皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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人並由真さん |
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平均点: 6.34点 | 書評数: 2190件 |
No.2150 | 7点 | 双頭の蛇 - 西村寿行 | 2025/01/23 07:56 |
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(ネタバレなし)
昭和51~52年(1976~77年)に、各誌に掲載したノンシリーズの中短編5本を集めた一冊。 たぶん角川文庫のオリジナル短編集だと思う。 以下、各編のメモ&寸評。 『狂った夏』……ヒッピーや暴走族たちの若い一団が牛耳る夏の地方の町。だがそこは町おこしをしたいが売り物がなにもない地方が、アウトローの彼らに提供した「裸祭り」の場だった。そんななか、行政とアウトローの癒着に反意を抱いた男は……。いきなりクレイジー度が全開の作品。本書全体の暴れ馬ぶりを予見させる中編。 『まぼろしの川』……親友・遠山の妻・慎子が、先祖代々続く実家の因習行事に向かったまま、行方を断った。二線級作家の影近は、奥行きのありそうな慎子の捜索のため、人員を集めるが。昭和の後半に香山滋の世界を寿行風に描くとこうなるのか……と思わせた引き続きクレイジーな話。終盤のやや唐突な切り返しの文芸が鮮烈。 『双頭の蛇』……安アパートから待望の高級マンションに越した一家。だが同家の夫婦は、同じアパートの住人の害意に惑わされる? 前2作より日常のなかの不穏さを主題にした話だが、不快かつどこか蠱惑的なゾクゾク感は最高クラス。二転三転の結末もよし。 『荒野の女』……アパートで起きた殺人事件。逮捕されて留置場に入れられた40歳代の女の肉体には、ある秘密があった。掛け合わせの倒錯趣味の行く付く先、という官能文学的な主題を扱った作品。ミステリというよりブンガクっぽいが、寿行ファンは題材の選択にもその料理の仕方や叙述のクセにも、あれやこれやとそれらしさを伺う。ここまでの4編が中編といえる長さ。 『呪術師たち』……新宿でひとりの老人が、課長職のサラリーマンに死相の発現を宣告した。わずかな余命におびえる男は、おのれの救命のため、ある思い付きにすがろうとするが……。やや短めな上、少し毛色の変わった話。寿行って、こういうのも書いていたんだ、という印象だが、これはこれで面白かった。 以上5編、寿行らしいイカレた作品世界が、ひとつひとつ微妙に(最後のはそれなり以上に)ベクトルの異なる感触で、それぞれ楽しめる一冊。寿行は大昔から長編主体に読んできて中短編集はまだ二冊目だが、そういう短めのものも悪くない。 後期のちょっとユルんでしまった気配のある長編なんかより、たぶんこっちの方が面白いだろう。 |
No.2149 | 8点 | タイガー田中- 松岡圭祐 | 2025/01/22 07:09 |
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(ネタバレなし)
1963年4月。日本の公安調査局長官「タイガー田中」こと田中虎雄は、英国のMI6から出向して九州で行方を断った諜報員ジェームズ・ボンドの去就を探っていた。25歳の公安調査員で、そしてタイガーの娘でもある田中斗蘭はそんななか、ひとりの人物に遭遇した。 原典尊守派パスティーシュの傑作『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』を2021年に著した作者による、007=ジェームズ・ボンド正編世界の間隙を縫った一大娯楽編パスティーシュ(贋作)。 作者が以前から大の007愛好家らしいことはウワサで聞いており(具体的なことは詳しくは知らないが)、フレミングの原作を某・長編一冊を除いて全部十代のうちに読んでしまった活字系ボンドファンの評者としては、先の『黄金仮面の真実』の完成度も踏まえて、この人ならさぞ満足のいく2020年代の新作パスティーシュを読ませてもらえるだろう! と、大きく期待が膨らむ。 で、設定の通りこの作品は『007号は二度死ぬ』の後日譚だが、同時のその直前の正編『女王陛下の007号』の続編的な性格の新作物語でもある(そこまでは語らせてほしい)。それで、できるなら本書を読む前にその2冊は読んでおいてほしい(単品でも楽しめるが、先にその2作を嗜んでおいた方が、確実に本書の面白さは倍化する)。 いや、本来ならフレミング自身に、正編の原作世界でやってほしかった<アノ趣向>やら<カノ趣向>までこの作中で実現させ、その辺の目配せぶりは確かに最高に良い意味で、原典の<本物のファン>ならではのオマージュぶり。 特に中盤、順を追って劇中に顔を見せる二大メインゲストの登場には、007ファンとして熱い感涙で頬を濡らした(特に、後から出て来る方に)。 一方で原作世界で……(中略)という種類の大技のアレやコレやは、これって肯定していいのかな、まあパスティーシュも広義のパラレルワールドものだしな……という割り切りを要求するのだが、一方であくまで原作世界の叙述を損壊せず、ほぼちゃんと<正編の間隙にありえた、アントールドストーリー>として成立させている、そこが大人の芸。 うん、この作品はそれだからこそ、面白い。 まあどっかオールスターものというか「スーパーロボット大戦」的なお祭り作品の面白さでもあるんだけど、それはソレとしてタイガー田中と某・メインゲストキャラの交流のくだりとか本気で胸が熱くなる(あ、やっぱ、その辺は「スパロボ」的な作品の魅力だ。複数のタイトルの混載ではなく、あくまでワンコンテンツ内のパスティーシュではあるのだけれど)。 で、話がソウなってソウ流れるんなら、このパスティーシュの物語はどのように次の正編『黄金の銃を持つ男』にリンク……? というのが次第に大きな興味になってくるが、その辺もかなり鮮やかに、本作はこなしてくれている。 