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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2199件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2119 6点 スクリーン 永遠の序幕- 山田健太郎 2024/12/12 16:31
(ネタバレなし)
「瑛心高校」に通う男子学生・今岡蒼斗(あおと)は、身投げしかけた2つ年上の恋人・泉有希の手を握り、自殺を未然に防いだ。だがその直後、蒼斗は恋人の殺人未遂容疑で逮捕される。やがて自由の身になった蒼斗だが、彼の周囲で何かが変わり始めていた。

 今年の新作。まったくの新人作家で作品の前情報も特に得てもいなかったが、Amazonのレビューが賞賛ばかり、さらに出版社の煽りが凄いので気になって試しに読んでみる。

 本文270ページ前後、大き目の級数の書体での一段組で、読みやすいことこの上ない。おまけに途中途中で、主人公・蒼斗の視点からの人物相関図まで挿入される。
 つーわけでサクサク読み進め、二時間かからず読了してしまった。

 全体に登場人物の描写は達者で、脇役なんかはそれぞれかなり印象的に描けている。コンビニの主人とか、友人の家のお手伝いさんとか。
 
 お話の流れも小気味よく、大小の事件が相次いで生じ、好テンポで進むが、後半3分の1、洋品店のおばあちゃんが出るあたりから描写の確度がやや甘くなり、終盤の方はかなりトンデモな内容に流れていった。まあこれくらいのネタを放り込まないと、星の数ほどある国産ミステリ界の新作のなかでは埋没しちゃうというのもよくわかるが。

 でもって出版社イチオシの「最後に全てがひっくり返る、超ド級ジェットコースターミステリー!」たるクロージングだが、これはまあ(中略)の変形みたいなもんだよね。ここで驚かせて作者が読者に向かい(中略)な表情を浮かべたかったのは察するが、なんかこれでいろいろ台無しにされた気も。まあこれがないとよくできた赤川次郎だよね、という感じもしないでもない作品なのではありますが。

 それなりには楽しめるし、心に響く部分もなくもないけれど、読む人によっては色々な箇所で引っかかり、そこで脱落するかもしれん。
 良くも悪くも新人作家の作品と心得ながら、最後まで読んだ方がいいかと思う。

No.2118 7点 トップレス・バーの女- ヒラリー・ウォー 2024/12/12 06:44
(ネタバレなし)
「私」こと、元警察官で当年30歳の私立探偵サイモン・ケイは、ある日、弁護士レナード・ハーグローブ・ウッドの依頼を受ける。元銀行員で定年まで勤めあげたのち、猛勉強して若い頃から憧れていた弁護士になったウッドだが、法曹界では新参者で大口の客に恵まれず、公選弁護人を務めていた。そんなウッドが現在弁護するのは、警官だった夫マット・ブレントを射殺した容疑で留置されている主婦カーラ。カーラは自宅に侵入して夫を射殺した男がいたと主張し、事件の関係者としてトップレスダンサーの踊りが売りの酒場「サイモンのバー」のダンサー、ネリッサ・クレアーの名を挙げていた。だが弁護士ネッドがそのネリッサに会いに行くと、彼女はすでに店を辞めて行方をくらましていた。ネリッサの捜索を依頼されたサイモンは事件に関わっていくが、やがて意外な真実が浮かびあがる。

 1983年のアメリカ作品。私立探偵サイモン・ケイシリーズの第4弾で、日本ではこれが最初に紹介されたらしい。

 サイモン自身がネッドに語る通り、線路の上を走る列車のように、関係者の軌跡を可能な限りに追っていく私立探偵小説のスタンダードのような作品。しかしさすがは巨匠ウォー、熟練の筆さばきと筋立てで、なかなか面白い。
 猥雑な人間描写、矢継ぎ早のイベント、さらに主人公サイモンの危機の連続……とメニューを手際よく並べたB級ハードボイルド(そういう言い方はあまり好きじゃないが)で、終盤に判明する隠されていた事件の意外性もそれなりのもの。

 ただまあ、作者が仕掛けてきた大ネタは、割と早くから気づく。でもって、それって作中のリアルでアリかな? とも一瞬、疑問が生じたが、まあちょっと考えて説明をつけられないことはない。よくいえば、スレスレのところでうまい綱渡りをこなした、ともいえるのか。
 
 1980年代の比較的近代の時勢のなか、伝統の50年代私立探偵小説の王道を守る嬉しい作り。
 ちなみに現時点ではAmazonにレビューがひとつだけあり(未読の人は読まん方がいいかな)、主人公サイモンのハードボイルドぶりをホメちぎっているけど、自分もまあそれについての異論は……ないかな。個人的には、ソコまで引っかかるポイントでもなかったのだが、まあ、くだんのレビュアーの言いたいこと&気持ちはわかる。

 邦訳でシリーズの未読があと2冊。さらに未訳分のサイモン・ケイものもまだ2冊あるんだよな。
 新古典警察小説の雄・ウォーのネームバリューで、今からでもどっかで発掘してくれんかしら。
(まあ本筋の警察小説路線、フェローズ署長ものの未訳作の紹介も願いたいけどよ。)

 評価は0.3点ほどオマケ。

No.2117 6点 白薔薇殺人事件- クリスティン・ペリン 2024/12/10 09:35
(ネタバレなし)
 <パズラーの大傑作>云々は誇大広告、ジャロロ案件だ、と読む前からさんざん聞かされていたため、かなり低い期待値で読み始めた。
 それが功を奏したのか、それなりに面白かった。序盤から前半までは、コージーミステリとかパズラーとか言う前に、一人称のヒロインが激動の運命に晒されていく形質のゴシックロマンみたいな外連味がある。

 で、一見、登場人物は多いようだが、ネームドキャラは、メモを取りながらカウントすると40人前後で、この厚さからすれば、実はそんなに多くはない。
 くだんのごとく、例によっての人物メモを作りながらの読書だったので、個人的にはわずらわしさなどは、ほとんど全く、感じなかった。

 ちなみに、日記をさっさと全部読んでしまえ、というHORNETさんのご指摘は、作品を読了後に、レビューを拝見して初めて気が付いた(笑)。いやおっしゃる通りで、作品を読んでる間はなんとなく、主人公のアニーがフランシスの日記を分冊で少しずつ入手しているような気分でいた。いや実際にはそんな作中事実はまったくなく、自然に脳内補完していたような感じだが(汗・笑)。

 犯人はなかなか意外で、動機の方もけっこう面白い。最後のアニーと某メインキャラとの対峙シーンの文芸も鮮烈で、自分的にはそんなに、二波目の評判ほど悪くなかったよな、という思い。

