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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2031件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1991 6点 ねじれた蝋燭の手がかり- エドガー・ウォーレス 2024/03/16 15:25
(ネタバレなし~作品全体の構造については、多少触れるかも)
 やさしい美貌の若妻グレースを持つ探偵小説作家の青年ジョン・レックスマンは、投資に失敗。高利貸しヴァッサーロからの返済の取り立てで苦しめられていた。そんなレックスマンに友人である美青年のギリシャ人レミントン・カラは、交渉の上でのあるアドバイスを授けるが、やがてその事実はレックスマンの運命を大きく変えていく。レックスマンのもう一人の友人で、ロンドン警視庁総監補のT・X・メレディスは、苦境に陥った友のために尽力するが、事態はさらなるステージへと推移していく。

 1918年の英国作品。
 個人企画? で未訳の海外旧作の発掘に尽力する希望の星・白石肇が翻訳刊行した一冊。
 解説によるとヴァン・ダインの『ケンネル殺人事件』の作中で話題になる一冊で、そういう意味でかねてより日本のミステリファンにも、ごくうっすらとではあるが、知られているはずの一冊であったということである。そういう日本の翻訳ミステリ史において、なんらかのフックがある作品を発掘翻訳し、ある意味で隙間を埋めようという企画が実に素晴らしい。どんどん、あれもこれも出してほしいものである。

 前半の物語は、レックスマン、カラ、メレディスという三人のキーパーソン的な主要人物の行動の交錯を軸に展開。良い意味で大時代なエンターテインメントというか英国の古典スリラーの趣を見せるが、中盤~後半で思わぬ殺人事件が発生。フーダニットの謎解きパズラーっぽい方向に、変調する(あまり書かない方がいいけど)。
 なんだこれは、とワクワクしながら読んでいるうちに、タイトルの意味も回収。まあ最終的にはトリックはあっても、謎解きパズラーとはとうてい言えない作品として終わるけどね。そういう意味でのジャンル越境のハイブリッド感はなかなか面白かった。
 
 訳者の解説にもあるように、もともとは中年風に描かれていたメレディスが、後半いかにも恋する若者に変貌して、作者、おまえ設定忘れただろ、とツッコミたくなるようなラブコメ模様とかもなかなかユカイ。
 読み手をリアルタイムで楽しませるんなら、当初からの作品の整合などさほど気にせん、と言わんばかりのザルぶり……いや、書き手の豪気さに笑わされる。
 
 秀作でも、もちろん優秀作でも傑作でもないけれど、読んでとても楽しかったクラシックミステリ。ウォーレスという大衆向け職人作家の実質がよく出た一作だと思う。
 7点は……さすがにあげられないか。まあ気分的にはソレに近いこの評点で(笑)。

No.1990 7点 ドールハウスの惨劇- 遠坂八重 2024/03/13 19:52
(ネタバレなし)
 鎌倉の名門進学校・冬汪(とうおう)高校。同校の2年A組の男子・滝蓮司は、同じサークル「たこ糸研究会」に所属する2年F組の美少年・卯月麗一とともに、学校周辺でのトラブルコンサルタント「便利屋」として活動していた。そんな二人のもとに、「姫」と呼ばれる学年随一の美少女(だが成績はよくない)・藤宮美耶と、その双子の妹の優等生(だが見た目はあまりに地味)・沙耶が接触。姉妹はいささか特殊な家庭環境のなか、ともにかなり特異な悩みを抱えていた。

 このサイトで初めて知った作品。
 なんか新本格パズラーっぽい雰囲気の学園青春ミステリ? かと思って手にとったが、どっちかというとイヤミス成分の多い一冊であった。
 
 微温的なエンターテインメントを基準にするなら、なかなか~かなり強烈などぎつい描写が続発するが、大枠として主人公コンビふたりの存在が、作品全体がイカれすぎないようにとのリミッターになっている。相応にスパイシーな読書体験であった。特にあの母親のキャラ描写。

 読み手が感情移入しないで読めるタイプの、青年誌の人気マンガといった感じの食感だったが、終盤に出て来る精神的に(中略)真相は、実はけっこう気に入ってしまった。
 昨年度分のSRのベスト投票の追い込み読書で手にとった一冊だが、投票まであと数日なのでシリーズ第二弾はそれまでに読めんな、ちょっと残念。
(本サイトのレビュ―を覗くと、なんかまた面白そうなので、それなりに期待を込めている。)
 まあゆっくり、楽しませていただきましょう。

No.1989 6点 善意の代償- ベルトン・コッブ 2024/03/12 15:50
(ネタバレなし)
「わたし」こと、スコットランドヤードの女性刑事キティー・パルグレーヴは同僚の刑事ブライアン・アーミテージと婚約中だ。キティーたちはともに、多くの難事件を解決した名警部チェビオット・バーマンの部下でもある。そんななか、バーマン警部のもとに、彼の旧知の元(?)金庫破りジョゼフ(ジョー)・ウィッキーから密告があった。内容は、奇特な資産家の老婦人ミセス・マンローが営む、入居者は家賃も食費も払わなくていい無償の下宿屋「ストレトフィールド・ロッジ」で殺人が起きそう、というものだった。だがやがてその情報には疑義があるとわかり、スコットランドヤードは気を緩めるが、やはり何かあるそうだと考えたキティーは独断で、当該の下宿屋に女中志願の娘を装って潜入捜査を始めるが。

 1962年の英国作品。
 バーマン警部シリーズのなかでも女性刑事キティーが主人公を務める、後期のシリーズインシリーズの路線のなかの一作、ということらしい。
(種々の事情はどうあれ、本シリーズは日本への紹介の順番が見た目、実にランダムなので、その辺はいささか困りものだ。)

 奇特なお人好し大家の老婆……というにはいささかぶっとびすぎた婆さん、妙な生活態度のその息子夫婦、変人揃いの入居者のなかに飛び込む、変装潜入女性捜査官の若手主人公……と、なんか連続テレビドラマのシチュエーションコメディみたいな設定で、なかなか楽しい。
 すでに読んだ海外ミステリなら、アン・オースチンの『おうむの復讐』が、若手捜査官のアパートへの潜入捜査とそこで起きる殺人事件、という趣向で、本作とよく似ている。『おうむの復讐』が好きな評者としては、この作品も結構楽しかった。

 紙幅は論創のいつものハードカバーで200ページちょっとと短め。登場人物の頭数も少なく、巻頭の一覧表以外に出て来るキャラクターは本名不明の警官がひとりだけ、だと思う(名前だけ出て来るとかなら、もうちょっといたかも)。それゆえ、犯人は作中の探偵や読み手の視野のなかにまずおさまるハズ(?)で、意外性は演出しにくい(?)が、最後にはそれなりのサプライズと(中略)面での面白い文芸があり、なかなか良かった。

