評者は今回、中公文庫版で読了。もともと何十年か前、父親の本棚に、これか『耳』かどっちかの水上勉のカッパ・ノベルス版があったのを何となく覚えており、その意味で個人的に妙な郷愁を誘われる作品であった。

 文庫本は書体が大き目で、総ページ数も250ページちょっと。そんなに時間をかけずに読めたが、けっこう中身は濃い。
 解説によると当時、清張が自分の作品世界(作風)に近いことをやったのを認めた上で、けっこうな完成度、という主旨で賞賛したらしいが、実によくわかる。

 足で情報を稼ぎまくる刑事たちの地味な捜査が次第に実を結び、やがて事件の深層が思わぬ方向に展開。終盤はトリッキィな要素で急転、謎解き(犯人捜し)ミステリっぽくなるあたりは、まんま和製ヒラリイ・ウォーの警察小説みたいで、とても面白かった。

 物語は全体にドキュメントタッチで、あたかも昭和30年代の半ばに実際に起きた事件を小説化した作品です、と言われても信じてしまいそう(実際、作者に想を与えた現実の犯罪事件はいくつかあったようだが)。

 そんなわけで、この作品、嘘臭さにまで妙な説得力が付加されるような感覚の強みがあり、具体的には空さんがご指摘されている違和感、いや、まさにおっしゃる通りなんだけど「事実は小説より奇なり」のフィーリングで、意外にそういうこともあるだろう、と評者なんかはごく素直に受け入れてしまった。いやフィクションなんだけど、リアルなら実はそんなトンデモも生じないこともない、といった種類の逆説が、本作の重要な小説&ミステリ・パートの一部を支えているとも思わされた。

 昭和の風俗、時代色の描写もふくめてかなり面白かったな。薄幸の運命にさらされた登場人物たちは、気の毒ではあったが。

No.1904 6点 キン肉マン 四次元殺法殺人事件- おぎぬまX 2023/10/12 05:25
(ネタバレなし)
 まったくの私事になるが、声優・神谷明が各テレビアニメシリーズ版での主役を演じた80年代の「週刊少年ジャンプ」三部作の中では、この『キン肉マン』のみ、まったく無縁だった。
 当時は、ギャグッ気のあるヒーローものというのはまだ許容範囲だったが、とにかく下ネタオチが随所に出て来る印象で、そこがイヤだったのである。
 で、最初の方でつまずいてしまったので、コミックもアニメもまったく接点がないが、当時の特撮アニメ同人界で私淑していた少し年長の方がこの作品を大好きで、その人が評価するなら、実際に本編をしっかり楽しめばそれだけの魅力があるんだろうなとも観測したが、一方でそんな経緯から作品を好きになるというのも、なんか不純だなという思いもあったので、とうとうその後は、ほとんどまったく「キン肉マン」ワールドとは縁がない。

 とはいえ、とにもかくにも長年アニメファンやっていれば、これだけの世代を超えた人気コンテンツ、どうしたって耳情報も入ってくるので、本当にわずかばかりは作品の世界観やキャラクター設定にもいつの間にか知見めいたものも築き上げられて? いた。いや、本物のファンからすればもちろん、きっとお笑い種の門前の小僧だろうが。

 というわけで原作もアニメも本編をまともに楽しんだこともないまま、本書を手に取ったが、本サイトでの先のメルカトルさんのレビュー通り、一見の読者や門外漢にも、最低限以上の世界観やSF設定、キャラクター設定は理解できるように配慮がしてあるので、読む上でまったく問題はない。スラスラ読める。
 とはいえ作中の登場人物同士の話題が本編での懐旧譚に流れ込んだりするあたりは、やはりファンの人の方が楽しめるだろうな、という印象だが。

 ミステリとしては愉快なバカミス・特殊設定パズラーの連作で、自分のような立場の者にもじゅうぶん楽しく読めた。
 ついでに今まで知らなかった「キン肉マン」ワールドの情報も教えてもらえたので、ホウホウ……的に面白かった。なんか遠い昔の少年時代に友人の家に遊びに行って、タイトルだけは聞き及んでいたがまだ読んだことなかった人気マンガを貸してもらって楽しんだ、あの日のような気分である。

 しかし当初は、いくら原作者監修の作品で企画とはいえ、原典で活躍するレギュラー超人たちを二次創作でホイホイと殺害してしまっていいのか? と案じたが、ああ……この作品世界には<そういう設定>があるのね、と安堵した。なるほど、これは意外に、謎解きミステリの二次創作に向いた世界かもしれん(笑)。