作者のマジメさがやや前に出て、しかもオリジナルキャラで実質そっちサイドでの主人公ヒロインの斗蘭の活躍にも相応に比重が置かれた分、いわゆる醤油味の海外ミステリパスティーシュになっている印象もちょっとだけあるんだけど、それでも新旧東西のオールタイム007パスティーシュの上位クラスに入る出来なのはもう間違いないね。 (途中、妙なミステリトリックが使われているのも作品の個性だ。) まー個人的には、ウワサに聞く「スター・ウォーズ」サーガの新作ノベル(多少購入はしてるが全く読んでない)で、映画正編で(中略)した(中略)がそのノベル世界ではやっぱり(中略)なんてのを聞くと、そこで、う~ん……と思っちゃう方なので、この作品もそーゆー面が無きにしも非ず、ではある。まあその辺は(リフレインになるけど)やっぱパスティーシュは、正編から分岐した広義のパラレルワールド作品、という割り切りで呑み込むのがよいか。 まあそーゆーのが全く受け入れられないのなら、最初からこの手のパスティーシュはことごとく回避すればいいんだけど、困ったことに自分は一方でなぜかこーゆー、よくできた、書き手の愛情たっぷりの、そしてなにより正編世界に気を使ったパスティーシュが大好きだったりする。 次作『続・タイガー田中』の設定は、正編の時系列がすべて完全に完結した後、『黄金の銃を持つ男』の後日譚だそうで、そっちも楽しみにしよう。 (下馬評で聞こえてくる大ネタが正直、ちょっと不安だけど、まーこの作者様なら、うまく捌いて下さるでしょう。) 最後に、本書の巻末にはかなり丁寧な解説がついてるけど、007ファンや先にタイトルを挙げた作品を既読ならその解説部分は先に読まない方がいい(嬉しいサプライズを楽しみたいでしょう?)。 だがもし、007にあんまり詳しくないというのなら、この新作パスティーシュの種々の仕掛けを理解するという意味合いで、本編の前に目を通しておくのもいいかもしれない。 いや、いちばんいいのは劇中で何かソレっぽいイベントが生じるたびに、少しずつ解説を覗くことかな? |
No.2148 | 5点 | 女虎(めとら)- カーター・ブラウン | 2025/01/19 08:11 |
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(ネタバレなし)
パイン・シティの墓地「永遠(とこしえ)の憩いの場」で怪事件が起きた。シティの名士である精神病医ジェースン・ソロの妻で、先日交通事故で死亡したというマーサの死体、その埋葬直前の棺の上に、別の死体が乗っかっていたのだ。もうひとつの死体の素性はバーニス・ケインズ。バーニスはソロ医師の秘書だった。「おれ」こと保安官事務所付けの警部アル・ウィーラーは、バーニスが何者かに殺されたことを認め、本格的に事件の捜査を始めるが。 1961年のクレジット作品。ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第19長編。例によって確実に少年時代に読んでいるが、内容はまったく忘れていた。 なおタイトルの「女虎(めとら)」(原題「The Tigress」)とは、マーサの親友で未亡人の赤毛の美女ターニア・ストラウドのこと。捜査を始めたウィーラーに向かい、ソロ医師が紹介した証人で、物語のメインゲストヒロインの一人だがニンフォマニアであり、それで男を喰う女虎という意味。ブラックウィドワーズの方が相応しいかも? とも言われている。 (ちなみにこのターニア、確実に主要登場人物のひとりだが、ポケミスの人物一覧表から名前が欠落。しかも彼女の文芸設定「マーサの親友、未亡人」という紹介の文言が、前述(あらすじ参照)のバーニス・ケインズの説明になっている。う~ん、ハヤカワのありがちな? ダメダメな編集ミスだ。) 発端の事件の掴みが微妙なので、これ、面白くなるのかな? と思ったが、残念ながら今回はハズレっぽい。 登場人物もいつものカーター・ブラウン調の際立ったオモシロキャラクターがほぼ皆無で、ミステリとしての構造も凡庸というか地味。サプライズもほとんど無い。 まあタイトルにちなんでか、ウィーラーが某・猛獣がらみでピンチになる見せ場はあり、そこはちょっと、東西のあれやこれやの旧作ミステリみたいなノリで、ほんのり面白かったが。 フツーにマジメすぎて、手堅くまとめ過ぎて、ウィーラーシリーズの中でも凡作の方ではあろう。 ウィーラーが大戦中に従軍しており、陸軍の情報部にいたという過去を胸中で述懐する(特に虚言をつく理由もないのでホントだろう)のだけは、ちょっとしたトリヴィアだったが。 あ、あとアナベル・ジャクスンの出番が多めなのは、救いかな。 |
No.2147 | 7点 | ごんぎつねの夢- 本岡類 | 2025/01/18 07:09 |
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(ネタバレなし)
後半、虚実が入り混じった文学史探求ミステリの趣も見せてくるが、そこが実に面白い。 そもそも、この導入部は―(以下略)。 結局、彼のしたことはー(以下略)。 根幹的な、大きな二つの部分にツッコミたくなるのだが、それでも読んで良かった作品。 本作=この一冊の小説を通しての個人的な感慨だが、改めて人間とは、面白く、切なく、哀しく、そしてときに愚かで、かつ温かい生き物だと思った。 2020年代の現代のものの考え方がちゃんと随所に盛り込まれながら、お話の作りがどこか昭和ミステリっぽかったのも自分好み。 決してそんなに大騒ぎするものではないんだけれど、それでも去年の国産ミステリの収穫のひとつではないか。 |
No.2146 | 5点 | 迷犬ルパン異世界に還る- 辻真先 | 2025/01/17 06:37 |
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(ネタバレなし)