 ただ、あんまり書かない方がいいのかな? 第14章で起きるイベントって、英国の民法では成立するの? 昔、佐野洋が某・日本の大家の名作(本書の巻末の解説にも名前が出て起きますが)のソレについて、あれって民法上、ありえないでしょ、と言ったのを思い出した。いや、文芸設定の趣向としては面白いんだけど。
(以上、特に犯人ともトリックとも関係ない話ですが、前半のちょっとしたサプライズ? なのでこの程度にアイマイに。)

 つーわけでトータルとしては、そんなに印象悪くないです。
 
 ただ創元の編集部の推敲・校正がヘボで、本文中の「?」のあとを一字アケたり、そーでなかったり、マバラでバラバラなのには閉口した。
 作品の序盤で小説家志望ながら、作品の完成後に推敲も見直しもしないで出版社に自作の小説を送ってしまうトンチンカン(またはオッチョコチョイ)ヒロインを主人公にした作品で、そういうミスを残したら洒落にならないでしょ、と思うのだが。

No.2116 7点 シェーン真相を追う- ブレット・ハリデイ 2024/12/07 05:02
(ネタバレなし)
 1952年のマイアミ。すでに地元で名探偵として名士になった赤毛の私立探偵マイケル・シェーンは、その日、競馬を楽しんだあと、夜分に自宅のアパートに帰宅した。そのシェーンのもとに、一番最初の脅迫めいた物言いを含めて立て続けに数件の電話があり、最後の内容は自身の身の危険を訴える女のものだった。シェーンがその女ワンダ・ウェザビイのもとに向かうと、彼女はすでに射殺されている。シェーンが調査を進めると、ワンダはプロの恐喝者らしいことが判明。彼女に強請られていた相手の中に、殺人者はいるのか? 被害者から、万が一の場合は自分を殺した犯人を暴いてほしいと1000ドルの小切手を預かった形のシェーンは、裏の手段を交えながら捜査を続ける。だが、事件は新たな展開を見せた。

 1952年のアメリカ作品。シェーンシリーズの長編、第21弾。
 
 2024年12月上旬現在、Amazonにレビューがひとつあるが、余計なヒトがメイントリックのキーワードをネタバレしてるので(怒)、そっちは見ないように。
 大分前にその評をたまたま見てしまったおかげで興が冷めて放っておいた一冊だが、思う所があって昨夜読み始めた。

 ただまあ、トリックを先に知っていても、終盤まで犯人はわからず(いや本当なら、ちょっと考えて確かにわかるべきなのだが……・汗)、そのおかげで結局はなかなか楽しめた(笑)。伏線もちゃんと張られているが、動きの多いストーリーの中にそれを巧妙に(だろうな?)埋め込んである。
 この1952年の時点ですでにいくつも前例があった(中略)だが、描写はかなり丁寧で、50年代初頭当時の素直な読者の中には結構な驚きを感じた人も多かったんじゃないか? と思う。
 事件の背景として、大衆向けの放送文化の中心がラジオからテレビへと切り替わる世相も描かれていて、そこら辺の時代の空気も興味深い。
 
 2020年代に読んだら何ということはない旧作の私立探偵フーダニットでしょ、と言われればたぶん全くその通りだろうが、つづら折りに紡がれるストーリーの中にパズラー的な骨格が埋め込まれた作りは、なかなか面白かった。正編シェーンシリーズの安定期というか円熟期の作品だろうが、手慣れた職人芸を感じさせる佳作~秀作。

 ポケミスの146ページ、出会った登場人物のひとりに私立探偵ならネロ・ウルフみたいなものだろ、と問われたシェーンが「ちょっとちがいがあるだけさ」と返すギャグには笑った。 
 実質6.5点かな? ファンなのでちょっと評点はおまけ。相変わらず実に居心地のいい作品世界だ。

No.2115 6点 迷探偵の条件 1- 日向夏 2024/12/05 10:22
(ネタバレなし)
 21世紀の少子化時代にあって、一学年につき約1000名もの生徒を誇るマンモス私立高校「葉桜高校」。その2年C組に所属する「俺」こと17歳の真丘陸は、18歳までに運命の女性と出会わねば死ぬという厄介な家系の末裔だった(どうやら太古の神代の神々の呪いらしい)。危機打開のため運命の相手を探す陸だが、彼にはヤンデレ女ばかり引き寄せてしまう女難体質、そして少しでも行動を起こせば事件に遭遇するという探偵体質、その二つの面倒な属性があった。

 一年位前だったか深夜アニメで中華風の異世界もの『薬屋のひとりごと』というのをやっていて、周囲のアニメファンの友人たちの中では、何人かがそのシーズンの覇権作品にあげるほどに高評だった。ただし自分はなんとなくパスしてスルーしてしまい、いまだに観てない。その『薬屋~』の原作であるラノベの作者が、このラノベミステリ『名探偵の条件』の日向先生であった。

 でまあ、アニメ化もされてヒット作となった『薬屋』は現時点ですでに十数冊も発刊されているようだが、こっちの方はいまだ本書、第一巻の一冊のみの刊行(3年前に第一巻ということを考えれば、せめて2~3冊は続刊が出ていてもよさそうなものだ)。せっかく最初から通しナンバー入れてるのに。
 というわけで、ものの見事に生みの親に差を付けられてしまった看板作品の陰のマイナーシリーズという感じだが、ブックオフの100円棚で美本に出合ったのを何かの縁と思い、読んでみた。

 正直、陸の大設定2つはほとんど出オチのような印象だったが、最後まで読むと少なくとも片方は(中略)。あ、まあムニャムニャ……。

 ミステリとしての事件は、殺人を含めて学内やその他で数件が発生。連作短編的にエピソードを繋げて、最後に……のパターン。これもあんまし言わない方がいい。

 最初の事件は、伏線が丁寧過ぎて「あー」と早々に犯人がわかるし、途中のある事件は「え、その決着でいいの?」のパターン。特に後者は確信行為でやってるのなら、ソレはソレで……ではあるが、ちょっとなんか天然っぽい気がする。で、終盤の事件……個人的にはこれが一番、面白かった。まあミステリというよりは、ラノベというか小説として、だが。

 総じて(最後のサプライズも含めて)そんなに大騒ぎしたり、第2巻が待ち遠しい! といきなり新参者が大声で叫ぶほどのものじゃないのだが、なんというか、どっか車輪の車軸が曲がった自動車に乗って疾走しているような、ぴょんぴょんあちこちの方向に跳ね回るような連作の感触は、それなりに楽しかった。なんとなく本サイトのメルカトルさんあたりがお読みになったら、大したものはありません、と切って捨てられそうな感じのところもあるが(メルカトルさん、勝手な物言い、すみません・汗)。