 良くも悪くも、お話の細部やストーリーの見せ方をちょっといじくれば、まんま舞台劇にもできそうだよね、というくらいに<コンパクトにまとまった物語の場>でのフーダニットパズラー。そういう意味で地味目ではあるが、物語の流れにおいてキャラクターの出し入れが手際よく、最後まで心地よく読める。
 評者が読んだ邦訳のあるコップ作品(評者は初期作の『悲しい毒』だけ読んでないので、これで三冊目)の中では、いちばんよい意味でライトだったけど、いちばん手堅く楽しめたかも。
 最後に真相がわかって、犯人のキャラクターにはちょっと思うものがあった。もちろんここでは詳しくは書かないけれど。
 ラストのオチというか、クロージングで語られる今後の下宿の展望はステキ。ぜひとも成功するといいですね。

No.1988 7点 悪なき殺人- コラン・ニエル 2024/03/11 15:59
(ネタバレなし)
 フランス中央部の高原コース地方。そのロゼール県。42歳の女性で農協のソーシャルワーカーであるアリス・ファランジュは、牧場を営む婿養子の夫ミシェルと暮らすが、子供はなく、夫婦仲は冷え切っていた。そんななか、アリスは行政の被支援側の地元住民で46歳の独身男、山間で羊の牧場を営むジョゼフ・ボヌフィーユと不倫関係になった。やがてアリスの周囲では、ある人物の失踪事件が起きる。

 2017年のフランス作品。本邦初初回の作家。
 まったくノーチェックだったが、HORNETさんのレビューと高い評点で気になって、読んでみる。

 本文は文庫本で380ページ弱。やや厚めだが、文庫の字組は大きめの級数で翻訳も特に淀みなく、スラスラ読める。
 話者が主要登場人物のひとりアリスの一人称「あたし」に始まり、数十ページ単位で交代。ひとくぎりのところでまた別の人物の一人称(「おれ」だの「あたし」だの)に推移しながら語られつつ、物語が組み上がっていく。

 いわゆる拡張型の構成というかプロットで、最初に巻頭の登場人物表を眺めると若干「?」となる面もあるが、実際に当該のキャラクターの箇所にいくころには、ああ、そういうことね、とわかるはず。

 技巧的で凝ったプロットのようだが、メインのアイデアそのものはもしかしたら、実は意外にシンプルかもしれない……? とも思う。
 ただし、それでも良い意味で、闇の霧の中を歩くような気分で読み手をぐいぐい引っ張っていく(そして途中で、ああ、ここであの伏線を回収か! とハタと膝を打つ)感覚は、なかなか心地よい。

 王道派の技巧系フランスミステリの流派に、50~60年代の英国文学派ミステリの小説としての読みごたえを足したような感触の一冊で、まるまるひと晩、かなり楽しい時間を過ごせた。昔だったら、創元の旧クライムクラブでの翻訳刊行が似合いそうな長編。

 改めてHORNETさんに、このサイトに感謝、である。

 書き手の筆力そのものが大きくモノを言った作品でもあり、本作はノンシリーズの単発長編だが、ほかに作者は警察小説の人気シリーズも手掛けているというので、そっちもいずれ読んでみたい。
 評点は8点に近いこの数字で。

No.1987 7点 黒い羊の毛をきれ- デイヴィッド・ドッジ 2024/03/10 08:13
(ネタバレなし)
 サンフランシスコの34歳の計理士ジェームズ・ホイットニー(ホイット)は、成功した羊毛業者の富豪で60歳代のジョン・J・クレイトンから相談を受ける。その内容は、ロサンゼルスで羊毛業の支店を任せているクレイトンの息子で30歳のボッブ(ロバート)・クレイトン、その周囲の金の動きに不審があるので、密な監査をしてきてほしいというものだ。LAに向かったホイットはすぐに現地でボッブに接触するが、妻子ある当人がギャンブル(賭けトランプなど)で身を持ち崩しかけているのを知った。ホイットはボッブを蟻地獄に引き込むギャンブラー集団や悪女らしい女の影を認めて手を打とうとするが、決定的な対抗策は決められない。そんなホイットの奮闘を応援するように、SFから、恋人である未亡人のキティ・マクレードが彼の後を追ってきた。だがそんな二人の周辺で、思わぬ殺人事件が発生する。

 1942年のアメリカ作品。

 ヒッチコックの映画『泥棒成金』の原作者として日本で(少しは)知られる作者ドッジの、全部で4つの長編が書かれた「税金専門の計理士ジェームズ・ホイットニー」シリーズの第二弾。
 日本ではドッジの作品は、ノンシリーズものの『泥棒成金』と、本シリーズの途中のこの長編しか紹介されてないが、ホイットものの第一作「Death and Taxes」(1941年)の作中でホイットの仕事上のパートナーだったジョージ・マクレードが殺され、その妻キティが事件の解決を経てホイットの彼女(シリーズ上のヒロイン)になるらしい。どうやら作者は第一作作中のイベント(殺人事件)を大設定に据えてその上で、ニック&ノラやジェーク&ヘレンみたいな夫婦探偵ものの、変奏的な文芸を狙っていたようである。

 評者は少年時代に、大昔のミステリマガジンのバックナンバー(古本屋で入手した)で小林信彦がユーモア・ミステリの特選5作のひとつにこれをあげていたことを認知。いつか読もうと思いつつウン十年経ってしまったが、ようやく読了。

 でまあ、読後の感想としては、こなれた翻訳の良さもあって文章そのものはめちゃくちゃ読みやすいし、登場人物もそんなに多くない割にひとりひとりがくっきりと描かれていて好ましい。そういう意味では全体的に悪くない感触。

 ただその一方で物語の中盤まで事件らしい事件が起こらず(イカサマギャンブルを探るという程度の事件性はあるが)、いささか退屈。
 かたやさすがにソコを売りにするだけあって、ホイットとキティのラブコメっぽい模様だけはそれなりに面白い(小林信彦は、ヒロインが未亡人という文芸だけでも、オトナの読み物的な風格を感じさせる、という趣旨のことを語ってたはずである)。

 物語の半ばで殺人事件が起きて、ストーリーがミステリらしい方向に転調してからはいっきに話が(それなりに)引き締まり、以降の動きのある展開も悪くはない。後半はなかなか面白くなり、最後の犯人の正体もけっこう意表を突かれた思いであった。
 あと、ここではあまりはっきり言えないし、また解説で中島河太郎がネタバレしちゃってるけど、通常の謎解きミステリとは一風変わった<ある趣向>をもうひとつ、解決部分で盛り込んであるのも好ましい(まあ本作より前にミステリ史上で、前例はあるギミックなんだけどネ)。