 いろんな意味で、期待以上に面白かった。
 ガチの『キン肉マン』ファンが読むと、どう感じるかはわからないけれど。

No.1903 5点 蒼天の鳥- 三上幸四郎 2023/10/11 07:24
(ネタバレなし)
 大正13年7月。27歳の離婚女性で、東京で新進文筆家として評価され始めた田中古代子は、7歳の愛娘・千鳥を連れて故郷の鳥取市に戻った。古代子は現在の内縁の夫・涌島義博と親子3人で東京に引っ越すつもりで、帰参はそのための前準備だった。そんな母子は実家に戻る前に、活動写真「ジゴマ」シリーズの新作を楽しむが、そこでふたりは現実のジゴマの殺人の瞬間を目の当たりにした。

 今年の乱歩賞受賞作。
 
 近代史の時代もので、実在の女流作家が主人公で、時代のなかでの女性の自立がメインテーマで……って、なんかNHKの朝ドラのようである(といいつつ、実は評者はまともに朝ドラを最初から最後まで観たことは、この数十年一度もないが・汗~要は勝手なイメージで「朝ドラ」をレトリックのパーツに使っています。本気度の高い「朝ドラ」ファンの人がいたらお詫びします・大汗)。

 2~3時間前後で読み終えられて、それなりに楽しんだし、印象的な場面もいくつかあったのだが、ミステリにしろ小説にしろ「評価」という尺度で語ろうとすると困る種類の作品であった。

 だって完成度や結晶度の基準値がいろいろ設定できそうで、現状ではたしかにまとまってはいるものの、もっと面白くできたのびしろがあるような、やっぱりないような、そんな気分の一冊なんだもの。
 悪い言い方をするなら、作者が言いたいテーマを、薄目の謎解きミステリの形でまとめて、それで読者不在で自己完結しているような作品、という感じだった。
 講評では貫井先生がまったく楽しめなかったと接点の無さをはっきり言ってるが、その気分はわかるような気がする。
 自分の場合は、いつも手に取る小説のなかではあんまり縁のない時代性(大正の終盤)の新鮮さ、良くも悪くも職人作家的なキャラクター配置(泣かせ役・もうけ役のあの人)とか、ちょっと以上は心にフックがかかったので、トータルとしてはそんなに悪い印象はない。
 ただまあ、全体にパワフルさは欠いた一作なのは間違いないとは思う。

 ……あ、この探偵役の設定(文芸設定)あたりは、わかりやすい外連味でそこそこ良かったかもしれん。

 評点は……どうしよう。もう1点あげていいか迷いながら、この点数(汗)。

No.1902 8点 孤独の街角- パトリシア・ハイスミス 2023/10/10 07:55
(ネタバレなし)
 1980年代のニューヨーク。若い頃に妻に駆け落ちされた50代半ばの警備員ラルフ・リンダーマンは、ある日、200ドル以上入った財布を拾い、落とし主である30歳の新鋭イラストレーター、ジョン(ジャック)・サザランドに届けた。ジャックは感謝して御礼を渡そうとするが、ラルフは報酬目当てではなく当然のことと固辞した。そんなラルフは近所のコーヒーショップの美人の20歳のウェイトレス、エルジイ・タイラーの存在を意識し、大都会で若い彼女が身を持ち崩さないようにと気にかけていた。やがてエルジイはジャックとその美貌の妻ナタリアとも接点が生じ、彼らの関係は、さらに周囲の者たちとも関り合いながら、少しずつ変遷してゆく。

 1986年のアメリカ作品。
 ハイスミスの第16番目のノンシリーズ長編。この後の作者の長編はリプリーものの最終作とノンシリーズ長編が各一冊ずつあるだけだから、長い作家生活の後期もしくは晩期の一作といっていいだろう。

 邦訳の文庫本は、それなりに小さめの級数の活字で、本文約550ページという相当のボリューム。さすがに読むのには二日かかったが、一度読み出すと例によって止められない。翻訳の良さもあるとは思うが。