 まあ、第2巻が出たらたぶん読むとは思います。ただまぁ、たぶん新刊では買わないと思うけど(汗)。

No.2114 7点 水脈- 伊岡瞬 2024/12/02 06:30
(ネタバレなし)
 神田川の一角の排水口周辺から、ひとりの若い男性の他殺死体が見つかる。被害者は21歳の私立大生・森川悠斗と判明。高円寺北所の巡査部長・宮下真人は、顔なじみの警視庁の真壁修巡査部長と組んで事件を追うが、彼ら二人は警察庁上層部の請願で、ひとりの若き女性が捜査に随行することになった。

 宮下シリーズ&真壁シリーズの最新作で、今回は『悪寒』以来の両者共演編ということになる……のか?
 ゲストヒロインで社会行動学専攻の大学院生という小牧未歩(日系米国人が父親の日米ハーフ)が三人目の捜査側のメインキャラとして主役コンビの捜査に同行。
 一方で捜査の流れと別に、もう一つ別のストーリーがほぼカットバック式に語られ、話は中盤でかなり(中略)な道筋を明かす。

 人間の邪悪さを大きな主題のひとつにするいつもの伊岡作品らしい作りだが、後半3分の1~4分の1でさらに物語は斜め下の深みにはまっていく。強引で力業も感じる作劇と全体の仕上だが、リーダビリティはこの上なく高く、いっきに読ませる加速感は間違いない。
 まあ最後の悪役が滔々と語る心情吐露の図に、そこでまた荒っぽさを感じる人もいそうだが。

 事件を構成するパーツの組み合わせ方に工夫がある一方、先のような強引・力業・荒っぽいなどの不満も覚え、もうちょっと練り合わせようもあったんじゃないか、という気もしないでもない。が、出来たものには、とにもかくにも妙な活力は間違いなく感じるので、これはこれでいいか。
 活字が大きいので、今夜のショボい目にはやさしくて助かった。

 Amazonのレビュー眺めると、賛否両論の作品みたいね。うん、なんとなく良くわかる。

No.2113 8点 エイレングラフ弁護士の事件簿- ローレンス・ブロック 2024/12/01 04:44
(ネタバレなし)
・依頼人は絶対に無実である
 (無実の依頼人からしか依頼を受けない)。
・ゆえに依頼人は絶対に無実の判決を勝ち取る。

 この二条を鉄則とし、多額の報酬は常に依頼人が無罪を勝ち取った場合にのみ戴くことを約束する、成功報酬制を貫徹する弁護士マーティン・H・エイレングラフの事件簿。全12編。

 どういう方向のシリーズなのか、いきなり第1話から強烈なインパクトで見せつける連作短編ミステリ集で、その背徳感いっぱいなブラックな味わいは、あの喪黒福造辺りに通じる。

 午前中の病院の診察の待合中と、夕方のクラス会への往路&帰りの電車の車中であっという間にイッキ読みしてしまった。

 これほど地の文を省略し、スタッカートなリズム風の会話の連続で綴られ、それが効果を上げた連作シリーズってそう無いんじゃないだろうか。
 
 ローレンス・ブロックの短編作品はさほどまとめて読んだことがなかったこともあって、コレは存外に面白かった。

 2024年の海外翻訳ミステリのなかで、ひそかなダークホースになるんでないの?

No.2112 7点 あなたならどうしますか?- シャーロット・アームストロング 2024/12/01 04:24
(ネタバレなし)
 以下、感想&メモ

①『あほうどり』 
……旧題『悪の仮面』。懐かしの『火曜日の女』の一編『喪服の訪問者』の原作。同番組のクライマックス、(中略)が(中略)を(中略)するシーンのテンションは、今も覚えている。ようやっと読んだ。当然ながら翻案ドラマとかなり印象が異なり、後半は小説ならではの演出と効果を感じる。秀作。

②『敵』
……話術で読ませる話。手堅いゾクゾク感。

③『笑っている場合ではない』
……まんま「ヒッチコック劇場」だな。いや、ホメてます。

④『あなたならどうしますか?』
……たぶん「日本版EQMM」で、昔読んだ話か。これも話術で読ませる。

⑤『オール・ザ・ウェイ・ホーム』
……ワケあり主人公夫婦の巻き込まれサスペンス。良くも悪くもスタンダードな話の流れで、佳作。

⑥『宵の一刻』
……話の着想は面白い……かどうか、ちょっと微妙。イマイチ決まらなかった感あり。

⑦『生け垣を隔てて』
……構成と話者の妙でひねったパズラー。その辺をさっぴくとなんともない? ような一編ではある。

⑧『ポーキングホーン氏の十の手がかり』
……アームストロング版「シュロック・ホームズ」ものみたいな味わいで、ちょっとクスリと笑み。

⑨『ミス・マーフィ』
……あの(中略)の作者がこんな話を! と驚かされた一編。あらためて職人作家は一筋縄じゃいかないものと実感した。秀作。

⑩『死刑執行人とドライブ』
……設定のポイントが明快な、シチュエーションスリラーの逸品。1時間の短編(中編)アンソロジー形式のミステリ番組のネタにしたら、さぞ面白かろう。佳作~秀作。

総じて質の良い、一定レベルの短編ミステリ集。就寝前や、外出時の電車やバスのお供に最適な一冊であった。

No.2111 6点 楽員に弔花を- ナイオ・マーシュ 2024/11/29 13:39
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦後(たぶん)のロンドン。元パリ大使館員で55歳の英国貴族パスターン・アンド・パゴット卿(ジョージ・セッティンカー)は、ヌーディスト活動やらヨガの修行やら、多方面に興味を示す奇人として有名だった。そんなパスターン卿がいま熱中しているのは、彼自身アマチュア(セミプロ?)のドラマーとして参加する楽団での活動だ。しかもその楽団のひとりでピアノ式アコーディオ奏者の伊達男カルロス・リベラは、パスターン卿の再婚相手である50歳の貴婦人「セシール」ことレディー・パスターン・アンド・パゴットの連れ子で18歳のフェリシテ・ド・スーズと恋仲のようだ。楽団のパトロンであるパスターン卿は組織の運営にも口を出し、楽団の指揮者兼バンドリーダーのブリッジ・ベアレスを悩ませていた。そんななか、劇場「メトロノーム」で開催された演奏会のさなか、余興の空砲として使われるはずだった拳銃の発砲音ののち、ひとりの人物が命を落とす。

 1949年の英国作品。ロデリック・アレン主席警部ものの第15長編。

 空砲とすり替えられていた実弾による殺人? という趣向みたいなので、なんだ、アレンものの長編第二作『殺人者(殺人鬼)登場』の部分的リメイクか? とも思ったが、さすがに今回はちょっとひねってある。あまり詳しいことは言わないけれど。