チャウチャウと柴犬の混血で、一見どこにでもいる愛玩犬ながら、多くの難事件を解決に導いてきた? 名探偵・迷犬ルパン。そのルパンは彼女であるマルチーズのサファイア、そして自分の飼い主の少年・川澄健と健の幼なじみの少女・木暮美々子とともに異世界に転移した。異世界で人間の姿を得たルパンとサファイアとともに、健と美々子はその世界での国難に巻き込まれるが。 ベテラン・辻真先が1983年からスタートさせ、すでにのべ20冊以上もの関連作品がある「(名探偵)迷犬ルパン」シリーズだが、なぜか本サイトには現時点まで、ただの一冊もレビューがない(……)。 みなさん、そんなに迷犬ルパンがお嫌いですかあ? とさえいいたくもなる現状だが、かくいう評者も振り返ってみれば、このシリーズはリアルタイムで最初の第1冊めを読んだだけなのであった(笑・汗)。 そもそも言うまでもなく、本シリーズは赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズの堂々たる二番煎じ企画のハズだが(もしこの認識が間違っていたら、どなたかご指摘の上、仔細をご説明ください)、本家の第1作目の方が(トータルとしてミステリとしてはそんなに高い点はやれないものの)、アレやアレとかの趣向二つ三つでいまだ印象に残っているのに比べ、「迷犬ルパン」の第一作目はまったくもって内容を覚えてない(記憶にあるのは、物語の序盤で本家の三毛猫ホームズがカメオ出演したという、お遊びの趣向だけだ)。 というわけで正直、実は本シリーズには評者自身もさしたる心の傾斜など、まったくないのだが(大汗)、それでも一昨年2023年の冬コミケで、(当時)齢90歳(!)の大巨匠が同人誌の形(!!)で本作を刊行、しかも懐かしの(←いや、お前、懐かしがっていないだろ)「迷犬ルパン」シリーズの27年ぶりの新作(!!!)だと言うので、そりゃスゴイ! と、ついこっちまで浮かれて、Amazonの通販で、一冊購入してしまった。 で、一年経って、ようやく現物を読む。その感想がこのレビューである。 でまあ、冒頭から、シリーズに慣れ親しんだファンならいいのかもしれんけど、わかりにくい叙述が多くてイラつく。 たとえば主要登場人物の一人が、男子主人公・健の姉で女性タレントのランなのだが、地の文で「姉」と「ラン」を最初から別々に書き、それが実は同一人物だと理解するのに手間暇をかけさせられた。意味ないでしょ、それ。 高齢の書き手の著作だから仕方ないが、これが商業出版なら少なくともプロの編集者が<シリーズに初めて出会う読者><本当に久々にこのシリーズを読むファン>の目を意識してチェックし、作者に推敲を指示しているのではないか?(だって30年近く間があいたシリーズ新作なんだから、そういう送り手と受け手の微妙な距離感は、十分に想定できるはずだよね?) 物語そのものも、作者だけが面白いつもりらしい異世界でのロジック、その機微を連ねた展開がダラダラ続き、正直、ストーリーの大半の部分が読むのに苦痛だった(空間魔法を使った実質瞬間移動のアイデアだけは、なかなか面白かったが)。 まあ全体のページ数が短めで物理的・精神的な負担が軽微だったことは、有難かった。あと物語の後半で、辻先生自身がかつて関わった70年代の某・特撮怪獣番組ネタが出て来るのは楽しかった(でもあの怪獣ってツインテールですか? 何か勘違いされておられませんか?)。 つーわけで、壊滅的にツマンナイとまでは思わなかったが、実質「迷犬ルパン」に縁のない一見の読者が読んで、そんなに面白い一冊ではない。 ただまあ、ずっと「迷犬ルパン」に親しんできた往年のファンたちには、27年目の奇蹟のような贈り物(新作)だったのだろう? とも思う。イヤミや皮肉などの意はまったくなく、そういう素直な気持ちでこの作品を大喜びで迎えられた人は本当に羨ましい、とも実感した。 実質4点。前述の怪獣ネタと、高齢でも筆の勢いが衰えることのない、不滅の作者への自分なりの敬意の念を込めて、この評点で。 |
No.2145 | 7点 | 推しの殺人- 遠藤かたる | 2025/01/16 06:06 |
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(ネタバレなし)
どういうクロージングになるかはネタバレになるので、あんまり言わない方がいいね。 いつか本サイトのなんかの作品で使ったレトリック、そのリフレインになるけど、タイムマシンが手に入ったら55年前に行って、日本テレビの『火曜日の女』シリーズ用のプロデューサーに謁見し、今後の原作にどうですか? と推薦したい、そんなタイプの作品であった。 あ、メインヒロイン3人組をはじめとして、各キャラの人物造形は、個人的にはこの程度でいいと思う。あまり読み手に感情移入させるようなキャラメイクだと、こういう作品の場合、ウソ臭くなるように思えるんだよね。 私は実際に出来たこの作品の、劇中の面々の方が(以下略)。 これまでの皆さんのレビューの中では、文生さんの評にいちばん共感します。 |
No.2144 | 6点 | あつかましい奴- カーター・ブラウン | 2025/01/15 07:45 |
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(ネタバレなし)
1960年。カリフォルニア(本作中の表記はカルフォールニア)のパインシティ。夜の酒場でブロンド娘をくどいていた「おれ」ことアル・ウィーラー警部のすぐ側で、見知らぬ40歳代半ばの男が急死した。実は男は、ウィーラーになにか相談があると連絡を取ってきた弁護士ウォーレス(ウォーリイ)・J・ミラー当人だった。ミラーの死因は当初心臓発作と思われたが、本当はクラーレを用いた毒殺らしいとわかる。ミラーは妻と愛人に、等分に多額の遺産を託すつもりだった。ミラーの共同経営者の弁護士バークリイから情報を得るウィーラーだが、捜査を続ける彼の前に複数の美女が現れ、死体の山が築かれる。 1960年のクレジット作品。ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第15長編。この次の第16長編が、あのメイヴィス・セドリッツとの共演編『とんでもない恋人』。 大昔に読んでいる長編だが、例によって事件も犯人もミステリの仕掛けもすっかり忘れてた。ただしポケミスP74のお笑い場面、ウィーラーが入ったレストランで、仕事に多大なストレスを抱えた従業員に八つ当たりされるギャグだけは憶えていた。むろん、そのギャグがこの作品のものだということは、ま~ったく失念していたのだが。 Twitter(現Ⅹ)などでウワサを拾うと<なかなか犯人が最後までわからない><ちょっとひねった作品>という主旨の声もあるが、なるほど残りページが少なくなっても、どうにも事件の構造は露見しない。最後の最後で、ああ、そういう仕掛けか、と判明し、部分的にはこっちの推察もアタリであった。 (ちょっとだけチョンボかもしれない真相だけど、まあアリかな。) 犯人がわからずに音をあげ、ウィーラーに事件解決を直球で請願するレイヴァーズ保安官の図は、ちょっと印象に残った。 中盤~後半で、暗黒街関係の人間と渡り合って窮地に陥るウィーラーだが、正当防衛で相手を(中略)。そのあとの対処の描写などなかなか鮮烈。グレイゾーンの行動にも冷静に踏み出せる今回のウィーラーの描写がいい。 お笑いシーンは少な目(さっきのレストランの場面以外は)だが、お色気描写やベッドシーンに続く箇所は多く、たぶんウィーラーものの中でもゲストヒロインの多い方。 久々のこの作者の作品で、とりあえずこれでカーター・ブラウン欠乏症に一息つけた。またそのうち、近々読むであろう。 |
