皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 幻の金鉱 |
|||
---|---|---|---|
ハモンド・イネス | 出版月: 不明 | 平均: 8.00点 | 書評数: 1件 |
![]() |
No.1 | 8点 | 人並由真 | 2025/04/23 16:27 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
「私」こと学士の鉱山技師で鉱山会社の重役だったアレック・フォールズは、管理していた錫鉱山の鉱脈枯渇によって立場を失った。責任を押し付けて来る会社と決別し、美貌の妻ローザ(ロザリンド)にも逃げられたアレックは自宅に放火して焼死を狂言で装い、わずかな伝手を求めてオーストラリアへ逃げ込む。そこでは失踪した、一部で有名な鉱山師パット・マッキルロイが数十年前に見つけたとされながら、まだ発見されていない複数の鉱物の大鉱脈「マッキルロイズ・モンスター」の伝説があった。 1973年の英国作品。作者イネスの第24番目の長編。 イネスの後期作品のひとつだが、この前が秀作『レフカスの原人』、この次が優秀作『北海の星』と正に大家の脂の乗り切った絶頂期で最強に面白い。 ミステリ味はポイントを抑えた形で小規模に担保されている一方、例によって大自然(今回はオーストラリアの砂漠や荒野)の厳しさと壮大さを語り尽くす筆致の熱さ、そしてストーリーテリングの妙味でグイグイ読ませる。二段組、会話も決して多くない300ページ弱のハヤカワ・ノヴェルスは相応の紙幅感を抱かせるが、それでも二日でほぼイッキ読み。 まあ当時の70年代初期の英国冒険小説界はマクリーンがすでに円熟し、フランシスやバグリイ、ヒギンズ、ライアルなどの超A級、さらにはトルーやフォーブス、ジェンキンズなどの気鋭がドバドバ新作を出してるんだものねえ。巨匠も本気でやらねばすぐに置いていかれる、といった気迫を感じる。 晩年のクリスティー(のいくつかの作品)みたいに著作家の円熟がさらなる才気に転じるような感覚だ。 まあ終盤、ちょっとあれこれ主人公たちに(中略)といった印象もあったが、これはイネスの旧作でも以前からあった方向性というか筋立てのクセで、そんなにどうこう言うべきではないかとも、少し頭を冷やして思ったり。 読んでいる間は多様な登場人物の描写のうまさ(と彼らを駒に物語を勧める筋立ての巧妙さ)に溜息、体力を奪われながらもページをめくる手を止められない話の加速感に感嘆。一瞬、評価9~10点でもいいかとも思いかけたが、まあ今回も巨匠イネスはまたやりました、的に8点。ただしその評点枠内の最高級で。 今回は、立場的に崖っぷち(でも最低限、動き回り余裕はまだある)の主人公アレックの造形もいいしな。あと某登場人物の運用の仕方。へえ、イネスってこういう文芸もできるんだって、ちょっと感銘した。それこそ後塵作家たちの影響を何かしら受けてるのかもしれん。 イネスは残りの未読作品がまだまだあるのが、本当に嬉しい。 |