 評点は、前半はちょっとかったるめながら、おおむね居心地の良かったマイナー作品ということでヒイキして、0.5点オマケ。

 これも「世界推理小説全集」のなかで文庫化されていない一作。
 個人的にその手の(世界推理小説全集に入ったものの、文庫化されてないものという前提の)マイナー作品のシリーズで、もっと未訳作を発掘翻訳してほしいものを希望度の高い順番通りにあげれば

①『閉ざされぬ墓場』の 犯罪研究学者サイラス・ハッチ シリーズ
(フレデリック・デーヴィス)
②『おうむの復讐』の 青年刑事「ボニー」ジミー・ダンディー シリーズ
(アン・オースチン)
そして③番目がこの
計理士ジェームズ・ホイットニー(ホイット) シリーズ 

 ……というところかなあ。

 いつかみんな、どこかでもういちど陽の目が当たればいいなあ、と夢想する(笑)。

No.1986 5点 やかましい遺産争族- ジョージェット・ヘイヤー 2024/03/06 19:04
(ネタバレなし)
 ネット(網)製造の大手企業「ケイン&マンセル」社の代表のひとり、サイラス・ケインが60歳の誕生日を迎えた。いまだ独身のサイラスは複数の共同経営者を押さえ込むやり手だが、会社の創業者であるケイン一族の中にはさらに上のトップがいた。サイラスの母ですでに80歳代の車椅子生活ながら、年を感じさせない活力で権勢をふるう老女エミリーである。サイラスの誕生パーティにはケイン家の親族や、ケイン&マンセルの関係者などが詰めかけていたが、やがてその周辺で、ひとりの命が失われる。

 1937年の英国作品。ハナサイド警視シリーズの第三弾。

 評者は本シリーズは、だいぶ以前に『グレイストーンズ屋敷殺人事件』のみ読了。そちらの印象は、全体的に筋運びが鈍重でイマイチ楽しめなかったが、終盤の大技でかったるさがぶっとんだ。
 つまりミステリとしては後半に光るもの? があったので、今回の新刊も、その辺の妙味がまたしっかり出てればいいなあ、と期待する。

 ただまあ多数の雑駁な登場人物をズラリと配置し、予期せぬ事件が勃発したケイン家の周辺を語るのはまずよろしい。
 ただなんというか、本作の場合、登場人物が一応はちゃんと書き分けられているものの、そんな連中の言動の積み重ねが読んでいて面白いか、ミステリとしての評価を稼いでるか、というところだが、まぁその辺が、どうも。

 二つ目の事件からさらに……の、お話のドライブ感などはなかなか良かったんだけどな。通読してみると、うーん、全体の構造として、イマひとつであった。後半、愉快なキャラを登場させて話をストーリーを賑わせようとする狙いは察せられたが、一方でその結果、正直、お話が足踏みする感じでもあり、なかなかカッタるい。

 二冊のみ読んだ時点で総体的な感慨を呈するのはまだ早いとは思うものの、その二冊とも、面白くなりそうでならない、一方でツマラナイと言い切るには賞味部分もないでもない……の印象。
 またしばらくしたら機会を見つけて、未読の邦訳二冊のどっちかを読んでみようかとも思う。

No.1985 5点 クルーザー殺人事件- 草野唯雄 2024/03/03 05:54
(ネタバレなし)
 その年の五月二十四日の早朝。三浦半島は油壷のきつね浜の沖合で、豪華クルーザー「朝日号」が出火した。火元のキャビンは外から施錠されており、中からは焼死した男女の死体と、時限発火装置らしい物品の痕跡が見つかる。被害者の片方は数十億の資産を持つ元不動産業者で、捜査陣はやがて最重要容疑者と思しき人物に目星をつけるが。

 角川文庫版で読了。

 会話が多い上に活字の級数も大き目で、リーダビリティは最強。スラスラ読める。重要人物に嫌疑の目が向けられていくあたりの加速度感は申し分ないが、残りの紙幅もそれなりにあるので、これはまあ、まだ何かあるだろ、と思っていたら後半はなかなかテクニカルな方向に展開。

 ただし警察やアマチュア探偵が足で調べていく方の面白さである(一応、伏線などは張ってあるが)。それでも最後は出来が良いか悪いかはともかく、とにもかくにも謎解きフーダニットパズラーの方向に行くんだろうな~と期待していたら、とんでもない種類のサプライズが出てきてぶっとんだ。

 一瞬、これはどう受けとめるべきかとも思った&迷ったが、次の瞬間にやっぱ冷静に考えて、アレだよね……と思い直す。
 ちなみに読後にTwitter(Ⅹ)で感想を拾うと、笑う笑う。「怪作」のレッテルを貼られるのもむべなるかな、ではある。
 意外な犯人なら、驚かされればいいってモンじゃない。草野作品で某長編ミステリのまったく逆の位相の構造だよ、その辺。

 まあそーゆー意味のウラの面白さ、という意味では、けっこう楽しくはあった(笑)。読んで良かった、とは思う。評点はこんなもんだけど、価値のある? 5点か(笑)。

No.1984 7点 歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理- 三津田信三 2024/03/02 03:54
(ネタバレなし)
 怪異が基本的には合理的に解明されるが、しばし向こうの世界をちらりと覗く……基本軸は、正編世界と同じような物語の結構に思えた。
 
 メルカトルさんがおっしゃるように「真相はバカミスだったり脱力系だったり」ではあるが、こっちはそういうものを予期しているところもあるので、総じて楽しかった。無理だぁと呆れながらも笑ったのは第2話で、いちばんゾッとしたのは第1話。第3話のロケーション的なビジュアルの不気味さ、第4話の意外にマトモなミステリっぽさ、第5話のえー?! と思わず言いたくなるような動機面の真相もよい。なんだ佳作~秀作揃いではないか。

 正編シリーズと並行で、こっちの路線もまだまだ続くのかと思ったら、たぶんこれで一区切りみたいね。まあ続行しようと思えば可能だろうけど。ちなみにそんなに三津田作品の全域を読んでいる訳ではない当方は(以下略)。
 
 正編の長編が出なかった年の物足りなさを埋めてくれる一冊としては、なかなかの内容だとは思う。

No.1983 6点 ニコラス街の鍵- スタンリイ・エリン 2024/03/01 15:10
(ネタバレなし)
 1951年のアメリカ。NYから離れた位置にあるサットン市の住宅地ニコラス街。そこに暮らす「アイレス家庭用品店」経営の実業家ハリー・アイレス(46歳)の一家4人と妙齢のメイドは2年前、、隣家の新たな転居者に、独身で赤毛の美人イラストレーター、29歳のキャサリン(ケイト)・バルウを迎えた。陽性な性格のケイトと親しい近所づきあいを始めるアイレス家だが、やがてその親交の輪はケイトの仕事先のひとつである雑誌社の青年マシュー(マット)・チェイヴズにも広がる。そして現在、ケイトやマットを加えたアイレス家の状況は、2年前とかなり変化していた。そんななか、ひとりの人物が命を落とす。