No.2143 | 7点 | 007/007は二度死ぬ- イアン・フレミング | 2025/01/14 06:17 |
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(ネタバレなし)
1960年代の初め。その年の9月。MI6の諜報員ジェイムズ・ボンドは、さる事情からいまだ不調のままだった。上司Mはそんなボンドの解任も考えるが、MI6顧問の精神科医ジェイムズ・モロニ―卿はボンド復活の可能性を示唆する。かくして新任務として日本に渡ったボンドは、日本の公安が管理する最新暗号解読機「マジック44」の譲渡を目的に、公安局長のタイガー田中と親交を深める一方、腹芸を重ねるが、やがて田中はボンドに暗号解読装置を託す交換条件として、九州に巣くう謎の怪人「死の蒐集家」こと植物学者ガントラム・シャターハントの排除を願い出る。 1964年の英国作品。 松岡圭祐の新作007パスティーシュ『タイガー田中』が本作の裏面史のようなので(そりゃタイトルを見りゃわかる)、復習のため、少年時代に読んだポケミスを引っ張り出してウン十年ぶりに再読した。 手持ちのポケミスは映画ジャケットカバー付き、昭和46年7月の25版。この重版数だけでもスゴイな。 本文約200ページちょっとで、3時間でイッキ読みしてしまう面白さである。冒険活劇としてのストーリーパートは核の部分だけに絞ればかなりコンパクト。歴代ゴジラ映画で言えば、他の作品ではゴジラと対戦(競演)怪獣との戦いがどれも最低2ラウンドはあるのに、これだけは1ラウンドしかない『東京SOS』みたいな作りだ(あ、ほかの原作ボンド長編は読み直してないし、いまだ某作だけは未読なので、うかつな事も言えないが)。 とはいえタイガー田中との饒舌な、日英……というより東西文化比較論の応酬(ところどころズレてるがそこもまあ味)、ツッコミどころ横溢ながら、読み手を飽きさせないストーリー展開……と、再読ながら(いや再読だから?)実に面白い。特に黒島にわたって敵陣に乗り込むボンドの図に、島の伝説の英雄のイメージがダブるあたりなんか最高に燃える。「キャプテン・フューチャー」のあのエピソードか。はたまた『新造人間キャシャーン』の名編「英雄キケロの誓い」か、てなもので。 まあ2020年代の目で素で読むと、大敵との決着はあまりにあっけないんだけど、その前に延々と自分のこれまでの悪業をくっちゃべる悪役の描写に感銘。うん、このノリこそフレミングよ、007よ、つー感じ。 つーわけで、メインディッシュのパスティーシュの前菜として再読した正編ですが(それってなんなんだ)、十分に楽しめました。考えてみたら21世紀になってフレミングを読んだ(再読した)のは今回が初めてだろう。 |
No.2142 | 7点 | ぼくの家族はみんな誰かを殺してる- ベンジャミン・スティーヴンソン | 2025/01/13 06:34 |
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(ネタバレなし)
物騒な題名の作品で、タイトルが含意する劇中情報も少しずつ回収。 しかし前半はクローズド・サークル設定のパズラーのような雰囲気で話が進むうち、いつのまにか事件は立体的なぶっとんだ方向へ転がっていく。 し・か・し、それでも最後はよくできたフーダニットパズラーとして終わるという、非常にくえない作品。 物語の潤滑油となってる(?)ミステリ・トリヴィア(というか作者なりの見識)も楽しく、その辺も本作独自のクセの強さを感じさせる。 犯人は、こういう作品なんだから……という観点で考えればわかるはずだったが、評者は主人公アーネストがどのヒロインとくっつくのかという興味を優先して読んでいたところもあり(なんだかな)、見事に足をすくわれた。 送り手の狙いはそれぞれ賞味したつもりだし、盛り込まれたサイドストーリーのいくつかにも感じるものはあったが、良くも悪くも挿話の物量でミステリの核の部分を目くらまししているような感慨もあり、その辺も踏まえてこの評点。 いや、トータルで楽しかった一冊なのは間違いないが。 シリーズ二冊目も、邦訳されればたぶん必ず読むでしょう。 |
No.2141 | 8点 | 誤配書簡- ウォルター・S・マスターマン | 2025/01/10 08:05 |
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(ネタバレなし)