 約360ページの本文はそこそこの厚さだが、おなじみ渕上氏の翻訳は快調で、そもそも今回はマーシュ作品のなかでも特に会話が多い印象なのでリーダビリティはかなり高い。ひと晩で読み終えてしまった。

 十人前後の楽団周辺のメインキャラも、サイドストーリーの某重要人物も、証言を聞かれる使用人連中もそれぞれの劇中ポジションなりに書き分けられている。渕上先生は訳者あとがき&解説で、マーシュの弱点は英国ミステリにありがちな事情聴取、証言を聞き回るくだりの冗長さだが、今回は健闘しているという主旨のことを語っているようだが、その辺は同感。特に脇筋で描かれる正体不明の人生相談役「G・P・F」のストーリー上の運用がうまい。

 ミスディレクションの鮮やかさも殺人トリックの創意も犯人の意外性もそれぞれそれなりのもので、佳作以上なのは間違いないが、じゃあこれが優秀作か? というと、トータルとしては(前述のようにキャラ描写の起伏による健闘は十分に認めるものの)中盤の証言聞き取りパートの間延びぶりからは逃れられなかった印象もある。
 たとえばクリスティーとかなら同じような話を書いた場合、後半にもう一回くらい、大きな事件を起こして話に刺激を与えるんじゃないかな、とも思った。

 それなりの力作で手をかけた作品なのは理解するが、全体の面白さを尺度にするなら、さらにもうひとつくらい何か欲しかったところ。うん、贅沢言ってるな(汗&笑)。でもマーシュの諸作のなかでは面白い方ではあるだろう。実質、6.6点くらい?

No.2110 6点 ペーパーバック・スリラー- リン・メイヤー 2024/11/28 06:42
(ネタバレなし)
 1970年代半ば(多分)。マサチューセッツ州、ボストンとケンブリッジの周辺。「私」こと精神科の女医サラ・チェースはフィラデルフィアの学会から帰る最中、空港で暇つぶしのために購入した一冊のスパイヒーローもののペーパーバック小説「おとなしく入ってはいけない」を読んで驚く。それは作中の主人公スパイ、ブラッド・スティールが忍び込む某医院の診察室の間取りや家具、備品の描写が、完全にサラの自宅兼医院の診察室のものと合致していたからだ。しかも作中の主人公の描写は、現実のサラの業務上の秘密ファイルの秘匿場所まで特定していた。自分の職場がおそらく確実に侵食された現実に一種の精神的レイプのごとく恥辱を感じたサラは、プロの恐喝者が誰か患者の個人情報を盗み出した仮説を抱き、小説の著者グレッグ・ビットマンに接触をはかるが。

 1975年のアメリカ作品。同年度MWA新人賞候補作。
 先日、書庫で別の本を探していたら、未読の本書が見つかった。
 たしかコレ、当時のミステリマガジンの読者コーナーに投稿が採用されて貰ったうちの一冊だった? とも思うが、シリーズ探偵ものでもないらしいし、特化した興味も湧かないのでずっと読まずに寝かしておいた作品だったような気がする。で、ここで見つかったのも何らかの縁だと思い、入手してから何十年ぶりかで昨日から読みだして、少し前に読了。

 作者のリン・メイヤーは、英語のAmazonで調べてもこれ一作しか著作がないみたいで、正に一発屋の女流作家。ちなみに旦那は長編小説が数冊翻訳されているヘンリイ・サットンだそうな。『悪魔のベクトル』の作者サットンと同一人物かね? それは持ってるハズだが、まだ読んでない(汗)。

 アマチュア探偵役の主人公が電話したり行動したりすると割合に簡単に情報が手に入ってしまうのは、ほぼ半世紀前は海の向こうもおおらかな時代だったんだねえ、という感じだが、その分、話はスイスイ進む。淀みなくストーリーが流れ、主人公の行動に制動がかかる描写も読者の納得を得られるように書いてあるのは作者の筆力を感じさせた。

 ちなみに本作は昨年2023年に日本のAmazonで初めてレビューがあり、そこの書評子は主人公サラのとんがった当時なりのフェミニストぶりが相当に気に障った? ようだが、筆者はそんなでもなかった。
 むしろ半世紀前の作品にしては、(前述のように情報開示のゆるい一面がある一方で)主人公の職場への踏み込みを精神的凌辱と感じるくだりとか、実に2020年代の今風の感触。そーゆーセンシティブさの方が、当時としても険しく際立っていて、むしろ二冊目の著作の執筆の実働に、作者の内側からか外側からか、ブレーキがかかったんじゃないか、と考えたりもした。いやもちろん勝手な仮説で妄想ですが(笑・汗)。

 で、最後まで読むと、事件の黒幕の悪役はある意味でいろいろと隙だらけ、時にアホともいえるのだが、一方で現実の犯罪者なんてこのくらいに自我が肥大して油断が生じてしまうのでは、という妙な? リアリティもあり、その辺は小説としての面白さでもあった。
 
 書き手が、ある種のヤマっ気を生じるタイプの別の作家だったら、もしかすると同じヒロイン主人公でシリーズ化していたかもしれなかったなとも思ったが、とにもかくにも、これは本作のみで消えた作家で主人公。
 でも今後もちょ~っとだけは、心には残るかもしれない。そんな一冊。

【2024年11月29日追記】
 翻訳は仁木悦子の旦那だった後藤安彦で、流麗だったが、編集はところどころ綻び。本文中で明らかな助詞のヘンな箇所があったし、巻頭の登場人物一覧でも
ドウェーン・スェット(×)
ドウェーン・フレンチ(〇)。
 あともし、前述のヘンリイ・サットンが実際に『悪魔のベクトル』の作者なら、その旨、訳者あとがきを書いた後藤氏に教示してほしかった。なにしろ自分のところ(早川)で出している作品なんだから。

No.2109 6点 石の林- 樹下太郎 2024/11/26 14:28
(ネタバレなし)
 昭和30年代の半ば。中堅企業「的場アルミ」の販売課長で46歳の速水竜伍は、亡くなった先妻との間の18歳の長女で今はBG(ビジネスガール)の麻子、後妻の34歳の紀代そして彼女との間に生まれた9歳の次女・やす子、長男で6歳の一郎とともに平凡で平穏な生活を続けていた。だがその年の5月、速水の部下で中途採用だった30歳の青年・三谷崇が睡眠薬で自殺らしい変死を遂げた。三谷は好青年だが酒に弱い一面があり、それで当人も深く苦悩していたことから、それが自殺の動機と思われる。しかし三谷の同僚で婚約者でもあった27歳の高遠万千子はさることから、その見解に疑念を抱いた。