 1952年のアメリカ作品。エリンの長編第二弾。
 処女長編『断崖』(や『第八の地獄』そのほかの長編)に心惹かれる身としては、少年時代から読もう読もうと思いながら今日まで来てしまった一作で、ポケミスも古書で二冊も買ってしまっている。
 
 紙幅は短いし(邦訳はポケミスで、本文190ページほど)、登場人物も主要キャラクターはひとけたと少ないが、ミステリの奥にあるヒューマンドラマ的な決着まで相応の密度感を抱かせながらぐいぐい引っ張っていく筆力は、確かに長編版エリン。結局、事件の構造はかなりシンプルなんだけど、登場人物たち個々の顔がくっきり見えるせいで、最後の手ごたえは少なくない。
 こう書いていくと、シムノンのノンシリーズ編の秀作に似通うものもある。 

 あと、これは書いてもいいと思うけど、謎解き・狭義のミステリ要素とは別の文芸の部分で、エリンののちの長編のプロトタイプ的な一面も感じさせた。詳しくは実作を読んで認めてください。

 あー、しかしこれで(評者が)半世紀かけて、邦訳されたエリンの長短編は全部読んじゃったコトになるのか? 実はまだ未訳の作品が数作残っているという日本の翻訳ミステリ界の現実と関係者の対応が、実に腹立たしい。出せばそれなり以上の反響が見込めるだろうに?

 評点は、7点に近いこの点数というところで。数字以上の満足度は高いよ。

No.1982 6点 肌色の仮面- 高木彬光 2024/02/29 19:10
(ネタバレなし)
 昭和30年代の東京。「水橋建設」社長の甥で建築技術者・鶴橋龍次。その美貌の若妻・澄子は、一般投資家として日々の相場を張っていた。澄子の実家の父・近藤則彦博士は「東邦大学」の冶金学者(合金の研究家)で、その開発中の新金属「γ(ガンマ)合金」には鉄鋼業界、建築業界でも注目が集まり、その完成の情報は株式市場にも大きな影響を与えるのは必至だった。澄子と取引する「丸高証券」の外交員・野崎政夫のかつての部下で、今は私立探偵事務所を営む青年・富岡俊介は、さる筋から依頼を受けた産業スパイとしてγ合金の機密を狙う。一方で研究の機密を守る近藤博士は、株の売り買いの「材料」を求める娘の澄子にさえ情報を与えなかったが、そんな澄子を含む周囲にも俊介は接触し、情報を漁ろうとした。だがやがて、とある予期せぬ事件が起きる。
 
 昭和三十年代の半ば、当時の人気女優の東紀江からの依頼(仲介)で、作者がフジテレビの<よろめきスリラー>用に提供したストーリー案を、メディアミックスで原作者自ら小説化した作品(小説版は雑誌「週刊大衆」に連載)。
 もちろん構想も小説も作者・高木彬光の頭から生まれたオリジナル作品だが、企画の経緯を厳密に考えるなら、原作者自らの手によるセルフノベライズ、ともいえるかもしれない。そんな意味で高木作品の中では、かなり異色の一編のハズである。

 設定は完全なノンシリーズもので、多数の人間が入り乱れる群像劇。メインキャラも即答しにくいが、形質的にはやはり澄子と俊介が主役で、この二人の<よろめき>ものになる(ただしまったくエロくないし、扇情さもほとんどない)。

 相場・投資などは作者お得意の主題だが、さらに今回は合金開発の冶金技術の世界をテーマに採取。
 なんとなく社会派ものをやってもいいような雰囲気の方向に行きかけるが、結局は作者が正直で、実はそういうの、あんまり興味ないんだよね、という感じにまとまる。少なくとも業界の体質的な構造や人間関係の方向で社会悪を叫ぶような作品では決してない(笑)。

 前半で出された謎(ここでは具体的に書かない)がかなりのちのちまで引っ張られ、ページ数が残り少なくなったところで<意外な犯人>が判明。
 <そっちの方向>で決着するなら、ちょ~っとだけ読者を振り回し過ぎじゃないですか? 高木センセという感慨もある。まあ100%純粋なフーダニットじゃなくて、犯人当て要素もある人間関係スリラーもの(事件もの)、という作りなので、まあいいか。
 なかなか面白かったけど、良くも悪くもお話を右往左往にドライブさせすぎた感もあり、秀作・優秀作とホメきるにはちょっと微妙。ただし読みごたえはあり、この時期の作者のある種の円熟感は認める。
 7点に近いこの評点で。

 最後に、今回は、どうせなら元版で読もうとカッパ・ノベルス版を古書で安く買ったけど、巻末の作者あとがきにはくだんのテレビ版のキャスティング表までついていて、ちょっと儲けた気になった。俊介のキャストは、「地獄車」車周作&天神の小六&「娘よ、男は選べ!!」の高松英郎。高松は笹沢の『死人狩り』の最初のテレビドラマ版の主演もやってるし、そっちもこっちも観てみたいが、なかなか観る機会はないだろうな。まあ機会があればぜひ。

No.1981 5点 ソルトマーシュの殺人- グラディス・ミッチェル 2024/02/26 05:53
(ネタバレなし)
 その年の7月。英国の片田舎ソルトマーシュの村で、牧師館の元メイドだった美人の娘メグ(マーガレット)・トスティックが私生児を生む。メグと赤ん坊は、村の酒場「モーニングトン・アームズ亭」の主人ローリーとその妻が世話するが、新生児の姿はなかなか村の者の目にふれる機会がない。そしてメグは赤ん坊の父親が誰か決して言わなかった。牧師館で副牧師を務める「ぼく」ことオックスフォード出の青年ノエル・ウェルズは事態を見守るが、やがてノエルは、村を訪れていた陰険そうで目つきの悪い老女ミセス・ブラッドリーと知り合いになる。そんななか、村では殺人事件が発生した。

 1932年の英国作品。老女探偵ビアトリス・アデラ・レストレンジ・ブラッドリー夫人シリーズの第四弾。

 で、いきなりだが、昨年2023年前半、当方が所属するミステリファンサークル「SRの会」が「黄金時代の海外作品限定」として、会員の各作品への評点をまとめた平均点評価方式によるベスト再評価を実行。会誌「SRマンスリー」の昨年10月号で、その結果を公開した(企画の初動のアンケート募集の号がどこかにいっちゃったので、今回の企画上の「黄金時代」が具体的に西暦何年から何年までの認定かは不明。たぶん1920年代の後半~1936年あたりだったと思う)。

 それでその上位結果が
1:Yの悲劇
2:エジプト十字架の謎
3:Xの悲劇
4:オリエント急行の殺人
5:ギリシア棺の謎
6:ドルリー・レーン最後の事件
7:プレーグ・コートの殺人