 推理小説的な意味でのミステリ的な側面はほとんどない作品だが、普通小説に近いようでそうでもない。いつものハイスミスのように正常とイカレた精神、その狭間にある人間の内面がたっぷりと密に語られ、こちらはその勢いにグイグイ引き込まれていく。
 中盤からの某メインキャラの内面描写はかなりのろくでなしぶりで、自分の妄執をふくらませていくサイコ度も読んでいて口をへの字にしたくなるほどだが、その一方でその叙述にはどこか憐れみとある種の理解をほんのわずか覚えないでもない。うん、こう感じた評者は、今回も完全に作者の術中にはまってしまっていた(笑・汗)。

 名前が出た登場人物は70人ほどに及び、さらにモブキャラまで加えれば100人を超すキャラクターが物語をにぎわすが、お話が進むにつれ、そのなかの主要な人物たちがやがてはどこに着地するのか気になって仕方がなくなる。
 そんな求心力のなかで、淀むことなく大冊の物語を読了。これがハイスミス晩年の一冊かとの感慨を改めて覚える。
 
 ゆるやかに、しかし全くテンションを落とすことなくストーリーは進行し、後半で大きな山場が到来。そのまま物語はいっきにエンディングに雪崩れ込むが、これまで作者の諸作を読んでいるこちらは、メインキャラたちがどういう去就を迎えるかあれやこれやと想像。そんななかでまた独特な緊張感と昂りを覚えたが、これもまた作者が狙った読み手との駆け引きだったのだろうか。

 クロージングがどのような後味で終わるかはネタバレになりかねないのでここでは言わないが、余韻のある幕引きには満足。ハイスミス、こういうギミックも使うんだね、とちょっとある種の感興も覚えた。

 たっぷりと小説>ミステリの面白さが満喫できる、広義のミステリの優秀作。
 前にも別のハイスミス作品のレビューとかで書いたような気もするけれど、シムノンのノンシリーズ編などが好きな人にも、この作者の諸作はもっと読んでもらいたい。
(すでに本サイトの何人かの参加者の方は、その辺の妙味をご理解のようで安心しておりますけれど。)

 なおAmazonのレビューでも警告している人がいるが、文庫版の解説で山口雅也センセイがかなり余計なこと(ネタバレ)を書きすぎてるので、巻末の解説は必ず本文を読み終えたあとに目を通してください。こういうのって編集が突っ返したり、指導したりしないのかな。だとしたらエディターも共犯じゃ。うん、あのバイオレンスジャックも、悪を見逃すことも悪だ、と言っている。

No.1901 7点 73光年の妖怪- フレドリック・ブラウン 2023/10/08 18:02
(ネタバレなし)
 1960年前後のアメリカ。ウィスコンシン州の片田舎バートルスピルの町に、外宇宙からの宇宙生物「知性体」がひそかに漂着した。地球から73光年離れた母星を追放された、精神生命体の知性体は、追放先の天体から独力で母星に帰ることができれば罪を免除され、さらに英雄扱いされると知っていたので、何とか地球の科学文明を利用して帰還を果たそうとする。知性体の能力は、ほかの生物(地球生物)に憑依し、その心身を操ることだが、一方で、一度宿主となった生物から次の宿主に転移するには、まず現状の宿主を死に追い込む必要があった。多くの小動物、動物そして人間たちを犠牲にしながら、宇宙工学に通じた科学技術者への接近をはかる知性体だが。

 1961年のアメリカ作品。
 ブラウンの第5番目の、そして最後のSF長編。
 昭和作品の特撮ファンには『スペクトルマン』のズノウ星人、または東宝映画『決戦! 南海の大怪獣』の不定形宇宙人の元ネタといった方がわかりがいいかと思う。

 知性体には恣意的な地球生物への害意はないが、その生態システム上、何人かの人間を含む無数の地球の動物たちを犠牲にしてゆく。その辺のドライな感覚は正にSFで、さらに寄生の際には対象者が眠っているときの方がよいなどの約束事もあり、そういった経緯を知性体の視点から三人称で語るあたりは、倒叙ものSFミステリの雰囲気もあって面白い。
 本作を一種の(倒叙ものっぽい)SFミステリと捉えるなら、地球外生物の到来とその行動の目的や生態を察知する「探偵役」もちゃんと用意されており、後半は双方の対決の構図(みたいなの)に物語が流れ込む。

 メインキャラのひとりで、ハイスクールの初老の女性英語教師ミス・アメンダ・タリーが、あのスチュアート(本書の邦訳表記ではスチュワート)・パーマーのヒルデガード・ウィザースにそっくりだと書かれているのにウレしくなる。
 このタリー先生がSF小説のファンで、相棒となる科学者ラルフ・S・スタントンがミステリファン、という文芸設定も楽しい。そんなふたりの読書上の素養は、目前の非日常的な事態の見極めに少なからず寄与したようである。
 