 1961年に昭和旧作ミステリファンにはおなじみ、東都ミステリーの一冊として刊行された作品。文庫にはなってないようなので、元版の古書をネットで見つけ、そこそこの値段で買った。
 物語は全9章に分かれ、そのうちの最初からの7章にまで「速水竜伍」「高遠万千子」「速水麻子」などメインキャラの名前が章の見出しに使われる。描写は全編、三人称だが、当然、各章ごとに主要人物はその章の見出しの人物が軸になる多視点描写の作り。
 事件性の核は三谷の死だが、もうひとつ、一時期、継母との折り合いの悪さから非行に走っていた麻子が、その時の同世代の愚連隊につきまとわれる事案があり、こちらも麻子の父で主人公格の速水を悩ませる事由となる。
 
 登場人物たちの立場の推移を追いながら、同時に隠されていた真実が暴かれていくタイプの真っ当なサスペンスミステリ。
 現代の作品でいえば伊岡瞬か天祢涼の一部の諸作に通じるような、家庭と職場の周辺(というか生活の場)に物語の軸足を置いたヒューマンサスペンスという趣だ。
 決着には正直、大きな意外性はないが、劇中の登場人物たちの弱さやしたたかさ、切なさを冷徹に見つめる一方、人の心の強さや温かさにも目を向ける作者の人間観は感じられ(特に速水家周辺のクロージング部など)、全体的に悪くはない佳作といった出来。ものの考え方が部分的にいかにも昭和風なのは、まあ当然、本作がその時代の作品だからということで了解。

 本文一段組。大き目の級数の活字で200ページ前後。スラスラ読めるが、それなりの読後感は残る一作。

No.2108 7点 マジック- ウィリアム・ゴールドマン 2024/11/25 18:49
(ネタバレなし)
「わたし」の名は「ファッツ」。腹話術の人形で、テレビでも人気を博す30代前半のハンサムなマジシャン兼腹話術師コーキー・ウィザーズの相棒だ。相棒コーキーは、本名チャールズ・ウィザーズ。コーキーはもともと、スポーツ好きだが非健常者だったため息子にプロのスポーツ選手となる夢を託したマッサージ師の父親マットに養育されたが、10台の半ば、無理なフットボールの練習中に両足を骨折。入院中に病床の中でカードマジックに興味を覚え、青春時代の苦い失敗の想い出などを重ねたのち、ベテラン奇術師のマーリン・ジュニアに弟子入りした。師匠マーリンから奇術は常にエンターテインメントであれとの教えを受けたコーキーは、失敗のなかでファッツに出会い、それから「二人」は栄光の道を歩み始めた。だがコーキーがひとりの人物に再会したときから、事態は新たな局面に向かう。

 1976年のアメリカ作品。
 邦訳ハードカバーのジャケット表紙に不気味な顔(つまりこれが人形のファッツだ)が描かれており、最初に本書を手に取った時から読みたいけど怖い、怖そうだけど読みたい、の気分を振幅させていた。
 で、この十年くらい、もういい加減読もう読もうと思ってはいたが、実はまだ本の現物は購入してなかった。そのくせ、古書価は常時、総じて高値安定でなかなか手が出しにくい。
 そこで一念発起して、このたび図書館で借りて読んでみた。

 腹話術師(&マジシャン)の芸道、そこから生じた人格乖離、といった軸となる文芸設定は当初から作者も読者も共有する趣向(前提)で語られるサイコスリラーサスペンスであり、じゃあ初めからネタを割った分、話はどこに向かいどのように流れるのかという興味が湧くが、その辺は現在形のプロローグから、一旦過去のコーキーの少年期に時代設定が戻り、そこから改めて本筋が動き出すという構成で見事にクリアされている。

 真の本編といえるコーキーの少年時代からの歩みは、スティーヴン・キングのよく出来た作品に通じる青春ドラマでぐいぐい読ませる。本書はこういう作品だったのか、と思った時点で、読み手はたぶんまんまと作者に乗せられている。

 中盤から現在形の時勢に話が戻り、そこからクライマックスに向けてじわじわと話が転がっていくが、意外なほど二人の主人公(コーキーとファッツ)の視野は広がらず、常にまとまりのよい人間模様が綴られていく。カメラアイを固定気味にしたような後半の筋立ては、なんとなく予期していたものとは違ったが、特にその構成で破綻したわけでもなく、むしろ前述のようにまとまった仕上がりだ。
 二段組の本文で250ページ弱はこの設定、話の流れにしては短い、という思いもないではないが、とにかくひと晩でいっきに読んでしまった。作品のある種のネタバレになるかも知れないので読後感は控えるが、思っていたようなコワイものとは少し違う(いやショッキングなシーンはそれなりにあるけど)ものの、なんか別の感触で(中略)と楽しめた感じ。
 ただまあ8点……はちょっと高すぎるんだよな。この評点内の高い方で、ということで。
 大枚はたいて稀覯本を購入する必要はないと思うが、そこそこの値段かもしくは借りて読めるなら、キングのスーパーナチュラル度が低めのホラー系作品とかがスキなヒトなら一読しておいても悪くはないとは考える。

No.2107 6点 愛と疑惑の間に- ヴェラ・キャスパリ 2024/11/24 16:07
(ネタバレなし)
 1960年代のニューヨーク。当年47歳のフレッチャー(フレッチ)・ストロートは、一代で巨万の富を築いた億万長者だ。莫大な資産と男性的な容姿に恵まれた彼は5年前に19歳も年下の美人モデル、エレイン・ガーディーノに一目ぼれ。古女房ケイトを金の力で強引に離縁させ、エレインを後妻に迎えた身だった。だがそんなフレッチャーも喉に悪性の腫瘍ができたたため、患部を除去。その結果、健常な発声が不能になった彼は一線を引退し、同時に完璧な男性としての自信を失っていた。現在のフレッチャーは、劣等感の暴走から妻エレインが非健常者の自分を見捨ててひそかな不貞を働いてるのでは? という妄執に憑りつかれ、その想いを日記に書き連ねるが……。

 1966年のアメリカ作品。『ローラ殺人事件』の作者ヴェラ・キャスパリの、長編ミステリ第11弾。邦訳がある三冊のうち、本書のみ本サイトに登録があってレビューが無いので、しばらく前に気になってネットで古書を入手。一昨日から読み始めて、今朝読了。