……と、7位までは、じつにクソ面白くもなんともないものだが、続く8位になんと本作『ソルトマーシュの殺人』が登場(!)。
 以下、9位『白い僧院の殺人』、10位『エラリー・クイーンの冒険』と続いた。

 要は定番の名作がしごく順当に当該の時代のベスト10を占める中、この8位だけが異彩を放っている感があり、これは……!? と状態の良い古書を購入して読み始める。
 ちなみに評者、グラディス・ミッチェル作品はこれでまだ三冊目。

 でまあ、一読しての感想だが、巻末の訳者あとがきにある通り「従来のミステリなら盛り上げるべきところをサラッと流し、そうでないところを盛り上げる(大意)」作者の持ち味はなるほど全開。
 個人的には、今回は特にその傾向が強い感触で、翻訳そのものはこなれがよいのに、なんか疲れた。恣意的、技巧的な送り手の演出としてそういう小説の作り方をしてるのはわからないでもないが、あーこれもオフビートね、ハイブロウなんだろうね、と言った感じでサン値が下がる(汗)。

 我がSRの会での高評にくわえ、読後にTwitter(Ⅹ)で読んだ人の感想をうかがうとみんな結構、好反応みたいで、……はあ、みなさん、こういうのを楽しめるんですねえ……というのが、ホンネ。

 いやむしろ、途中でのイベントの配置そのもの、さらには犯人の意外性、など、ミステリの骨格としては、フツーに楽しめるハズなんだけどね。こういう作品の作り方が作者の意図通りで、そして世の中に受け入れられているというなら、評者とは波長が合わないんだろうな、というところ。
 ただまあ、ラストの最後の一章の、ちょっと変わった趣向などはうーむ、と軽くうなずかされた。

『トム・ブラウンの死体』はフツーにそこそこ面白かったし、『タナスグ湖の怪物』は怪獣(ネッシーみたいな恐竜だけど)がホントに出て来る異色ミステリとして評価がゲタを履いた面もあるので、いまんとこ自分が読んだ三冊のなかでは、全般的に世の中の評価のよい? これがいちばん肌に合わなかったことになる。
 
 それなりに渋い味わいの英国ミステリ、決してキライじゃない……というかむしろ好物のハズなんだけどな。これはもう、グラディス・ミッチェルという作家の作風の色合いによるものかもしれん。
(まあ、もうちょっと読んでみたい、という気もまだあるけどね。)

No.1980 6点 昭和ジュラシック 怪獣狂騒曲- 神永英司 2024/02/24 05:01
(ネタバレなし)
 昭和29年の初の本格特撮怪獣映画『ゴゾラ』によって幕を開けた国産怪獣映画ジャンルが、映画業界の衰退とテレビ界の活性化のなかで、大熱気の「第一次怪獣ブーム」を迎えようとしているもう一つの日本の昭和41年。東西映画所属の若手シナリオライター・山本淳はプロデューサーの牛原進から、怪獣というキャラクターがマーチャンダイジングで大きな利益をあげることを前提に新たな映画怪獣スターを生み出すように指示を受けた。淳とスタッフたちは現実の東北で、昨今、巨大怪獣の目撃譚が話題になっていることに着目。取材とロケハンを兼ねて現地に向かうが、そこに土地の伝説の怪獣を思わせる巨獣ジメラが出現した。一方、日本の防衛庁は米軍と秘密裏に巨大機動兵器の開発を進め、そのプロジェクトのなかには淳の従弟である山本猛も参加していた。
 
 現実(我々のいる世界)の第一次怪獣ブームの立役者、その一角だった怪獣ソフトビニール人形の販売元「マルサン(マルザン)商会」の六代目代表である著書が執筆した、メタ的要素のある怪獣SF&映画業界もの小説。
 『ゴジラ』→「ゴゾラ」、「ガメラ」→「ガメゴン」などのように現実の固有名詞はすぐわかる別ものに置換されたパラレルワールド世界が舞台で、物語の全域は一応は全部がこの物語世界のなかに収まっている(要はメタ的といっても、物語が次元や時空を超えて読者の世界とダイレクトにリンクしたりすることはない)。

 物語のコンセプトは、まず怪獣小説が書きたい、それも昭和っぽいもの、だけど後年に昭和を時代設定にしたノベライズなどはどうも作者から見て何か違うので、だったら、まんま第一次怪獣ブームだった1966年の日本に、本当に怪獣が出現したら、どうなるか、という構想らしい。
 でまあ、その着想とチャレンジ心自体は誠に結構なのだが、趣向優先で小説メディアでの場で要求される細部のリアリティの積み重ねに書き手が無頓着なため、できたものは概して大味。
 前半は『バラン』みたいな怪獣もの風に話が進み、途中から巨大ロボット地球防衛部隊みたな組織の活躍にも比重が移り、α号やマーカライト・ファープのかわりに巨大ロボを繰り出す『地球防衛軍』みたいな流れになるが、もう一方のメインプロットである映画業界の方とあわせて、いまいち全体のこなれがよくない。
 ただまあ、現実に登場してしまった巨大怪獣ジメラをそのまま商品化しても版権的な利潤が得られないので、やはり当初のとおり映画オリジナルの怪獣を生み出さねばならないというあたりには笑った。しごく大雑把ではあるものの、正に本作の根幹には、そんな経済の論理がある。

 全体に、ああ、この固有名詞は、あるいはこの話題は、現実の怪獣ブームのなかでのアレだな、と笑って軽く読めばいい作品だけど、一方でたしかに、現実の自分の少年時代、『怪獣大戦争』や『ガメラ対バルゴン』の封切りやテレビ放映を観ていたあの時代に、実際にネス湖でネッシーが捕まっていたらなあ……世の中はさらにさらに楽しかったろうなあ……的な感慨を改めて感じさせてくれる、良くも悪くも願望充足的な一冊であるのも事実。
 あんまりズルズルとイイオトナが耽溺するのはアレだけど、まあこういうのもタマにならいいんじゃないでしょうか。
 最終的にはね、こういうものって、いろんなセンスの部分で勝負する作品だとは思うけど。

No.1979 6点 悪女イブ- ハドリー・チェイス 2024/02/23 05:56
(ネタバレなし)
「わたし」こと現在40代初めの作家クライブ・サーストンは若い頃に、同じアパートで結核で死んだ同世代の劇作家の卵ジョン・コールスンの遺稿を盗み、自作として世に出した。その戯曲『レイン・チェック』は大評判となり、クライブはその後、自分自身の真の創作として数編の小説を著述。それらはそれなりのヒット作となるが、決して『レイン・チェック』を上回る作品ではなかった。クライブは恋人の女優キャロル・レイ、献身的な執事ラッセル、そして敏腕女性文芸エージェント、マール・ベンシンジャーたちの応援のなかで次作にとりかかろうとするが、自身の才能の限界を覗いた彼の筆は大して進まなかった。そんな焦燥の念と前後して、クライブは読書家の娼婦イブ・マーロウと出会う。