 脇役にも魅力的なキャラクターが多く、そもそも「主人公」の「知性体」自体も悪意がない、彼なりに必死な行動ゆえ、読者に妙な親近感を抱かせる(犠牲になった人々や動物はもちろん気の毒だが……)。
 なかでも良かったのは、地方の町でほかに商売敵もいないから、テレビやラジオの修理屋の技術者として繁盛すると期待したものの、あにはからんや貧乏生活でピイピイしている、しかし猫好きの青年ウィリー・チャンドラーの描写。彼を語るシークエンスはペーソスいっぱいで、実に泣かせる。ほかの主要キャラとの僅差で、本作いちばんの好キャラクター。

 なお本作、ブラウンの長編SFの中ではマイナーな方だろうと勝手に思っていたが、読後にTwitter(X)などで感想を拾うと、意外にファンが多く、また既刊の印刷媒体などでもそれなりに高い評価を得ている名作扱いだと知って軽く驚いた。

 けっこう凄惨な物語をサバサバとスリリングに読ませ、そしてラストの後味も、小説の向こうに覗くSFビジョンの広がりも良い。秀作。

No.1900 8点 バイオレント・サタデー- ロバート・ラドラム 2023/10/07 17:22
(ネタバレなし)
 1970年前後のある年の7月。ニュージャージー州の高級住宅街サドル・バレーの町では、TV報道番組のディレクターでピューリッア賞の候補にもなったジョン・タナーとその妻アリスが近所の友人たち、弁護士トレメイン家の夫婦、元スポーツ選手でイタリア系のカルドーネ夫婦、そして久々にニューヨークから戻るテレビ作家のオスターマン夫婦を迎えて、次の週末にホームパーティを開こうと考えていた。そんな矢先、CIAの高官ローレンス(ラリー)・ファセットによってワシントンに呼び出されたタナーは、サドル・バレーの町にソ連の謎の大物工作員「オメガ」が潜み、そしてその正体が3組の友人夫婦たちの誰か、あるいは複数の人物だという容疑があると聞かされる。市井にまぎれて一般市民のひそかな醜聞を掴んで脅迫し、東側の秘密工作員を増産してゆくオメガの正体とは? タナーはファセットから、自宅の身辺に厳重な警備を敷くという約束のもとに半ば強引に囮役を求められ、やむなく謎の敵のあぶり出しにかかる。だがくだんの謎の敵は、タナー家の周辺で人身を殺傷する凶行に及んだ。

 1972年のアメリカ作品。 
 1970年代半ばの時点で、冒険小説またはスパイスリラーの分野での新鋭「怪物作家」と、この日本でももてはやされながら、2020年代の現在では、ほぼ忘れられた80~90年代の巨匠ロバート・ラドラムの第二長編。

 私事ながらここしばらく今年の新刊ばっか読んでて飽きてきたので、そろそろ旧作も読もうと、これを手に取った。数十年ぶりの再読である。

 考えてみれば評者が本サイトの末席を汚すようになってからもう6年目だが、この間にラドラムは一作も読んだことはなかった(汗)。まあ『スカーラッチ家』も『マトロック・ペーパー』も『悪魔の取引』も『ホルクロフト』も『マタレーズ』もそして『暗殺者』も初期からの主要作はみんな既読ではあるが。
 個人的に、シリーズものとなった人気作『暗殺者』(の第一作)はそんなに評価していない。いま名前をあげたなかで最高傑作と評価する&偏愛してるは断然『マタレーズ』、骨太な面白さなら『スカーラッチ家』、妙に思い入れがあるのは『悪魔の取引』などなど……。

 で、本作だが、実は最初に読んだラドラムの長編がこれ。もちろん、元版の邦訳ハードカバー『オスターマンの週末』の方で、少年時代に読んだ。当時のSRの会では一時期ラドラムが高評価で(いまではとても信じられないが)、これもその年度の海外ミステリ全作のなかで、たしかベスト2位であった(1位がなんだったかは忘れた。調べればわかると思うが)。
 とにかく確かにエラく面白く、一気読みしたことと、終盤の意外性だけはその後もずっと数十年おぼえていた。そういう意味では、先に名前をあげたラドラムの初期の諸作群にまぜても上位にくるし、それなり以上に思い入れのある一冊である。
 