その日、ロンドン警視庁で最も冷静な警察官と評判をとるアーサー・シンクレア警視は、匿名の人物から電話を受ける。その内容は、現職の内務大臣が殺害されたという情報だった。シンクレアは、警視庁に顔を見せた元法廷弁護士の私立探偵シルヴェスター・コリンズとともに内務大臣ジェームズ・ワトスン男爵の自宅に向かうが、そこで彼らは男爵の射殺死体を目にした。そんななか、シンクレアの周辺の捜査官のなかに不審な動きをする者がおり、一方で被害者ワトスン男爵がだいぶ以前に南米に追いやった放蕩者の息子の存在が浮かび上がってくる。 1926年の英国作品。 面白そうなクラシックミステリの発掘作品? という興味で、しばらく前に邦訳のペーパーバック版を古書で購入し、それからずっとツンドクにしてあったが思い立って今夜読む。二段組だが本文の総数は150ページちょっとと短め。たとえば60~70年代の創元文庫の、普通の級数の書体の本にしたら200~250頁くらいの長さかな? 深夜(早朝に近い時間)から読み始めるには、適度なボリュームでちょうどいい。 ……なるほど荒っぽいところもないではないし、小説の叙述としてのこなれはもうちょっといじくりようもあるが、それでもとても良くできている。仕込みの大ネタの2つ3つは見破ったが、最後の真相のサプライズには思わず、胸中で「あっ」と声が出た。 (これってもしかしたら、我が国のあの作品の……(以下略)。) で、前述のようにラフな書き方で済ませているところもそこかしこにある感触だが、一方で矛盾やインチキを探そうと意地悪な目であとから読み返すと、意外なほど巧妙に、あちこち気を使っているとも思った(翻訳がその辺に目配せして、いい意味で全体を演出しているのかもしれないが)。 あえて弱点を探すなら、終盤、関係者の供述というややイージーな手法で真相が語られることだろうが、これもちょっと一筋縄じゃいかない面があり、その辺も気に入った。 無名作家(自分にとってだが)のクラシックパズラーを一冊、まったくのフリで手に取り、かなりの満足感でページを閉じられる。最高じゃないの。 評価は0.3点ほどオマケ。面白いものを見つけて発掘紹介してくれた、訳者さんに大感謝。 |
No.2140 | 6点 | 雨の国の王者- ニコラス・フリーリング | 2025/01/09 08:03 |
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(ネタバレなし)
オランダの大企業「ソベックス」社の当主で80代の古老シルヴェスター・マーシャル。その息子で42歳のジャン=クロードは父の会社で形ばかりの要職に就いていたが、ある日突然、失踪した。アムステルダムの敏腕警部ファン・デル・ファルクは、アムステルダム警察のトップ、フフト総監の勅命もあり、ソベックスの地方支配人F・R・カシニウスと対面したのち、内密の個人捜査の形でジャン=クロードの捜索に乗り出すが。 1966年の英国作品。 評者はこれで3冊目の、ファン・デル・ファルクシリーズ。 邦題は昔から、意味もわからぬまま言葉の響きがカッコイイと思っていたが、出典はボードレール(『悪の華』)だったか。 本来所属する警察組織とは分断された形で、ファン・デル・ファルクが私立探偵風に失踪した中年御曹司の行方を追うメインプロットだが、描写が積み重なるなかで、中盤~後半(のとば口)にてひとつのヤマ場を迎える。 そのあとの主人公探偵の仮説の組み立て直しはなるほど、ここが評価されたか? という勢いではある。ファン・デル・ファルク視点で結局誰が……が変遷すると、当たり前だが事件の様相は大きく変わってしまう。 その辺が読みどころなのはわかるが、当時の現代諸国の比較文化論とかを盛り込んだ、作者の分身としてのファン・デル・ファルクの饒舌にやや疲れた。とはいえたぶんこの辺がないと、かなり味もそっけもなくなる作品だろうしな。シークエンスとしては、中盤のスキー場のくだりとかわかりやすい見せ場になっていて面白い。 ちなみにファン・デル・ファルクが職業警官ながらミステリファンでもある描写が随所に登場するが、チャンドラーにはひとかたならぬ傾注のようでそこらは楽しかった。 なんだろう。作品の狙いはわかるつもりで、実際の作劇ポイントのそれぞれにも共感を覚えるんだけど、トータルで読むとどこかで要素が相殺しあっている感覚がある。評者にはちょっと苦手なタイプの作品かもしれない(汗)。 |
No.2139 | 7点 | コンコルド緊急指令- ケネス・ロイス | 2025/01/08 17:54 |
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(ネタバレなし)
元SAS(英国陸軍の特殊空挺部隊)で28歳の青年ロス・ギブスは、欧州で活動するテロリスト集団に参加。だがそれは敵を欺く芝居で、本来は英国情報部に属するギブスは、次のテロ活動の狙いを内偵するため一味に潜入していた。ギブスの上司であるジョージ・バナーマンは、テロ一味にギブスへの信頼感を植え付けるため、英国に来訪したCIAの大物ポール・クレイブンの死を偽装し、それがテロ活動に奉仕したギブスの仕業のように見せかける。作戦が成功してギブスとテロ一味の絆が深まるなか、秘密の謀略が動き出した。 1980年の英国作品。 70年代末から90年代にかけて日本に数冊の長編が紹介された英国のベテランスリラー作家ケネス・ロイスの、邦訳二冊目。原書刊行と同じ年に翻訳された、かなりのハイスピード邦訳。 内容はエスピオナージ風の大枠で語られる、プロ工作員を主人公にした冒険小説。全体的にお行儀がよい作風で、主人公ギブスのキャラクター造形はこの上なく健全な性格設定。 セックスの匂いをまったく感じさせないどころか、捨て猫を拾って無心の愛情を傾けるこの手の主人公は初めて読んだかもしれない(内容が内容だけにこの子猫がどっかでひどい目に会うんじゃないかとヒヤヒヤしたが、最後まで無事。それどころか、事件の被害者に対して、ちょっとした心の癒し役も務める)。 その分、諜報世界でのダーティな職務はギブスの上司でサブ主人公格の中年バナーマンが請け負い、特に前半~中盤にかけてはその辺の叙述がひとつのヤマ場になる。 暗殺仕事をギリギリまで回避したいギブスの心情を尊重し、バナーマンがかつてテロ事件で父親を殺された射撃の名手の青年を動員するあたりも、そこまで準備を整えるものか? と思いつつも、妙なリアリティがある。ストレスの尋常でない前線だけに、実働する工作員への入念なケアは大事だということか。 大筋プロットにおける興味は、一体くだんのテロ組織の計画は何だ? だが、邦題ではそれが高速旅客機コンコルドに何か絡むことを割っている(原題は「The Third Arm」で、劇中でその意味がそっと語られる)が、詳しい事はストーリーの後半に行くまでわからない。 前述のように全体的に洗練された品格の良さがあるスリラーだが、話は好テンポで進み、面白かった。任務の最中のなりゆきで、子猫の件に加えて可愛い女子大生と素で恋仲になるギブスにはちょっと苦笑したが(万が一、正体がばれて人質にされたり、報復の対象にされたりしたらどうするんだ)、不満はそこだけ。 作品はシリーズ化できそうな雰囲気もあったが、単品で終わったらしい? 今回は書庫のなかでたまたま見つかった未読の一冊を読んでみたけど、またそのうち別のロイス作品も手にしてみよう。 (他の作家で言うならジェラルド・シーモアとか、あの辺のランクかなあ。) |