 名前の出る登場人物は一応20人以上いるが、メインキャラといえるのはフレッチャーとエレイン、それにフレッチャーの娘で22歳のシンディーと彼女の29歳の夫ドン(ドニー)・ハスティングスと、エレインの主治医で独身の二枚目ラルフ・ジュリアンの5人だけ。ほとんどストロート家の邸内をステージにした、舞台劇を観るような流れ。こういう話で設定だからフレッチャー本人の、さらには疑惑を持たれたエレイン側、双方のあれこれの疑心暗鬼、さらには娘夫婦たちの心象、生活描写が綿々と書き込まれ、じわじわと緊張感を高めていく。それはいいが、大きな出来事が起きるのは中盤以降なので、そこに行くまでがちょ~っとだけキツイ。いやそのジワジワ感のテンションをじっくり楽しむのが正しい読者の立ち位置だが、もうちょっと話を転がすネタを用意してほしかったのも正直なところ。
(ただし決してダラダラとかではなく、ストーリーにはそれなりのベクトル感はある。)

 ミステリの決着としてはそれなりのクセ球を放って来た感じで、主要人物の内面描写を全編、密にしながら、実は読者に明かすところとそうでないところを描き分けていた作者の筆遣いが効果をあげている(ネタバレにはならないと思うが)。

 たぶん翻訳家や編集部がソの辺を評価して、邦訳発掘(2000年当時)したのだろう。決して記号的なポイントでミステリ史上に残るようなものではないとも思う。たぶんこれって、読解の深度の下駄を受け手に預けたようなところもあるよね? 
 トータルとしては佳作、か。

 キャスパリは十数冊の長編ミステリがありながら、邦訳はまだ3作のみ。もしかしたら未訳のなかにまだちょっとした佳作~秀作が残ってるかもしれない気配もないではないので(実際はどうかわからないが)、もし何かアルのでしたら今からでもどこかで発掘をお願いしたい。
 2024年の現状、海外クラシックの発掘翻訳にまったく勢いがないので、望み薄ではあるが。そういえば、この本作を邦訳してくれた小学館文庫も、ラインナップはあれこれとステキだったよねえ。

No.2106 7点 第六実験室- 佐野洋 2024/11/21 06:14
(ネタバレなし)
 大財閥「鳥羽コンツェルン」の当主・鳥羽辰彦と大学時代の親友だった、「千代田女子大」の教授・春部良介。犯罪学の研究で高名を馳せた45歳の春部は、その鳥羽の後援を受けて、鳥羽コンツェルンの一角である大手企業「中央電機」の分室的な組織の形で「中央完全犯罪研究所」を開設した。十戒の第六条「汝、殺すなかれ」にちなんでのちに「第六実験室」の別称を得る同所は、殺人を含む完全犯罪の探求にまで至る組織だ。中央電機の秘書室から同研究所に移籍した25歳の宮村整子は、春部の助手の立場となり、やがて民間から4名の研究員を迎えるが……。

 角川文庫版で読了。
 以前からはっきりした内容も知らぬまま<佐野作品の中では結構面白い>という世評のみ何となく聞いていたような一冊で、少し前に改めて興味が湧いて、ネットでそんなに高くない古書を購入してみた。

 乱歩の中短編にありそうな、犯罪に憑かれた奇人譚を想起させる設定で開幕するが、最終的になかなかトリッキィな仕立てのミステリに着地する技巧派作品。
(つーことで中身の具体的なアレコレに関しては、あまり言えない・笑。)
 
 最後までそこまで上手く事が運ぶかな、と思わせる箇所もないではないが、創元の旧クライム・クラブで出会えそうな変化球ミステリ感はとても楽しい。
 登場人物もそんなに多くないので、スラスラ読めるとは思う。
 佐野作品のベストワンにはしたくないし、しなくてもいいとは思うがオールタイムで上位5本を挙げろというのなら、その一角には入るんじゃないの? とも思う。いやまだ、評判が高い作品で未読なのもいくつかありますが(汗・笑)。
 
 少なくとも作者の諸作の幅広さ、懐の深さ、を知るためには、確実に読んでおいた方が良い一冊だとは思うぞ。

No.2105 8点 アバランチ・エクスプレス- コリン・フォーブス 2024/11/20 21:59
(ネタバレなし)
 1970年代半ば。東西の国際情勢が、デタント前夜の冷戦状態だった時代。KGB周辺の要人で西側諸国に情報を提供してきた謎の大物スパイ「アンジェロ」が、西側への亡命を希望してきた。「ブルーノ」こと時の米国大統領ジョセフ・モイニャン直下の諜報工作集団で、複数の国籍の精鋭スパイで編成される組織「スパルタ・リング」がアンジェロの身柄を迎えに合流地点のルーマニアに向かう。だがKGBの実力派幹部「幽霊大佐」ことイーゴリン・シャルビンスキー大佐もまた、自軍そして東ドイツの諜報組織GRUの面々を動かし、裏切者アンジェロの抹殺に動き出した。
 
 1977年の英国作品。65年にデビューの英国冒険小説作家コリン・フォーブスの第7長編。映画化されているのは知っているが、観たことない。

 先日、近所で開催された古書市でHN文庫版を100円で拾ってきて読んだが、評者は何十年ぶりかにこの作者の作品を……いや、もしかしたら初めてか?(汗)。例によって本だけは、何冊か買ってあるが(笑)。

 要人アンジェロを迎えた西側スパイチーム(多国籍メンバーの主人公チーム「スパルタ~」に、スイスやイタリア、オランダ複数の諜報組織が密に協力)の道中に、KGBとGRUの刺客が手を変え品を変えて襲い、それを撃退……。この図の連続を、多角的な視点描写で語っていく内容。
 ひとことで言えば懐かしの『隠密剣士』の第3部、松平定信の京都行きの道中を尾張藩の手勢の伊賀忍軍から護衛するロードムービー編、あの東西スパイ版と思えばたぶん一番わかりやすい。

 訳者あとがきでも先に自己弁護してるが、正に登場人物は全員が面白いお話を転がすためだけの駒。しかしその割り切った作劇の分だけの醍醐味は確実にある、厚みのある肉汁いっぱいのハンバーグみたいな作品。決して松坂牛のステーキではない。
 タイトル「アバランチ(雪崩)エクスプレス」の表意はちょっとだけ意外なタイミングで回収され(あまり書かない方がいいけど)、まだまだページはあるのに、あとはどーすんだと思っていたら、それ以降もちゃんと見せ場は用意されている。

 新旧世代のライバル作家が群雄割拠の20世紀後半の英国冒険小説文壇の場、これくらいサービスしなきゃプロとしてやっていけないよね、という感じの作者の気概は感じた。これはこれで、よく出来てはいると思う。

 まあヒトによっては薄っぺらい、文芸的な主張も観念もない読み物作品とケナすのかもしれんが、少なくともネタをギューギュー詰め込んだ作者の読者サービスぶりは、評価、である。