 1945年の英国作品。
 近所のブックオフが閉店したので、およそ一週間前の全品50円セールの際に購入した文庫本(旧訳・93年の20版)である。これも絶対に、すでに買ってあるのが家のなかにあると思うが、すぐに出てこないので、まあいいや。

 大設定となる故人の原稿の盗作の件を除けば、事件性や犯罪要素などはとことん希薄な話で、そういう意味ではこれまで読んだチェイス作品のなかで最も普通小説に近い。味わいは、アルレーでシムノンで、ハイスミス、それら全部の作風のミキシングで、ミステリ要素の少な目な感じだ。

 タイトルロールにしてキーパーソンのイブは悪女というより、まんま主人公クライブの運命を変えていくファムファタル。kanamoriさんも指摘しているように、実はさほど悪いことはしていない。
 イブの魔性でクライブが蟻地獄に落ちていくというよりは、単にイブを触媒にしてクライブという物書き&男性としてのダメダメが浮き彫りにされていく流れ。
 正直、クライブはここ数年で出会ったなかで、最大級に読んでいてイライラを募らせられる、そんな男性主人公であった。
 うむ。チェイスの狙いがそこにあるのなら、まさにこの作品は見事に成功している。

 最後のエンディングはややナナメ上にまとまり、はーん、という感じ。まあある種の余韻はなくもないが、これこそオフビートな感覚のクロージングであった。

 1945年の刊行というが、第二次大戦の影はあまり感じられない。明確な時代設定の年数とかは出てこなかったと思うけど、もしかしたら戦前の設定のストーリーだったのだろうか。P155にまだボガートが健在で、最近作を観に行く描写があり、ちょっとしんみりさせられた。読みごたえとしては7点でもいいけど、あまりに主人公が××なので、一点減点。
 いや、だから前述のとおり、ソコこそが、この作品のミソなのかもしれんけど。

No.1978 8点 バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵- 真門浩平 2024/02/23 02:40
(ネタバレなし)
 連作短編集でもあるし、あらすじは省略。

 ノーチェックだったが、文生さんのレビューで気を惹かれ、一読してみる。

 ……………………………………………………………………………………(絶句)。

 謎解きミステリとしての練度の高さでも十分に評価できる作品だが、その輝きを認めた上で、自分にとっての求心力のコアは、別のところにあった。

 一番近い既存のものでいうなら、最後の余韻は、アメリカの1950年代デビューの、あの作家の持ち味にかなり近かった。

 良い意味でかなりとんがったものを読ませてもらったという意味で、評点は高めにつけておきます。

 一方で本サイトでも、今後、評が割れそうな気配もあるし、さらに言うならこの作者、これ一冊で消えそうな気もしないでもない。
 まあ、思うことはあれこれ。

No.1977 5点 殺人狂株式会社- 若桜木虔 2024/02/21 18:30
(ネタバレなし)
 警視庁捜査一課の青年刑事・工藤裕之は、上司の石岡一仁警視から奇妙な指示を受ける。それは港区に在する株式会社「殺人狂」の内偵で、同社は各方面に殺人を代行するとのダイレクトメールを郵送の文書で送っていた。工藤が同社に赴くと、代表と称する妙齢の美女・土門江利子が現れ、彼女は、人道的に正当な理由さえ確認できれば一件1000万円の報酬で報復殺人を行なっている、依頼人が困窮している場合は保険金の操作で報酬をひねりだすとうそぶいた。工藤は直接の逮捕もできない一方、江利子にひそかに一目ぼれしてしまうが、やがて「殺人狂」の犯罪とおぼしき奇妙な変死事件が発生する。

 トータルとしては、若桜木センセ、天藤真あたりのオフビートな(そしてうっすらダークな)ユーモアミステリ路線を狙ったか? という感じ。
 全十二章の各章の見出しがいずれも「殺人狂~」で始まるちょっとしたお遊びなんかは、クイーンの国名シリーズっぽい。

「殺人狂」組織とその主軸らしい人物・江利子の情報は、捜査本部が共有。犯罪を計画・実行・演出する「殺人狂」と捜査陣との対決の構図になり、その上でいかにアリバイなどの壁を崩せるのか、どの実行犯がどのように実際の犯行を為したのか、のミステリ的な興味が築かれかける。ここらはちょっと謎解きの要素が前に出て、なかなか面白い。

 ただまあ、最後まで読むと割とありがちな解法で決着されるし、それ以前に対極する両陣営のうち、捜査陣の側からしかほとんど描かないものだからイマイチ話も盛り上がらない。こういうのって、悪の主人公側の描写もそれなりに(肝心の部分はギリギリまでシークレットのまま)叙述を連ねて、対決ものを期待する読者の緊張感を煽るのがセオリーだと思うのだが。

 それなりの意気込みは感じるが、最終的にやっぱりいまひとつホンモノになりきれなかったB級半作品、という印象。ただ作者が意外に「書ける」作家だという認識は、改めて感じた。この評点の上の方で。

No.1976 5点 殺人は展示する- マーティ・ウィンゲイト 2024/02/19 08:45
(ネタバレなし)
 数年前に逝去した英国の巨匠ミステリ女流作家ジョージアナ・ファウリング。彼女の遺産と蔵書を母体に創設された文芸団体「初版本協会」で「わたし」こと40岱後半の離婚女性ヘイリー・バーグは、蔵書のキュレーター(鑑定士)を務めていた。協会は外部向けのイベントとして、ジョージアナの生涯と英国ミステリ界の大家たちとの交流を紹介する催事を企画。ヘイリーはその計画の準備を担当し、外注スタッフとして、知己である売れっ子の催事マネージャー、ウーナ・アサートン女史に協力を求める。だがその催事の準備の最中に予想外の殺人事件が発生した。

 2020年の英国作品。ヘイリー・バーグを主人公にしたシリーズの第二弾。

 前作はかなりメチャクチャにけなしたが、今回は割と面白かった。
 nukkamさんがおっしゃっている、楽しめる人はその辺が楽しめるのでは? という催事の準備プロセスでの主人公の奮闘、彼氏の双子の娘との対面ドラマ、その辺りが正にドンピシャでキャラクタードラマとしてなかなかオモシロイ。
(ただしセイヤーズの初版本探しのくだりは、現状で特にセイヤーズという作家に強い思い入れもなく、さらにモチーフの作品『殺人は広告する』も未読なので、あまりココロに響かなかった~汗~。)

 犯人と事件の真相に関しては、まあ無難でフツーな線だね、という感じ。動機がらみのとある文芸(P448で明かされるそれに至るまでの伏線)はちょっとだけ面白かったかも。
 いずれにしろ、前作よりは全体的にずっと楽しめた。少なくとも前回のような、スーダラな登場人物たちの言動てんこ盛りでイライラさせられることはない。
 それでもトータルとしては、依然まだ「まぁ楽しめた」なので、この評点で。