No.2138 | 7点 | 幻想三重奏- ノーマン・ベロウ | 2025/01/07 07:11 |
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(ネタバレなし)
英国南部の町ウインチンガム。そこで心霊の仕業によるものとさえ思える怪異が続出する。すぐそばにいた人物は幻の幽霊だった? 消えたフロア、そして消失した路地の謎。ウインチンガム署の敏腕刑事で42歳のランスロット・カロラス・スミス警部は相次ぐ怪事件に挑むが。 1947年の英国作品。ランスロット・カロラス・スミス警部シリーズの第一弾。 <そんな人はいなかった!?>……どこかで聞いたような設定ながら最初の事件からこの蠱惑的な謎の提示にゾクゾクし、そのあとに続く、まるで連続中編風の構成で語られる、第二~第三の怪事件にもワクワク! 解決なんか、ある意味、どーだっていいんだよ(←え!?)、この魅惑的な謎の量感にこそ価値がある、と開き直ったような、当時の新世代の古典風パズラーで非常に楽しかった。 結局、犯人の設定はアレだわ、それ以前に目的のためにここまで犯罪者が計画や仕込みを練る必要あったのか? というような気も生じる。 んのだが、文章の叙述という形でならギリギリ説得されて(それもアリだと考えて)もいいや、というピーキーかつグレイゾーンのトリックの連発に笑みがこぼれてしまう。特に第二の事件のトリックが、どこかで見た(読んだ)ようなものながら、なかなかのケッサク。オレも作品世界に入って、その仕掛けを肉眼で見てェ(笑)! さすが解決でも(中略)。 『魔王の足跡』は結局は真相のショボさにめげて、あんまり評価してないのだが、こっちはトータルで十分に楽しめた。むろん傑作でも優秀作でもないんだけど、本当に快い作品です。 |
No.2137 | 6点 | 幽霊屋敷- 佐野洋 | 2025/01/07 01:26 |
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(ネタバレなし)
佐野洋の、男女間のアレコレを主題にしたワンテーマ短編集。全10本収録で、たぶん角川文庫オリジナルのセレクトだろう。全部が初出かどうかは知らないが。 以下、各編のメモ&寸評。 「幽霊屋敷」……海外に取材旅行に出かけたはずの作家。だがそのパスポートが作家の妻のもとに送られてきた。そこから事件はさらに予期せぬ方向に流れ出す。おそろしくとっちらかった話で、わずか60ページの作品ながらストーリーの概要を語るだけでも難しい。 「影の男」……死んだはずの夫がまだ生きてるのでは? と不審を抱く妻。ちょっと長編『砂の階段』を思わせる設定だが、中味は当然、別もの。 「腰かけ結婚」……全体が書簡のやり取りで構成される短編。途中までは本文庫中でも、最高に面白いが後半、作者が途中で興味を失ったような作りなのが惜しい。 「優れた血」……不倫した要職サラリーマンが巻き込まれた殺人事件。最後のオチはオーソドックスだが、妙に心に響く佳作。 「カラスなぜ鳴くの」……子連れの男と再婚しようとする女。女は幼稚園の先生で、実は相手の男は教え子の園児の父だった。殺人事件もからむが、最後のオチはほとんど普通小説。これでいいのか? 「白い檻」……従順で貞淑だが、性的に不感症な妻を娶った男。そんな夫婦と男の愛人たちとの奇妙な物語。ヘンタイ度は最高で、とにかく笑える。個人的には本書中最高の爆笑エロミステリであった。 「夜の抵抗」……また幼稚園にからむヒロインネタ。結構トリッキィな仕掛けが用意されていて、純粋にミステリとしてならこれは本書内でも上位の方か・ 「回転扉」……回転扉を大道具に、カトリーヌ・ドヌーブの映画「昼顔」みたいな主題の人妻売春もの。狙いはわかるが、作中の某人物の心理の方は理解できるようなそうでないような。 「仮面の客」……人妻売春組織の客として現れた、仮面で顔を隠した男。思い付きのアイデアだろうが、それなりに。 「狐の牙」……<虎の威を借りる狐>と揶揄される、社長の娘婿のヤンエグの不倫の決着は……? ミステリ味は薄かったかな。なんか小咄風。 読んでる間はそこそこ面白かったが、終わりの方になるともう、先に読んだ初めの(巻頭に近い)方の内容を半ば忘れてしまったりする。 ベストは「腰かけ結婚」か「白い檻」か。あ、あくまで個人の好みだ(笑)。 |
No.2136 | 8点 | 二人目の私が夜歩く- 辻堂ゆめ | 2025/01/06 06:38 |
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(ネタバレなし)
両親を幼少時に交通事故で失い、祖父母に養育された高校三年生の女子・鈴木茜。茜はボランティアで、ほぼ全身不随だが会話だけは可能な29歳の女性・厚浦咲子と友人になる。幼少時の事故のトラウマの影響で人との関りも不順な茜は、年の離れた咲子と奇妙な友情を築いていった。だがそんな茜は、ある日、自分の体の変調に気づく。 大き目の級数の本文で、スラスラ読める。 孤独な主人公ヒロインたちの邂逅の中からやがて予想外の事実が浮かびあがるが、もちろん詳しくは書かない。 だが広義の? ミステリとしてもヒューマンドラマとしても非常に手応えのある作品で、特に終盤で明らかにされる真相の作り込みとクロージングの余韻はあまりに鮮烈。 いい年になったいま読んでも十分に良かったが、十代の後半か二十代の前半に出会いたかったな、とも思った。そうであったら、たぶん強烈にこちらの胸に突き刺さったであろう。 『卒業タイムリミット』とはまた違う味わいの優秀作で、こちらも作者の代表作のひとつになるのでは? |
No.2135 | 6点 | ベルの死- ジョルジュ・シムノン | 2025/01/04 06:05 |
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(ネタバレなし?)