 自分の職分、執筆ジャンルを娯楽派冒険小説に割り切った作者の覚悟は感じられる作品。もうこの手の純粋培養エンターテインメントなんて流行らないかもしれんけど、タマに読んでよい意味でお腹いっぱいになった。
 評点は0.2点くらいオマケ。

No.2104 7点 ジャングル・キッド- エヴァン・ハンター 2024/11/18 22:43
(ネタバレなし)
 エヴァン・ハンターの、同名義での米国本国での5冊目の著書で初の短編集。原書「The Jungle Kids」(1956年)に収録された前12編の短編をそのまま翻訳、収録してある。ちなみにこれ、「クイーンの定員」の第114番目。

 以下、簡単に各編のメモ&感想。

「初犯」……押し込み強盗を犯して逮捕され、尋問される非行青年の話。平凡な人々の人生のすぐ隣にある非日常を絶妙な語り口で伝える話で、最後の幕切れが……。秀作。

「明日は誰奴だ」……暗黒街の殺し屋の日常のワンシーン。「初版」と続けて読んで、もしかしたらこの一冊、かなり手応えのある短編集かも? と期待を抱かせてくれる出来。

「ちいさな事件」……教会に遺棄された赤ん坊の死体。警官を主人公にした警察小説だが、しみじみとした人間ドラマ。

「ほっといてくれ」……警察の目をかいくぐり、秘匿していた麻薬の回収をしようとする麻薬患者のとある苦闘。都会の一角での妙なロケーションの設定が面白い。

「後をつける者」……ストーカー(今で言う)につきまとわれる? 美人妻。赤川次郎のそこそこ出来がいい短編みたいな味わい。

「壁」……『暴力教室』の路線の学園・不良少年&青年教師もの。白にも黒にも大別されない人間観は、普遍的なものがある。

「カモ」……少女の強姦殺人事件。その容疑者を弁護する、友人の弁護士。これはまあ、良くも悪くも……のスタンダードな。

「死にざまを見ろ」……非行少年から警官への銃撃。短い紙幅の中に緊張感が凝縮された一編。

「ジャングル・キッド」……「壁」と並ぶ本書中でもう一本の青年教師&飛行少年もの。「壁」よりもストーリーの起伏を感じるし、物語の決着もまとまっているが、その分、ちょっと心へのフックが弱い……かな?

「殴る」……酔いどれルンペン元探偵カート・キャノンの旧名マット・コーデルもの。ポケミス&HM文庫『酔いどれ探偵街を行く』に収録された正編の最終編「街には拳固の雨が降る」と同一の内容だと思う。

「暴発」……暴発事故で奪われたひとつの命。その悲しみの中で……。これも、きれいに? まとまった一編。
 
「ラスト・スピン」……非行少年同士の対立に始まる、ロシアン・ルーレット。その緊張を楽しむ二人。ラストの余韻が……。

 全編、総じてなかなか面白かった。日本版「マンハント」ほかで先に読んだような作品もいくつかあるが、ハンターの筆の達者さを感じる。半世紀以上前の旧作なので、一部、ある程度、手の内が透けてしまうのはまあ。でもなんかミステリ的に弱くても、どこか印象的な場面なり、登場人物のキャラクター描写なりがある。良質の短編集だと思うぞ。

No.2103 5点 逆転ミワ子- 藤崎翔 2024/11/17 06:59
『逆転美人』『逆転泥棒』に続く「逆転シリーズ」第3弾だそうである。

『~泥棒』は未読だが、本書は短くてスラスラ読めそう(実際にそうであった)なので手に取った。
 が、出来は「……ん、まあ」。

 あんまり多くは言えないが、シリーズの方向性が何か、根本的に、間違っているのではないか。

No.2102 8点 去りゆく者の裁き- デイヴ・ペノー 2024/11/17 04:52
(ネタバレなし)
 その年の2月。アメリカはアパラチア中部のロック群。酒に酔って親の車を運転する18歳の若者ジミー・ジョーが、黒人の青年デューイ・ブレイクを、その妻マリーサの前で轢殺。そのまま、ひき逃げした。ジミー・ジョーの父ハッセル・ブランドは検察官で、すでに第13司法区巡回裁判官への昇格が内定している現地の法曹界の大物だった。少年のひき逃げを知った悪徳保安官バッド・ビル・マクーノスはブランドに事態を報告し、事件の隠蔽をはかる。だが28歳の新任検察官ジョシュア・ディバークとその妻兼秘書のクリスタは、真っ当な正義感から轢き逃げ事件の捜査に着手するが。

 1987年のアメリカ作品。
 作者デイヴ・ペノー(デヴィッド・エリオット・ペノー)は1947年生まれ。法曹界や報道記者の職場などで活躍ののち、専業作家に転身。9~10冊の著作を記したのち、1990年に43歳の若さで心臓発作で早逝した。
 日本では本作の前後の時期に、警察小説ホイット・ピンチョン捜査官シリーズが4冊、ハヤカワミステリ文庫に収録(1990~92年)。つまり30年前の翻訳ミステリファンの間では、それなりの支持を得たようだが、本サイトには作家名の登録もなく、2020年代の現在では忘れられかけた作家かもしれない。

 実を言うと評者も半年前までは全く未知の作家で、本作にもなんの接点もなかったが、出先のブックオフで今年の春季~夏季? に本書を100円棚で発見。ヒギンズのあの名作『死にゆく者への祈り』を想起させる邦題がなんとなく気になって、全くのフリで購入してきた。
 で、昨夜から二晩掛けて読んだが、予想外に面白かったというか、とても良かった。
 
 ひとことで言えば、80年代に臆面もなく(←これは良い意味で)、正にあのW・P・マッギヴァーンの社会派&アメリカの正義啓蒙ミステリの世界を再現している!?