No.1975 6点 警官ギャング- ドナルド・E・ウェストレイク 2024/02/18 16:56
(ネタバレなし)
 マンハッタン第15分署の「わたし」こと、34歳の三級刑事トム・ガリティー。そして「おれ」ことパトロール警官で32歳のジョー・ルーミス。住宅街で隣人同士であり、ともに家族ぐるみの交流がある二人は、NY市警中に汚職が蔓延し、人間の暗い面、哀しい面を直視する日々の職務にうっすらと疲れを感じていた。そんななか、トムは偽警官の強盗犯罪に着目し、自分たち本職が<ニセ・偽警官>の強盗を演じて行えば誰よりも<本物らしい>犯行ができるのではと考える。折しも署内ではマフィアの大物アンソニー(トニー)・ヴィガノが一時的に逮捕され、保釈されたが、トムはそれを縁にマフィアを故買先に選び、彼らの求める物品を市内から強盗しようと思案した。

 1972年のアメリカ作品。
 1974年の邦訳刊行時、少年時代にリアルタイムで読んでいるが、しばらく前にネットオークションのノベルズまとめ買いでもう一冊手に入ったので、それを機会に再読してみようという気になる。ウエストレイクの邦訳のなかでもレア本の部類のようで、Twitter(X)を覗くと捜していたとか、見つかって嬉しい、とかの声もチラホラあるが、本サイトでもまだレビューはない。

 もともとはユナイト映画から、オリジナル映画の原案を求められたウェストレイクがプロットを提供したストーリーだったが、原書の版元エヴァンス社の編集が、だったらメデイアミックスで小説化して刊行しよう、と声をかけ、原案者自身がその小説版を書いた。これが本作で、要は映画の企画先行という意味では、フレミングの『サンダーボール作戦』などと似通う面もある。
 ちなみに評者は、映画はいまだ未見。配信とか映像ソフトとかで、どっかで日本語で観られるのだろうか? 気づいたらあまり意識したことなかった。

 なお本作は邦訳刊行当時、SRの会のその年・1974年度の海外ミステリ・年間ベスト(75年の春に実行)のベスト5内にもランクイン。少年時代の評者はフツーに面白く読んだ覚えがあるが、SRの会誌「SRマンスリー」の当時の年間ベストの総評で、「ウェストレイクの中では決してできがよくない作品なのに、ちゃんとベスト入り。やはり概して翻訳作品のレベルは、国内作品より高いのだ!」という主旨のコメントがあり、はて、これで出来が悪いのかな? とも考えたりしていた(まあ、当時の自分は当然ながら若年だったこともあって、まだウェストレイク名義の作品はそんなに読んでなかったが)。

 で、改めて再読してみると、う~ん。当時のSRのくだんの会員氏の感慨も、今さらながらにわからないでもないなあ……という実感。
 いや決して出来が悪いとは思わないし、フツーに二時間ちょっと楽しめるのだが、なにせもともとが二時間前後の映画用のプロット。意識的にお話をあまり広げず、シンプルにまとめた感じが強い。ギャグやユーモアも全編にうっすらとあるけど、作者のノリの良いときの過剰な暴走感はほとんどないし。
 主人公コンビの一人称の切り替え、さらに三人称の混交、など、小説的な技巧はそこそこ感じるんだけどね。

 本作はある意味で、作者(映画の原作原案者)自身による公式ノベライズという立場で書かれた一冊ゆえ、小説は小説で別もの、的にできなかった面もあるのかとも考えた。
 これが他人の創案、創作のプロットや別人の原作の映画をあらためてさらに別の作家がノベライズするなら、編集者や版権元ほか関係者の許可の範囲で、かなり大幅にいじくることもあったのじゃないか、とも考えたりする。そういう場合の方が、小説の書き手が「小説は小説で別の面白さを感じさせてやる」と気概を見せることも多いでしょ?

 よく言えばコンデンスにまとまった、悪く言えば曲のない話で、小説単品を読んでの感想を語れば、トータルとしては佳作の上、という感じ。今後古書にそれなりのお金を払う人は、そのつもりで購読されるのがよいと思う(一方で、決してつまらない作品でも凡作でもなく、フツーにそこそこ楽しめはするが)。

 ちなみに劇中で被害にあうNY市内の大手商会の要人の名が「レイモンド・イーストプール」。当時、翻訳が出る前にミステリマガジンの連載で、原書を先に読んだ(映画をすぐ観た、だったかな?)アメリカ在住時の木村二郎さんが、「ウェストレイク(西の湖)」のセルフパロデイのネーミング(東の沼)だと大笑いしていたのを思い出したが、今回改めて読んで、商会そのものの名前が「パーカー、トビン、イーストプール商会」なのに気づいてさらに笑った。「悪党パーカー」や「刑事くずれミッチ・トビン」ファンには説明は不要であろう。その辺の地口ギャグは、さすがウェストレイク。それっぽい。 

No.1974 8点 アトランティスのこころ- スティーヴン・キング 2024/02/17 10:09
(ネタバレなし)
 1960年のコネティカット州。幼い頃に父ランダルと死別した11歳の少年ボビー・ガーフィールドは、地元の不動産会社に勤務する未亡人の母リズとアパートに暮らしていた。だがそこにテッド・ブローディガンと名乗る60歳代の老人が入居。テッドと親しくなったボビーは彼から読書の楽しみを教わるが、そんなテッドにはある秘密があった。

 1999年のアメリカ作品。
 
 上下二冊で合計1000ページを超えるいかにもキングらしい長編だが、二日で一冊ずつ読了した。例によって読み出すと止められない。

 2002年に映画化もされているみたいだが、評者は未見。脚本がウィリアム・ゴールドマンだそうで、同人は以前に『ミザリー』の原作の良さを引き出せなかったシナリオを書いているので、いささか不安である。
 で、その映画版もあるので本作の大ネタはけっこう未読の人にも知られているかもしれないが、一応ここでは黙っておく。ちなみに評者は別筋で、一番の大きな趣向については知っていたが、それでも十分に面白かった。

 以下、ギリギリまで書いていいだろうということのみ語るが、文庫版の上巻一冊が1960年を時代設定にした第一部で、これだけで十分に優秀作の長編小説。少年の日のある種のときめきが主題なので素直に『スタンド・バイ・ミー』を想起してももちろん良いが、個人的にはまんま、フレドリック・ブラウンのエド・ハンター&アンクル・アムの世界をキングが書いたらこーなる! であった。つまり私にとって主題と作者の最強最高クラスのマッチングで、本当に面白い。
 で……(以下略)。

 それで後半、文庫版の下巻は、少しずつ時代が現代に近づいていく設定の中短編が連作的に並べられ、上巻の長編第一部とあわせて全部で5パートの物語の流れが本作『アトランティスのこころ』というひとつの小説世界を築く。
 順当に長ければ長いほど良い、面白いという感じで第一部、第二部に関しては文句ないが、第三部の短編は、一見すると「ん?」という感触。ただまあ最後まで読むと、短い短編小説風のパートの役割もわかる。単品としてはそのパートはあまり面白味はないが。
(それでも第四パートは、ちょっといいかな?)