アメリカのコネティカット。40歳の中学教師スペンサー・アシュビイとその妻で42歳のクリスティーンは、ひと月前からヴァージニア生まれの18歳の美少女ベル・シャーマンを自宅に住まわせていた。ベルの母ロレインは夫(ベルの父)と離婚の争議中で現在はパリに在住。ベルは両親の離婚騒ぎの側杖を喰わないように、ロレインの幼なじみで友人クリスティーンのもとに預けられていたのだ。その夜、クリスティーンが友人たちとカード(トランプ)パーティに出かけている間、ベルは映画を観に出かけ、アシュビイのみが自宅で趣味の木工細工をしていたが、クリスティーンがまだ帰らぬうちに先にベルが帰宅。彼女は簡単にアシュビイに挨拶すると自室に入った。そして翌朝、クリスティーンそしてアシュビイは、ベルが夜間に自室で、何者かによって殺されていたことを認める。 当時アメリカ在住のシムノンが書いた、1951年の作品。 ※以下、まったく完全に素の白紙の状態で本作を読みたい人は、これ以上このレビューも、先行するお二方の書評も読まないでください。 ただし結構有名な大ネタの作品だし、当時の早川編集者だった都筑道夫も本書の解説で堂々とネタバレしてます。 (以下、ネタバレの書評&感想) 最後まで読んでも真犯人がわからない作品、というのはくだんのツヅキがあちこちで語っていたハズで、評者自身も少年時代から知っていた。 今回が初読であり、実は長い間、心のどっかに、そんなマトモな決着がない作品、読んでも……という思いが忍び、それゆえ食指がいまひとつ動かなかった。そんな面はある。 ただし今日、ツンドクの本の山の中の本書の背表紙を眺めたときに、「じゃあそんな(犯人がわからない)作品、どうやって一編のミステリまたは小説にしてるんだ?」という極めてプリミティヴな疑問が自然と湧き上がってくる。 実は今夜は新年の友人との飲み会で酒が入っており、やや倦怠感を抱く状態だが、シムノンでページも薄いし、この機会に読んじゃえ、という流れであった(笑・汗)。 作者の狙いは、ミステリという小説世界をメタ的に考えるなら、そこもひとつの物語宇宙で作中のリアルがあるんだから、その場のなかで事件が迷宮入り、あるいはそれに近い段階に迫ることも確実にあろう、という認識から始まった一種の思考実験だろう。 その意味ではミステリの定法を大きく外しながら、実は、ミステリという文学の枠組みをしっかり意識した、一編の作品だと思う。少なくとも読者にはまず(普通の)ミステリと思って白紙の状態で読ませるのが一番効果があるのでは……と考えた作者シムノン、彼の手によるメタ・ミステリなんじゃないかな? 実際の作者のメイキング心理はどうか知らないが、評者は本作にそんな認識を築く。後半、司法関係や世の中の有象無象から主人公アシュビイが疑惑の目を向けられ、その中にはアシュビイ自身の方の意識過剰ではないか? と思わせる叙述も交えられているあたりなど、シムノンらしい小説作法の面目躍如だ。 さらに途中まで完全に脇役と思っていた某サブヒロインのあとあとの劇中での運用ぶりや、自分自身の事情からアシュビイ夫妻に娘ベルを預かってもらいながら、夫に煩わされた男性不信の念を主人公アシュビイに逆恨みでぶつけまくるベルの母ロレインの愚かで強烈なキャラクターも小説の幅を広げる。 さすがシムノン、紙幅の割に読みごたえは存分にある作品……なのは間違いないのだが、一方でこの方向でのこのお膳立ての上なら、割と、当たり前にやっておくべきネタを続々と消化する内容……という面もあり、佳作~秀作ではあろうが、秀作~優秀作というにはもうひとつふたつ欲しかった感じがしないでもない……。 あら? もしかしたら、結構ゼータクな高望みしているだろうか(汗)? というわけで評点はこの数字で。実質6.5点。 とはいえなんかね、東西新旧のミステリという大海の中には、同じ狙いでもっとボリュームのある紙幅を費やしながら、最後にこの種のうっちゃりを掛けた作品がありそうにも思えないでもない。いや、すでに評者自身、その手の作品を読んでいて失念している可能性もある。 たとえば東西のミステリが2~3000冊書かれるなら、随時その中の一冊くらいは、同じ狙いの<犯人判明の放棄>でもいいんじゃないのかな? といささか無責任な思いが生じたりもした(笑・汗)。 |
No.2134 | 6点 | 誘拐作戦- 都筑道夫 | 2025/01/02 08:37 |
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(ネタバレなし)
仕掛けの一部は見え見えながら、最後のサプライズの波状攻撃にはちょっと感入るものはある。 とはいえ一番の反転は、某・海外作品で……。まぁ、確実にこっちの方がそれより先なんだけどね。 財田家周辺の軽いドタバタ騒ぎなど、天藤真に近い線を狙ってるのだろうけど、小説としてもうひとつ味わいに欠ける感触は本作の弱点。まあその辺は、こういう趣向(作中の設定)ゆえの仕様なので、と言われたら、仕方がないのだが。 それでもトータルとしては、完成度が高めなのは、認めなきゃいけないだろう。 |
No.2133 | 6点 | タリスマン- スティーヴン・キング & ピーター・ストラウブ | 2025/01/01 22:12 |
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(ネタバレなし)