 地方都市の腐敗に挑む清廉な主人公とその仲間たちの苦闘の構図は確かに図式過ぎ、そこが旧弊ではあり、先に書いたように80年代になってまんま50年代風のヒューマンドラマミステリを臆面もなくよくやるわ、という感じではあるのだが、結局は、やはり、<ソコ>こそが、自分みたいなタイプの読者の魂に響く。王道? いいじゃないの! 
 たとえば当時のアメリカ私立探偵小説のジャンルを鑑みるなら、ネオハードボイルド時代の渦中のど真ん中にあって、正統派やら変化球やら玉石混交にあれやこれやが混じり合う混迷のミステリ・シーンのさなか、あくまで真面目にこういうトラディッショナルなものをあえて著した作者の精神&根性に、すんごくホレます。
(まー、まだ一冊読んだだけでアレコレ言うのはナンだけど。)
 それだけに訳者あとがきで、本書翻訳刊行の時点で作者がすでに故人ということに、軽い~相応のショックを受けた(……)。 

 クライマックスのさなか、主人公ジョシュアの心がちょっとだけあらぬ方に向かう辺りとか、メチャクチャ泣ける。副主人公格の84歳の元裁判長長官ラフナー・スタームの造形とかもとてもいい。
 ストーリーの流れがリズミカル過ぎて、なんか大映ドラマの面白い作品をまとめて(録画とか映像ソフトとか配信とかで)観ているような感じがなきにしもあらずだけど、それでもその上で、全体のソツの無さにまったくイヤミを感じない仕上がり。
 
 若い頃に読んでいたら、もっともっと心に響いたかもしれんな。先にマッギヴァーンみたいと書いたけど、あともう一つ、連想したのはシェルドンの長編で一番好きな『天使の怒り』(どの作品にもネタバレにはなってないハズなのでご安心を)。
 まー、こういう作品にタマにフリで出会えるからこそ、ミステリファンライフは楽しくなる。あくまで、個人的に、かもしれませんが(笑)。

No.2101 5点 不良少年- 結城昌治 2024/11/15 18:43
(ネタバレなし) 
 1970年代の初め。高校を休学し、一方でシンナー遊びで酩酊する非行にふける17歳の少年・澄川隆は、たまたまの成り行きで暴力団・天神会傘下のナイトクラブ「スターパレス」でボーイのバイトをしていた。そんな少年は支配人・大竹が閉め忘れた金庫の中に、自動拳銃を発見。それをひそかに隠匿し、職質してきた警官・椿を争った末に射殺してしまう。天神会の面々が少年の行方を追う一方、かつて家庭裁判所で澄川隆に縁があったひとりの中年調査官も彼の軌跡を追い始めた。

 中公文庫版で読了。大昔に元版が新刊で出た際にミステリマガジンの書評の俎上に乗り、それが何となく、しかしどこかしっかりと何十年もの間、心のどっかに引っかかっていた。レビュアーはたぶん若き日の瀬戸川猛資で、書評のなかの一文、どこかリュウ・アーチャーを思わせる調査官……という主旨の記述が気になったんだと思う。実際にこの調査官は本作のもうひとりの主役といえるポジションだが、その本家アーチャーの透明性をなぞるように、最後まで名前も出ない。

 で、まあ5年位前からややホンキで読みたくなって、手頃な古書を(できれば元版で)探していた。
(もしかしたらすでに買っているかもしれないが、だとしたら例によって家の中から見つからない。)
 それで半年位前に、高田馬場の古書店で廉価で文庫版を入手。

 一昨日から読み始めたが、う~ん、あれこれ思い入れ? が過剰すぎたためか、今一つであった感じ。
 円熟した作者の文章に一定の格調は感じるが、機軸の主題が重いシリアスな青春クライムノワールなので、読んでいてメンタル的に少し厳しい。まあそれはもちろん想定内ではあるのだが、何より2020年代の今読むと、話の流れが類型的に思えて広がらない。良くも悪くも定食の青春ノワールという味わい。
 70年代初頭の都内の、ヒッピー文化が廃れたデカダンな時代性は感じないでもないが、そういう興味だけで読むのはツライよねえ。

 どっかの奇特な商業原稿の依頼がきて、お金あげるからこの作品を語れとかでも言われたら、自分にウソをつかないように言葉を選びながらホメるところをいくつか探すことはできそうな気もしないでもないが、素で読んで積極的にいいとは言いにくい一冊であった。
 まあ人を選びそうな作品なので、もしかしたらもっと結城昌治作品の系譜に親しんだ人とかなら、高い評価をするかもしれませんが。

No.2100 6点 日光浴者の日記- E・S・ガードナー 2024/11/13 15:47
(ネタバレなし)
 弁護士メイスンの事務所に白昼、掛かって来た電話。それはゴルフ場の近隣で全裸で日光浴を楽しんでいる最中、着ていた衣服もろとも移動住居のトレーラー(キャンピングカー)を盗まれてしまった若い女性アーリーン・デュヴァルからの、窮状を訴えるものだった。とりあえず婦人服を用意した秘書のデラとともにアーリーンのもとに向かったメイスンは、身支度を整えた彼女の事情を聞く。どうやらトレーラーの盗難は事実らしい。実はアーリーンの父コルトンは元銀行員だったが、銀行の多額の金を輸送中に横領した疑いを掛けられ、5年間服役中だった。だがまだその大金は見つからず、一方で父の無実を信じるアーリーンは事件の仔細や自ら調査した情報を日記に書き留めていた。それもトレーラーとともに盗まれてしまったようだ。メイスンは私立探偵ポール・ドレイクとその部下たちの協力のもと、トレーラーの行方を追うが、やがて事態は予期せぬ殺人事件に繋がっていく。

 1955年のアメリカ作品。メイスンシリーズの長編第47弾。
 
 久々にメイスン成分が補給したくなって、どうせならエッチな(要素のある)ものを読もうと中学生時代に一度読んだポケミスを数十年ぶりに再読する。
 事件も犯人もミステリ的なギミックも完全に失念していて、冒頭でゲストヒロイン(アーリーン)が電話でメイスンに訴えた「郵便切手を隠すほどのものも、身につけていないんですのよ」の文句のみ覚えていた。今でも東西のミステリ史上全域において、筆頭格のイヤラしい名セリフだと思う(笑・汗)。

 メイスンシリーズは全般的に、中盤からの筋立ての分岐が顕著で、ちょっと気を抜くと話の流れを見失いかける危うさがある(よくできた時はそこがミステリ的に面白いのだが)が、今回はメインストーリーが太い幹となっている印象で非常に読みやすい。シリーズの円熟を感じさせる仕上がりだ。

 終盤、残りページが少なくなる中、本当にこれで真相の解決まで行くのかな、とも思ったが、読者には伏せておいた情報を作者側がいきなり語り、急転直下の決着に導く。その辺にちょっとだけアンフェアさを感じて個人的には微妙な思いもしないでもないが、確かにその分、サプライズ感はそれなりにあった。

 真犯人の正体は、えー!(これも良くも悪くも)という感じで、某・欧米の巨匠パズラー作家の変化球作品を思わせたが、この辺はタマには? こういうクセ球を放ってみたくなった当時のガードナーの茶目っ気だったかもしれない。
(あと写真撮影関連のギミック、これって……。)

 全体としては佳作~秀作の中か下。メイスンシリーズとしてはBの上くらい。
 これでひとまずメイスンものには満腹したような、それなり以上に面白いのでまた近くもう一冊くらい読みたいような、そんな気分の中を振幅する感じ。たぶんメイスンファン(の末席)としては、すこぶる健全な反応であろう?

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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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