 で、今回はたまたま、一週間~半月ほど前に本作の文庫版『バイオレント・サタデー』を最寄りのブックオフの100円棚で発見。
 元版のハードカバー『オスターマン』はいまだ持ってるし、映画化(まだ観てない)にあわせて改題されたこっち(文庫版)のタイトル『バイオレント~』もなんか安っぽい印象であまりなじめないんだけど、最後のサプライズはともかくお話の細部はほとんど忘れてるので、内容を再確認したい興味もある。ここで文庫版に出会ったのも何かの縁だと購入し、昨夜、読み始めた。

 主人公はタナーだが、物語を語る視点は自在にとび、サドル・バレーの住人たち(メインキャラの夫婦たち)のもとに続々と、絨毯爆撃風に怪文書が届いたり謎の人物の接触がある。潔白な住人(いるのか?)もふくめて一同を巻き込みながら「オメガ」をあぶりだそうとするCIAの謀略作戦にタナーほかの面々が直面し、この辺りの展開が実にサスペンスフル。まあ半世紀前の作品なので、通信環境や生活文化そのほかでの時代感はどうしてもあるが、個人的にはその辺はさほど気にしないで、読み進められた。
 目次でいきなりわかるように、物語のほぼ全域は一週間内の物語なので、筋運びも十分にスピーディでもある。
 強烈なラストは記憶のままの通りだったが、サブ部分のサプライズは完全に忘れていたので、その意味では再読でも楽しめた。やはり面白い。

 とはいえ半世紀前の高評価そのままという気分にもなれず、これはたぶん、本作というかラドラムの作風や作劇術を吸収・消化した後続作家たちの諸作(特に誰とはぱっと言えないのだが)に、この手のスパイスリラー(一部は本作のような巻き込まれ型スパイスリラー)の印象を上書きされてしまっているためでもあろう。
 そういう意味での時代と寝た? 作品ともいえるが、この手のものが好きなら、いま読んでも相応に面白いとは思う(……で、これから本書を楽しむ人の場合、たぶん、作品の周辺の雑念の取り込み如何で、感想や評価が影響されることはある……かもしれない)。

 ただ、あまりにも余韻の深いラストの一行はやはりいい。主人公タナーたちの人生をほんの一週間だけ巻き込み、そして多くの爪痕を残した物語の締めとして、この一行は数十年間、ずっと評者のミステリライフの心の一角にあった。
 
 再読した評価で7.5点。このラストの一行の良さをしみじみ再確認して1点おまけの8.5点の意味で、この評点。

No.1899 6点 世界でいちばん透きとおった物語- 杉井光 2023/10/06 07:38
(ネタバレなし)
 作者に関しては10年前にあの不祥事を起こして以来、いまだハラが立っている。
(もし詳しいことを知らなくて関心がある人は「杉井光」「榊一郎」「2ちゃんねる」のキーワードを3つ並べて検索してください。)

 当人の謝罪はのちに公表されたものの、さすがにあれは商業作家として、というか、人として(またはいい大人として)どうか、と思う行為であった。
 個人的にはそれまで『神様のメモ帳』のアニメ版は観ていたし、『生徒会探偵キリカ』も小説の第1巻を読み、あの出来事がなければそのままシリーズの次巻へと読み進もうとも思っていたのだが、さすがに今後もう二度とこのヒトの本は読まないだろうと見切ってしまった。少なくとも当時は。
 実際、今回までこの人の著作はあれから一冊も読んでない、買ってもいない。作品にアニメ化の声がまったくかからなくなったのも、そりゃ自業自得だろうねと思ってもいた。

 そうしたらあれから10年経って、今年のこの大騒ぎである。
 あくまで一読者の立場として、いまだ複雑な気分も抱えこんではいるが、一方でこの10年の間に当人に創作者としてどのような変化があったのか、覗いてみたい気持ちもなんとなく生じてきた。で、なるべく冷静なつもりで、とにかく話題の本作を読んでみる。

 物語の構造そのものというか主題(当該の小説がどのような立ち位置のものだったのか)は、さすがに途中で察してしまったので、さほどのインパクトはない。
 要はそれ自体は(中略)なネタを、努力賞ものの奮闘で強化した(完成形へと築き上げた)一冊ということになるのだろうが、一方でそういう(中略)な作品であろうこともやはり早々に読めていたので、サプライズ感も希薄。
 