 話をまとめにかかる最終パートは良くも悪くも、ああ、そう来るのね、という感じで大きな驚きも感銘もないが、それでもしみじみとした情感と余韻のなかで決着。
 ちなみに映画は第一部とこのエピローグ的な第五部だけで構成してあるらしい。そんな話を聞く限り、順当な作りというか、構成上のアレンジなんじゃないかな、とは思える。

 1960~70年代にベトナム戦争の波及をリアルタイムで実感した当時のアメリカ人にこそ直球、という作品だが、作者キングの筆遣いは普遍性を込めて全世代に「他人の人生は共有なんか絶対にできないが、互いの接点のわずかなつむぎ合いにこそ意味がある、価値がある」という主題を訴えている感じ。その意味で、特に読者を限定する作品ではなかった。繰り返すが、第一部も第二部も、実にキングらしくて読みごたえがあり、そして心に響いて面白い。
 ……で、その上で、この作品を本当に楽しむには(以下略)。

 またいつか<そういう興味とそういう視座>で、この作品を読み返すこともあるのかな? そこに行くまで、かなり長い道筋になりそうだけど(汗)。

No.1973 7点 人類法廷- 西村寿行 2024/02/15 13:27
(ネタバレなし)
 1983年9月15日。長野県の山中を運行中の観光バス三台が、いきなり謎の狙撃者から連続で銃弾を浴び、運転手が死亡した先行車が崖の下に落下。急停車した後続のバスから逃げる乗客や乗務員も射撃された。現場は死者105人、負傷者54人の大惨事となるが、犯人の「東洋スポーツ」元社長・沼田光義は、近隣のホテルに押し入り、若妻を凌辱している最中に逮捕された。だが沼田は長野地裁の公判では、アルコール酩酊で心身鈍弱状態だったとして刑法39条による無罪が宣告された。これを不服とした被害者たちは、老いた両親を殺された政治家・柿丘五郎をリーダーに被害者同盟を結成。沼田の実家の会社・東洋スポーツに損害賠償を起こそうとするが、母と妻子を殺された雑誌編集者・真琴悠平は加害者の家族もまた苦しんでいると反対。真琴の意見に賛同した、両親を殺された女子高校生・岩波直美ほか数十名の声をまとめる形で、妻と孫を殺された老資産家・神崎四郎は法規ではなく人類の名において沼田を裁く有志団体「人類法廷」を結成する。だが事件の真実を、そして沼田の内面をさらに探ろうとする人類法廷の活動の向こうで、何者かが沼田を警察病院から連れ去った。

 徳間文庫版で読了。
 主題から、寿行版『法廷外裁判』(実はまだ未読)か『七人の証人』(こっちはさすがに読んでる)みたいなハナシかと思っていたら、序盤の展開を経て謎の? 第三勢力が登場。その素性はすぐにわかるが、ストーリーはあらぬ方向へと転がっていく。
 司法組織やときにマスコミ、そして犯罪者たちと対抗しながら事件の奥にある真実を追い詰めていく「人類法廷」の面々だが、彼らもまたあくまでメインキャラクターの一角にすぎず、小説の描写は多彩な三人称視点を活用しまくり、自在にあちこちの場面を転々とする。途中から人類法廷側のメインキャラの増員も行なわれ、直接、被害者の仲間ではないが、人類法廷の活動に関わったことから中盤以降、大活躍する左脚が義足の元・新潟の刑事・念沢義介は特に印象に残るキャラ。人類法廷内のメンバーで、荒事を担当する元自衛隊員・雪江文人の敵陣での潜入工作の描写もなかなか強烈。

 寿行らしいおなじみのエロバイオレンスは冒頭の若妻への暴行シーンをはじめ随所にあるが、それでも全体的には多数の寿行作品のなかでは、独特の風格を感じさせる内容。良くも悪くも、最終的な物語の到達点には、軽く唖然とさせられた。
 つづら折りの物語を剛腕でドライブさせる作者の筆力はさすがで、冷静に考えればさすがに強引な箇所も各所にあるのだが、読んでいるうちはさほど気にならない。
 独特なテーマへの接近、読み手の予想を裏切って話を転がしていく寿行らしいパワフルな作劇さなど、相応の手ごたえは感じる一冊で、佳作~秀作。 

No.1972 5点 カラス殺人事件- サラ・ヤーウッド・ラヴェット 2024/02/15 02:54
(ネタバレなし)
 その年の8月25日。英国の片田舎ベンドルベリーで、まだ26歳の新妻で荘園領主のソフィ・クロウズが何者かに殺害された。地元警察のヴァル・ジョンソン女性警部、そしてジェームズ・クラーク巡査部長は、事件当日に被害者と面談する約束をしていた33歳の生態学博士でコウモリ研究が専門のネル・ワードに疑惑の目を向ける。だがその一方で、ジェームズは美人のネルに内心で一目ぼれしてしまった。

 2022年の英国作品。
 邦題にカラスとついていて、主人公が生態学者(本作では動物学者と同意)というから鳥類のカラスが事件の主題かモチーフになる内容かと予期したら、とんでもない。被害者の名前がクロウズ(複数のカラス)だから、それだけの話だった。
 2020年代に甦ったキーティングの『パーフェクト殺人』(完全殺人ではなく、パーフェクトという名前の被害者が殺されかかる)か(笑)。

 単純に? 美人生物学者というだけではなく、あるパーソナリティを持った女性主人公ネルのキャラクターが掘り下げられ、同時にジェームズ刑事やネルの同僚のインド系学者アダム・カシャップとかの三角関係に筆が費やされる。そのほかにも総数50人以上のネームドキャラの動向が語られるが、一応は事件や捜査の方の進展もあるのでミステリ要素が忘れられたわけではない。
 ただまあ演出としてミステリの結構やサプライズ、伏線なんかにあまり重きを置いてる作品とは思えず、キャラ描写やコウモリ関連の理系トリヴィアで読み手を楽しませようとしている感触。
 正直、評者にはあんまりノレなかった。主人公ヒロインのネルのキャラは良くも悪くもない、まあ普通という感じ(それでもキモの文芸の部分だけは、さすがにちょっとキュンとなったが)。

 ぶっちゃけ、Amazonでの総じての高評の獲得ぶりが理解できない。犯人もなんというか、実に普通だったし。すでに原作シリーズは6作まで書かれ、邦訳も第二弾が近々に出るみたいだけど、実際のところ、あんまり食指は動かないのであった(汗)。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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