1981年9月のニューハンプシャー州。12歳の少年ジャック・ソーヤーは数年前に芸能エージェントだった父フィリップに急逝され、今は、末期癌に苦しむ母リリーを気にかけていた。リリーはかつて「リリー・キャヴァーノ」の芸名で鳴らしたB級映画の女優スターであり、夫フィリップの遺した成功したエージェント会社の経営権の相応部分を継承していたが、フィリップの同僚モーガン・スロートはその権利の譲渡を強引に求めていた。そんななか、ジャックは遊園地で雑役係を務める黒人の老人スピーディ・パーカーと友人になる。ジャックはそのスピーディから、現実と並行する異世界「テリトリー」に跳躍(フリップ)し、そこでアイテム「タリスマン」を入手すれば母を助ける可能性がある、と教えられた。だがテリトリーとこの世界、そして向こうの世界の住人たちとジャックたちこちらの世界の人間たちの間には、ある大きな相関があった。 1985年のアメリカ作品。 大晦日と元旦の年越しで何か長い作品を読もうとヤマッ気を出し、30日の深夜(31日の早朝)から読み始めて、文庫上下巻合計1000頁以上を元旦の21時台に読了。 キングはともかくストラウブの方は、これが初読のハズだ(評判がいいストラウブ作品『ジュリアの館』は、ほぼリアルタイムの刊行時期に、古書店で美本を700円で買ったはずだが、読もう読もうと思いつつ、その本の現物が見つからない・汗)。 でまあ、この『タリスマン』、面白いことは面白いんだけど、下巻の訳者あとがきで矢野浩三郎が書いてる通り、王道のロードムービー系ファンタジーの壮大なパロディみたいな内容の作品。 要は、この手のジャンルの豪勢な幕の内弁当みたいな作りなので、 ●うーん、いまひとつノリきれない……。 〇気が付いたら、他の歳末や新年の諸事も忘れて、貪るようにページをめくっていた! ……の二つの気分を、何度も何度も行き来した。 正に跳躍(笑・汗)。 ジャックが旅の道連れといっしょに途中のタコ部屋に閉じ込められるくだりとか、完全に日本アニメーションの「世界名作劇場」の『三千里』か『ペリーヌ』か『家なき子レミ』辺りの、やや過激版である。 (そのせいか、後半のクライマックスは疲れて、正直、やや眠くなった。) ただまあ、やっぱりトータルではウマいところもあるんだよね。最後のクライマックス、点描的にそれまでの道中で出会った善人やら悪人やらの描写を挿入し、(中略)の物語のスジを通すところなんか職人芸のエンターテインメントだし。 個人的に、長さの割にそれに見合う面白さがなかったキングの長編の筆頭は『IT(イット)』だと確信。この評価は終生変わらないんじゃないかと思っており、今回はもしかしたらソレに近い感触になるか? とも考えかけたが、そこまでヒドくはなかった。ただまあ、良くも悪くも定番のネタのオンパレード(当時にしても)だということは心得ながら、読むほうがいいと思う。 ちなみに続編は、21世紀になってから書かれた「ブラック・ハウス」(2001年)。現実世界で青年刑事になった(さらにそこから辞職までしている?)ジャックの物語みたいで、英語wikiに和訳をかけるとなんか面白そうである。本作の劇中設定を背景に、どのようなミステリになってるのか? そっちは読んでみたい。翻訳出ないかな。 【2025年1月2日追記】 『ブラック・ハウス』は、すでに翻訳出てたんですな。恥かしい(大汗)。 |
No.2132 | 6点 | 白い悲鳴- 笹沢左保 | 2025/01/01 13:53 |
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(ネタバレなし)
歳末から年始にかけて寝床で読んだ中編集。今年のレビューの一冊目がこれである。 2019年の方の新装文庫版で読了。全4編収録。 以下、メモ&寸評の感想 ①「白い悲鳴」……隠し資金が盗難にあった中堅会社。管理責任を問われて馘首された社員は……。 最後に落とすならこうくるだろうという面もあるが、あまりモノを考えるヒマを与えずサクサク読ませる作者の話術勝ち。佳作。 ②「落日に吠える」……海外勤務から帰国したプレイボーイのエリート社員。彼は仲が良かった兄の変死を探るが……。 結論への道筋が直感的すぎるという印象も生じたし、中盤の捜査(調査)のくだりも見知らぬ他人にそういう対応はありえんだろ、というリアリティの薄さもある。ただし犯人にちょっと(中略)する真相と、ラストシーンの鮮烈さで点を稼いだ。佳作。 ③「倦怠の海」……情人に捨てられた29歳の未亡人。そんな彼女の部屋にその夜、一人の男が飛び込んできた。 例によっての、男と女の笹沢ロマンを途中まで読まされていたら、最後の3分の1で思わぬ方に話が動いた。佳作。 ④「拒絶の影」……日本各地に総計15もの一流ホテルを建てた大実業家のホテル王。その新築の京都のホテルで、ある事件が……。ホテル王はある行動に出るが。 ミステリ味(推理要素)は少ない話だが、人物配置の妙によってなかなかトンデモな展開を迎える。佳作……でいいかな? というわけで、全4作、どれも(ほぼ)佳作。後期の笹沢短編は期待通りに読みやすく、就寝前にもうちょっと何か読みたい時には実にお手頃だった。これはこれで価値のある一冊。 |
No.2131 | 6点 | 一匹や二匹- 仁木悦子 | 2024/12/30 04:08 |
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(ネタバレなし)
5つの作品を集成した中短編集。 評者は角川文庫版で読了したが、元版は1983年7月の立風書房版で、収録内容は角川文庫と同一らしい。 以下、各編のメモ&寸評。 ①「一匹や二匹」……長編『二つの陰画』(評者はまだ未読)と同じ世界観の事件らしい。野良の子猫の里親探しに奔走する児童主人公が巻き込まれた、近所の殺人事件の話。心地よい、ジュブナイル風の大人向けミステリ。 ②「坂道の子」……ノンシリーズ編。さる事情から心に大きな傷を負ったヒロインが遭遇した、子供の誘拐事件。個人的には、クロージングの余韻まで含めて、一番良かった。 ③「サンタクロースと握手しよう」……浅田(旧姓・仁木)悦子の事件簿。兄の雄太郎は登場せず。クリスマスに幼稚園周辺で起きた殺人事件(被害者は大人)。まっとうな謎解きミステリ。 ④「蒼ざめた時間」……ノンシリーズ編。バレンタインデーに、思わぬ逆境に巻き込まれた青年が主人公のサスペンス編。ウールリッチの佳作短編みたいな味わい。 ⑤「縞模様のある手紙」……長編『青じろい季節』と同じ世界観の事件。ただし主人公は砂村朝人本人というより、その妻の絹子。ちょっと込み入った構造の犯罪を、妙な角度から長めの短編(または短めの中編)にまとめている。 ①のみ自宅の周辺で読み、②~④は、冬コミケとその後の打ち上げ飲み会への往復の電車の中で読了。⑤は途中まで②~④と同じ流れで読んで、最後だけ帰宅してアレコレしてから読み終えた。 単独連作シリーズものでない仁木短編集を読んだのは、1980年にリアルタイムで『銅の魚』を通読して以来、かもしれん。いや、87年の最終短編集『聖い夜の中で』も読んでいたかな? 本書(『一匹や二匹』)は、結構、楽しかった。 |