 となると本作の価値は送り手がどれだけ(中略)したかの深度にもよってくると思うのだが、キビシイことを言えばこの作品はその着想を得て、出版に至る環境が固められた時点でもうゴールラインは見えたのだろうし、そのあとの(中略)は、正に<ただの作業>であったろう。いや、その上でその作業が完遂に至るまでには、大変な(中略)だったことはもちろん察するが。

 あと、もしかしたら評者の自分は(作者の過去は過去として、とりあえず置いても)この(中略)に食傷している部分も実は大きいのかもしれない。
 だって新旧作品あわせて、この数年でいくつ、自分はこの手のものを読んできたのか(汗&涙)。

 まあとにかく、この一冊に関しましては、確かに(中略)は認めるが。

No.1898 6点 世界の終わりのためのミステリ- 逸木裕 2023/10/05 17:42
(ネタバレなし)
 時は少し先かあるいは――の未来。人間の精神(記憶、思考パターン、意識、感情)を半永久的に持続可能なボディ「カティス」に複写可能な技術が確立した世界。なぜか地上から人間の姿はいっさい消え、死体すら残っていなかった。カティスとして長い眠りから目覚めた「私」ことミチは、本来あるはずのオリジナルの人間の記憶もないまま、さる目的のために各地を放浪する。そんなミチはある日、ひとりの人影を認める。

 地上全域? から人類がいなくなった(なぜ?)の世界を舞台にしたロードムービー調のストーリーで、全4話の中編から構成される連作SFミステリ。

 作者あとがきによると、こういう人類&文明が滅んだ&衰退した世界でのロードムービー風のジャンル(漫画&アニメの『少女週末旅行』みたいな)は、ブライアン・オールディスの命名により「コージー・カタストロフィ(心地よい破滅)もの」というそうで、なるほどひとつ勉強になった。

 なぜ人類は滅んだか? の壮大な謎を連作通しての遠景に置きながら、ミチとその相棒(表紙にいる美少年風の見た目)が出会う事態の謎をひとつひとつ解き明かしていく形質の、SFミステリ中編シリーズ。
 枯れた世界観、『エイトマン』の「スーパーロボット」辺りを想起させる「カティス」の文芸(技術的な面では細部に少し差異があるが)ほか、SF的な大設定はどれもきわめて王道だが、こういう作品らしい退廃感とそれにともなう詩情はフツーに実感でき、居心地は悪くない。
 なんか大好きな田中光二の『異星の人』に通じる雰囲気もある。
 
 エピソード数は少ないが、謎の方はハウダニット、ホワイダニット、さらには……とそれなりにバラエティ感のあるものが順々に語られ、トータルで見ればSFミステリとして佳作の上というところ。良くも悪くもけっこう手堅い。

 続刊はありそう……というより、作者自身が本編からもあとがきからも書きたがっている気配が満々で、受け手的には、ならばどうぞ、また新刊が出たらつき合わせていただきます、という感じ。
 作者のけっこうな作風の幅の広さをまた改めて、認める一冊でもあった。
 評点は7点に近いこの点数で。

No.1897 5点 恋する殺人者- 倉知淳 2023/10/05 04:17
(ネタバレなし)
 ひさびさに倉知先生らしいものを読んだけど、最後のサプライズを早々と見破らない人は、そういないでしょう(汗)。

 基本的にろくに推理しない、犯人やトリックを当てようともさほど積極的に思わない評者でも、この真相には(いくつかの手掛かりや伏線、ミスディレクションにも)気が付いた。
 大家が気楽に書き流した、中学生かビギナーのミステリファン向けの一冊という感じ。

 しかしさすがに作者もそんな大ネタだけではダメだろうと思ったのか、サブのサプライズをもうひとつ用意してあったのには仲々、感心。その辺などにはベテランのプロ作家らしい、良い意味での職人性を見やった。

 本サイトのレビュ―では、虫暮部さんのツッコミと見識が面白い&興味深い(作品本編を未読の方は、まず中身を読んでから、当該のレビューをご覧になってもらいたいが)。なるほど、と思いました。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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採点傾向
平均点: 6.32点   採点数: 2036件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(27)
カーター・ブラウン(20)
フレドリック・ブラウン(17)
評論・エッセイ(16)
生島治郎(16)
アガサ・クリスティー(15)
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